心が疲れた時は

Set foots to others shoesという慣用句がある。

他人の靴に足を入れてみる、、、他人の気持ちを考えてみる という意味だが、。

もしこの人の靴に足をそっと入れてみて歩いてみたらどんな気がするだろう? この人の人生に成り代わってみたらどんな風かしら?と、それ以上に解釈したいときもある。

文字通り他人の靴に足を入れてみて、その生活の一編を味わえる個人動画がYouTubeにあふれている。
コタツから一歩も出ずに他人の靴に足を入れて人生を覗きみちゃうのね。

テンのFIP治療、屋根の吹き替え、車の修理、Thinkpadの買い替えなどがつづいて、おばちゃんもヘロヘロ笑ってばかりいられなくなってきた。おばちゃんは35歳で酒もやめてしまって庭も休眠で草取りもできず気を休めるものがない。

スイッチを切ってしまいたい。
手術の全身麻酔はまこと最高だった。プチンと意識が途切れる。マイケル・ジャクソンがはまった理由もわかる。あ~あ、意識が切れたらいいのに。ブラウザーでお気に入りを巡回しているとOff Gridと、キーワードが目に留まった。
Off Grid !ええやん。

斧一本を手にして北極圏の針葉樹林でシェルターを建てる男。文明から逃れて山の岩陰に一人入れる避難小屋を作る男と犬。手にしているのは斧かノコギリ。明かりはロウソク一本。
はぁ、静か、、。

動画サイトのおすすめはOff Gridばかりになり、ふと気をそそられたのは、アジア系のお姉ちゃんが竹を切る動画である。竹を切って家を建てている。

竹で家を建てる?
おばちゃんはぐっと興味をそそられた。どうやらベトナムのようだ。
竹藪やバナナが無造作に生えている野っぱら。ベトナムお姉ちゃんが手にしているのは無骨なナタである。

ナタをふるって竹をたたっ切り穴を掘って支柱として建てる。竹を割って枝折り戸のように編んで壁と垣根を作る。屋根を葺くのはその辺にいくらでも生えているニッパヤシの葉だ。

竹で家が建つのか?!
何もなかった野っぱらに竹の家が一軒建った。電気はない。
昔、曽野綾子がバナナの育つ国では人はたやすく生きていける、との意味を書いていたが、おばちゃんはそれを、バナナを食べれば生き延びられると解釈していた。どうやらもっと広範囲の意味のようだ。

バナナが無造作に育つ気候の国では、竹も無造作に伸び、年中タケノコが育ってヤシの実、果実、山の芋、カエル、淡水貝などが無造作にとれる。

Ly Thi Caというプリプリとした健康そのもののお姉ちゃんは、無尽蔵の竹を切り出して鳩小屋、ヤギ小屋、鶏小屋を作る。太い竹を縦に割れば犬や猫や家畜のご飯皿代わりになる。
タケノコは茹でて塩漬けにすれば保存がきくし、タケノコを刻んで塩と唐辛子を混ぜて調味料を作り、また竹は節をぬけば樋となって渓流の水が引ける。
建ててよし、食べてよし。竹はバナナより活用の幅が広いのではないか?

二の腕もぱっつり張った健康そのもののリー・チー姉は庭や畑では裸足だ。冬に長袖スエットを着るくらいで、半そでのシャツ姿。土間の竃には長いままの竹を燃料としてくべる。きちんと切りそろえて薪にせんでもええんやで、という新鮮な常識!果物のチェリモヤに似た釈迦頭を枝からもぎ取って皮を剥き、その場で無造作にかぶりついて、タネはぷっと吹き飛ばす。衒いもない自然体のリー・チー姉さん。

ある日、近所の製粉所に出かけていくと米を買いその場で挽いてもらってさらに麺にしてもらっていた。ベトナム・フォーだ。角がなくソウメンのように丸いやつ。もしかしてブンというやつかな。おばちゃんは人生でベトナム麺の製造過程をこの目で見ることができるとは思ってもみなかった。NHKよりよほど有益である。チャンネル登録をした。

ジャーナリストで作家の近藤紘一は、かつてベトナム駐在派遣員の時にベトナム女性と結婚した。彼がジャーナリストとして著作や会社業務で悩んでいるときに、ベトナム人の奥さんは、辛かったら会社なんか辞めればいい。ベトナムの田舎ならコメとヌクマムがあれば生活費がかからないから、と彼に提案していたが、リー・チー姉さんをみるとどうやら本当だ。

リー・チー姉さんが飼う豚やヤギや鶏は小柄だがみんな健康そうだ。挽いたトウモロコシやミミズ野菜くずなどを食べ庭で走り回って育っている。人生、生きていくには大したものはいらないんだ。必要なら竹で作ればいい。

おじちゃんも姉さんの動画をタブレットで見ている。
時々この動画は誰が撮ってるんだと疑問がわく。
おじちゃんは絶対映さない母屋に衛星アンテナと太陽光パネルと最新型マックがあるんじゃないか?と毒を吹き込むので止めてくれと思う。

心が疲れた時のおばちゃんのおすすめ動画は

イギリスの草刈り動画Home Renovation Dreamer
Off Gridでシェルターを建てるLuxon Bushcraft 
アゼルバイジャン村の生活Kənd Dadı 
ルーマニアのJohanna’sさんDIY
トルコの獣医 Tugay İnanoğlu
ベトナムの粉瘤つぶし(とても器用で手際がいい)

