海外在住何十年の後、伊豆の山に惹かれて古い家を買ってしまい、 埋もれていた庭を掘り起こして、還暦の素人が庭を造りながら語る 60年の発酵した経験と人生。

とほほの女王

そりゃ、おばちゃんだって渡米したばっかりの90年代初頭は、ういういしくて見るもの聞くものめずらしくて
98年ころは今は無きGeocitiesでいくつかページを書き散らしていたのである。(あっ、誰かGeocitiesを保存しているやつがいたっけ)チャイニーズレストランがどうたら、アメリカの歯医者がどうたらとか無邪気なスカみたいなページ。

そのころGeoの住人も海外在住は多くなく、旅行雑誌のコラムみたいな記事はつまんなくなってくるし
もっと堪えるネタはないかと観察していたらおじちゃんの会社があった。

おじちゃんの会社のネタを書いていい?と聞いたら「俺を首にする気か?」と言われ露頭に迷ってまで
書くこともできず。
酒もやめたので、コンピューターにどっぷりつかった。文芸誌と小説を忘れてコンピューターの参考書を買い、
週刊アスキーを買う。

ちょうどウエスト・バージニア州のA子ちゃんとネットで知り合って、おばちゃんにEmailを書くと5分以内に返事が返ってくると言われた頃。LineもTextもない時代に。

朝、おじちゃんを送って行って帰ってきたらコンピューターの前に座り、Pearlとは何ぞやスクリプトとは何ぞや初めましてのプログラムはたった10行なのになんで動かんのか?

朝からコーヒーだけでそういえば、おしっこがしたかったけど
トイレに行くのを忘れとったわ。
上の空でトイレに行く途中、はっっ!もしかして3行目のコマンドはコロン:ではなくてセミコロン;ではないか?
トイレに行かずに書斎に引き返して、やっぱりセミコロン;でも動かんのぉ?そういえば、おしっこに、。
立ち上がってトイレに行く途中、はっとして4行目が、, カンマでなく.ピリオドではないか?引き返して、やっぱり動かんのぉ?

気が付くと夜になっていて上の空でおじちゃんを迎えに行って帰ってくると、なんだか心臓がどきどきする。
息も上がってきてドキドキはぁはぁなんか苦しい。あたし苦しいからエマージェンシーに行くわ!

おじちゃんを乗せてERの前まで行って、このドアを入ると一発$100ドルだ。くそっと腹が立ち、そういえば
私は今日水を飲んだっけ?

おばちゃん、脱水症状を起こしてたんですね。ERの料金がもったいないので、家に引き返して水を飲んだ。
やっぱ、プログラミングはセンスよね。あたし、向いてないみたい。
今はHtmlもほとんど忘れた。

週刊アスキーが面白いのでコラムのファンになり、おばちゃんも投稿してみっか?と投稿したら採用された。
ちょうど「新幹線より早い男」さんとか「かよのダンナ」さんとか「ご隠居」さんが活躍していたころだ。
女がただでさえ珍しかったので、おばちゃんは「とほほの女王」で
ミケ猫@カリフォルニ屋が誕生した。

そうだった。おばちゃん、すっかり忘れていたわ。なんせ、店の経営が忙しかったから。

コンピューターも仕事の集計とデザイン専用になってしまい明日のためにその1、今週のプロモーション!
などを考えているとWin03サーバーのセキュリティパッチ?ちょっと今暇がないから。息抜きは掲示板!てことになりおばちゃんは実務一筋にまい進したのだ。

ブログ?とんでもない。
おばちゃんの商売は客商売なので、どんなにおいしいネタが転がっていても書いたら廃業。書くならチラシに広告、店のWeb。OCに今でもいたらやっぱり書けないよなぁ。

帰国して見るもの聞くもの珍しくカウンターショックでブログをはじめようとしたら、日本語がメタメタだった。とても文章にならんのであきらめて庭いじりに専念していた。

無心で草取りをしていると日本語の文章がぷくぷく湧く。文章が頭の中を走っていって内容が面白いので、自分で一人で笑う。
しつこく湧いてくるようになったので、キーボードを叩いて頭から取り出すことにした。すっきりした。
そういえば今のうちに記憶も取り出して置かないと、おじちゃんからお前なにカリフォルニアの夢の話をしてんだよ。と言われてしまうことがあるかもしれない。

日系人から見た日本人の英語

渡米した年代によって米国に住む日本人の外来語の日本語解像度が違う。

どういうことかというと、米国に住む日本人たちもと日本人たちは、故郷を離れた後に誕生した日本語あるいは翻訳語はもう分からない。戦後渡米したおばあちゃん世代になると、「掃除機」という日本語は覚えきれない。Vacuum Cleanerである。

70年代前半から80年以前の世代はMicrowaveであって「電子レンジ」は何回聞いても忘れてしまう。そもそも掃除機とか電子レンジとか日常生活で日本語で発音する必要がないし。

90年代はコンピューターかな。「パソコン」と発音する在米日本人はいなかった。コンピューターはコンピューターでWindowsかMacかまれにPublicかPersonalの違いを言う時はあるが。

2000年代、
チョコレートのGodivaが日本に紹介されてゴディバとして覚えた日本人世代。渡米してゴダイバと発音されいて驚く。

日本にIkeaオープンしたのは2006年らしい。
IkeaUSAは1985年開業なのでIkeaはアイケアだった。日本に帰国したら、イケアと呼ばれていて「池谷」に聞こえてなんだか変だ。原語には近いのかも。

ごめんなさい。DeNAはディーナとしか読めない。

おばちゃんがOCで日系組織の会報に携わっていたころ。外地に住む日本人コミュニティとして業界別とか出身地別とかさまざまな形の日系組織があり、奨学金をだしたりイベントを組織したり会報を発行していた。

その会報の編集を手伝ったのだが、ドラフトが出来上がるとそれを幹事さんに見せる。幹事さんは日本人以外に2世もいた。

OCの時事記事なので当然地名・固有名詞は英語なのだが、紙面上アルファベットの縦書きでいくか、カタカナで書くか物凄く悩んだ。

アルファベットの縦書きはスペースも取って、すごく読みにくい。もし、名詞が日本語化しているものだったら日本語で書いた。
その時に困るのがL とR、 BとVの書き分け。BとVはカタカナでも書き分けられてもLとRの区別は日本語に存在しないので、目をつぶる。

そうだ、時はちょうどハロウィーンで行事の記事だった。Jack O Lantern ジャック・オ・ランターンとGarage Sale ガレージ・セール2世幹事さんがこの2つのカタカナに引っ掛かった。

2世のテリーさんは日本語も読めるし、しゃべれるのだがカタカナの日本語表記ルールについては詳しくない。そんなものあるとも思っていない。英語の発音を正確に日本語にすべしと思っている。

テリーさんはジャック・オ・ランターン?ジャッコ・ランターンだろう!
ガレージ・セール?だから日本人はダメなんだ。
グラージ・セールと書きなさい。
いつまでたっても英語がうまくならないんだ!

