5年目の5月

しまったなぁ!生垣にクレマチスを絡ませてしまった。
何が一番困るって満天星つつじの生け垣が剪定できなくなってしまった。生け垣の角をきっちり四角に整えるのが好きなのに、トリマーがあるのに!クレマチスのせいで生垣が刈れなくなってしまった。

この白のクレマチスは冬咲で真冬に花が咲く。真冬にぴゅーぴゅー木枯らしが吹く中、庭に出なくなる時に花が咲くのである。春咲きだと思って買ったのに。

素人が庭を造るとこんなことが起こる。5月に新緑が萌出て気が付いたらクレマチスも萌出て生垣の剪定ができない~~。いややん、これどうしたらええのん?

春のお庭は力が入る。何せ花の種類は多く一気に咲きそろうのである。おじちゃんはDIYに励んで柵を直したりちまちまと花台を作成している。このポット階段もおじちゃんの自作。

このミニダリアは一通り花が終わったら地面に下すつもり。去年は雨が多かったので、段々庭の下の方は割と水はけが悪くグラジオラスとダリアの球根の半分が腐ってしまった。

庭のどの辺なら何が育つかいまだにまだ試行錯誤をしている。日当たりと、土壌と水はけと風の通り。う~む、難しいね。

いよいよ今年はアカンサスの花が咲く。
去年アカンサスの苗を見つけて、ああ、アカンサス様だ。モーリー様だ、とうちに拉致してきた。土壌が大事らしいので大穴を掘り園芸用の土壌と入れ替えて大事に植えた。去年1年で葉が大きく増えたけど花は咲かなかった。しかしめちゃくちゃな存在感がある宿根草。あたり威を払う女王感というか。

今年はいよいよ花穂が伸びてお咲きになるようだ。へへ~とひれ伏しそうだ。はよ咲け。

おばちゃんはせっかちなのだ。3月に植えまくった宿根草がまだつぼみを持たない。はよ咲け。

ゴールデンウイークのお庭

5月の庭は一年で一番美しい。
春のお庭は力が入るし自慢しやすいお庭でもある。見てみてほらっ、こんなに満開のお花。

3年前はうちのお庭だけでは力あまり、草取りに熱中していたらお隣の庭もピカピカになった。

この山では敷地に塀を立ててはいけない規則があるのである。田園調布みたいだ。
うちの生け垣の下の雑草をせっせと抜いていたらいつの間にかお隣の家の敷地に入り込んでいた。地続きだから!

雑草取りになると目の前の雑草だけしか見えなくなるおばちゃんは、数年以上放置されていた荒れ放題の庭に芝生トリマーを持ち出して地上1センチにまでなるまで雑草をチキチキに刈り込んだ。超すっきりした。

真っ黒ななべ底をピカピカにしたときとか、窓ガラスを曇り一点もなくなるまで磨いた時の満足感といえばわかってくださるだろうか?

で、伸び放題だったつつじは数週間前に枝を払っていたので、その年のゴールデンウイーク、お隣は白・ピンク・赤のつつじが咲き乱れてしまった。持ち主放置の草ボーボー庭がなんということでしょう、きちんと手入れをされたお庭に生まれ変わってしまいました、持ち主の知らない間に~~。
地続きのお隣の庭の話である。

私ってなんて有能!自己満足に浸っていたらお隣の駐車場に車が止まった。
しまった~~~!今はゴールデンウイークだった。
別荘にはゴールデンウイークと夏休みには持ち主が来るのである。おばちゃんはコロッとそれを忘れていた。

ヤバい!おばちゃんはサービス業の女将さんを十何年もイヤイヤ務めた人である。やっと客商売をやめられて日本で隠れ家に隠棲のつもりで帰ってきたのである。知らない人と顔を合わせたくない。人見知りの女将さんだったから、、嘘です。

アメリカなら隣の敷地には足のつま先たりとも持ち主の許可を得ず侵入しない。雑草といえども他人の財産に指を一本も触れない。触れるそぶりもやばい。

それをわかっていながら草取りの楽しさについ負けて、他人の財産に手を付けてしまった。訴訟になるだろうか?小町で聞いてみたらよいだろうか?

「隣の家の庭が草ボーボーだったので、持ち主に断らず草取りをしてしまいました。持ち主が来ました。どうしたらよいでしょう?」
ベストに選ばれた答え。「隣の持ち主と話をするべきです。」

おかみさんであったころからおばちゃんの一番の苦手の人種は「おほほの奥様」であった。仕事を辞めた後も、おほほ奥様とおほほ話をするのは苦手だ。だから逃げた。
おじちゃんは如才ない人である。純朴な人柄がでるので大抵の人は安心する。ところがおばちゃんがいる場合は面倒くさいので絶対交渉の場に出てこない。

おじちゃんがお隣のオーナー夫妻とおしゃべりをしていて空気が和んだころ(そら半年ぶりに来たら驚くわ!手入れをしてないのに、ツルツルだわツツジは咲いてるわ)おばちゃんはなるべく身を小さくしてお夫妻の前に現れた。
「すいません、すいません、すいません、草取りをしていたら気が付いてたらお宅の庭まで来てしまいました。」

お隣さんは訴訟をする気はないようであった。その代わりに立派な詰め合わせ銘菓が届いた。

それ以来あまり大げさでなくひっそりと地続きのお隣の敷地まで出張し、あまり大げさではなく草取りをしてる。

おばちゃんはアジュガが好きで紫の董立ちびっしり咲いているとなんとまあゴージャスだなと思う。だからうちの敷地の端っこまでアジュガを植えた。
アジュガの性質上こいつは匍匐前進して増えるのだがそれはおばちゃんのせいではない。