湯たんぽの冬

テンの治療費で毎週3万以上かかる。
屋根の吹き替えの件は先日依頼した業者さんが下見にやってきて、見積もりを作成中である。中古いうより老古の家を買ったので、屋根の修理は心づもりしていた。

コロナがなければ老後生活は計画通りとなっていたはずだが、コロナのせいで世界中の心づもりはみんな狂った。うちだけじゃない。

先週は愛車の軽自動車からオンオンと異音が聞こえてきた。
修理工場に入れたら、右前輪のベアリングが壊れていたそうであった。

2ヶ月前は里に下りる坂道でブレーキが利かなくなった。ギアを落としてエンジンブレーキで下ったのであったが、ブレーキパッドがすり減っていたのではなく(車検で変えたばっかり)ブレーキディスクが焼け付いたのだそうだ。

なんたって山に家があるわけだから、外出するには山を下るしかない。常に下りなのでブレーキだけを頼りに下ると、加熱してブレーキディスクが焼け付きやすいのだそうだ。エンジンブレーキを多用するようにとエンジニアさんからのアドバイスである。多分サンフランシスコなどに住んでいる人も同じ状況なのかも。

車のベアリングを変えてもオンオン音が出るようなら、ミッションが怪しい。と警告されていた。
ミッション修理なら30万が飛ぶ。今更じたばたしてもしょうがないので、連絡を待っているとベアリングの交換だけで修理が無事済んだ。

猫のFIP治療に家の修理、車の修理ときたら役満である。(麻雀は知らないが)
車の修理代は3万2千円だった。
テンの1週間分の治療費より安い!とっくに1台買い替え分くらい使ってしまったからベアリングの修理分だけなら安いものじゃないか。いろいろ経済観念が壊れかかっているおばちゃんである。

アメリカ自営時代、雇ったある女の子は、F1の留学生から在米資格をとった子であった。家庭環境を聞くともなく話してくれたのは、、。

なんでも父親が家族の債務を背負って3億円の借金があったそうだ。
その状態でアメリカに留学してこようとはいい根性である。自分で稼いで貯めたにしては年齢が若いので、どうやって留学費用を工面したのか聞いたら親に出させたと言った。

3億の借金を抱えた親にさらに自分の留学費用を出させたのか?シンジラレナイ。
でも、3億円が3億300万になったところで大して変わりがないじゃないですか?とケロケロと言った。
まあ、そういわれれば確かにそうだ。300万増えたところで利子分にも及ばない。その後に親は自己破産して留学費用も含めてチャラになっているかもしれない。崖っぷちで育った鋼鉄メンタル子であったから今でもアメリカでケロケロと生きていることだろう。

山は秋をすっ飛ばして、いきなり初冬に突入した。
コタツは仕立てて猫用のキャットタワーも冬支度だ。おじちゃんは猫が寒くないようにヒートパッドをつけまくるので、おばちゃんは余分なヒートパッドの電気を切る。ヒートパッドの戦いである。


今年の灯油は18リットル2000円を超えるので、灯油ストーブをつけると負ける気がする。だからエアコンの暖房にした。ヒートポンプ式のエアコンの方が今年の灯油より安く上がりそうな気がするから。政府が灯油に補助金をだしてくれることは多分あるまい。

電気毛布をどうしようかなと考えているときにフルサイズの湯たんぽを見つけた。これが大当たり。なかなか具合がいい。

電気毛布のあっためる範囲はベッドの半分近くを占めるが、それだけの布団があったまると暑すぎて夜中に無意識に布団を剝いでしまう。湯たんぽは代わりに足だけをじんわりあっためてくれて、さらに電気代がタダ。

寝る前にヤカンのお湯をポコポコと湯たんぽに注いでいると昭和の風情が味わえる。朝起きた時もまだ暖かい。

コタツというものは猫のお気に入りだが、ずっと入りっぱなしだと電熱源に当てられてフラフラになって這い出して来る。ところがコタツの電源を入れる代わりに湯たんぽを入れると、湯たんぽはじんわりコタツの床と空気をあっためてくれるようで詩音は湯たんぽのそばで長くなっている。よほど居心地が良いようだ。
今年の冬は湯たんぽで始まる。

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老衰のThinkpad

またやってしまった。
ラップトップの電源ケーブルに躓いてThinkpadをコタツからすっ飛ばした。
4年前はハードディスクが壊れてPCデポでSSDに換装してもらった。その時、SSDはハードディスクより衝撃に強いですよと言われたのだが、今度はどうだろう?

落下するときにヘッドセットに絡んで落ちたので衝撃は和らいだかもしれない。帰国する前にMicrocenterで600ドルで買ったノートである。アカウントとプログラムの設定が詰まったマシンである。頼む死なんでくれ。

念のためにデーターは外付けのディスクに保存して寝た。
次の朝もテンに7時から起こされてスリープのThinkpadを起こすと何事もなく立ち上がった。為替をチェックして一通りニュースを読んで動画を見ようとした瞬間に落ちた。

やっぱ、ダメだったか。
電源を入れてもBiosのブラック画面で警戒ビー音とともにまた落ちた。おばちゃんはサハラ砂漠のど真ん中か、サンフェルナンド・バレーのBakersfieldにほっぽり出されたように心細くてたまらなくなった。