Yes,テリーさん、とおばちゃんはカタカナを直した。なるべく英語の発音に近いカタカナをはめて

様々な英語のなまり

ジョイスに鍛えられたから、おばちゃんは中国訛りの英語の聞き取りには強い。Rの発音がきついメキシコ訛りは聞き取りが難しかった。
Number1をナンベルワンと言われて、Rがル・ラになっちゃうとお手上げ。スペイン語をしゃべるおじちゃんに代わってもらうしかない。

2000年過ぎるとカスタマーサービスにインド系が嫌っというほど増えて、聞き取りに苦労するようになった。
インド系は業務の知識もちゃんとあり、話し方も丁寧だったがやはりRの発音がきついので聞き取りに努力が要った。
ギブアップして、別の人に代わってくれと言ったこともあった。高級エステでもないのに「Madam」と呼びかけられたのは丁寧だっていうのはわかるが、何を言ってるかわからなければしょうがないじゃないか。

ベトナム語に「Z」の音がないとか、ジョイスは「ピッツア」の「っあ」の発音ができないみたいで、いつも「ぴっつうあ」
と意識して発音していた。パキスタン人に言わせると彼の母国語には母音子音が大体そろっているので、
ほかの言語を取得する時に苦労する音が無いのだという。そう言われればイラン人の英語の発音もそれほど聞き取りに苦労はなかったわ。

CNNのスポーツ担当のイギリス女性の英語はひっくり返った。あの人はCNNのジョークなのだろうか?
何をしゃべっているのかさっぱり分からない。フエンとかファンとか、コクニー?

NetFlixでノルウェー製作の「RAGNOROK」を英語の吹き替えで見ると面白い。吹き替えの人も英語のうまいヘタがあって、主人公のお母ちゃんの英語は極端にノルウエー。北欧系の重ったさがあって、どういうわけか
語尾が上がってしまう。

日本の方言でも肯定なのに語尾が上がる地方があって、県民ショウを見た!あれをもっとすごくした感じ。
RAGNOROKのお母ちゃんが何をしゃべっても語尾がたたみこむように常に尻上がりになる。
おばちゃんの頭の中では彼女の英語が東北弁で翻訳される。

腹がたった英語のスピーチがあって、それは何を隠そう帰国してから聞いたToeicテスト用のスピーチだった。イギリス訛りが強すぎませんか?
おばちゃんが聞いたテストのスピーチはどっか文房具会社?の頭の悪そうな営業マンがこんなことを言う:

ねえ、XXの会社の仕入れ担当って誰だっけ?
スジ―?マギー?それとも誰だっけ知ってる?
XX会社の電話番号はどこ。あ~、もしもしXX会社のXXですが、
文房具の仕入れはXXXさんが担当ですか、
私は今回担当で、、、

おばちゃんは聞いてかっと頭に血が上ったね。ちょっと待て!、お前は担当の名前も忘れたのか、
会社の電話番号も分かっていないのか。それで電話をかけてホントに仕事ができるのか?
待てと言ったら待て!
一区切りの会話で人が聞いて覚えられる新規の固有名詞は3つまで。お前は固有名詞をボロボロName Dropしている。

相手に理解してもらおうと思うなら、こんなしゃべり方は最低だ。これは英語のスピーチというより、もっと大事なものを忘れている。

この兄ちゃんはぺらぺらとメリハリもなくどうでもいいことを垂れ流している。

新規固有名詞が沢山あって、短期記憶(短気記憶)が悪くなったおばちゃんは、ついて行けなくて怒ったのであった。
こんな奴はセールスとして失格である。おばちゃんは雇わない。

二世の交渉術 二世いろいろ

2世のトオル君は舌を巻くほど交渉がうまかった。商才もあった。小さ体にリュックを背負っている小学生のころから、同級生に爪楊枝とかコークを売って稼いでいた。「爪楊枝?」

おばちゃんが驚くと、学校だとガムが禁止されているので、んか口に入れる味が付いたものだったら売れるんですよ。ミントの味が付いた爪楊枝があるんです。

コークはね歯を腐らすとか言って大人からは嫌われてるんで、リュックに入るだけ入れて持ってくと、ぬるくても売れるんですねぇ。

こうして稼いだ金をコンピューターや日本のアニメにつぎ込んでいた。トオル君は完ぺきに近いバイリンだったから、長じて大学に入っても、日系の店ではバイトとして喜ばれた。

サンクスギビングの翌日はブラック・フライデーである。今年はどんな目玉商品が出るのか、電気屋や小売り業界の広告が話題になる季節だった。トオル君とつるんでいる日系の子弟は、サンクスギビングのディナーをパスしてどこの店に並ぶか決める。
なにせ目当てのコンピューターやグラフィック・カードが定価の半額とか3分の1になる年に1回のチャンスなのだ。

2世グループは首尾よくBestBuyの先頭近くに並び、イワタニのガスコンロで鍋を食べながら時間をつぶしていた。

すると、ねぇおばちゃん別のグループが近づいてきたんですよ。そいつらは俺たちの順番を買いたといって。
金を出すから順番を譲ってくれと。そいつらも欲しいものがあって、順番が先じゃないと売り切れる心配があるから。

それで俺らは相談して、今全員の順番を売って列の最後尾に並び直しても、先頭からXX番目になって、
俺たちの欲しいものは何とか手に入るかもしれない。だから一人あたり順番はXXドルで売ればもうかる。

売買は無事成立して、アメリカグループも満足2世グループも余剰の小遣いが稼げて満足。
おばちゃんはこの話を聞いて、トオル君にアンタは弁護士が向いているから、今からでも遅くない。
大学のコースを弁護士に変えなさいと言った。

嫌ですよ。俺、日本に行くんですもん。だから大学は最短で最小限の努力で済むように一番簡単なクラスをとってるんですから。トオル君はバイリンのくせに大学で、日本語のクラスを取りまくっていたのである。

おばちゃん、「電車でGo」のクラスがあるんですよ。信じられます?トオル君にとっては遊んでいるようなクラスである。

日本語上級クラスを総なめにしたけど、悲しいかな卒業単位が1クラス分足りないんである。電車にGoの日本人先生に相談したら、お前が取るクラスはもうない。自分で課題を見つけて提出するようにと言われてしまって
頭を抱えていた。

