文化のはざま

あなたは異文化をどこまで許容できるだろうか?或いは、自分の文化をどこまで守って、どこから先は移住国に合わせられるだろうか?

リセッションでガラガラになったショッピング・モールに入ってきたビジネスはいくつかあった。モールの管理会社にとっては、金を持ってさえいれば猿でもカバでもよかったのかもしれない。

新しくネイル・サロンが入った。ベトナム人経営のビジネスで、雇われている女の子は最低限の英語しか話せない。しかし、指先が器用で料金が一番安いので、ベトナムのネイル・サロンは割と人気なのだ。
客はほとんど白人だった。オーナーはおっさんで、店にいたことがないのでモールの誰もがほとんど知らなかった。

ここからは、ジャネットの情報だが、おっさんは一言も英語が分からないのだという。YesもNoも言えないのだという。

管理会社のローランドとフレッドがノーティスをだしたり、電話を掛けたりしてもおっさんは英語が分からないので、一切通じなくて困っていた。

唯一英語がわかるのは、おっさんのハイスクールに行っている娘だけ。ええ歳をしたローランドとフレッドが娘を捕まえようとするのだが昼間学校に行っているので、大変らしい、と。

ベトナム人が馬酔木を縁起の悪い木として嫌がってモールの馬酔木を枯らしてしまったことがあったが、おばちゃんはベトナム文化にいちゃもんつける気はなかったし、それはネイル・サロンの美観の問題であったのでスルーしていた。

ところが、困ったことが出てきた。
ある日おばちゃんが裏口をあけてリサイクル缶に空瓶を捨てた時、ベトナムの女の子たちが何かを地面に撒いているのを見てしまった。これが初めてではなく、何度か同じ光景を見た記憶があるが調べなかったのだ。

この時は、いったい何を撒いているのだろうとおばちゃんは見に行ってみた。むろん、女の子たちが全員引っ込んだ後で。

米だった。
おばちゃん、深田祐介も、近藤紘一も大好きだったから何をしていたかわかってしまった。彼女たちは野生の雀に餌をやっていたのだね。ベトナムなら放生すべきところ、放つ生き物もいなかったからせめて養うため/生かすために米を撒いていたのだと思う。

これは困る。
たぶん先進国ではみんな衛生基準に引っ掛かる。米はRodentsを呼び寄せるのだ。平たく言うとネズミ。ネズミが居つくとビジネスが困る。保健所がでてくる。おばちゃんは管理会社のフレッドも大嫌いだったけど、これはビジネスの存続に関係するので報告するしかなかった。

彼らにとっては生き物がスズメだろうが、ネズミだろうが、ゴキブリだろうが一視同仁。生きし衆生を慈しむのは仏教を生きることだったと思う。ベトナムならOKなんだろうけどね。

アメリカは自由の国だ。
それぞれの宗教信条は尊敬を払われるべきだったけど、この場合は衛生基準にさわらない方法にしないと。動物園とか、保護施設とかに金銭を寄付するとかね?

K国のマッサージビジネス

おばちゃんは、一時期同じモールのK国ビジネスに困ってしまったことがある。

いつものように最初はジャネットから噂を聞いた。新しくできたマッサージ・ビジネスがどうも怪しいというのだ。ジャネットだって立ち仕事で肩も凝るから、たまにはマッサージを受けたい。それで、ちょっと行ってみようと並びのテナントを覗いてみたそうだ。ジャネットが本気でマッサージを受けたかったのかどうだかと思うのだけど。

どうも入り口から受付への構造雰囲気が排他的。受付から後ろはドライウォールで天井から床まで仕切られていて、さらに内部にも通路が仕切られていて受付からのぞけないが、2つか3つキュービックがありそう。薄暗くて開放的とかWelcomingなムードではない。

待合室にすでに一人いたそうで、ジャネットが料金を受付に聞いていると、中から異様な雰囲気が流れてくるのだという。なんか、怪しいんじゃなくて、妖しい空気が。引っ返してウチに来るとほっぺたをピンクにしてな~んか変よ。あれはおかしい。

どうおかしいの?
普通のマッサージじゃないわね。Sexialな空気がする。
え~っ、この健全なモールでSexialなサービス??
そんなサービスを管理会社のロナルドとフレッドがよく許したね。
Sexialかどうか言わなかっただけじゃない?

