テンJr.がFIP

テンが3週間前に膀胱炎を発症して、それは抗生物質と消炎剤で収まったのだが、私はどうしても疑問をぬぐい切れなかった。この子はどこかおかしい。何かが内臓に隠れているような気がする。
子猫ってこんなに動かないものだったろうか?
おじちゃんは、ちゃんとご飯は食べるよ。夜中に起きてカリカリを食べていたよ。というのだが。

紫音が午後四時にうるさく鳴いて遊べという。
キッチンカウンターに登って暴れまわる。テンと遊びなさい。テンは寝ていた。子猫にしては寝すぎではないか?土曜日の4時だった。胸騒ぎがするがこの時間に病院に連れて行っても予約がいっぱいだろう。

日曜日の朝、テンに呼び掛けても反応がなかった。
頭をもたげることもしんどそうだ。痩せて発育不良の体は冷たくて頭だけ熱い気がする。おじちゃんを呼んで体温を計ったら39度を超えていた。

もともと体力がある子ではないので、このままにしていたらきっと持たないだろう。病院の診察時間前で電話も保留だったが、連れて行ってドアが開いていたので診察をお願いした。血液検査をお願いします。二日なにもしなかったらこの子は死にますから。

血液検査の結果は数日かかるので、応急手当として抗生剤と消炎剤と点滴を入れた。
帰宅して午後にはテンは走り出してソファーに飛び乗った?!なんと!

おかしい。抗生物質だけの場合はこんなに回復が著しくはない。消炎剤を入れたときに劇的回復を見せるのだ。ただ、腰が砕けて時々歩行がヨれる。血液検査の時に暴れたから血管や健を傷つけたのかもしれない。

次の日も朝一で診察をしてもらい同じ抗生物質と消炎剤を入れた。自宅に帰れば紫音と駆け回った。おかしい、あれほど消耗していたのに。

月曜日に血液検査結果がでてFIPと。
FIPにはドライとウエットタイプがあって、腹水やリンパに液が溜まるウエットタイプのFIPは貯留した体液からウイルスが検出されればFIP同定できる。ドライのタイプはどこにウイルスが潜んでいるかわからず検出が難しいが血液検査の蛋白分布から暫定FIPだと。発育不全はFIPの症状の一つでもあるんですと。

FIPか!?

猫のFIPは不治のエイズ診断と同じようなものだ、中国製の治療薬が輸入される前は。
治療薬が手に入るようになった今でも、薬を持っているクリニックの数は限られ、近いところでは横浜までいかねばならない。

なぜ知っているかというと、山の猫友のノルウエージャンがFIPを発症したからだった。
猫友にシッターを頼まれて世話をしに行ったら、あちこちに粘液を吐いた跡がありバスタブのふちにぶるぶる震えているノルウエージャンがいた。猫友にこの子はおかしいよと報告すると旅行を1日切り上げて帰宅した。それが彼女のFIPの始まりだった。

FIPの治療の問題は治療できるクリニックが限られているということだけではなく、治療薬の高さだった。国の認可薬がない。

猫友の場合は2年前なので84日間の治療薬だけで80万、診察料・検査・通院などでさらに倍かかる。FacebookでもアメリカのFIP治療のサイトがあって、7000ドル以上の薬をどうやって工面するかという問題が焦点だった。

インフレで値上がりして今年ではMutian薬だけで100万円。ペット保険はFIP薬は免責、ペットの売買契約でも、FIPの場合は免責事項が設けられているのが普通だ。FIP なら猫をお取替えします、と。

かかりつけのクリニックの獣医さんは若いが優秀だった。
Mutianでの治療を望むなら横浜の病院を紹介しますが、Mutianではないけどウイルス薬は持っています。人間用のコロナ治療薬を流用したものです。Mutianは84日間の連続投与が必要なのだが、後発薬なら7週間で費用は安くできます。

猫友が横浜のクリニックまで治療に通った苦労は聞いていた。
テンは発見が早かったから後発薬でもチャンスがあるのではないだろうか。6か月の子猫だから早く薬でたたけば治癒が望めるのではないか?

後発薬で治療をお願いした。
何よりも近場で急変があったときにすぐに見てもらえる。猫友によればFIPの治療には薬の匙加減がモノを言うという。猫の体重と体調を見ながら量を増減するのが重要。それならば、毎日でも通える地元のかかりつけなら体重を計りながら薬の微調整が可能だ。

テンが真菌症の治療を始めた時からテンの育成日記をつけていたので、表に手をいれてさらに書き続けることにした。腰が砕けて右足をひきずるようになったのは、血液検査の後からであった。
血管か腱を傷つけたのかと思ったが、先生によれば「左足」から血液を採ったという。FIPの症状の一つには神経系統に巣くって障害を起こす場合がありますと。腰のふらつきはFIPウイルスだったか?

月曜日に処方してもらって抗ウイルスの投薬を始めた。
同時に注射をしてもらった消炎剤の効果が切れ始めると、テンはまた動きが鈍くなってツグラで横になっていた。消炎剤は5日以上連続投与すると腎臓障害を起こすので、熱が高く炎症がひどそうな時に使い、後は抗ウイルスが効いてくるのを祈るしかなかった。

木曜日あたりから食欲が出てきて腰がふらつきながらご飯を食べる。
投薬時間は厳密に守らなければならない。
猫友の主治医は投薬時間の45分までの違いは許容内だが、それ以上の時間の狂いがないようにと指導があったと言っていた。

最初の投薬は朝10時だった、だから夜の投薬も10時。
しかし、私の通院のときに朝10時ではどうしても遅い。それで8日間かけて最大15分ごと投薬時間を早めていき朝9時―夜9時にセットした。

5日目の金曜日には腰のふらつきがよくなり消炎剤なしでも食欲があって元気が出てきた。診察した先生は体調を聞いて薬を増量した。9日目には体重が微増して2450グラムを超えた。

あと6週間。
今月末のジョイスのメモリアル・ランチには行けない。

さよなら ジョイス

ジョイスは150センチ足らずの小柄で、でもプライドは高く胸をはったチャボの雌のように気が強かった。
ショッピングモールの駐車場で彼女のジャガーのボディを擦って出ていこうとした隣の車の進路に立ちふさがり両手を広げて通せんぼして、運転者を逃がさぬものかと延々1時間やりあった。

