女性上位

うちの猫は代々女性上位だ。
小柄で女王タイプのお母ちゃん猫に小心な息子。
おっとりして臆病なお兄ちゃんにきっつい釣り目の妹。

コタツがセットされて大喜びで潜りこんだお兄ちゃん猫の後から、気の強い妹が続いて入った。テーブルの脚がゴンと鳴り天板がバコンと動いて、お兄ちゃんのアメショーが追い出された。
子猫の時に一緒のツグラに寝ていたのに仲良くコタツで丸く眠れぬものか。

家じゅうの一番居心地が良い場所、夏なら涼しく風が来ないところ。冬ならあったかく静かなところ。今日も寒いのでこたつの中は一等地である。妹の紫音が天下を取ってコタツで長々と紐状で伸びている。

この子は子猫の時に、頭がいい天才猫かと思った。うちに来て自分の名前とパタパタ(猫じゃらし)という言葉をすぐ覚えたので歴代では一番賢い子じゃないかと思った。しばらくしたら化けの皮がはがれた。

自分の欲望だけに素直である。
遊んで欲しいときはパタパタを咥える。近づいておばちゃんの腕をトントンする。抱かれるのは死んでも嫌。膝には乗らない。
ところがオフィスでデスクトップを起動させると、キーボードを踏む。踏ん張って動かない。ちぎって捨てても床からよじ登ってくる。ずりずりとモニターに体をこするので、重たいブックエンドが落ちて、床に避難させていたアンティーク風ランプを割った。大損害である。

優雅な肢体から想像ができない程食い意地が張っていてアメショーのご飯をとるのがうまい。ものすごいスピードで自分のお茶碗からご飯を3分の2食べる。それから隣で食べているアメショーに近づく。

アメショーはいつもおっとりと味わいながらご飯を食べるのだが、舌なめずりしている妹が近づくと食欲をなくしてベッドルームに逃げてしまう。
紫苑はお兄ちゃんのお茶碗に顔を突っ込んで、たっぷり残ったご飯を全部平らげる。それから自分の茶碗に戻って残り3分の1を食べる。アメショーの倍ご飯を食べるのに痩せてスレンダーだ。運動量がすごいせいもある。全身筋肉でできてますねぇ、と獣医さんが感心してた。

リビングのキャットタワーでアメショーが寝ていると、小柄な紫音がのっそり近づいてどけという。アメショーは抵抗もせずにシオシオとタワーを降りてベッドルームのキャットタワーに落ち着く。くつろいで毛づくろいしているアメショーに、紫苑がまたやってくる。とどけという。お兄ちゃんはうろうろと家をうろついて落ち着ける場所を探す。うちで唯一のソファの下でぺったりと寝ていることがある。あまりにもしつこく紫苑が付け回すと、たまに切れる。

伏せ耳で妹にとびかかりトムとジェリーごっこが始まる。オフィスからリビング。リビングからベッドルーム。ものすごいスピードで紫音が逃げ、床が鳴る。紫苑がついにリビングのおばちゃんが寝そべっているコタツテーブルに逃げ込んできて、お兄ちゃんに追いつかれて首をかまれる。
ギャウンと紫音が一声鳴くと、おじちゃんもおばちゃんもお兄ちゃんアメショーを叱る。

お嬢様が止めてって言ってるじゃないか。鼻息荒いお兄ちゃんアメショーは、ベッドルームに引き上げてふてくされて横になる。アメショーは紫苑を本気噛みしているわけではないが、紫音はわざと大げさに悲鳴を上げる。困ったときだけはお嬢さんになる。その他の時は王女様だ。女王は?無論おばちゃんに決まってる。とにかく紫苑は家中が自分の縄張りだと思っている。

アメショーの天(テン)は不憫な子だった。
うちに来た時からウイルス性の風邪をひいていて、耳の感染症も頻繁にかかるので病院に行くことが多かった。一時期、感染症が重篤になりすぎて熱が42度まで上がって抗生物質の注射と服薬では収まらず、このままでは助からないと思ったおばちゃんが、大丈夫か、病院に入院しようかと言ったら、おばちゃんの目を見て一声「ニャン」と鳴いた。

天はうちに来た時から風邪気味で声が出なかったからほとんど鳴かない子で、声を聞いたことがなかった。獣医に連れて行って、注射では助からないから点滴でお願いしますと2日入院させて、大枚が飛んで行った。

成長期にそんな病気がちだったから、自分の名前を呼ばれても反応しない。ちょっと頭が悪いかもしれない。鳴かない子だが、治療でも暴れないしおっとりして獣医には評判がいい。天ちゃんは、すごくいい子です。去勢手術の前には、キャリアでぐうぐう寝ていたそうでクリニックでは「大物」と呼ばれている。

写真写りがやたらいい。いつ写しても絵になる。紫苑は、、?
紫苑は写真に写らない。動きが速すぎてブレしか撮れない。たまに撮れると、ラクダかロバに似ている。写真をお向かいのおばちゃんに見せたら、嫌だ、ほんとにロバみたいと言われたからやっぱりロバに似ているのだ。

天はそこそこ健康になったがやっぱり今でも鳴かない。
妹から逃げてベッドでくつろいでいるところに、おばちゃんがそっと近づき、手のひら全体でゆっくりお腹をさすってやると股を広げてゴロゴロいう。気持ちがいいと、左手がパーに開く。開いた水かきのところに指を突っ込んでモミもみするとブッホと鼻を鳴らす。ウイルス性鼻炎で鼻の通りが悪くなったのだ。

一応、天はおじちゃんの息子、紫苑はおばちゃんの娘ということになっているが二人とも抱かれるのが嫌いだし、息子・娘の自覚があるかどうかわからない。
とりあえず今日も女性上位で紫苑の天下だ

Matrix Resurrection

Matrix 1-3編は偉大だった
素晴らしく独創的でユニークな世界観でおばちゃんを虜にした。
デスクトップをつけっぱなしにしてせっせと分割でファイルを落とし、霜降りの画面を見ながらDVD発売を1年も引っ張るアメリカの映画業界を呪ったものだった。

シリーズ3のResolutionで完結したはずのMatrixを復活させる目論見はなかなか困難であったと思う。

2時間15分のうち最初の1時間は前編の「なぞり」である。オレンジか青の錠剤を選ぶか、ネオが培養ポッドで目覚める過程。メイトリックスの中で格闘技の訓練など、ああそうよね。こんな風に始まったのよ、とここに新鮮な感動はない。回顧であった。

ネオの横顔があまりにも老けていて、時って残酷よねと悲しくなる。オラクル役の女優さんはこの間亡くなった。トリニティはResolutionですでに容色が限界だったから、Resurrectionでは恋人役はもう無理目だわと遠い目。ファミリー映画の回想シーンになってしまうではないか。

