アメリカ製家電

アメリカに赴任して家具と家電は会社が用意してくれていた。Kenmoreとの遭遇である。
冷蔵庫
Sears製ブランドKenmor冷蔵庫は何というか一言でいえば「冷蔵する箱」であった。
こざかしい機能は何一つついていない。チルド室何それ?卵用ラック?なし。箱ただの箱。

一番下には24本入りバドワイザー段ボールがすっぽり横でも縦でも入り、ガロンのミルクボトルがドアラックに2本入る。3度の引っ越しについてきて在米中一度も壊れなかった。今でもきっとどこかで動いているのではないか。

2度目の引っ越しの時に発見してびっくりしたことがあった。
引っ越し屋さんに運んでもらって新しいアパートのキッチンに仮置きしてもらったときに、後ろ向きに置かれていた冷蔵庫の裏板は妙に波打っていた。

不思議に思って近づいてしみじみ観察してみると、板だと思っていたパネルは紙だった、段ボールを押し固めたような厚紙。それが何年か経って劣化して、ゆがんできたわけ。それでも破れているわけでもヒビが入っているわけでもなかった。冷蔵庫の裏なんて誰も見ないから材質が何であろうと気にしないから。

厚紙の裏板には不安になって、もしこの冷蔵庫が壊れたら同じものを買い替えるのにいくらかかるか?とシアーズに行って同じようなモデルを調べたら600ドルだった。キリでもなくピンでもない普及品としてのモデル。

細やかな機能も細やかな仕切りも全くついていなかったが、質実剛健で冷蔵する箱として壊れることもなかったしアメリカの食生活を支える箱としてとにかく不自由が全くなかった。壊れればもう少し機能がある新モデルに変えてもいいのだがとにかく壊れなかった。

日本のテレビ番組やCMは見られたから日本の最新冷蔵庫の情報も知ることができた。
日本の冷蔵庫はいろいろついているらしかった。でもKenmoreで困ることがなかったのよ。

ライフスタイルが違うからだろうか。買ってきたものを痛まないように保存して、残ったものを保存して。バドワイザーを1ケース買ってすっぽり入るのに毎回よくできてるわぁ、と感心したものだ。

日本に帰ってきてさて家電はどうすると考えたとき、質実で十分と思った。別に親切で繊細な機能はいらないのよ。おばちゃん、アメリカ化してがさつになちゃった?

お刺身なんてその日に食べるし。野菜室も普通の箱で十分。それでいまでも困ってないし。今うちで動いている冷蔵庫は中古で7000円だった。七万ではない七千。全然役に立ってる。

掃除機
アメリカの掃除機は、うるさい、重い、コードが絡む。
ダイソンが出てくるまでは基本1960年代のアメリカ映画に出てくるフーバーからあまり進化していなかったと思う。

ヘッドにブラシはついているが見てくれだけで回転はしないし、曲がらないヘッドと柄は重たいし、本体も重くて持って階段を上がると思うとうんざりする使い勝手の悪さ。
そのうえ音がうるさい。クローゼットを開けただけで猫が飛んで逃げるほどうるさい。

コードは巻取り式ではないので、使うときはまず本体にぐるぐる巻いてあるコードをほどき、柄に沿わして手元まで引き伸ばし、それからよっこらせと肩にかける。そうしないと長くて重いケーブルが掃除機の車輪に絡んで取り回しが厄介になるから。
いいとこなし。

ただし、カーペットクリーナーだけは他に置き換えができない役に立つ家電だった。
乾燥したカリフォルニアではオールシーズン使えたが、中西部から東海岸ではどうだったか知らない。

カーペットとは汚れるものだ。玄関からリビングからキッチンからベッドルームへの動線はけもの道のように、毛足が寝て薄汚れてくる。3ケ月に一回くらいシャンプーするといい。

カーペットのクリーニングをするには専門業者のサービスを雇うか、それともカーペットクリーナーを買って自分でやるか。業者の2回分の費用でクリーナーが買える300ドル前後。

まず水が入るタンクが掃除機のヘッドに乗っている。
電源を入れると水もあったまり、クリーナーの持ち柄のレバーを引くと、掃除機のヘッドからカーペット洗浄液が噴霧される。で、ヘッドから水流がでてブラシが回転してカーペットをシャンプーし、バキューム機能で吸い取られて水タンクに戻る。タンクの中の水はみるみる濁り、カーペットの汚れを吸い取っていくのがわかる。

むろんシャンプーして洗ったカーペットは濡れているが、カリフォルニアなら朝洗って、夜にはそこそこ乾いている。カーペットの色が一段明るくなる。

帰国する時に上げてしまったが、日本ではちっちゃいシミ取りスポット・クリーナーしかないと知って、しまったぁと思う。

洗濯機
これはいろいろ言いたい。
自宅にはKenmoreの洗濯機・乾燥機がついてたが、これも壊れなかった。

Kenmoreの洗濯機と乾燥機は先代のオーナーから家ごと買い取ったもんで、それまで動いていたのをいれると20年故障なしで動いていたと思う。日本の業者さんが大手の洗濯機でも部品保障は10年。10年後に部品が壊れたらもう洗濯機を買い替えるしかないんだって。どうしてそんなに壊れやすいの?


アメリカの水は硬質で洗剤が溶けにくいから、洗濯機はボイラーから配給したお湯で洗うことができた。お湯を選んで洗剤と漂白剤を入れてゴンゴン回すだけ。汚れ?落ちるよ。取り出して、乾燥機に入れる。50分回せばデニムでも毛布でも乾く。

日本の東芝ドラム式ザブ~ンはもうきめ細やか。何を洗いますか・おしゃれ着ですかニットですか?何回すすぎますか?あんまり細かすぎて面倒くさい。

Kenmoreは16年間繊維くずをとった記憶がない。東芝君はフロアマットを洗ったら、排水フィルターに繊維が詰まって排水がうまくいかなくなり、おばちゃんは混乱して3回も洗濯サイクルを繰り返して脱水ができなくてパニックになった。

結局排水フィルターが細かすぎてマットの繊維が詰まって排水ができなくなってたよ。ポカポカ赤い警告ランプがつきっぱなしでどうしていいかマニュアルを調べ、機体下についている排水フィルターを開けたとたんに床に水があふれた。とっても洗濯機が繊細。2回やった。

乾燥機は、デリケート、ニット、毛布などのいろんな区別があって、1時間半乾燥機を回しても毛布は乾かない。シーツは標準乾燥で縮むだけ縮んだので布団にかけようとしたらどんぶりにラップをかけた状態になった。嘘やおまへん。

何年もアメリカで使ったコットンシーツが、ざぶ~んの標準乾燥で縮んでしまったのだ。

ツイン用の敷シーツが、軒並み太鼓に張った皮みたいに敷き布団がそっくり返って使えなくなってきたので、ニトリに行って新しいシーツを買った。シーツのサイズは式布団210センチにぴったりのサイズを買った。

この敷き布団マットというのはニトリでベッドを買ったとき、お客様は背が高いですから敷き布団は210センチにしたらどうですか?と言われてうっかり買ってしまったマットである。

ベッド自体が200センチなのにマットだけ210センチを買うことがおかしいのだが、とにかく買ってしまって配達されたときにありゃ?と思ったのだが、アメリカ製のツイン用の敷きシーツはフィットしたのだ。最初は。