4歳年下のデイビッドが何回求婚してきて、どんな風なプロポーズをされたか聞かされた。裏表がなくいつもストレートで、表面だけを取り繕うタイプではなかった。
3年から最長7年で帰国していく日本人駐妻との付き合いは、「おほほ、っ」のお付き合いになることが多かったし、移住したばかりのおばちゃんにとってアメリカでの戦いの仕方を教えてくれるジョイスは力強い友達だった。

ジョイスは客家系の台湾経由の中国人、私は日本人でお互いの交際範囲にかぶるものも全くなかった。本音で話し合えてお互いのコミュニティの接点がなく、気楽でよかったのかもしれない。ウマがあったのだと思う。

ジョイスが台湾で結婚した最初の夫は2分の1日本人だった。
それが縁だったのか彼女は日本人には惹かれるものがあったようだ。長女が最初の夫の娘。
その後、上海系のデイビッドと再婚してから2女3女4女に恵まれた。4人の娘を育ててジョイスは思うところがあったらしい。

長女は他の姉妹と段違いに頭がよかった。
2女から4女はいい子たちだったが長女は頭の切れが違ったのだという。それは日本人の血が入っていたからではないかと一度口を滑らせたことがあった。

長女は授業料が超お高く、卒業するのが超難しいデザイン・スクールを卒業した。このデザインスクールは才能がなければ入ることさえ難しいが、無理をして入っても課題ごとに教師陣に評価され、あなたは才能がないのでお金の無駄だから辞めたほうがいいと生徒に言い渡すので有名だった。

そのデザイン・スクールを長女は卒業し、自分のポートフォーリオをもってニューヨークに渡った。するすると才能を認められて有名ブランドのデザイナーになってしまった。

私は何度聞かされてもブランド名を覚えられなかったのだが、あるときデパートで見たことがないほどきれいな黄緑のキャミとカーディガンのセットに見惚れて、それはセールにも関わらず飛んでもなく高かった。

何時間か逡巡して結局買ったが今でも覚えているくらい勇気が必要な値段だった。
ずいぶん経ってから裏地のロゴを見て、これはもしやジョイスが言っていた長女のデザイナーブランドではないかと思い当たった。ずいぶん抜けた話だが。

超優秀だったデザイナーの長女はキャリアを驀進し、ブランドのデザイナーを束ねるマネージャーまでになった。NYの金融関係の男性と結婚しプライベートビーチ付きの家を買って、デイビッドとジョイスと妹たちを招待して夫の趣味であるヨットでセーリングしたのだという。

私も優秀な日本人だというので頭や知能に敬意を払ってもらっていた気がする。
中国系は総じてみんな商人!なところがあってジョイスも化粧品の輸出などしていたようだが、彼女はコミュニティ・カレッジで商売上の必要から簿記・会計のクラスをとった、何度も。
で、何度もドロップした。

ねぇミキ Debit とCreditってどう説明する?Debitは負債なんだから減るに決まっているでしょう?アカウントによって減ったり増えたりってどういうこと?

この私に英語でDebitと Creditの説明をしろってか?
で、アカウントの教師のカールが言った通り、Debit はCreditラテン語で左と右という意味で、負債だとか資産だとかは関係ない。上がったり下がったりするのはアカウントが違うからで支払ったり儲けとは関係ないんだよ。

ジョイスは私の説明など全く聞いておらず、右だとか左だとかフンDebitは負債に決まってるじゃない、だからDebitっていうのよ。英語なら私のほうが得意よ。

自分が理解できないのは私の説明が悪いとばかり。自分がどうしても終えられなかったクラスを私がサマークラスで取ったものだから、やっぱり日本人はちょっと違うと思ったみたいだ。

二人で何千時間話しただろう。
小学生だった末っ子がハイスクールに行き3女はライセンスを取って、ジョイスのBMWをもらった。卒業した後はショウ・ビジネス方を勉強したいからとお姉ちゃんたちの後を追ってニューヨークへ行ってしまい、残ったのは末っ子だけ。延々と「カラの巣」の愚痴を聞くようになり、そのあとは更年期の愚痴、さらにはデイビッドが新人エージェントと仲が良すぎると愚痴。

数年後、自慢の長女が事故で亡くなったときジョイスは狂った。
長女の夫に根掘り葉掘り事故の状況を説明させ、事故ではなくて意図的にお前がやったのではないかとまで責めた。

その後、私は夫婦で始めたビジネスが忙しくて会うことはおろか電話でおしゃべりする時間も無くなってしまった。

ジョイスは書くのが大嫌い。
バーバラ・ボクサーだかが役員だった保険会社に一時期務めていたのだが、ミーティングのあとリポートを提出せねばならず、これがジョイスには大問題だった。リポートを書くのが難しいからと結局仕事を辞めてしまった。おしゃべりは立て板に水なのに、書くこととなるとDear sirsで止まってしまって、keep in touch, see you againで終わってしまうのだった。クリスマスカードは年末に届く。

デイビッドによればジョイスは胆石を発症した。
揚げ物、肉が食べられなくなって胆石の診断がついた。だが、手術の決意がつかず延々10年も持っていたのだ。

コレステロールの高いものさえ食べなければ胆石発作は起こらない。
彼女は体にメスを入れるのが我慢できなかったに違いない。一度キッチンでジョイスがかがんでいるときに、デイビッドがお湯の入ったヤカンを取り上げ誤って、お湯をジョイスの背中にこぼしてしまったことがあった。

少量とはいえ熱湯でやけどをした。やけど跡でドレスが着られなくなっちゃうじゃない、どうしてくれるのとジョイスはデイビッドにくってかかった。
体に穴をあけたくなくて、食事療法でジョイスはやり過ごそうとしたのだろう、10年も。

体の不調を無視できなくなりついに手術を決心したとき、彼女の胆嚢はガン化し肝臓やリンパ節にも転移浸潤してしまっていた。

もし私がビジネスを始めずジョイスとおしゃべりをする生活でいられたら、二人でなかよく胆石を切ったか?いやいや、ジョイスは私の説得など耳を貸さなかったと思う。いやなものは嫌。

10年手術を避けてきた結果ガンの宣告。ジョイスが感じたであろうと黒い怒りと絶望がよくわかる。きっと怒ったと思う。テーブルをたたいて、なんで私がと、、。

私が胆石からの胆嚢ガンステージ2で拡大手術を受けたのが去年の4月。
ジョイスは8月に切って胆嚢ガンのステージ4。それからジョイスは3種類の抗がん剤を始めた。胆嚢ガンの完治が期待できるのは、ステージ0か1で外科的手術の場合だ。
ジョイスは抗がん剤はもう嫌と宣言して自宅で最後を迎えた。