おばちゃんの言うことも聞かず、トオル君は大学を卒業して日本へ行ってしまった。おばちゃんも親の言うことを聞かない人なのでトオル君を責められないが、トオル君!君は弁護士に向いている、日本での人生に疲れたら学校に戻りなさい。

ある日このRobert って誰ですか?よく見るけど。トオル君は伝票を見ながら、おばちゃんに聞いた。

「はぁ?ロバートってボブじゃない。よく来るボブのおじいちゃんだよ」
「なんでロバートがボブなんですか?」
「知らんがな。ボブはロバートの愛称だよ。あんたこの国に生まれて何年育ってんのよ。」
「ボブってロバートの愛称だったんですかぁ!」
「じゃあ、ビルは何の愛称だか言ってみ?」
「ビル?」
「Williamじゃ、ビル・クリントンの正式名称はウイリアム・クリントン」

2世のトオル君は日系社会でも珍しい、完璧バイリンに近かったが、時々ポカっと言語や文化の穴がある。
両親は日本人で親戚はこの国にいないから、生活を通してアメリカの歴史や文化を伝えてくれる親戚身内や
従妹もおじさんもいないから。

トオル君は日本語の発音には全く訛りがない。僕、英語をしゃべるとテキサス出身かって聞かれるんですけど。
テキサス訛りみたいなのがあるらしいです。なんででしょうね?

トオル君のお母さんはトオル君が5つの時に夫婦喧嘩をして、トオル君を連れて日本に逃げた。日本に1年いてカリフォルニアに帰ってきて、元鞘にもどったがトオル君はきれいさっぱり英語を忘れていた。

お母さんから、なんであんた英語を忘れるのよと怒られて幼稚園に戻って英語を思い出した。トオル君の日本語がキレイなのはこの体験のせいかもしれない。

アメリカで生まれて育つと自動的にバイリンガルになると考えたりするかもしれないけれど、大~きな間違いである。

日本語に訛りがないのがまず珍しい。さ・し・す・せ・そ が シャ・シ・シュ・シェ・ショになりやすい。
資生堂がシシェイ堂に聞こえる。可愛いけどね。

のちに面接した2世の男の子はかすかにシャ・シュ・ショだったが、「僕、あんまり日本語は話したくないんです。英語の発音が悪くなるから」ふぅん?

トオル君の友達もシャ・シュ・ショ2世だ。自分達でも発音の自覚があるので、1世の親世代の私たちには
あまり日本語を話したがらない。

アメリカで子供が生まれて外の世界に出るようになるころ、両親も子供も最初の言語のコンフリクトに遭遇する。お母さんが幼稚園に送っていくと子供が親に言う。
「マミー、英語をしゃべって!」自分の親が他と違う言語をしゃべるのが恥ずかしくなるから。
子供が小学生の高学年になると
「マミー、日本語をしゃべって」
自分の親の英語の発音が恥ずかしくなるから。

これらの子供に日本人としての自覚を持たせて日本語と文化を伝えていくのがどれほど難しいことか。日本語学校は土曜日・日曜日にある。親しい友達が週末にキャンプに行ったりフェスティバルに行こうと誘われたりするのに、2世は断って日本語学校に行かねばならない。

日本語で日本の社会だの歴史だのやるのだ。日本語と日本の教育を受けてアメリカでどんなアドバンテージがあるだろう?電車でGoができるとか?


漢字が読めるようになってもそれがどうした?英語でデベートに勝てるわけではない。日本の伝統文化を受け継いだところで、それがどうした。興味を持つアメリカ人はたいていアメリカ社会の主流ではない。


実際アメリカ社会で、日本人であることが有利に働くことは少ない。体格もアジア系で華奢にできていて、スポーツでもレギュラー・メンバーに入ることが難しい。

日本語学校は大抵遠い。子どもを送っていき迎えに行き、親が必死になって土曜日・日曜日を全部つぶしたのに!当の子どもは日本語学校に行くモチベーションも薄れ、日本語をしゃべるのも面倒くさくなる。
お母さんがしゃべりかけても英語で返事をするようになる。

Mammy never mindお母ちゃん、キ~となる。夫婦ふたり働いていて、とても子供のために週末をつぶせない場合、バイリンは絶望的である。

日系社会は日本語と文化の喪失を恐れて、いろんなプログラムを組織してきた。交換で中学生を日本に遊びに行かせる旅行滞在型研修?ブルーなんとか言ったと思う。

知り合いのお嬢さんが選ばれて、1週間日本に行ったのだが、お嬢さんはかすかにシャ・シュ・ショ2世だったから、お母様が日本滞在中は日本語を話すなと彼女に命じた。お嬢さんは言いつけ通り、日本語が分からないふりをして現地の皆様が彼女のことをどう話すかたっぷり聞いた。

最後に空港に送られて、お嬢さんは日本語できちんと挨拶をして機上の人となった。見送り方はポカンと、、。

まぁ、お母様も日本に生まれた日本人であって、故国では英語だけを話す人間を日本人がどのように遇し
日本語が頼りない日本人をどのように軽んじるかよく知っていたから。

変な人 おかしくなっちゃった人

日本で外語のアラビア語を出てアメリカに来たらプログラマーになっちゃったとか、駐在の両親に連れられてきたらハイスクールでいじめられ奮起したらIT会社の副社長になった人とか、

化粧品XXXの販売員で売り上げ日本一だったとか日本でアパレル企業立ち上げて会社を売った後渡米して色んなものを売る超セールス力の持ち主とか、チェーン店でエンパイアを築いた人とか、

順当にUCLAを卒業してIT企業を始めた人とかたたき上げでタクシードライバーをしながらCPAの資格取った人とか、家転がしで資産を築いた人とか

とにかく生きていかねばならないので努力したら自分の知らない才能が花咲いた。いろいろすごい才能を持つ人がいた外地だった。

が、たま~にどうしてこの人がここに?と思う人もいるわけ。
ある時日系スーパーで顔見知りで世間話をしていると、そこにさらに顔見知りAが加わって噂話に花が咲くわけ。そこでAがXXXのYって奴を知ってるか?と話を振りああ、前はLAのXXXに居たよね。あいつはダメだよ、流れ者だから。

A以外は全員????何を言ってんだこいつと思った。LAなら車でたかが50分、何が違う?よそ者と言うほどでなし。それを言うならわしら全員アメリカでよそ者やん。日本からここまで1万キロ流れて来てんの、みんな。
うちらみんな流れ者やんか!アホかいな。