んで、洗濯乾燥をするたびにすべてのシーツが縮んで、敷き布団にシーツをかけようとすると、ついに太鼓に皮を張った皮状態になってしまった。

おばちゃんはむかついた。
東芝製のざぶ~んに腹を立て、210センチの敷き布団に腹を立て、一体どう始末をつけたらよいか?新しいシーツを買っても乾燥のたびに縮むのである。
大き目のシーツを買うか?いやである。横幅はぶかぶかになるから。

では、マットを買い替えるか?ごみ捨ては日本では大仕事である。買って2年しかたたないの200センチに2人分買い替えるのも面倒で出費に腹が立つ。いまさらながら、なぜ210センチだったのだ。それでおばちゃんは決意した。

マットを切ったのである。
マットの下端をカミソリで切り開いて、中のワタを10センチ分切って捨てマットの皮だけは余るから内に袋縫いで縫い込んだ。問題解決。ベッドにも合うサイズになってむろん縮んだシーツもフィットするようになった。

あ~、やれやれ。機械が繊細で融通が利かず華奢なのは困るわぁ。
ニットだとか毛布だとかいろんな設定があるくせに一番耐久性があるコットンが縮む。設定らしい設定もないKenmoreの乾燥機が50分で乾いて縮みもしないのに。

昔から思っていたのだけど、日本製の家電というのはいらんものがありすぎる。
無駄な機能を排除してほしい。シンプルで頑丈で十分。

これぞ中心パーツというのを標準化すれば30年経っても部品は共通ってできるでしょう?消費者が本当に欲しいものを作ってほしい。壊れにくい自動車を作れる日本人が30年もつ洗濯機を作れないはずがない。


日本語は徒然草

帰国してびっくりしたのは日本ではいまだに「日本語は習得するのに非常に難しい言語」定説がはびこっていること。


読みと書きに関してはカナ・カタカナ・漢字が入り混じっていて取得するには確かに大きな壁かもしれない。しかし日本語を「聞く・話す」に関しては世界一難しい言語とは言いかねる。

嘘だと思ったら、アメリカの日本ビジネスを訪ねてみるといい。
裏方でメキシコ人が働いているだろうから、彼らの話す日本を聞けば日本生まれと聞き間違うほど完璧だ。

スペイン語の母音は「a」「e」「i」「o」「u」日本語の母音は「あ」「い」「う」「え」「お」母音がほとんど同じなので、メキシカンが「おはようごぜま~す」と出勤してくるのに言葉の違和感は全くない。
同時に日本人がスペイン語をカタカナ発音をするとスペイン語の達人に聞こえる。嘘やおまへん。

おじちゃんの会社のメキシカンなんて先代から務めているのもいたから本当に日本語がうまかった。おじちゃんを送って行って、風邪気味なのよねぇと咳をすれば後ろから「お大事に~」って言葉が返ってきたから。
だから、聞く話すに関しては日本語はとんでも難しい言語ではないのよね。

でも、なぜか日本の人は日本語は世界一取得に難しい言語なんだと、幾分誇らしげに言うわけ。掲示板とか新聞雑誌とか、どっかから資料を探してきて載せて、やっぱりこんなに日本語は難しいんだとやる。自分はしゃべってるのにさ。

そういう難しい言語を苦も無く話している自分が誇らしいのか?ーわからない。
日本語が世界一難しい言語なら、より優しい英語は学びやすいわけで、それなのに日本人が英語を簡単に話せないのはどうしたわけか?


漢字かな交じり文章が特に難しくて海外民族に読んでもらえない、というのはメリットにならないのに。

コリアンは言語については自分たちが発明したと誇らしげに言う。
で、もっとも固着している思想は“誰が文化の始祖か”
彼らの論理とは、手づかみでものを食べる蛮族の間で最初にを発明し文明化されたのが我ら韓民族。

その箸文化をまねしたのが日本民族。だから、文明文化の先輩である韓民族は日本人より上、偉い。今現在の韓国の経済・社会の状況がどうであれ世界で最初に発明した(文明化された)我々に尊敬を払え。我々が兄。という論法論理。
そんな論理は現世界でどうでもいいのだが、彼らだけは理解していない。

韓民族にとっては、我々が始祖・論理で始まる。フードコートで隣になったコリアンのおっさんから「トンカス」は韓国人が最初に発明したのだと、食事をしている間中つばをとばして力説されたから。「トンカツ」とまず発音できないのを自覚していただきたい。

この文明始祖思想は昔から韓国に“がん”としてはびこっているようで、近年イタリアの“ピザ”は韓国人が発明した。ラテン語の起源は韓国語などとぶち上げて、世界中の失笑をかったのだが、ただの自己自賛、自己中心論理である自覚もなければ反省もしていない。民族を挙げての思い込みというのはどうしても変えられないようだ。

日本人にとっての固着の思想は、外国人にとっては取得不可能なほど難しい日本語、となるのだが。
本当に言語として難しいのか?というより「何を言っているのかわからない」から理解が不能のほうが多いのではないかと思っている。

まず、主語が略される。論理的でない。2文3文を一つの文にくっつけるから、主語と述語が揺らぐ。形容詞がどこにかかっているのかわからない。やたら受動態を使う。公文書にも敬語を使う。

ちょっと脱線するが、--帰国してびっくりしたのは「させていただく」
自分という第一人称主語を使うと、それほど日本では攻撃されるのであろうか?私はこうします。と言わずに私はこうさせていただきます。2段も3段もへりくだって地べたに土下座して物を言う感じ。

なぜ、それほど自信がないしゃべり方をせねばならないのか。こんな語法はいつから始まったのか?日本社会が自立した個人を嫌い、自ら身を潜めなければならないほど攻撃的な世の中になったのか?おばちゃんはいや~な危機感を覚える。

そういう地べたに這いつくばった言語を話す人間が、世界の外交や政治の世界で論理的に自国の利益を主張できるのか? ここ30年で日本がへりくだり外交になったのは、見苦しいほど日常にはびこっている「へりくだり日本語」も一役買っているのではないか?

論理的でない
ワクチン接種のために「問診表」に記入しようとした困ってしまった。
●現在病気で、治療や投薬を受けていますか?Yes, No

おばちゃんにとって、この日本語文書はナンセンスだ。原文に「、」がある。要素が2つあり、どちらが重要かで意味もゆらぐ。
現在病気か と 治療投薬を受けているか というのは2つの異なった質問である。それをなぜ1文にせねばならないか?

おばちゃんの胆石は大きいものはカルシュウム化していて薬では金輪際溶けない。病気だが薬も飲んでないし治療もしてない。痛風持ちのお人や偏頭痛、群発性頭痛とか病気はあるが投薬していない病気症状は世にたくさんある。


だからこの質問は2問に分けるべき設問である。1)病気はあるか2)あるならなら病名と治療内容を書け。

●アナフラキシーとか蕁麻疹がでたようなアレルギーはありますか?
この文も同じ。アレルギーがあるか、蕁麻疹アナフィラキシーが起きたことがあるか?2つの質問。

質問者が「重篤なアレルギーがあるかどうか」だけを知りたいなら、「過去にアナフィラキシーか蕁麻疹を起こしたことがありますか、Yesなら原因のアレルゲンを書け」とすればよいのに。が、重篤だけでは本来の問診表としては不足だ。やはり、アレルギーはあるか、重篤はあるかと2つにわけないと正確ではない。

アメリカでさんざん問診を書かされたが、常にアレルギーはリストを書く方式だった。
もっとも論理的に正確で回答者が誤解できないように設計されていたのは生命保険の申請書だった。
Do you currently have, or have you been diagnosed with, or treated for, any of the following conditions?
YES. NO

