アメリカの年金をもらうー3

現在アメリカで生活していてリタイアの満年齢はまだ先。
このままアメリカに永住するかどうしようかな?と漠然と考えている人がいるかもしれない。

日本の両親が老いてきたとか、様々な理由で日本への帰国があるかもしれない人に補足として年金の追加情報を書いてみる。

おばちゃんはがっかりしたことが一つ。
それは年金を円かドルのどちらで受け取るか
ドルで受け取って為替レートの良い時に円に換えていこうと思っていたのだが、日本定住を決めた場合は円受給になる。

日本国内の銀行で地上店舗がある銀行で円として受け取る。これが原則ルール。
おばちゃんはみずほにドル口座があるが、為替レートが1$1円で高いので、おじちゃんには楽天でドル口座を用意したのに(1$0.25円)日本国内ならドル口座はダメなんですって。地上店舗がないオンラインだけの銀行は円受給もダメだそうだ。
がっかりだ。

先に帰国した知り合いがドルで年金を受け取っているのである。
ただし、これは解説が必要。
夫婦は40年以上アメリカ暮らしでリタイアして年金手続きをした時もまだ在米中だった。長年使ってきた銀行は日系銀行で年金の受給も日系銀行を指定した。それから帰国した。なんとこのU銀行は日本の住所までステートメントを送ってくれるという。ホントに?!

この二人の永住権はむか~しのExpireがないグリーンカードである。銀行にはしばらく日本に滞在するけどアメリカと行き来すると説明してあって、Aナンバーは失効することなく毎年2月過ぎにTax Returnに米国に帰って申告する。入国する空港で別室で2時間は質問されるそうだがグリーンカードが失効しないのだから安いものだと思う。

日本の生活で年金を引き出すときは郵便局が一番為替レートが安い。ただしATM一回の引き出し金額は$400ドル5万円に制限されている。コロナのせいで入国制限があった時はかなり焦ったようだ。

日米を行き来しつつリタイアという場合には不可欠なものが一つある。
Wifi電話だ。アメリカのさまざまなサービスでアカウントを生かしておこうと思うとアメリカの電話番号の電話がいる。一番安いもので$10前後だ。アカウントの認証が電話に送られるからこれは必須。

おばちゃんも帰国前に一台契約しておけばよかった。何百回も後悔した。

さてめでたくアメリカの年金を毎月受給できるようになったら定期的に送られるStatus確認のnoticeは確実に返信すること!と大使館の担当に念を押された。返信がないと年金を止められるという。また、受給の銀行が合併などで名称が変わってしまうと送金が迷子になってしまうことがあるので合併がない銀行にしましょうと、これはアイ子ちゃんからの忠告だった。

元駐在員で長ければ7年の勤務。年金受給資格の10年に満たないから年金が無いと思うのは早い。日米年金協定で2国間で勤務をする人が10年の資格年数に満たずに不利益を被らないように、10年以下の勤務であっても納めた金額に応じて出る。

お向かいのおばちゃんも夫婦で7年NYだったけど毎月受け取っている。
おばちゃんのご主人は駐在の激務からか早くに亡くなってしまった。代わりにおばちゃんはご主人の年金を受け取っている。日本の遺族年金のように3割以上減額などというケチ臭いことをせず、アメリカは配偶者が亡くなってしまった時、自分の年金か配偶者の年金かどちらか額の大きいほうを選んで受給できる。

連邦年金を受給する場合は確定申告をせねばならない。
おばちゃんは帰国した次の年からず~とオンラインで確定申告をしているがTax Returnよりずっと簡単だ。リタイア後は年末調整とは無縁。払いすぎた税金を取り返すのは確定申告しかないのだから、ふるさと納税や医療費の領収書を集めておいて税金を取り返そう。確定申告だけが唯一のチャンスだ。

Notice Of Awardが届いて送金が始まるという。 NOAなんてもらったことがない。晴れがましいものいただいたことがないから早く見てみたい。

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パラレルワールドの保険金

交通事故と病気のリスクはどの世界でも常にある。
不測の事態に備えて保険を買っておきたくなるのだが、アメリカというところでは、月々のユティリティの請求書やDMに傷害保険やがん保険の申し仕込みがしょっちゅう同封されている。

先月の電気代がいくらだったかをチェックすると同時に、「掛け金が月にたった2ドルでがん保険。乗り物の事故補償で月6ドル」などというキャッチのチラシをついつい読みふけってしまう。

おばちゃんもいつどうなるかわからないアメリカの生活にふと弱気が出たようなときに、申込用紙に名前を書いて返信してしまった。印鑑もいらないし。

こっからはパラレルワールドのアメリカのパラレルおばちゃんの話。
パラおばちゃんは安いがん保険につい加入してしまった。

貧乏暇なしで何とか仕事が回っていたが、ある日何気なく喉元に手をやると首の付け根に膨らみがあった。左の首の付け根の甲状腺のあたりにウズラの卵の2倍くらいの不自然なしこりがあって背筋が一瞬冷えた。

これはやばい奴。かかりつけに予約を取って診察してもらうと、片側だけのしこりは悪い印!などと独り言を言うので、パラおばちゃんはなおなお嫌な予感が広がった。
提携病院でバイオプシーを受けることになった。

検査技師は中身はリキッドに近いねと言いながら甲状腺に針を刺すので、パラおばちゃんはしこりの中身を全部取っちゃってと言ったのだが、「残念だけど、一度抜いてもまた戻ってくることが多いんだ」
そっか、じゃやっぱり日本に帰国して治療になるかなと覚悟を決めた。

パラおばちゃんは前世によほどの徳を積んだ人らしく、2週間後の検査結果はネガティブだった。かかりつけのドクターもおばちゃんに検査結果を報告しただけで、もう一度診察に来いとフォローアップも要求しなかった。

検査で一度中身を抜かれしぼんだしこりが再度パンパンに膨らんだ後、なぜか急速に小さくなり始めた。毎日多量なタンが出て、気が付いたら甲状腺はペッタンコになり2度と膨らむ気配がなかった。

パラおばちゃんは準備の良い人であったから、バイオプシーの予約の前に、加入したがん保険に電話をして、がんらしいので保険金請求フォームを自宅まで送ってくれと依頼しておいた。