ストーリーの展開にわくわくするというより、年取ってしまったネオ様にムリをせんでくれ、とハラハラと心配。クリント・イーストウッドのUnforgivenをチラ見したとき、もうわかったから、もういいからお爺ちゃんヤメテ~!と労わりたくなったあの気分。
なんでまた続編なんか作り始めちゃったんだろう?と一番感じているのはキアヌ本人ではあるまいか。

ネオを見ると痛ましくなるので、わき役のBrian Smith, Max Remelt, Erendira Ibrraにうれしい驚き。3人そろっておばちゃんの好きなSense 8に出演している役者さんたち。Brian Smith はGossip Girl にも出ていたしおばちゃんの好きな顔だ。Gossip Girlの時から全く容貌が変わっていない。


セラピスト役のドクターはテレビシリーズのDoogie Howser, M.Dに出ていた子役Neil Harrisだわ。ひょろっとした子役だったのに。Uncoupledで50過ぎに恋人に逃げられたゲイ役を演じてて(実生活でもゲイだったのだが、あのドギーハウザーがゲイだったのか!と軽くショック)
なかなか芸ゲイ幅が広くて達者ないい役者さんになった。遥かに来たもんだわ。

~とここまでが1時間20分なんだが今夜は終わりまで見るエネルギーがない。去年の誕生日に膨らました風船が、クローゼットの中からフナフナになって出てきたのを見つけた気分。見なかったらよかったかしら。

とにかくResurrectionというのは一辺死んだ人が復活することだから、でもあの髪型を真似すんのは止めてくんないかな。似合わないし。

前略、越後製菓 様

もと日東製菓の「味千両」を販売してくださってありがとうございます。
なんというか、老舗の一家のお父ちゃんが放蕩して家業をつぶして一家離散のところを越後製菓が2代目の息子を引き取って養ってくれているようなありがたさというか、。

「味千両」は私の生まれ故郷に工場があり、子供のころから親しんできた大好きなあられです。
遡ること50年前、うちの中学校では夏休みにフィールドトリップとして山奥のキャンプ場で2泊3日のキャンプをする伝統がありました。ボーイスカウトの厳しいおっさんの罵倒と叱咤指導のもとにキャンプ設営が終わったころから、天気がおかしくなり夜半に入ると近づいてきた台風の暴風雨圏に入ったのか、大変な吹き降りでテントも吹き飛びそうになりました。

生徒は雨風と不安で眠れませんでしたがそれは教師も同じだったようです。深夜まで論議を重ねてキャンプは中止の結論を出したようで、翌朝に全員撤収の発表がありました。

キャンプ場はゴロタ石ばかりで眠ろうにも背中が痛く飯盒炊爨のご飯はひどい味。撤収が決まってうれしかったのですが、1年生230人の接収バスがありません。
帰宅予定は3日目の午後なのですから、一日早い撤収にバス会社も配車ができなかったようです。なんと徒歩で中学まで帰宅行軍ということになりました。

季節は夏なので八甲田山のように生徒がばったばったと死んじまうことはなかったのですが、何せ山奥で有名なキャンプ場なので里まで50Km以上はあったはずです。
クラス別に2列縦隊で山から徒歩で降りて来たのですが、急な撤退で飲み物食事も十分でなく前夜は暴風雨で生徒もほとんど寝てません。

朝からとぼとぼ歩き続けながら午後の3時ころにはみな疲労困憊していました。
教師がここで休憩、と指さす場所は工場敷地でした。川沿いの広い敷地に大きな岩が転がっていて、そこに生徒がてんでに座り込みました。きゃしゃで体力がなかった私はひざから下が熱をもって足がだるくてたまりません。工場には日東製菓の大きな看板が見えました。

ここがあの「味千両」と「サラダあられ」のちの「サラダ・セブン」を作っている工場なんだと思いあたりました。
もしかして、工場長が台風でキャンプを中止し徒歩で帰宅せねばならないかわいそうな生徒たちを気の毒に思い、元気づけに「味千両」あられでも配ばってくれるのではないかという私の「卑しい」希望はもちろん実現せず、230人を快く休憩させていただいただけで日東製菓さんに今でも感謝しています。

その後私は大学で横浜に出て東海圏から外れると「味千両」は関東のスーパーには売っていないのがショックでした。あられロスです。


ほろほろと崩れ程よい塩加減で袋を開けると止まらなくなる究極のあられが「味千両」。それがいきなり人生から消滅してしまって私は非常に絶望しましたが、割と好きな物に執着するタイプなので、その代わり「サラダあられ」があって救いになりました。

結婚してアパートにまぎこんできた野良猫の息子も、サラダあられの「醤油味」がお気に入りでした。平成になったばかりの頃、思い立って猫ともどもカリフォルニアに移住しました。

どんな日本食が手に入るかわかりませんでした。
まともな日本食がなくても、おばあちゃん自家製の紅ショウガか、ふりかけの「のりたま」があればとにかく食える。思い切って丸美屋食品に手紙を書いて、カリフォルニアでも「のりたま」が手に入るかどうか問い合わせたのですが、返事がきませんでした。
んで「のりたまふりかけ」と「サラダあられ」を引っ越し荷物として送りだしました。

心配したものの日系スーパーはありました。サラダあられもありました。ただし在庫が切れるといつ入ってくるかわかりませんでした。売り場にあったら買う。そこが勝負です。


日本から肉製品の輸入は禁止なので、好きだった日本のソーセージのシャウエッセンも食べられず、そのうちシャウエッセンの味も忘れてしまって、どうでもよくなった2010年前後、お菓子売り場に忘れもしない黄色とオレンジの袋「味千両」があるではないですか?

夢かと思って2袋買って帰って、奇跡の入庫なのにたった2袋を買って私は何をやっとるか?とまたスーパーに引き返して売り場の「味千両」を全部買い占めました。 次にいつ入荷するかわからないから。
それっきり2度と入荷しませんでしたが、。

買い占めた「味千両」がなくなると名残惜しくてパッケージの日東製菓の住所を切り取りました。次の日休憩時間に日東製菓のお客様相談室相手に、自分がいかに昔から「味千両」が好きで愛してきたかを切々としたため、航空郵便で日本に送ったのでした。返事は半年ほどたって忘れたころに来ました。

平成が終わるころ、帰国して静岡に落ち着きました。
「サラダあられ」あるいは「サラダ・セブン」はスーパーにあったりなかったり。オンラインでいろいろ調べてみるとなんと!日東製菓がなくなったと?!バブルで投資に失敗したらしい。オンラインで「サラダセブン」を買いあさりました。

ある日地元のスーパーでレジに並んでぼんやりしていると、レジ横に特設!越後製菓コーナーがありました。赤が特徴の越後製菓のラインの中に黄色とオレンジのデザインの「味千両」 があるではないですか?迷わず全部買い占めました。

袋の裏の製造会社を見てみると越後製菓となっていました。
越後製菓があの日東製菓の「味千両」を拾って保護していた!
捨てる神あれば拾う神あり。ありがたや。

私の勝手な想像ですが、こんなんではなかったでしょうか。
老舗の日東製菓さんはバブルの投資に失敗して、会社の清算という苦渋の決断を下した。が、その製品プロダクトラインすべてを閉鎖・廃版にするには社長はじめ工場長、事務員に至るまで身を切られるようにつらかったに違いない。


殿、せめて「サラダあられ」と「味千両」だけは生す手立てはないものでありましょうか?