おばちゃんはアジュガにがんばれと声援をするだけである。

新留学のすすめ

海外に住む心持と日本国内に住んでいる心持と何が違うか?というと、一つには
「その国の成り立ちと政府に自分は責任を感じない」ということがある。

アメリカ政府アメリカ国内でも政治の腐敗、特権階級の横暴やりたい放題は確かにあった。醜いスキャンダルも報道もされた。同じNBCのニュースを聞いて憤慨するアメリカ人の友人と永住権を取って住まわせていただいていたおばちゃんとは大きく感想が違ったのである。

汚い奴はどの国にもいる、だがニュースで報道されるそいつらを野放しにしたのはおばちゃんでもおばちゃんの先祖でもなく代々のアメリカの国民たちがなしてきた所業と歴史の結果なのである。

おばちゃんは関与してない。だから気が楽だったのである。だから無責任でいられたのである。

日本は遠かった。日本の社会の悪事や社会の腐敗が報道されてもピンとこないほど遠くて実感がなかった。

帰国して以来、今生きている自分の社会のニュースは心に入ってくる。
同時に自分の生まれた国、自分の先祖たちが作ってきた国と歴史、その直系の血が流れている自分を自覚すると、ただ恥ずかしさと責任感と罪悪感を感じて気がめいってくるのである。こんな国に誰がした。
クリントンのスキャンダルに軽蔑は感じても自国の恥を思ったりみじめな罪悪感からは無縁だったのに。

帰国して以来アメリカでは感じたことがない日本への責任感を感じるのである。
Reditの掲示板に書かれていた ウイスコンシン州の無試験弁護士資格についての書き込みを思い出す。Their laws reflect the level of justice that is being served。
その国の政府のレベルは国民の程度と釣り合っている、という言い回しも思い出されるのだ。

従順で長いものに巻かれる封建的な日本の血と慣習が日本と日本の政府を作ってきた。国民が政府を作ってきた。超優秀な国民から超愚かな政府が生まれたわけではないのだ。国民のレベルと政府のレベルは釣り合っている。

我々国民のレベルで持てる政府はせいぜいがこれくらいなのだろうと。 おばちゃんはこの間から憂鬱なのだ。

源泉徴収と年末調整でピンハネされてしまう税金の使い方を国民は監視もできず一般人となった元特権階級に毎月じゃぶじゃぶと注ぎ込まれているのだ。こんなことを誰が許した。

昨日読んだ掲示板には「給料日前には食事が単色になってくる。色付きの食事は高い」との意味の悲しい書き込みがあった。昭和の20年代の話か?
もう何度目にしたことだろう「終わりだよ。この国は」という書き込み。
「結婚の意味はあるか?」去年の出生がたったの80万人であったこと。
日本の若者が絶望している、悲しい。若者は日本の未来なのに。

公務員上級試験や外交官試験によって、日本の最高学歴で試験ができる優秀な人材が特権階級化して、無能な一般国民の上で自分たちに都合のよい専横政治をふるっている。この特殊階級は選挙でも、いかなる方法でも国民からの審査・信任を問われることがない。

中国で「寝ころび族」が発生する理由も同じだろう。若者が絶望しているのだ。気持ちはよくわかる。特権階級が国民の税金を好き勝手出来るのは、そうさせる国民あっての話である。

その国民が志を失い無気力になって「手帳を持っているから生活保護の申請に通った!」と書き込んでうらやましがられたりする。悲しいなぁ。

絶望するなら海外に行っちゃえと思う。
3年死に物狂いで働いて資金をためて(人の金を引っ張るのは詐欺師か盗人だ)留学生ビザを取って留学しよう。努力をすればその分認められる国がある。

大昔に読んだ学術雑誌の記事には、記憶が不確かだが、移民を出す国の平均知能指数は移民によって0.000X%(この数字は確かではない)だか低くなるという。
国を出ようという自発意思のある人物はテストの点数が悪くとも潜在的能力があるのだろう。移民を出す国の活力は0.0000X%ずつ衰えるのだ。

アメリカがノーベル賞の獲得数がトップであるのと、最新技術の発明国であるのは常に流入する移民の活力のおかげである。アメリカはそれをよく知っており、優秀な人材は受け入れてくれる。
STEM Science, Technology, Engineering, and Mathematicsは国の宝だと大事にする。

優秀な人材を「官僚」にしてしまう日本の国力が衰えるのは当たり前だ。優れた知能だから基礎研究に充てるべきなのに。優秀な頭脳が流出して二度と日本に戻ってこないのも国の在り方のせいだ。
大人としておばちゃんは国の在り方に何もできずSNSで発信するだけの無力感にさいなまれて深く憂鬱だ。

若者が日本で絶望した海外に出てみてくれと思う。援助は何もないし未来はいつも真っ暗だが自由に呼吸ができる。外国の政府に責任感を感じることもないぞ。

:移民はアメリカの活力の元だが、日本にとってはそうではない。
自国民の優秀な人材を育てられない国が外国人の有能な人材を活用できるわけがないのだ。優秀な移民が食い荒らしに来る。移民はバカではない。移民に広く門戸を開けばC国人に乗っ取られるだけだ。C,K、V、Jと戦ってきたおばちゃんが言う。
危険なのは健康保険だ。高額医療限度額制度の穴をふさげ。外国人に食い荒らされてしまう。


リハビリ

おばちゃんはせっせとリハビリに励んでいる。
急いでお花を植え付けないと素晴らしい季節に間に合わない。

今年の80円。
安くてかわいい今年の春シーズンのお花。
この松葉ボタンの親戚のようなお花はJAで80円だった。肉厚のぽちゃぽちゃした葉はサボテンに近い。雨は大丈夫なんだろうか?値段につられて半ダース買ってしまった。