パン屋のビジネスは朝が早いアメリカ人のために朝の7時からあけ、昼過ぎの3時にはもうドアを閉めて店に来る客はもういない。中では次の日のパンを仕込み、ベルギー人のパティシエが誕生ケーキやウエディングケーキを作っているのだ。夕方から夜にかけて、モールの雰囲気がけしからんことなってもパン屋の客は関係ない。

そのうち、夕方にモールの駐車場におっさんが乗る車が増えてきた気がする。マッサージやの右隣は洗濯屋で6時を過ぎるとあまりピックアップの客もいなくなる。左はメールサービスでインド人のマイクが一人いるだけ。

嫌だなぁ~。K国人のオーナーはテナントの誰にも開店の挨拶をしてこなかったので、名前もわからない。そのうち、女の名前と電話番号だけのサインが幹線道路からモールまで2~3本道路わきに突き刺してあった。

電話番号で検索をかけてみたら、モールのマッサージ屋でドンぴしゃ。
さらにビジネスサーチでとんでもない書き込みが引っかかった。なんと、アメリカ人のおっさんがこのマッサージ店の入店料金から、Extraのけしからんサービスの値段まで紹介していたのだ。

マッサージ嬢の名前はXXXXでフレンドリーな彼女の手を取って自分のXXXに、、なんて念を穿って書いとるんだわ。XXXのサービスはチップで50ドルあげればやってくれるよ。

何してくれとんねん、健全なモールで。この書き込みを読んで変な客が増えたらどうしてくれるん?
書き込みは一人じゃなかった。おばちゃんはページのURLを管理会社のフレッドに送って何とかすべきと言った。
するとフレッドはK国マッサージがどんなビジネスを展開しているか規制する気はない、と言ったんである。

さよか?
この健全なCountyではSexialサービスは違法だと思ったが、あんたが何もしないならポリスに通報するがよいかと書いたら、どうぞと返事が来た。

おばちゃん、これを書いた今、もしかしてフレッドにしてやられたのではないかと気が付いた!
私にポリスに通報させて手を汚さずに摘発させ有無を言わせぬ証拠を作っておいてから、モール側のポリシーに違反したとしてビジネスを追い出しにかかる。

くっそ、ユ〇ヤの悪知恵よ。
ローカルポリスにリポートをしたあと、しばらくしてマッサージやのオーナーが変わった、またK国だが、。閉鎖的な玄関はリモデルされて、健全なマッサージ屋に生まれ変わった。

今度のオーナーは50近くのおばはん韓国人で、リーマンショックで客が減ると、ビルの周りを歩いきながらぶつぶつ言っている。
あんた、何してんのさ?と聞くと
この店を買うのに大金をだしたのよ。一体どうしてくれるのよ。独り言をいいながらビルの周りを何週も歩くのだった。
知らんがな。

パン屋クリスの受難

ウチの隣のパン屋のクリスはオーストリアの出身で、重たい英語を話す痩せたとっつきにくい男だった。ジャネットがおまけで付いているパン屋を、前のオーナーから買うと、ペストリーだけでなくカスタムオーダーの誕生日ケーキやウエディングケーキで売り上げを伸ばした。

私が朝、コーヒーを買いに行って商売の愚痴をこぼすと、

:業者のデリバリが午後にあるはずだったのに、来なかったんだよね。
クリス:It’s nomal
:車の中がぐちゃぐちゃなんだよね。
クリス:It’s nomal
:もう、忙しくて家のことをやる暇ないのよ。
クリス:It’s nomal
:寝る暇がない
クリス:It’s nomal
:ねぇ、クリスあんた一体いつ寝るの?
クリス:After retire