同業他社の皆様、卒爾ながら情けをかけてはいただけぬか、
越後製菓、武士の情けじゃ。手を挙げてくだされ、弊社がお引き受けいたそうぞ。
かたじけない。しからば ここな「味千両」のレシピと工場長を新潟県に、、、、。
工場長、(涙、涙)われら日東の遺志をついでたもれ。
かしこまってござる、長として一生をかけ「味千両」を守りぬく所存。
恐惶敬白
~~みたいなことがあったのかもしれない。

それからは私はオンラインで「味千両」を12袋箱買いして非常に満足であります。再び巡り合った「味千両」は50年前と同じようにほろほろと口の中で砕け軽くて繊細なあられの傑作なのでした。
ただし、塩が昔と少し違う気がする。

越後製菓様、
「味千両」は「まま子」のような存在かもしれません。越後製菓コーナーに味千両が置いてあるのはまれ。あっても売切れればほとんど補充されません。生産量が少ないのかもしれません。よその子ですから。それでも老舗の粋を引いた直系の製品ですから末永く生産をつづけてやってください。
お願いです。

アメリカ人の平均寿命、過去2年で2.7年縮む 

9/1(木) 14:14 BBC Japan
やっぱりなぁ、パンデミックであれだけ亡くなれば平均寿命が短くなるはずだわ。
パンデミック以前でも日本の平均寿命と比べると10年近く短かったから。

人種別のデータだとネイティブ・アメリカン(インデアン)とアラスカ・ネイティブ(イヌイット)が低く、ミシシッピ州でも平均寿命は期待できない。はっきり言えば経済レベルが低い層がおおい人種では平均寿命が低い。ミシシッピは貧困州だから低い。

アメリカ人の所得層と平均年齢をグラフにすると、富裕層の平均寿命は相関するはずだ。
ジャンクフードばっかり食べているデブは収入がいまいちで、富裕層になればスレンダー。ランチはサラダとミネラルウオーター。貧困層にビーガンはいない。貧乏人にビーガンは贅沢すぎて手が出ない。――というのがおばちゃんの実感だった。

アメリカで齢70というと人生の終盤に備える年だ。ちょっと老けたかな?と思うとポキっと亡くなる方がいる。日本より人生のステージが10年早い感じ。

ただし、富裕層は別で、夏はテニス、スカッシュ冬はスキー。
アイ子ちゃんがいうには、レーシックに豊胸、フェイスリフトして、夏の終わりはシミ取りレーザーをする70歳-80歳は現役。
マンモスのスキー場ではリフトの割引は90歳から。テニスクラブのメンバーはみんな日にやけ、太ももなんてスイカくらいの太さがあるという。ヘルス・チェックも欠かさず、ガンになったって飛び切りの医者に行くから死なない。

それに比べて中流から下にかけては65歳のメディケアの年になるのがまず目標。
知り合いの保険ブローカーのお嬢さんは早く65歳になりたいと嘆いていた。メディケアの年になるからだ。
彼女は両親が興した保険ブローカー業を引き継いだのだが、子供のころは健康だったので親(保険屋のくせに!)が健康保険を子供に入れなかったのだ。長じても健康だった子供本人は皆が保険料を払うその金で人生をエンジョイしていて大いに満足だったのだが、結婚した後ご主人が交通事故にあい息子さんが病気を患い、保険がなかったために莫大な医療費を払う羽目になり、本人自身も病気の治療が遅かったために足に後遺症が残った。
だから早く65歳でメディケアに加入できる年になりたいと嘆いていた。

アメリカの健康保険はカバーが大きくていい医療機関をネットワークに取り込んだ保険ほど保険料が高い。当たり前だが。
いい健康保険を持ち、予防のための健康チェックを欠かさず、食事も節制してスポーツに励めば長寿に決まっているようなものだ。アメリカでは金持ちほど長生きする。

歴史を紐解けば「アメリカ人は小さな政府を望む」
広く国民全員にいきわたるような巨大な組織をつくれば莫大なコストがかかりそれは国民から吸い上げた税金で賄われることになる。政府の権限も肥大し規制とコントロールする対象も大きくなる。アメリカ人はこの「大きな政府」を嫌った。

先進国の中でも平均寿命が低いのは、政府が組織する健康保険制度がなかったせいだ。医療費自体も高すぎるのである。
国民皆健康保険制度はヒラリーの目標だったが、クリントン政権ではどうしても実現できなかった。日本の人には想像が難しいかもしれないが、アメリカ人の中では常に皆保険制度に反対する階層がいたのだ。
裕福層の支払う保険料は間違いなく“保険料があまり払えない層”と制度を維持するために使われるに決まっている。自分が稼いで支払う税金をどうして他人のために使われなければならないのか?
自分の使うものは自分で払う。受益者負担。アメリカでは皆保険に常に反対者がいた。

オバマになってから皆保険が実現した。
なんと、無保険者は罰金を支払わねばならなペナルティ付きだったのである。無保険者だった者全員が喜んで加入すると思いきや、それでも「健康だから保険料を払うのがもったいない」あるいは「保険は入りたいが払うと生活できない」などの層がいたのである。

オバマの健康保険はスタートした。
政府が補助して健康保険料が割引になった金額は保険者の「収入」として所得税の対象になるのだった。国民は保険に加入できるようになったが、コロナに罹患して莫大な医療費を請求された事例もニュースで報道されることになった。医療費のコントロールはまだアメリカの課題なのだった。

帰国して日本の70歳は「終盤」ではなく老齢の「序盤」だとわかった。アメリカと比べてまだ日本の人生の終末はさらに10年先にあるのか?というのがおばちゃんの感想。

寝たきりで何年も歳を重ねていく病人などあまりアメリカで見聞きしなかった。病人本人の意思が尊重されるから延命だけの治療をせずにカタがついていくのだと思う。

カタを付けられない日本社会では寝たきりでも長生きして平均余命は世界一。
年金生活の老齢者への医療費は現役世代の支払う健康保険料がつぎ込まれている。

ところが今年前半の出生児の総数は40万人に満たなかった。とうとう出生率・年80万人を下回るのかもしれない。
日本の人口ピラミッドは逆さ富士だ。
ベビーブーマーが後期高齢に入る。医療費の窓口負担が1割(10月から一部3割負担)でもゼイゼイあえいでいる現役世代が払う保険料をじゃぶじゃぶ使うことになる。