JAで値段が安くて数が多いということは、丈夫である可能性が高い。超インパクトありありのネオンみたいな蛍光色である。
本来のおばちゃんの好みの色ではないが、お向かいの中野のおばちゃんは派手な大輪がお好き。お向かいの中野のおばちゃんのキッチンから鑑賞できるように畑の外輪に植えた。

案の定、丈夫。花殻を切るとも次から次へとつぼみが出てくる。しまった!もっと買っておけばよかった。
おばちゃんは後悔して、また中伊豆まで走るのは面倒くさいしJA系は同じ仕入れをすることが多いので山を下りたJAをのぞいたらあったのでまた2把買った。

おじちゃんもおばちゃんも貧乏性だから、一度に沢山支払いをするのが嫌。だからちびっとずつ買うのだがこのJAでは店頭のありったけを買えばよかった。次の日にまた買いに行ったら売り切れだったのだ。
お花は出会いだなと思う。買いたいと思った時に買わないとシーズンはもう会えない。

バビアナは去年伊東で買ってブルーセクションに植えたらモグラに掘られて枯れそうだったので別の場所に植えなおしたら勢いがなくなった。定着してくれるかどうかわからない。

もうどこにも売っていなかったから、去年からバビアナ、バビアナとうるさく騒いで、今年の3月初めから3週間ごとに伊東の園芸屋さんを覗くのだが株が出てこない。

それでメルカリで種を買ったり抜き苗を買ったり。ほっそい抜き苗を10本植えてもおばちゃんのバビアナ熱はちっとも下がらない。もっとゴージャスに!


昨日は熱海のアカオ・ローズガーデンに行くはずだったのに、外が改装中で入場料が上がっていたので伊東に向かった。シャボテン公園でお花を見るプランに変えたのだが間違ってグランパルに入ってしまいお花畑がなかくて幼児ばっかりだったので園芸店に走った。

やっとバビアナが出ていたので大株を3株買う。
半年ぶりにやっとバビアナ熱が下がる。ついでにイノシシの鍋用肉を買って、猪キムチ鍋を食べることにする。胆石がなくなったら食べてやろうと思っていたし。

植え付けたデルフィニームペンステモンも花が咲くのはあと1月かかる。今やっとチューリップとビオラが満開。チューリップは2週間くらいで終わってしまうので、そのあとのお花も植えたい。

ということでおばちゃんのリハビリは順調である。


Kinky Plum 変態梅

ホームセンターと、JAと、村の駅と園芸店を巡回する。

一昨日はコメリでペンステモン・ハスカーレッドが一株298円で売っていたので狂喜して3株とカンパニュラを3株買った。宿根草シリーズが一律298円である。

同じブランドの宿根草は自宅の里近くのホームセンターでは倍の598円だ。

田舎の園芸店では時々値段付けがおかしい店が見つかるので、園芸店の巡回は必須だ。昨日はスーパー隣の園芸店でネメシアが一枚2ダース24ポット)で1000円を見つけてクラクラした。むろん在庫の2シート全部買う。税込みの48株2000円!

重すぎて両手でやっと持ち上がる1ケース24株

耐寒性・多年草なので普通は1ポット400円から500円する。400円として4ダース19,200円のはずが2000円。超超お得!

チェーン店のホームセンターではこういう狂った値段付けは期待できない。

白だけが伸びすぎていたが切り詰めると5月まで咲く。
うちの庭の寒さでは宿根草でもすべて根付くわけではない。過去3年間、しつこく宿根ネメシアを植えて、ようやく4,5株付いたくらい。うちの子のネメシアはまだ2センチくらいで花が咲くにはあと1.5月はかかるのだ。

それまで荒野の大地に耐えられないのでインチキして中抜きネメシアを植えてしまう。うまくすると年越しして、来年買う必要がないかもしれない。

ネメシアはゴマノハグサ科なのだという。おばちゃんの頭の中で意味がゼロだったのだが、
キンギョソウを植えるときに何げなくラベルを見たら「ゴマノハグサ科」と書いてあり、
ジキタリスを植えるときに何げなくラベルを見たら「ゴマノハグサ科」と書いてあり、
愛しのダーラを植えるときに何げなくラベルを見たら「ゴマノハグサ科」と書いてあり
リナリアを植えるときに何げなくラベルを見たら「ゴマノハグサ科」と書いてあり
バコパを植えるときに何げなくラベルを見たら「ゴマノハグサ科」と書いてあり
ペンステモンを植えるときに何げなくラベルを見たら「ゴマノハグサ科」と書いてあって、

姿かたちがこれだけ違うお花がなぜ同じゴマノハグサ科なのか、好きなお花がゴマノハグサ科なのか、それとも選んだらゴマノハグサ科だったのか?おばちゃんは心底驚いて何か強い因縁を感じるのである。もしかしておばちゃんは前世はゴマノハグサ科の養子だったのではあるまいか?

ネメシアを48株植えたら3時間かかった。疲れたゾウ。
2000円でもなかなかいい仕事をしてくれた。

おじちゃんは球根に執着するタイプ。
チューリップ、ヒヤシンス、グラジオラスと球根・球根とうるさい。
ダリアの球根は水はけが悪い場所だったのか根腐れしてしまいユリはイノシシに掘られて食われたので、おじちゃんは毎年球根を植えたいのだ。

そこで里でチューリップやヒヤシンスが咲き始めたころに園芸店を回ると、売れ残りの球根がセールで見つかる。一つ50円!のカサブランカ、アマリリスの巨大な芋みたいな球根がなんと300円!