ちなみに
多少頭が悪くてもめげない人、努力する人、勘がいい人、体力がある人
人脈が作れる人、戦うことができる人 は生き残って
酒や薬の問題がある人、体が弱い人、自我が弱い人、戦いから逃げる人
人を当てにする人、家族に問題がある人は日本に帰った。

おかしくなっちゃった人

おかしい人じゃなくて、おかしくなっちゃった人。海外生活のプレッシャーに負けておかしくなっちゃう人は一定の割合で発生するね。一番悲劇的だったのは駐在員の奥様が子供を橋の下に投げて自分も身を投げるつもりができずに逮捕されちゃった例。ご主人の勤める会社が火消しにまわったのか会社の名前が出ることなく奥様の噂だけが駆け回っていた。

駐在の奥様が外国になじめず家から出られなくなっちゃう場合はたまにあるので、その時に日本に帰国させてそれ以上壊れてしまう事は無いのだろうが、ご主人の方がいっぱいいっぱいで奥様まで手が回らずに手遅れになってしまうこともたまにある。

ご主人が慣れない環境と激務でおかしくなるのもよくある。毎月の給与明細に退職金は$XXXXと書かれている例の一流商社では気が狂っちゃう人もよくいるらしい。

その会社のメキシコ駐在カップルが休暇でOCに来てたらしい。メキシコではインフラに問題があることも多くて、バケーションで米国に骨休めに来させることがあった。

日本レストランに勤めていた知り合いのマコちゃんの話によると、ご主人が要注意だったそうだ。米国支社の先輩に慰労されていたらしかった。テーブルではにこやかに談笑していてどこから見てもエリート商社マンだが、
レストランの手洗いで狂うのだという。

手洗いの備え付け紙タオルを山ほど引っ張り出し床と洗面台にまき散らす。トイレットペーパーも引き出して床に丸めて捨て、明らかに後から踏みにじった跡があるのだという。マコちゃんはお手洗いの滞在時間が長いので気になって男性が出た後にチェックしに行って発見した。

これが初めてではなくて二回目なので、お客で来店してきた時から目を離さないようにしていたそうだ。人前では正常に見えるのだが一歩人目がつかない場所で誤作動を起こしているような場合、いずれどこかで異常が発覚したかもしれない。

頭のおかしいトルコ人。
この人は一時期日本のバラエティ番組に出演していたらしい。日本人にちやほやされたことが忘れられず、日系のスーパーや日系の店舗に出没しては不信をかっていた。

銀色のアタッシュケースを持ち歩き、人がいる場所でケースを開け、中の大小の葉巻にしゃべりかけていたとか、携帯が珍しい時代に携帯電話を持ち歩き、人込みで立ち止まって日本語で会話するフリをしていた、とか。

どう考えても携帯電話が繋がっていないのが分かるのだという。日本人だと分かるとすり寄って行って話しかけ、自分は日本料理が好きだ、鰻の刺身を食べられるレストランを知らないか?とか日本好きをアピールするのだという。トルコ系のコミュニティで保護していればいいのだが、。

テリーさんと外地の日本男児

テリーさんは日本生まれ日本育ちだったが20歳になるかならない年で渡米して、結婚したカミさんがアメリカ人だったから40年も経つ間に、日本語を忘れてしまった。

日本語のヒアリングはある程度できるのだが、書くのと読むのはもう不可能になっている。英語しかしゃべらない。
おばちゃんが雇われたのは、日本企業へのマーケティングと日本からくるEmailの問い合わせをテリーさんに翻訳すること。仕事の中身は退屈でつまんなかったから割愛するけど。

テリーさんの結婚は子供が全員成人したところで終結してでっかいアメリカ人の奥さんと離婚した。子供は全員男でフットボール選手かと思うほどのサイズ。テリーさんは165センチそこそこなのに。

このテリーさん、離婚してから正反対の趣味に走った。つき合う女の子は小さくて、華奢で女らしい娘。
アメリカ人女でなければ誰でもいい。その気持ちは分からないでもないが。

独身生活を謳歌していたテリーさんに、女の子は必ず質問を突き付けてくるのだという。

いいか、必ず一年経ったら皆聞いてくるんだ。”ねぇ、私たちはどこを目指してるの?
この先どうするの?”

何故それを聞く?テリーさんは人生を楽しんでいるので質問の意味が分からない。それで、一年後には女の子にみんな逃げられてバケーション先で引っかけた女の子が残った。

”妊娠させちゃって” ついでに ”てへっ”って付けたいほど。61歳のテリーさん20歳のメキシカン娘を妊娠させて、誇らしいのが半分、崖っぷちに追い詰められてるのが半分。

カトリックのメキシカンだから無論堕胎なんて選択はない。
ショットガンを持った親と兄弟が出てきたわけではなかったが産む!と言い張る20歳の娘に降参して、正式に結婚することになった。

ただ娘はアメリカに住むのを拒否した。嫌!アメリカ人はメキシカンを馬鹿にしているからアメリカには住まないわ!
テリーさんはしょうがなくボーダーの南に家を一軒買った。彼はサンディエゴに住んで、週末は国境を越えてメキシコに61歳通い婿。

40歳近い息子たちは大困惑である。
ステップ・マザーが自分のカミさんより若い。自分の子供より小さい腹違いの弟か妹が、これから生まれて来るんである。

テリーさんは遺言書も書き換えメキシコ娘と結婚して、子供を産ませて家もくれてやるつもりのようだ。1年たったらどうなるか分からないけれど。

外地の日本男児

テリーさんのほかにもおばちゃんはいろんな日本人男児を見た。ちらっと見たその男たちの結婚と食の人生を書いてみる。

行きつけの日本食レストランで夕ご飯を食べていると、カウンターに座った日本のおっさんがやけに目を引いた。お盆にのった定食を食べているようだ。一口食べるごとに天井を仰ぎ、肩を震わせお椀の味噌汁を飲んでう~とかあ~とかウルサイ。
食べ終わるとカウンターの中の板前さんに1週間ぶりにまともなご飯を食べたんですぅ、とかおっさんの嘆きが聞こえた。

多分単独の出張か、家族に先行して赴任してきたのだろう。スーパーでサンドイッチとかパックされた空揚げとか冷凍のピザ、ファーストフードのテイクアウトで凌いできたのかも。
35歳過ぎに単身で渡米すると、米と醤油と魚が無くては1週間でパニックになってしまう日本男児。

