川島なお美の場合

医者が本気でなりたくないガン7つ
https://news.yahoo.co.jp/articles/81d7e8ef28f47c24363ad2b996763206a689b745?page=2

第一位が「すい臓がん」で第二が「胆道がん」だそうだ。
自覚症状がなく発見しにくいがんでおまけに予後が悪い。5年生存率の低さはすい臓がんが一桁。胆道がんで22%
第一のすい臓がんは議論するまでもないが、胆道がんは実は種類がある。

おばちゃんのは胆のうがん。
胆のう本体のガンである。そのほか胆管につく胆管癌がある。併せて胆道がんと言う


肝臓が分泌する胆汁は肝臓内から胆管を通って外にでて、肝臓と接している小ぶりのイチジクのような胆のうに溜まる。食事をすると胆のうが収縮し、たまっていた胆汁は胆管を伝って十二指腸に流れる。

肝臓内の胆管に発生するものや、肝臓外の胆管でがんが発生する場合があり切除できる初期でも、術後再発率が高くて転移しやすい。この胆管と胆のう本体に発生するガンをひっくるめて「胆道がん」と呼んでいる。

すい臓がんの次にタチの悪い「胆道がん」とは実はこの胆管に発生する胆管がんが凶悪でこれが胆道がん全体の生存率を引き下げている。

胆のう本体に発生するがんの場合ステージ0と1の場合は5年生存率は60%~くらい。ステージ2でガクッと落ちるが、胆管ほど低空飛行ではない。

女優の川島なお美さんが亡くなったのはこの胆管がんが原因である。
女優として目立つ職業であったとこと。まだ54歳であったこと。いろんなドクターが彼女の症状と治療法と主治医との信頼関係に意見を述べていて議論があるケースだ。

おばちゃんはもちろん医学関係者でなくて川島なお美さんが亡くなった時もアメリカでニュースのヘッドラインを読んだくらい。日本のドラマは見ないので彼女の映画も見たことはなかった。

彼女のがんが見つかったのは
2013年8月 人間ドック 肝臓内の胆管ガンと思しき影は1.7センチ単発 転移なし
2014年1月 腹腔鏡で切除 抗がん剤治療せず、ビタミン療法などの免疫療法、代替療法を始める
2015年9月 逝去

診断時の対処や治療が惜しかったと言う医師たちの根拠は、
1、 発見されてすぐに切除しなかった。
2、 診断した医師とは信頼関係が築けず、納得できる医師を探して4か月後に手術
3、 転移がなかったのだからすぐ切除していれば5年60%で生き延びるチャンスがあった。―https://shuchi.php.co.jp/article/2692

この記事におばちゃんが疑問に思う点は3つ
生存率
医師の持ち出した生存率60%は胆管癌の生存率ではないと思う。
ひっくるめた胆道がん(胆管+胆のう)の数字で胆管癌の場合はずっと低く30%を切る。胆道がんの患者は症例が少なく、治療・生存率は医療機関でかなり数字がばらける。ただ、胆道がんはどの医療機関でも数字は芳しくない。2013年に切ったとしても5年生存率はかなり厳しい数字だったのだと思う。

医師との関係
最初の診断を下した医師とは相性が悪かった。
彼女は悪性の腫瘍ならその根拠を示してくれというのに対して、医学的根拠を示すというより切除するしかないですからどうしたら切除にする気になります?と外堀を埋めていこうとする医師に信頼関係を築けず、セカンド、サードオピニオンを探す川島なお美。

胆道がんはがんマーカーにあまり反応しない。数値として異常が出ない場合がある。
おばちゃんは切除した後、胆のうがんが見つかり、主治医は拡大手術として肝臓とリンパを追加切除すると迫った。


では肝臓に浸潤・転移があるという根拠を示してくださいとおばちゃんは言った。浸潤・転移があるかどうかわからずに切腹して肝臓を切れるかって!
マーカーにも数値が現れず、再発するかしないかは、神のみ知る、ギャンブルだと分かった時、おばちゃんは損切りするしかなかった。リスクの少ないほうを選んで肝臓を切った。

女優としての川島なお美に腹部の外創ができれば美のブランドに傷がつく。だからまず本当にガンなのかどうか医師に根拠を求めたのは当たり前だと思う。医師の対応がまずかったのだ。田舎のばあさんなら医師様の言う通り体を預けるだろうが、ブランド川島なお美はプライド高く田舎医者に肌を傷つけられてたまるかと席を蹴ったと。

転移
発見された2013年8月の時点に単発で転移がないーーだからこの時切れば助かった。―のは本当に可能性があったのか?
2013年で転移がなし、2014年1月の術前検査でも転移確認できなかったから手術に踏み切ったのだろう。
ところが切除手術後わずか3か月で再発した。転移なし、、、、という細胞診は誤謬だった。

がん細胞は日本のお風呂の黒カビみたいなものだ。
カビの胞子は空気中に漂っているのだ。カビキラーで掃除をしても時間がたてば再び胞子がタイルに定着して栄養分が豊富なら繁殖する。

ガンだって毎日発生していて免疫が高ければガン細胞の定着を阻止できるが、いったん繁殖を許してしまったコロニーからは、どれだけの胞子が再発生・移動していくか医師でもわからない。