伊豆半島はぐるりと国道が取り巻いていて、あったかくなると関東ナンバーの行楽客がやって来る。135号線が渋滞で動かなくなると10分で行けるところが30分かかるようになる。
おばちゃんはコロナで出かけられないときに、山をぐるぐる回って、地図の中の糸のように細い国道を見つけたのである。

春と秋の山菜取りに地元の人が入る細い1本道。かなり昔に舗装はされたようだ。この木こり道は伊豆半島の中にいくつもあって地元の人が渋滞を避けて走る。

コメリに行くには木こり道を通って山を一つ下り、幹線道路を横切ってまた2つくらい山を超えると1時間ほどで着けるのだ。里に出るまでは信号は交差点の1か所だけ。

コメリの駐車場は軽トラと軽が主流だ。
道の駅にはオサレな4WDの別荘族が多いが、年に数回来るだけの別荘でガーデニングは出来ないからやっぱりコメリは近所の農家の御用達し。農耕器具や肥料がえっ?という値段で売っている。

引っ越してきたばかりのおばちゃんたちは免疫がなくてコメリで河津桜の苗を見つけて舞い上がってしまい興奮して庭に植えた。鼻の穴を膨らまして、家に桜!

庭木は吟味して植えたほうがいいね。心から忠告する。
河津桜は他の桜に先駆けて咲く。だから一刻も早く花見をしたいと思うのだが、河津桜は桃のようにピンクが濃くて小ぶりで枝にへばりつくように咲く。散り際には蕊が濃い赤褐色なのでちょっと見苦しいなと残念。
そんなことも知らずただ舞い上がって河津桜を植えてしまい5年で幹の太さは倍になったがまだ一度も咲いていない。

この梅も家に梅の木!っと興奮状態で買ってしまった梅の木。

あまりにも枝がくねくねしていて、剪定しても剪定してもクリクリ縮れた陰毛のような枝が出てくるので、おばちゃんは心の中でkinky plumと呼んでいる。

この梅も花がほとんど咲かない。一遍植えた木は断固として死守するおじちゃんがいるからこの先もkinky hairみたいな枝をさらすに違いない。

一昨年植えた姫こぶしが今年初めて咲いた。猫柳のようなポヤポヤしたつぼみが開くと赤んぼの手のひらくらいの可憐な花。あっ!だからコブシって言うのかな?

アメリカ製家電

アメリカに赴任して家具と家電は会社が用意してくれていた。Kenmoreとの遭遇である。
冷蔵庫
Sears製ブランドKenmor冷蔵庫は何というか一言でいえば「冷蔵する箱」であった。
こざかしい機能は何一つついていない。チルド室何それ?卵用ラック?なし。箱ただの箱。

一番下には24本入りバドワイザー段ボールがすっぽり横でも縦でも入り、ガロンのミルクボトルがドアラックに2本入る。3度の引っ越しについてきて在米中一度も壊れなかった。今でもきっとどこかで動いているのではないか。

2度目の引っ越しの時に発見してびっくりしたことがあった。
引っ越し屋さんに運んでもらって新しいアパートのキッチンに仮置きしてもらったときに、後ろ向きに置かれていた冷蔵庫の裏板は妙に波打っていた。

不思議に思って近づいてしみじみ観察してみると、板だと思っていたパネルは紙だった、段ボールを押し固めたような厚紙。それが何年か経って劣化して、ゆがんできたわけ。それでも破れているわけでもヒビが入っているわけでもなかった。冷蔵庫の裏なんて誰も見ないから材質が何であろうと気にしないから。

厚紙の裏板には不安になって、もしこの冷蔵庫が壊れたら同じものを買い替えるのにいくらかかるか?とシアーズに行って同じようなモデルを調べたら600ドルだった。キリでもなくピンでもない普及品としてのモデル。

細やかな機能も細やかな仕切りも全くついていなかったが、質実剛健で冷蔵する箱として壊れることもなかったしアメリカの食生活を支える箱としてとにかく不自由が全くなかった。壊れればもう少し機能がある新モデルに変えてもいいのだがとにかく壊れなかった。

日本のテレビ番組やCMは見られたから日本の最新冷蔵庫の情報も知ることができた。
日本の冷蔵庫はいろいろついているらしかった。でもKenmoreで困ることがなかったのよ。

ライフスタイルが違うからだろうか。買ってきたものを痛まないように保存して、残ったものを保存して。バドワイザーを1ケース買ってすっぽり入るのに毎回よくできてるわぁ、と感心したものだ。

日本に帰ってきてさて家電はどうすると考えたとき、質実で十分と思った。別に親切で繊細な機能はいらないのよ。おばちゃん、アメリカ化してがさつになちゃった?

お刺身なんてその日に食べるし。野菜室も普通の箱で十分。それでいまでも困ってないし。今うちで動いている冷蔵庫は中古で7000円だった。七万ではない七千。全然役に立ってる。

掃除機
アメリカの掃除機は、うるさい、重い、コードが絡む。
ダイソンが出てくるまでは基本1960年代のアメリカ映画に出てくるフーバーからあまり進化していなかったと思う。

ヘッドにブラシはついているが見てくれだけで回転はしないし、曲がらないヘッドと柄は重たいし、本体も重くて持って階段を上がると思うとうんざりする使い勝手の悪さ。
そのうえ音がうるさい。クローゼットを開けただけで猫が飛んで逃げるほどうるさい。

コードは巻取り式ではないので、使うときはまず本体にぐるぐる巻いてあるコードをほどき、柄に沿わして手元まで引き伸ばし、それからよっこらせと肩にかける。そうしないと長くて重いケーブルが掃除機の車輪に絡んで取り回しが厄介になるから。
いいとこなし。