SSDが死んだならPCデポで換装してもらえばまた復活するかもしれない。
ところがPCデポのお兄ちゃんはブラックスクリーンのエラーを読んで、これはバッテリー切れかもしれませんねと言う。
バッテリーはこの前変えてもらったばかり、
いや、そっちじゃなくてマザーの上に載っている電池のバッテリー。
ああ、あれか。
でも汎用規格のバッテリー電池なら取り替えられますが、Lenovo純正品のもので変えられない電池もありますから、ひとまず蓋を開けてみますと言われた。

結果は純正品。
Amazonや eBayで型番を探すのはもう疲れた。
そろそろ寿命だろうと思っていたのだ。何もしないのにバックライトの明るさがちらちらと明るくなったり暗くなったり。バックライトの寿命はラップトップの寿命だ。7年では限界だろう。

買い替えるしかないか、、泣。

PCデポのお兄さんは、蓋を戻してまたやってきて、でも立ち上がりますよという。
SSDは大丈夫で、マザーの電池が消耗してしまっただけから日付が狂ってますんで毎回書き直してやらないとダメですけど。

生きているだけマシだわ。
今のうちに別のマシンに乗り換えないとブラックライトが死んでからでは遅い。
PCデポでは気に入ったThinkpadがなかったのでオンラインで即納を買った。週末はたぶんセットアップで大変だろう。またアメリカが死んだ。
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日米年金比較 その3

前記事で米国年金のCOLA
Social Security Cost-Of-Living Adjustments 
略して米国年金のインフレ・スライドアップ制の上昇率を表にしてみたのだが、今回は実際いくら上昇するのか金額を表にしてみる。

1)過去年から現在までのスライドアップ 金額

3行で
67歳で2000年から2000ドルを受給し始めたアメリカ人の爺様は、生きていれば今89歳で
3207ドル/月を受給してる。(額面)裕福層やしぶとい人以外、多分ほとんど生きていない。私の感想―

条件:
●スタート年齢 切り上げ切り下げなし、月額2000ドル(平均SS年金受給額1,827、切りのいい数字でシュミレーション)
●受給年のスライドアップは適応されない。

次は

2010年から需給を始めたアメリカ人の爺様は今79歳2526ドル(額面)を受給してる。
ばあ様の受給額は爺様の半分程度で1200ドルと考えると所帯で3789ドル。
年齢的に現在リタイア層の平均的受給像みたいな気がする。
13年間で増加が526ドルか、家のローンが昔に終わっていれば節約と貯蓄で生活できるか?

ところがUSセンサス統計からみると全米世帯年収・中央値は右肩上がり
Median household income
2018 $ 61,136
2019 $69,703
2020 $68,010
2022 $76,330
LA Timesによれば南カリフォルニア オレンジカウンティでは8万ドル以下はローインカム

Southern California
In Orange County, one-person households making less than $80,000 a year are considered low-income, according to the California Department of Housing and Community Development.

That’s up from just under $76,000 last year, and puts Orange County as the most expensive of the Southern California counties

家のローンが終わっていたとしても年金だけの収入は低収入貧困層になってしまう。。
ニューヨークやカリフォルニアなど豊かな州で、今後のインフレ率を考えるとCOLA上昇率にはとても追いついていない。節約ではとても足りないので、生活指数が低い州・市に移住を真剣に考えるべきか。


将来の上昇金額をシュミレーション

2020年からシュミレーション3種

要件:将来の場合、COLAを何%に仮定するかというと
1)FRBのターゲットのインフレ率は2%なので2%。
2)今と経済感覚が似ているような気がする90年代の2.9%
3)過去1975年から現在2023年までの48年間のCOLA平均%3.79%

1)2%のシュミレーション

健康に気を付けてきた中産のアメリカ人層でも80歳にたどり着くのがやっと。
もう一息頑張って83歳3000ドルになれる人は裕福層を除いて多くない気がする。
あくまで私の感想ですが、。2000ドルはあくまで統計上からの平均的目安であって、個々の受給額は様々。アメリカはほっとんど共稼ぎなので世帯収入は倍と考える。


2)シュミレーション2.9%

平均2.9%なら80前に3000ドルに到達か。

3)シュミレーション3.79%

3.8% これは無いわ~って気がする。
84歳で2倍の4000ドル/人?世帯では7000~8000ドルか?
その時、不動産の価格は2Bコンドミニアムでも2ミリオンだったりして。
ビッグマック1個が40ドルとかね。

2009年、忘れられなかった言葉。
サブプライム不況で解雇された勤め人、会社がなくなった勤め人。売り上げが底をついた自営業があふれていたころ、在米で銀行の元副頭取が奥さんに向かって言ってた。

「なっ、俺が言ってた通りだろ。年金は不況に強いんだ」

確かに米国年金はインフレで上昇する。
サブプライム不況の時は物価が落ちたが下がらない年金はあてになったはず。ただ、年金だけで暮らすのはアメリカでも大変。
2035年には年金の資源が尽きるなんても言われている。
あと12年先だし、危機回避もするだろうし、その時まで私は寿命がないと思うし、まあ、何とかなるっしょ。

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テン・ジュニア FIP闘病記10 あっちのほう

診察から帰ってきた月曜日、ドクターから夜8時に電話があった。
Mutainで治療を行っている懇意の同業者に聞いてみたら、あっさり薬の輸入情報を教えてくれたそうである。