立って動ける間に会っていればよかった。何度もメールを書いたのに、クリスマスカードの返事しかくれなかった。
プライドが高かったジョイスが、抗がん剤で髪が抜けやせ衰えた姿を家族以外に見せたいと思うわけがなかった。人生の先輩ジョイスは私に先立って行ってしまい、私も同じ道をたどるのかもしれないが、いずれまた会う。

娘のジョーダンからジョイスのメモリアル・ランチの招待がとどいた。が残念ながら行けないと返事をするしかなかった。
十日前に、テン・ジュニアがFIPと診断されたからだった。

親友は逝った

庭の東側でツツジの剪定をしているとき、
その花は何?と英語で聞かれたような気がした。
Azalea
これは?
わかんない。日本語で名前を覚えたから英語名は知らないんだ。
ジョイスが伊豆にやってきてくれたら、ライフワークの庭を案内するつもりだった。
ジョイスはどうしている

その晩、デイビッドからメールが入っていて、
Joyce left usカリフォルニア時間22日5時過ぎにジョイスは逝った。

マッディ・ベンソンのクラスにいつも遅刻して、マッディが始業時間を過ぎたら教室のドアに鍵をかけるといい始めたのも、遅刻癖のあんたのせいだった。
サンフランシスコの空港の売店で化粧品を探してフライトを遅らせたろ?
約束の時間にいないから電話をかけると、まだ家にいた。
こんな時だけ時間を守りやがって。

また会おう。

手術後1年

胆石だと思ったら~胆のうガンだった~

去年の4月、胆石を切除してこれでヤマザキの雪苺娘が安心して食えると思いきや、切除した胆のうからステージ2のガンが発見されたmikieおばちゃんです。

病院に逆戻りして肝臓&リンパを切り取る拡大手術をして退院したのが、GWの終わりごろ。去年は雨も多かったせいで一番美しいはずの5月は庭の手入れもできず無念の涙をのんだ。

今年はリベンジの年だ。
3月には秘境の中伊豆コメリで深紅の長ぐつを買い求め、あまりに軽くて履きやすいので、お向かいの別荘のおばちゃんにも一足買って進呈した。
65の婆と82の婆がお揃いの赤い長ぐつをはいてポンポンダリアを植えたのである。
うちら~ガン友(お向かいのおばちゃんは、10年前に乳がんステ2、去年は別口胃がん表皮ガン ステ0)

お向かいの中野のおばちゃんはあまりにもコメリの赤い長ぐつを気に入ってしまい、この長ぐつがダメになったときはどこで買ったらいいのかしら、いいものだからもう一足予備に買っておかなければ、と憂えるので、もう一足買っておばちゃんの東京中野の自宅に送った。米国年金が入って気が大きくなっていたのであった。

山は麓の里に比べて気温は4度以上低いのである。
町でとっくにスイセンが満開というのに、うちの庭にはまだ葉が10センチ。黒い地面が見えてスカスカの状態に我慢できず、おばちゃんは庭を埋めるために宿根草やカラーリーフを求めて近郊都市の園芸店を走り回ったのであった。

おじちゃんが幼稚園のように植えてしまったチューリップは碁盤の目に並んでいて隙間の黒い土をバコパやカラーリーフで埋めたい。うちに根付いた宿根草はまだつぼみもできていない。ちょっとインチキだが、すでに咲いているネメシアやリナリアのポットを買ってきて同じ場所に植える。これは追加なんだ。中抜きと違うし。

おばちゃんは生来のセッカチ。待ってられないのである、はよ咲け~~。地だを踏んで咲いてくれるものなら、おばちゃんアデルのRolling In The Deepを踊っちゃる。

そのうち、3年目の姫コブシが満開になって散った。お向かいのソメイヨシノは今年も素晴らしく咲いて散ったが、6年前に植えたうちの河津桜は1輪も咲かずにまた葉桜になった。
ヒマラヤ・ユキノシタが細々と咲いてしぼんだ。去年の秋に選定しすぎたせいかもしれない。今年も追加したヒナ草は今満開である。こぼれ種が落ちて来年も同じように咲いて欲しい。

何が落ち着かないかと言うと、庭のメインストリートとブルー・セクションはまだスカスカなのである。2年目のジキタリスもカンパニュラもまだ20センチに満たない。ペンステモンなんて、地面にへばりついた葉っぱだけである。一番の目玉のガウラは10センチ。花は?
花はあと2ケ月も待たねばならない。

ブルーセクションにはネモフィラとデルフィニュームを植える。あ~、何時になったら満開になるのかしら?

夜は園芸チャンネルを視聴する。
ノーマル・スピードなんかで聞いていられない。1.5倍速である。出だしはすっ飛ばして、要点だけを見る。

なるほど、桜は意外にも庭に植えないほうがいい木だそうだ。
家の基礎に近い場所に植えると、根が横に張り基礎を壊すこともある。葉には毛虫がついて剪定が難しい。うちの河津桜は油粕をやったら、変な風に横枝ばっかり伸びておまけに葉がピンクに縮れて病気みたいだ。

コニファーは姿はいいが、すごいスピードで高く育つので、地植えにすると切ることになるのか、。おばちゃんのコニファーは今年の寒波と乾燥で3本のうち2本が枯れてしまい植え替えねばならない。

そうしたらコニファーの空の鉢に妙な木が植わっていた。しみじみ観察するとビワの木のようである。
おじちゃんにどうした?と聞くと、
道端にビワの木が自生していたので掘ってきて植えてみたと言う。
元んとこに戻してこい!


