そうだ、清水港へ行こう

明け方は寝室の気温が下がって鼻が冷たく感じると紫音が布団の中に潜り込んでくる。外気温はたぶん5度前後だろう。山かげの道路が凍ってしまうのはもうすぐだ。
冬タイアに変える前に年末年始のために買い出しに行かなくちゃ。そうだ清水港に行こう!

山から下りると高速への道は超便利にできている。なんなら東名も新東名もどちらでも好きに乗れる便利の良さ。

お魚センターは焼津と清水港がある。東名で一直線。
焼津さかなセンターは清水港より規模が3倍大きい。観光バスがバンバン乗り付けてコロナ前は人混みがすごかった。昭和の時代の年末の築地場外に行ったことがあるがあんな感じ。

焼津お魚センターは東名インターのすぐそばなのだが、軽自動車では伊豆から遠い。走れども遠くて運転に飽きてしまう。
清水港は規模が小さいが距離は半分でさらに近場でとれた鮮魚も売っている。
おじちゃんは鮮魚!、鮮魚!というのでこの頃は清水港に買い出しが多い。

在外の人には目に毒かもしれないが日本は海産物の宝庫だ。
清水港にはいい型のスズキがあがっていて真鱈と釣りの鯵、天然鯛、金目鯛そしてあらゆるマグロ、冷凍と近海の生。メバチやキハダの様々な大きさのブロック。よりどりみどり。

鰹節と日高昆布。もし焼津まで足をのばすなら鰹節店の「朝けずり」の鰹節が買える。清水港の鰹節は「朝けずり」ではなく地元製造の袋入りだが開封すると、市販の鰹節に見向きもしない猫が気がふれたようにキッチンに走ってくる。出汁をとったあとのダシガラ(塩分も抜けている)のをちょっとだけやる。

正月用に鮭、冷凍いくら、冷凍ホタテ、マグロを買った。お惣菜用に鯛の切り身とスズキを一本。アジの開きもも忘れてはいけない。

大アジは身が厚く脂がのっていてホッケサイズの大振りなので夕食じゃないと食べきれない。アジを開いて今干し終わりましたというような新鮮さがあって、スーパーのアジのように冷凍焼けがない。焼くとふっくらむっちりジブジブと油がはぜている身をむしってとことんアジが堪能できる。ああ、ありがたい幸せ。

小さくて冷凍焼けして真っ黒で焼くと冷凍臭がまず襲ってきて、口に入れると一瞬おえっと臭さに気持ちが悪くなり、それでも一応アジだからアジの味はかすかにする。在外では日本から輸入するしかないのでそれでもアジの干物を食べられるだけましだった。

米国のFDAが、輸入する食品の”現地・製造国での衛生管理”にいちゃもんを付けたことがあった。
アメリカに住む人間が、不衛生な環境で生産される食品を口にしてはいけない。日本産のアジの開きの製造過程が、米国の食品衛生法に合うようになるまで輸入禁止。アジの開きが輸入されなくなってしばらく口にできないことがあった。一体どのアメリカ人がアジの開きを食べる言うねん。日本たたきの一部ではないかと、おばちゃんは思ってた。

外地で食べられる魚はせいぜいサケ、サバ、アジの開き、マグロ、加工品がメインだったからひどい冷凍臭の干物でも我慢するしかなかったね。まぁ、20年我慢をするとどうでもよくなってしまうのだが。

買い物を済ませると大体お昼である。
お魚センターはお食事館もあって20軒?ほどレストランが入っている。メニューはもちろん魚である。

それぞれの店舗の店先にはメニューのサンプルが飾ってある。どれも刺身がてんこ盛り。
どんぶりの上にこれでもか、と盛られたマグロ角切りがどんぶりのフチからこぼれ、雪崩を打って受け皿に落ちる。とどめはてっぺんからかけられた溶岩のようなイクラである。

ピンクのサケ、白のイカ、ブルーグレーの生!の白魚、薄ピンクのサクラエビ、真っ赤なマグロ、ピンクのトロ。大き目の平たいどんぶりにこれでもかとカラフルな刺身が乗っている海鮮丼。

隣の店にはその日の地魚の盛り合わせ定食、マグロ丼(赤身にトロにヅケ)さらにその隣の店は白い脂が網のように走る生マグロの大トロ丼。魚食いの原始日本人の魂を揺さぶる光景が左にも右にも店先にこれでもかと続いてゆくのである。おばちゃん心拍があがってクラクラしてくるほどである。

主治医のおっさんは退院後の生活について、”胆のうを切除しても一応影響がないことになっております”と何にも言わないくせに「なんでも食べてください。あっ、生ものだけはやめてね」とそこだけはきっぱりと言った。

マグロを一回食べたくらいで死にはせんだろうと思うのだが、渡辺徹が敗血症で亡くなったばかりではあるし、おさかな食堂にギリギリと心残しながら、これも生もの満載の市場館に戻ると、お持ち帰り弁当コーナーの海鮮丼の隣の「カッパ巻き」に手を伸ばしかけて、いやいやこれはあまりにも阿呆すぎやしないか?