言ってはみるもんである。
後発のモルヌピラビルで投薬の15周目を過ぎ、完治まであとどのくらいなのか、あるいは完治を目指せるのか不安がある。FIPウイルスのトドメを指すために最後の2週間ほど特効薬中の特効薬Mutianを使えるならなぁ、とドクターに言ってみたんだが。

おばちゃんがそそのかしたドクターはMutianを持ってるクリニックの先生と入手法や治療の話をしてみたところ、第一案:Mutianに変えるなら追加で6週間と言われたそうである。

規定の12週間の半分?長すぎやしないか?
モルヌピラビルでは追加もいれてすでに15週間を治療中である。
薬を変えてさらに6週間というのは絶句。都合15+6で21週 都合5か月ではないか。

おばちゃんの思惑を感じ取ったか、ドクターは次にこんな提案をした。
第二案である。
FIPの専門家がいうにはモルヌピラビルで15週間治療中なら、ステロイドを併用してはどうか。
テンの右後脚に巣くっているかもしれないウイルスを叩くために、まず神経症状や炎症をステロイドで抑え、モルヌの効きをよくする。ステロイドはウイルスをたたくわけではないが、ステロイドで神経系の炎症を抑えてその分ウイルス薬が十分効果を発揮できるようにしてやる。
なるほど。

対症療法ではなく、ステロイドをウイルス剤のブースターとして使うのか。
でも薬の量が重要ではないか?
どのくらいの量のステロイドが炎症や神経症状を抑えて、ウイルス薬の効き目を最大限に引き出せるのか?

我がドクターはステロイドならすぐ処方できます。何なら明日にでも取りに来られたら、などと提案された。
おばちゃんは電話では決断したくなかった。来週の月曜日に2案の詳細をさらに詰めたい。ステロイドはそれからでも遅くないのではないかと思った。

何故かというと、テンはめっちゃ元気なのである。
それもあっち方面が、、。
先週は詩音のお姫様ソファにオシッコをかけられて、カバーとクッションをおじちゃんが洗濯をしたあと、またやられた。匂いが完全に抜けていなかったのだね。

テンはもう11か月である。華奢な後ろ足に似合わずタマタマはますます充実してきた。ぷっくりと可愛い、スプレーをしなければ。
次にやられたのは、おばちゃんのジャケット。
急に涼しくなって夜卓球にウインドブレーカーを着て帰ってきてソファの上に置いた。

テンが見慣れないジャケットを珍しがってソファに上りしきりに匂いをかいでいたのを見ていたが、妙に下半身がモゾモゾするのでおかしいと思ってチェックしたら見事にやられた。

次の日も同じソファのクッションにやられた。ウインドブレーカーにした時の臭いがクッションについていたのかもしれない。
お気に入りのクッションだったのに!中身のワタは捨てた。ソファ自体にも3か所シミがついてた。ソファは洗えないので捨てるしかない。それまでは防水シートをソファにかけ、
特大版のペットシーツで覆った。

保護猫でアメリカに連れて行ったニャアニャン(去勢済み)は心理ショックでスプレー行動が復活し、カリフォルニアで猫専門の有名医からいろんな薬の処方とカウンセリングを受けたが、亡くなるまでの10年間とうとうスプレーはやまなかった。

彼のためにカウチを2つ捨て、アパートの敷金は洗浄費用で戻らなかった。家を買ってアパートから引っ越すときに、引越屋の白人のチーフがカウチを運ぶときにニャアニャンのオシッコがついたところが顔に当たったと激怒した。

わざとやったわけではないのよ。おばちゃんが謝って洗濯代にしてねと彼のシャツのポケットに20ドル札を入れた。100ドルにしたほうがよかったのだろうがもったいなかったのだ。猫のオシッコのせいで危うく引っ越しが中止になるところだった。

オス猫のオシッコはあまりにも臭いので家一軒がダメになると言われたりする。
ニャアニャン10年間の悪夢がよみがえってきておばちゃんの心は深く沈んだ。

おいコラ、テン! ション〇ン太郎、お漏らし小僧。おまえ、FIPはもう治ったん違うか?

FIPが完治したとしてもテンの免疫系統にダメージを与えないためには、最低2か月避妊手術はできない。その間、元気でスプレー行動が定着してしまうと、去勢手術をしてもスプレー行動だけ習慣で残ってしまう恐れがある。

フライパンから脱出するとそこは火の上、というか。
おばちゃんは頭がくちゃくちゃに乱れている。
ステロイドを併用したら完治するかもしれない。薄氷を渡るようにテンの体調を見張りながら去勢手術をして、時期を図りそこなうとFIP復活してテンは死ぬかもしれないし、治っても家はスプレーでダメになるかも、。

ロシアン・ルーレットでんな。
おばちゃんの人生はこんなんばっか。

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日米年金 比較 インフレで年金はどのくらいスライドする?