おじちゃんの会社の同僚にはコリアン嫁と結婚した日本男児がいて一緒にランチに行くと、ああ、白いご飯だ!とお茶碗のごはんをむさぼり食べるという。

聞いてください、ウチの嫁はコリアンで健康にいいのよと米に五穀を入れるんです。
黒い豆とか麦とかひえとかモソモソしてうまくないんですぅ。白いごはんが食べられるのは、お昼だけ。オイオイ。おかずについては何とかイケるらしい。

トムさんが結婚したのはクロアチア人で大学の時のクラスメートだった。
自宅に日本食は存在しない。
でもこの人の賢いところは、日本スーパーのそばにオフィスを借りたところだ。ランチは日本のお弁当を選び放題。アンパンでも和菓子でも徒歩2分で好きなだけ買える。

歯科医のBさんはアメリカ人の奥さんに首ったけ。ブロンドですごく可愛い奥さん。一言目にはウチのマリリンがマリリンがとデレデレ。
マリリンが作るなら冷凍のピザでも缶詰のスープでも美味に違いない。

不思議と日本男児と結婚するアメリカ女性は、夫に一歩下がって従うような古風なタイプが多い。
どこでそんなアメリカ人女性を見つけてこられるのか、なんか古風な娘を探す特殊なセンサーでもあるのか?それとも彼女らをひきつける磁石でも持っているのか?

コミュニティ新聞のRさんの奥さんもアメリカ人で外食はいつも日本料理だったので、奥さんの方が日本化していたのかも。常に夫をたてている感じ。二人並んで座っていると、亭主関白という言葉が浮かんでくるのが常だった。

Kさんは2世のコリアンと結婚して食生活はアメリカン。ただ、Kさん本人は元は板前さんだったそうで、日本食が食べたくなれば自分で作って奥さんと子供に食べさせる方だという。
う~ん、女としてあらまほしき夫はKさんかな。

ラスベガスで骨休め

神は創造に疲れて7日目に休んだ。人間も休める時にきっちり休まないと商売と言うのは続けられない。

そうだ、ラスベガスに行こう!今までは会社の旅行だとか、取引先の人の接待だとかで連れていってもらったが、アナハイムから往復バスが出ているのでバスで行こう。

独立してから驚いたのは、おじちゃんが仕事モードとお休みモードのスイッチを持っていたことだった。おばちゃんは初めての経営で四六時中経営のことばっかり考えていて休まる時がなかった。

自宅に帰ってくるとおじちゃんはテレビは見ているけれど、何を聞いても生返事。おじちゃんは仕事モードのスイッチを切っていたのだ。やるべきことは沢山あるのに、何も考えていないとはどうしたことか、。ふがいないおっさんや。

ところが全速力で7日間稼働すると余力と言うものが無くなってくる。夜になるとスイッチを切って朝はまたフレッシュに活動できるおじちゃんと、夜通し考えて疲れ切って朝の仕事を始めるおばちゃんとのギャップが明らかになってきた。

結果と言うのはすぐ出ない、続けられなければ結果が出ない。7日稼働しても生まれるのは結果でなくて焦りと疲労だった。そこでおばちゃんも休みスイッチの必要が分かった。アイデアというのは贅沢な時間に生まれる。

一泊2日の休みならカリフォルニアからラスベガスは都民が熱海・箱根に行くようなものである。ベタ過ぎて新鮮味がないけれど、骨休めだから。目的はホテルのバフェとショーだった。

キンキンに冷房が効いたバスに乗って、ストリップの中ほどのホテルに着いて、通りに出て安売りチケット屋で今夜のショーを探す。うまくするといいホテルのショーがやったぁ!と言う値段で買える。

一度は「ジュベリー」がドリンク付きの最前列のテーブルで取れてしまって超ラッキーだった。もう、踊り子さんが1m先で踊ってる。ダンサーの足と言うものは、意外と逞しい。

網タイツに包まれた太ももに青タンがいくつもあるのがモロ見えである。長い足を振り回して踊るのである、ぶつけるのも無理ない。うっとり美しいショーを見るなら、最前列でないほうがいいかもしれない。

踊り子さんに劣らぬ短い衣装の若いサーバーがドリンクを運んできてコークは1杯8ドル2人分チップ込みで20ドル。次の日のランチはブッフェで幸せになってバスに乗って帰ってくる。おばちゃんはバクチは嫌いだ。

ラスベガスの真ん中を走っているカジノ通りをLas Vegas Boulevard 通称ストリップともいう。
Stripteaseとはまったく関係がない。細長い土地をストリップと言うのである。ガザストリップとかね。

地理はシンプルだ。空港から北に向かうラスベガス・ブルーバードの両側に有名どころのカジノが軒を連ねている。ピラミッドを模したルクソールから超高層タワーアトラクションで有名な北のスフィアまで一本なので歩こうと思えばできないこともない。
ただ気候はひどいからストリップを絶え間なく走っているバスを使う方が楽だ。1日パスなら乗り放題だし。

高級カジノを除いてホテルの宿泊費は高くない。安ければ20ドルからあるし。
昔からラスベガスはギャンブルで人の懐をカッパぐつもりなので、宿泊費と食事は高くなかった。ただリセッションの後からはレストランがどんどん値上がりしてきた。

おばちゃんたちはショーとブッフェが目的。オンラインでホテルとショーを予約するサイトがある。
いいショーの手ごろな席はすぐ売り切れてしまうのであとは安くて見ずらい席か、超お高いいい席かどちらかになる。

最初に見たシルク・ド・ソレイユのミスティアは確か35ドルくらい。当時人気だったホワイト・ライオンのショーが売り切れだったから残っているチケットがシルクドソレイユだった。なんとキレイなサーカスなんだろうというのが感想。

その後ラスベガスに行くたびにシルク・ド・ソレイユのショーの値段は上がっており、「オー」のころには100ドル前後になっていた。ジョイスが、すごい!「オー」がすごいというので、一体「水」がどうすごいのか、すでにチケットは売り切れが多く買うのも大変になっていた。

やっとチケットを確保できて席も悪くなかったが、ジョイスがうまくすごさを説明できないのが分かった。
確かにオーは「水」のショーだ。舞台に深いプールがある。高く漕いだブランコからパフォーマが飛び込む。水しぶきは上がるので確かに水であることは間違いない。

次のシーンにあっという間に「水」が舞台から引いて乾いた舞台に変化する。水はどこに行ったか分からないさらに次の瞬間にまた深いプールが出現し鮮やかな衣装のアーティスティックスイマーが水の中で華麗なパフォーマンスを見せる。

Oneだけは見られなかった。チケットが高すぎ常に売り切れでストリップのあちこちにあるTix4tonightでキャンセル待ちをしても取れなかったから。

色んな雑誌がシルクドソレイユの特集を組み、パフォーマーの高い報酬などが知られるにつれてチケットの価格は下がらなくなったのね。2020年に破産宣告をして同じ規模と質のショーはもう二度と見られないかと思うとおばちゃんは悲しいわ。