こんな質問なら誤解も嘘つけないし。

で、おばちゃんは役場からのお知らせとか政府のパンフレットを読みながら、うわぁ~と日本語がわからなくてペンを握り占めるわけだ。日本語は難しい。

主語がないとか、論理的でないというのは言語的な膠着語という構造もあって今に始まったことではないが、さかのぼれば原因は「つれづれ草」とかにあるのではないか?とふと思った。

徒然なるままに日暮ぐらし、硯に向かいて心にうつりゆくよしなし事をそこはかとなく
書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

おばちゃんは、日本語を全否定するわけではない。日本文学は大好きだ。つれづれ草のリズムの良さの美しさは十分味わえるのだが、、
問題は”凡人”が「よしなし事」を「そこはかとなく」書きつくると主語がぼけて、何が言いたいのかわかんなくなってしまうのだ。

徒然草から1000年もずるずると思ったことを脈歴もなくかきつくる随筆というジャンルが成立したのだ。だからずるずる書けば、とりあえず随筆です、と言う。

小学校から高校まで作文・小論文でも「思ったこと=よしなし事」を起承転結なしに「そこはかとなく」書いてしまっても、先生本人たちも、ものぐるほしけるから、それでよしとなってきた伝統があるのだ、きっと。

だから、役所ではいまだにさっと読んで理解できる明快な日本語文章が書けず、おばちゃんはものぐるほしけるのだ。

この間、おばちゃんがファンの西原理恵子を読んでいて大笑いした。
高校生の息子さんが古文のわけのわからなさを西原の母に訴えるのだが、
「今どきの女子の会話だって何言ってんのかさっぱりわかんないのに、千年前の牛車に乗ったニートの腐女子の妄想文だよ?それのシク活用だよ。もう全く歯が立たない。犬と話すほうがまだマシ」


引退後の海外移住

Yahooで「リタイア後にマレーシアに移住した老夫婦の悲劇」なんて記事が載っていた。
もし、コロナの禍がなかったら移住(死ぬまで永住計画)は成功していたのだろうか?とおばちゃんは自問するが、どうだろ、。どちらかが病気になった/亡くなった時に日本に帰国したんじゃないかと思う。

おばちゃんたちより数年前に日本に帰国していた古い友達は、マレーシア移住計画団?に携わっていて、おばちゃんもマレーシアに行かない?って誘われましたわ。
いやぁ、帰ってきたばっかりだし。マレーシアは知らないし。

海外移住の仕方は知っている。
もし、会社勤めで今度はマレーシア、これが最後だから3年お願いって言われたら。3年は暮らすかも。10年は困る。10年後だと、日本に落ち着き場所を作るのが遅くなるから。

実際、このマレーシア移住推進団体ってどうなのよ、。とちょっと調べてみたら、いくつかあって、マレーシア政府も肩入れしている本気の移住の場合は、参加年齢の上限があった。

若い日本人に来てもらって、マレーシアを開発してもらって子供もマレーシアの子として育ってもらって、と自国を別の国の人に開発してもらおうという意図が見えた。ふ~ん。
これは本気の移住なんで、老後にヤシの木陰で昼寝がしたい人向きではない。

別な移住計画では、これはリタイアの人用だと思うけれど、永住権を与える条件として現地通貨での預金を要求してくるのね。現地通貨で最低限500万日本円を預金してもらうとか、その他資産額だとか、年金額がいくらだとか申請条件がある。

移住計画では、現地の生活費は日本に比べてどのくらい安いかとか、お手伝いさんを雇えるとか、日本のお医者さんもおりますとか、いろいろ夢をあおってくるのね。ヤシの木陰で昼寝の夢を見ましょうってわけね。

例えば現役時代に2か国くらい駐在経験がある夫妻が、10年くらいの期間限定でマレーシアとかシンガポールとかフィリピンに暮らすのはありかなと思う。

でも70代以降には体のメンテがいろいろ必要になるし、日本人の医者がいますから、って信じちゃいけない。
アメリカでさえ、日本人の医者はいたけど、心臓外科、脳外科って全科目いるわけでなし。いざややこしい病気になったら、日本に帰って入院するかって、よくあることだからね。マレーシアの現地の病院にどれだけ医療器具がそろっているかもあてにならない。

そういう外地事情を知らない人、海外生活をしたことがない日本人で、それも70代夫妻がいきなりマレーシアに移住しちゃった!って、無謀だと思う。

おばちゃんなら、500万円を現地通貨で銀行に入金!ってとこで、まずレッド・フラグだと思う。

リンギット!?なにそれ、強いの?美味しいの?
絶~対いや。ドル口座ならまし。億単位の資産を持っている人なら、はした金だろうけど、リンギットの預金を言い張るならこの話はなしね。

でも、この老夫婦の場合は、それが永住権の要件だから預金してしまうのね。手持ちの資金でアパートだかを買って、運用しようとした。ところが、コロナでマレーシア経済もあえなく沈んで物件は売ろうにも売れないし、リンギットも大暴落。奥さんは日本に帰国して、70代で離婚だって。

70代に永住・移住を進めてしまうって犯罪でしょう?乗っちゃったほうもヤシの木に憧れすぎ。
その国に子供もいなくて、夫婦二人だけの場合、どちらかが病気したとき、あるいは亡くなったとき、外地で暮らすのは無理があるよ。初めての外国で。


資産を手放しちゃだめだよね。日本の家は貸して、10年のロングステイで昼寝を楽しむだけで十分だったのにね。


町のイタリアンと味のクオーテーション

日本の地方都市で切実に求められるのは、ハンバーグが出てこないイタリアンと昭和でないパン屋さん。
山の上のレストランのスパゲッティは普通だったので、町のイタリアン・レストランも普通だと思った。三色の国旗が掲げてあれば、イタリアンだと思うよね。

田舎のレストランは女子会かママ会が多いのか、スパゲッティがあって、ハンバーグランチがあってオムライスが出てくるのである。

いつ見ても駐車場がいっぱいなイタリアン・レストランでスパゲッティを頼んだら、
「アルデンテなんで、早く食べてくださいね、伸びるから。」と言われて驚いた。蕎麦屋じゃあるまいし。

食べると芯があったのである、ポキポキと。
固い。モソモソする。生まれて初めて、ポキポキする芯があるスパゲッティを食べた。

さらに驚いたことには、ほんとに時間がたつと伸びるのである。芯があったくせに腰がなくなってクタとなる。

目を丸くして芯があるよ、伸びるよ。
おじちゃんは私がパスタをオーダーすると凄く嫌な顔をする。パスタのゆで加減について文句を言うので、また始まったかと。

しかし、このスパゲッティは問題外。
Laguna BeachのArt Festivalの最中のビーチのレストランで、カッペリーニを頼んだら、真っ二つに麺をへし折ってゆでられてそれもフナフナでくっつきあった麺が出てきて、殺意が沸いて以来。

何か非常な誤解があるのである。この日本の地方の町では。
多分「アルデンテ」という単語がキーだと思う。

都会の人が集まる料理の激戦区から遠く外れたこの町では、アルデンテという言葉が料理の教科書とは別に独自に独り歩きしたに違いない。

麺の中心に糸一本を残して茹で上げて「アルデンテ」で、ソースと絡めて麺に完全に火が入る、デュラエモリナなら。

ところが、このスパゲッティはお客のテーブルの上でアルデンテなのだ。じゃあ、キッチンでゆで上げたときはマッチ棒くらい生があったのか、。それはちょっと、いや大分違うだろう。

麺のクオリティも相当低い。スーパーで売っているあの赤い包装のマ〇ー、純粋日本製の小麦粉スパゲッティだと思う。

青い包装のディラセモリナ粉でできたパスタなら、ここまで身を持ち崩してフナフナになるはずがない。

だけど、アメリカのレストランではフナフナ麺が出てきたではないか?
そのとおりである。あれは、バイトをしている女の子に理由を聞いた。

営業時間が始まる前に一遍ゆでておくのだそうだ。それでオーダーが入ったらもう一度茹でる。アメリカ人はアルデンテなんて気にもかけずフナフナで十分だから。ちゃんとしたイタリアンは最初からキチンとゆでる。

あまりにもショッキングな経験だったので、あちこちの3色の旗が出てるお店に行ってみたが3回に2回ポキポキのマ〇ーが出てくるので絶望した。どうしてサ〇ゼリアにできて、町のイタリアンにできないのだろう?