こっからパラおばちゃんの記憶はあいまいになるのだが、保険金請求フォームが届いて、でも検査結果はネガティブだったので記入して返送したことはないはず。
ないはずなんだが、何故か保険会社から補償金のチェックが届いた。その額1300ドル。あて名は間違いなくパラおばちゃんの名前。

あれ?保険請求フォームは送ったんだっけ?自分の記憶に自信が持てなかった。
当時は機械のように朝起きて仕事に行き、13時間立ちっぱなしでくたくたになって帰って寝る。昨日と今日の区別がつかず、レジの前に立って瞬きをすると日付が変わっているような生活。無理やり半日バイオプシー検査も入れスケジュールに追われすぎて病気も保険金も現実感がなかった。

ちょうどパラおばちゃんの日本のおばちゃんが亡くなったという訃報を受けたのも確かこのころ。

一日の仕事が終わって帰ってきてリビングのテレビでその日のニュースを見る。リビングのコンピューターはテレビの隣で、カウチに寝そべった体を起こして、50センチ先の電源スイッチを押せばよいのだが、体を起こすのが大変、手を伸ばすのがかったるい。ひたすらだるくてメールのチェックができない。どうせ後何時間かしたら起きて仕事に行くのである。

ある晩だるい体を起こしてコンピューターの電源を入れた。そしたら、日本の父方叔母の訃報メールが入っていた。あの福々しいおばちゃんが亡くなったのか。疲れすぎた体には遠い日本のニュースがなかなか実感としてわかず、一晩寝たらコロッと忘れた。

本当に訃報を忘れたのだ。
なんかニュースがあったような気がする。何だったか忘れた。重要だったかもしれない、でも仕事は休むわけにいかず出勤して仕事して寝た。2か月くらいしてからふと訃報を思い出した。その時は遅すぎて何もできなかったが。

人間忙しすぎるととんでもないことまで記憶から欠落するようだ。
そういえば知り合いのご主人が週末ごとに日本に出張!で2か月くらい猛スケジュールが続いた後、奥さんが旦那がおかしくなったと愚痴っていた。
何を言っても忘れてしまうのだという。娘の大事な学校行事や家庭内の連絡事項や5分前言ったことも覚えていない。

今だからわかるが、そういう状態はたぶん限界を超えかけていたのだと思う。パラおばちゃんのがん保険金のチェックもそういう状態の時に届き、保険会社に問い合わせるのも地獄のように面倒で考えるのも不可能に近かった。

んで、1300ドルのチェックは裏書きして銀行に入れてしまった。
保険会社が間違いを発見したらきっと何かを言ってくるだろうし、そうしたらチェックで返せばいいし。

パラおばちゃんの脳みその3%くらいは正気が残っていたので、1年くらい保険料を払い続けてからキャンセルしたかもしれない。1年間分の保険料だって40ドル足らずだったし。

結局、保険会社からは何も連絡がなかった。今でもたまに考えるが、あれはいったいどういう間違いだったのだろう?バイオプシーの保険金だったのか?それともパラおばちゃんは死んで死亡保険金が出たのか?パラレルワールドのアメリカの話であった。


ウイスコンシン下衆計画

最も素直な観客は天皇陛下だったそうだ。
昭和の時代のマジシャンの証言である。右手か左手に球を隠すマジックをご覧入れて、右か左かどちらに球があるでしょう?とお聞きすると「右~」と指をさしておしゃったと言う。疑うことをご存じないのだという。

悲しいかな、おばちゃんは一般庶民の生まれなので、疑うことばっかりである。手品は所詮手品だからタネがあると思ってしまう。一般人だから事実を調査するすべもない。

フォーダム大入学工作をした弁護士や大学に質問状が行ってると言われれば、そうなのか?と思い、ウイスコンシン大学とリモート入学の合意が済んだと言われればまさかと思うしかない。情報ソースが確かなのか、事実を検証すべきすべもない。

小室圭の学力について外務省がF認定をしたのは確かなのだろう。ビザ切れでスポンサー企業が見つからなかったら帰国させればよいのに。日本はいつからKINGの王国になったのか。

Kingが王国の機関を手足のように使うのは理解できる。日本は戦後民主主義国家になり天皇は国の象徴となったはずである。象徴のかたは由緒正しく暮らしておられる。

The next 〇mperor to beの方が政府の機関と人と金を私して使うのはおかしくないのか?
なぜ法で規制されていないのか?

政府機関の役人が、別系統の命令で動いているというのが不思議でたまらない。外務省はいつからThe next 〇mperor to bの直属機関になったのだろう。
政府が勝手に動いている外務省をコントロールできないというのも理解が不能だ。
手品に種があるのは確か。その仕掛けの種を知ることは一般人には永久に無理なのだろう。

ウイスコンシン州のDiploma Privilege を使って何とでも弁護士資格を取らせようなどという“下衆な発想”はおばちゃんには無理だ。

試験を突破できないのは学力不足と本人の素養が不足しているからNYBEをパスできないのだ。その根本原因こそ小室圭という本人自身にあるので計画自体が公序良俗に反している。


どうせ卒業後1年の実務を積ませれば、国際弁護士資格ができるので日本に呼び戻せば奥野法律事務所が引き受けるのだろう。先日、奥野弁護士が小室圭のサポート体制に協力するなどを改めて表明したのは、Marquette大学との入学合意ができたからと考えたらよいのか。

ウイスコンシン計画が本当に始動し始めたとして、2つの見方ができるのではないか。
1)まずMarquette大学もよくよく危機管理が薄い大学なのか。フォーダムで何が起こったか知りたくも理解もしていないから入学に合意した。

2)もう一つは、現在NYBAフォーダム大学、NY法曹界などの疑惑糾弾は極めて限定的であるかもしれないこと。(ただし、工作の張本人弁護士たちには十分弁護士資格への危機だとおもう)

ジャーナリスト篠原氏が伝える糾弾のムーブメントは、実際は氏が伝えるほど強力でも大規模な抗議でもなく、他州の法律大学にとってそれほどのスキャンダルや危機とは認められていないかもしれない。

かつ外務省はMarquetteに否定できない何かの申し出をしたか。
情報はすべて伝え聞くしかない現在、果たしてこの情けないウイスコンシン下衆計画は始動しつつあるのだろうか?