90年代の始めはシルク・ド・ソレイユのミスティアが35ドルだったのが夢みたいだ。Open jaw 口ポカ~ンのすげ~というショウが見たい。
きらびやかでゴージャスで美しくて日常性を吹っ飛ばしてくれるショウ。ジュディ・オングと小林幸子を白人化して踊りまくり超美形の体操選手が色とりどりの衣装で「立体ステージ」の上・横・空中でパフォーマンスする。お~、見た後は知能指数が10くらい落ちた気がするが、すごいもん見た!とリフレッシュができる。

後ろの席は安いけが見づらいからどうしても不満が残る。でも、いい席は200ドル以上するから二人分は考える。そこで安売りチケット屋がある。

ストリップのあちこちにTix4tonightとかボックスがあるので、キャンセルチケットを探すのだ。今は携帯があるので、キャンセルが出た時知らせてくれてそれでチケットを押さえることができる。

ショーは6時半か7時から始まって2時間ほどで終わるからそうすると有名どころのブッフェディナーは終わっている。9時過ぎにも食べられる手ごろなレストランを探すのが大変。

次の日のランチはシーザースパレスのブッキャナンかアリアのブッフェが楽しみ。ただ、行列が長くなってホテルでも何とかクラブを作って会員を先に入れるようになったので会員になっとかないと。

カジノの盛衰は激しい。サビれたカジノからは人が遠のき、もっと人目を引く新しいカジノが次次とオープンしてニュースで報道される。

2010年ころは人手ががっくり減って、ストリップを渡る歩道橋にスッテンテンになった旅行者とホームレスが物乞いをしていた。
アリアの前の歩道橋を上がっていたら、ばったり知り合いの夫婦にあったこともあった。カジノは超うるさいパチンコ屋とタカラズカと競馬場と演舞場、映画館とショッピングモールと地下街を足したような街である。こんな街は世界中ここだけだわ。


日本人社会の狭さ

売り手のミカコとエージェントのタカコに買い手のおばちゃんで女ばっかり3人そろって売買のエスクローはそろそろクローズしようとしていた。

9月にタカコに呼び出されてファイナル・ドキュメントにサインする時になって、おばちゃんの姓名を改めて書面で読んでタカコが突然「xxxx姓」ってご主人はxxxにお勤めでした?と聞いた。

おばちゃんは、そうですが、言うと、タカコが、ウチの主人もxxxに勤めていましたと。
おば:えっ!? まさか。主人がよく話していた同僚のXXXさん?
タカコ:私の主人がXXXです。
なんと、まぁ。二人の旦那は半年前まで同僚だったと。
エスクローがクローズする今まで知らなかったと。これが外地の日本人社会の怖いとこである。

知り合った知人のルームメイトが、ウチで働いている子だったり。よく寄るお店の売り子が古い知り合いの娘さんだったり、。もぅ、どこが繋がっているのか怖ろしいのである。

従業員の面接をするときは、働いた会社を聞いて知り合いの名前を20人もあげてもらえば、どこらへんのつながりがあるか、わかってしまうのである。

外地だから同じ日本人同士助け合って、仲良く、、、いかない場合もある。会社の同僚なのに、嫌い合っているとか。パーティーでは参加者を聞き出して、あいつが来るなら絶対いかないとか、。

一番絶望的だったのは、Plaintif(訴人)とDefendant(原告)が同じ場所で訴人側の弁護士と一緒にバッティングしてしまったのである。裁判所でもないのに。

ちょっと違うケースだが、知人は夏休みに家族でニューヨークに遊びに行き、エンパイアステートビルの一階で肩をたたかれ、振り向いたらお家の隣の家族に会ったという。

私がもう一人の親友アイ子ちゃんと知り合ったのは、オンラインの掲示板。
その時彼女はウエストバージニアから書き込みをしていた。彼女の夫が学校を卒業してカリフォルニアに帰ると言うので、カリフォルニアのどの辺と聞いたところウチから車で5分だった。

ローカル・フリーペーパーの笑い話の投稿に、掲示板で知り合った人とOffで会いましょうと待ち合わせをして顔を合わせたら、いつも行く寿司屋の板前さんだったという笑えない笑い話があった。

売り手のタカコはどうなったかと言うと、サンディエゴからさらに別の州に引っ越した。後々おばちゃんが日本帰国を報告すると、なんと伊豆に家を買っていた。
それも、おばちゃんが今いる山を一つ越したところで車でわずか30分だ。お互い伊豆には地縁も他縁も何もない。

ガバメントが使うフォント

おばちゃんがコンピューターを教えついでにフライヤーや看板のデザインで小遣いを稼いでいた時、Photoshop とIllustratorがあっても、デザイン素材とフォントは必要不可欠だと痛感した。

アメリカの商業デザインはスポーツ業界に使われるフォントとか、エンターテインメント業界用のフォントとか
フォント自体に用途別のイメージがあって、おしゃれなブティックの看板に間違ってもPlaybillなんて使わないのね。
逆に言えばPlaybillをタイトルに使えば、学校のスポーツのお知らせとか学校の催しものだとかすぐわかるわけだ。フリーフォントも色々あるから、ダウンロードしてデザイン時用にストックしておく。

さて、Helveticaというフォントがある。
印刷業界に革命を起こしたフォントと言われ、その端正なフォルムは公文書にも多用される。例えばアメリカ政府とか。州政府とか。

移民局、労働局、税務署、州政府などがHelveticaを使うわけだ。
もちろん、太字、斜体、ライトなど様々な変形があるので、例えばカリフォルニア州税のTaxReturnフォームがすべてHelveticaが使用されていることは、普通の人はあまり気が付かないかもしれない。これらのフォントセットはむろん購入できる。

おばちゃんは、毎月消費税を州政府に申告し納めなければならなかった。
今はオンラインだけど、ビジネスをスタートしたときは申告フォームが「紙」だった。
紙のフォームは当然おばちゃんが数字を書き、それも売り上げ、税抜き売り上げ、税、州のローカル税%税金額など、電卓を片手にポチポチと(5)から(1)を引いて
(6)に記入し(8)にトータルを書く。(8)と(3)の数字が違ったら計算が間違っているのだ。

計算が合っていたら控えにコピーを印刷する。日本の年末調整みたいな書類が毎月あるのだと思って。たかがフォーム一枚記入するのにおばちゃんの昼寝の時間が潰れるのである。

電卓で計算するのが面倒くさくて仕方なかった。そこで州のフォームをじっくり見たのである。あら~?全部Helveticaだわ。太字にライトがあるけれど。

そこでおばちゃんは知恵を絞った。計算が面倒くさい、Excelを使えばいいんじゃね?フォントはHelveticaで、用紙はLetterサイズで。ガバメントのフォームの余白は0,5インチと大体決まっているのだ。

おばちゃんは州税フォームを作った。本物の紙の上に自作を重ねて、下からライトで照らすとテキストボックスの枠の太さだとか、長さに微妙なずれが分かるので、修正していけばいい。

お昼寝を何日かつぶして完成した。印刷したExcelシートを本物の上に重ね下から光を当てるとフォントもフォームのコラム線もピタリと重なった。お~ほっほ!