人口比率といい、高額医療制度といい、どう考えても保険制度が持つはずがない。健康で裕福で高額な保険料を払わせられる層がなぜ不満の声を上げないのか?
おばちゃんは日本の健康保険制度がいつまでもつのか、なぜ現役世代が批判の声を上げないのか不思議でたまらない。

宮内庁がSNSを始める

うふふ
宮内庁がSNSで発信することを検討しているのだそうである。

宮内庁がSNS開設を検討 皇室情報の発信強化へ
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6437168

具体的な媒体については決まっていないらしいが“宮内庁や皇室から正しい情報を積極的に発信し、「より正しい姿を国民のみなさまにお伝えする必要がある”からだそうだ。

“ここ数年週刊誌などで皇室に関するさまざな情報が出ていて、中には間違った内容もある”
ことから正しい情報の発信をしたい意思はわからなくもないが、。

いま宮内庁のページhttps://www.kunaicho.go.jp/を見てみたところ内容は正しくあるべき情報しか載っていない。
宮内庁が国民に知らせたい公式情報である。つまらない。国民が知りたい情報は載っていない。

●国民が知りたいのはニューヨークの負債夫妻をどのように始末するのか、
●天皇の一人娘にはティアラ予算が見送り決定なのに、ゴージャスにも金が使われ放題の秋篠宮家の新邸はどのように予算がつぎ込まれたのか、
●秋篠宮家の二女さんの歯医者の縁談の話はガセなのか、信ぴょう性があるのか?
●秋篠宮キコさまは気に食わないとお車の運転手の背を蹴っ飛ばすとか本当なのか?
●御用牧場から野菜や果物を強奪のように奪い取っていくとは本当なのか?

宮内庁はいったいどのような情報を誤っていると判断しどのように訂正したいのだろう?
訂正しない情報は正しいと考えてよいのだろうか?

考えてみれば宮内庁が実際SNSを開始したところで、清く正しく美しい情報の発信に決まっているが?
そしてその発信にどのようなコメントがつくか、ふふふ。楽しみだわ。

永住権・グリーンカードいろいろ

手にしたグリーンカードはちっともグリーンじゃなかった。
カリフォルニアで発行された永住権カードはむしろホログラフが目立つピンクといっていい色合いだった。有効期限の10年が過ぎカードをニューアルすると今度はクリーム色になった。

知り合いの夫婦はたぶん70年代後半に中西部で取ったグリーンカードで、本来の由来のグリーンがかったデザインのものだと思うが、さらに彼らのカードには10年の期限がない。
そう、昔はカードの期限が記載されないグリーン・カードがあったのだ。
夫婦のグリーンカードにはリニュアルの通知が来ない。いいなぁ、と思ったのだが。

人生のほとんどをアメリカで過ごして、彼らはおばちゃんより3年早く日本に帰国した。
ご主人の故郷が九州なので両親はとっくにいないが彼は生まれた土地に帰った。助けてくれる家族も誰もいない中西部で自分の力だけで生き抜いてきた人たちなので、日本の知らない土地に移住を決めたとしても何も困らなかったと思うが。

奥様K子さんは東京生まれの東京育ちで日系二世と結婚して、いきなり中西部で広大な農地をトラクターを運転する農家の嫁になった。一子を設けたがその後数年で離婚した。子供を抱えたシングルマザーが、アメリカ中西部の農村地帯でどうやって生きていけたか。

雇ってくれたのはマクドナルドだけだったと言う。
トイレ掃除に窓や床磨き。ハンバーガーを焼き接客をし一人で店のクロージングまでやらされて、時給は$3.25。マネージャーはオーバータイムの残業代なんかつけてくれない。何度も抗議しても英語に訛りのあるアジア女が、移民の奴隷労働者が、として相手にされなかった。マックを辞めたらどこにも雇ってくれるところがないことはマネージャーに見すかされていたから。

7年奴隷労働をしたあと、他州に移る目途ができてマネージャーに辞めることを伝えたらマネージャーもいくばくかのうしろめたさがあったのかもしれない、コカ・コーラの株を何株か退職金替わりにくれたという。


80年代前後の株なので、現在なら一財産になっているはず。売らないのかと聞いたら、このコカコーラの株は私が奴隷のようにアメリカで働いた証し。私の体と時間をすりつぶしてもらった株なので生きているうちは絶対売らないと言っていた。

このK子さんはその後日本人のご主人と再婚してカリフォルニアに移った。
カリフォルニアでも長年接客の仕事をしていたが接客逸話の持ち主。一度来客した客は顔・名前・職業などわかるものはみんなメモをして覚える。次に来店した時のためにそのメモ帳を肌身離さず身に着けていたという。
他の同僚からすごいねと褒められると、何分もう年で脳みそが限られているからメモして覚えるほかないからと。

そのK子さんが60代半ばに脳出血を起こした。
莫大な医療費が飛んでいって、回復はしたが健康保険の保険料は倍になった。そこで夫妻は人生の大検算をしたのだね。1に1足して2を引くと幾ら残るか?
幸いアメリカ経済はリーマンショックから立ち直っていて、家は不況前より高く売れた。

K子さんの一人息子は中西部でアメリカ人として育ってしまった。一人で生活を支えるシングル・マザーが息子に日本語や日本の文化教育は到底不可能だったからだ。息子は早く巣立ちアメリカ人の女の子と結婚して孫が出来た。その孫も成年になっていたから日本に帰国を決めた時も、今更K子さんがアメリカに残って何かをし残したことはない。
それでご主人と日本に帰ってきた。

場所はご主人の出生地・九州の南部である。
東京生まれでアメリカで生活してきたK子さんにとっては故国というよりまた別の国であったかもしれない。地元の人の話す言葉がよく聞き取れないと言っていたし。

ご主人の同級生とか親戚の薄い縁はまだ残っていたとはいえ、K子さんは地元の人から見れば異邦人であったと思う。

ずっとあったかい土地で過ごしたから服は体を締め付けない薄いものが良いといってコットンのTシャツとレギンズだけ履いていた。スカートをはいているわけではない。ロングTシャツというわけでもない。
確かサウスウエストエアーだかのドレスコードに引っ掛かったのと同じような服装である。

九州南部の旧弊な地元の婦人方はさぞかしびっくりなさったのではないか。K子さんはきょとんとしてTシャツとレギンズのどこが変なのか理解していない。気にもしていない。長年培った接客術で今では地元の女子会のメンバーだという。たぶん九州南部だろうがアフガニスタンだろうがスマトラだろうが彼女は暮らすに場所に不自由しないと思う。

K子さん夫妻は緑のグリーン・カードを持って、毎年1回はアメリカに帰って孫の顔を見て友達を訪ねついでに税申告Tax Returnをしてゆく。
ところが何分期限がないグリーン・カードなもんで、毎回LAXの入管でちょっとこちらへと別室に呼ばれて毎回2時間の取り調べがあるのだと言う。
毎回?2時間?