西海岸の総領事館

LAの総領事館は、ダウンタウンの一方通行ばっかりあるファイナンシャル・ディストリクトのGrand Ave とOlive streetの交差点近く、丘のてっぺん近くのCalifornia Plazaビルにある。
パスポートの書き換えとか、めったに行くところではないので何度も迷って一方通行をぐるぐる回った。回り方によって絶対領事館にはたどり着けない。

ナビがなかったころは紙の地図を飽きるほど研究して赤マジックでルートを書いても間違えたことがある。S Grand Aveだったか一部地下にもぐっているトンネルみたいな道路があって、それを道路として考えるとあさっての方に行く。

ナビをつけても北からGrand Aveに向かうと、わき道を1っ本手前に入り損ねるのでぐるぐる丘を回ることになる。何度も煮え湯を飲まされた。

California Plazaの地下駐車場も、利用者のための駐車場だと思うと怒髪天をつく。
financial Districtをぐるぐる3周くらい回ってやっとのことでCalifornia Plazaに到着して地下駐車場があるじゃないかと、10年前は確かに来たはずだと思う。地下要塞のような駐車場に入っていくと、平日で端が見えない地下トンネルのようなロットをぐねぐねと走ってやっと空ロットを見つけてやれやれと思う。

用事を済ませて車を出そうとするとExitの出口の料金支払い機はクレジットカード・オンリーだった。キャッシュ?紙もコインも入れるスロットはない。

それもそのはず、California Plazaの駐車場料金は10分で$4.5。地下駐車場からエレベーターに乗って地上に出て、そこからさらにビルの内部に入り、受付を済ませて上部の領事館にたどり着くまでに10分以上かかる。窓口で待てば用事がすむまで小一時間かかるのに駐車場料金だけでランチ代じゃないか!

だから紙の紙幣を受け付ける機械を設置していないのだ。アメリカ人はキャッシュをそれほど持っていないから。
こんなド高い超高額なビルに入居している領事館を呪いながら出口の遮断器にクレジットカードを差し込む。

次に領事館に行く用事ができたときは、地下駐車場の教訓を思い出して、近くの地上の駐車場にしようと思う。一遍入り口を通り過ごすと、丘のてっぺんに露天の駐車場がある。ここもまた曲者なのだった。

なぜというと丘の上に斜面を下って作られている。つまり、道路から駐車場に入るところは水平だが、パーキングロット自体は下り斜面に作られている。メキシカンのお兄ちゃんが数人いて入り口を降りてチケットをもらう。あとはキーを渡してメキシカンに駐車してもらう。

一度前が混んでいてメキシカンが出払ったので、自分で駐車しようとして下りかけて恐怖した。ロットの切り方がおばちゃんの常識を超えるものであった。

車のヘッドライトが坂の上、テールが下なら駐車はできる。バックで出るとき車は落ちるが、落ちた先に他人の車がある。車のヘッドが坂を垂直に横切るように止めると、助手席か運転席のドアを開けるとドアが重力でパタンと落ちる。開けた先に他人の車が、、。

どっちかに切り返そうとして坂をパニックになってブレーキを目いっぱいサイドを引いて飛び出した。メキシカンはにやにや笑ってやってきたので「やって」とキーを渡した。
なにせこのbanker’s hillはLAでも地価が高い一等地なのである。どんな土地でも金にすると方針ははっきりしているのであった。

そういう一等地に建ってるCalifornia Plazaの上層階で家賃が一体いくらになるのか気が遠くなるようなレントであるには間違いない。

”邦人の保護”という言葉を聞くたびにおばちゃんは「ケッ」と思う。
プラザの中階にチェッキング・カウンターがあり黒いスーツを着たでっかいSSみたいな黒人がエレベーターに乗ろうとする人間をここで堰き止めている。なんの目的で領事館に行くのかパスポートを見せてチェックインをパスしない限り、領事館行のエレベーターには乗れない。

「邦人の保護?」
あれかな?映画のサイゴン陥落で混乱のさなか、助けを求めて領事館の門をたたき間一髪滑り込んで、領事館員に救出される邦人!なんてね。映画だから!

アメリカ大使館では救ってくれるだろうが、日本大使館では無理よ。扉を閉められちゃうかも。

LAのダウンタウンでホールドアップされ財布もパスポートも盗まれたらとりあえず領事館に行くしかない。プラザの関所で止められて英語が喋れなかったら、一番いい方法は床に座り込んで大声でわんわん泣くといいと思う。時々Japaneseと言うと効果的かもしれない。

屈強のセキュリティもお手上げだから領事館にすぐ連絡してくれると思う。坂を下りきるとLAPDがあるからここでわんわん泣いて連れてきてもらうのもいい方法かもしれない。

プラザの上階から下ってきた領事館員は間違いなく“迷惑そうに”声をかけてくると思う。一般人が外国で強盗にあったって領事館からしたら迷惑でしかないからな。

領事館は超エリートの集まりで邦人に奉仕する人達というより、海外邦人の頂点に立つ人達。
あの人たちが頭を下げるのは自分たちより偉い人よ。1990年代なんて、窓口のおばさんの口の利き方は昭和の役場か警官に近かったね。つまりエラそうだった。今はましだろうが、意識が変わったからではあるまい。

いろんなエッセイで外務省外交員などの奥さんが人間関係のプレッシャーで第一子は大抵ダメになるか死産も普通。大使館の専属料理人が大使から奴隷のようにこき使われて人格破壊されて日本帰国なんて珍しい話ではないらしい。

そういう人たちが、”わがままで厄介な夫婦に振り回されて困惑してます的”な印象を醸造しつつ、内心では30過ぎても自分でアパートさえ見つけられず、学歴も半端、職歴もバラバラ、経済信用度低い夫婦を馬鹿にして、本人たちには屈辱的なウイスコンシン大学入学などという計画に大まじめに取り組んでいるフリを考えると、失笑する。
同情はしない。


デジタル博物館 ニューヨーク 加筆

海外の日本人社会は馬の骨の集まりである。
日本社会で生きにくくて日本を飛び出して見知らぬ国に渡ってきた日本人達が、同胞を懐かしんで寄り集まってきたのが日系社会である。お互いどこの誰かわからないから日本では有名大学卒とか名家の出身とか自分を騙る日本人は昔からいた。今もきっといるだろう。