おばちゃんも子供のころに犬や猫を拾ってきてよく言われたセリフである。おじちゃんもワンコの時に言われたはずだ。60年も経つのに性分は治らぬと見える。

昨日はせっせと買い集めた宿根草を植え、時代がついた渋いポットに植え替えをし、シレネを植えた百日紅の下を、これまたオサレな化粧レンガと岩で廃墟風にアレンジをしていた。立ち上がると、河津桜が抜かれていた。

桜が横倒しになっていて、根っこが丸い。
どうやら地面が硬くて根は横に張らなかったようだ。根っこが腐っていたよ、とおじちゃん。
を作ってもいいよね、この場所。

実は水場があるといいなと思っていた。古い火鉢を買ってきて埋めるか?
今度はリサイクルショップを一回りである。前に買った青染付の火鉢は金魚が5匹元気に泳いでいるが、そのリサイクル・ショップは場所替えして商品がずいぶん減った。埋めて池代わりにする手ごろな大きさの火鉢がない。

池はちょっとペンディング。
夏はボウフラが湧くし、冬は確実に凍るから金魚は入れられない。
やはり木がいいだろうか?
さやさやと葉擦れがするようなすらっとした木。背丈が高いと剪定が大変になるので低中木。また動画を見る。ニワトコ?夏ハゼなら紅葉するし。

宿根草を植えながら、2年後のこの場所はどうなっているのか?
シンボル・ツリーは今年植えたほうがいいのか?
ヘデラと芝桜がケンカをしててどっちの肩を持ったほうがいいのか?

ムクゲのこぼれダネから3本実生が生えてしまい、おじちゃんが後生大事にポットに植えたら50センチに育ってしまった。見張っていないとどこかに植えられてしまう。おばちゃん、よろけた拍子にポットの上に倒れてムクゲの苗が折れてしまったほうがいいのか?

いろいろ花や木を植えながら、いったい私にはあとどのくらいの時間が残されているのか?今年できるだけやってしまったほうがいいのだろうか?
人はそれぞれ人生時間が決まっているが、残りの時間がどれだけ残っているのかは知らされていない。おばちゃんの場合は蓋然性が高いというか、。

手術後半年から2年の間がいちばん転移・再発の可能性が高い。
危険期間の2年は半分過ぎた。例えば、肝臓に再発したとすると膵臓転移よりも時間が稼げそうだ。膵臓と肝臓+胆管同時なら余命は半年から1年くらいか。

うちの庭を完成させるのに、長期計画でいったらいいのか、短期計画でいったらいいのか。腹に観察窓が欲しいもんだ。

動画の個人庭園・訪問編を見ていて、このバラは植えて10年とか、クレマチスが太い木になっているとか、植物が結果を出すにはそれ相応の時間が必要なのだ。花のサイクルは毎年決まっているのに。時間、時間、時間
おばちゃんの時間はあとどのくらいあるのだろう?

いつもの蛇足ーーー
数年前、おじちゃんが春用のジャケットのファスナーを生地に引っかけ無理やり引っ張ったのでファスナーが壊れてしまった。直さねばと思っていたのだが春は短いしそのままに。

毎日のように通る商店街には洋服直しの看板を掲げた個人商店があって、おじちゃんが看板を見てここなら1500円でファスナーが直せるって。

1500円というのは、材料費だけか、工賃は別かもよ。
おじちゃんは、イイヤ、1500円と書いてあるから、1500円だろう。ここにジャケットを持ち込む。
おじちゃんはジャケットを引っ張り出し、ついでに何を思ったか喪服のズボンも引っ張り出した。ウエストがゆるゆるなんだ。詰めてもらおうと思って。

おばちゃんは、私の葬式用か?と内心疑ったのだが、おじちゃんは計画性がゼロで先に気を回す質でもない。すると、おじちゃんの兄弟用か?

ジャケットとズボンを店主に渡すと、ファスナー直しは3500円と言われておじちゃんは、しばらく黙った。看板にウソあり、と思っていたに違いない。

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アイタタ、タ

総武本線 内房まわり

ベンツ切開

ガス代の攻防

今朝のニュースは電気代の高沸
九州の一般家庭で電気代が3倍になったという。増えたね、この手のニュース。

「ウクライナ侵攻から1年も経つのにまだ新興電力を使っているのか?危機感なさすぎ。馬鹿じゃねぇ?」とか言っていたら、おじちゃんが うるせえ!とチャンネルを変えてしまった。

山に引っ越してきたとき前の持ち主は東京電力だったのだが、不動産屋と一緒に来たガス屋が”キッチンのレンジを新品に取り換えしますぅ、うちは新電力と提携してますのでプロパンと電力を同時契約してもらえば、電力も安くします” つ~ことでおばちゃんは電気とプロパンの契約をした。

新電力に留意しないといけない。
発電設備も送電設備を持っていない。大手電力会社から卸値で電気を買い、ペーパー操作だけで使用者に電力を小売りする「新電力会社」がまっとうなわけがない。アメリカでも電力の自由化があったがうまくいかなかった。
黒木亮さんの「小説エンロン」は面白かった。

「電力の自由化」の標語のもとに、大手の電力会社がペーパー新電力会社に電力を卸してやる。
この時点でおかしい。利権のにおいがプンプンする。東京電力から卸しで電力を買って、それを使用者に小売りにして、東京電力より安くできるのがまたおかしい。東京電力がボリ過ぎ!ってワケでなければ、なにかカラクリがあるのだ。すべておかしいが、安い間は新電力でとりあえず契約した。

去年、ウクライナの侵攻の後に新電力会社から、“料金の上限制限を撤廃することになりました” とできるだけわかりにくい表現でお知らせが来た。おばちゃんはさっさと東京電力に契約しなおした。

プロパンガスは徐々に金額が上がってきた。ガス屋のおにいちゃんはおばちゃんより華奢で小さいので呼びつけて契約解除をすると、弱い者いじめをしているような気分になりそうで、後回しにしていたのだ。

ところが先週、家の前に車が止まると二人組が下りてきて、どうもXXガスですという。山ではあまり見たことがないガス屋だ。この先で、ガス工事がありまして、ご近所に挨拶がてらうちのうちガスの契約のご案内に来ましたという。

山のガスは100%プロパンで、都市ガスでもないのに工事なんて考えにくいが、これはガス会社の契約を切り替えるいいチャンスかもしれない。
おばちゃんは二人に、これからうちはお昼ごはんだからそこらを一回りして1時過ぎに来てといった。

お昼はなるべく早く済ませ、オンラインでプロパンガスの値段をリサーチした。山で見かけるのは4社。2つ見積もりをとって、営業に来たXXガスの値段も調べ、うちのプロパンの請求書を比較しようと見たらガス代の明細が書いてない。総請求金額だけ。

これはダメだと営業所に電話をかけ、ウチんちの基本料金と料金体系を聞く。基本料金が1800円で3段階の料金?なるほど。

今XXガスの営業が来て、基本料金が1000円とか言ってるからオタクより安いので契約を解除するかもしれないけど、解除にあたってペナルティなんかある?