細胞診で「ガンが見えない。がん細胞が見つからない。」というのはあくまでもMRI・CT・顕微鏡・肉眼では見えなかったという意味で、がん細胞は周辺部にすでにあった。
だからたった3か月で再発し目に見えるまでに急成長したのだろう。

じゃあ、細胞診なんかあてにならない。無駄なんだろうか?
がん自体も性悪ながんと、そうでない割と素直ながんがあるそうで、性悪は再発が多い。
細胞診が無駄じゃない場合は凶悪度が低いがんの場合と5年たって再発しなかったとき。再発したときは残念、無駄だった。

細胞診断の手順
https://www.lab.toho-u.ac.jp/med/sakura/pathology/patient/diagnosis.html

2013年8月に胆管に影が見つかった時点で分が悪い戦いだったのだと思う。
胆道がんが「完治」を目指せるのは、ステージ0か1で早期発見外科的切除の場合のみである。
川島なお美さんはいろんな文献を調べた、とあるから当然抗がん剤も完治への効果はないと知っていたはずである。苦しい延命があるだけ。

再発が発覚するまでは女優として仕事をやりぬく、というが優先順位だったわけだから、体調を保つためにビタミン療法を行ったとしたら不思議ではない。完治を目指して民間療法にすがったというよりは、仕事を全うするための体力をつけられる治療法を試すという戦法か。なまじ抗がん剤で体力をそがれるより消耗は少なかったかもしれない。

女優としての実績は知らないが、痩せてもきっちり化粧をして死ぬ8日まで美しく装い仕事をしたと知って、あっぱれ女優魂と敬意を払いたい。R.I.P

闘病記ー時系列

アイタタタ、タ

五臓五腑になる入院記

再入院のお知らせ

発覚

告知

闘痛記

日本のチーム医療・パッケージ治療

異色・入院雑記

娑婆に復帰

総武本線 内房まわり

ぼちぼち動いてます

術後2か月目

闘病記さまざま

ガンの光線力学療法

経過観察中 4か月目

がんのゲノム解析

・ドクターに聞いてみよう

ドクターに聞いてみよう・2

・経過観察6か月目

川島なお美の場合

術後7か月

ベンツ切開

Happy Thanksgiving

ハロウイーンが終わってカリフォルニアの空はますます薄暗くなり、街路樹の葉っぱが落ちて芝生の上でカサカサ音をたてて風に煽られる。
どこからか暖炉で燃やされる薪のにおいが漂ってくる。テレビのニュースはホリデーの休暇を実家で過ごすための人が長い行列を作る空港。

早くうちに帰りたい焦燥とウキウキと秋の侘しさがごちゃ混ぜになってホリデーシーズンが始まる。お正月前の帰省に似ているかなぁ。
ターキーはインフレで値上がりして集まってくるはずの家族はコロナで欠けてしまったかもしれない。人は行く末の不安を抱えてでもアメリカの経済の回復は早いし家の評価額は高止まりだ。

明日のBlack Fridayのために誰かがデパートのラインに並ぶかもしれない。2000年前にBlack Fridayってあったけ?あまりセールに行った記憶がないのだが、。
クリスマス後のWhite Saleは割引率がたしかにすごかったが、サンクスギビングとクリスマスの売れ残りのたたき売りみたいだった。それを考えるとサンクスギビング後のブラックフライデーのほうが買いでがあるのは確。

日本の山のおばちゃんはターキーの影もなくて、今夜は道の駅で買ったメバルの煮つけかタラで湯豆腐はどうかなと考えている。
Happy Thanksgiving! XOXO

名義変更

今日は原付の名義変更に行ってきた。
原付バイクの自賠責保険がもうすぐ切れる。保険屋のハガキと登録証を引っ張り出した。何気なく見ると名義はおばちゃんだった。そうだったっけ?主にバイクを乗るのはおじちゃんだったからおじちゃんの名義にしてあったと思ったのだが。

俺の名義じゃないの?とおじちゃんも言うのでついでに名義も変えることにした。遠い遠い昔を思い出すと、確かナンバープレートも必要だったはず。おじちゃんにプレートを外すように言って役場に向かった。

自動車税課で廃車して登録しなおせば完了だ。
バイク屋に寄って3年分自賠責を入れる。

財務省が自賠責基金から6000億借り出して返せません。自賠責の被害者救済に財源が足りなくなったので自賠責保険料を上げたるわ。国民みんな金を出せ、といって近々保険料が上がる。だから3年分。

個人が同じことをすれば詐欺罪で有罪間違いなしである。他の国なら暴動になるだろうに。日本人の怒りの許容量というのはどの辺にあるのだろう?