アメリカという国も世界中の馬の骨の集まりである。
アメリカは出自を問わず受け入れてくれ優秀であればアメリカ社会で成功することができる。優秀な外科医、チェーンレストランのオーナー、有名スポーツ選手、農家、大規模ガーデナー。馬の骨の子孫が次世代のアメリカを作っていく。

外地の日本人社会には戦前の移民から引き継いだ新聞、日本人会、日系人会、県人会があって、新しく渡ってくる新一世が先人の作った組織を引き継ぎ、自分たちの子供の世代に受け渡していくのである。

LAにも戦前から引き継いできた新聞がある。
電話・ファックス・インターネットなど何もなかった時代に、カリフォルニアで暮らす日本人1世のために日本の情報やコロコロ変わる移民法などを知らせるための唯一の情報源であった時代があったのだ。新聞として何度も経営危機に陥ったが今でも西海岸の伝統ある日系社会の組織の一つである。

このような日系組織がどのように活躍しているかというと、日本人・日系人同士の親睦。日系子弟のための奨学金設立。そのためのファンドレージング。日本人の精神を引き継いでもらうための伝統的武道などの奨励。そのためのファンドレージング。日系社会の弱者扶助のためのチャリティ、ファンドレージング。組織の会報の発行。

移民の歴史が古い土地では日系の博物館が運営されていると思う。

これらのトップに立つのが日本総領事である。
草の根からできた出自のわからない馬の骨の集まりであった日本人会が、詐欺師ではないことを正式な組織として正当づけてくれるお墨付きみたいなものだ。

アメリカ社会で成功して余裕が出てくると、こういう組織のまとめ役に押されるのである。
能力を認められて尊敬を払われている証拠でもある。これら組織に協力する人は、みな本業があり、日系人会の活動のためには手弁当で自分の時間を割いて運営に携わっている。いろんな機会にする寄付の額も一般より多いだろう。

在米の方たちは年末の助け合い運動を思い出してもらえると思う。
寒いなかずっと立ちっぱなしで1000ドル2000ドルの寄付を子弟の奨学金や弱者の生活のために集めるのである。金はいくらでも欲しい。

日系協会の催しの協賛に日本領事館と日本の大企業が並ぶのも運営のためである。
チャリティゴルフにアメリカ支社長や駐在のトップ、レストラン協会の会長が参加するのも成り行きである。

https://www.janm.org/

LA日系人博物館
LAのリトル・トーキョーにある。昼ご飯を食べたら通りを渡ってのぞいてみてください。移民の一世たちというより、移民の2世=アメリカで生まれてアメリカで育った日系人の記念碑的博物館である。

こういう民族的博物館は、入館者が行列しているわけではない。わくわく、きらびやかな展示品が並んでいるわけではない。そこにあるのはアメリカで生まれ育った2世がアメリカの社会と戦った歴史である。

それはきっとニューヨークでも同じような戦いがあったに違いない。ニューヨークでは地上施設として博物館ができなかったのかもしれないが、成功した日系人が発起人となってデジタル博物館が誕生した。2020年

会長: 本間 俊一 (コロンビア大学教授・JAMSNET代表)
副会長: 秋吉 敏子(作曲家・ピアニスト)
髙岡 英則 (三菱商事会社社長
スーザン 大沼 (ニューヨーク日系人会会長)
名誉会長: 山野内 勘二 (在ニューヨーク日本総領事・大使


     
名誉館長 山之内寛二 NY総領事さらに発起人に名を連ねているのは
河野 憲治 / NHKアメリカ総局長

地上建築物ではなくデジタル博物館である理由は簡単。費用が掛からないからだろう。地上に建築物を建てあるいは物件を借りて人を配置すると、とてつもない費用が掛かる。

日系人協会には金がない。昔も今も多分金はない。一般日本人や日系人から寄付によって地道に資金を集め、協賛してくれる日本企業と領事館からの寄付は不可欠だった。その結果デジタル博物館が誕生した。


日本の大企業と領事館とのしがらみで、小室圭夫妻のビザの発行組織として利用されつつあるのかもしれない。篠原氏 公開取材ライブ 56:52秒

ゲーリー森脇氏はボードのメンバーとして名前があり、日本の紫綬褒章をもらったばっかりに頼みを断り切れず火の粉を被る羽目になった。 皇室と縁が深いピアニストは何を依頼されたか?先人の歴史を収めたデジタル博物館を作ろうとした結果大きな借りを作ることになったのかもしれない。

縁と義理と寄付金によってこの日系組織は狙われたら弱い。草の根から活動してきた組織として、どうぞ公正と独立を保ってほしいと切に願う。

The Japan History Council of New York was established on December 12, 2020 by fifteen eminent persons from a variety of backgrounds. The Council aims to collect, preserve, publish, and disseminate the Japan-related history in New York and its surrounding areas and pass on this history to future generations.

  • Chair: Shunichi HOMMA, Professor, Columbia University, and President, Japanese Medical Support Network (JAMSNET)
  • Vice-Chairs: Toshiko AKIYOSHI, Composer and Pianist Hidenori TAKAOKA, President and CEO, Mitsubishi Corporation (Americas) Susan J. Onuma, President, Japanese American Association of New York, Inc (JAA)
  • Honorary Chair: Kanji YAMANOUCHI, Ambassador, Consul General of Japan in New York

小室圭 野望の行方

駐在ビザと支援隊

おばちゃんの「駐在のLビザ」推論の弱点は、小室圭の雇用問題だった。
支援団のメインメンバーが雇用主で、雇用は書類をどのようにでも処理できる立場にいたわけだから、当然ビザの支援をするものだと思っていた。
一橋のビジネスローが法科大学卒業資格に変身してしまう手品に比べれば、単純に作文できるはずだったのにそれをしなかったのか、できなかったのかそれとも事情があって進展していないのか。

見切りをつけられたのか?
これも推測にすぎないけれど、もしかして見切りをつけられたのか。
個人的な感情としてはアメリカ側のゲーリー森脇氏や右腕の滝川氏などが、小室圭のLビザに手を貸さなかった。かもしれないならうれしく思う。フォーダム大学の工作で本来なら起きるべきはずでなかったネガティブな評判が立ったから。日系人のために尽くしてきた方に、晩節を汚していただきたくない。