ただし、カーペットクリーナーだけは他に置き換えができない役に立つ家電だった。
乾燥したカリフォルニアではオールシーズン使えたが、中西部から東海岸ではどうだったか知らない。

カーペットとは汚れるものだ。玄関からリビングからキッチンからベッドルームへの動線はけもの道のように、毛足が寝て薄汚れてくる。3ケ月に一回くらいシャンプーするといい。

カーペットのクリーニングをするには専門業者のサービスを雇うか、それともカーペットクリーナーを買って自分でやるか。業者の2回分の費用でクリーナーが買える300ドル前後。

まず水が入るタンクが掃除機のヘッドに乗っている。
電源を入れると水もあったまり、クリーナーの持ち柄のレバーを引くと、掃除機のヘッドからカーペット洗浄液が噴霧される。で、ヘッドから水流がでてブラシが回転してカーペットをシャンプーし、バキューム機能で吸い取られて水タンクに戻る。タンクの中の水はみるみる濁り、カーペットの汚れを吸い取っていくのがわかる。

むろんシャンプーして洗ったカーペットは濡れているが、カリフォルニアなら朝洗って、夜にはそこそこ乾いている。カーペットの色が一段明るくなる。

帰国する時に上げてしまったが、日本ではちっちゃいシミ取りスポット・クリーナーしかないと知って、しまったぁと思う。

洗濯機
これはいろいろ言いたい。
自宅にはKenmoreの洗濯機・乾燥機がついてたが、これも壊れなかった。

Kenmoreの洗濯機と乾燥機は先代のオーナーから家ごと買い取ったもんで、それまで動いていたのをいれると20年故障なしで動いていたと思う。日本の業者さんが大手の洗濯機でも部品保障は10年。10年後に部品が壊れたらもう洗濯機を買い替えるしかないんだって。どうしてそんなに壊れやすいの?


アメリカの水は硬質で洗剤が溶けにくいから、洗濯機はボイラーから配給したお湯で洗うことができた。お湯を選んで洗剤と漂白剤を入れてゴンゴン回すだけ。汚れ?落ちるよ。取り出して、乾燥機に入れる。50分回せばデニムでも毛布でも乾く。

日本の東芝ドラム式ザブ~ンはもうきめ細やか。何を洗いますか・おしゃれ着ですかニットですか?何回すすぎますか?あんまり細かすぎて面倒くさい。

Kenmoreは16年間繊維くずをとった記憶がない。東芝君はフロアマットを洗ったら、排水フィルターに繊維が詰まって排水がうまくいかなくなり、おばちゃんは混乱して3回も洗濯サイクルを繰り返して脱水ができなくてパニックになった。

結局排水フィルターが細かすぎてマットの繊維が詰まって排水ができなくなってたよ。ポカポカ赤い警告ランプがつきっぱなしでどうしていいかマニュアルを調べ、機体下についている排水フィルターを開けたとたんに床に水があふれた。とっても洗濯機が繊細。2回やった。

乾燥機は、デリケート、ニット、毛布などのいろんな区別があって、1時間半乾燥機を回しても毛布は乾かない。シーツは標準乾燥で縮むだけ縮んだので布団にかけようとしたらどんぶりにラップをかけた状態になった。嘘やおまへん。

何年もアメリカで使ったコットンシーツが、ざぶ~んの標準乾燥で縮んでしまったのだ。

ツイン用の敷シーツが、軒並み太鼓に張った皮みたいに敷き布団がそっくり返って使えなくなってきたので、ニトリに行って新しいシーツを買った。シーツのサイズは式布団210センチにぴったりのサイズを買った。

この敷き布団マットというのはニトリでベッドを買ったとき、お客様は背が高いですから敷き布団は210センチにしたらどうですか?と言われてうっかり買ってしまったマットである。

ベッド自体が200センチなのにマットだけ210センチを買うことがおかしいのだが、とにかく買ってしまって配達されたときにありゃ?と思ったのだが、アメリカ製のツイン用の敷きシーツはフィットしたのだ。最初は。

んで、洗濯乾燥をするたびにすべてのシーツが縮んで、敷き布団にシーツをかけようとすると、ついに太鼓に皮を張った皮状態になってしまった。

おばちゃんはむかついた。
東芝製のざぶ~んに腹を立て、210センチの敷き布団に腹を立て、一体どう始末をつけたらよいか?新しいシーツを買っても乾燥のたびに縮むのである。
大き目のシーツを買うか?いやである。横幅はぶかぶかになるから。

では、マットを買い替えるか?ごみ捨ては日本では大仕事である。買って2年しかたたないの200センチに2人分買い替えるのも面倒で出費に腹が立つ。いまさらながら、なぜ210センチだったのだ。それでおばちゃんは決意した。

マットを切ったのである。
マットの下端をカミソリで切り開いて、中のワタを10センチ分切って捨てマットの皮だけは余るから内に袋縫いで縫い込んだ。問題解決。ベッドにも合うサイズになってむろん縮んだシーツもフィットするようになった。

あ~、やれやれ。機械が繊細で融通が利かず華奢なのは困るわぁ。
ニットだとか毛布だとかいろんな設定があるくせに一番耐久性があるコットンが縮む。設定らしい設定もないKenmoreの乾燥機が50分で乾いて縮みもしないのに。

昔から思っていたのだけど、日本製の家電というのはいらんものがありすぎる。
無駄な機能を排除してほしい。シンプルで頑丈で十分。

これぞ中心パーツというのを標準化すれば30年経っても部品は共通ってできるでしょう?消費者が本当に欲しいものを作ってほしい。壊れにくい自動車を作れる日本人が30年もつ洗濯機を作れないはずがない。