別の店舗でアジの開きのほぐし身やサザエの珍味がのった「変わりお稲荷さん」を、かわいそうなおじちゃんもお付き合いでシラス佃煮と焼きアジのおにぎりを買って、紫音の待つ伊豆の山にトンボ帰りするのだった。

術後7か月

病院に昼過ぎまで居たせいで喉がガラガラになってしまった。
脇腹が痛むのだが造影剤CTスキャンの結果と血液検査の結果は異状なしであった。血液検査は”L”も”H”も消えてガン・マーカーの数値もネガティブであった。

胆のうがないのに胆のうのあった場所が痛むのは変ではないか。
胆のう切除後症候群か、それとも胆管に問題か?

おばちゃんは家で印刷した「肝・胆・膵」のイラストを主治医に差し出して、私の胆管はどんなふうに残っています?と聞いたらば主治医のおっさんは目の前のコンピューターの手術レコードをめくって確認すると、紙のイラストにこっからこんな風に削除しました、と丸を書いた。

ふ~ン。総胆管にちょっと枝を残して切ったのか。
おば:10月過ぎから軽い圧痛があるんですが胆のう切除後症候群ですかね?
医:どこが痛みます?
今はなき胆のうがあった場所。食事に関係なく違和感があって圧痛があるんですよ。胆のうがもう無いんだから胆管かな?と思って。

主治医のおっさんは”切除後症候群”という言葉にはまったく反応せず、腸が動くからかもしれませんね。四六時中に違和感があるから腸のせいではないと思うが。

おば:CT画像では何にも見えないんですよね?
今度は取ったばかりのCT画像をスクロールする医師。

医:怪しいものは見えんですね。
おば:CTで見える一番小さいガンは3ミリくらいですか?
医:う~ん、3ミリはどうかな。CTの撮影間隔が3ミリだから。ギャップに3ミリが入ってしまうと見えないかも。
おば:すると見える大きさというと最低5ミリくらい。
医:そうですね5ミリくらいから。

CT画像って意外と粗いんだ。
ここのCTスキャンの解像度はあまり高くなくて主治医が細部を拡大するとボケる。
どてっぱらに観察窓をつけるわけにいかんからスキャンと血液検査でから推測するしかないわね。CTで何も見えないならとりあえず何も無いとして、さらに3か月後の血液検査まで要観察かな。

で、どうですか?と主治医が言うので
逆流性食道炎になってしまったので、制酸剤を処方してくださいと答えた。

げっぷが頻繁に出て横になると胃液が逆流して咳が出て吐き気がするので逆流性食道炎です。ガスターを飲むと少し良くなるんですが市販のガスターはチビっとしか入ってないのに高くって、薬剤師が病院でもらったほうが安いですよって言うから。

ほうほう、と医師がつぶやいて、ガスターよりいい薬があるので処方しましょうと3か月分処方が出た。でも胃カメラを飲んどいたほうがいいですよ。
だって、この間内視鏡をやったばかりじゃないですか。ちょっと糜爛した食道粘膜が観察されるだけでは?健康保険の医療費がもったいない。

人間の体はつくづくコンピューターに似ているかも。
この間デスクトップが立ち上がらなくなった。
ほとんどの時間はラップトップを使うのだが、画像系はデスクトップで処理したいから、クリスマスカード作りのために久々にデスクトップを立ち上げようとしたら立ち上がってこない。

立ち上がりに問題があるときは余分なUSBを外せ、というのがウインドウスのセオリーである。USBハブとICリーダー、無線LANアダプタを外したら立ち上がった。
無線LANアダプタが差しっぱなしだと立ち上がらない。
しからばケーブルLANに刺しかえると、また立ち上がらない。
いろいろ試したらウインドウス側のネットワークLANが問題みたい。

もしこれがお客さんのコンピューターなら、立ち上がってからLANカードかケーブルを刺せばダイジョブですよって言うね。
お客さんはきっと、こないだまでこんなことは起こらなかったんですが、いったい何が問題なんですか?って聞くね。

で、おばちゃんは言いたくても言わないのは
知らんがな。私はウインドウス・プログラマーじゃないからわかんない。ウインドウス内部で何が起こってるのかはしらない。ウインドウスがアップデートしてから起こるならそのせい。

とりあえず動いているなら面倒くさいんで何もしないし、マイクロソフトが把握してて深刻なエラーが起こるようならそのうちパッチができるかもしれないし。
気になるならウインドウスをクリーンインストールすると治るかもしれないだろうけど、アップデートしてまた起こるならウインドウスの問題で、わたしは直せないから現状でやり過ごす。

