寝た子を起こすーその2

トムさんはThinkpadをそっちのけで、伊豆の話に食いついてきた。

伊豆半島の根本で山を下りれば駿河湾。峠を越えれば熱海に伊東。魚介いっぱい、お家で畑をやってる。静かよ~。

トムさんの次の返信にはもはやThinkpadの話のカケラもなく、僕、根本を探したんですがわかんなかった。いいなぁ、超自然の暮らしなんだ~

おばちゃんは、密かにムフフと笑った。思いあたることがあったから。
そもそもTomさんという人は、UCLAのComputer Scienceを卒業して同じく東大出のカシコのNさんとコンピュータービジネスを起業した人。奥さんはUCLAのクラスメートでヨーロッパ出身の美人だ。子供のころから知っている娘はブロンドのこれまたカシコでUCSFを卒業したはず。

若いうちにアメリカの市民権をとってしまいTomになった人だが、実は生まれも育ちも横浜。いつだかおばちゃんと小机の商店街の話で盛り上がったことがあった。奥さんはヨーロッパの人だから、トムさんの母国の文化は尊重してくれるが、たぶん家庭内は完全アメリカである。

文化の受容度というのは男と女では若干異なるのかもしれない。あるいは自分でお料理が作れる人だと違うのかもしれない。とにかく家庭内文化。特に食事文化は肉、パン、サラダ、奥さんのヨーロッパのお里の料理なんだろうと思う。

単身赴任の駐在の日本人独身男性なぞは、ピザ、ハンバーガー、スーパーのフライドチキンやサンドイッチで3食責められると絶対1か月持たない。

日本レストランに飛び込んで泣きながら、サンマ塩焼き定食なんかを「これなんです。僕1週間もまともなご飯を食べてなくて、、オイオイ」とおばちゃんは実際見たことがあるから。

白いご飯を食べながら、「うちのコリアンの奥さんは、五穀米が健康にいいからって絶対コメにいろいろ混ぜるんです。白いご飯が食べたかった。」本当にご飯を食べながら泣く、国際結婚の日本人。

有名なショッピングモールに観光バスがついて、どやどやと降りてきたのは日本人の観光客。“俺なんでもいいから、とにかくシーフードが食べたい。”


偶然居合わせたおじちゃんとおばちゃんは、二人でくふふと笑ってしまう。このモールで有名なフードコートにあるのは、ボリュームと油たっぷりのハンバーガーや、ドーナッツで挟んだハンバーガー、串にさして焼いた肉をそぎ切りしてグラムはかりで売るシュラスコ。


クロワッサンで具を挟んだクロワッサンサンドイッチ屋さん。量り売りのナッツ。超甘いカップケーキ。一番端っこの薄暗いところに、景気の悪そうなベトナム・フォーがある。シーフドは、フレンチ系のお惣菜やさんでシーフード・サラダくらいだ。エビとスモークサーモンが乗っている。日本人が食べたがるシーフードは影も形もない。

トムさんはUCLA留学時代からアメリカ食に鍛えられた人だから、ぱさぱさのサンドイッチだろうが、ビザが続いてもたまにチャイニーズのヌードルかなんかを挟めば、どうってことがないはず。-なんだが、人から聞いた話では、ランチは日系スーパーのお弁当なんだそうだ。
はは~ン、そこで息抜きがあったか!?

トムさんと世間話をしているときに一度、僕は日本が二重国籍を認めるようになるのを待っているんですよ、と言ったことがある。ほ~ん、早まった、というのではないがなんか日本への郷愁が芽吹いているのかもしれない。

日本回帰熱」という症状がある。
軽いホームシックというのは駐在員や移住者によくありがちな心情だ。大したことがない。
仕事で忙しい駐在の夫はあまり感じる暇がないが、就労不可の駐妻などは一通り新生活に慣れた後に、でもやることがなくてホームシックやアメリカ恐怖症、日本帰りたい病になったりする。

おじちゃんは会社の前任者から、そんな症状をたくさん聞かされたらしく赴任した後は、おばちゃんの精神状態をしばらくうかがっていた気配があった。確かに日本が恋しくなった時期があったが、せっせと手紙やはがきを出したら収まった。

永住権を取って定住も10年も過ぎれば、ホームシックの「ホーム」ってどっちの国のこと?家があるアメリカが私のホーム。と心情は変わったりする。同じ永住者の仲間はそこら中にできるわけだし。

日本回帰熱」というのはちょっと重い。
永住権を取ってしまった後に、何かのきっかけで発症したりする。
子供が生まれて赤ん坊を見ているうちに、自分が生まれ育った日本での記憶を思い出して、同じ経験をさせたくて、日本に帰りたくなった人。

日本の震災のニュースを聞いて故郷の人の苦境を手助けしたくて帰った人。夫婦で飲みすぎ路上でくだを巻いてポリスに逮捕されて、アメリカに嫌気がさしちゃった人。

永住権から市民権をとって、永住権だけの不安定な地位から抜け出した、これで安心。のつもりが、中年を過ぎてどこからか沸き起こる日本への郷愁。戦うことで気を張っているアメリカの日常に疲れて、穏やかな静かな日本のたたずまいが消しても消しても浮かんでくる。な~んか帰りたい。

アメリカで子供を産んで育てたら、アメリカの子である。
連れて帰って日本で何とかなるとは思えない。それで帰国をあきらめてしまう人も多いはず。

おばちゃんが帰国した後、アイ子ちゃんのコンピューターの面倒を見るのはトムさんになった。いつだか私が永久帰国したのをアイ子ちゃんから聞かされて、トムさんは「えぇ、帰ったんですか?いいなぁ、僕はどうしたら帰れるかな」とぽろっとこぼたらしい。

ヨーロッパ出身の奥さんとUCSF卒業のお子さんがいて、老後はヨーロッパの田舎と、伊豆の田舎とどっちがいいだろう?てメールに書かれも。
おばちゃんのメールがきっかけでトムさんの中でなんか蠢動するものがあるのかもしれない。
「日本回帰熱」が発動したのかもしれない。

おばちゃんはそれなので、伊豆の“根本”というのは伊豆半島の付け根に位置するという意味で、検索をかけるなら「XXX」とか「xxxx」とかの地名がいいです。5万ドルから10万ドルだせば家が買えますよ。固定資産税は2万から4万くらい。月じゃないですよ、“”に2~4万。箱根、熱海、伊東、下田、三島、沼津は射程距離です。

それから2日目だが、トムさんから返事は全くない。
きっと検索をかけまくっているからだと思う。

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崖っぷちの人

mikie@izu について

海外在住何十年の後、伊豆の山に惹かれて古い家を買ってしまい、 埋もれていた庭を掘り起こして、還暦の素人が庭を造りながら語る 60年の発酵した経験と人生。
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