ウチの隣のパン屋のクリスはオーストリアの出身で、重たい英語を話す痩せたとっつきにくい男だった。ジャネットがおまけで付いているパン屋を、前のオーナーから買うと、ペストリーだけでなくカスタムオーダーの誕生日ケーキやウエディングケーキで売り上げを伸ばした。
私が朝、コーヒーを買いに行って商売の愚痴をこぼすと、
私:業者のデリバリが午後にあるはずだったのに、来なかったんだよね。
クリス:It’s nomal
私:車の中がぐちゃぐちゃなんだよね。
クリス:It’s nomal
私:もう、忙しくて家のことをやる暇ないのよ。
クリス:It’s nomal
私:寝る暇がない
クリス:It’s nomal
私:ねぇ、クリスあんた一体いつ寝るの?
クリス:After retire
このクリスは、モールの管理会社のイエスマンだった。7年前にパン屋を買った最初のころに、管理会社のマネージャーだった業突く張りのアーノルドに、マネージメントについて軽く文句を言ったら、とことんいじめられたのである。
そ~れはもう、猫が栄養失調のネズミをなぶるように。
テナントを買収するときは、モールとのリースを買い取るという意味でもある。
リースの残りが短ければ、店舗の評価額は安くなる。買収してから自分で新リースを取得しなければいけないからだ。新リースを取る場合、大抵家賃は値上がりすると覚悟した方がいい。
クリスがパン屋を買ったとき、リースはほとんど終わろうとしていた。新リースはすぐもらえるとクリスは考えていたのだが、相手は人品卑しいアーノルドだった。
入ってきたばかりのクリスに意見されてヘソを曲げたアーノルドは新リースを拒否したのだった。契約書にあるMonth to Month月毎・契約に移行できるという条項を逆手にとって、マンス トゥ マンスでなんと7年も引っ張ったのである。
疲労困憊してゆくクリスなすすべもなく見守るジャネットある日、パン屋に大家その人が現れて、受難の日々は終わった。
クリス自慢のクッキーを無料でサービスして、アーノルドの無法をせつせつと大家に訴えたのである。な~んにも聞かされていなかった裕福な地主2世で現役の弁護士はアーノルドに新リースをくれてやるようすぐさま命令したのであった。
クリスはこの教訓を身に刻み、以後アーノルドだろうが、ローランドだろうがフレッドだろうが、管理会社のいうことにはなんでもYes 月末にテナントでは一番に家賃を送るのであった。