老化とファッション 1

それは62歳で始まった。

お出かけのスカートを履いて鏡を見たら、膝っ小僧に皺が寄っていた。
60・61歳ではまだまだイケると思っていた。膝に影もなかったから!

64歳の時は頬がたれ始めた。
肌を引っ張り上げていた筋と張りが無くなったのであった。統計を読むと62歳から老化・衰えが顕著になるようである。ふ~ん。統計とドンピシャだったので感服する。

 さて去年65歳になってどうだったかと言うと、40代の洋服はまったく似合わなくなった。
色も長さもスタイルも。中間色と鈍い色はくすんだ肌を目立たせるだけだし、皺の膝っ小僧がみえるサイズ2のスカートはどこで履くのか。Y2Kがリバイバルだそうだが、おばちゃんのクローゼットには当時のジーンズが現役であったのだ。

と言うわけで、年末もクローゼットをひっくり返して似合わなくなった服を町役場のリサイクルに持っていった。45リッターの袋で3袋。
この服はどこでどのくらいの値段で買ったと思いだすとと処分できない。品質や値段は目をつぶる。記憶があってどうしても捨てられない数着は残してセンチメンタル・メモリー箱に入れた。

別荘地の散歩道には時々、おっ!と声が出るほどいいフランネルやツイードのパンツを野良用に履いた爺様とか、40年前の銀座で最高ファッションだったのではないかと言うお洋服をお召しになった婆様とかが幽霊のように歩いておられるのを観察できる。

まだまだ着られるから。
物は最高ブランドでいいものだから、という理由でお召しになっていられるのだと思う。素~晴らしい懐古パンツの一点を現代ものと合わせると古いスタイルも生き返るのかもしれないが、あいにく合わせるその他のお洋服も同年代のファッションである。

年末最後の卓球サークルに行った。
76歳の〇藤さんとは仲がいい。いつも隣に座るのだが〇藤さんのスポーツウエアは洗濯を重ねて色落ちしている。シューズは年季が入っていて今にも生地を親指が突き破ってきそうだ。

おばちゃんはそれとなく、オフハウスなどは行かれたことがあります?リサイクルショップって洋服もスポーツ用品もあってなかなか面白いですよ。今度ご一緒しましょうかと誘った。
〇藤さんは耳が遠いので、服?ああ、服なら沢山あってね。家内の服もそのまま。処分しないといけないけど捨てられなくてね。とおっしゃった。

なるほど、。
〇藤さんは、もうこのまま手持ちの服だけで行く、とお思いなのだ。
亡くなった奥様の服も堆積している家で。

これはイカンと思い、おばちゃんはファッション動画を研究した。
干からびた干物のまま化石化したくない。

ファッション動画は沢山あった。
もとCAだったらしい50代の日本人スタイリストとか、元モデルのフランス人とか、アメリカ人のスタイリストとか。

60代にはどんな服が似合うのか。
それぞれ国も文化も違うのであったが、共通していたのは:レギンズはやめろ。大きな花柄は婆見え。スエット・スポーツウエアは厳禁。スカートならひざ丈とか。

これでさらに処分する洋服が増えた。
いろんなファッション診断から判断すると、おばちゃんは秋色や追加で黒白が合うようである。丸顔で肩幅がしっかりある厚みのない逆トライアングル。

でこぼこの少ない厚みがなくお尻が小さい。
20代のころは少年のお尻と言われ、男と間違われるのが嫌で髪を伸ばしてきた。髪をショートにすれば和田アキ子になってしまう。フェミニンを狙った花柄はダメと言われ、女らしさを出したいフリフリ白シャツは「オスカル」になってしまうそうだからこれも禁じ手らしい。Aliで一番フリフリ・ブリブリの白シフォンを面接のために買ったのに一度も着てない!

おばちゃんはせっかちである。
Sheinでマニッシュな白シャツとかストライプのシャツ、ハイライズのジーンズやパンツをあさった。Shein のアカウントはVipのS3レベルになってしまった。
毎日のようにヤマトや国際宅急便が届くのでおじちゃんから、また買ったのかどうせ捨てるくせに。と嫌味を言われた。

白ぽい杉綾だと思ったらただの“織”だったコート。トールサイズのジーンズは安っちかったり。買った品で満足できるアイテムは半分くらい。
Sheinにどれほどのクオリティを期待してんねん?と聞かれれば面目ない。
ユニクロはSheinよりよっぽど生地も縫製もクオリティが高いのだが、ユニクロのPlainさがどうにも性に合わない。土管のようなクロップドパンツは特に嫌いだ。日本人の短い足がさらに短く見える。

コートとジーンズは店頭で買った方がよいようだ。
一番近くのアウトレットはおばちゃんの好きなブランドもなくリーバイスすら品数が少なくてトールサイズは無いというから、今週は横浜までショッピングに行こうと思う。
まだ要るのか!とおじちゃんから嫌味が飛んだ。

かっちょいい66歳になるために、おばちゃんは、ハイライズ ブーツカット、股下78cm~80cmを探しに行くのである。

夢の要塞?ー引退後の別荘地暮らし

おばちゃんはシニアの動画などをちょくちょく見るようになった。
日本の税制と年金制度を調査していた時に同じような年齢の同世代がどのように生きているのか興味がでてYoutubeで見てみたから。