コロナでアメリカに渡航できずに3年我慢していたらひ孫が生まれていた。
K子さん、もう大ショックである。一刻も早くひ孫が見たいのにコロナでいろんな制限が厳しくてアメリカに入国できなかった。


先月の7月にやっとアメリカに帰ってシカゴに飛び、シカゴからはレンタカーでインディアナポリスまでロングドライブである。たどり着いたらひ孫は二人目も生まれて3か月になっていた。グラン・グランマである。

1月たっぷりアメリカを満喫して日本に帰ってきた。
長く留守にしたので畑の野菜が枯れてしまったのが悲しいと残念がる。最初の結婚では広大な畑をトラクターで耕すような農業だったので、日本の家の片隅の畑に夫婦が食べられるだけ数種類の野菜を植えて育てるとやっと本当の農業!って気がするのだそうだ。

来月は函館に旅行に行くそうなので帰りに熱海に途中下車するので6年ぶりで再会である。楽しみ。

ロースト・ビーフ

胆のうを切除しちゃったから油ものを食べて七転八倒ということはもうない。ありがたい。
バターやクリーム、牛肉を我慢していたのでたまにはがっつり肉をたべたいと書いたのだが、日本の肉は高い!

薄切りではないです!って8ミリくらいの厚さのステーキ肉を売っているが、フライパンで上下を返したら確実にウエルダンになってしまう薄さ。これはステーキとは言いってはいけない。

近くの肉料理が人気のレストランがあるのだが、ランチにお勧めのロースト・ビーフ丼をオーダーしてみた。
日本の皆様には怒られるかもしれない。が、ご飯の上に上っていたのはロースト・ビーフではなくて“肉のたたき”であった。
直径7~8センチくらいの牛肉の周りを焼き付けて、薄切りにしたもの。火が通っているのは外輪せいぜい1,5センチで真ん中はほとんど生肉に近い。

いっそ自分で焼こうかと思ってもスーパーに塊の牛肉がない。
ロースト・ビーフとして焼こうと思ったら最低2キロ/4Lbはいる。スーパーの肉売り場でパックされているのはレストランよりさらに細い直径4~5センチの牛肉である。これではローストビーフは作れない。オーブンで焼いても中心はピンクにするには外は固くなりすぎ。だから肉のたたき風にするしかないのだろう。

アメリカではステーキ用肉と塊ばっかりで、すき焼きとしゃぶしゃぶ用の薄切りを探し回るという苦労があった。ならいっそ塊なら塊を料理するしかないじゃん。
というわけでサンクスギビングやクリスマスにはローストビーフを焼いていた。涼しい気候のほうがローストビーフは合うね。

ローストビーフを作るためには3日かかる。
まず2キロ以上の柔らかそうな牛肉を買う。
塩とガーリックパウダーと黒コショウをまんべんなくまぶす。
ペティナイフであっちこっち突き刺して、スライスした生のガーリックを差し込む。
特大のジップバッグに入れてオリーブオイルをたらたらと流し込む。
ついでに“美味しくなぁれ!”と両手で袋ごともみもみする。ジップバッグの空気を抜いて閉じて
そのまま冷蔵庫で一晩寝かす。

次の日に冷蔵庫から肉を取り出し室温になるまでカウンターに置いておく。
高温で焼くのと低温で焼くのと2通りあるのだが、おばちゃんはいつも高温だった。
手をかけるならフライパンで肉を転がして焼き目を付けてからオーブンに入れてもいいが
そのままオーブンの中段に入れてもさほど結果は変わらない気がした。

焼く時間は1パウンドにつき20分。これはきっちり守った方がいい。
オーブンによっては上火がきつかったりするからその時は白菜かキャベツの葉っぱを一枚のせる。2キロなら1時間20分でオーブンから出す。
粗熱が取れるまでキッチンカウンターに置いて触らない。

焼いた晩に切っちゃったら美味しくない。
ロースト・ビーフは一晩寝かさないとうまさが出ないのだ。
その日に肉を食べるならステーキを焼いたほうがいいよ。
カウンターの塊の肉を見ながらぐっと我慢する。
そして、できれば肉の周りをアルミ箔でぐるりとくるんでキッチンカウンターに置いておく。冷蔵庫は脂が固まり冷えすぎるからよくない。だから涼しい季節に作る方がいいのだね。

3日目の昼か夜はいよいよローストビーフを食べるとき。
オーブンから出したときに肉から出た肉汁は取っておいて、トマトペーストを入れたりしょうゆを足したりしてグレービーを作っておく。

分厚くスライスするより薄切りにして口の中で肉がほどけ、肉のうまみとミルクの味を楽しむのが好き。
肉を一晩おくことで初めて肉のうまみが出てくるのだ。焼いたその日は切っちゃダメ。

おじちゃんは罰当たりで、一応口をつけるが次の日のサンドイッチの方がよく食べる。
シーザース・パレスのブッフェは何度もお代わりするので、Ralphsで買ったランクなしもも肉と私の料理では今一ということかい?

ただ、ブキャナンは7~8キロありそうなA5ランクの飛び切りの肉をローストしているのだが、ホリデーシーズンであまりに客が多すぎると、一晩おいた肉なんかあっという間になくなってしまい、オーブンから出した熱いローストをスライスして出すことがあ。もったいないなと思う。
これだけの肉なんだから一晩寝かせればどれだけ美味しいか、と言いつつ完食したりして。

競輪選手の太ももくらいある適度に脂がのった柔らかいロースト。
ディナー皿より大きそうなスライスは周りはこげ茶で中心にいくにしたがってバラ色のピンク。Ralphsと違ってどこにも筋がないお肉はふわ~と口の中でとろけていく。

この辺地方ならお肉屋にロースト用特注ということになるのかしら。一体いくらかかるのさ。でなければCostcoまで高速で飛ばして1時間40分。肉が買えてもうちのアイリスオーヤマのオーブンは小さすぎる。丸のチキンで2時間かかったりするから。