Excelシートには最初の税込み売り上げ数字をタイプするだけであとは自動計算する。2枚印刷して1枚はウチのコピー。
毎月の消費税申告は1分で終了した。本物の申告用紙はフォントに歴代コピーずれがあって汚い。
おばちゃんの方がよっぽどキレイ。

ネットで底引き網

WordPressもまだ存在していなくて、サイトの丸ごとコピーが簡単にできた時代の話。

モールの管理会社からテナントはガチョウか羊のように扱われてとことん搾取されてて憤懣がたまってくると、
なんぞないかなと思ったりする。

最初は管理会社の名前を検索し、B2B用のSNSのリンクをたどっていってローランドの子会社や別会社を見つける。管理会社のウエブを丸ごと底引き網で取り込んでみる。取り込んだファイルをじっくり調べると面白いファイルが見つかった。

おばちゃんも時々やってたが知り合いに何かファイルを送るとか、相手のITスキルが低いときにナンだカンダと指示するのが面倒で、つい自分のサイトにUpしてここにあるから見てねとか、ここからコピーしてねとか言ってしまう。
誰もプライベートのファイルに興味はないだろうし、Upしたままサイトのファイルは消すのを忘れてそのまま残っていたりする。

多分管理会社のウエブのファイルもそんな過程で残っていたのだろうけど、おばちゃんには十分面白かった。
何故って、そのファイルは不動産管理のマニュアルだったのよ。

多分業界のセミナーなどで使われるテキストだったのだと思う。ローランドもフレッドも業界の30年選手だったから。

モールのテナントを選ぶ時の基準とか、.com企業の見るべきポイントとか(たいていは選ぶな!)弱小テナントとパワーテナントの契約条項の違いパワーテナントを増長させない手法とかいじめてテナントを追い出そうとする場合、仕返し(retaliateって書いてあったわ)されないように気を付けるポイント。とか。

おばちゃんは、ほ~んと思った。つくづくテナントを家畜扱いしてるよね。人間扱いをしてるのは、パワーテナントだけかぁ!隣のパン屋やイタリアンも弱小テナント扱いかよ。腹たつわ~。

ふと、ロナルドが扱いに気を付けるようなパワーテナントってどこだろう?と思ってしまった。

底引き網資料を調べると一番でかい物件モールは大小 120店舗のビジネスがあり、その中でも一番でかいビジネスは「スーパー」だった。

誰もが知ってる南カリフォルニアのあの高級スーパー。このスーパーのマネージャー相手なら、ロナルドもヘイこらするのかしら。
「また、雨漏りかよ。うちは高級品を売ってて客層も一番いいんだ。雨漏りがするようなビルを貸しやがって、イメージを落としたらどうしてくれる? はよ修理せいや!」
修理メンテ担当のフレッドがすっ飛んで行くのかしらん?このパワーテナントが出ていくからとゴネたら、ロナルドもフレッドも真っ青だお!

おばちゃんは、楽しくなってマニュアルの作成者名を管理会社の名前に、形式主語をWeに書き換えセミナーを思わせるようなセンテンスを削った。
すると、テナントならだれが読んでも腹を立てて憤慨する高圧的な管理会社の裏マニュアル文書が出来上がった。

社内の裏文書が間違ってスーパーに送られたら面白そうだが?そういう間抜けな秘書もアメリカにいっぱいいるしぃ。
でもおばちゃんは秘書じゃないしぃ、ここの会社のレターヘッドは超!特殊だしぃ。

この会社のレターヘッドはフォントも特殊なので、多分ロゴのデザインはMacだ。
紙はナント!透かし入りの高級紙!で繊維が長くもったりと和紙のような重量感がある紙。会社のロゴはエンボス加工で浮き出しなんだよ。
金かけやがって。

こんな細工をする印刷会社は周囲100マイルでも限られてるから!おばちゃんはとりあえず裏マニュアルを完成して、すこしうっぷんを晴らした。

高級紙でレターヘッドをデザインする

高級紙でレターヘッドをデザインしてみたい!と、ふと思った。ヘッジファンドが投資状況をクオーターごとに富裕層顧客に報告するような重厚感があるレター。

まず、紙を探すんだ!
透かし入りの高級紙!で繊維が長くもったりと和紙のような重量感がある紙。
紙を透かすと打ち込みに紙モデルの名前が透けて見えるようなそんな紙。

大きなショッピングモールに紙専門のショップができたからって、勇んで乗り込んでみても、コンテンポラリーな最新IT企業が使いそうなブルーグレーやモーブのインテリジェント、シャープな感じの紙があったりする。
でもこれじゃないんだね。
もっと古風でアメリカの昔かたぎの感じがする固い会社のイメージがほしい。

すると、意外にも高級文房具を扱う文房具屋さんの片隅に売られていたりする。そっか、昔から営業している老舗だもんな。同じ製品モデルのラインでサイズ10の封筒も買っておこう。

次はフォントね。
見本にしたいようなサンプルレターを高解像度でスキャンして取り込んでみる。で、オンラインで似たようなフォントを探す。Adobeやフリーフォントにも捜索範囲を広げて探してみる。

似たようなフォントがあったらセットでダウンロードして。一文字だけ似ていても、セットで見るとハネや止めの太さが違うのがわかるからね。スキャン画像の上にダウンロードしたフォントで、同じ文字をタイプして見よう。

フォントの幅や文字間隔が変えられている場合があるから、ちょっと伸ばしたり太字にしてみたりつぶしてみたり、背景のオリジナルのフォントとぴったり重なったらビンゴ!だ。やっぱり思った通りマックだ。
マック標準搭載のフォントじゃねぇ?
このサンプルのフォントが好きだからねこれを使うことにしよう。

レターはフッターもあるからフッターのフォントも探そう。こっちはそんなに凝ったフォントは使わないはず。
ただのHelveticaだわ。フォントが見つかってラッキー。

フッターのインクの色、これはどうしようもないのよ。印刷屋さんが使っているインクセットと市販のプリンターインクの色は違うから。
何回も印刷してサンプルと比べて色を調整していくしかない。プリンター・インクは印刷したてと、乾いてからは若干色が変わるから、乾燥した時を想定して色を調整してね。

黒はましなんだが、気取ったブルー系の色インクは難しい。でも、見る人が還暦近くだったらあんまりわかんないかも。1ミリ角の文字だし。

肝心のロゴはサンプルの左右上部からの実測してキャンバスにとりあえず置いてみよう。
色は気にしなくていい。だって、エンボス加工するんだもん!