話は、脱線するが
おばちゃんがサイゼリアをほめるのは、これ以上原材料を落としたらみすぼらしくなるお料理を、ギリギリ手前で踏みとどまって、
最大公約数の満足をさせる味付けへ変身するサーカスみたいな芸が成功しているから。
サイゼリアが作り上げたこのビジネス・モデルがすごいと思っている。

値段が今の2倍なら奇跡のサーカスではなく、やる気のないただのファミレス。アメリカに持ってきても、人件費材料費など諸費用の点で絶対に日本と同じにできないので、今のところ日本だけで咲いている世界で一つの花?

味と値段のクオーテーションがある。
クオーテーションが正しければ、客は満足する。えっ?そんなものがあるの? うん、おばちゃんが今作った。

例えば普段に食べるS店のペペロンチーノがワンコイン500円とする。
有名シェフが厳選したイタリア直輸入のスパゲッティとオリーブオイル+日本の最高級のニンニクを取り寄せて、腕によりをかけて作ったA店のペペロンチーノ2500円とする。

A店2500円はS店の500円の5倍だ。味も純粋に5倍おいしいかというと、5倍にならない。
一流店でも2.5倍くらいではないか。これが5倍なら本当にすごい。おばちゃんは、常連さんになる。

ところが実際の味の倍数はせいぜい2~3倍。これはおかしくないか?
値段の半分は純粋に味を構成する素材以外の付加価値から成り立っている。

シックな店の雰囲気・内装、こぎれいなウエイター、広告費、シェフの生活費に付加価値分が回されるから。

おばちゃんは、お正月の番組の「格付けチェック」を見るのは2回目だったけど、あれを見れば人間の「舌」なんて店の雰囲気とメニューの能書きで何とでもなるとよくわかる。

このクオーテーションの倍率が正確であれば、人の満足は大きくなる。
人が普段行くS店のメニューPを基準にして、別の店の味が2倍増しで、値段も2倍に近ければかなり上出来。

今日は付加価値(ゆったりした雰囲気)にお金を払いたいと思えば、C店。
クオーテーションは技術サービスのビジネスでも使えるから、基準の店を決めれば、エステやネイルサロンに自分が一体何にお金を払っているのか、本体の技術か付加価値か?一遍見直してみると賢い消費者になれるのではないか。

サ〇ゼリアに戻ると、何の能書きもない当たり前の素材で当たり前のシェフが料理して、7割の客に8割の満足を与える芸がすごいのだ。おばちゃんは料理をほめていない、芸をほめている。

ここは地方都市だけど、美味の国、日本に帰国してきたのだ。ハンバーグが出てこなくてキッチンでアルデンテのスパゲッティが食べられるイタリアン・レストランがどこかにあるに違いない。おじちゃんと捜索中である。

カラムとは俺のことかとカラム言い

インドおばちゃん

お向かいの中野のおばちゃんとは、妙に馬が合っておばちゃんが中野に帰った後も、電話で長話をする。最初は、庭の垣根の向こうからお隣のおばちゃんが、こんにちはと声をかけてきた。

おばちゃんもこんにちわ、初めまして~。と言うと
中野のおばちゃんが、「どちらからいらしたの?」と聞くので、
「アメリカです」
「まあ、アメリカのどちら?」
「カリフォルニアです」
「カリフォルニアのどちら?」
「南ですLAとサンディエゴの間」
「そう?うちはニューヨークだったの。7年。姉がサンフランシスコ」

山のあいさつは、どちらからいらっしゃいました?なのだ。住人のたぶん9割は他県からの移住者である。

おしゃべりをするうちに、中野のおばちゃんは、現上皇后陛下が卒業なさった学校の出身だということ。クラスメートは、ちょうどその時代、上皇のお相手の年代の子女だったので当局からお声がかかりそうな人は卒業もやめて慌てて結婚したのよ。と言っていた。

仲のよい友達の一人は静かで控えめな人で、インドの貿易商と結婚したのだという。その親友が60年の時を経て、近くに引っ越してきた。

ご主人が現役の時代は、フィリピンやインドで暮らし、リタイアした後九州に住んでいたが、ご主人が先日亡くなって一人で広い家に住むのもむなしく、中野のおばちゃんの別荘にしばらく滞在していた。

一人娘はでっかいワンコたちと箱根の邸宅に住んでいるので、近場のこの山を気に入ってしまい、でも庭なんかいらないから、もっと暖ったかい便利な熱海に物件を買っておいて、。と中野のおばちゃんに買い物を頼んで自分は九州の家に帰った。

インドおばさん、お庭がお好きなんですか?
「この前うちにいた時は、あなたよくそんな汚い土に触れるわね?って言ってたわよ。九州やインドの館に庭があったけど、人にやらせていただけよ。虫なんか出てきてよく我慢できるわね、気持ち悪いですって」
あ~ら、まあ

それでも中野のおばちゃんは張り切って 物件を探しては写真を送るのだが、狭いとか、収納がないとか贅沢をいう。

「んまー、私も娘からわがままって言われますけど、彼女はお気に入りの家具が全部入る物件じゃないと嫌とか、看護婦のためにベッドルームがもう一つ欲しいとか、ホントに好き放題言うのよ。学生時代は控えめな人だったのに、結婚してからそりゃ変わったの。」

「静かな人だったに、んま~よくしゃべるわよ。そりゃ、インド人のご主人も人をもてなすのがうまくて、ずっとしゃべりっぱなしで愉快な人でしたけどね、。そのご主人そっくり。ホント言うとね、時々うるさい」

あ~、インド人のおしゃべりね。わかります。ほっとけば機関銃みたいにしゃべってますもんね。口を挟まなければずーっと相手の好きなように持ってかれますもん。自分の言いたいことやりたいことがあれば、対抗してしゃべらないと。
長年夫婦だったから、そりゃおしゃべりになりますわ。

「ほーんと、もうインド人になっちゃって、ご主人みたいにインドは世界で一番素晴らしい国だとか、インドのここが素晴らしいとか、彼女もインド人なんだから」


中野のおばちゃんが見つけた物件で納得したインドのおばちゃんは現金購入してクリスマス前に引っ越しが決まった。

中野のおばちゃんがエプロンをもって引っ越しに立ち会うと、あなたはどうせエプロンなんか用意してないから私が2人分持ってきたわよ。」


「エプロンって何よ、って言うのよ彼女。ひどいわよね?」
「エプロンですか?私も持ってないですけど。」
「あら、いやだ。ここにもおかしなのがいたわ。彼女はエプロンなんかつけやしなかったわよ。みんな人にやらせるんですもん。ついてきた看護婦さんにもあれを持って、ここに入れて、ここに運んで?てそりゃぁ人を使うのがうまいわよ。」
ほお?