日本は何でも美味しいけど、”塊の料理”は海外のほうが得意だ。

日本の消費税

絶対におかしい消費税! 
税金の基本は「富める者」から徴収して「貧しき者」に分配すること。赤字の零細企業に支払いを義務付けているのに、輸出大企業には莫大な還付金が!
元静岡大学教授で税理士の湖東京至

https://news.yahoo.co.jp/articles/a7efeb23f91f12ed688563e5d2c7f1bc3200db5e

引用ーー

なぜ「消費税」が悪法なのか?
湖東ー 消費税は、「輸出企業への優遇税制」なんです。

税の基本概念とは「富める者から、苦しんでいる者への分配」です。
消費税の本質は「輸出企業のための超優遇政策」だった

湖東―― 消費税は、赤字の会社からも「無理やり税金を徴収」するものです。そして輸出企業には、史上最高の売り上げと言われた年にも「還付金」を支払っています。

消費税の本質は、「輸出企業のための超優遇政策」です。赤字企業は税金を納めるのに、輸出企業は「海外で売った分だけ、消費税の還付」を受けます。

そのため、トヨタ自動車のある豊田税務署は、トヨタに支払う莫大な還付金のために赤字で喘いでいます。税の基本概念は「富める者から、苦しんでいる者への分配」のはずなのに、今は逆に「苦しんでいる者の税金を、富める者に差し出す」という状況が続いています。――引用
                 ――――
おばちゃんは、この記事を読んで目を疑い自分の頭を疑ってひょっとして自分はパラレル社会主義国・日本に帰国したのかと思った。日本の常識がずっぽり抜けているので、この元静岡教授の意見が日本の常識として通るのかそれすらわからない。一体頭がおかしいのは元静岡教授なのかおばちゃんなのか。

まず、おばちゃんの理解としては、国が組織として国の経営をするためには金=税金が要る。そこで所得税や固定資産税や相続税や贈与税をとって国民に必要な行政サービスや福祉や保険制度を経営しているわけだ。足りなければ増税して帳尻を合わせる。昭和の末に税源として目を付けたのが消費税。

だから租税を納めるのは、貧しいものを助けるためではなく国が国として成立するために必要な税制度だ。違うだろうか?

湖東先生の解釈――税の基本概念とは「富める者から、苦しんでいる者への分配」ですーーは日本人全体の解釈なのか?まるで社会主義の税原理みたいだが?

さらに湖東先生が言うところの消費税の本質はーー「輸出企業のための超優遇政策」ですーー
そうなのか?おかしくないか?

物品の売買で消費税をとるのは世界の税制としても普通。なぜなら、経済活動で企業からまんべんなくとれる税で取りはぐれがない。国が一番かっぱぎやすい税であるから。
湖東先生の解釈では“消費税”は赤字で苦しんでいる企業からも容赦なく取り上げられるまるで“所得税“のような扱いではないか?それは違う。

おばちゃんは十何年、アメリカで消費税を支払う立場だった。
毎月、売り上げと消費税を州に報告し消費税を“払う”。SalesTax Returnという。


なぜ税を「Return」と言うかというと、消費税=Sales Taxはそもそもマーチャント、商人・企業のものではないからだ。消費税は商品サービスに州の税を乗せて消費者から受け取る。税は発生した時から州のもので、マーチャントは単に消費者から税を一時預かり、州に”返す“一時預かり”の役割をしているだけ。だからReturn=返す。

この一時預かりの税をマーチャント・企業の収入と考えるなら、それがおかしい。
一時預かりの税を州に「返さず」自分の懐に入れてしまえば盗人だ。州は自分の税を盗んだ盗人は許してくれないからどこまでも追っかけてくる。アメリカで企業をやっていた人間ならだれでも知っている。
客から預かった消費税は自分のものではない。

ところが湖東先生はまるで消費税が企業の売り上げ・収入のようなみなし方をしている。正気か?と問いたい。企業が赤字だろうがなんだろうがそれがどうした。預かった消費税と自分の売り上げは別に考えねばならない。“消費税の支払いを義務付けている“のは当たり前じゃないか。

さらに州外、国外に売るものは消費税の対象外だ。
これは日本でも同じだろう。中国人観光客がデューティ・フリーで買い、あるいはレシートをもって税の還元を受けるのも例外だからだ。

もし、トヨタ自動車が海外輸出車に対して日本の税務署に消費税を支払っているなら、そもそもそれがおかしい。それでも日本の制度上一応、輸出用の消費税を払って、それから払った管轄税務署から消費税の還付をしてもらうなら理屈にあう。輸出用車に日本の消費税支払いを適用するほうがおかしいのだ。

それを湖東先生はーートヨタ自動車のある豊田税務署は、トヨタに支払う莫大な還付金のために赤字で喘いでいます。-と書く。おっさん大丈夫か?
日本では税務署が赤字であえぐのか?

おばちゃんはさっぱりわからない。
貧乏人=正義、消費税を払えない企業=正義って変!
どこの国でも消費税はマーチャント・企業の収入ではないぞ。
絶対におかしい!のは先生の頭かもしれない。

さらに記事を読むと、驚愕の事実が書いてあった。
日本の企業で消費税を支払うのは年に一回で、その額は

―引用「1年間の総売上高×10%」から「1年間に仕入れた額×10%を引く」。そこには、物品の仕入れだけではありません。工場の建設費とか、クルマを買ったとか、社員のユニホームを買ったとか、家賃を払ったとかいろんなものをみんな引けるんです。それが1年間に納める消費税額になる。――引用

えっ!!!!
である。なんでそこで経費を引く?!

引用――さらに例えば、お店を新築するときに工務店にたくさん払ったとすると、「払った分は引ける」わけですから、その年は「消費税を国に納めなくてもいい」ということも起こるわけです。我々が払ったものは、そっくり税務署・国にはいかないのです。「消費税」は、「消費者とは無関係」の税金なんです。

それを裁判所に訴えた人がいますが、その判決に「消費者が払っていると思っているのは錯覚ですよ。あれは“消費税”という税金ではありません。あれは“物価の一部”です」と言う内容が書いてあります。
つまり、値引き販売ならぬ「値増し販売」なんです。–引用

これは「消費税」の看板に偽り。
政府が導入したときからこの「消費税」はただの「カサまし」だったのか、政府はいったい何がやりたかったのか?設備投資などができる企業が有利なら、何も控除できない小企業は不利。

引用 湖東―― いろいろ勉強させてもらって、消費税っていうのは、ものすごく悪い税金。こんなに悪い税金が世の中にあってはいけないということ。今、世界では広まっている税金なんです。ところがたった1カ国、アメリカだけがやっていない。アメリカは、確信的にこの税金が悪いと指摘しているんです。―引用

またまた えっ!である。
アメリカが消費税を導入してない。何度読んでもそう書いてある。おばちゃんが毎月州に支払っていたSales Taxはありゃなんだったのか?
うん?湖東先生は「アメリカ」はって書いてあるな。国Federalとしての消費税Sales Taxは確かにない。ただ、州ごとに消費税はあるぞ。ない州もあるが少ない。
そして消費者に売る段階の小売り消費税だ。

現在の日本の消費税は製造業の製造過程から消費税を適応していて、出荷時に支払わねばならない。相手は最終的な消費者個人ではないのに。この消費税を導入する際に法人税を下げて、控除ができる大企業がさらに有利になったと。

―引用―日本では、社会保険料などは負担金の上限が設けられています。高額所得者は所得全体から差し引かれる割合がドンドン減り、逆に社会の中間層や平均賃金以下の人の社会保険料や税負担は増えていく。所得の低い人が、非常に重い税負担に喘ぎ苦しんでいますー引用