昔はエラーが許せなくて、再インストールをしまくったものだが今のウインドウスは堅牢になってちょっとの不具合では落ちなくなったし原因究明も面倒くさい。わかんないから。とりあえず対症療法でいいじゃないかと思う。それしかできんのよ。

医師はプログラマー(神)じゃないので、体の中のすべてを知っている人じゃないしすべてを治せる人でもないし、とりあえず深刻なエラーじゃないなら対症療法でやり過ごせばいい。ブルースクリーンで止まったらそれなりの蘇生措置ができるのが医師かな。

主治医のおっさんは聞かれないことは何も話さない。
聞いても説明しないことも沢山あるが、人間の体がウインドウスだと思えばプログラマーじゃない医師は何が起きているのかすべて知る人ではないので、おばちゃんは批判する気も起きないのである。

モニターの画面が上下真っ逆さまになってしまったときにCtrl Altと↑を同時に押してすっきり一発修正なんてトラブルはめったにないのだ。

とりあえずの危機はないのがわかったので、おばちゃんの目標は来年2月の確定申告。おびただしい医療費の請求書があるから。その次は車検で連邦年金の受給だ。Life goes on.

闘病記ー時系列

アイタタタ、タ

五臓五腑になる入院記

再入院のお知らせ

発覚

告知

闘痛記

日本のチーム医療・パッケージ治療

異色・入院雑記

娑婆に復帰

総武本線 内房まわり

ぼちぼち動いてます

術後2か月目

闘病記さまざま

ガンの光線力学療法

経過観察中 4か月目

がんのゲノム解析

・ドクターに聞いてみよう

ドクターに聞いてみよう・2

・経過観察6か月目

川島なお美の場合

術後7か月

ベンツ切開

Happy Thanksgiving

ハロウイーンが終わってカリフォルニアの空はますます薄暗くなり、街路樹の葉っぱが落ちて芝生の上でカサカサ音をたてて風に煽られる。
どこからか暖炉で燃やされる薪のにおいが漂ってくる。テレビのニュースはホリデーの休暇を実家で過ごすための人が長い行列を作る空港。

早くうちに帰りたい焦燥とウキウキと秋の侘しさがごちゃ混ぜになってホリデーシーズンが始まる。お正月前の帰省に似ているかなぁ。
ターキーはインフレで値上がりして集まってくるはずの家族はコロナで欠けてしまったかもしれない。人は行く末の不安を抱えてでもアメリカの経済の回復は早いし家の評価額は高止まりだ。

明日のBlack Fridayのために誰かがデパートのラインに並ぶかもしれない。2000年前にBlack Fridayってあったけ?あまりセールに行った記憶がないのだが、。
クリスマス後のWhite Saleは割引率がたしかにすごかったが、サンクスギビングとクリスマスの売れ残りのたたき売りみたいだった。それを考えるとサンクスギビング後のブラックフライデーのほうが買いでがあるのは確。

日本の山のおばちゃんはターキーの影もなくて、今夜は道の駅で買ったメバルの煮つけかタラで湯豆腐はどうかなと考えている。
Happy Thanksgiving! XOXO

名義変更

今日は原付の名義変更に行ってきた。
原付バイクの自賠責保険がもうすぐ切れる。保険屋のハガキと登録証を引っ張り出した。何気なく見ると名義はおばちゃんだった。そうだったっけ?主にバイクを乗るのはおじちゃんだったからおじちゃんの名義にしてあったと思ったのだが。

俺の名義じゃないの?とおじちゃんも言うのでついでに名義も変えることにした。遠い遠い昔を思い出すと、確かナンバープレートも必要だったはず。おじちゃんにプレートを外すように言って役場に向かった。

自動車税課で廃車して登録しなおせば完了だ。
バイク屋に寄って3年分自賠責を入れる。

財務省が自賠責基金から6000億借り出して返せません。自賠責の被害者救済に財源が足りなくなったので自賠責保険料を上げたるわ。国民みんな金を出せ、といって近々保険料が上がる。だから3年分。

個人が同じことをすれば詐欺罪で有罪間違いなしである。他の国なら暴動になるだろうに。日本人の怒りの許容量というのはどの辺にあるのだろう?

年金を下げられ、65歳まで払い込みのうえ、給料が上がらないのに社会保険料を上げられ、消費税もあげ、インボイス制を導入し、サラリーマンの副業は300万以上の売り上げがないと雑所得として経費も控除できなくなり、厚生年金基金から金を盗んで国民年金に補充する。道を走るだけで税金を取ろうという狙っている国。

ぶん殴られ倒れたところに頭を踏みつけられ、抗議もせず反乱も起こさず、日本人みんなマゾかもしれない。

結婚する前からおじちゃんはペーパーワークに興味がない。
引っ越しをしても住所変更が必要だという常識がなかった。結婚前はおばちゃんも負けずに常識がなかったのだが、新婚旅行から帰ってきたら旧住所から住民税滞納の督促通知が届いていた。