その晩私も泊まってお風呂をいただいて上がったでしょ。そしたら彼女が、お風呂上りって昔そんなことをしていたわね。って言うの。ほら、浴室に小さいタオルを持って出るときに体をふくでしょ?

ちっちゃいタオル?えっ?何のためです?
何のためって体がビショビショだから水気をとるでしょ?彼女はバスタオルを直接体にまくのよ?
えっ?
ぇっ?はぁ?
バスタオルを直接巻いておかしいですか?浴室の中で体を拭くんですか?バスローブを着れば簡単でしょ?

「はぁ、ここにもおかしなのがいたわ。ええっとね、家族が沢山いるとバスマットもびしょびしょになるから、浴室でちっちゃいタオルでまず水気をとるのよ」


お~、なるほどわかりました。

「やれやれ、あっちこっちに日本人じゃないのがいるから。うちの娘だって小学生の時は学校でちゃんときれいなお辞儀をしつけてもらったのに、ニューヨークで7年いる間にお辞儀のマナーを忘れちゃったのよ。ホントにねぇ」

今まで人にやらせていたので自分ひとりで生活できるかどうかわからないから、近くにもう一人昔からのお友達がいて熱海は長いから、インドおばさんの面倒を見てくれるように頼むわ。時々クルーズに出かけて日本からいなくなっちゃうけど。今はコロナだから多分ずっといると思うし。

それから「白洋舎」があるかどうか探してくれないかしら?
「白洋舎」ですか?
そう、彼女は絨毯をクリーニングに出したいんですって。
白洋舎じゃないとだめですか?材質と大きさはわかります?
「あれは、ペルシャじゃないと思う。パキスタンかベルギーかしら。ウールと何かの混紡?絹のペルシャならすぐわかるから」中野おばちゃんはニューヨークの後に、エジプト駐在でペルシャ絨毯を買って帰国したのだ。

それで、夕べ中野のおばちゃんから電話がかかってきて、
ねぇ、インドおばちゃんは熱海クルーズおばさんからパン屋さんだとか、美容院だとかいろいろ教わっているみたい。ところがこの間やってくれてね。

熱海クルーズおばさんが言うには、
「一番いい針治療のクリニック施術者を紹介してください」っていきなり言われたそうよ。電話番号を教えたら自分で行ったみたい。

「一番いい針治療」って聞くのはどう思う?
それでまだ先があって、先方の針治療の先生?が言うには、インドおばちゃんは施術者がガーゼのマスクをしているの見て、不織布のマスクをしてください。って言ったらしいの。

ねぇ、どう思う?インドおばちゃん、ぶしつけで失礼じゃない?

はあ、インドおばちゃんですもんね。Self centralの人ですから、自分のリクエストははっきりしてるので、そのまま言ったまでですよね。リクエストをして相手が不織布してくれたら要求が通って満足ですから、言ったもん勝ち。

相手は客商売だから、よほどの非常識なリクエストでない限り要望はある程度聞くと思いますが。日本人の客商売の人って、気は優しいですよね。

そうお?言ったもん勝ち?
でもねぇ。“一番いいの“を紹介しろって、。不織布のマスクをしろって、上皇后陛下の母校の奥ゆかしいはずの生徒がインド人になっちゃって。

インド、パキスタン、中近東――あの辺の人は、人間のカテゴリが少ないですよ?
なに、人間のカテゴリって?

つまり、一番大事なのが自分の“血“がつながった家族、それから親族、友達、商売相手、仲間なんかが、対等に付き合う人間。それ以外は使用人か敵。相手のサービスに金を払うなら、使用人カテゴリでしょうね。

もし、インドおばさんを紹介してハリ治療の先生とか親しい美容師の気を悪くしたくなかったら、あらかじめ根回しをしといたほうがいいかもしれませんね。インドおばさんは悪気はないんだって、。習慣と文化が違っちゃっただけって。

おばちゃんも、役場だとか銀行だとか質問をしているだけなのに、クレームとか受けているみたいに、相手の顔が引きつっていたり、引いていたりするのにたま~に気が付くので、人のことを批判する資格はないかもしれない。

疑惑のガソリン

ジョイスがあそこのガス・ステーションは何かおかしいという。ジョイスはそのころ早朝のエクササイズのクラスをとっていて朝5時半にメインストリートを通るのだという。すると茶色一色で車体にロゴが入っていないボロッボロのタンクローリーがガソリンのサプライをしている場面に出くわすのだという。

美食の国

日本の食べ物はおいしいねぇ!
とちおとめを初めて食べて、漫画のように目が点になりその後ハートになったわ。コンビニ・スイーツでさらに衝撃を受けて、そのあと値段で驚愕して日本は大変なグルメな国だったんだと再発見した。
「苺娘」がアメリカで販売されたら、ケーキ屋さんには行列ができる。グルメだったデービッドやTに食べさせてやりたい。オイオイ(泣き)

この前、地味な見かけのピスタチオ・プティングを見つけて、これはおいしいのではないかと直感で買って、案の定飛び切りの美味だったのでコンビニに行くたびに探す。イオンでも探したのだがお目にかかれない。たった143円だった。日本の味のレベルはすごい。

レストランで一番驚いたのは「す〇や」と「サ〇ゼリア」。人に話すと馬鹿にされるのでここ書く。
この“人に話すと馬鹿にされるチェーン店”の味の水準は、アメリカで超えるものはほとんどないのだ。
入った客の7割が満足し、食べてさらに8割が納得して、支払いで10割が満足する「す〇や」。こんなレストランはアメリカで金輪際あるもんか。

ちょっとショッパめ「吉〇家」はアメリカにもファースト・フードレストランの「Beef Teriyaki Bowl」を出していいるが、日本人に完食できるかどうかわからない。

炒めた牛肉とゴリゴリの湯で加減のブロッコリが、めっちゃ甘辛いネトネトの餡が絡まって、時にぐしょぐしょのご飯の上にかかっている。

アメリカの普通の家族用イタリアン・レストランのパスタは大抵ふなふなでコシがない。イタリア系の経営者のイタリアンに行くと、ちゃんとしたパスタが食べられるが、値段はサ〇ゼリアの4倍くらいだ。それも探さないとどこだかわからない。

「サ〇ゼリア」でドンぴしゃの湯で加減のペペロンチーノを生まれて初めて食べて、本当に衝撃だった。アメリカのイタリアンにペペロンチーノはなかったから。

麺の質と湯で加減とシェフの味加減がばっちり出てしまい、さらに「肉」が入っていないパスタはアメリカで売れないだろうから。

ディアボロソースだっけ?アメリカ人なら瓶で買うから売ってくれって言うね。
それで、お会計の時に3度目のびっくり。これだけ食べて二人で2000円でおつりがくるの?チップも要らないの?

まぁ、なんと美食家の天国みたいな国。
おばちゃんは心底感激していたので、オリンピック・ボランティアのセミナーで「海外からいらっしゃった外国人に日本のどんなところをお勧めしたらよいか?」というトピックで「サ〇ゼリア」と「す〇や」を力説した!