消費税は高所得者でも貧乏人でも同じ金額だけ取られるので、格差が広がるというのは確か。ただね、日本では企業が内部保留をたっぷりため込んでいるかもしれないが、大企業の従業員が軒並み高給取りというわけでもない。

裕福層には社会保険料の上限があるといえ、例えばおばちゃんの町の健康保険料の上限は65万円だ。おばちゃんは目を疑って、「年額」だろうと思ったが「月額」だった。自営業で高額所得者は毎月65万円 年額780万円までは保険料を払わせてあげようというありがたい町の制度。住民税も同じく半端なく高額。

老後を豊かに暮らそうとせっせと働き年金受給を70歳まで遅らせて、悠々自適に生活できるはずが、年金収入が多くて520万/年 住民税・健康保険料が超高額、さらに医療窓口負担3割で毎月どばどば社会保険料が出てゆくドツボにはまった引退老人の記事を読んでしまった。
75歳男性の「老後の暮らし」を“崩壊”させた、年金「繰り下げ受給」の落とし穴――
https://news.yahoo.co.jp/articles/9db7106176686d0dfbc2df3c19f3b927b3e153b9

コロナと病気入院治療で気が付いてしまったが、日本で本当に有利なのは資産を持って、しかも収入が最低限の人だ。これが一番悠々暮らせる。老人になったらもうそんなに物を買わないのだ。

湖東先生が言うように消費税は廃止して、税の基本概念に基づいた税法に戻すべきかもしれないが、実際の下々の暮らしにはあまり影響がなさそうだ。中途半端に稼ぐのが一番税金を取られる。

ちょっとぐずぐずになってしまったが、結論は:日本の消費税はまともではない。

あかすりタオル1号 2号

時折断捨離がしたくなる。
母や猫が亡くなった後、
雨続きでうっとうしい時、
テレビで家のビフォアー・アフター番組を見たとき。
使わないものが多すぎると感じた時。
汚部屋を掃除する番組などを見たときは一番いけない。いたたまれなくなる、ウチも捨てなくちゃと町内指定ゴミ袋を取り出す。

おとといも何かの拍子にむらむらと捨て捨てスイッチが入ってしまった。
物を捨てたくないおじちゃんは、警戒心いっぱいでおばちゃんの手元とごみ袋を見張っている。不用品がたまるのは、リビングのテレビ台の引き出しとキッチンと洗面所だ。6月に不要な洋服を3袋出したので、今回はクローゼットから捨てるものはない。

AliExpressで買った中華製バリバリの骨伝導コードレスヘッドセットは役に立たなかった。音が駄々洩れで、病院のインターンから怒られたから捨てる。機種乗り換えした新しいIphoneの空き箱も捨てる。何につなぐのか忘れてしまった充電ケーブルも捨てる。
匂いがきつすぎて吐きそうになる髪のカラーワックス、捨てる。
同じくAliExpressで買った髪のエクステンション。届いたら色が明るすぎたので、マジックペンで色を塗ってみたものの気に入らないので、捨てる。

CDラックからあふれていたアメリカンポップも聞き飽きたので捨てる。アリアナ・グランデも捨ててやろうかと思ったがおじちゃんがフアンなので我慢する。
たまっていた町内会報とコロナで中止になった去年おととしの特別健康診断表捨てる。

綿のシャツが乾燥の時しわになりにくいように入れるテニスボールみたいなボール:乾燥モードになった時、いったん洗濯機を止めて入れないといけないので面倒。入れてもさほどしわの出来に変化がなかった。洗面所がかさばるばかり。捨てる。


乾燥ハンガーはバスローブをかけてスイッチを入れると、パリパリに渇いて気に入ってる。靴を干すために付け替えのノズルはいらない。

ダイソン掃除機の付け替えヘッド。ダイソンで使うのは小さい回転ブラシヘッドと細いノズルだけ。そのほかは一切必要ないので捨てる。

さて、この辺からおじちゃんの監視の目が厳しくなってきた。
基地外と言う。なんでもかんでも捨てやがって、と言う。

キッチンはゴミがたまりやすい。引き出しを開けてカトラリーが見えなくなるくらい詰まったセブンのおしぼりとスプーンと割りばしを捨てる。

おじちゃんはセブンで必ずお絞りと箸・スプーンをもらうくせに、使わなくて宝物のようにため込む。袋入りの麺類やお惣菜についてくるちっちゃなコショウ、ゴマ、七味、からし、調味オイルは嫌いなので使わない。使わないから捨てたいのだがおじちゃんが宝物のようにとっておく。ウチのコショウが切れたときに使えるかと思って。辛い七味は二人とも苦手なのに、おじちゃんは取っておく。たまにうどんに入れる時があるかもしれない。

おじちゃんはオーガナイザーが好きである。いろんな形や大きさの箱を買って、工具やら釘やら画びょうやらを入れておくと整理した気になるらしい。
ところが、箱の中に入れた途端、おじちゃんの記憶からその物が消えるらしい。どこに入れたかも同時に忘れるらしい。

それで百均に行って同じ釘やらフックやらを大量に買ってきて、その辺にぶんまくわけにいかないので、オーガナイザーを買ってきてその中にしまう。そして存在を忘れるので、探すより百均に行って、、、。


最近、おじちゃんは自分の問題をようやくわかったようで、ベランダの一角のおじちゃんの工作室は見える収納にかわりかけている。工具がフックでつるしてある。釘はつるすわけにいかないので、相変わらず箱。それで、クッキーやナッツの空き缶にやたら執着するのだ。
百均の箱よりは上等に見えるモロゾフのクッキーの空き缶が捨てられない。ナッツの空き缶が捨てられない。捨ててはもったいない資源と思うらしい。いつか使うから。

おばちゃんがキッチンで見つけてしまったのは、マルちゃん天ぷら蕎麦の空カップだ。こんなものがどうして?猫の避妊手術の時に新たに小さいサイズを買ったので、マルちゃんは捨てたはず?2個あったのでゴミ袋に捨てた。

油断はできない。なぜならおじちゃんはごみ袋からこっそり取り出してまたしまうか戻すからだ。引っ越し当時にとりあえず百均で洗面器と風呂の手桶を買い、ちゃんとしたのを買った後にゴミとして捨てたはずが、庭の水道に鎮座してたから。雨水をためたポリ桶から水をくむには確かに手桶が便利だ。おじちゃんの目を盗んで物を捨てるのは難しいのである。


おじちゃんが拾いそうなブツはごみ袋に入れた後、紙系のかさばる物で覆い隠すのが基本。
昨日、庭の水やりに出たら水道栓にペンキ容器に使われたマルちゃんのカップがあった。これは許そう。