1000円は安すぎて異常です。解約料については上司に聞いてきますというので、おばちゃんは2時過ぎに電話をくれと言った。

xxガス屋が1時に戻ってきたので、宿題はやっておいたから、とハナにかまして、他社2社の見積もりと今の契約している△△の料金を言った。で?お宅は?

XX社は基本料金1000円で1m3で376円だという。お宅はネットでは280円/m3とか書いてあるけど、これは異常安値だよね。呼び込みの金額でしょ?ご近所のN社は477円/m3だって。

二人のうち、元はヤンキーみたいな小太りの営業が、奥さんそれこそ呼び込みの金額ですよ。最初は本当に477円かもしれないけど徐々に上げてくんですよ。
それはお前んとこも同じじゃね?とおばちゃんは密かに思った。

現契約の△△がいくらにするかわかんないので、見積もりが出そろってお宅が安かったら電話するから。営業はあっさり帰った。食えない婆と思ったのだろう。

2時に契約中の△△ガスから電話が来て、xxの値段はおかしい。呼び込みに違いない。
ネットの書き込みで、田舎のプロパン屋はお互いの悪口をいい、客の取り合いをしているというのは事実かもしれない。

xxガスが376円というなら、うちは基本料を下げて、従量制で1m3 520円にします、値上げはしません。どうでしょう?というので、じゃあ従量制に変えて。
では、これからも契約していただけるんですか?ありがとうございます。というわけで、ガス代は来月から4分の3になる。
今までの経験で、一番安いのにするとカスをつかむ、というのが多かったから。

しかし、日本の消費者はずいぶんおっとりとしているものだ。
値上げの通知が来なかったから、高い料金を払い続けて怒ってみたり。おばちゃんには理解不能だ。

アメリカで90年代にオンライン化がまだ進んでいなかった時代だったが、口座引き落としを嫌がる人は多かった。料金のチェックをする前に、口座から勝手に金を落とされるのが嫌!という理由で。

請求書を毎月確認し、チェックを書いて支払うというスタイルに固執するのも、相手の会社の計算が間違っているときにまず支払わずに済む。サービスに不備があったとき、まず電話で文句を言って割引の交渉をする。安くなればこっちのものだ。
口座引き落としでは交渉前に引き落とされてしまう。不利。まずは、交渉だ。

さらに、相手が用意した契約書に自分に有利なことは何にも書いてない。
この場合、値上げに政府の許可がいらない新電力が契約書にどんなことを書いているか。値上げの通知が来ないからって、値上げできないわけでなし。消費者がウブすぎ。

おばちゃんも含めて日本人は交渉ごとが下手だ。
田舎育ちのおばちゃんなんか、アメリカでは最初のころ相手の言いなり放題で、あとからどんなに悔しい思いをしたことか。

日本人には交渉ごとの修業が必要だな。
タイだって、一生のうち一度は出家して僧侶として修業を積むように、日本人も海外にでて修行したほうがいいのだ。国家事業として世界193か国に全国民を留学/就業に送り出す。とりあえず3年。
修行先の国は指定できない。世界193ケ国をランダムに選んでこれまたランダムに選んだマイナンバーの国民を送り出す。

ついでに人生1度は起業して自分のビジネスを経営してみる。そうすれば、必要な人材とはなにか、企業が生き延びるにはどうすればいいか、など骨身に染みるほどわかるかもしれない。会社はお父ちゃんと違うよ。あなたを死ぬまで雇う扶養義務はないよ。税金は自分でチェックしてから払うもんだ。


労働基準法を修正する。年末調整を撤廃して皆国民確定申告にし節税に励む。
そうすれば国民全員タフになって、外資系のむこうを張って、有利な交渉ができるようになる、、、かもしれない。

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ガレージの攻防

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しずこころなく花の散るらん

― 願わくば桜の下にて春死なむ その如月の望月のころ - 西行

妻子を蹴たおして出家した自己中の西行らしい歌よね。
4日前の朝、買い物に下る時には、両側からかぶさっている山のソメイヨシノが1分か2部咲き。おじちゃんと、もうすぐだねぇと言い合っていたのに、買い物を終えて同じ道を登ってきた午後には、同じ桜並木が3分咲きか4分咲きになっていた。

あれま、朝より桜が開いてない?山の気温は15度を超していた。
一昨日は20度を超えて桜はあっという間に満開。急がないと。

昨日と今日は天気が崩れて雨交じりで風がある。せっかくの桜が散ってしまう。なんか貴重なものが逃げてしまう感じ。

そういえば去年の今頃は手術だった。
その後切除した胆のうからガンが見つかって、今年の桜は見られるのかどうか、おばちゃんはひそかに危ぶんだのだったが、桜は咲いた。とてもあわただしく。

「春死なむ、」の歌があるから春に死ぬのも悪くないのかも、と思っていたが、この1週間の季節のあわただしさを見て、桜のころに死ぬのは嫌だと 思った。

桜が咲くか咲かないかという頃に、敢えなくなってしまえば、残った者は親族に連絡し、病院から書類を取り、役場から埋葬証明書をとり、葬儀の準備をして本籍から謄本を取り寄せ、家庭裁判所から遺言の検認を受け、銀行を駆け回り名義変更に飛び回らねばならない。

桜?そんなもん咲いてた?
残された者は空を見る心の余裕もないかもしれない。

おぼろにかすむ満月に照らされ、ハラハラと散る桜の花びらを浴びながら風雅に死んでいるつもりなのは、西行くらいだろう。もしかしたら、最後の一杯を傾けているつもりかもしれない。
妻子は後始末に走り回っているというのに!