実は結婚届を用意する段階でおじちゃんは自分がどこの住人か忘れてしまっていた。
籍を入れるには当然住民票がある役所に届け出をするのだが、その役所がわからない。さすがにおばちゃんに打ち明けるには気が引けたらしく兄に相談して籍探し始めたらしい。

住民税を未払いにすると住所に督促状が届くが、何度か引っ越しているうちに督促状も根負けして迷子になっていたらしい。実の兄と二人で最後に住んだ区から前の住所へ順に役所をたどっていったら見つかった。転出届をして現住所に移って籍をいれたら滞納金の督促状ががっとやってきた。


その当時からおじちゃんは住所は覚えたことがない。
アメリカでは住所を刻んだ認識票を首からぶら下げてやろうと思ったくらいだ。IDを取るまでおじちゃんの財布には現住所と電話番号のメモを入れてあった。無論引っ越したら新しい住所のメモを入れなおすのである。ついでにおばちゃんが19歳のころのみずみずしいころの写真と初代にゃーにゃンの写真も入れておいた。

誰か事務手続きをする人がいる限りおじちゃんは絶対何も覚えない。結婚前は住民票という言葉さえ知らなかったおばちゃんが代わりに処理をする事務屋になるしかなかった。

バイクの名義変更は完了したから遺言状も書き直しておいたほうがいいかもしれない。2019年に法務省の遺言状保管サービスが始まった。

法務省のサービスを使って自筆遺言状を役場に保管してもらうと、家庭裁判所の自筆遺言状の検認手続きがいらないのである。

自筆遺言状は二人とも用意してあったが、2019年に保管制度が始まって詳細を確認すると、紙の書式が定めてある。自筆証書をスキャナーで取り込んで保存するため、スキャナーに取り込む紙の大きさと空白の余白のサイズも指定してある。

ここでおばちゃん、あちゃ~である。
もしかして自筆の余白が十分でないかもしれない。なんせ日本語がもう書けない二人がワープロで印刷したコピーをお手本に、ひいひい言いながら丸写したのである。余白にはみ出していないか、とても自信がない。財産目録はワープロ書きでいいが、原付の名義は今日変わってしまったわけよ。

余白を規格通りにもう一度清書せねばならない。あああ~、面倒くさい。でも書き直せば法務省の保管サービスが使える。いずれはやろうと思っていたから意を決してやるしかない。

おばちゃん、全方位に漏れなし、、、、?

家の冬支度

今朝は寒かった。10度を切っていたと思う。おまけに午後から雨だ。
窓の近くは空気が冷たい。

家も冬支度を始めないと。
普段使わないオフィスは断熱パネルを張った雨戸を閉めサッシを閉めた窓にプチプチの断熱ビニールを張る。これで4度以上違う。

お風呂のでっかい窓にはウレタンの断熱材を張った。
浴室が外気温に近くなるので冬は野菜置き場になることもある。糠みそのぬか床はベランダに移動した。

床下からどうしても熱が逃げるので、コタツ敷きは何重にもしてあるのだがそれでも十分ではない。薄いアルミ加工の敷物。段ボール、ベルギー絨毯、冬用コタツ敷。ニトリでさらにモフモフ敷を買って今年はさらに防寒仕様を厳重にした。

おかげで空気がひんやりするなぁと思ったらずっぷしコタツに潜る。で、セブンで買ったアイスを食べる。山のセブンは10月に入ると、おばちゃんのお気に入りのかき氷系のアイスを仕入れなくなってしまうのが不満。スーパーカップとかキャンディーバーみたいなものしかなくなってしまうのよ。棒つきアイスって嫌いよ。

気温が下がるとガスの種火とかも熱量が必要なのか、2割ほどガス料金が上がる。電気代は5桁になってうむ~とうなる。猫用のヒートパッドが、リビングとベッドルールに合計5つくらいあって、おじちゃんは猫たちが寒くないように全部スイッチを入れておくので、電気代が夏の2倍になってしまうのだ。起きたらベッドルームのヒートパッドは必要ないから消すようにいくら注意しても、いや昼間でも天がベッドルームで寝ることがあるし、両方いるだろうと譲らなかった。

しばらく前に電力会社を変えて、ついでに料金引き落としの口座もおじちゃんの銀行に変えた。つけっぱなしにしたければすればいいけど、電気料金はおじちゃんの口座から落ちてるよ、と言ったら早速ヒートパッドにタイマーをかました。天が突然死してしまってからヒートパッドはたった2つになってしまったのだけど。


相棒の天が亡くなって紫音の不定哀訴がひどい。
夕方5ごろから鳴き始めて付きっ切りで遊ばないと鳴きやまない。後追いがひどい。おじちゃんがベランダに出ると戻ってくるまで鳴く。

顔つきが変わってしまった。
二匹とも2歳4か月と5か月で猫だけの世界があって二匹で飛び回っていたころは、紫音もそれなりの成猫の顔立ちだったのに、鳴きながら後追いするこの頃の紫音は子猫の顔立ちに戻ってしまった。
ひどく幼くてあどけない。