日本語は徒然草

帰国してびっくりしたのは日本ではいまだに「日本語は習得するのに非常に難しい言語」定説がはびこっていること。


読みと書きに関してはカナ・カタカナ・漢字が入り混じっていて取得するには確かに大きな壁かもしれない。しかし日本語を「聞く・話す」に関しては世界一難しい言語とは言いかねる。

嘘だと思ったら、アメリカの日本ビジネスを訪ねてみるといい。
裏方でメキシコ人が働いているだろうから、彼らの話す日本を聞けば日本生まれと聞き間違うほど完璧だ。

スペイン語の母音は「a」「e」「i」「o」「u」日本語の母音は「あ」「い」「う」「え」「お」母音がほとんど同じなので、メキシカンが「おはようごぜま~す」と出勤してくるのに言葉の違和感は全くない。
同時に日本人がスペイン語をカタカナ発音をするとスペイン語の達人に聞こえる。嘘やおまへん。

おじちゃんの会社のメキシカンなんて先代から務めているのもいたから本当に日本語がうまかった。おじちゃんを送って行って、風邪気味なのよねぇと咳をすれば後ろから「お大事に~」って言葉が返ってきたから。
だから、聞く話すに関しては日本語はとんでも難しい言語ではないのよね。

でも、なぜか日本の人は日本語は世界一取得に難しい言語なんだと、幾分誇らしげに言うわけ。掲示板とか新聞雑誌とか、どっかから資料を探してきて載せて、やっぱりこんなに日本語は難しいんだとやる。自分はしゃべってるのにさ。

そういう難しい言語を苦も無く話している自分が誇らしいのか?ーわからない。
日本語が世界一難しい言語なら、より優しい英語は学びやすいわけで、それなのに日本人が英語を簡単に話せないのはどうしたわけか?


漢字かな交じり文章が特に難しくて海外民族に読んでもらえない、というのはメリットにならないのに。

コリアンは言語については自分たちが発明したと誇らしげに言う。
で、もっとも固着している思想は“誰が文化の始祖か”
彼らの論理とは、手づかみでものを食べる蛮族の間で最初にを発明し文明化されたのが我ら韓民族。

その箸文化をまねしたのが日本民族。だから、文明文化の先輩である韓民族は日本人より上、偉い。今現在の韓国の経済・社会の状況がどうであれ世界で最初に発明した(文明化された)我々に尊敬を払え。我々が兄。という論法論理。
そんな論理は現世界でどうでもいいのだが、彼らだけは理解していない。

韓民族にとっては、我々が始祖・論理で始まる。フードコートで隣になったコリアンのおっさんから「トンカス」は韓国人が最初に発明したのだと、食事をしている間中つばをとばして力説されたから。「トンカツ」とまず発音できないのを自覚していただきたい。

この文明始祖思想は昔から韓国に“がん”としてはびこっているようで、近年イタリアの“ピザ”は韓国人が発明した。ラテン語の起源は韓国語などとぶち上げて、世界中の失笑をかったのだが、ただの自己自賛、自己中心論理である自覚もなければ反省もしていない。民族を挙げての思い込みというのはどうしても変えられないようだ。

日本人にとっての固着の思想は、外国人にとっては取得不可能なほど難しい日本語、となるのだが。
本当に言語として難しいのか?というより「何を言っているのかわからない」から理解が不能のほうが多いのではないかと思っている。

まず、主語が略される。論理的でない。2文3文を一つの文にくっつけるから、主語と述語が揺らぐ。形容詞がどこにかかっているのかわからない。やたら受動態を使う。公文書にも敬語を使う。

ちょっと脱線するが、--帰国してびっくりしたのは「させていただく」
自分という第一人称主語を使うと、それほど日本では攻撃されるのであろうか?私はこうします。と言わずに私はこうさせていただきます。2段も3段もへりくだって地べたに土下座して物を言う感じ。

なぜ、それほど自信がないしゃべり方をせねばならないのか。こんな語法はいつから始まったのか?日本社会が自立した個人を嫌い、自ら身を潜めなければならないほど攻撃的な世の中になったのか?おばちゃんはいや~な危機感を覚える。

そういう地べたに這いつくばった言語を話す人間が、世界の外交や政治の世界で論理的に自国の利益を主張できるのか? ここ30年で日本がへりくだり外交になったのは、見苦しいほど日常にはびこっている「へりくだり日本語」も一役買っているのではないか?

論理的でない
ワクチン接種のために「問診表」に記入しようとした困ってしまった。
●現在病気で、治療や投薬を受けていますか?Yes, No

おばちゃんにとって、この日本語文書はナンセンスだ。原文に「、」がある。要素が2つあり、どちらが重要かで意味もゆらぐ。
現在病気か と 治療投薬を受けているか というのは2つの異なった質問である。それをなぜ1文にせねばならないか?

おばちゃんの胆石は大きいものはカルシュウム化していて薬では金輪際溶けない。病気だが薬も飲んでないし治療もしてない。痛風持ちのお人や偏頭痛、群発性頭痛とか病気はあるが投薬していない病気症状は世にたくさんある。


だからこの質問は2問に分けるべき設問である。1)病気はあるか2)あるならなら病名と治療内容を書け。

●アナフラキシーとか蕁麻疹がでたようなアレルギーはありますか?
この文も同じ。アレルギーがあるか、蕁麻疹アナフィラキシーが起きたことがあるか?2つの質問。

質問者が「重篤なアレルギーがあるかどうか」だけを知りたいなら、「過去にアナフィラキシーか蕁麻疹を起こしたことがありますか、Yesなら原因のアレルゲンを書け」とすればよいのに。が、重篤だけでは本来の問診表としては不足だ。やはり、アレルギーはあるか、重篤はあるかと2つにわけないと正確ではない。