日米の年金比較2である。
老後資金・年金はインフレに弱い。余生が20年あるとして物価の上昇に日米の年金はどのくらいスライドするのか?
この記事のポイントはインフレ・スライドに焦点をあてて日米の年金を比較してみる。
参考とするのは日本年金局とSSAからの統計

まず日本の年金はどうか。
厚生年金・国民年金の年金スライド率・改定率 推移統計を発見!
見やすく表にしてみた。

http://www.office-onoduka.com/nenkinblog/2008/04/post_138.html

2000年ごろから日本経済の沈下が顕著になったのだろうか。
令和になってから支給額上がったと思えばマクロ引き下げもある。

コロナとウクライナ危機、円安のせいで電気・ガス・ガソリン・灯油などのパワー、食品、物価すべてが上昇してる。今年来年にかけて果たして年金は実働どれだけ上がるのか。賃金も上昇しているとはいえ、上がっているのは大企業が主であって、下じもの民の時給が上がっているという実感はあまりない。
物価の上昇に時給はとても追いつかないが年金の調整はもっと緩い。

来年度の改定はどうなのだろう?
2024年度インフレスライドアップをすれば年金受給者すべての受給者が対象になるので、わずかな%でも政府は莫大な資金が追加必要になる。現役世代の社会保障費負担はすでに、いっぱいいっぱい。

日本の年金は来年インフレ加算があったとしても、まわりまわって物価・税金・社会保障費などで年金生活者の手元から搾りとられるのではないかと思う。

米国年金はどうか?
アメリカの年金Social Security にはSocial Security Cost-Of-Living Adjustments 略してCOLAインフレ・スライド制度がある。毎年10月に消費者物価指数Consumer Price Index/ CPIが発表されCPIが3%を超えるとCOLAが発動する。
https://www.ssa.gov/oact/cola/colaseries.html
COLA変動の推移を表にしてみた。

過去5年で米国年金は20.3%上がった。
今年2023年10月13日に来年の調整%が発表予定だが、前分析では3.2%あたりになるのではないかと予想されている。

アメリカ政府は死ぬまで年金を上げ続けてくれる。年金生活者に気前がいい。アメリカのほうが恵まれているかも、おっと?早まってはいけない。どうしてスライドアップが毎年のようにできるのか?

アメリカは若い国で老齢人口率も日本よりは低い。常に若年層の流入がある国。経済の新陳代謝が早い。―――そしてアメリカ人の平均寿命は短い!!!

アメリカ人の一般人の平均寿命は日本人よりず~~と短い。
男性の平均寿命73.5歳 女性79.1歳。80歳にも届かないのだ。

さらにアメリカの年金の受給開始年齢は67歳だが、毎年受給開始年齢が遅くなる。10年も年金を支給しないうちに国民が死んでくれる。年金のインフレ・スライドを十分享受しないうちに死ぬアメリカ人が多いということかもしれない。

やった!来年もCOLAで年金額が増える!と喜ぶアメリカ人年金受給者の寿命は日本人より短かった!あらま?

ただ~、この統計の平均寿命というやつはあくまでも統計。
アメリカ人の平均寿命が短いのは、実は若年層が若いうちに亡くなる率が高く統計上は平均寿命が短くなる、と言われていたりする。

実際のところアメリカ人でも富裕層は長生きだ。
運動をし健康的な食生活を心掛けカバーの厚い健康保険を持っている。
貧乏人ほどジャンクを食べ太って病気にかかりやすい。ろくな健康保険も入っていないので早く死ぬ。アメリカ人の寿命と資産の額は正比例すると思う。

年金をあてにしなくてもいい健康なジジババ富裕層がCOLAの恩恵を受けてますます年金を増やし、生活費ではなくて、お小遣いや投資用に回してたりしてね。

若いころからせっせと働いてきた庶民層は、きっとどの国でも節約や就労を強いられているのが実情かもしれない。抜け目なく強いドルを生かそうと思えば、通貨が安くて治安がよい国へ移住するが吉か。

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日本の年金だけで老後を生きようと思ったら無理。
それなりの老後資金の準備がいる。それが世を沸かせた2000万円問題だった。

では、アメリカの年金だけで老後を過ごせるか?ム・ム・ム無理かな?
実はアメリカで老後に必要な資金は50万ドルといわれる。高い医療費もあるしね。
$500.000、50万ドル、1ミリオンの半分。

半分の25万ドルでも準備ができているアメリカ人は少ないのではないだろうか?4人に一人は貯金が0といわれるアメリカ人であるし。

さらに、アメリカの年金額はどうか
日本の公的年金は国民年金+厚生年金。アメリカの年金はSocial Security Payment
統計では2023年 アメリカ人の平均SS受給額は月額$1,827/1人、夫婦なら$2700。都市部で住む家のローンがすでに終わっていたとしても夫婦での生活はできない。働かねばならない。

よく聞いたアメリカ人のリタイア・プランというのは、若いうちに都市部で家を買いチャンスがあればより資産価値の高い家に住み替える。年金だけではなく401Kなどがある会社で働く。
リタイアの時期が来れば、都市部の家を売って売却益をもって物価の安い州に引っ越して、貯金を崩しながら年金で暮らす。ソーシャルセキュリティで暮らすなら物価指数の低いテキサス州や市などの情報があるので住み替えの参考にできる。

自宅を持っているかどうか、がリタイアの大きなポイントであったと思う。
アメリカの住宅は2000年から比べて現在では3~4倍ほどの価格になっているはず。定石通りに家を売って物価の安い州に引っ越せば、年金が月3000ドルでも夫婦悠々の生活ができるかもしれない。

ローンが終わった家があってもそのまま都市部に住み続けようとするなら、夫婦月3000ドルの年金では生活は難しい。せめて4000ドルは必要。そうでなければパートタイマーで働くか。あるいはBobのように間借り人を置くとか。

老後のための投資は401K は?
アメリカ人の4人に一人は貯蓄がゼロ。
会社を首になったり。
会社は2 Week Noticeを出せば従業員を解雇できる。雇用を守る義務は会社にない。
働く会社自体がつぶれて消滅したり、配偶者が出産や病気で一馬力になったり、、そんなことはいつでも起こるアメリカ社会である。

