異色・入院雑記

おばちゃんはコントロールされるのが嫌いだ。
山、高きが故に貴からず。親だからと言って教師だからと言ってその言に従うわけではない。相手に論理と根拠があれば耳を傾けるかもしれない。

腹腔鏡で胆嚢除去手術なら順調にいって4~5日から7日ほど入院らしい。3日目にこんなところに7日も居てたまるかと思った。

主な原因は病院食である。
作ってくださっている栄養士と調理師の皆さんには申し訳ないが、患者には塩分やらなにやらの制限があり、さらに予算の制限があり、時間の制限がある中で何百人分もの患者の食事を用意するのは大変であろうと思う。


ただ、煮汁にぷかぷか浮いているカボチャは論外であるし、キューリをすりおろして大葉と混ぜ酢だけで味付けをしてそれを5分粥のおかずに食べろとは無理目であった。

最初の入院では食欲が戻ってきたが、今回の入院ではさっぱり。
自家製の梅干しから作った梅ソースで粥は食べられるがその他おかず乳製品には胃が拒否権を発動していたのであった。鼻がむやみに敏感になっていて、食器の生臭さとも相まってお手上げであった。

かぼちゃに懲りて、今回持ち込んだ非常食はカロリーメイト、ビスコ、キットカット、ビタミンゼリー、フルーツ飴、日本茶パック。業務スーパーでカップヌードルに手をかけたところダメだ!とおじちゃんから制止された。

初回の入院はとにかく口から食品を入れると体が吸収して回復する実感があった。食事が食べられれば回復が早い。おばちゃんは病院に修行に来ているわけではない。口に突っ込めば吐いてしまうであろう食品をあえて口にして回復を遅らせる必要はない。体の修理に入院していて目的は体の回復である。食べられるものを食べればよいのだ。

次はカロリーメイトを試したが、これは意外とハズレだった。あまりにもドライでパサつくので飲み物がないと呑み込めない。売店のパウンドケーキのほうがましかな?病室から売店は遥かかなたで、ビザを取って北朝鮮に行くくらい遠かった。

導尿の管が入っているときはトイレに一人で行くのがやっと。
導尿が抜けると少しは自由度が高まるが、首の点滴が2本とひじが1本、硬膜下が1本ぶら下がっているので、立ち上がって移動時には、首の点滴をよっこらしょと肩にかけキャスターがバカになっているポールをガラガラと押しながら時々あさっての方に曲がりたがる点滴のキャスターを蹴っ飛ばす。


熱湯が出る休憩室にマグカップをもって遠征する。売店はさらにエレベーターに乗って下に降りねばならない。途中4回くらい休憩が必要であった。

硬膜下の点滴は外れ痛み止めはロキソニンになった。ロキソニン!か。この痛み止めの副作用は広く知られているようだから詳しくは書かない。

病室に帰ると昼食が来たが、おばちゃんはため息をついた。
看護師さんがどうしました?と聞くので痛むからロキソニンは飲みたいが食欲がないので、持ち込んだどの非常食を食べてからロキソニンを飲もうかなと考えてます、正直が駄々洩れした。

看護師はその後担当医にチクったようであった。
次の回診の時に担当医が食べたいものがあったらどんどん食べてよし、ただし看護師さんには軽く申告しておいてね、というのでその時初めて、病院では好きに食べてよくはないらしいということが分かった。

どうでもええやん。そんなこと。
アイ子ちゃんは帝王切開で入院した時に、病院食を一目見て出前を取りたいといった人であった。さすがに病院側から止められ3食ご主人に差し入れをさせた。

私もアイ子ちゃんも考え方は同じで、入院の目的は体の修理と回復である。修行でも病院の食事の規則を守ることも目的でもない。

最初の入院では食欲が出た後は回復が早く、担当医にプレゼンして5日目に退院した。
今回はどのようにプレゼンをしたらよいか?


担当の看護師も昼夜で毎日変わるのだが、担当医に言われた事:売店で買ってでも食べる。を看護師が変わるごとに申告しておいた。めでたく売店に行って日清カップヌードルを買い、ナースステーションの前を見よがしに通った。
リハビリ療法士は断った。スキップはまだできないけど今日は売店まで往復してきましたから!

お風呂に入りましょうという看護師には、私の目標は明後日家のお風呂に入ることなんで、大丈夫!ゴールと目標を強調する。

極めつけは朝の回診の時に、担当医におばちゃんの切り札のカードをさらした。「うん、それはうちに帰ったほうが絶対早く回復するね」と誰もが納得の情報だった。
これはおばちゃんの企業秘密なので公開できない。

めでたく術後9日目で退院した。ロキソニンはゴミ箱に捨てAdvilを飲んで家でシャワーを浴びた。


翌日はアイ子ちゃんにLine
越後屋さん、あなたいくらで円に換えた?

アイ子ちゃんは4月の初めに南加の家に帰り、私の入院中に円ドルがどこまで変わるか手ぐすねを引いて待機していたのである。


131円、手数料なし!
えっ?手数料なし?
そう、投資口座の円建てで手数料なしで投資できるのである。指値で131円。さらに投資口座なので利率がつく。食えない女である。越後屋~!

