花粉症はよその国に行けば治る

昭和の終わりにおばちゃんはスギ花粉症になった。大した林や公園あるわけではなし、スギ花粉が盛大に飛んでたとも思えなかったが、とにかく花粉症になったのであった。

渡米が決まった時、スギ花粉症がこれ以上悪化しては困るなと思っていた。ところが、南カリフフォルニアの郊外都市ではあまりスギや針葉樹が見当たらなかった。ヤシの木、ジャカランダ、ユーカリの街路樹ブーゲンビリアやハイビスカスの生垣。

くしゃみと鼻水にすっかり無縁になったころ、ホームセンターに行って、うっかりCeder Tree(ヒマラヤ杉)で作られた虫よけボールをさわってしまった。鼻水大噴出でその日一日使い物にならなかった。カリフォルニアでスギ花粉症に危険な場所は、ホームセンターだったのだ。

おじちゃんはDIYが好きでホームセンターの木材売り場をしょっちゅうのぞくのであったが、おばちゃんは遠巻きにして近づかぬことにした。やっぱりスギは危険ね、そのうちアレルギー検査を受けておいた方がいいかも。
ところがおばちゃんが加入していた健康保険は、アレルギー検査を受けさせてくれなかった。ドクターによれば、あんなものはあてにならぬのだそうだ。

医療費に敏感な健康保険は加入者がむやみにテストを受けたり要らん治療を却下するのであった。おばちゃんの知り合いの奥さんはひどい花粉症が治らずとうとう、グアムに移住した。

グアムのフローラは針葉樹がなく、空気中の水分も多いので、たとえ花粉が飛んでも重くなって落ちるそうだ。

そうして平成の世が終わるころ、おばちゃんは日本に帰ってきた。買った家は山の中である。堂々たるヒノキの林の中である。
と言ってもおばちゃんはヒノキもスギはよく区別がつかず、これは大変な事をした思ったのである。時は5月で花粉の時期には遅かったのか、目がしばしばすることもなければ、鼻水で赤むけになることもなかった。次の年は、花粉が飛ぶ前にヒノキの葉っぱを毟って、お茶にして飲んでみた。

ヒノキ茶が効いたか効いてないかどうだか、花粉症の症状はなにも出なかった。これはもしかして、おばちゃんお土産をもらったのかもしれないと思い始めた。
平成の間に日本の杉花粉からきっぱりと隔絶されたため、おばちゃんの免疫バリアーがリセットされたのではあるまいか?ラッキー!

花粉症はよくなっていたが、おばちゃんはマンゴー・アレルギーを発症していた。仕事が終わって自宅に帰ると11時前後になっている。それからヘビーな食事はできないので、果物、ヨーグルト、缶スープなどで軽い食事をとるのだった。

果物王国のカリフォルニアでは、メロンもマンゴーもむしゃむしゃ食べられるほど安い。スーパーで真っ赤に熟したマンゴーを箱買いである。8個で12ドルとかその辺。毎晩1個づつむしゃむしゃやっていたら、逆流性食道炎になった。
胃や食道がキヤキヤする。やはり寝る前に食べるのが良くないのだよねぇ。

ある晩、おじちゃんから指摘された。
おじ:おまえ、唇が真っ赤じゃん。
おば:ぇっ!
おじ:唇ブリブリ。それアレルギーじゃん。
おば:朝には治ってるけど?
おじ:アレルギーじゃん!

おばちゃんは、以後マンゴープリンもマンゴーケーキもドライマンゴーも全く無縁の生活を強いられ、食道炎らしきはマンゴーをやめたら治った。帰国後は、日本のマンゴーが1個800円とか、1000円とか、宝石を買うのか?というほど高くとてもむしゃむしゃ食べる値段ではなく手も出ないのであった。アレルギーはよその国に行くと治る

mikie@izu について

海外在住何十年の後、伊豆の山に惹かれて古い家を買ってしまい、 埋もれていた庭を掘り起こして、還暦の素人が庭を造りながら語る 60年の発酵した経験と人生。
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