アメリカでさんざん問診を書かされたが、常にアレルギーはリストを書く方式だった。
もっとも論理的に正確で回答者が誤解できないように設計されていたのは生命保険の申請書だった。
Do you currently have, or have you been diagnosed with, or treated for, any of the following conditions?
YES. NO

こんな質問なら誤解も嘘つけないし。

で、おばちゃんは役場からのお知らせとか政府のパンフレットを読みながら、うわぁ~と日本語がわからなくてペンを握り占めるわけだ。日本語は難しい。

主語がないとか、論理的でないというのは言語的な膠着語という構造もあって今に始まったことではないが、さかのぼれば原因は「つれづれ草」とかにあるのではないか?とふと思った。

徒然なるままに日暮ぐらし、硯に向かいて心にうつりゆくよしなし事をそこはかとなく
書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

おばちゃんは、日本語を全否定するわけではない。日本文学は大好きだ。つれづれ草のリズムの良さの美しさは十分味わえるのだが、、
問題は”凡人”が「よしなし事」を「そこはかとなく」書きつくると主語がぼけて、何が言いたいのかわかんなくなってしまうのだ。

徒然草から1000年もずるずると思ったことを脈歴もなくかきつくる随筆というジャンルが成立したのだ。だからずるずる書けば、とりあえず随筆です、と言う。

小学校から高校まで作文・小論文でも「思ったこと=よしなし事」を起承転結なしに「そこはかとなく」書いてしまっても、先生本人たちも、ものぐるほしけるから、それでよしとなってきた伝統があるのだ、きっと。

だから、役所ではいまだにさっと読んで理解できる明快な日本語文章が書けず、おばちゃんはものぐるほしけるのだ。

この間、おばちゃんがファンの西原理恵子を読んでいて大笑いした。
高校生の息子さんが古文のわけのわからなさを西原の母に訴えるのだが、
「今どきの女子の会話だって何言ってんのかさっぱりわかんないのに、千年前の牛車に乗ったニートの腐女子の妄想文だよ?それのシク活用だよ。もう全く歯が立たない。犬と話すほうがまだマシ」


The春の寿司!

篠原氏の放送を聞いている最中に地震。
皆さん、お怪我はないですか?
揺れが一番激しいときにオフィスの壁の額縁が床に落下。床に置いてあったアンティーク風ランプの火屋を直撃。粉々。

猫の紫音があまりにも活動的で頻繁にデスクやタンスに飛び乗るので危ないから、わざわざオフィスの床にランプ置いたところ、デスクに乗ってブックエンドを蹴落として、ランプの火屋に落ちて一度ガラスが欠けた。
泣く泣くアロンアルファでくっつけてデスクから遠い壁の近くの床に安置していたところ、地震で落ちた額で火屋が粉々になった。悲すい。

紫音がいる限りランプは飾れないのだからあきらめるしかないね。もっとひどい被害にあわれた方がいらっしゃるかもしれない。これ以上被害が広がらないことを祈って。

春だし、昨日スーパーでアナゴを買ったから照り焼きにして、お祭り風チラシ寿司風にした。術前検査で栄養状態が少し悪いといわれたから、食べられるものを食べておこう。
冷蔵庫にあった マグロの中落、たらこ、カニカマ、菜の花!自家製のショウガ、錦糸卵など手あたり次第乗っけた。

ちょっとMessyだけど色だけはカラフル、The春の寿司!

冬タイヤを取り換えに行ったら、夏タイヤはスリップサインが出てもう危険なほど減っているんですって。だから新しいタイヤに変えた。
携帯も機種変更して春は何かと更新が多いわね

こころに半旗を

2年働いてくれたピップが一家でタイに帰国せねばならないからウチを辞めると告げに来た。
ピップは高校生の頃に親に連れられてアメリカにやってきた。

永住権を申請して長い間待ってやっと前年にとれたばかりだった。幼稚園に通う子供を育てながら、これから順調なはずだったのにタイ人の旦那に病気が見つかりどうしてもアメリカでは治療の見込みが立たないので、永住権を捨ててタイに帰るのだと暗い顔で言った。

「帰りたくない。病気の治療こととだけではなくて。」
私がなぜかと聞いたら、プミポン国王は国民から尊敬を受けている賢王であったが、次期王位後継者がとても受け入れがたい人物なのだと言った。

若いころは王位後継の順位が低かったので海外で勝手気ままに暮らし恋人や妻をとっかえひっかえプレーボーイとして有名だった。

ピップは英語であえて「プレーボーイ」という言葉を使ったが、「プレーボーイ」という言葉では収まり切れない、もっと不快なスキャンダルの臭いがあった。スポーツカーをすごいスピードで走らせて人をひっかけて王族特権でもみ消すとか、およそ王族として人の尊敬を集められる人となりではないのだという。

ネットのニュースではピップが言うほどネガティブな記事は出てこなかったが国民なら別の情報ソースがあるのだろう。

タイと日本は西洋勢力に侵略されずアジアで独立を守りぬいたたった2つの国だった。
そのタイの誇り高き王国民が、次期王位後継者の人格に尊敬を払えず憂いに沈んでいた。
やがて問題の次期国王が治めるであろう祖国に帰らねばならぬピップを、非常に気の毒に思った。他の国の話だったのだが、。

ジャーナリストは外務省に抗議しよう、小室夫妻への国を巻き込んだ援助をやめさせよ、と唱える。こういうごり押しの謀略を何十万人の日本人が憂いて嘆いて心を砕いているか。不敬罪はなくなったが日本人の心の中ではいまだに生きている。“誰が“という言葉はいまだに日本人の口ははばかられる。