鳴き続ける紫音におじちゃんもおばちゃんもストレスマックスである。お兄ちゃんはもう居ないんだよ。寂しいね。でもあんたはこのままだと我儘で自己中心的で人間を呼びつける嫌な猫になってしまうよ。と紫音に言い聞かせている。
紫音も心さみしい冬が始まる。

アメリカの年金をもらうー3

現在アメリカで生活していてリタイアの満年齢はまだ先。
このままアメリカに永住するかどうしようかな?と漠然と考えている人がいるかもしれない。

日本の両親が老いてきたとか、様々な理由で日本への帰国があるかもしれない人に補足として年金の追加情報を書いてみる。

おばちゃんはがっかりしたことが一つ。
それは年金を円かドルのどちらで受け取るか
ドルで受け取って為替レートの良い時に円に換えていこうと思っていたのだが、日本定住を決めた場合は円受給になる。

日本国内の銀行で地上店舗がある銀行で円として受け取る。これが原則ルール。
おばちゃんはみずほにドル口座があるが、為替レートが1$1円で高いので、おじちゃんには楽天でドル口座を用意したのに(1$0.25円)日本国内ならドル口座はダメなんですって。地上店舗がないオンラインだけの銀行は円受給もダメだそうだ。
がっかりだ。

先に帰国した知り合いがドルで年金を受け取っているのである。
ただし、これは解説が必要。
夫婦は40年以上アメリカ暮らしでリタイアして年金手続きをした時もまだ在米中だった。長年使ってきた銀行は日系銀行で年金の受給も日系銀行を指定した。それから帰国した。なんとこのU銀行は日本の住所までステートメントを送ってくれるという。ホントに?!

この二人の永住権はむか~しのExpireがないグリーンカードである。銀行にはしばらく日本に滞在するけどアメリカと行き来すると説明してあって、Aナンバーは失効することなく毎年2月過ぎにTax Returnに米国に帰って申告する。入国する空港で別室で2時間は質問されるそうだがグリーンカードが失効しないのだから安いものだと思う。

日本の生活で年金を引き出すときは郵便局が一番為替レートが安い。ただしATM一回の引き出し金額は$400ドル5万円に制限されている。コロナのせいで入国制限があった時はかなり焦ったようだ。

日米を行き来しつつリタイアという場合には不可欠なものが一つある。
Wifi電話だ。アメリカのさまざまなサービスでアカウントを生かしておこうと思うとアメリカの電話番号の電話がいる。一番安いもので$10前後だ。アカウントの認証が電話に送られるからこれは必須。

おばちゃんも帰国前に一台契約しておけばよかった。何百回も後悔した。

さてめでたくアメリカの年金を毎月受給できるようになったら定期的に送られるStatus確認のnoticeは確実に返信すること!と大使館の担当に念を押された。返信がないと年金を止められるという。また、受給の銀行が合併などで名称が変わってしまうと送金が迷子になってしまうことがあるので合併がない銀行にしましょうと、これはアイ子ちゃんからの忠告だった。

元駐在員で長ければ7年の勤務。年金受給資格の10年に満たないから年金が無いと思うのは早い。日米年金協定で2国間で勤務をする人が10年の資格年数に満たずに不利益を被らないように、10年以下の勤務であっても納めた金額に応じて出る。

お向かいのおばちゃんも夫婦で7年NYだったけど毎月受け取っている。
おばちゃんのご主人は駐在の激務からか早くに亡くなってしまった。代わりにおばちゃんはご主人の年金を受け取っている。日本の遺族年金のように3割以上減額などというケチ臭いことをせず、アメリカは配偶者が亡くなってしまった時、自分の年金か配偶者の年金かどちらか額の大きいほうを選んで受給できる。

連邦年金を受給する場合は確定申告をせねばならない。
おばちゃんは帰国した次の年からず~とオンラインで確定申告をしているがTax Returnよりずっと簡単だ。リタイア後は年末調整とは無縁。払いすぎた税金を取り返すのは確定申告しかないのだから、ふるさと納税や医療費の領収書を集めておいて税金を取り返そう。確定申告だけが唯一のチャンスだ。

Notice Of Awardが届いて送金が始まるという。 NOAなんてもらったことがない。晴れがましいものいただいたことがないから早く見てみたい。

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冬支度 霜よけ

今年は変な天気だったが結局台風が来なかったのはありがたかった。
雨が少なく妙に日中日差しがでるとあったかいので、日日草、ペチュニア、虎の尾さえまだ咲いていて、それなのに冬の花:山茶花は咲いてしまった。

四方からくる落ち葉はすごいので2~3日置きに掻いていたのがキリがなくて嫌になってくる。毎年の通例だ。
更に毎年悩むのは、吹きたまった落ち葉はお花からしてみれば冬の寒さを避ける“お布団“になって、却ってはがさないほうがいいのではないか?立ち枯れた花の枝は根元から切らないほうが霜除けになっていいのではないか?