会社が首尾よくつぶれもせず合併も売却もされず40年同じ会社で働いた、、などとはごくごくまれなケースではないか。波乱万丈のアメリカ社会を生き抜いて、お宝の貯蓄と投資を守り抜いた勝者は一握りかもしれない。
持つ者、持たざる者がはっきり分かれてしまうのがアメリカ

スーパーでも小売店でもアメリカ人高齢者は働いていた。
Marshallなんてレジはジジババがほとんどで、何をするにも遅くて愛想が悪かった。就労への敷居は日本より低いかもしれない。

富裕層は別にして、一般アメリカ庶民も年金が足りなければ節約して老後でも働かねばならない。物価の安い州あるいは国境を越えて引っ越すとか、アジア系なら子供と同居するとか、あれやこれやで何とか工夫して暮らす。

サブプライムからのリセッションでアメリカの中間所得層はかなり力を削がれ、Covid-19のせいでさらに中間層は沈み、アメリカは富裕層と下層に2極化がひどくなっているのではないか。
年金だけで暮らせるアメリカ庶民はたぶん多くないと思う。

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鬼のかみさん

CTスキャンをとって会計を済ませたら午後2時を回っていた。
病院の駐車場はアスファルトの輻射熱で温室の中を歩いているようだった。

おじちゃんとおばちゃんの前には160センチそこそこの老夫婦が駐車場の同じ方向に向かってゆっくりと歩いていた。足の長いおばちゃんは二人を追い越し、その時に小柄で総銀髪のおじいちゃまが妻に言っている言葉が聞こえた。

「お前はゆっくり歩いてくればいいよ。僕は先に行って車を冷やしておいてあげるから。」

まぁ、なんと麗しい夫婦愛!アンタ聞いた?
おばちゃんは声が聞かれない距離まで来ると、おじちゃんにささやいた。
おじちゃんは、ふんっ!と言った。

わたしの背中が痛いという訴えを主治医は割と真面目にとって、CTスキャンをオーダーした。CTの画像診断は放射線科の医師に読んでもらったそうだ。CT画像には胆管も腎臓にも何も異常なし。
診察室を出ておじちゃんに異常なしだったというと、殴られた子犬のような怯えが目から霧消した。帰りはスーパーに寄っていこうとおじちゃんはしゃいでいた。

おじちゃんは例えば、私の足が不自由になったとしても、多分「先に行って車を準備してあげてるから」とは言わないだろう。先読みをしてテキパキと計画を立てるタイプではないから。暑くても寒くてもとにかく自分より背の高い妻を抱えてゆっくり二人で車に歩くだろう。車についたら、じゃあ運転してね。というかもしれない。

私とおじちゃんが出会ったのは、大学の2年。私が19歳の時だった。まぁ、ずいぶん長い付き合いだ。大学を卒業して半年後に、おじちゃんと結婚すると言ったら親は泣いた。

結婚させるためにお前を大学までやったんではないのに、。
おじちゃんとは身長も育った環境も随分違い、親どころか同級生さえも驚いた。親が何を忖度していたか、友達が何に引いていたのか、そんなことはどうでもよかった。人間の価値は背の高さや学歴や職業で決まるものではない。“職業に貴賎なし”日頃の父の口癖であった。娘はそれを実行しただけだか。
スカーレットのように、私は決めた。私は結婚するのだ。“Merry she would!”

おじちゃんも若かったので、まさか世間知らずの大学生がタケノコの皮を剥ぐようにアマゾン族の戦士まで化けるとは思ってもみなかったに違いない。おばちゃんは自分でも化けた自覚は大いにある。

プライドと夢は高いものの、実現するための地道な努力は大嫌い。
ものぐさで本や酒に逃げ込んで自分の置かれた現実から目を背けるのは得意。実務の才能はゼロ。人付き合い経験値は地を這う。頭を下げるのが嫌いなかたくなで独りよがりな性格。集団になじまない異分子の小娘。それが10代20代のおばちゃんだった。

タケノコは竹に成長するが、私はどう成長するか自覚もないまま脱皮と変体を繰り返してきて60代のバアになった。30代で日本に居たままだったら間違いなくアル中になり結婚も人生も無駄にしていただろう。

おじちゃんと結婚したあと、変わらない自分と日本の社会の閉塞感に窒息しかけていたから、おじちゃんの尻を叩いて日本を脱出した。

この間、山の卓球サークルのバーベキューがあり、そこでなんでまたアメリカに行ったの?と聞かれたので、
日本では窒息しそうだったので、ダンナの尻を叩いてアメリカに連れてった。と答えたら、
間髪入れず、「それはご主人がかわいそう」と声が飛んだ。
そうなのか?!
おじちゃんはかわいそうな子だったのか?