このクリスは、モールの管理会社のイエスマンだった。7年前にパン屋を買った最初のころに、管理会社のマネージャーだった業突く張りのアーノルドに、マネージメントについて軽く文句を言ったら、とことんいじめられたのである。
そ~れはもう、猫が栄養失調のネズミをなぶるように。

テナントを買収するときは、モールとのリースを買い取るという意味でもある。
リースの残りが短ければ、店舗の評価額は安くなる。買収してから自分で新リースを取得しなければいけないからだ。新リースを取る場合、大抵家賃は値上がりすると覚悟した方がいい。

クリスがパン屋を買ったとき、リースはほとんど終わろうとしていた。新リースはすぐもらえるとクリスは考えていたのだが、相手は人品卑しいアーノルドだった。

入ってきたばかりのクリスに意見されてヘソを曲げたアーノルドは新リースを拒否したのだった。契約書にあるMonth to Month月毎・契約に移行できるという条項を逆手にとって、マンス トゥ マンスでなんと7年も引っ張ったのである。

疲労困憊してゆくクリスなすすべもなく見守るジャネットある日、パン屋に大家その人が現れて、受難の日々は終わった。

クリス自慢のクッキーを無料でサービスして、アーノルドの無法をせつせつと大家に訴えたのである。な~んにも聞かされていなかった裕福な地主2世で現役の弁護士はアーノルドに新リースをくれてやるようすぐさま命令したのであった。

クリスはこの教訓を身に刻み、以後アーノルドだろうが、ローランドだろうがフレッドだろうが、管理会社のいうことにはなんでもYes 月末にテナントでは一番に家賃を送るのであった。

イタリア系アルゼンチン系アメリカ人・ロミオの悲劇

ジャネットのおばちゃんが一番張り切るのは、事件の時である。朝、いつものようにコーヒーとペストリーを買うと、ジャネットが、ねぇ、昨夜は何時に帰った?気が付かなかった?
私は何を?
ABCニュースでもやってたのよ?ヘリがこのモールの上を飛んでたでしょう?そういえば夕べ7時半過ぎに、ヘリが空を飛んでいてうるさいなと思った覚えはある。

大変よ!ジャネットが大変な事の割には、目をキラキラさせて興奮している。
イタリアンに強盗が入ったのよ!へっ!

強盗は6時ごろイタリアンに入って、一度席に座った後、立ち上がってトイレに行き、帰ってくるときにフロアマネージャーを後ろから羽交い絞めにしたのだという。それから客席の全員を銃で脅して、財布と時計を出させて奪って逃げた。

モールから1分でフリーウエイの入口という立地で強盗には仕事をして逃げやすい場所であった。

うわぁ!である。
オーナーのロミオは近くの町でで20年近く営業していたが、モールが全面改装で、泣く泣く立ち退きになり引っ越してきて新装開店した直後だった。

ロミオは戦後にアルゼンチンに渡ったイタリア人の子孫でアルゼンチン・ワインと牛肉がお勧めというひねったイタリアン・レストランである。

私は戦慄した。
お気に入りのレストランで身ぐるみはがれて、恐怖の体験をしたお客は金輪際戻ってくるはずがない。不運が続く可愛そうなロミオ。

ジャネットのおばちゃんは、見て、County Registerの記事よ。このモールを襲った後、フリーウエイに乗って次の出口でファーマシーを襲ったんですって。

そういうジャネットは、ウチがオープンする前に2回ホールドアップに会っている。

隣のベーカリーは客が絶えないので、儲かっていると狙われたのだろう。だけど、コーヒー一杯2ドル、ペストリー1個$1.60-2ドルでキャッシャーに入っているのは小銭と、クレジットカードの売り上げレシート紙で強盗にとってはタダの紙だ。
アメリカ人が支払いをするのは90%クレジットカードである。キャッシャーの現金が期待できないので、強盗も客の財布と時計をかっぱらうまでに落ちた。効率が悪いと思う。