重厚じゃない?また印刷してみる。そいで、サンプルの上に自前の紙を載せて下からフラッシュライトで照らしてみよう!
ぴったり合った?
この瞬間好き!ぞくぞくするよね。

もう一度サンプル印刷をして、あとは高級紙とファイルと一緒に印刷屋にエンボス加工を頼むだけだ。

なに!嫌だ?在庫の紙でしたい?エンボス加工なんて面倒くさい仕事は量がないとダメだぁ?
お前ら根性ねぇな。この芸術的なぴったり合った職人技術の傑作をエンボス加工で仕上げしたいと思わないのかよ。
ダメだ。アメリカの印刷屋は根性なくて。

ペニー・セーバーと詐欺師

たぶん全米だと思うのだが、Penny Saverという広告雑誌があった。今もある。
企業広告、クラシファイド、個人の「売ります・買います」などが一冊にまとまったフリーペーパーだった。1ペニーでも安いものがいい、安けりゃなんでもいいというしみったれ、訂正 価格に敏感な人が見る広告紙だった。

おばちゃんがビジネスをスタートして、しばらくたったころ、急に貧乏風アメリカ人婆さん軍団が増えたことがあった。ぺらぺらのワンピース、でっかいプラスチックのネックレスきつい香水。客単価は最低に近かった。

日本人顧客からはペニーセーバーに広告を出したのね。頑張ってねと言われた。
ウチの客層とは違うので、ペニーセーバーに広告を出す気は全くなかったのだが、客によるとウチのビジネス・リビューが載っているのだという。
それでか!
おばちゃんはふに落ちて、でも安くて下品な客が増えては商売にならんので、この雑誌には近寄らないようにしようと誓った。

それからしばらくして、知らない相手から小包が届いた。請求書(Invoice)も入っていた。宛名は間違いなくウチだったので、開けてみると壁にかけるプラーク(盾)が出てきた。プラークには例のペニー・セーバーの記事が物々しくはめ込んである。プラーク自体のクオリティは悪くないのだが、ペニー・セーバーの記事はアメリカ人記者の間違い知識が書いてあり、ウチとしてはこんなものを壁に飾っては笑われてしまうのである。

そして、次の週だったか小包と同じ差出人フロリダの広告会社からまた請求書が来た。
こっちは:プラークはオーダーしていないこと、記事の内容が正しくないのでプラークの受け取りは拒否することを書いてフロリダの会社に送った。

また請求書が来た。ご丁寧にOver dueのピンクの紙に印刷してある。会社に電話をかけて、オーダーしていないこと、支払わないこと、引き取り拒否することを言うとハイハイと言って電話が切れた。

今度はウチのファックスに請求書が来た。”止めろ”とこちらからファックスを送り返すと、さらに請求書ファックスが来た。

プラークは店に飾れば客寄せにもなるから、普通のビジネスオーナーは根負けして支払うのだろう。ただ、おばちゃんは絶対払うつもりはなかった。知り合いの弁護士に相談すると、Better Business Bureau 略して BBBに訴えればいいという、タダだし。

オンラインのクレームフォームを記入しておばちゃんのクレームはオープンした。BBBは民間のビジネス・トラブル仲裁機関だ。トラブルが発生したら相手のビジネスにクレームをファイルし、BBBが双方の申し立てを開示し最終的な判断をする。

フロリダの会社は反論をポストした。それによると、X月X日午後7時半ごろおばちゃんのビジネスに電話をし、プラークの紹介をしてオーダーを受けたのだという。
その証拠に、会社の電話明細にはウチ店との通話記録が載っている。とおばちゃんは、かっと頭に血が上った。確かに、金曜の一番忙しい日の一番忙しい時間に電話を受けた。ウチは、電話では何にも契約せんよ。記事は間違っているから要らんし、と言った記憶がかすかにある。

おばちゃんは、再反論するあんたの会社の電話明細にウチの電話番号があったとしても、それは私がオーダーしたという証拠にはならない。と返事を載せた。

すると相手は、X月X日午後7時半にわが会社はそちらのオーナーXXXミカコと会話をしたのは間違いない事実である。彼は間違いなく商品をオーダーした。と

おばちゃんは、その瞬間勝利を確信した。何故ならオーナーのXXXミカコはウチの”前の持ち主”で、おまけに彼「He」ではないからだ。

名簿会社というのはたぶん全世界にあるのだろうが、ウチが営業を開始した後も、なぜかウチのビジネスは前オーナーの名前のままになっており、それが依然としてデータとして売買されているらしい。
なぜわかるかというと、ウチにその間違った宛名のDMがしょっちゅう来るからだ。

フロリダの会社もペニー・セーバーにはオーナーの情報が載っていなかったので、名簿会社から買ったのだろう。ところが、オーナーの名前は間違っていたのだった。

おばちゃんは、再度反論をポストする。アンタがオーナーXXXミカコと話したというのは間違いないか?

フロリダ:間違いない。
おばちゃん:残念だね。ウチのオーナーの名前はXXXミカコではない。それは前オーナーである。
フロリダ:・・・・・・
おばちゃん:XXXミカコは前オーナーで現在はサン・ディエゴで新規ビジネスを展開している。サンディゴのビジネス・エンティティで確認されたい。最後にXXXミカコはFemailである。
フロリダ:・・・・・・
おばちゃん:貴社から送られたプラークを保管している。至急引き取られたし。引き取りに来ぬ場合は保管料を請求する。
フロリダ:・・・・・・
おばちゃん:保管料はらえ!

おばちゃんは完全勝利して、溜飲をさげたのだが、このあと、さらに後日談がある。

1年かそこらして、フロリダの検察局から手紙が来たのだ。この広告会社に対するクレームが多く、検察は捜査を開始したが、ウチの会社はどんな被害を被ったか、あるなら詳細を知らせよ。と.

おばちゃん損害0である。
プラークは大掃除かなんかの時に捨ててしまった。

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