年金を下げられ、65歳まで払い込みのうえ、給料が上がらないのに社会保険料を上げられ、消費税もあげ、インボイス制を導入し、サラリーマンの副業は300万以上の売り上げがないと雑所得として経費も控除できなくなり、厚生年金基金から金を盗んで国民年金に補充する。道を走るだけで税金を取ろうという狙っている国。

ぶん殴られ倒れたところに頭を踏みつけられ、抗議もせず反乱も起こさず、日本人みんなマゾかもしれない。

結婚する前からおじちゃんはペーパーワークに興味がない。
引っ越しをしても住所変更が必要だという常識がなかった。結婚前はおばちゃんも負けずに常識がなかったのだが、新婚旅行から帰ってきたら旧住所から住民税滞納の督促通知が届いていた。

実は結婚届を用意する段階でおじちゃんは自分がどこの住人か忘れてしまっていた。
籍を入れるには当然住民票がある役所に届け出をするのだが、その役所がわからない。さすがにおばちゃんに打ち明けるには気が引けたらしく兄に相談して籍探し始めたらしい。

住民税を未払いにすると住所に督促状が届くが、何度か引っ越しているうちに督促状も根負けして迷子になっていたらしい。実の兄と二人で最後に住んだ区から前の住所へ順に役所をたどっていったら見つかった。転出届をして現住所に移って籍をいれたら滞納金の督促状ががっとやってきた。


その当時からおじちゃんは住所は覚えたことがない。
アメリカでは住所を刻んだ認識票を首からぶら下げてやろうと思ったくらいだ。IDを取るまでおじちゃんの財布には現住所と電話番号のメモを入れてあった。無論引っ越したら新しい住所のメモを入れなおすのである。ついでにおばちゃんが19歳のころのみずみずしいころの写真と初代にゃーにゃンの写真も入れておいた。

誰か事務手続きをする人がいる限りおじちゃんは絶対何も覚えない。結婚前は住民票という言葉さえ知らなかったおばちゃんが代わりに処理をする事務屋になるしかなかった。

バイクの名義変更は完了したから遺言状も書き直しておいたほうがいいかもしれない。2019年に法務省の遺言状保管サービスが始まった。

法務省のサービスを使って自筆遺言状を役場に保管してもらうと、家庭裁判所の自筆遺言状の検認手続きがいらないのである。

自筆遺言状は二人とも用意してあったが、2019年に保管制度が始まって詳細を確認すると、紙の書式が定めてある。自筆証書をスキャナーで取り込んで保存するため、スキャナーに取り込む紙の大きさと空白の余白のサイズも指定してある。

ここでおばちゃん、あちゃ~である。
もしかして自筆の余白が十分でないかもしれない。なんせ日本語がもう書けない二人がワープロで印刷したコピーをお手本に、ひいひい言いながら丸写したのである。余白にはみ出していないか、とても自信がない。財産目録はワープロ書きでいいが、原付の名義は今日変わってしまったわけよ。

余白を規格通りにもう一度清書せねばならない。あああ~、面倒くさい。でも書き直せば法務省の保管サービスが使える。いずれはやろうと思っていたから意を決してやるしかない。

おばちゃん、全方位に漏れなし、、、、?

シルバータビー

おばちゃんは 猫を亡くしても同じ種の猫は飼えなかった。
白キジの息子は唯一の息子であって、2番目の白キジがいていいわけがない。ひとり息子の記憶を上書きするような同じ種同じ毛皮の猫を飼えるわけがない。
ショートコートのブルーはナナちゃんだけで同じアビーがいたらナナちゃんの思い出が薄れてしまう。

アメショウーの天は丸顔でおじちゃんの好みだった。
シルバータビーでやや横長の丸い頭とぱっちりした目。とどんくさくて声が出なくてフゴフゴ鼻を鳴らす。おじちゃんの膝には乗らないくせに、気が向くとおばちゃんの膝を狙ってじりじりとやってくる。あごの下を撫でられるのがお気に入り。

耳道が狭いために細菌感染で死にかかり手術をしたのだが、病院を嫌がらなかった。天ちゃん、大物ですね、とドクターに言われておっとりした性格はきつい性格の紫音にぴったりの相棒だった。

紫苑に食べかけのごはんを取られても文句を言わず黙ってお気に入りのキャットタワーかベッドの上で昼寝をするのだった。おじちゃんの枕もとのヒートパッドを紫音に取られたのでおばちゃんの足元に丸くなって眠る。おばちゃんは重みを感じてなるべく寝返りをしないように注意して眠るのだった。

紫音と天はトムとジェリーのようにベッドルームからリビング、リビングからオフィースと二匹で全力疾走を繰り返してじゃれあっていた。天は突然電池が切れてお気に入りのマットで爆睡する。活発な紫音についていくのが大変なのだ。

ふわふわとしたアメショウの毛ざわり。太目の足。水かきの間に指を入れてモミもみすると点は気持ちがよいのか指をパーに開く。もっとやってって。
アメショウにもう一度会いたい。それは天ではないかもしれないけれどもう一度モフモフしたい。
さみしい。

家の冬支度

今朝は寒かった。10度を切っていたと思う。おまけに午後から雨だ。
窓の近くは空気が冷たい。

家も冬支度を始めないと。
普段使わないオフィスは断熱パネルを張った雨戸を閉めサッシを閉めた窓にプチプチの断熱ビニールを張る。これで4度以上違う。

お風呂のでっかい窓にはウレタンの断熱材を張った。
浴室が外気温に近くなるので冬は野菜置き場になることもある。糠みそのぬか床はベランダに移動した。

床下からどうしても熱が逃げるので、コタツ敷きは何重にもしてあるのだがそれでも十分ではない。薄いアルミ加工の敷物。段ボール、ベルギー絨毯、冬用コタツ敷。ニトリでさらにモフモフ敷を買って今年はさらに防寒仕様を厳重にした。