 
ロミオは悲劇はさらに続く。

生バンドを入れたりして苦労して盛り返したところでリーマンショックが襲い、それはうちも含めて社会全体が苦しんだのだったが、1セントも家賃を負けないというユダヤ人の管理会社・大家に対抗するためロミオの息子はうちらテナント連合をまとめて大家との交渉のきっかけを作った。

それから2年後に息子はあっけなく交通事故で亡くなった。嫁のテレサは残ってレストランを助けていた。

リーマンショックから立ち直りかけたら、今度はショッピングモールがリノベーションをぶち上げ、またもや経営に大打撃を食らった。

工事車両や資材がパーキングに置かれると、客の駐車スペースが半分になり、ランチ時などは客がスペースを探してぐるぐる回りあきらめて出ていくのが見られた。

リノベーションも生き延びて1年もたった後に、突然管理会社のローランドがランドオーナーの人気取りか完成オープニングをやるという。1年もたった後に、客からはどこが変わったの?と聞かれるのに、今更いったい何を祝うというのだろう。

管理会社のロナルドがテナントのミーティングを開けというので、ロミオがダイニングを解放した。朝食用にドーナツやパン屋の提供のクロワッサンなどを盛り付けて、客用のコーヒーをサーブして、
Well, well well, I couldn’t expect such hospitality!と
くそロナルドがお世辞半分、だが迷惑そうに褒めた。

モールの改装工事は無事終了し非常に喜ばしい。不動産業界誌にぜひオープニングフェアの記事を載せたいと思うし、載せればさらに地域の活性化につながるし、そのために大家自身も費用を負担する計画とぶち上げた。

集められたうちらテナントは大家が金を出すなら、それに乗ってもいいが、いったいどんなオープニングフェアをやるんだ?
ロナルドは、みんなでアイデアを出さないか?毎週集まって計画を煮詰めようではないか?と耳には快いことを言った。

滑り台はどうだ?人気ロックバンドの演奏は?ビンゴとか、モール全体を風船で飾り付けて、フードトラックを出すのは?大家が金を出すなら、まぁニギヤカシは否定はしない。来週またアイデアを検討しようと次回にいだ。

次の週になると、大家が出す予算は3000ドルと知れて、それじゃあ人気のロックバンドを半日拘束で消えるし
いろいろ出されたアイデアも予算の関係で、あれもダメ、これもダメ、やれそうなプランを残していくとロナルドはアイデアを出したテナントにそのマネージメントを任せようとした。

お前は何をやるんかい?
お前が管理会社の社長で言い出しっぺのロナルドなのにオープニングフェアのマネージも、時間と体を使って当日の催しのプログラムも参加する気がないのも明らかになってきた。ミーティングには不穏な空気が漂う。さらに、ローランドは爆弾を落とした。

せっかく客を集めるんだから、それぞれのテナントが目玉のサービス、目玉のディスカウントをするように。

ミーティングのテナントはえ~?!である。ギフトショップのブランドンが憤慨して、ロン、うちの商品はただでさえギリギリくらいすでにディスカウントをしてあるんだ。これ以上の値引きは無理。

するとロナルドはどんな商品・サービスをディスカウントするかそれぞれのテナントに任せるので来週までに考えてミーティングで発表するように、とそそくさと引き上げた。

実際オープニングフェアの日が来ると、こっちは新商品無料配布の準備(すべて自腹)で忙しかったから、
モール全体のプログラムを見ている暇もなかった。

驚くべきことにロナルドが管理会社の従業員とその子供らを引き連れて、院長の巡回のようにテナントをひとつづつ訪れて偉そうにうなづくのだった。
お前は何もやってないだろう!オープニングフェアはしけた花火のように終わった。

しばらくしてイタリアンの前にクレーンが止まり、屋根のエアコンディショナーの解体と引き下ろしを始めた。
人生をあきらめたかのような感情がなくなったロミオが皆にいうには、ロナルドが手紙をよこして、店のエアコンディショナーを点検した結果、据え付け後20年を経過して老朽化しているので危険防止のため、撤去して新エアコンをつけるよう要求してきた。