ただ、Lビザは一番敷居が低く、実現しやすかった。これは永住権を取る場合はもうひと踏ん張りしないと駄目なビザである。
日本本社とアメリカ支社で縛り付けられており、永住権はさらにこのビザスポンサー会社から申請しないといけなかったから。だからおばちゃんはそれほどカッカとしなかったのだ。Lビザくらいなら、と。

EB5と永住権

ところが、永住権を投げ与えてやるとなると、まったく別問題。
小室圭に「ベンチャー企業を一つ用意する」ということは、在米の日本人がテスト勉強をし、試験を受け努力をし、ダブルジョブをこなし永住権を取って、闘いながらアメリカ社会で居場所を築いてきたすべての努力を愚弄するものだ。

情報のソースはどこか
おばちゃんはテーミスという雑誌は読んでいない。
「テーミス」の記事で、「ベンチャー企業を一つ用意しろ」と小室圭が政府関係者に要求した、という。ジャーナリスト篠原氏が動画放送で語った。

この小室Issueでは、関係者が弁護士であればそこからは絶対情報が出てこない。
出世と地位が大事な官僚も情報を漏らさない。情報の出どころといえば、いやいや支援業務をしている下級官僚が憤懣やるせなくこぼす愚痴がソースなのだろう。


「ベンチャー企業を一つ用意しろ」という唐突なコメントが何を意味するか、たぶん日本の方は意味が不明だと思う。金が欲しいのか?と。違う、永住権が取れるからだ。

在米の日本人なら学生ビザとのつながりが瞬時に理解できると思う。
あまりにもふてぶてしい図々しい要求なので、まさかそんなウルトラC、空中逆回転3回ひねりみたいな品性下劣・無道の要求ができるものだと、おばちゃんは我慢の一線を越えてしまった。こんなサーカスは前代未聞である。

ウイスコンシン計画の目的

政府の役人が勝手に画策したという(やっぱりね)ウイスコンシン計画の根底にある目的は、曲がりなりにも二人の自立であるとにかく弁護士資格を取らせて自分たちで稼げるようにすること、1年アメリカで実務をさせれば日本に帰国させても国際弁護士として自活させられるからである。その辺の目論見は陳腐だが、よく理解できる。

自立なんかする気がなかった
ところが、小室圭は自分で努力して資格を取り就労ビザを取る自立の道なんか、まったく目ざしていなかった。自分の立場を利用して、うまいことをしようという目論見だけだ。政府の懐を狙って、「ベンチャー企業を一つ用意しろ」と要求する。ふざけるな、と思う。

政府の用意した企業を一つ使ってEB5の永住権を取り、自分で努力も労働もせずアメリカで暮らしていこうとしているのである。もし、政府が彼の要求をのめば永住権は手の届くところにあるのである。
NetFlixにストーリーを一つ売れば、のうのうとニューヨークで暮らしていけるだあろう。

ロイヤル・ストーリー、ロイヤル・ブランド ロイヤル・アフィリエイトを売る
ロイヤルストーリーを売って、日本国民の感情がどうなろうと彼には興味の外だろう。むろん日本国民の皇室への感情は地に落ちるにちがいない。


いや、会社を一つ与えるのだから、それを経営すればよいだろう?と。彼にその能力はあるか?
会社系絵に失敗して瞬く間に困窮し、群がってくるアメリカのメディアに何かを売り始めるだろう。ロイヤル・ストーリーを売るか売らないかという問題ではなく、いつ売り始めるかと言う問題。

留学をさせるところから間違っていたのだ。
後記:さすがの外務省もこの小室圭のべらぼうな要求は聞かなかった。その代わりウイスコンシン計画を進めるようだ。

#Noと言おう
#小室圭にベンチャー会社をくれてやるな

NOと言おう

ニューヨーク総領事館にNOと言おう。
小室圭に企業を一つと資金を与えて永住権をくれてやるようなことをさせてはいけない。

#NOと言おう

#小室圭にベンチャー会社をくれてやるな

アメリカに住んでいる日本人、日系人の諸君。
あなたは永住権を取るまで何年待った?どんな我慢をした?どんな犠牲を払った?

出国ができず待っている間に、親族が亡くなった方もいる。親を呼び寄せるために、自分の愛しい人のために国籍を捨てて永住権を取らせた。
困難な時期にはダブルジョブは当たり前だった。自分の努力でビザを取り勉強をし資格を取って、永住権を取って、自分の力と責任でアメリカに居場所を築き上げてきた。

領事館?
東北大震災の時は草の根からファンドレージングをし、物資を募り日本に寄付をした。領事館からねぎらいのメールをもらったことはない。大規模ブッシュ・ファイアーの被害の時も、安否のメールさえもらったことはないな。

小室圭は今政府にベンチャー企業を一つ作れと要求している。
会社を作る能力もない男が、企業を作ってもらって資金を注入してもらってオーナーになり、自分の永住権を取るために利用しようとしている。

小室圭は借金の山を作るほか、自分でどんな成果を出してきたか?
本来入学できないはずの大学に入学し、取れないはずのコースを取り、資格試験は失敗した。自分の力ではアパートさえ借りられず、警備費も払わず、ビザをスポンサーしてくれる会社がないので、今日本政府に自分の永住権を取るための会社を一つくれと要求している。

小室圭の行為を看過できるか?

コロナのせいで失職し、収入が減り子供を抱えて困難な時代を耐えている日本の諸君。日本政府はこの人間のためにベンチャー企業を一つ資金を90万ドルくれてやろうとしているかもしれなのだ。彼の永住権のためだけに。

永住権を取った後は、ロイヤルストーリーを何十億で切り売りしてアメリカでぬくぬくと暮らしていくのか。
日本の納税者はこんなことのために苦しい中、税金を払ってきたのか?