おかげで空気がひんやりするなぁと思ったらずっぷしコタツに潜る。で、セブンで買ったアイスを食べる。山のセブンは10月に入ると、おばちゃんのお気に入りのかき氷系のアイスを仕入れなくなってしまうのが不満。スーパーカップとかキャンディーバーみたいなものしかなくなってしまうのよ。棒つきアイスって嫌いよ。

気温が下がるとガスの種火とかも熱量が必要なのか、2割ほどガス料金が上がる。電気代は5桁になってうむ~とうなる。猫用のヒートパッドが、リビングとベッドルールに合計5つくらいあって、おじちゃんは猫たちが寒くないように全部スイッチを入れておくので、電気代が夏の2倍になってしまうのだ。起きたらベッドルームのヒートパッドは必要ないから消すようにいくら注意しても、いや昼間でも天がベッドルームで寝ることがあるし、両方いるだろうと譲らなかった。

しばらく前に電力会社を変えて、ついでに料金引き落としの口座もおじちゃんの銀行に変えた。つけっぱなしにしたければすればいいけど、電気料金はおじちゃんの口座から落ちてるよ、と言ったら早速ヒートパッドにタイマーをかました。天が突然死してしまってからヒートパッドはたった2つになってしまったのだけど。


相棒の天が亡くなって紫音の不定哀訴がひどい。
夕方5ごろから鳴き始めて付きっ切りで遊ばないと鳴きやまない。後追いがひどい。おじちゃんがベランダに出ると戻ってくるまで鳴く。

顔つきが変わってしまった。
二匹とも2歳4か月と5か月で猫だけの世界があって二匹で飛び回っていたころは、紫音もそれなりの成猫の顔立ちだったのに、鳴きながら後追いするこの頃の紫音は子猫の顔立ちに戻ってしまった。
ひどく幼くてあどけない。

鳴き続ける紫音におじちゃんもおばちゃんもストレスマックスである。お兄ちゃんはもう居ないんだよ。寂しいね。でもあんたはこのままだと我儘で自己中心的で人間を呼びつける嫌な猫になってしまうよ。と紫音に言い聞かせている。
紫音も心さみしい冬が始まる。

冬支度 霜よけ

今年は変な天気だったが結局台風が来なかったのはありがたかった。
雨が少なく妙に日中日差しがでるとあったかいので、日日草、ペチュニア、虎の尾さえまだ咲いていて、それなのに冬の花:山茶花は咲いてしまった。

四方からくる落ち葉はすごいので2~3日置きに掻いていたのがキリがなくて嫌になってくる。毎年の通例だ。
更に毎年悩むのは、吹きたまった落ち葉はお花からしてみれば冬の寒さを避ける“お布団“になって、却ってはがさないほうがいいのではないか?立ち枯れた花の枝は根元から切らないほうが霜除けになっていいのではないか?

試しに今年は花が終わったガウラやキバナコスモスをそのまま放置しようと思う。一応去年卓球の長老から頂いた竹の枝をあちこちに刺していつ霜が来てもいいようにしておいた。

山に引っ越してきたとき麓の冬の畑には奇妙な枝が林立するのだ。
野菜でもない細い枯れ枝が畑の支柱に張り巡らされた紐からぶら下がっていたり、地面に刺さっていたりするのだ。
おばちゃんは一度も見たことがない光景に頭をひねっていたのだが、誰だかが霜よけじゃないか?と言った。

な~るほど。
明け方の非常に冷たい空気は地表に向かって下がってくるのだが、細竹などに触れるとその表面に霜の水分がつく。すると地表まで冷気がおりにくくなるという理屈。100%霜がつかないというわけではないが、やっぱり霜柱は地表にできるが、植物の葉が霜で焼ける(葉っぱが真っ黒になって枯れる)ことが少なくなる。
冬も葉がある宿根草にはありがたいのかもしれない。

それで去年、竹林の手入れをしていた卓球の長老に払った枝をいただいたのだ。初冬に地面に突き刺して2月に抜く。さらに地表に落ち葉をたっぷりかぶっていれば霜柱も立ちにくいかもしれない。
今年は思い切って落ち葉も放置してみようかしら。

おじちゃんに作ってもらったクレマチスの棚はなかなか立派。
元気な冬咲きクレマチスはつぼみをたくさんぶら下げた。白いベル型の花が咲く、あとひと月も後の厳冬に!庭はそろそろ冬眠に入るというのに。もちろんおばちゃんたち以外誰も満開のクレマチスを見ない。冬の間はネギを抜きに降りるくらいになってしまう。

スーパーでゆり根が割引になっていた。花屋で球根を買うより安くないか?おばちゃんはゆり根を食べるのは嫌いである。苦いから。おじちゃんはチューリップとユリの花が好き。
明日ユリを植えたら長い冬が始まる。

経過観察6か月目

10月の初旬に突然食欲のスイッチが切れてしまってからひと月。
吐き気と喉の違和感は逆流性食道炎からくるものが多かったみたいで、ガスター10をひと箱のんだらずいぶん吐き気が軽くなった。食欲の回復はいまいちである。犬でも猫でも食べなくなったらなんかおかしいのだ。