アンタは私と結婚しなかったらアメリカに行くことはなかったね。と言うと素直に「うん」と言い、アメリカ生活も日本では絶対できなかったことを経験してきたから満足に思っているようだった。

アメリカの社会は自由に呼吸できた。その代わり未来は全く見えなかった。
未来は自分で切り開いて作るしかなかった。政治経済には全く興味がなかったのに、生きていくためにはファイナンスやビジネス・マネージメントを学ぶしかなかった。アメリカの社会でみじめに野垂れ死にたくないと思えば、自分を変えて戦うしかない。

かっと目を見開いてチャンスが漂ってくれば掴む。
ワラでも小枝でもつかんで自分の巣を作ってゆくのだ。理想の巣を作るためには戦うのは必須だった。

平成が終わるころ日本に帰国して人生の第四コーナーが始まった。
日本に帰ろうか?と言ったらおじちゃんは「うん」と言ったからだ。

年金を請求するまで山でバイトをした。コロナが拡大していくさなかで、おじちゃんのバイトの事業所は素早く廃業解散を決めた。オーナーが中国人だったのでやはり決断が速いと感心したものだった。中国人とアメリカ人は同じくらいビジネスの見極めが早い。

おばちゃんは下手に動いてもいいことは何もなさそうだと判断して、日夜ネットで政府の支援策やコロナの給付政策をチェックしていた。
おばちゃんたちが使えそうな支援策は申請した。
山で親しくしていた人も仕事がなくなり萎れてきて愚痴をこぼすことが多くなったから政府の支援策を教えて応援した。

現役時代は大企業の総合職で優秀な人だったらしい。細腕一本で山に自分の家を建て、都会の駅近マンションは貸し出しているはず。自分と同じ匂いがする。戦ってきた来た人だと直感して親近感を覚えた人だったのさ。様々なメディアで政府のコロナ支援策が発表されているのに、それも日本語で、なぜ情報が取れないのだろうと不思議だった。

その彼女とこの間お茶をしたら、おばちゃんを評して「肉食系」と、、。思わず口が滑ったようだ。


言いたいことはわかる。
おばちゃんは誰かを狙って食いついたわけではない。上昇するために誰かを蹴倒したこともない。

自分の家族と猫を守る時には(誰かを傷つけるのではなくて)条件があれば、条件を合わせて、利用できる制度があれば利用する。それだけだ。
傍から見ればぬるい湯につかって愚痴をこぼしあう中で、欲しいものをぐいぐい切り取っていくおばちゃんの行動力が肉食系と映るのかもしれない。

自分を憐れんで愚痴を言って泣いている暇があったら、自分たちを生かせる方法を探す。それが平成の間アメリカ社会で学んだことだと思う。

山のサークルの爺様あたりからは、ひそかに鬼嫁と呼ばれているかもしれない
うっせいわ。

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さよなら ジョイス

ジョイスは150センチ足らずの小柄で、でもプライドは高く胸をはったチャボの雌のように気が強かった。
ショッピングモールの駐車場で彼女のジャガーのボディを擦って出ていこうとした隣の車の進路に立ちふさがり両手を広げて通せんぼして、運転者を逃がさぬものかと延々1時間やりあった。

4歳年下のデイビッドが何回求婚してきて、どんな風なプロポーズをされたか聞かされた。裏表がなくいつもストレートで、表面だけを取り繕うタイプではなかった。
3年から最長7年で帰国していく日本人駐妻との付き合いは、「おほほ、っ」のお付き合いになることが多かったし、移住したばかりのおばちゃんにとってアメリカでの戦いの仕方を教えてくれるジョイスは力強い友達だった。

ジョイスは客家系の台湾経由の中国人、私は日本人でお互いの交際範囲にかぶるものも全くなかった。本音で話し合えてお互いのコミュニティの接点がなく、気楽でよかったのかもしれない。ウマがあったのだと思う。

ジョイスが台湾で結婚した最初の夫は2分の1日本人だった。
それが縁だったのか彼女は日本人には惹かれるものがあったようだ。長女が最初の夫の娘。
その後、上海系のデイビッドと再婚してから2女3女4女に恵まれた。4人の娘を育ててジョイスは思うところがあったらしい。

長女は他の姉妹と段違いに頭がよかった。
2女から4女はいい子たちだったが長女は頭の切れが違ったのだという。それは日本人の血が入っていたからではないかと一度口を滑らせたことがあった。

長女は授業料が超お高く、卒業するのが超難しいデザイン・スクールを卒業した。このデザインスクールは才能がなければ入ることさえ難しいが、無理をして入っても課題ごとに教師陣に評価され、あなたは才能がないのでお金の無駄だから辞めたほうがいいと生徒に言い渡すので有名だった。

そのデザイン・スクールを長女は卒業し、自分のポートフォーリオをもってニューヨークに渡った。するすると才能を認められて有名ブランドのデザイナーになってしまった。

私は何度聞かされてもブランド名を覚えられなかったのだが、あるときデパートで見たことがないほどきれいな黄緑のキャミとカーディガンのセットに見惚れて、それはセールにも関わらず飛んでもなく高かった。

何時間か逡巡して結局買ったが今でも覚えているくらい勇気が必要な値段だった。
ずいぶん経ってから裏地のロゴを見て、これはもしやジョイスが言っていた長女のデザイナーブランドではないかと思い当たった。ずいぶん抜けた話だが。

超優秀だったデザイナーの長女はキャリアを驀進し、ブランドのデザイナーを束ねるマネージャーまでになった。NYの金融関係の男性と結婚しプライベートビーチ付きの家を買って、デイビッドとジョイスと妹たちを招待して夫の趣味であるヨットでセーリングしたのだという。

私も優秀な日本人だというので頭や知能に敬意を払ってもらっていた気がする。
中国系は総じてみんな商人!なところがあってジョイスも化粧品の輸出などしていたようだが、彼女はコミュニティ・カレッジで商売上の必要から簿記・会計のクラスをとった、何度も。
で、何度もドロップした。

ねぇミキ Debit とCreditってどう説明する?Debitは負債なんだから減るに決まっているでしょう?アカウントによって減ったり増えたりってどういうこと?

