イタリア系アルゼンチン系アメリカ人・ロミオの悲劇

ジャネットのおばちゃんが一番張り切るのは、事件の時である。朝、いつものようにコーヒーとペストリーを買うと、ジャネットが、ねぇ、昨夜は何時に帰った?気が付かなかった?
私は何を?
ABCニュースでもやってたのよ?ヘリがこのモールの上を飛んでたでしょう?そういえば夕べ7時半過ぎに、ヘリが空を飛んでいてうるさいなと思った覚えはある。

大変よ!ジャネットが大変な事の割には、目をキラキラさせて興奮している。
イタリアンに強盗が入ったのよ!へっ!

強盗は6時ごろイタリアンに入って、一度席に座った後、立ち上がってトイレに行き、帰ってくるときにフロアマネージャーを後ろから羽交い絞めにしたのだという。それから客席の全員を銃で脅して、財布と時計を出させて奪って逃げた。

モールから1分でフリーウエイの入口という立地で強盗には仕事をして逃げやすい場所であった。

うわぁ!である。
オーナーのロミオは近くの町でで20年近く営業していたが、モールが全面改装で、泣く泣く立ち退きになり引っ越してきて新装開店した直後だった。

ロミオは戦後にアルゼンチンに渡ったイタリア人の子孫でアルゼンチン・ワインと牛肉がお勧めというひねったイタリアン・レストランである。

私は戦慄した。
お気に入りのレストランで身ぐるみはがれて、恐怖の体験をしたお客は金輪際戻ってくるはずがない。不運が続く可愛そうなロミオ。

ジャネットのおばちゃんは、見て、County Registerの記事よ。このモールを襲った後、フリーウエイに乗って次の出口でファーマシーを襲ったんですって。

そういうジャネットは、ウチがオープンする前に2回ホールドアップに会っている。

隣のベーカリーは客が絶えないので、儲かっていると狙われたのだろう。だけど、コーヒー一杯2ドル、ペストリー1個$1.60-2ドルでキャッシャーに入っているのは小銭と、クレジットカードの売り上げレシート紙で強盗にとってはタダの紙だ。
アメリカ人が支払いをするのは90%クレジットカードである。キャッシャーの現金が期待できないので、強盗も客の財布と時計をかっぱらうまでに落ちた。効率が悪いと思う。

 
ロミオは悲劇はさらに続く。

生バンドを入れたりして苦労して盛り返したところでリーマンショックが襲い、それはうちも含めて社会全体が苦しんだのだったが、1セントも家賃を負けないというユダヤ人の管理会社・大家に対抗するためロミオの息子はうちらテナント連合をまとめて大家との交渉のきっかけを作った。

それから2年後に息子はあっけなく交通事故で亡くなった。嫁のテレサは残ってレストランを助けていた。

リーマンショックから立ち直りかけたら、今度はショッピングモールがリノベーションをぶち上げ、またもや経営に大打撃を食らった。

工事車両や資材がパーキングに置かれると、客の駐車スペースが半分になり、ランチ時などは客がスペースを探してぐるぐる回りあきらめて出ていくのが見られた。

リノベーションも生き延びて1年もたった後に、突然管理会社のローランドがランドオーナーの人気取りか完成オープニングをやるという。1年もたった後に、客からはどこが変わったの?と聞かれるのに、今更いったい何を祝うというのだろう。

管理会社のロナルドがテナントのミーティングを開けというので、ロミオがダイニングを解放した。朝食用にドーナツやパン屋の提供のクロワッサンなどを盛り付けて、客用のコーヒーをサーブして、
Well, well well, I couldn’t expect such hospitality!と
くそロナルドがお世辞半分、だが迷惑そうに褒めた。

モールの改装工事は無事終了し非常に喜ばしい。不動産業界誌にぜひオープニングフェアの記事を載せたいと思うし、載せればさらに地域の活性化につながるし、そのために大家自身も費用を負担する計画とぶち上げた。

集められたうちらテナントは大家が金を出すなら、それに乗ってもいいが、いったいどんなオープニングフェアをやるんだ?
ロナルドは、みんなでアイデアを出さないか?毎週集まって計画を煮詰めようではないか?と耳には快いことを言った。

滑り台はどうだ?人気ロックバンドの演奏は?ビンゴとか、モール全体を風船で飾り付けて、フードトラックを出すのは?大家が金を出すなら、まぁニギヤカシは否定はしない。来週またアイデアを検討しようと次回にいだ。

次の週になると、大家が出す予算は3000ドルと知れて、それじゃあ人気のロックバンドを半日拘束で消えるし
いろいろ出されたアイデアも予算の関係で、あれもダメ、これもダメ、やれそうなプランを残していくとロナルドはアイデアを出したテナントにそのマネージメントを任せようとした。

お前は何をやるんかい?
お前が管理会社の社長で言い出しっぺのロナルドなのにオープニングフェアのマネージも、時間と体を使って当日の催しのプログラムも参加する気がないのも明らかになってきた。ミーティングには不穏な空気が漂う。さらに、ローランドは爆弾を落とした。

せっかく客を集めるんだから、それぞれのテナントが目玉のサービス、目玉のディスカウントをするように。

ミーティングのテナントはえ~?!である。ギフトショップのブランドンが憤慨して、ロン、うちの商品はただでさえギリギリくらいすでにディスカウントをしてあるんだ。これ以上の値引きは無理。