NOと言おう。NOという意思を示そう。声を上げよう。
ニューヨーク総領事館にNOと言おう。日本政府にNOと言おう。
SNSで意見を発信しよう。

業務を妨害したなどと、ケチをつけられないために手段は考えていたただきたい。まずはSNSから

******
情報が検証できる場合は発表された記事から検証する。
●例えばLowenstein Sandlerで働き始めたからOPTと推測できる。OPTの期間は1年なのでOPTの終了時期は5月だ。
●彼の学生ビザは5月で切れるので、ステータス変更はすでに手続きが始まっているか進行中であるべき。
●5月過ぎに別の企業で働き始めたら、その企業がビザのスポンサーであると断定できる。
●ジャーナリスト篠原氏/雑誌テーミスの情報がどこまで正確かを検証する方法は、我々第三者にはない。
●突拍子もないウイスコンシン計画がリークされたが、計画自体の存在を否定する情報も今のところない。
●「ベンチャー企業」についての情報は、テーミス/篠原氏が最初のリークである。

●テーミスは読んでいない。F1の失効時期と「ベンチャー企業を要求した意図」を永住権と結び付けて結論したのは、今のところこのサイトだけである。

もし、「ベンチャー企業」が事実無根の情報であったとしても、これまでの日本政府の行き過ぎた「支援行為」は国民の我慢の限界を超えている。

日本政府による1個人へのビザの支援などをやさせねばならない。Noと声を上げなければいけない時期に来ているのだ。

後記:さすがの外務省も小室圭のこの要求はのまなかった。代わりにウイスコンシン計画を進めている。

関連記事
緊急:小室圭の狙いは永住権だった

ベンチャー企業を用意しろという意味


K君ついに暴かれるビザへの道

2/2日
新情報が発覚し、小室圭が狙っているビザはEB5永住権だということがわかりました。
したがって、以降の記事はLビザ取得を仮定して書かれていたので、訂正書き直しました
EB5永住権へはこちら記事

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今回発覚した投資ビザEB5/永住権と駐在ビザLがどのように違い、何が異常なのか解説していく。

駐在ビザL

これは二国間にまたがった企業の従業員に発行されるビザで、日本から派遣される駐在に発行される。Lビザはアメリカ支社の従業員である間だけ有効。会社を辞めたらビザは無効。最長は7年。

留意してもらいたいのは企業が人を雇うことでビザのスポンサーになる。ビザが欲しければスポンサーになってくれる企業がないかぎりビザは取れない。

投資ビザE EB5
ところが投資Eビザは違う。スポンサー企業が必要でない。

専門資格を持っていなくても(弁護士でなくても)自分で投資の会社を立ち上げアメリカに50万ドル(50万ドルは最低限ー1ミリオンまで)以上の投資をする条件で、永住権が与えられる。ビザのカテゴリと言いながら実際は永住権である。ビザの条件を5年間クリアできれば、アメリカ合衆国市民権をとれる。

アメリカが2000年前に、投資と経済の活性化のために新設したビザカテゴリだ。金さえ出せば永住権が取れるので、共産党幹部が争ってEB5を取りアメリカに入り込んできた。審査時間がずっと短い。審査の優先順位が高い。

駐在ビザLであったなら、私はこのような危機感を覚えなかった。
なぜなら、雇用を通じたLビザはアメリカの支社に縛り付けられるからだ。彼の場合、Lビザであったら、給与もアメリカ支社の基準にのっとったものであっただろう。

細々と駐在ビザは最長年数がある。さらに永住権を申請する場合は、この支社を通して申請することになる、申請審査にパスするには数年がかかることになる。だから、ほそぼそとニューヨークで暮らす分には、それほどの危機感を覚える必要はなかったからだ。

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アメリカでは就労ビザを持っていて初めて営利のビジネスに関与できるからだ。言い換えると
小室圭は就労ビザに切り替えなければ、いかなるビジネスもできないし5月以降アメリカに滞在することができない。

最もあり得ない可能性として最初から排除していたのが「永住権」
F1の留学生に雇用を通じての「永住権」がいきなりとれる可能性はほぼ0だ。F1から雇用を通じて企業が雇うのはビザであって、まず永住権もない。

そのウルトラCを可能にするのが投資ビザEB5.
50万ドル以上の資金をもって会社を興しアメリカに投資して永住権を取る。繰り返すが、誰かにやとわれてビザをスポンサーされる必要はなく、自分が企業オーナーとしてEB5を申請できる。

先月、松居ー代がEB1を取って、Yahooのニュースヘッドラインになったが、彼女は自分の資金で自分の会社でEB1を申請してパスした。いろいろあるが、彼女自身の実力である。

小室圭に何があるか?借金の他に、。
彼に投資会社を一つ立ち上げる能力も無くて経営の才能もあるかどうかも不明。
その彼が、こともあろうに政府関係者に「会社を一つ用意しろ」と要求したという。


50万ドルと会社と永住権をくれてやるのか?ここまで日本政府はしてやるのか

永住権が取れれば、どんなビジネスも可能になり、ウイスコンシンに行く必要もなければ弁護士資格も必要ではない。
アメリカのうなるほど金を持っているセレブは弁護士を雇う。弁護士より金を持っているから雇うほうだからセレブなのだ。

彼らが永住権を取った暁、「皇族の位を降りた私」などという告白本がアメリカ社会に売られるのか?NetFlixで、もとプリンセスのライフ・スタイルなどというシリーズがリリースされるのか?
EB5は永住権だ!ただの就労ビザではない、。こんな野望はもう看破できない。

後記:外務省はさすがにこのべらぼうな要求はのまなかった。その代わりウイスコンシン計画を遂行している。

人種差別

人種差別はあったかというと、いろいろ人間の区別もあったし、移民のうちらからすると、そんなことをいちいち気にしていられないというか、

アメリカで訴える

弁護士あるある
それはビジネスが安定し始めて、3年ぶりくらいに半日休んで友達の集まりに出たのであった。自分にご褒美を上げるつもりで。そこで、友達の顔におかしな斑点があるのに気が付いた。勘のいいひとはお分かりだろうが、レーザーである

引退後の海外移住

Yahooで「リタイア後にマレーシアに移住した老夫婦の悲劇」なんて記事が載っていた。
もし、コロナの禍がなかったら移住(死ぬまで永住計画)は成功していたのだろうか?とおばちゃんは自問するが、どうだろ、。どちらかが病気になった/亡くなった時に日本に帰国したんじゃないかと思う。

おばちゃんたちより数年前に日本に帰国していた古い友達は、マレーシア移住計画団?に携わっていて、おばちゃんもマレーシアに行かない?って誘われましたわ。
いやぁ、帰ってきたばっかりだし。マレーシアは知らないし。