新ユニット本体の料金で5000ドル以上かかり、クレーンなどの据え付け費用はまた別。踏まれて蹴っ飛ばされて殴られて、襟首をつかまれてまた殴られるような、コテンパンの目にあってもロミオは従ったようだ。

秋におばちゃんもロナルドから手紙をもらった。ビルと駐車場の改装は終わったが、実は公共部分の駐車場のランドスケーピングをやり直す。その費用として、共有部分の%に応じてテナントに割り振る。分割にしてやるから3か月で払え。

おばちゃんは何かの間違いかと思った。
リノベーションの時にすでに駐車場も直し、植栽もマグノリアを新たに植えたのだ。さらに何の工事が必要というのか。アスファルトの引き直しは3年に1度はやっている。アスファルトにしても金額が高すぎる。

おばちゃんは手紙をもったまま、隣のパン屋に行って、クリスに聞いた。
クリス:ああ、あんたのとこにも来たか。
おば:3か月かけて4000ドルを払えと。
クリス:うちはあんたんとこより広いからもっと行く。
おば:そうだね。公共部分の費用をテナントが持つなんて、おかしくない?私は弁護士に聞くわ。

ジャネットが出てきて、ダンス教室も弁護士に相談するって言ってる。なにせ、ダンス教室はテナント2つ分ぶち抜きの1万scfに近い。その次に大きいのがイタリアンだ。ロミオも弁護士に相談するという。

新規のヘアサロンや検眼医などうちを含めて全部で7つのテナントが納得せず、弁護士に契約書をかざして相談した。パン屋のクリスは別。いつもいい子のイエスマンは10年リースをロナルドからもらっているので、逆らう気はない。

朝、パン屋に顔を出し、
ねぇ、ダンス教室のローヤーはなんて言ってる?うちのは金曜日の夜しか時間がないって。
ジャネットは、聞いて!とんでもないことになってるわよ。
ダンス教室が弁護士に契約書を渡したときは、「共有部分は大家の費用で直すもんだろう。テナントに費用を請求するなんて聞いたことがない」と笑って受け取ったという。

ところが、次の日電話をかけてくると、この契約書では勝ち目がない。この契約書は大家がなんでもできるようになっている。

その次の日もジャネットに聞くとほかのテナントの弁護士もやはり、勝ち目がないという。こんなスキがない契約書を見たことがないって。普通はここまでやらないって。

あまりにきつすぎるリースを作ると、テナントに嫌われてビジネス誘致に苦労する。経済が好調になってきたのを見越して、テナントの弱った羊を取り除いて、若く元気がいい羊に取り換えようと企んでいるのではないか?


大家はマリーナデルレイにヨットのロットがある現役の弁護士で、父は引退した判事。不動産の契約書としてユダヤ人の法の専門家が練りに練った鉄壁の契約書を前に7人の弁護士は全員匙を投げた。

その頃は、メールでテナント同士が連絡を交わすようになっていたた。

オープニングフェアの準備のために、ロナルド自身がメールの交換を推奨したからだ。オプトも嘆いていた。洗濯屋も愚痴をこぼしていた。
イタリアンのテレサとダンス教室のマークが一番憤慨していて、ぜ~ったい、払わない。うちはレントを供託するから。
踏んづけられつづけたロミオがついに堪忍袋の緒を切って憤然と立ち上がった。テレサとロミオは本気で法廷闘争をする気だった。

テナントはいずれも小売業だ。自分たちの生業が成り立つのは、客が払ってくれるから。ところが、不動産業の成り立ちは違う。

金を払ってくれるのがテナントであるにもかかわらず、卵を産むガチョウか家畜の牛のようにテナントを扱う。
We are livestocks. We are treated like cattles.