この私に英語でDebitと Creditの説明をしろってか?
で、アカウントの教師のカールが言った通り、Debit はCreditラテン語で左と右という意味で、負債だとか資産だとかは関係ない。上がったり下がったりするのはアカウントが違うからで支払ったり儲けとは関係ないんだよ。

ジョイスは私の説明など全く聞いておらず、右だとか左だとかフンDebitは負債に決まってるじゃない、だからDebitっていうのよ。英語なら私のほうが得意よ。

自分が理解できないのは私の説明が悪いとばかり。自分がどうしても終えられなかったクラスを私がサマークラスで取ったものだから、やっぱり日本人はちょっと違うと思ったみたいだ。

二人で何千時間話しただろう。
小学生だった末っ子がハイスクールに行き3女はライセンスを取って、ジョイスのBMWをもらった。卒業した後はショウ・ビジネス方を勉強したいからとお姉ちゃんたちの後を追ってニューヨークへ行ってしまい、残ったのは末っ子だけ。延々と「カラの巣」の愚痴を聞くようになり、そのあとは更年期の愚痴、さらにはデイビッドが新人エージェントと仲が良すぎると愚痴。

数年後、自慢の長女が事故で亡くなったときジョイスは狂った。
長女の夫に根掘り葉掘り事故の状況を説明させ、事故ではなくて意図的にお前がやったのではないかとまで責めた。

その後、私は夫婦で始めたビジネスが忙しくて会うことはおろか電話でおしゃべりする時間も無くなってしまった。

ジョイスは書くのが大嫌い。
バーバラ・ボクサーだかが役員だった保険会社に一時期務めていたのだが、ミーティングのあとリポートを提出せねばならず、これがジョイスには大問題だった。リポートを書くのが難しいからと結局仕事を辞めてしまった。おしゃべりは立て板に水なのに、書くこととなるとDear sirsで止まってしまって、keep in touch, see you againで終わってしまうのだった。クリスマスカードは年末に届く。

デイビッドによればジョイスは胆石を発症した。
揚げ物、肉が食べられなくなって胆石の診断がついた。だが、手術の決意がつかず延々10年も持っていたのだ。

コレステロールの高いものさえ食べなければ胆石発作は起こらない。
彼女は体にメスを入れるのが我慢できなかったに違いない。一度キッチンでジョイスがかがんでいるときに、デイビッドがお湯の入ったヤカンを取り上げ誤って、お湯をジョイスの背中にこぼしてしまったことがあった。

少量とはいえ熱湯でやけどをした。やけど跡でドレスが着られなくなっちゃうじゃない、どうしてくれるのとジョイスはデイビッドにくってかかった。
体に穴をあけたくなくて、食事療法でジョイスはやり過ごそうとしたのだろう、10年も。

体の不調を無視できなくなりついに手術を決心したとき、彼女の胆嚢はガン化し肝臓やリンパ節にも転移浸潤してしまっていた。

もし私がビジネスを始めずジョイスとおしゃべりをする生活でいられたら、二人でなかよく胆石を切ったか?いやいや、ジョイスは私の説得など耳を貸さなかったと思う。いやなものは嫌。

10年手術を避けてきた結果ガンの宣告。ジョイスが感じたであろうと黒い怒りと絶望がよくわかる。きっと怒ったと思う。テーブルをたたいて、なんで私がと、、。

私が胆石からの胆嚢ガンステージ2で拡大手術を受けたのが去年の4月。
ジョイスは8月に切って胆嚢ガンのステージ4。それからジョイスは3種類の抗がん剤を始めた。胆嚢ガンの完治が期待できるのは、ステージ0か1で外科的手術の場合だ。
ジョイスは抗がん剤はもう嫌と宣言して自宅で最後を迎えた。

立って動ける間に会っていればよかった。何度もメールを書いたのに、クリスマスカードの返事しかくれなかった。
プライドが高かったジョイスが、抗がん剤で髪が抜けやせ衰えた姿を家族以外に見せたいと思うわけがなかった。人生の先輩ジョイスは私に先立って行ってしまい、私も同じ道をたどるのかもしれないが、いずれまた会う。

娘のジョーダンからジョイスのメモリアル・ランチの招待がとどいた。が残念ながら行けないと返事をするしかなかった。
十日前に、テン・ジュニアがFIPと診断されたからだった。

親友は逝った

庭の東側でツツジの剪定をしているとき、
その花は何?と英語で聞かれたような気がした。
Azalea
これは?
わかんない。日本語で名前を覚えたから英語名は知らないんだ。
ジョイスが伊豆にやってきてくれたら、ライフワークの庭を案内するつもりだった。
ジョイスはどうしている

その晩、デイビッドからメールが入っていて、
Joyce left usカリフォルニア時間22日5時過ぎにジョイスは逝った。

マッディ・ベンソンのクラスにいつも遅刻して、マッディが始業時間を過ぎたら教室のドアに鍵をかけるといい始めたのも、遅刻癖のあんたのせいだった。
サンフランシスコの空港の売店で化粧品を探してフライトを遅らせたろ?
約束の時間にいないから電話をかけると、まだ家にいた。
こんな時だけ時間を守りやがって。

また会おう。

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