試しに今年は花が終わったガウラやキバナコスモスをそのまま放置しようと思う。一応去年卓球の長老から頂いた竹の枝をあちこちに刺していつ霜が来てもいいようにしておいた。

山に引っ越してきたとき麓の冬の畑には奇妙な枝が林立するのだ。
野菜でもない細い枯れ枝が畑の支柱に張り巡らされた紐からぶら下がっていたり、地面に刺さっていたりするのだ。
おばちゃんは一度も見たことがない光景に頭をひねっていたのだが、誰だかが霜よけじゃないか?と言った。

な~るほど。
明け方の非常に冷たい空気は地表に向かって下がってくるのだが、細竹などに触れるとその表面に霜の水分がつく。すると地表まで冷気がおりにくくなるという理屈。100%霜がつかないというわけではないが、やっぱり霜柱は地表にできるが、植物の葉が霜で焼ける(葉っぱが真っ黒になって枯れる)ことが少なくなる。
冬も葉がある宿根草にはありがたいのかもしれない。

それで去年、竹林の手入れをしていた卓球の長老に払った枝をいただいたのだ。初冬に地面に突き刺して2月に抜く。さらに地表に落ち葉をたっぷりかぶっていれば霜柱も立ちにくいかもしれない。
今年は思い切って落ち葉も放置してみようかしら。

おじちゃんに作ってもらったクレマチスの棚はなかなか立派。
元気な冬咲きクレマチスはつぼみをたくさんぶら下げた。白いベル型の花が咲く、あとひと月も後の厳冬に!庭はそろそろ冬眠に入るというのに。もちろんおばちゃんたち以外誰も満開のクレマチスを見ない。冬の間はネギを抜きに降りるくらいになってしまう。

スーパーでゆり根が割引になっていた。花屋で球根を買うより安くないか?おばちゃんはゆり根を食べるのは嫌いである。苦いから。おじちゃんはチューリップとユリの花が好き。
明日ユリを植えたら長い冬が始まる。

アメリカの年金をもらう-2

アメリカ大使館年金課の担当は有能であった。
多分英語で仕事をしても有能であろうと思われる人である。

病気などの場合は優先順位をプッシュするそうだが、申請書類がアメリカ側に回ってしまうとプッシュの効力がどのくらい効くかは不明だそうだ。やらないよりまし。

アメリカの年金も女性に関しては2重構造でちょっと解説が必要なのだが、実は“専業主婦?配偶者年金”というのがある、アメリカでも。
働いて年金を納めるわけだが働かない主婦=配偶者としての年金がある。資本主義先進国で一昔前の封建時代の名残のような機構だ。

アメリカの女性で働かず夫の配偶者として暮らす女性はほとんどいないと思われるが、年金を受給するときに自分の就労年金か“夫の就労年金の半分“かどちらか選ぶことができる。

出産や育児でどうしても女性は離職・休職・退職することがあるから年金を収める期間が減りそのハンディキャップを補うために残してある制度かもしれない。

おばちゃんはコンピューターを教えていた時期と起業しておじちゃんと自営をしていた期間があるので、就労年金と配偶者年金とどちらか好きな法の支給を選ぶことができる。摩訶不思議。

配偶者年金は配偶者の(おじちゃん)半分の額。こちらのほうがおばちゃんの就労年金より多い。日本の大使館で受け付けてアメリカのSSに送られてから実際の年金の振り込みがあるまで6か月ほどかかる可能性があるらしい。あいや~。

ところが就労期間10年にほんのちょっと満たなかったおばちゃんの就労年金は、早ければ来年から支給の可能性があるという。一旦就労年金で受給しておじちゃんの支給が始まると同時に配偶者年金に切り替えることが可能らしい。なんというフレキシブルな。
ほんとかいな。おばちゃんの頭にアリスの穴がチラチラする。アメリカの役所でそんなスムースに切り替えが行くかな?

一旦国外に住所を移した後は、その国の大使館年金課が窓口になるらしい。
何かトラブルが起こって、年金が停止されるような事態になった時に米国SS事務所に手紙を出してもどうにもならないらしい。大使館で処理することになるので何かの事態が起こった時のために身近の親近者に年金情報のコピーを渡しておいてくれと言われた。

おばちゃんたちはオンラインのMySSのアカウントを作ってあるのだが、担当者によると住所と電話番号が米国以外になったときに、日本からのアクセスが不能になる可能性が高いといわれた。DMV局はVPNソフトをかませせるとログインできるので、MySSもログインが可能かもしれないが、おじちゃんのアカウントはパスワードを忘れてロックされてしまっている。今更ロックを解除したところで意味はないので何かあれば大使館窓口に言ってくれと。

Medicareは申請資格があるそうだが、米国外でのサービスをカバーされないので無辞退する。グリーンカードは帰国2年後にExpireした。
Visa Weaverで入国すればいいので今後は米国に住むことはもうありませんと言った。これでAナンバーも失効するのだろう。

ああ、なんだかアメリカと繋がっていたドアがどんどん閉められていくようだ。

ただ、目標は明確になった。
目標!6か月後には配偶者年金を受け取る!