美食の国のおいしいものだらけなのに、肉類や油ものにはいまいち食指が動かない。コンビニのちっちゃなスイーツと梨があると嬉しい。体重は少し落ちた。脂肪率は3%落ちた。体重がさほど変わらず体脂肪率が落ちるということは、筋肉がなくなったか水分が増えたか。


どうも今の体重にしては顔と足にむくみがあるような気がする。60年以上もこの体と付き合っていればこの体重なら頬っぺたと足はこのくらいの細さであるべき基準があるからね。

右わき腹の違和感はずっとある。鈍い痛みは胆のうがあった場所に陣取ってまれに背中も痛むことがある。食前と食後でも痛みの方向や強さは変わらない。

一言でいえば正常ではない。何がどうなっているのか一番やばそうなシナリオから考えてみる
食事の有無でも痛みが変わらないということは、Oddi括約筋の異常とは考えにくく胆管自体に何か異常があるのかしら。例えば胆管に変な癒着があるとか、あるいは胆管が詰まりかけているとすると他にどんな症状が出るか考えてみる。

胆汁の通りが悪くなるわけだから便の色が薄くなる。眼球の白い部分が黄色みがかる。要は黄疸だね。ここのところ毎朝、トイレで観察を続けてきたが、ブツの色はかなり薄い。フラグを立ててもいいくらいの黄色。

眼球は生まれたての赤子でもあるまいし、冴え冴えと白!ではなくて初老のオフホワイトである。

黒褐色の尿がでるかどうか。
胆汁に含まれるビルビリンが胆管を通らず血液中に流れると黒褐色の尿になる。

おばちゃんは胆のうを切る数か月前の明け方、トイレに行って小用を足しフラッシュするときに何げなく見ると便器が黒かったのでぎょっとした。ほとんど寝ぼけていたので何かの感違いだろうと2度寝してすっかり忘れていた。人体からあんな黒い液体が出るわけがない。おじちゃんが先に使ってきっと流すのを忘れたのだろう、と。

胆石症と診断されて主治医から黒褐色の尿が出ませんでしたかと聞かれて、その時に初めて思い出した。あの場合は小さな胆石が動いて胆管をふさいだためビルビリンが尿にでて黒色になったのだ。

さて現在にもどると、胆石も胆のうもすでに切除したので、もし尿が黒色になるようなことがあれば胆管が詰まっているのである。何で詰まっているかが問題。

熱は出るか
胆管が詰まると十二指腸から逆流することがあり細菌感染から熱が出る。胆管炎。38度以上の熱らしい。夕べ電気毛布の温度が熱すぎたせいで、上布団を蹴っ飛ばして寝ていたという。だからちょっと今朝は熱っぽい。ささやかな微熱。胆管炎ではないな。

さぁて、どうしたもんかなと思う。
食欲のなさと朝に出すものの「色」を考えると病院にGo!なのだが、あと3週間でCTの予約が入っている。3週間待てば、症状がもっとはっきりするだろうからCTだってはっきり映るかもしれない。3ミリより小さければ見落とすかもしれないし。

どうすっかなぁ?
予約を2週間前倒しに変更すると言ったらおじちゃんはどう感じるだろう。言うのも憂鬱だ。
3週間後のCTまでの期間は要観察期間中でおじちゃんを脅かすのは何もなく平和な時間なのだ。前倒しにしておじちゃんがまた丸まって寝るばっかりになったらどうしよう。

どうすっかな?
明日はアメリカ大使館からソーシャル・セキュリティの申請受付の電話インタビューが来る予定である。日本に帰国した時から米国年金手続きをすることが日本に定住する一つの目標だったのだ。これさえすませばおばちゃんの肩の大きな荷が下りる。

明日手続きを済ませてから病院予約の変更はまた考えよう。

闘病記ー時系列

アイタタタ、タ

五臓五腑になる入院記

再入院のお知らせ

発覚

告知

闘痛記

日本のチーム医療・パッケージ治療

異色・入院雑記

娑婆に復帰

総武本線 内房まわり

ぼちぼち動いてます

術後2か月目

闘病記さまざま

ガンの光線力学療法

経過観察中 4か月目

がんのゲノム解析

・ドクターに聞いてみよう

ドクターに聞いてみよう・2

・経過観察6か月目

川島なお美の場合

術後7か月

ベンツ切開

専業主婦の年収を換算すると1314万円

時々、コストも経費の観念も欠如している人間が湧く。
コンタクト・レンズの「原価」が一枚「5円」ということを耳に挟んで、たった原価5円の製品に数百倍もの金額を払わされてる、と憤慨するアホウ。
じゃあ、おばちゃんが5円あげるからコンタクトを一枚作ってみ?