海外移住の仕方は知っている。
もし、会社勤めで今度はマレーシア、これが最後だから3年お願いって言われたら。3年は暮らすかも。10年は困る。10年後だと、日本に落ち着き場所を作るのが遅くなるから。

実際、このマレーシア移住推進団体ってどうなのよ、。とちょっと調べてみたら、いくつかあって、マレーシア政府も肩入れしている本気の移住の場合は、参加年齢の上限があった。

若い日本人に来てもらって、マレーシアを開発してもらって子供もマレーシアの子として育ってもらって、と自国を別の国の人に開発してもらおうという意図が見えた。ふ~ん。
これは本気の移住なんで、老後にヤシの木陰で昼寝がしたい人向きではない。

別な移住計画では、これはリタイアの人用だと思うけれど、永住権を与える条件として現地通貨での預金を要求してくるのね。現地通貨で最低限500万日本円を預金してもらうとか、その他資産額だとか、年金額がいくらだとか申請条件がある。

移住計画では、現地の生活費は日本に比べてどのくらい安いかとか、お手伝いさんを雇えるとか、日本のお医者さんもおりますとか、いろいろ夢をあおってくるのね。ヤシの木陰で昼寝の夢を見ましょうってわけね。

例えば現役時代に2か国くらい駐在経験がある夫妻が、10年くらいの期間限定でマレーシアとかシンガポールとかフィリピンに暮らすのはありかなと思う。

でも70代以降には体のメンテがいろいろ必要になるし、日本人の医者がいますから、って信じちゃいけない。
アメリカでさえ、日本人の医者はいたけど、心臓外科、脳外科って全科目いるわけでなし。いざややこしい病気になったら、日本に帰って入院するかって、よくあることだからね。マレーシアの現地の病院にどれだけ医療器具がそろっているかもあてにならない。

そういう外地事情を知らない人、海外生活をしたことがない日本人で、それも70代夫妻がいきなりマレーシアに移住しちゃった!って、無謀だと思う。

おばちゃんなら、500万円を現地通貨で銀行に入金!ってとこで、まずレッド・フラグだと思う。

リンギット!?なにそれ、強いの?美味しいの?
絶~対いや。ドル口座ならまし。億単位の資産を持っている人なら、はした金だろうけど、リンギットの預金を言い張るならこの話はなしね。

でも、この老夫婦の場合は、それが永住権の要件だから預金してしまうのね。手持ちの資金でアパートだかを買って、運用しようとした。ところが、コロナでマレーシア経済もあえなく沈んで物件は売ろうにも売れないし、リンギットも大暴落。奥さんは日本に帰国して、70代で離婚だって。

70代に永住・移住を進めてしまうって犯罪でしょう?乗っちゃったほうもヤシの木に憧れすぎ。
その国に子供もいなくて、夫婦二人だけの場合、どちらかが病気したとき、あるいは亡くなったとき、外地で暮らすのは無理があるよ。初めての外国で。


資産を手放しちゃだめだよね。日本の家は貸して、10年のロングステイで昼寝を楽しむだけで十分だったのにね。


永住権 泣き笑い

駐在で3年くらいたつと、頭の後ろに黒い焦りが張り付いて取れなくなる。
できればこのままアメリカに居たい。

数年ごとにビザの更新があって、手続きが面倒くさいが首尾よく更新が済めばまだいられる。更新を繰り返して7年まで。すでに3年が経過して、あと4年で限界かと思うと焦りがわいてくるのだ。

日本であった人間関係のゴタゴタ、生きづらさ。あちこちでぶつかる日本社会の壁みたいなもの。閉塞感。日本での先の見えない人生のもどかしさ。

そんなものがすべて吹っ飛んだ外国。
あまりにも青くてすこ~んと澄み切ったカリフォルニアの空の下で、もっと自由に息をしてこのまま暮らしていきたい。そんな渇望に心があぶられるようになる。

駐在ビザの最長期限は7年である。いずれその時が来る。何もせずにその時までカリフォルニアを楽しむか。それとも目の前のチャンスをつかむか。

アメリカ経済の浮き沈みは会社の業績にもろに反映し、人員整理に直結している。もし日本本社が支社長を変えれば、新支社長の方針次第で人事の移動もありうる。下手をすると従業員の誰かに日本帰国があるかもしれない。

ビザを持つ会社と、その会社に働く従業員は圧倒的な立場の違いがある。従業員には何も切れるカードがない。仕事ができるから別の会社に誘われても、現会社を辞めればビザはパーである。会社がアメリカ滞在の命綱を握っている。
これが駐在員。就労ビザの実態。

駐在員を一人アメリカに派遣する場合1000万かかるといわれている。
駐在ビザを取り住居と中身を用意して本人と家族家財道具を日本から送り出すとそのくらい費用が飛んでいく。

グリーン・カード永住権は従業員が持てる唯一の切り札。
会社が首だ!と言ってもアメリカで生きていける。会社の意向、支社長の意向をうかがわなくても、自分の意志で会社が移れる。もっといい給料をだすという会社に大手を振って移れる。会社に「ベー」と言ってやれる。

大手会社によっては、駐在派遣の駐在員がグリーン・カードを申請したら首っ!という会社もある。会社が金をかけてアメリカまで連れてきてやったのに、グリーンカードを取るなんて、独立の下心でもあるのだろう。ケシカラン!

永住権の抽選

ケシカラン!と言われてもグリーンガードが取れたら勝ち。
おばちゃんたちが移住した直後にガバメントが永住権の抽選プログラムを始めて、この抽選に当たった兄妹がいた。あたったというと、運がいいだけに聞こえるので、この場合は永住権を当てに行った。

最初の抽選プログラムはうっかりしたことに、申請書の数に制限をつけるのを忘れた。
この兄妹は二人で実に200通の申請書を書き、ワシントンDCに飛行機で飛んで、抽選プグラムのガバメント当局に一番近い郵便局に申請書をだして、見事兄弟二人と親戚分の永住権を手に入れた。
当たり前だが、この申請書の数はその後1人1通に制限され穴はふさがれた。しかし、2年か3年後だった。

おばちゃんたちは、抽選プログラムのことも知らず、下手に会社にグリーンカードのスポンサーになってくれと言うと首になるかもしれないので悩んでいた。が、マネージャーのテリーさん(ベトナム2期サービスで市民権を取った人)に相談した。