ロナルドの会社の客はテナントではない。会社のお客はただ一人、ランドオーナーである。
ランドオーナーを喜ばせるために、オープニングフェアを催し、ランドスケープの費用をテナントから吸い上げる。

ロミオとテレサは法廷闘争のために供託を積み上げ、おばちゃんは腹いせに檻に入った七面鳥と
それを狙うライフルを持った百姓ロナルドの漫画をテナントのメールにCCで流すのだった。

ジャネット広報局

隣のベーカリーのジャネットおばちゃんは、ここのショッピングモールの私設・広報局だった。先代のベーカリーが、現オーナーのクルスに売る時、ジャネットも付いていた。先代からの勤めなので、テナントの歴代のオーナーも管理会社の従業員もすべて知っていた。

アメリカ人には珍しく、愛嬌があって親しみやすくモールのみんなから愛されていた。管理会社の前のマネージャー:ごうつくばりのアーノルドもジャネットには強く当たらなかった。ただし、おばちゃんはゴシップがチョコレートと同じくらい好きだった。

ヘア・サロンのサラの息子がスピード違反でポリスに追いかけられて、ショッピングモールに逃げ込んできて、サラのヘアサロンの目の前で逮捕された時は、一部始終をかぶり付きで見ていた。

サパー・タイムという食品ビジネスはオープン当時から不振で1年持たずある日曜日にトラックをテナントに横付けして、備品を運び出している現場にトコトコと見聞に出かけ、あの人たちSneakOut (夜逃げ)するんですって、と他のテナントに言いふらした。

金髪でブルーグレーの瞳に、いつも寝ぐせが突っ立っているくせ毛のショートヘアで、ポチャッと小柄だった。

ある土曜の昼下がり、帳簿をつけていた私。ウチは角地で窓の外は駐車場だ。その駐車場に、するっとパトカーが2台止まった。続いて覆面が一台止まった。車から制服が5~6人と私服が2人ほど降りてモールの正面に回った。おかしい。

私はフロントのドアを開けると、ポリスの後姿を観察した。ポリスたちは、ビル中ほどのテナントのドアを開け入っていった。1,2,3、4、、6番目のドアは鍼灸師のマイクのところだ。

私は隣のベーカリーに飛び込んで、ねぇジャネット、ポリスが鍼灸師のマイクのところへ行ったわよ。何だろう?
ジャネットは目を輝かせて、私に任せて!と鍼灸クリニックに偵察に出かけた。私は帳簿に戻ったが、ジャネットが戻ってきた。マイクが逮捕されたの!ハラスメントですって!はぁ?

外へ出てみると、モールのパーキングはエライことになっていた。クリニックの前にピカピカを光らせた救急車が止まり、クリニックから誰かがストレッチャーに載せられて運び出されてきた。

施術中の患者?はハリを突っ立てたままで、バスタオルをかけられていた。マイクは開けたまんまのドア元にしゃがみこんで、手は後ろに回されている。

うつむいた顔が歪んでいた。泣いていたようだ。ジャネットのおばちゃんは我慢できず、ずんずん歩いて泣いているマイクに話しかけ同情するようにハグした。そしてポリスとも2,3言話すと、また戻ってきた。
ポリスは逮捕したっていうの。でもマイクは何もやってないって言ってるの。それで私、マイクに聞いたの。ねぇ今どんな気持ちって?

逮捕されて泣いている本人に、今どんな気持ち?って聞くあんたの料簡が分からない。

次の朝、コーヒーを買いに行くとカウンターにはCounty Register。おばちゃんは頬っぺたをますますピンクにして夕べの7時のchannel 7ニュースでもやってたわよ。見た?長話をするわけにもいかないので、新聞を借りた。

マイクの鍼灸クリニックは、何回かポリスに不必要な肉体接触があったと患者から通報されていたのだという。リポートの回数もあったので、ポリスがオトリを送り込んでそのオトリがセクシャル・アサルトあり!とポリスに報告して突入となったのだそうだ。