グループのボランティアの皆様は、きっと普通のお育ちだったと見え、最初はあきれて、次におばちゃんを「憐み」最後は何を言ってるんだろうこの婆さんはという困り顔が悔しかった。

アメリカではまず、「食える」かどうかが問題で、「味」と「値段」ははるか先にある哲学的な悩み。
遠出して、知らない街で周りにアメリカのファミリーレストランしかなかったら、まず魚料理は排除する。焼きすぎか味がついてないか、生臭いから。

ビーフはアメリカでも高いが安ければ固い。高ければ噛み切れるけどしょっぱいか、味がついていないか焼き過ぎ。
残るのはチキンだけど、フライドチキンは下手をすると口の中を怪我をする。固くて粉も多めのバリバリに揚げてあるから。結局サラダと、ピザを頼めばお腹は膨れる。サイコロのロゴがついたピザはまずい。

だから、おばちゃんとおじちゃんは普段ハンバーガーを食べない。In & Outは別だが、。
どうにもならなくなったときにハンバーガーを食べるしかない時が多いので、普段は食べないようにしておく。

美術館と博物館はかなり高い確率で食べられる選択肢が全滅し、バーガーしかなくなったりするのだ。
ただ、ゲッティ・センターは味はどちらかというとマシ。値段は5割増し。ゲッティ・ビラはうまい。値段は市中の倍。

冷凍のホウレンソウとピザはまずいが、「サ〇ゼリア」「す〇や」は日本の宝だと思う。感謝しないといけない。アメリカから「普通」のアメリカ人がやってきたら、この二つのレストランに連れて行けば喜ばれると思う。


人に直接言ったらまた馬鹿にされた。
「サイゼリア?」貧乏人?舌が貧しいの?美味しいものを知らないの?
おばちゃんは悔しい。ミシシッピとは言わない。アリゾナかコロラドに3か月くらい島流しにしたい。

朝はドーナッツで始まる。昼はバサバサのパンのサンドイッチか、ギトギトのピッザ、バーガー。白いご飯?無いぞ。クタクタのパスタに生のブロッコリかゆですぎたブロッコリ。醤油をかけてもなんともならない。
シーフード?あなたの思っているシーフードは存在しあい。エビか鮭が食べたいの?それ以外のシーフードって何?
砂糖のアイシングでネトネトのペストリー、甘すぎて歯にしみるケーキ。さっぱりしたものが食べたいって?サラダとスープね。マカロニ・チーズ食べる?

3か月くらいで息も絶え絶えになったら、サイゼリアに行ってよし。きっとオイオイ泣くから。たかが3か月じゃん。軟弱!おばちゃんたちその100倍以上居たから。


コタツよ永遠に

コロナでリモート暮らしを選んだ人はご存じだろうが、田舎暮らし、それも山の一軒家は湿気るだけでなく冬は寒い。
山は景観がいい崖地か、安定の平地で隣の家の屋根が見える場所。家が建つ場所は二者択一である。

おばちゃんは庭があるのを選んだので、がけ地。そんなに急な斜面でもない。どちらかというと高所恐怖があるので、飛び降りて足を折るくらいの高さなら大丈夫。
だから斜面に段々を作れば庭も作れる。ただし、家の半分は斜面に乗りだして立っているので、床下は空気。冬もシミシミとした冷たい空気。だから床下から冷える。

絨毯を買って、寝室からリビング手洗いまで引くと猫も絨毯の上しか歩かない。

最初の冬は雪が数回降って、猫も人間も震え上がった。
どのくらい寒いかというと朝にはベッドルームで吐く息が白い。首から下は羽毛布団で、ぬくぬくしているが鼻が凍れる。ナナちゃん、生まれて初めておねしょをした。猫のトイレはベッドルームにも一つあるのだが、あまりの寒さにお布団から出るのが嫌で、一緒に寝ていたお布団の中でやってしまった。

これは、おばちゃんも大ショック。
何とかせねばならない。もともとカリフォルニア育ちで、帰国して気温が20度を切るとおなかを壊すようになったから。寝室を温めないと。

ここで厄介なのは、おじちゃん。
とにかく目ざとい、耳聡い。ファンの音がするのは嫌。風が来るといや。匂いがするのは嫌。

それじゃあ、オイルヒーターしかないやんけ。それでデロンギのオイルヒーターを買って、寝室に置き襖を締め切りに近くするとあったまる。電気代が高いというので、買うときに質問したら24円/時間だという。一晩200円か。

次の月に電気代の領収書を受け取って開いたら、これまでの人生で見たことがない5桁の数字が並んでいて、領収書を持ったまま固まった。
カリフォルニアの家なら全力で24時間ACをつけっぱなし、毎晩ご飯にオーブンでチキンの丸焼きを作ってさらに、毎日洗濯乾燥機をぶんまわすとこんな金額になるかもしれない。
日本の電力基本料金はアメリカの3倍になるから、昼間はコタツがつけっぱなしだったしな。

さて、おばちゃんはまた考えた。
保温をするにはどうしたらよいか?熱が逃げるところはどこか? 窓。

景観を味わうお家の作りで、ちっちゃいくせに家には12個の窓がある。
窓際に立つと空気ははっきりと冷たいのがわかるのだ。
すべての窓を断熱ガラスに取り換えれば保温に効果があるだろうが、コストパフォーマンスに人生の指針を切り替えたので代替えの策を考えた。

里のホームセンターには様々な防寒用品がある。目を付けたのは、ウレタンの屏風のようなパネル。普段は窓の両脇に畳んで置き、夜は繰り出して寒さが和らぐ。ちょっとだけ。

パネルを伸ばしたり畳んだりしているときにピカリとひらめいた。おばちゃんは雨戸を引き出すと裏側からパネルをあてがってみた。やっぱり!サイズがピッタリ!
うれしくなって、ホームセンターでパネルを買い込んで、すべての雨戸の裏に張り付けた。さらに断熱効果が抜群であるという窓にはる透明なビニールシートを買い小窓を残して窓に張った。
比較に100均で買えるエアシートも張ってみたが、効果はほとんど同じ。
夕方冷え込み始める時間には雨戸をしめ、さらにウレタンシートの屏風を伸ばすと格段に保温効果が上がった。

寝室のデロンギをかたづけ、寝具も毛布が一枚に羽毛布団だけで十分な温かさになった。

さて、リビングの暖房器具はファンヒーターである。それも灯油タンク90リッター外付けのファンヒーターで朝起きた時から寝るまでつけっぱなし、。それにコタツ。

ああ、炬燵・コタツ!この暖房器具は天才日本人の究極の発明だわ!
人間疲れて帰ってきた時、アームチェアにオットマンを足して、どかっと座っても、カウチにごろっと寝っ転がってもなんだかもう一つ体が弛緩しない。いまいち体から最後の緊張が解けないのである。

ところが、コタツは違う。
寝そべる。基本床に寝そべって、ごろ寝体制。
半身起き上がるにも、ビーズクッションから。
この人間をだめにするクッションという名前にまずほれ込んで、日本から輸入しようとしたのだけど、商品より高い送料にあきらめていたクッション。

引っ越してコタツを仕立てて、人間をだめにするクッションを置いて、ずっぷりクッションに潜って寒い時はそのままこたつに潜って、緊張という緊張はなくなった。怠惰。ああ、幸せ。

キリッとまなじりを決して戦う生活は終わったのである。人生は別のフューズに入ったのである。戦士は山の隠れ家にこもって日々ラップトップを置いて好きなことをしてよいのだ。おばちゃんはこの先、少しづつ欲を捨てて仙人になるつもりだ。