40年務めた会社を60歳すぎに定年退職し再雇用で数年働き、年金生活に突入した同世代の人たち。夢見ていたキャンピングカーを買い旅に出る方。
あるいは生活をサイズダウンしてつつましく夫婦で生きる方。ペットと一緒にささやかな楽しみをみつけ穏やかに生きる方。リタイア後の生活に失敗しないための注意と計画もリストされてる。

中でもほんわかした人柄の動画をみつけ、毎回拝見していたのだが引退生活の注意6か条だか8か条だかを挙げられていた。しかしおばちゃんとおじちゃんの生活にはそれらがことごとく当てはまらなかったので自分で笑ってしまった。とことん道を外れて生きてきたのだと思った。

よくあるらしいのは退職した夫が四六時中家にいて妻のストレスがマックスになることらしい。おばちゃんたちは17~18年ほとんど夫婦別室で息をしたことがない。自営業のときは本当にトイレだけが別だった。リタイアしようがしまいが夫婦一緒に息してテレビはついているが、おじちゃんは自分のタブレットを見ながら私はthinkpadで好きにしながらお互いを空気のように生きている。

また引退後は孤独感を感じることがストレスになるらしい。
会社と会社の同僚らと切り離されて孤独・喪失感を感じるらしい。そんな時は、ボランティア活動をしてみるのも手。だそうだ。
おじちゃんとおばちゃんはそもそもそんな孤独を感じないので困ったわ。

親も兄弟も手がとどかないアメリカ大陸で、会社から首を切られればそれでおしまい。アメリカだろうが日本だろうが「国」なんかそもそもあてにしてはいけない。
周りは全部人種言語さえ違う他人。金は自分で稼いで家を買い担保を作るしかない。後ろ盾は何もなく三方は崖っぷち。自分とおじちゃんだけが頼り。
自営業時代にどちらも病気にならず、それだけは本当にラッキーだった。

“引退した後に孤独を感じた時、誰も知らないところへ飛び込むのは勇気がいりますが興味のあるサークルやボランティアをのぞいてみてはどうだろう?”
孤独?勇気?何の話だろう?
ここは縁も地縁もない別荘地。日本で買った携帯の住所録はほとんど真っ白。
それでも行きかう人は日本人で日本語を話しているではないか。すごいと思う。み~んな日本人なんだぜ。やりたいことがあれば説明会や申し込みに行ってみる。コンビニで買い物と変わらない。

ところで、この前、お向かいのおばちゃんとお茶をしていて、コロナも終わったし旅行に行くならカッパドキアに行きたいといった。カッパドキアの乾いた草原にある岩の家はおばちゃんの魂の要塞だ。
帰国前に家を探すときに偶然開いてしまった旅行ページにはカッパドキアの岩の遺跡が映っていた。
草原に散在する巨石遺跡のような白っぽい岩。岩は人の手によってくりぬかれて中世人の住居だった。その家を見た瞬間、おばちゃんは「住みたい!」と思った。

頑丈な岩盤に“建つ?”不況不屈の家
火にも雨にも地震にもびくともせずドアを閉めれば外界を遮断できる要塞。子供のころからこんな要塞が欲しかった。

中東での駐在時代もあったお向かいのおばちゃんは、あなた変わったところに行きたいのねぇ?私は行ったことがあるけれど、とても興味深いところだったわ。

遺跡の案内人の言うには、他の部族の襲撃を想定して石の家にはあちこちに抜け穴があり、こちらの方面から襲われたときは、こんな落とし穴、こちらの方面なら通路に岩を落とすというような仕掛けが施されていたの。岩の家は常にだれかの襲撃に備えてできた家なのよ?

あは!
まさにそれがおばちゃんの夢見ていた理想の家。
外敵を打ち防ぐ仕掛けを付けた魂が安らげる要塞。住んでみたい。カッパドキアの岩の家のドアをくぐって、おばちゃんは一体何を感じるだろう? 昔の住人の憂いかそれとも安らぎか。

おばちゃんのこれまでの人生のポリシーは
生き残ること
家族が幸せに生きられるために戦うことーーだった。

伊豆の山に買ってしまった家は藁の家だった!笑
巨大地震が来たら一発さよなら。ただ、昔からおじちゃんの夢だった“自然に囲まれて自分で育てた野菜で料理を作って食べる“が実現できて幸せ。
日本では自然災害の他に襲ってくる敵は税金の徴収くらいだから、藁の家を石の要塞に作り替える必要はないかもしれない。

老後というのは自分の人生の集大成だわ。
意思を持ち始めてから自分が決断してきた何億回もの決断の集積が今の老後なのだろうと思う。夢を実現したければ夢のために戦うしかない。

おばちゃんには「うらやましい」という感情があまりないらしい。
ひと様の動画をみて人様の人生がうらやましいとか、人に憧れるという感情がわかない。どこかですり減ってしまったのか捨ててしまったのかわからないが。

動画のコメント欄に「あなたがうらやましい」などと書いてあると正直わからん!と思う。

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