おばちゃんはコケにされた時など怒りで一番元気が湧いてくるタチである。
年金局がコケにしてくるわけではないが、コロナでめちゃくちゃになったお役所仕事が長引けば、おばちゃんは受給する前に死んでしまうかもしれん。それは腹が立つ!
6か月後だろうがとにかく受給するまで頑張る。もらわずに死ねるか。

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やっとソーシャル・セキュリティが申請できる。
おじちゃんが今年満年齢に達したのだ。手続きに何か月かかるかわからない。英語の情報を探ると平均して2か月半かかると書いてあった。

そこで問題である。
2か月半かかるなら、満年齢の2か月半前に申請をしたらよいのか、。あるいは満年齢を過ぎてから申請すると待期期間の2か月半分の年金額はどこへいくのか?(後に分かったが申請日から支給までまとめてくれる)
満年齢より前に申請すると20%の減額になる。そんなことをされてはたまらない。

念のため満年齢をすぎてから今年の夏に地元の年金事務所に出向いた。
米国の年金手続きは、日本の年金局を通してアメリカ大使館年金課へ申請をするのである。
日米年金協定を結んでいるので、双方で取りこぼしがないようにしているのかもしれないが、おばちゃんはそれほどウブではないので日本の税務署が米国年金収入をがっちり把握するためだと思っている。

8月に地元の年金事務所のおっさんは、現在、大使館から連絡が来る待期期間がどのくらいかわからないと再三言う。大使館からいつ電話インタビューが行くかわかりません。2か月か3か月かかるかまったくわかりません。それはそうかもしれない。

去年はコロナ蔓延するなか北米行きの郵便事業がめちゃくちゃになっていて普通郵便が4か月、EMSが3か月かかってカリフォルニアに届いた。米国から日本へ届くのは普通より少し遅いくらいだったのだが。アメリカ国内で業務が滞っていたのだ。

日本側の米国大使館側の処理は普通でも、アメリカのソーシャル・セキュリティ・オフィスの業務がどの程度混乱しているかまったく予測がつかない。

帰国する前に民間の年金手続き代行会社があるのは確認していた。
日本の会計事務所だかがローカルのフリーマガジンに広告を出していて、「日本の年金を料金無料で調べます。帰国後に日本から米国年金を申請するときに代行いたします。最初に米国年金を受給するときに代行手数料を支払っていただきます」という代行会社だった。年金の追跡だけをやってもらった。

帰国してみれば年金事務所で年金の追跡は詳細にできて代行会社が把握していない記録も出てきた。年金申請の料金も必要ないので地元の年金事務所を通して申請をしたのだった。もしかして、民間の代行業者は別のSSアクセスルートを持っているのだろうか?

9月に入っても家の電話の履歴には知らない番号はなく10月も何もなく過ぎてしまった。
実をいうとおばちゃんの満年齢は再来年なのだ。前倒しで申請すれば20%減額されるのは承知の上でおじちゃんと一緒に申請した。胆のうがんステージ2、5年生存率27%~60%だからさ。
取りはぐれてたまるかっていうの。

11月に入っても米大使館からは音沙汰がないの。
先に帰国していたK子ちゃんに聞いてみることにした。K子ちゃんはたしか2年前に66歳の誕生日祝いの動画を挙げていたから。

K子ちゃん、
え~?どのくらい待ったってか?忘れたころに電話が来たよ。
忘れた頃?っ~と6か月か7か月ってことかな。
そんなところかもしれない。

それは大変だ!あと4か月以上待たされてインタビューが来てさらに振り込みが数か月かかるとすると、おばちゃんの一番悪いガン予後シナリオなら死んじまっているかもしれない。
それは嫌だ。死ぬより嫌だ。リセッションでもその後の修羅場でもソーシャル・セキュリティを払ってきたのはもらうためである。アメリカ・ガバメントに寄付をするためではない。取りかえさないでいくか。

相手は年金局である。
大使館年金課の電話番号は確かに載っているが、電話で申請ステータスを聞いて“せかして”も“順番ですから“と言われるのがオチじゃないか。お急ぎでっか?ほなやりましょか?って誰がいうかいな。

米国大使館の年金局で働いているのは誰だろうか。申請書を日本語が併記してあったから書類の受付処理はまず日本人だろう。責任者はアメリカ人だろう。それなら手紙にしよう。
日本人が読んでそのままアメリカ人上司に渡されれば、国外で働くアメリカ人の“つぼ”にはまるかもしれない。