ただ、いまは一つ欲しいものがあって、それはマジック・ハンド。
コタツから出たくないので、ティシュでもミカンでもなるべくマジックハンドで取れるものならみんな取りたい。


帰国してぶつかる逆カルチャーショック

逆カルチャーショックの定義とは

ホスト国の文化や生活習慣に慣れた後に自分の国へ戻ると、その現実に溶け込むことが大変だと感じる。ホスト国にいる間に、留学生の多くは、自分の文化的アイデンティティーを再度模索したりする。

★逆カルチャーショックとは、海外生活を終えて自分の慣れ親しんだ環境(文化圏や国)に戻ってきた者が経験する、自分の文化への再適応に伴い感じてしまう驚きや戸惑いのこと
逆カルチャーショックの起きる原因は、自分の帰る場所が『HOME』ではないから

――――な~んだって。
留学生や駐在員が経験する逆カルチャーショックなのだそうだ。

おばちゃんとおじちゃんは社会人として、日本で暮らしたよりアメリカでの社会人経験のほうが長かった。生まれた故郷を捨て海を渡りアメリカのどこで死んでも結構、散骨してOK。

ただ、余生を暮らすにしてはカリフォルニアは高すぎ、オレゴンやシアトルの気候は素晴らしいとも思えないし、アーカーンソーで凍えて暮らすのはまっぴら、そうだ!老後を暮らすなら「日本」という州もあったな?!というケースである。

慣れ親しんだ環境?Home?
おじちゃんの同僚のテリーさんは不法滞在の挙句、ベトナム戦争中に市民権プログラムに参加してアメリカ市民になった人だった。日本人の文化とか常識とか習慣はとっくに捨てちゃって、日本人とかの定義もどうでもよくなっている人

自分が日本人であるということがどうでもよくなっている場合、どこで暮らそうが日本人かどうかとか文化とかは関係なくて、どこが暮らしやすいかどこで暮らしたいか?という問題ではないだろうか?

おばちゃんたちは、テリーさんほどアメリカ人ではないが、リタイアのために「日本州」に引っ越してきた。血縁地縁もまったくない電車で降りたこともない地方カウンティ。

自分たち半外国人に住みやすそうなポイントを考えて州を選んだ。違う州なんで習慣や考え方が違っているだろうとは予想できるので、なるべく地元の人の迷惑にならないようにカウンティ地元でもよそ者が住む場所に家を買った。

最初に移住したときに違う国の常識にぶつかってびっくりした経験則と対処法はしっかり蓄積されている。日本州の考え方が違うのは当たり前だと思っている。帰国者が「ホーム」に帰ってきたと思うから、違和感のあまり適応障害で鬱になったりするのだろう。

CA州では簡単だったのにね。とか日本州ではここが不便ねとか、そんなことは山ほどある。しかし、違う州なので州の常識があるのだ。
日本州のいいところは取り入れる。
コタツというのは秀逸な暖房器具・家具だわ。おばちゃんと猫は惚れ込んで二度と手放せない。食べ物もおいしいわ。食に関してアメリカは後進国よ。

アメリカでは日本語放送のCMで「あなたの中の日本が不足していませんか」とか言われると、ああ、日本の温泉というものにもう一度は入って見たいなぁ、とずっとあこがれていて、帰国して何十年ぶりに町営の温泉大浴場に入ったときは冷汗が流れるほど困惑した。

何をどうして、どこから始めてよいか全くわからなかった。そこはそこ、アメリカで修羅場にあったことはいくらでもあるので、まず人の観察をする。
なるほど、まずロッカーを確保するのか、次は脱いでロッカーに入れる。裸で大浴場に入ると、。
そこは、学生時代に行ったことのある、銭湯だった!

ピンク色のトドやオットセイが湯舟の波打ち際に乗り上げて、憩っている。温泉は1度で充分であった。温泉を娯楽と思う感性はおばちゃんにとっくに失われてしまっていたのだ。

地方の自治体の手続きというのもなかなかスリリングだった。こちらが専門用語・日本語がわからないので、窓口も困惑しているのだが、何せ手続き文書の日本語が日本語なのに意味不明という説明不能な状態なので聞くしかない。

申請書に申請理由を書いてください。と言われても日本語はもう手で書けないし、コンピューターのキーボードがなければ無理よ。それでも紙に書けと?わずか2行の理由を何分かかけてちびちびとひらがなが多い申請用紙が完成した。

いろいろ疑問に思うことがあるが日本州地方カウンティに怒ったりしない。

地方自治体のシステムにチャレンジすること自体が賢いとは思えない。相手が何を要求しているのか、相手のルールに従って、要件を満たすことが生きていくことの一番の早道。

よその国のシステムが不満なら自分の国に帰る。世界で共通するポリシーだね。

脱線するけど、移住したのに子供に兵役につかせるのは嫌!って理屈は通らないよね。ブラジルにすればよかった。

おばちゃんが知り合ったブラジル人留学生は、若いのに兵役はいかなくていいの?って聞いたら徴兵リストから外れたからいいんだって。ラテン系のお国がらで、毎年徴兵を募るとき、姓名のAからとっていくので、アルファベットの後ろの姓は定員が埋まって、永遠に徴兵が来ないんだと!いい国だろう!って笑ってた。

本題に戻る。

外国人が他所の国に好きで来て、生活が苦しいから生活を保護してくださいって、世界中で受け入れにくいでしょう?迷惑じゃない。自分の国でまず保護しないといけない弱者がいるときに、外国人まで面倒みられません、とりあえず自国に帰ってみては?と言うのは当たり前だと思う。

日本州の地方カウンティ人というのは、話すときにまず相手が男性か女性かが重要な要素らしいというのは驚いた。だいたい、車関係とか建築関係に多い。

やたらぺこぺこ頭を下げるのはおばちゃんたちには少し無理かも。
頭を下げるときは後頭部にかけて防御が困難になるから、人様にはなるべく晒したくない。

おばちゃんの長い経験をいかせるなら、地方カウンティのお役に立ちたいと思いボランティア活動に応募したことがあった。

CAでは警察にボランティア登録制度があって、英語がよくわからない同国人のために通訳サポートをするシステムがあった。登録をしておくと、警察から拘束されている同国人の通訳などをするボランティアがあったのだ。

おばちゃんは、この地方カウンティの国際交流ボランティア例会に出席してみたら、そこではどこかの短大の講師が「外国人と一緒に暮らすとはどういうことか」とかの講義があって、グループに分かれてディスカッションをしましょうと。

例会の最後には町で暮らしているベトナム人の女の子に「日本人にいかにお世話になったか、私の幸せな日本体験」の作文を読ませた。
むろん、出席者全員であったかい拍手をするのである。

おばちゃんは、英語でサポートが必要な外国人のためにお役に立てるようボランティアにお応募するつもりだったのに、外国人が少なくサポートの需要もまだないのだった。



名前の話

おばちゃんの名前は日本では変哲もない普通の名前。だがこの日本語の綴り(ローマ字)がアメリカでは発音が英語になる。当たり前だ。
おばちゃんが名前を書いて(なんかの申請フォームとか)すると、「Hello,マイキー」
「No、mikie」
「Oh, sorryニキー」Nikiは女の子の名前で普通だから「M」じゃなくて勝手に「N」だろうと思われる
免許証IDの更新で名前を勝手にNIKIとされたら訂正がすっごく面倒。
「No、mikie spell starts M」唇をひっぱって「んmmmエンム」
「Sorry, ミキー」相手にしてみりゃMikiはマイキーやんけ、この外国人が、と思ってる。