ああ、そうだった、西行は縋る妻子を縁側から蹴飛ばして俗世を解脱したつもりなんだった。
いい気なものだ。

俗人は最愛の人を亡くした悲しさとあわただしさと浮世の手続きに振り回されている間に、桜は葉桜になっている。
次の年の春にやっと落ち着いていて、そういえば去年はドタバタして桜が咲いているかどうかもわからなかった。あの人は最後の花見もできずに亡くなった。――と毎年毎年 湿った後悔とともに思い起こすのかもしれない。

花見くらい心おきなくさせてあげたい。
というわけで、おばちゃんは桜の季節にアエナクナルのは嫌だな。墓も作らなくていい。

司馬遼太郎が遊牧民族の風俗と墓についてどこかに書いていたのだが、遊牧民族には墓がないと。
司馬遼太郎は描写したのはウイグルかモンゴル辺だったかもしれないが、おばちゃんの脳裏ではもっと西、サウジとかクエートとかの砂漠の民の風習として編集記憶された。

偉大なる族長や一族のヒーローだったリーダーでも亡くなってしまえば、遺骸である。
彼という存在の抜け殻であって本体でない。存在はうつろうもので彼だった存在はそこにもういない。残された者はかつて彼だったものを亜麻布で巻き、砂漠に出て行って浅く穴を掘り遺骸を落として岩で抑える。

砂漠の乾燥した風で遺骸はあっという間に干からび崩れて、彼の墓は砂漠の地にもまぎれてわからなくなる。砂漠はどこを見ても同じような風景で、数年たてば墓なんか記憶にもなくなる。それでいいじゃないか。重要なのは墓でも遺骸でもないから。

さらにどうでもいい蛇足
クリスチャンが家族を亡くして、アメリカでも墓参りをする人はないわけではないが、祥月命日に仏壇にお供えをしたり、お盆に迎え火をしたり坊さんを呼んで法事をやってるわけではない。

あの世の人が金に不自由することないよう中国人は紙銭を燃すが、日本人が紙銭を燃さないからと言って、日系2世のご先祖があの世で金に不自由するわけではない。亡くした家族を悼んで精霊をながしたり空に飛ばしたり。ベトナム人が放上のために小鳥に米をまいたり、アフガンなら墓に嗅ぎたばこを供えたり(嘘ぴょ~ん)なんてことがあるだろう。

祭祀の祭り方は宗教や文化・風俗でそれぞれ。言葉のなまりみたいなものではないか。どれが真理というわけでも唯一の宇宙のルールでもない。

おばちゃんが腹が立つのは、「先祖供養をしないから祟られている、先祖の報い、」とか供養脅迫してくる宗教的押し売り。
腹が立つ。

おばちゃんは自分の家族とビジネスを守るためにユダヤ人と戦ってきた。それでも店を一歩出たら客と自分は対等と思ってる。そういうおばちゃんのご先祖が先祖を祭らないから怒ってるって?ふざけるな。

たかが50年100年先に生まれたというだけの先祖ではないか。おばちゃんが死ねば同じ土俵にあがるぞ。おばちゃんは自分のためだけでなく戦ってきたが、供養をせよというあんたはいったい何のためにどんな風に戦ってきたのか?

子孫の供養なんてあてにするな。自分のしくじりを子孫に償わせようなんて不逞な野郎だ。自分の失敗は自分でもう一度生まれ変わって自分で償え、バカタレ。と言うね。

父も同じような性格だったからよく言った、というかもしれん。でも、おばちゃんのご先祖様たちは、子孫にこれこれの供養をせよ、と要求するような先祖は、多分いないと思う。

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アイ子ちゃんはまだ日本でスキーをやっている。3月いっぱいまでいるそうだ。
今年はカリフォルニアもまた異常気象で、南加に雨がザーザー降り、、3月にかぁ?
サンディエゴには雪がちらついた。まさか?子供はさぞかし喜んだろう。

アイ子ちゃんの属するスキークラブからは4月のマンモス・スキー場ツアーの募集お知らせがメールで来たという。マンモスが?4月に?カリフォルニアだぜ?
ところが今年マンモス・スキー場ではどかどか雪が降っているのだという。まさに異常。

おばちゃんは、ではいまLAの気温は何度なんだ?とアイフォンをタップしたら、
登録していたはずの都市LAが見当たらない、そうだった機種を変更したので新しい携帯にはLAは登録されていないんだ。

登録しようとして、「ロスアンジェルス」と打ち込んでも街頭の都市が見つかりません、という。
そんな馬鹿な?
Los Angelesはロス・アンジェルスだろう?二文字だったっけ?二文字で打つ。出てこない。
はて?しばらく考えてロス・アンゼルスか?該当なし。
わかんない。
ブラウザーに”Los Angeles日本語”と叩き込んだら、「ロサンジェルス」と返ってきた。そうだっけ?Losの sはどこへ行った?

かつて編集に携わったカリフォルニアの県人会会報で2世幹事のテリーさんの言葉がフラッシュバックする。
おばちゃんが「〇月x日のガレージ・セールは盛況で、、」とかの記事を書いていたら
それを読んだテリーさんが、
だから日本人の英語はダメなんだ。Garage はグァラージだろう、ちゃんとグァラージと書きなさい、、。

2世のテリーさんに日本の文部省、外来語の表記ルールを説明したところで納得していただけたと思わない。自分が発音している音と関係ない音の表記を書かれたら、そりゃ納得はできないだろう。ただ、文化的に定着してしまった表記というのはもう修正が効かないのだわ。歴史は変えられないから。

英語の日本語表記というのは音声的に正しくない時があるのに、日本語の間違った表記法を丸ごと覚えない限り日本語として通用しない。新しい言葉を日本語に紹介したその初動に誤表記を記憶されてしまったら修正が効かないのね。つまり、初動が大事

Costcoがどうしてコストコになった?
発音しない無声音“T”って中学校の授業でやったろ?
日本全国の英語教師は、Costcoという単語は、無清音“T”を学ぶまたとない機会だったのに。教師ですらコストコなんて言ってたら日本語がますますめちゃくちゃになるばっかり。

おばちゃん、日本に帰ってから道路の看板を読むのが異常に遅くなった。
もう、アルファベットを一文字一文字読んでいく感じである。カリフォルニアの道路を走っている時なら、道路標示も一瞥で読めたものが、日本のアルファベットの看板は異様に読むのに時間がかかる。そして読むのに疲れる。何故だ?