莫大な開発費と精密工場の建築費、生産コストに輸送コスト、医師の検眼費用とクリニックなどがあって、初めて原価5円のコンタクト・レンズが消費者に手に入る。

さらに市場原理の観念も抜けている人が、時々ネットに沸いて炎上する。
瀬戸麻希という人はどういう人なのだろう?Amazonブランド登録専門とアカウントのタイトル名があるが?就労している社会人であることには間違いない。専業主婦は黒いスーツは着ないから。

その彼女が書くには
専業主婦の家事育児料金が時給1500円として24時間勤務 休日ゼロで1年365日を休みなしで働くと年収1341万円に換算できるそうだ。

そういう職業が成立するかどうか、考えてみなはれ。
求人広告で家政婦の月給を調べてみればよい。


アホ:いやいや、持ち場の家庭は夜勤もある24時間の仕事ですから、求人広告は月給でしか収入がないのはおかしいですよ。
だったら、24時間勤務の家政婦承ります。1500円時給24時間年収1341万円で雇ってください。と広告を出してみればよい。誰が雇ってくれるのか?職業として成立しない。市場で成立しない職業の年収を言い立てて、あんた頭は大丈夫か?

むろん瀬戸麻希さんは職業=24時間専業主婦が成立するとは思っているわけではないに違いない。なにか、専業主婦におもねって売り込みのターゲットにでも持ち上げるつもりで滑ったののだろ。

さらに経費だ。
おばちゃんは仕事で清掃サービスと契約していたが、彼らは自前の掃除道具と洗剤を持参して仕事をする。
専業主婦が職業であるなら主婦の職場は家、食費、衣料費、衛生費などの生活費などの必要経費と社会保障費、所得税、住民税、健康保険料は自腹で払ってくれ。

自分の職に必要な経費も雇い主のまる抱え、寝ている間も時給をはらえと。そんな従業員を雇う雇用主だどこにいる?
いるとしたらあなた(専業主婦)の夫だけだろう。あなたの夫は職業=主婦業をさせるために雇ったわけではく、愛があったので結婚したのだろう。

愛に時給を要求するのはやめれ!
愛に時給を請求していいのは夜の嬢だけかもしれない。
アホ:いいえ、そっちは請求に入ってません。
そんなら別会計か?

あなたの親はあなたが生んで嫁に出すまで(25歳としようか)親業を24時間体制で行いあなたを育てた。それから親の扶養から抜けて夫の扶養に入った。
1500円X24時間X365日X25年間=3億3525万円だ。父と母二人なので合計6億7050万円となる。食費、教育費、医療費、住居費などは一切含まれていない、最低限の両親の時給だけだ。

自分の夫や子供への家事育児を時給で計算するなら、あなたは自分の親の愛の時給も払うべきかもしれない。
それから自分の子供へも養育費を提示するか?

自分の時間をクライアントにそっくり請求する職業はおばちゃんが知っている限り一つある。
アメリカの弁護士だ。1案件いくらではなくて、時給請求の弁護士。
自分の時間をクライアントの問題解決のために○○時間使ってついでに朝ご飯のドーナツとランチ代まで請求書に載っている。砂時計を持っているのは本当だからな。

自分の時間と働きに報酬が欲しければ弁護士になったらどうだ?
時給ミニマム100ドルで、裁判所に出廷なら最低600ドル時給からだ。専業主婦よりずっと高い。インフレだから今はもっと上がっているだろう。
好かれるかって?んなわけない。

専業主婦が本当に言いたいことは、自分の働きが褒められることも少なければ認められることも少ないステイタスだ、と。自分の年収を換算するより夫と向き合え。
自分の労働と奉仕を家庭できちんと評価して受け止めてくれない夫だったら、さっさと家を出て離婚するか弁護士になろう

シウマイ弁当

おばちゃんは学校が横浜だったのでシウマイ弁当は1個260円だったころから愛好家だ。何せサークルの野外活動はランチがシウマイ弁当だったので青春の味なのだった。

横浜市内の大きな駅なら大抵シウマイ弁当は買えたのだが、アメリカには崎陽軒がなかった。当たり前だ。
シャウエッセンは現地のソーセージで埋め合わせがついたが、シウマイ弁当は口にするのが不可能だった。グリーンカードが取れた年に一時帰国して弁当はしっかり食べたが、持ち帰りは無理なので真空パックのシウマイだけをお土産に帰った。それから日本へ永住帰国するまで幻の味覚だった。

静岡と神奈川は隣り合っているが、シウマイ弁当が買えるのは東名上り 海老名サービスエリアだった。なんで上りなの?これから横浜方面上りに向かう人にまだお土産は必要ないでしょう?
横浜を離れる人にさあどうぞと下り海老名で売るべきものではないか?メロンパンなんかどうでもいいんだ。

東名で何度も煮え湯を飲まされて、この間シウマイ弁当を買える場所で検索をしたら足柄SEが出てきた。なんだ海老名より近いじゃない。
でも、伊豆から出撃して足柄でシウマイ弁当を買ってトンボ帰りするのは60歳過ぎてあまりにも人聞きがわるい。アホと違うか。もうちょっと別な方面でついでに弁当を買った体で大人の体面を保ちたい。

おお、小田原駅にあるではないか。高速料金を払わなくてもいい。
そうだ!小田原駅に行こう!