するとロナルドはどんな商品・サービスをディスカウントするかそれぞれのテナントに任せるので来週までに考えてミーティングで発表するように、とそそくさと引き上げた。

実際オープニングフェアの日が来ると、こっちは新商品無料配布の準備(すべて自腹)で忙しかったから、
モール全体のプログラムを見ている暇もなかった。

驚くべきことにロナルドが管理会社の従業員とその子供らを引き連れて、院長の巡回のようにテナントをひとつづつ訪れて偉そうにうなづくのだった。
お前は何もやってないだろう!オープニングフェアはしけた花火のように終わった。

しばらくしてイタリアンの前にクレーンが止まり、屋根のエアコンディショナーの解体と引き下ろしを始めた。
人生をあきらめたかのような感情がなくなったロミオが皆にいうには、ロナルドが手紙をよこして、店のエアコンディショナーを点検した結果、据え付け後20年を経過して老朽化しているので危険防止のため、撤去して新エアコンをつけるよう要求してきた。

新ユニット本体の料金で5000ドル以上かかり、クレーンなどの据え付け費用はまた別。踏まれて蹴っ飛ばされて殴られて、襟首をつかまれてまた殴られるような、コテンパンの目にあってもロミオは従ったようだ。

秋におばちゃんもロナルドから手紙をもらった。ビルと駐車場の改装は終わったが、実は公共部分の駐車場のランドスケーピングをやり直す。その費用として、共有部分の%に応じてテナントに割り振る。分割にしてやるから3か月で払え。

おばちゃんは何かの間違いかと思った。
リノベーションの時にすでに駐車場も直し、植栽もマグノリアを新たに植えたのだ。さらに何の工事が必要というのか。アスファルトの引き直しは3年に1度はやっている。アスファルトにしても金額が高すぎる。

おばちゃんは手紙をもったまま、隣のパン屋に行って、クリスに聞いた。
クリス:ああ、あんたのとこにも来たか。
おば:3か月かけて4000ドルを払えと。
クリス:うちはあんたんとこより広いからもっと行く。
おば:そうだね。公共部分の費用をテナントが持つなんて、おかしくない?私は弁護士に聞くわ。

ジャネットが出てきて、ダンス教室も弁護士に相談するって言ってる。なにせ、ダンス教室はテナント2つ分ぶち抜きの1万scfに近い。その次に大きいのがイタリアンだ。ロミオも弁護士に相談するという。

新規のヘアサロンや検眼医などうちを含めて全部で7つのテナントが納得せず、弁護士に契約書をかざして相談した。パン屋のクリスは別。いつもいい子のイエスマンは10年リースをロナルドからもらっているので、逆らう気はない。

朝、パン屋に顔を出し、
ねぇ、ダンス教室のローヤーはなんて言ってる?うちのは金曜日の夜しか時間がないって。
ジャネットは、聞いて!とんでもないことになってるわよ。
ダンス教室が弁護士に契約書を渡したときは、「共有部分は大家の費用で直すもんだろう。テナントに費用を請求するなんて聞いたことがない」と笑って受け取ったという。

ところが、次の日電話をかけてくると、この契約書では勝ち目がない。この契約書は大家がなんでもできるようになっている。

その次の日もジャネットに聞くとほかのテナントの弁護士もやはり、勝ち目がないという。こんなスキがない契約書を見たことがないって。普通はここまでやらないって。

あまりにきつすぎるリースを作ると、テナントに嫌われてビジネス誘致に苦労する。経済が好調になってきたのを見越して、テナントの弱った羊を取り除いて、若く元気がいい羊に取り換えようと企んでいるのではないか?


大家はマリーナデルレイにヨットのロットがある現役の弁護士で、父は引退した判事。不動産の契約書としてユダヤ人の法の専門家が練りに練った鉄壁の契約書を前に7人の弁護士は全員匙を投げた。

その頃は、メールでテナント同士が連絡を交わすようになっていたた。

オープニングフェアの準備のために、ロナルド自身がメールの交換を推奨したからだ。オプトも嘆いていた。洗濯屋も愚痴をこぼしていた。
イタリアンのテレサとダンス教室のマークが一番憤慨していて、ぜ~ったい、払わない。うちはレントを供託するから。
踏んづけられつづけたロミオがついに堪忍袋の緒を切って憤然と立ち上がった。テレサとロミオは本気で法廷闘争をする気だった。

テナントはいずれも小売業だ。自分たちの生業が成り立つのは、客が払ってくれるから。ところが、不動産業の成り立ちは違う。

金を払ってくれるのがテナントであるにもかかわらず、卵を産むガチョウか家畜の牛のようにテナントを扱う。
We are livestocks. We are treated like cattles.

ロナルドの会社の客はテナントではない。会社のお客はただ一人、ランドオーナーである。
ランドオーナーを喜ばせるために、オープニングフェアを催し、ランドスケープの費用をテナントから吸い上げる。

ロミオとテレサは法廷闘争のために供託を積み上げ、おばちゃんは腹いせに檻に入った七面鳥と
それを狙うライフルを持った百姓ロナルドの漫画をテナントのメールにCCで流すのだった。

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