日本のテレビや街や看板の表示はアルファベット表示が多いのに、その半分は実は英語ではない。最後まで読むと日本語のなのだ。英語の看板だと思って読むと日本語だとわかる。最後の最後の文字まで読まないとわからない。だからものすごく時間がかかる。

たこ焼きをTakoyakiと書いたところでこじゃれた食べ物に変化するわけでなし。読むのがつらい、何とかしてほしい。


Ameplaってなに英語なの?LiBaeって?フレンチ?iDecoってアイ・デコとしか読めないし、DeNaはディーナ。英語でも日本語でもない単語が多すぎる
取り返しがつかなくなる前に日本語に規制をかけてくんないかしら。日本語は漢字表記にするとか、英語をいれるならすべて英語だけの表示にするとか。

美しい日本語を無理やり外来語風にアルファベットにする必要はないではないか。漢字なら視認性高く一目で読めるし文化と伝統の継承ができるし。
日本語のアルファベットと英語とカタカナが入り混じると、もう判読にストレスがかかりすぎよ。
もう一度、Costcoコ・ス・コよ!無声音の“T“よ

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2月はローザンヌ

税金やら確定申告でころっと忘れていた。2月はローザンヌの季節であった。

ローザンヌといえばバレーである。毎年Utubeでファイナルを見るのが楽しみ。日本人は技術が高いので常に出場しているが、今年はあっと驚くことが起こった。

まさか、まさか、おばちゃんは目の錯覚かと思って巻き戻して見てしまった。
見間違いではなく、しっかり転んでいた。素早く立ち上がり最後まで踊り切ったのでオーディエンスの拍手は応援するようにかえって大きかった。彼女は下手な子ではなかったので残念だったが。

そのあと今度は男子が滑った。着地でスパンと滑って立ち上がったものの、前者の彼女とは違って顔は引きつっていた。まさか日本人演者が二人も滑るなんて。

最後はスウェーデンの男の子が転んで3人目。彼の後半はジャンプもおざなりでメタメタであった。気の毒に。

こんなことがあるのかしら、一つの大会で3人も滑るってのは初めて見た。
今年の大会は女子より男子のほうが見ごたえがあったように思う。

ポルトガル?Pedro君とかは力強くスピードよく海と真珠?をセクシーに踊ったし、ジゼルのを踊ったニュージーランドのアルバート王子は踊りが柔らかかった。どこにも力が入っていないように見えるのに、ふんわりと宙にジャンプしふんわりと優雅に旋回する。何かの賞をとってもよかったはず。

反対に、グラン・パ・クラッシックを踊った米国の娘は、見せ場のデベロップの後半は回転が追い付かず、曲に遅れそうで大変なのがまるわかりだったのに賞を取った。コンテンポラリー部門の出来が良かったのだろうか?おばちゃんは買わないなあ。

和田アキ子みたいなおっさんが中に住んでいるワタシが、何故バレーなんか好きなのかというと、一つは幼稚園の時にお習いしたのだ。

発表会に白のチュチュと白のタイツをはかされて、いたく衣装が気に入ってしまったおばちゃんは脱ぎたくないと一晩泣いたのである。衣装は好きだったのにどうして続けられなかったかというと、体がガンダムのように硬かったから。

足を開こうが閉じていようがおばちゃんの体はどの方向にも曲がらず、固すぎて練習の段階で嫌になったのだった。

忘れてしまっていた チュチュへの思いは、昭和のバレー漫画のブームで息を吹き返し、アメリカでバレー公演を見られて復活した。我々の定休日は平日で週末に休みが取れなかったから、見られる公演は年末のナッツ・クラッカーだった。


12月のうす暗闇の中、カジュアル一遍なカリフォルニアで、見るからに良家の子女がおしゃれをしてシアターに集まってくる。客席で案内からプログラムを受け取り静かな会話がさざめく中、幕が上がる。

頭が小さく金髪をお団子にした足の長~いバレリーナが、透き通るシアーをかさねてレースやおリボンもついた衣装を身にまとって、ピルエットでくるくる旋回する。シアーのスカートがふんわりと広がってサラサラと重なる。 嫌がっていたおじちゃんもバレーの魔術にとらわれてしまってうっとりとする。

しか~し、チケットは高い!
ロシアンバレーなんか、ラスベガスの超人気ショウより高い。Utubeに公式ローザンヌの動画が上がるようになって、おばちゃんは喜んだ。もともとものぐさで出不精だったから。
いい時代になった。

すべては春から始まる

バイトの事業所は来週にプレオープンらしい。

らしい?って言うのは、人手不足のうえに事業所のリノベーションで新規開店と同じ状況だから。マネージャーやらがてんてこ舞いで、それなのに会社上部はオープニングセレモニィを勝手に予定して現場が間に合わないので、細かい予定をパートまで知らせる余裕がとことん無いせい~。

おじちゃんもおばちゃんも初出社がいつかまだわからない~~。とにかく人手を確保するのがまず第一で、年齢もへったくれもあるもんか、既往症があっても生きてるなら働いて!というスタンスなので、おばちゃんも経過観察の割には首尾よくカムバックである。週一だし。
とりあえず週一はおじちゃんが居ないところで働ける。新鮮でうれしい。

気温は下がったり上がったり。円ドルみたいだ。
庭に黒い土が見えると落ち着かない。もっとお花を~~!
その辺の園芸店をさらにせっせと回りまた5ケースほど仕入れてきた。デルフィニウムは涼しい気候なら宿根草らしいのだが、現在の日本では夏が熱すぎて年が越せない。残念だが毎年毎年植えねばならない。
宿根ネメシアも5株に2株くらいしか根を下ろしてくれず、だから毎年しつこく宿根ネメシアを植える。

今年は種も蒔いた。
おばちゃんは初心者であったから園芸店で種を買っては裏の蒔き方もよく読まず、土を掘っては適当にバラまき、強い種ならきっと生えて咲くはず、私は間違ってない。と思ってた。
大いに間違いであった。

蒔いた種はほとんど生えてこず、根性なしが、、とひ弱な種を馬鹿にしていたのであったが、あまりにも生えてこないので、ある時、袋の後ろをよく読んでみた。

今まで思ってもいなかった種の蒔き方が書いてあった。
何やら種を蒔いた容器ごと水に浸せ、土はかぶせるな、と不思議なことが書いてあてあった。たまたま園芸店で2重底になった種まき容器を見つけて買い込み、試しに園芸土を入れてみてまず土にびっくりした。

容器が小さいので、土をいれたら小枝やら繊維やらが山ほど混じっており、なんじゃぁこれは!これではいかん、と土ふるいで土をふるったら、3分の1は枝やら茎やら小石だった。今までおばちゃんはこんな園芸土を袋から寄せ植え用のポットや段々庭に補充していたのか、、、!ショックである。

それから細かくふるった軽やかな春の雪のような土を種まき用容器に満たして、さあ、ここに種をまきましょう。種の中には土で覆われたらイヤンという種があるのである。植物のくせに正気かぁ?
ペンステモンとか、リナリアとか。風が吹いたらどうすんねん?
だから容器には蓋がついているのであった。