9時過ぎに家を車を出して、10時半には小田原駅の崎陽軒についた。
本日は、弁当の入荷が遅れておりまして12時半に到着予定でございます。
あら~!それじゃその時間に戻ってきます。


おじちゃんとおばちゃんは小田原の駅前で、伊豆より都会だねぇ。人が多くなったねぇ。とぶらついていたが、しかし、不安に駆られた。崎陽軒には行列ができる。以前静岡駅の弁当売り場でおばちゃんの前の人でシウマイ弁当が売り切れて悔しい思いをした。
行列が長くてもし買いそびれたらどうしよう?弁当の予約はできるかしらと、また構内に引き返して弁当の予約をした。

さらに駅をぶらついてパンを買ったり金目鯛の開きを買ったり(沼津港より安いじゃん)忘れずに竹輪とかまぼこも購入して、12時半に崎陽軒に戻った。首尾よく買えてルンルン。

また海沿いの国道をトコトコと走り、真鶴を超えて熱海の峠を越えて無事家に着いた。2時だった。


お茶を入れてウキウキと黄色い弁当のヒモを解き蓋を取った。
おばちゃんは家の女王さまであるから、おばちゃんのポジションはコタツのそばのビーズクッションである。人間をだめにするソファにどっかりとめり込んで、シウマイ弁当を召し上がろうと思った。

箸袋を破いて右手に箸を持ち左手で弁当本体を持ち上げようとしたら左手首がへたった。
ノリ佃煮を除くおかずが全部クッションとコタツ布団にこぼれた。
ああ!おばちゃんのシウマイ弁当が!

ご存じのようにシウマイ弁当のご飯は若干のもち米が混ぜられていてモチモチする。ご飯はしっかり弁当箱にへばりついて落下した米粒は一つもなかった。きっと弁当箱を逆さにしても落ちないだろう。
しばらくご飯とこぼれたおかずを眺めて、おばちゃんは箸でまずぶりの照り焼きを拾った。次は黄色い卵焼きだ。細かく散っているのはタケノコの煮つけだ。箸でつまんで弁当箱にもどす。汁気がなくてよかった。

やたらタケノコが多い。唐揚げはどうした?大事な唐揚げは1っ個しかないのに。
シウマイは?5個のシウマイの安否は?
シウマイは無事全部回収した。カマボコは白いのでよく目だった。回収する。大事なデザートのアンズはどこだ。私の大好きなアンズ?

今日のアンズはあまりにも小さくタケノコの大きさとほとんど変わらなかったので、タケノコにまじってすでに回収が済んでいた。
よく見ると、たった一つのから揚げも今日は極小でやはり回収済であった。

無事おかずがそろったのでおばちゃんは食べ始めた。
コロナのせいで3年ぶりくらいだ。
今日のぶりは少ししょっぱい。タケノコがいやに多いぞ。おじちゃんがタケノコの煮物はいつもより甘いなと言う。
シコシコとするシウマイはおいしくいただいて、極小だったアンズは甘酸っぱくて以外にも大変うまかった。デザートが上出来だったのでおばちゃんは満足。900円だ。

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ど~うでもいい話だが、
小田原駅の新幹線ホームの音楽は「お猿の駕籠屋」だ。
え~っさ、え~っさ、えさほいさっさ。
お猿の駕籠屋だ ほいさっさ。
小田原ちょうちんぶらさげて
ほら、やっとこ どっこい ほいさっさ。

食えない人

アイ子ちゃんが来た。
怒涛のようにやってきて嵐のように去っていった。

9月の2週目に来日して京都で懐石料理を食べまくって、それから日本海へ出て蟹をむさぼってから伊豆にやってきた。

今年は暑すぎたので彼女の好きなマツタケはまだ八百屋に出ていなかったから伊東の道の駅でイノシシ肉を買い、修善寺を観光でさっと流し「静岡の宝」と地元民が誇るレストランでランチ。夜はイノシシキムチ鍋。2日後は三島の老舗で鰻。

書斎に布団を引いてトイレと洗面所の案内して、コーヒーを飲むかと聞いたら“うん“と言うので、インスタントを入れたら、次から自分でコーヒーを入れて飲んでいたので気を使わなくて楽。

アイ子ちゃんが静かなのは、食べているときと寝ている時。
怒涛のように喋りまくって、今回初めて会ううちの猫は目を見張っていた。彼女のお父さんはいろんな動物を飼っていた家なので(猿もいたという)、あまり人馴れしていないうちの猫にはおびえさせるような動きを見せることもなく、しかし猫に遠慮することもなく喋り捲ったので、猫はどうしていいかわからず戸惑っていた。
うちの猫たちにしてみればこんなニギヤカな生き物は見たことがなかったから、目を真ん丸にして観察していた。

ここのところ、コロナで日米の行き来がなかなか面倒くさかった。アイ子ちゃんと会えたのは3年ぶりだ。アイ子ちゃんはおばちゃんの人生でも極めつけの才能を持った稀代の怪物である。

普通のおばさんに見えるが煮ても焼いても食えない人間。英語学校を経営したり家を転がしたりして遊んで暮らせるだけの資産は貯めたので仕事はリタイアした。夏はテニスとゴルフ冬はスキーで、多分使い過ぎの関節痛のほかは病気もせず最強の免疫を誇る。

アメリカ人の旦那を育てて弁護士にしたのは彼女。
旦那の資質を見抜いて学校に女子大の英語教師として勤めさせて、阪神大震災で経営していた“自分の”英語学校のビジネスがダメージを受けるとパートナーに売り、それから旦那に何がやりたいと聞いた。