英語と日本語で手紙を書いた。
8月X日に米国年金を申請しましたが3か月も全く連絡がありません。(よくある手紙の出だしな)
私は妻ですが4月に胆のうがんと診断されました。予後の悪いがんです。黄疸が出てやしないかと毎朝目をチェックしております。主人は事務処理が苦手なので私が事務処理をしていますが、さらに何か月か受給手続きが伸びると、私は書類の記入ができるかどうかおぼつかなくなるかもしれません。主人を年金なしで残していくわけにいきません。お願いです。早く受付をしてください。で、診断書のコピーを付けた。

手紙を送って5日で大使館から電話が来た。
手紙は書いてみるもんである。おばちゃん、嘘は1ミリも書いてない。嘘やおまへ~ん。

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経過観察6か月目

10月の初旬に突然食欲のスイッチが切れてしまってからひと月。
吐き気と喉の違和感は逆流性食道炎からくるものが多かったみたいで、ガスター10をひと箱のんだらずいぶん吐き気が軽くなった。食欲の回復はいまいちである。犬でも猫でも食べなくなったらなんかおかしいのだ。

美食の国のおいしいものだらけなのに、肉類や油ものにはいまいち食指が動かない。コンビニのちっちゃなスイーツと梨があると嬉しい。体重は少し落ちた。脂肪率は3%落ちた。体重がさほど変わらず体脂肪率が落ちるということは、筋肉がなくなったか水分が増えたか。


どうも今の体重にしては顔と足にむくみがあるような気がする。60年以上もこの体と付き合っていればこの体重なら頬っぺたと足はこのくらいの細さであるべき基準があるからね。

右わき腹の違和感はずっとある。鈍い痛みは胆のうがあった場所に陣取ってまれに背中も痛むことがある。食前と食後でも痛みの方向や強さは変わらない。

一言でいえば正常ではない。何がどうなっているのか一番やばそうなシナリオから考えてみる
食事の有無でも痛みが変わらないということは、Oddi括約筋の異常とは考えにくく胆管自体に何か異常があるのかしら。例えば胆管に変な癒着があるとか、あるいは胆管が詰まりかけているとすると他にどんな症状が出るか考えてみる。

胆汁の通りが悪くなるわけだから便の色が薄くなる。眼球の白い部分が黄色みがかる。要は黄疸だね。ここのところ毎朝、トイレで観察を続けてきたが、ブツの色はかなり薄い。フラグを立ててもいいくらいの黄色。

眼球は生まれたての赤子でもあるまいし、冴え冴えと白!ではなくて初老のオフホワイトである。

黒褐色の尿がでるかどうか。
胆汁に含まれるビルビリンが胆管を通らず血液中に流れると黒褐色の尿になる。

おばちゃんは胆のうを切る数か月前の明け方、トイレに行って小用を足しフラッシュするときに何げなく見ると便器が黒かったのでぎょっとした。ほとんど寝ぼけていたので何かの感違いだろうと2度寝してすっかり忘れていた。人体からあんな黒い液体が出るわけがない。おじちゃんが先に使ってきっと流すのを忘れたのだろう、と。

胆石症と診断されて主治医から黒褐色の尿が出ませんでしたかと聞かれて、その時に初めて思い出した。あの場合は小さな胆石が動いて胆管をふさいだためビルビリンが尿にでて黒色になったのだ。

さて現在にもどると、胆石も胆のうもすでに切除したので、もし尿が黒色になるようなことがあれば胆管が詰まっているのである。何で詰まっているかが問題。

熱は出るか
胆管が詰まると十二指腸から逆流することがあり細菌感染から熱が出る。胆管炎。38度以上の熱らしい。夕べ電気毛布の温度が熱すぎたせいで、上布団を蹴っ飛ばして寝ていたという。だからちょっと今朝は熱っぽい。ささやかな微熱。胆管炎ではないな。

さぁて、どうしたもんかなと思う。
食欲のなさと朝に出すものの「色」を考えると病院にGo!なのだが、あと3週間でCTの予約が入っている。3週間待てば、症状がもっとはっきりするだろうからCTだってはっきり映るかもしれない。3ミリより小さければ見落とすかもしれないし。

どうすっかなぁ?
予約を2週間前倒しに変更すると言ったらおじちゃんはどう感じるだろう。言うのも憂鬱だ。
3週間後のCTまでの期間は要観察期間中でおじちゃんを脅かすのは何もなく平和な時間なのだ。前倒しにしておじちゃんがまた丸まって寝るばっかりになったらどうしよう。

どうすっかな?
明日はアメリカ大使館からソーシャル・セキュリティの申請受付の電話インタビューが来る予定である。日本に帰国した時から米国年金手続きをすることが日本に定住する一つの目標だったのだ。これさえすませばおばちゃんの肩の大きな荷が下りる。

明日手続きを済ませてから病院予約の変更はまた考えよう。

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