こんな手順で種を蒔いてみると、花の種とはいかにデリケートなものか。
小学校の時に理科の観察で蒔いた朝顔とか、食べた後にぶん投げておくと芽が出てくるアボカドとかとは違って、デリケートなお花には、デリケートな土と容器と播種が必要なのであった。

容器はそれほどたくさん買わなかったので、カーペット・ビオラという種が残った。容器もなくなったし、カーペットというくらいなので直播をしてみよう。去年土を入れ替えた段々の一番下に蒔いてみた。袋をガーデンピックとして土に立てておく。それが2週間前。

今日の午後からは集めた苗の植え付け。今日は18度もあったのである。
デルフィニウムを植えて、ジキタリスとカンパニュラを植え終わって、球根類のカバーであるバコパを植えようと段々庭の一番下に行ったらば、そこでもそもそと動いていたおじちゃん。

あんた、また皇帝ダリアを掘り返したのか?
だって、ここ水はけが悪いから、イモ類が腐っちゃうから。

んで、一つ200円でセールだったユリと売れ残りのダリアが植わっていたのだが、カーペット・ビオラの袋がごみとしてぶん投げてある。

あんた、なんでこのビオラの袋を捨てんのよ。
なんでって?ここの土を入れ替えたから。
そばに園芸土の袋が捨ててある。

入れ替えた~? ビオラの種をまいてあったのに?!
ビオラ?そんなものはなかった。
ないはずがない。蒔いたんだから。
何もなかったよ。
っったく。いつもこれだ。

花が咲いてない限り、おじちゃんはみんな雑草にしか見えない。
2本の沈丁花は満開である。2年前に植えた姫こぶしもお隣より早く咲いた。
おじちゃんが百日紅の下に移してしまったエニシダはまだつぼみも緑だ。もしおばちゃんのガンが再発して死んだら、骨は粉骨にして役所には内緒で百日紅の下深くに埋めてほしいなぁ。庭の真ん中で日当たりがいいから。

クロッカスは終わりかけである。エリゲロンはこれから伸びる。うちの子になったリナリアはまだ5センチ。
はよ、大きくなれ。せっかちなおばちゃんは4月が待ち遠しくてならない。

米国年金生活者のリタイア生活

懐がちょっと暖かくなったら猫の紫音がまた調子を崩した。
テン・ジュニアをワクチン接種につれていったら、一人で留守番をさせられた紫音がショックだったみたいでその日からひどい下痢。

次の日には紫音をクリニックに連れて行き、腸内に悪玉菌が繁殖してるそうであった。ストレスが原因らしい。下痢止めと整腸剤を処方されてヤレヤレと思ったら、今度はテンが下痢をし始めた。またクリニックである。用心のために詩音をお留守番させず別のキャリアで連れて行った。

獣医さんは、テンちゃんに移りましたかね?と言ってテンにも整腸剤を処方された。ここ1か月クリニックの常連さんである。検便、点滴、注射、薬に時間外診察料で何枚も飛んで行った。

おじちゃんは毎月振り込まれる米国年金にやっと心を許したか、ATMで頻繁にキャッシュを下す。カードより現金のほうが使用感が嬉しいらしい。

テンは4か月を迎えてやっと1.4kg ここのところの下痢続きで体重増加が停滞している。サイズは普通の猫の2か月サイズ。大きく元気に育ってくれるかしらん。

就職のための健康診断は自費だった。これって普通なの?
心電図まで入ってて夫婦二人分。次の日は車検でまたごそっと出て行った。

寒さが緩んで灯油代は少なくなったが、今年は去年の倍ほど暖房費がかかっている。参考までに灯油代はリッター100円前後で12月1月はそれぞれ3.5万ほど。5日に一度2缶から3缶を補給する感じ。山地は冷えるんだ。子猫に寒い思いをさせられないからね。

そのうえ、テンの毛布やマットの熱湯消毒や洗濯でまた盛大にガスと電気を使った。楽天カードの3月の支払いは平常の2倍だ!2倍! これから暖かくなっていくのがうれしい。

庭に植え付けるお花は春先が一番費用が掛かる。
苗、種、肥料、園芸土、DIY用素材にペイント。家の前を散歩するご近所さんのために寄せ植えを植え替える。楽しんでいただけると嬉しい。

リタイヤ後に全く予定が入っていないと曜日を忘れてしまうのよ。これはホント。
まいにち日曜日だから。
何かに追われることもなければ、せかされているわけでもない日々は穏やかである。幸せだと思う。

9時20分に出勤して確実に利益を出して従業員に給料を払い、税金を払い、ローンを払うプレッシャーを二度と味わなくてよくて幸せ。

声を出しても隣のうちに聞こえる距離でない山で、自家製の大根とブロッコリーを収穫して、気が付いたらできているシイタケを薄切りに汁にいれる幸せ。
2匹の猫が家じゅう追っかけっこをして平和に日向ぼっこしながらお互いを舐めあう。
リタイアして田舎暮らしの夢がかなって幸せ。

お庭を宿根草が咲き乱れるお庭にしたいのよ。
ガウラをメインストリートの両側に茂らせ、ピンクのダーラがレンガの上に咲きこぼれる。ブルーセクションはデルフィニュームとペンステモンを咲かせたい。雨が降ったらブログを書いて、プログラミングの勉強を始めたい。

2週間前の血液検査はがんマーカーはCEAとCA-19ともに陰性だった。
ビルビリンの値も正常。コレステロールも正常値に下がったのを確認したら、主治医がもう一枚の検査コピーを出してきた。

Dupan  
Span と書いてある。
この二つのがんマーカーは結果が出るのに時間がかかるので、前回3か月前のものです。
ほ~ん?!
二つとも数値は正常値に収まっているようである。消化器系のがんマーカーによく使われるCEAとCA-19は100%確実ではなく、陰性でも再発例があるようだ。
こんな隠し玉がまだあったのか。毎回がんマーカーを4つもチェックするのか?!胆のうがん、油断がならんのう。

おばちゃんも少しは欲が出てきた。
年金は振り込みされるようになった。ガウラの小道はまだ完成していない。テンもまだ小さい。おじちゃんの血糖値も高めなのでいい病院を見つけねばならない。幸せな生活をもう少し楽しみたいと、人差し指と中指をそっと重ねるのだった。

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