日本で省と名がつく役所で働く舎人は、自らを国民に奉仕する下僕だと思っていない。
国民の上に立つ国を動かしている立役者だと思っている。物を売って成り立つ民間の企業と違って国民の批判でつぶれる省組織ではない。私だって寝てないんですと経営が危うくなった超一流民間会社とは違う。

こういう役所の役人は抗議や非難の手紙をもらっても心を動かされることはないし、行動を改めることもない。それは自分がやっていることではない。省の方針なのだから。

手紙を送ってSpamと書かれた段ボールに放りおかれるか、資料室のような下っ端が読んで、脅迫や危害を予告するような文言が見つかれば警察や保安関係に渡すファイルに綴じられるのではないか。

税金を使い命令系統をごり押しして組織を使うのはどうでしょう?といさめるような役人がいるとしたら、そもそもこういう小室計画は進んでいるはずがない。舎人は舎人であってアメーバーのように個々の意思を持たず自ら考えることなく新陳代謝しながら組織として動く。

おおよそ皇統にふさわしくない人物を婚約者として認めてしまった自分の目のなさを認めたくないばっかりに、国政を巻き込んで誤りに誤りの上塗りをしている。糞にせっせと金メッキをしても、金メッキをした糞ができるだけである。

小室母の詐欺疑惑で詐取したとした総額はおおよそ2千5百万である。小室息子と平民の妻との警備費用・必要予算は年間で8億である。

金額だけを考えても8億を通して2千5百万のはした金を問題にするとは考えにくい。皇室の姻族の刑罰がかかっているのである。

ウイスコンシン計画をあくまでも遂行しようと補正予算まで取った。その理由である中心人物の母を刑事事件で有罪にさせる度量が果たして政府にあるのだろうか?姻族が有罪になれば、今まで糞に施してきた金メッキがすべて無駄になる。

東京地検でつぶされるか、問題噴出の神奈川県警で受けるふりをして証拠不十分でなかったことにされるか。
私には不正をただされる未来が見えない。

政府という一般市民に手が届かない組織へどのように国民の意思を届けられるだろう。タイのピップはどうしているか?日本も気の毒な国だと思っているだろうか?

民は幸せではない。


ウチで育つお花

おばちゃんは張り切って庭の手入れを始めたのよ。
朝起きると気温一桁だけどお昼過ぎには二けたになるから、もうフル装備で帽子と虫よけネットと長靴を履いて、落ち葉と枯れ枝はごみ袋に4袋ぐらい始末したわ。

枯れ枝の満天星生垣に冬咲きクレマチス

ヘデラは玄関庭以外思い切って引っこ抜いた。蔓ジャスミンも始末することにする。お隣さんもかなり昔に石垣にジャスミンを植えたと見えてジャングルになるのよ。花なんか1輪も咲かないのに。

ホームセンターの店先ではポットにピンクのジャスミンが咲いているのに、地植えにして次の年から咲かなくなるのよ。なんで?ツタ系は怖いわね。

おばちゃんが張り切って庭開きだ!っと言ったところで、当のお花のほうはクロッカス以外はまだ寝てるのよ。去年一昨年で嫌っというほど植えた宿根ネメシアやリナリアはまだ2センチしか育ってない。
サルビアも生きているか死んでいるかわかんない。チューリップもまだ3センチだし。

おじちゃんは出てきたチューリップ芽の少なさにスイッチが入って、去年もっと植えておけばよかった。

追加で買う!とか言ってて今更もう球根なんて売ってないわよ。ダリアと去年のグラジオラスが地面で腐ってたんですって。
だからユリでもグラジオラスでもとにかく球根を植えたいから明日中伊豆に買いに行こうと言う。

おばちゃんは困ったことに宿根草の“何” を“どこ”に植えたか忘れてしまった。半年過ぎると名前まで忘れた。サルビアの種類だと思うのだが名前のピックがどっかへ行ってしまってわからない。地上の株が枯れなかったほうが珍しいから今見えている葉っぱがあの草だかこの草なのどうなんだ。

しっかりせい!春は来た目覚めよ!と
おばちゃんが叱咤激励しようとお花はまだ眠けまなこだおばちゃんは困ってしまう。去年のお花が育ってくれないことには、新しいお花をどこに植えていいかわからない。

ちっちゃなスコップをズバッと地面に突き刺すと、なんか根っこを切ってしまった。しまった!去年秋に植えた“猫のヒゲ” かもしれない。白と紫と2株植えたのに。なんかいい具合に隙間が空いていたから、新しいデルフィニウムを植えようと思って掘ってしまった。

サルビアはどこ?

土だけの地面を見ているとこうしちゃいられないと思ってしまう。お花屋さんの店先はルピナスもジュリアンもベルフラワーも色の奔流なの。皆植えて!っていうから。ペンステモン・モーリーが欲しい。ペンステモン ハスカーレッドでもいいの。

あ”~。
マーガレットが枯れた!軒並み全滅した。真っ黒になって死んじゃった。
雪は3回くらいしか降ってないのに寒すぎたのかしら?霜よけは役に立たなかったの?おばちゃんは庭の西の段々にはピンクのマーガレットを生垣のように咲かせたかったのよ。植えては枯らし、それでも去年は5株は残ってたのに。ショック!
マーガレットはうちの庭には寒すぎるのね。悲しい。

毎年こうして家では育たないお花が発覚する。
今年の課題は「耐寒性のある宿根草」よ。マーガレットはあきらめて、うちで育つガウラで並木にするわ。

おばちゃんはコタツ寝たきり廃人からいきなり起き上がったので、太もももふくらはぎもパンパンになって、一歩歩くたびにプルプル震えてしまい庭から上がるとイタタと移動しながら、でもかまってられなくて、明日は何を植えようかと考えるのだった。


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