夫婦と猫が必要なものだけ。客用の寝具は一切なし。客用の椅子もなし。家具はこれ以上絶対増やさない。

アメリカで家を売った時に大きな家具は始末した。
カリフォルニア・クイーンサイズのベッドなんて、日本の寝室に入るわけがない。持って帰ったところで寝具類も売っていない。帰国の時に家具と生活用品は大部分処分をして最終的に引っ越し便に積み込まれたものは、最低限の家電と本と服と身の回りの物だけであった。

2世の引っ越し屋さんが最後に移り住んだアパートに来て、何を日本に送り出すか指示をくれという。アメリカ生活の清算と日本の帰国の手配で疲れすぎていたおばちゃんは、キッチンとリビング、寝室、クローゼットの中身などを見せ、大雑把にこっからここまで指示した。

それからよろよろとリビングに座ったあと眠り込んでしまい、ベッドルームとバスルームの梱包作業が終わってから目が覚めた。

その結果、日本のスーパーで買った日本製の入浴用のあかすりタオル使用中:水色とピンクのくたびれたやつとか、アメリカの百均で見つけたヘアブラシにかぶせて使うネットとか、しょ~もないゴミがプロの手できっちり梱包されコンテナに詰め込まれ船便に載せられて横浜めがけて出港していったらしい。

日本には2月に帰国したが、船便は予定より3週間ぐらい到着が遅れた。冬用のコートもセーターもなくて震えていたおばちゃんたちの仮住まいの実家のもとに引っ越し荷物は3月過ぎにやっと届けられた。
梱包は開けず山の家にさらに送って5月にやっと引っ越し荷物をほどき始めたら、ウム~とうなった。さすがプロの引っ越し屋である。
アメリカのバスルームの中身がそっくり出てくる。資生堂のシャンプーとリンスですか?とくにあかすりタオルには脱力した。こんなものがコンテナで船便で帰国してきましたか!

日本で製造されアメリカに輸出さおばちゃんが買って使用して、帰国便でまた日本に帰ってきた。こんな単価の安い雑貨にしては太平洋を2度渡るという大移動をしてきた。あかすりタオルとして生まれたなかでかなり珍しい運命だと思う。

このあかすりタオルはまだ活躍している。よれているが長い旅をしてきた子を捨てる気にはなれない。

小室夫妻と健康保険

ある動画によると、
小室眞子さんはコロンビア大学病院のメンタルと婦人科で目撃されているのだという。
もっといいアパートに移りたいという要求は厳密にいえば2Bedに移りたいと言っているらしい。


婦人科通院が確かな情報なら、子供が一人増える時のために2Bを探しているというのは理屈に合う。ビザか永住権を総領事館ぐるみで確保したのというのが前提だが。
何故なら健康保険の問題もあるからだ。

F1の留学生ビザの小室圭は大学の健康保険に加入していたはず。
ところが学校を卒業すると健康保険は切れる。OPTとして採用したLSがOPT生徒に保険を提供しているかというと、OPTを雇う企業はほとんど保険を提供しない。OPTはいわば研修生なので、社会保障はなし。本雇いになれば保険をはじめ社会保障がつくはず。

眞子さんはF2として小室圭の同じ学校の保険に加入して卒業と同時に保険がなくなったか、あるいは渡米する際に海外旅行保険に入ったか?
ただし海外旅行保険の場合は「持病と妊娠・出産」はカバーされない。

そして持病
PTSDは小室眞子さんの結婚前の時点で発表されており、もし渡米前に海外保険を加入したとすると、以前からの疾病扱いとなるはず。最近PTSDの治療を始めても、保険でカバーされるのは難しいかもしれない。
海外旅行保険でも加入時に持病の「告知」は不可欠である。もし既往症を正直に申告していなければ、告知義務違反である。

滞在資格のビザが非常に微妙な時であって、自腹で民間の保険に加入が可能か?ここんとこが非常にあやふや。

アメリカの健康保険会社には忖度が利かないと思う
会社に雇用されて団体保険に加入するか、永住権を持っているうえで民間の保険に自腹で加入するか、それともオバマの始めた健康保険に加入するか?
加入資格=滞在資格=ビザ・ステータスが微妙すぎる。

現在の小室夫妻が健康保険を持っているかどうかはかなり可能性が低いのではないか。アメリカで健康保険なしで、有名どころの医師にかかろうと思うと領事館のバックアップがない限りアポさえ取れない気がする。

それらの障害をブルドーザーでなぎ倒して、現在メンタル方面と婦人科に通っているとする。
費用は半端ないはず。

そして、メンタルに通院歴があるとアメリカで生活するのに大いに障害になるのだ。アルコール問題、肝臓トラブル、肺の感染症メンタル これらがあるとアメリカでは生命保険の「謝絶体」である。おばちゃん苦労して、諦めたから。

会社の団体健康保険に加入する以外で、自分一人で健康保険に加入しようとするとメンタルの通院歴で引っかかる。通院歴は一生ついて回るのだ。

ビザも微妙、職も微妙、収入微妙、健康保険微妙、その状態で外国で子作りをするということ自体が烏滸の沙汰。あきれるほどの脳天気。

3回目の受験が終わったお祝いランチで200ドルを費やし、支払いは眞子さんの名前のカードではなく日本のキコ様のカードだったともいう。これはIRSも追っかけられない。盲点。


週刊誌の情報ではニューヨークの日本人会がついに眞子さんを歓迎ランチに招待することに成功した、らしい。
婦人会の出席者にはドレスコードは礼装、宝石を〆と伝達され、いずれの出席者も気張って出たら、show upした眞子さんは白っぽいタートルネックのサマーセーターに暗色のぼってりした例のスカート。宝石の欠片もなかったそうだ。

フンドシとアテは向こうから外れる。という諺そのまま。
思い立ったが吉日、出た日が命日とか。

眞子さんが嫌ったのは日本のがんじがらめな皇室と、皇族としての存在しか許してもらえない日本の社会。そこから脱出するためにアメリカに逃げたところが、現地の日本人婦人会がプリンセス扱いでしゃしゃり出てきたものだからうんざりだったろう。

日本人会もいいつらの皮である。
日本国内の報道をチェックしていれば、大手を広げて歓迎すべき人物かどうかわかるだろうに。

NY婦人会としては眞子さんの「お味方」になるつもりだったのだと思う。
永住権・市民権をとって海外に永住している日本人にとって日本という国は大なり小なり生きにくい国だった

あそこが旧弊、ここが不自由、息が詰まる。アメリカに脱出して自分たちはニューヨークで成功したのだ。日本でさんざん批判され小室圭を追ってアメリカに逃げてきた眞子さんを、守ってあげよう、私たちナカ~マと思っていたのだ。

ところがギッチョンチョン、小室眞子さんには元プリンセス扱いしてくる日本人はどれもおんなじだったのだね。
世間知らずの上に人を見る目もないのさ。お互い不幸な遭遇だった。

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