おじちゃんなんか、もっと悲惨だ。
おじちゃんの綴りはEで始まっているので、「イージォアウエ」ともう人の名前に聞こえない。発音しようとしてくれるだけまし。
正直な人は、発音できない。なんて発音するの?って聞く。
だから、もう読んでもらうのはあきらめていて、アルファベット2文字で発音してもらうようにする、DJとかGKとか。
「E」は「イー」だから。

「冴子」さんはもっと困る。「Sa・e・ko」 サイーコ?
No,Sa ae ko, ok? 
Oh,Psycho!!! So coolなんて言われたりする。

女の子で「優」だと、パスポートはつづりが「YU」
自己紹介で相手から[What your name?]で [Yu]って答えると
相手には[You?]お前がまず名乗れよ!って聞こえる。
で、相手が礼儀正しくおお、すまんすまん「I’m Fred. And you?」と再度聞いてきて
[Yu] って答えると、相手には[You?]んで、またお前は?
みたいな、3回ぐらい同じサイクルをやると相手が怒り出したりする。

だから「Yu」さんは発音を答えず、まずスペル「My name spells Y ・U, the same sound as Y・O・U」な~んて
会話にもっていくと一発で名前を憶えてくれるが、初めての人には絶対!「And you?」のパターンに落ちる。

これが疲れるので日本人でもAmyとか、Thomas とかTerryとか通称をつけたりする。

海外で通用するようにと、日本人がアメリカ人の名前を付けたりするが知識が足りないのでとんでもないことになる。
「MAIKU」という公式名前の男の子に会あったことがある。かわいそうに。

日本語の名前はマイクのつもりなのだが、パスポートはローマ字で「Maiku」アメリカ人は誰も「Mike」だなんて想像もできやしない。彼の名前を付けた母は、かつてアメリカに留学してたんだよ。

日本人にスカイなんて名前を付けて、パスポートの綴りに「Sky」なんて子音だけの英語で書かせてもらえるの?「Sukai」になってんじゃないの?スー・カイって呼ばれてんじゃない?

メイ、リン、リコは大丈夫だな。ヒマリ、ヒナ、ミオはハイマリー、ハイナー、マイオーになりそうだわ。

日本語でも英語でも綴りでもほとんど変わらなくて発音も同じ、さらに両国で伝統的という名前がある。アイ子ちゃんの息子だ。さすがだと思う。


新サイトの新装開店・報告

時事カテゴリを除いて、ほとんどお引越しが終わりました。新サイトはレンタルサーバーで趣味の契約だったから、ページのオープン・タイムが非常に遅かったのよ。

おばちゃんは、「時事」の記事をちびっとづつ移していこうと思ったのに、寒い連休で皆さんおうちにいたからなのか、新サーバーにもアクセスが集中しましってスピードが超遅くなった。
SiteKitが速度遅い!悪い!って言われちゃって、おばちゃんは決心した。

サーバー・ホスティングをコマーシャル・プランにアップグレードしたのでこれで解決となってほしい。ワードプレスがサクサクと動くといいな。

去年の6月には雨が多すぎて庭仕事ができなかった。コロナで山のサークルもお休み。
なので家で何かできることを考えたら、そうだ、ブログを書こうと思い立ったのね。

庭が休眠している冬にもやることができたわ!20年仕事上の制約で個人で書くことが禁止されてたし。
それで、ブログサイトで始めてみた。
6月の記事は読み直してみると、ほとんど日本語が出てこなかったみたい。ぽつぽつとひどい文章だったわ~。

記事を書きながら、晴れの日に草取りをしていると頭の言語回路がもう一度日本語にリセットされみたい。日本語回路に血が流れ込むと、少しづつ日本語文章がまともになって来た。その代わり英語のスペルがめちゃくちゃになったけどね。

で、おばちゃんは、ビジネスを立ち上げた経験からたぶんずっとブログを続けられる人はそれほど多くないと思ってた。だから最初の目標は1000ヒット、次に3000、10000続けばまあよしと。1か月3か月6か月がビジネスでも節目よね。

最初の記事がある程度ヒットするのは、これはご祝儀ヒットよ。
その後下がるかなと思ったら、平均アクセスやはり下がったわね。次は1000が目標で1か月目にクリア。おばちゃんはターゲット読者をある程度固定して、ぶれないようにすることを目標にした。
毎日のアクセスをチェックしていつの時間帯にヒットが増えるのか、いつの時間に記事をアップすれば一番読んでいただけるのか?観察したわね。

ありがたいことに3か月目に1万ヒットに達したので面白くなってきた。おばちゃんは、放っとけっば、ボケていく年なので忘備録としてもとにかく記録してゆかねばなんない。

10月に3万に達したら爆発したの。
11月1日に10万になり、その月の終わりに20万になった。
これは個人でレンタルサーバーでやったほうがいいのではないかと考え始めたの。

内緒だったけどおばちゃんのブログが10万になっても、楽天のジャンル別のランキングには全~く出てこなかったよ。Untouchableになってしまったようね。

日本って、いやね。
楽天も忖度して誰かさんの問題を扱うブログは黙殺することにしたみたいよ。言論統制じゃない?戦時中みたいよね。
だから、独立して日本以外でサーバーを借りれば日本からの干渉が入らないから。

Adsenseも現役時代に使っていたやつが休眠してて、復活させたら89ドル未払いが残ってたわ。100ドル以下のはした金はもう払ってもらえないの?シクシク。

Adsenseでアカウントの作成をしようとすると、必ず旧アカウントにログインしてしまうのでおばちゃん、これは困った。
FAQを調べると、国が変わると新規でアカウントを作らないといけないみたい。
そらそうですわ。税務情報が違いますもん。

旧カウントの追加から新アカウントを作成してSiteMapやオーナー情報の確認をやってSiteKitを入れてAd.txtをダウンロードして。
おばちゃんうっかりして最後にサイトの「review」のボタンをクリックするのを忘れた。
字が小さすぎるわよ。老眼なんだから。

2時間後、Googleからお手紙も来ないので、adsenseにもどってReviewをクリックしたら1時間後に広告の準備ができました。Ad.txtをアップしてねと言われたのでAd.txtをアップして手続き完了だわ。

Google Adsenseは確かリーマンショックの後あたりに、メールでしょっちゅう広告はどうでしょう?広告を入れてみませんか?つーて。
その頃は広告が普及し始めたので、おばちゃんも入れてみた。あの当時は、広告のジャンルを自分で決められたのよ。何にもしないと、Adsenseはうちと同業の広告をぶつけてくるから、おばちゃんは怒ってなんだ、お前!って。

ところが、サイトを見に来るうちのお客さんは、うちの商売敵だろうがクリックするのね。不思議。
おばちゃんのほうが未熟だった?

とにかく新サイトは一応開店して皆様にご報告です。
おばちゃんの目標は、「クスクス笑えてスカッとする記事」を書くことです。
Mikieクラブは電車の中で読むとヤバイといわれるようなサイトに育てられたらうれしい。

それからWestCoutストーリーを仕上げること。映画化されるのが夢ね。興味のあるプロデューサーはバンバンお手紙をください。 

最後におばちゃんはコンピューター人間なんで、携帯用にサイトを調整するのを全~然後回しにしていたので、これからぼちぼちやります。待っててね。

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