蛇足
大部屋の他の患者さんは皆さん従順であった。
患者さんは何人も変わったが、必ず皆さん主治医に聞くのである「私は何時お風呂に入れますか?」自分が入れる気分になったら入ればいいやん。回復の証拠だし、そんなことを何故医者に聞く?

退院時期も同じこと、導尿が取れて点滴が抜けて食事ができて自分でトイレに行け、痛みが我慢できる状態なら退院できるであろう。自分の体の声を聞けばよいのに。
今回は羊の群れに紛れ込んだシベリアンハスキーだったような気がしないでもない。


闘病記

1- アイタタ、タ
2-五臓五腑になる入院記
3-再入院
4-発覚
5-告知
6-日本のチーム医療・パッケージ治療
7-闘痛記
8-異色・入院雑記

mikie@izu について

海外在住何十年の後、伊豆の山に惹かれて古い家を買ってしまい、 埋もれていた庭を掘り起こして、還暦の素人が庭を造りながら語る 60年の発酵した経験と人生。
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1件のコメント

  1. お疲れ様です。その後お加減いかがですか?

    Mikie様の切り札はとっても気になりますが、実は私も数年前の入院時、退院を早くしたくて先生にお願いしまくった記憶があります。術後衰弱してたせいか、入院中は寝てばかりいたのですが、なんだか頻繁に看護師さんに起こされた記憶があります。回復には睡眠が必要なんで、起こさないでほしかった。あと、あまり言えませんが、手術後、先生にものすごく強い力でたたいて起されたんですが、何で起こしたんだ?!と、先生に殺意を覚えました。すごくいい夢を見ていたのと、起こされた瞬間から痛みを感じたので。今のところ、手術を受けたことのある友人知人誰にも共感を得られないのですが、Mikie様は麻酔中、夢は見ませんでしたか?

  2. りんどう

    記事のアップありがとうございます。

    病棟への食事の持ち込みは、万一の傷みなどのリスクを考えての事かも知れませんね。
    最近は、ベッドサイドテーブルに冷蔵庫が一体となっているものが多いので、果物や飲み物など、好みの品を持ち込めるのはありがたい事です。家族が入院した病院は(公立病院でしたが)ドクターの許可が有れば、院内カフェからのデリバリーも可能でした。

    治療に関しては、「標準治療」に基づくので細やかな個別対応は難しいかも知れませんが、疑問点や希望、追加の説明を断られた記憶はありません。一度、どうしても土曜日しか説明を聞きにいくことが出来なかった時にも、チームの別の先生が対応してくださり助かった記憶があります。

    病院にもお国柄があるのでしょうね。アメリカのそれは、いくつかの個人医とドラマ(シカゴメッドなど)でしかわかりませんが、日本の患者さんは大人しいというのは何となくわかります。

  3. 売店やお湯を汲みに行くのも大変だったんですね。病院食が不味いと言うのはよく聞きますが、やはりそうなんですね。。でもそのような中でも、工夫されて力強くサバイバルされていたのがMikieさんらしいように思います。

    病院食は、多分塩分が少なかったりするんでしょうが、私は胃が弱いので普段の生活でも塩分は極力少なくとるようにしています。ステ―キを焼いても塩は自分の分にはかけないし、それに何も味のない茹でた野菜を添えて食べたりしています。サラダもオイルとビネガーだけで、塩は振りません。でもチ-ズを少し食べたりするので塩分はそれにはありますが。。和食は醤油と味噌を使うので塩分は避けられないのですが、メインと野菜だけで、それにみそ汁はつけたりしません。塩分を少なくしていると、野菜の独自の味とか甘みが感じられるようになりました。

  4. 無事に退院されご自宅で草取りされてるとの事で良かったです。

    病院食は特に術後は日本の場合は重湯とか、液状の物がほとんどの様で、食欲のある患者さんには物足りないでしょうね。以前日本の家族の術後に中華の差し入れを頼まれ、看護婦さんに取り上げられました。
    昨年日本では手術+5日の入院の手術をアメリカで受けました。アメリカでは当たり前のウォークインで手術後帰宅コース(腹腔鏡)でしたが、麻酔はたっぷり、痛み止めは贅沢に入れて頂いていたせいで、痛みは全くと言ってなかったのですが、たっぷり贅沢なお陰で意識はヘロヘロ、当然帰れないので入院させて欲しいとお願いしてその日は泊まる事になりましたが、ディナーに大きなミートローフが運ばれたの覚えています。もちろん何も食べられませんでした。
    後日友人から聞きましたが、夜中に呂律が回らない口調で電話をかけていたと聞いてびっくりしました。(私はうっすらとしか記憶にはありません)
    日本のように用心のための十分な入院期間も長すぎちゃうのでしょうが、アメリカ対応も翌日から自宅で大丈夫なのか???と、患者としてはかなり不安ではありました。

    mikieさん、お大事に、ゆっくり静養して下さい。

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