運び出された患者がオトリで、刺したままの針は医師か鍼灸師しか抜いてはいけないんだそうだ。新聞にはマイクの妻の証言が載っていて、あの人は良き夫でありよき父なんです。セクシャル・アサルトなんてなにか患者さんの勘違い何だと思います。

ジャネットのおばちゃんは開店するビジネスに挨拶に行き、閉めるビジネスには寂しくなるわとハグしコロコロとよく笑いながら、ゴシップを話し
コーヒーを売るのであった。

馬酔木

伊豆の山の家の隣の地所には2mを超える馬酔木がある。
ほんのりピンクのベル型の花が、春に見事な花をつける。花穂を切ってかんざし代わりにしたのは遥か昔少女の頃だ。
馬酔木には毒があるので、素手でさわってはいかん。いたずらをせぬように表庭には植えず、裏庭に植えるのだ。と父から教わった。

サブプライムから始まったリセッションからようやくアメリカが回復し始めたころ、主人と私がやっているショッピングモールが、外観のリノベーションを決めた。こういう場合、アメリカのビジネスは休まない。
All businesses are open during construction というでっかいサインやバーナーをだして、顧客に知らせる。
経済が回復期にあるからこそ、ショッピングモールもリモデルをし競争相手に劣るまいと、改修工事があちこちで見られたものだ。

半年ほどで建物も駐車場も改装が終わったが、駐車場に植える木で大家が拒否権を発動した。若いオリーブを駐車場に1ダースくらい。店子の前に何本かStrawberry Treeを植える計画だったのだが、オリーブは大家には十分Fancyではなかったそうで、マグノリアに取り換えられた。

あの、風と共に去りぬのMagnoliaマグノリアか。多少ワクワクしながら待つと、何のことはないビワのような葉をした地味~な木だった。

店子には飛び切り大きいStrawberry Treeを選んだのだと言っていた。
植えられて初めて、Strawberry Treeが馬酔木だと分かった。日本と寸断かわらない馬酔木がアメリカにもあると知ったのが驚きだった。

さてその馬酔木だが、ベトナム人経営のネイルサロンの前の馬酔木は元気がない。気候が合わないのかと私はさして気に留めなかったが、。

ところで、ウチと隣のベーカリーは仲が良かった。毎朝、私はコーヒーと朝ごはんのペストリーを買って、ジャネットからモールのゴシップを聞く。ベーカリーは玄関が全面ガラス張りで、駐車場がすべて見渡せるので
モールで起こる事件はジャネットがすべて知っている。

お向かいのイタリアンが強盗に会ったときとか、タコ屋が元従業員に金庫の現金を盗まれたとか、ヘアサロンの従業員が駐車場のポールにぶつかって、ポールがギギギーバタンと倒れた場所が、ヘアサロンのオーナーのサラの車だったとか、、。

20年も同じベーカリーで働いているので、店子のオーナー達をすべて知っているのだ。そして、毎朝コーヒーを買いに来る店子のオーナーや従業員から新しいゴシップを仕入れる。

そのジャネットがヒヒっと笑って言うにはネイルサロンの前の馬酔木が元気がないのは原因があるのだという。

毎朝、ネイルサロンのベトナム人の女の子達がカップに入れた何かを木にかけているのだという。ジャネットおばちゃんは気になって、コーヒーを買いに来たネイルサロンの女の子に何をかけているのか聞いたらしい。

熱い湯だった。
なんでもベトナムでは馬酔木は縁起が良くない木なんだそうだ。イケナイ木が玄関にあるのが困るので、皆で湯をかけて枯らそうとしているらしい。

ケ・ケ・ケと思った。
私が知るころには他の店子のオーナーもほとんど事情を知っていたはずだが、誰一人として管理会社や地主には知らせなかった。モールのどのビジネスも、全面改装の工事の間は売り上げを減らした。

どんなに不自由や減収を訴えようが、家賃をビタ・1セント負けなかったのでみんな大家と管理会社を恨んでいたのだった。馬酔木はとうとう枯れた。

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