アメリカ人のご主人は勉強しなおして弁護士を目指したいというので夫婦で渡米して旦那をロースクールに入れた。とにかくアイ子ちゃんの言う通りにすると自分の運が向いてくるので、今でも弁護士の旦那はアイ子ちゃんのことを僕のラッキー・チャームと呼んで彼女の言うことは至上命令なのだ。

おばちゃんもビジネスを経営していた時に、ご主人に契約書を見てもらったりアドバイスをもらって大いに助かった。

とにかくアイ子ちゃんはもう働くのはやめたのでスキーをしたいときは日本のアルプスへ。美味しいものを食べたいときは日本へ。将来は日本とアメリカと半々に過ごす予定だという。

うっとりするような美味が日本にある。
新鮮な魚介類。秋なら栗、薩摩芋、松茸きのこ。今ならモンブランが美味しい、アイ子ちゃんにモンブランと連呼されても、おばちゃんはいまだに地元でおいしい洋菓子店を見つけられていない。パン屋、イタリアン、フレンチと洋菓子は、都市部なら切磋琢磨して感激する美味が見つかるのだけど、ここのローカルの町ではまだ探し回っている最中。

山は山と繋がっているのでおばちゃんの裏山をちょっと走ると箱根に出てしまう。箱根の森美術館でアートを鑑賞しレストランにはモンブランがなかった。ああ、栗の生クリーム!

ホテルでお茶をすべく、沼津のホテルに行った。
ウエイトレスにモンブランはないかと聞くと“無い”と即答されたので、じゃあケーキ・セットがいいが今日のケーキは何?と質問する。
ウエートレスは銀のトレーに3種のケーキ盛りを席にもって来くると、アイ子ちゃんはと「ふ~ん、おいしそうなケーキじゃないから飲み物だけでいいわ」とけろっという。
可哀そうなウエイトレス。
アメリカ生活が長すぎて思っていることがそのまま口から出てしまうのだ。

3年前は2泊3日でうちに泊まり、彼女の大学卒業から最初の離婚までの人生譚をたっぷり聞いた。今回は4泊5日だったのでお母さまをアメリカに連れてくるための日本の不動産の売却の詳細を聞いた。その当時はまだ私たちもビジネスで忙しく、ゆっくりお茶をする暇もなかったからお母さまをアメリカに連れてきた当時の詳細は知らなかったのだ。

30世帯のアパート物件を売却するためには借家人の退去をしたほうが高く売れる。
通常は弁護士のサポートなども使うのだが、彼女はほとんど一人でやった。30世帯の退去には普通3000万かかるというところをほとんどゼロにしたので、地元の不動産関係者が目をむいて「XXX町・不動産の奇跡」と呼ばれたという。

20代の初めから親の不動産の経営の後を継ぎ、ついでに金貸しもやっていたから、さらにいろんなビジネスをやって成長したアイ子ちゃんにとって、30世帯の借家人との交渉は大したことではなかったのだろう。

一軒一軒の借家人の希望を聞いて、年老いた借家人には娘の住む町に別の住居を借りてやるとか、施設の手配をしてやるとか、相手の言うことを理解して相手の望むところを世話してあげたら感謝されて出て行った。私としては普通のことをやっただけという。自分の要求だけを押せば刺されるとケロケロと笑う。こういう人が自分は専業主婦だといい一見奥様のようにふるまうから恐ろしい。

アイ子ちゃんは、せっかく伊豆に来たからやっぱり温泉にもつかりたいという。露天風呂。のぼせるので、絶対露天風呂じゃないとダメという。

一方、おばちゃんは在米中一度も温泉に行けなかったので日本の温泉への郷愁が半端なかったのだが、いざ日本に帰国してあこがれていた温泉に入ったら、温泉=大浴場はトドの生育地だった。温泉に対するあこがれが一発で胡散霧消してしまった。

浴槽のへりに白いトドやピンクのトドがのたうって、憩っているというのを見て大いにショック。それ以来、見ず知らずの他人が入る温泉浴槽はご一緒したくない。

それでは客室についているプライベート浴槽はどうか?伊東にはごろごろ見つかったのだが、宿泊費用をみてぶっ飛んだ。どこかの社長様が若い彼女を連れて昼間はゴルフ、夜は二人でテラスの露天風呂!なのだろう。

アイ子ちゃんも伊東のプライベート温泉は“タカイ!”という。ミリオンも貯めこんだくせに。
鄙びた昔ながらの旅館の露天風呂でもいい、と言う。それなら近場にある。

おばちゃんは温泉は必要ないから近場の和風旅館に彼女を送って、次の日にはピックアップして一緒に鰻を食べて、アイ子ちゃんの知り合いが待つ別の町に送っていった。そこから彼女は日本アルプスで紅葉を見に向かうのである。

おじちゃんもおばちゃんも2匹の猫も、アイ子ちゃんを見送った後はちょっと酔ったみたいでふか~い深呼吸をするのだった。

追記。
次の日、ラインで起こされたらアイ子ちゃだった。
昨夜はすごかったんだって。すし屋でコースが予約されていて、アルプスのスキー仲間はガンガン飲み最後は運転手付きのロールスロイスで送ってくれたって。どんなスキー仲間だよ。

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