大丈夫よ。会社がスポンサーになるにしても申請手続きの金を出すのが嫌なだけで、自分で費用を持ちますといえば申請しても構わない。
だって、支社長は英語がわかんないから、実際の書類を用意するのは僕よ。やってあげるから大丈夫。
ありがたい。おばちゃんはさっそく移民弁護士を探して、申請を依頼した。

優先順位

会社の雇用を通しての永住権の申請は「優先順位」が高くない。
優先順位が高いのは、アメリカ人の配偶者、子供、親。アメリカ人と結婚すれば、早ければ2~3か月でワーキングパーミットがとれ、1年後には永住権を手にできる。

雇用を通した永住権の申請は、アメリカの労働市場に不足した技術を持っていれば、比較的早くワーキングパーミットが下りる。古くは日本人の庭師(日本人は手先が器用で庭仕事に才能があると思われていた)寿司シェフ、IT技術者などは比較的早く下りた。
おばちゃんたちは、申請を出した後、思い出したように移民局からリクエストが来る書類を提出し、待つこと3年。ついに永住権を手にした。
これで一安心である。アメリカで大手を振って暮らしていける資格ができたのだ、。会社が何と言おうと、首にされても他で生きていける。

欲しい、欲しい、永住権が欲しい。
雇用を通じての申請が難しい場合、結婚を通じて永住権を狙うしかない。
アメリカ映画でもグリーン・カードは題材になったが、事実はあんなに生易しいものではなかった。これは人間として正しいのか?と思ったケースもあった。とても書けない。軽いケースだけ書くと、

珍しいが、ある男の子の例である。
前提として、日本人の女の子が裕福なアメリカンと結婚をしてグリーンカードを取った。結婚はうまくゆかず泥沼の離婚裁判となって、日本人の女の子はかなりの資産を分捕った。永住権を市民権に切り替え彼女はアメリカ人になった。

彼女は生物的時間が迫っていてどうしても子供が欲しかった。それで同じ日本人の男の子に目を付けた。彼は、就労ビザを狙っていたのだが、要件が足りないのである。日本の親は早く帰って来いという。専制的な親から逃げるためにアメリカに来た。でも、帰りたくない。永住権を取って、アメリカで生きて生きたい。

そこに、彼女から申し込み。
種をくれという。子供が欲しいので種を提供してくれたら結婚してあなたの永住権をサポートしてあげる。その後別れてもいい。子供を養っていく財産は有るので、親としての義務は持たなくてよい。
子供は生まれた。彼は永住権を取っただろう、でもおばちゃんは幸せなその後を想像できない。

同じく永住権はすでに持っていた独身の男。結婚を考える日本人の女の子がいた。
永住権者が、何も持っていない女の子の永住権のスポーンサーになることはできるが、優先順位が低いので彼女が永住権をとるまで7年から10年かかると言われていた。

そのため彼は市民権を取り、彼女のサポートをすることにしたのだが、。
市民権が取れた後、ある女が近づいてきて結婚してくれれば2万ドル払うと言った。そこで、彼は心が動いたのである。

書類上の結婚をして、付き合っている彼女との結婚生活の資金にしようとした。2万ドルを手にして、女の永住権を申請して取ってやった。すると、女が行方不明になった。

計画ではこの後、女と離婚して付き合っていた彼女と結婚するはずが、女は行方をくらませて離婚ができない。青くなっているところに女から連絡が来て、金をだせ。出せば離婚してやる。

自業自得としか言えないのだが。
裁判になれば彼は金欲しさに永住権の詐欺をやったとして不利になるし、裁判費用が掛かるし、でも裁判以外に解決法がなかった。最終的に離婚はできて、彼女と結婚したけれど、高くついた偽装結婚だった。

乱闘のケースは2件知っている。
1件は二世の男をめぐって、女が床で取っ組み合いをした。もう一件はアメリカ人の男をめぐって、3人の女が乱闘。自分以外の女を追い出せば家と永住権も手に入るから。

おばちゃんたちは、割とすんなりとれたほうだ。3年待っただけなので。
今日本に帰ったら負けだと思う。アメリカ社会に負けた気がする。能のない奴が負けて日本に帰った。俺は負けたくない、日本に帰りたくない。帰ってたまるかと思う。

ビジネスを始めて人の関係が広がると、そこでもここでも永住権が欲しい悩みを聞かされる。しかし、永住権はアメリカで生き延びられる魔法のカードではない。

永住権を取った後、人生はまだ続くのだ。

LAの暴動があり、セプテンバー・イレブンがあり、バブルがはじけリセッションが始まり、知人のアメリカ人の不動産エージェントはホームレスとなって娘と車で生活していた。

社長だった男が元社員に連れられて、レストランでおごってもらっていた。
試験を受けてライセンスを取って、会社に勤められたと思ったら、会社が持ちこたえられずに解散してしまった。

不動産の暴落で気が付いたら家の査定額はローンの残高より下になってしまった。これでは家を売ってもローンしか残らない。

会社を当てにして暮らしていた人は耐え切れずに日本に帰国するかどうかの選択を突き付けられた。永住権を持っていても役に立たないのだ。

夫を当てにしていた人は夫が亡くなるとひっくり返った亀になる。財閥系の会社でローカルを下に見てた人が、独立したとたんに相手にされなくなって、自分の価値は後ろ盾の財閥の看板だったのだとわかる。

このコロナ禍で、アメリカ社会はまためちゃくちゃになった。
昔の取引先で亡くなった方もいる。ビジネスが成り立たなくなって、一時帰国している方もいるだろう。もうすぐ卒業なのに、という学生諸君もいるだろう。ここが踏ん張りところだと思う。

アメリカ社会の立ち直りは早い。
これは帰国して日本の社会と比べてみると実感する。アメリカの実労働層はずっと若くて活力があって流動性がすごく高い。昭和の高度成長期を思わせるポテンシャルの高さ。


大恐慌もリーマンショックのリセッションも最低最悪だったのは3年。今は踏ん張るとき。泣いても誰も助けてくれないから、泣く暇があったら生きるために動け。

生き残れるかどうかは、自分の才覚による。本当に能力がある人間だけが生き残れる。
だからおばちゃんは、男を狙うより学校に行けという。爪を磨くより、技能を磨け。というのだ。


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