”会社は家族” 説が崩壊した日

「ねぇ、奥さん、あなたのために世界は回っているのではないんですよ」
電話の弁護士はホントにこう言った。渡米して2か月後のことだった。

渡米して最初の給料日が来ると、日本でサインしたはずの契約書とは全然足りない給料が渡された。え?
ダンナも日本から一緒に来た同僚たちも頭をかしげたのだ。アメリカのペイチェックは2週間に一度だった。もらった給料は、契約書で約束された月額の2分の1にも全然届かない。どういうことなんだろう?
福利厚生はどうなっているのだろう?日本での契約条件では現地の健康保険も加入するはずだったのに。

会社はアパートと最低限の家具を用意しておいてくれた。おばちゃんとおじちゃんは夫婦だったから、ワンベッドルームを。他の独身従業員は4人で3ベッドルームをシェアし寮として使用する。
4人が3ベッドでは、最初から数が合わない。誰かひとりジャンケンで負けて、大き目のウオークイン・クローゼットで寝ることになり、押し入れで人を寝かせるのか!、、と独身者みんな不満を募らせていた。

先発していた支社長と夫人は2ベッドルームで家具もベッドもランクが上だと、陰では非難と愚痴をささやきあっていた。そして、この給料である。会社に対して不信と不満が爆発した。

独身者の一人が明日全員で支社長に聞こうじゃないか。そうだそうしよう。意見はすぐまとまった。翌日、日本での契約交渉の本人だった支社長を囲んで皆が口々に不満を訴えると、支社長はしれっととんでもないことを言った。契約書の給与は税込みの総支給額である。なんでかというとアメリカの所得税を知らんかったんで。

はぁ!
この業界は給与の開示は、手取りが表示が慣習だった。アメリカの所得税が分からん?調べりゃすぐわかるだろう?なんだぁ?この会社は!支社長の上の日本の専務を呼べ。

新規の支社立ち上げのため、同行していた専務は2週間でとっくに帰国していた。面の皮が厚くにぶい支社長は、皆の不満がいまいち理解できないようで、さらに、爆弾を落とすのである。
「大丈夫 生活できるって、この国は日本より物価が安いから。」

わなわなと震えるとか、血が上って視野が暗くなるとかは本当に起こる。物価が安いからって?そういう問題じゃないだろう。

契約書!契約書には給与の条件が書いてなかっただろうか?会社の契約違反を訴えることはできるのだろうか?ここは日本ではないし、来たばっかりで右も左も分からない状態だった。

若きおばちゃんは、日系スーパーで現地のフリーペーパーを手に入れ、広告を探した。A法律事務所、xxxトラブル無料相談、C社電話相談!
これだ!とおばちゃんは電話をかけ生まれた初めて弁護士と名の付く人
と話したのであった。

電話の弁護士は、まず私の素性を聞き出した。氏名、会社の名、住所電話番号。正直に答えて、おばちゃんは説明にかかった。

会社の契約違反ではないだろうか?
こんな非道を許されていいのか?

そうしたら弁護士は事務的な声で、あなたは何ビザを持ってます?そのビザを取ったのは会社ですか?おばちゃんは、会社がビザを取ってアメリカに来たと述べた。

そうしたら、弁護士は面倒くさそうに、会社がビザを持っているんで、会社がビザを取り消せばあなたたちはこの国で働けないんですよ。日本へ帰るしかないんです。

そんな馬鹿な!
そしたら弁護士は冒頭の言葉を吐いたんである。

「ねぇ、奥さん、あなたのために世界は回っているのではないんですよ」弁護士はさらに追い打ちをかけ、この電話相談は50ドルですから、事務所に小切手を送ってください。

ぇ?無料電話相談じゃなかったの? どこに無料って書いてあります?おばちゃん、名前も住所も申告してたから、泣く泣く小切手を切るしかなかった。

会社は従業員を守ってくれる存在ではなかった。会社は家族でもない。養っていかねばならぬ義務も法律もないのであった。おばちゃん、おじちゃんのマナコからウロコがバラバラと落ちた瞬間だった。

mikie@izu について

海外在住何十年の後、伊豆の山に惹かれて古い家を買ってしまい、 埋もれていた庭を掘り起こして、還暦の素人が庭を造りながら語る 60年の発酵した経験と人生。
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