海外在住何十年の後、伊豆の山に惹かれて古い家を買ってしまい、 埋もれていた庭を掘り起こして、還暦の素人が庭を造りながら語る 60年の発酵した経験と人生。

税務調査 Audit

アメリカでスモールビジネスを立ち上げたら、10年以内に大抵税務調査が入ると言われていた。
幸いおばちゃんが選んだ会計士はIRSを退職した優秀な会計士だったので一度も調査に入られたことがなかった。

起業して5年以上生き延びられる企業は25%という統計があったから、たとえ監査が入っても入る程長く経営できるのはそれなりに誇るべきことかもしれない。

知り合いのご夫婦はレストランを経営していたが、調査に入られた。
この店には3か月に1度くらい、ローカルのTaxOfficeからシステム異常で督促状が届くのだそうだ。

ローカルのTaxOfficeもシステム異常は把握していて”督促状は無視していいよ”、と言っていたにも関わらず、(州のOfficeは異常を直す努力はしなかったようだ)夫婦して律儀に、売り上げとTaxReturnのコピーを持参して件のローカルオフィスに説明に行っていたのだという。

おばちゃんは、へぇ?督促状が届くたびに行くの?
そう。
どのくらいの間?
15年間。
えぇ! だって督促状は無視していいって言われていたのでしょう?
そう、でも心配だから届くたびにオフィスまで行っていた。

この律儀な夫婦に税務調査が入った。どう考えてもIRS側がなにか怪しんで調査に入ったとは思えず誰かが密告したのだとかしか考えられない。
アメリカの日系社会は狭くて人間関係が繋がっているから、誰かに恨みを持たれて無いこと無いことIRSにリポートされる場合がない訳ではない。

もしかしてこの人があそこの会社の内部情報をIRSにリポートした本人ではないか、との疑惑を持たれている人の名前も聞いたことがある。

なぜかというと、疑惑の人が務める会社に調査が入り、かの人が辞めて次の会社に移るとやはり調査が入った。不思議なことに、2つの会社の調査の時期に彼女自身は夏休みだとかで日本に滞在中であったのだという。

おばちゃんの知り合いのご夫婦のレストランにかの疑惑の人が勤めていたと記憶はないが、とにかく調査が入ったのであった。

IRSから通知が届く。小売業なので調査のオフィサーがやってきて1週間キャッシャーの背後に立って売り上げを監視したという。

お女将さんは内心大いに修羅場だったと思うが、そこは客商売でよくできた人だったから、調査官の飲み物などに気を配り、調査官も調査後半にはこんなことは不愉快だろうがちょっと我慢してね。と形だけ監視の体制になったという。

調査の1週間の売り上げとそれ以前2年間の売り上げを比較しても何らの異常が無く調査は終了した。IRSが紳士的であった例は極めてまれだと思う。

えげつない調査の話も聞いたことがある。会計監査をする権利はどうかすると営業するショッピングモールのリース契約に盛り込まれている場合がある。テナントのレントだけでなく売り上げのコミッションなどがついている契約がある。
人の往来がある人気のショッピングモールは売手市場である。OC地元だった某大手不動産は市のほとんどのショッピングモールを所有し、横柄横暴で有名だった。

そこに中華スーパーがオープンし当時人口の20%以上がアジア系であったので、スーパーは当たった。そこでモールのオーナーの不動産屋が売り上げが少ないと調査に踏み込んできた。

スーパーのキャッシャーを全部開けさせ集計した。この時の屈辱と恨みで中華スーパーは市内に独自で土地を取得し中華ショッピングモールをオープンした。現在、この市はさらにアジア系人口が増え、おばちゃんが帰国を決めた時で33%で市長がベトナム系になっていた。

白人系は家を売って南のアジア系の少ない土地に逃げ始めた。
土地を持って逃げることができない某大手不動産屋は人口比が変わっても営業を続けるしかないが、キャッシュを持っているのは中華系で、中華系のテナント入居希望を排除をしていてはテナントに穴が開く、ほ~ほっほっ、。。

中華 対 サメ の戦いに
おばちゃんは高みの見物だと思うのである。

山の家と除湿器

おじちゃんとおばちゃんは乾燥に強い。
真夏のヒートウエーブが襲ってくると、唇がひび割れ笑うと切れて痛い。口を開けるとひゅっと口が乾く。まつ毛が枝毛になる。

脱水をしたジーンズをうっかりベランダに掛けて忘れていると、2時間でカリカリに固まる。そういう元は砂漠みたいな土地で何十年もさらされているうちに、皮膚の皮脂腺が多分活発になって乾燥に拮抗した結果だと思われる。

今はTVで加湿器のCMが盛んだが、ウチにはない。除湿器が今も稼働している。

ぽつんと一軒家が大人気だが、山に移住する人に一言言っておきたい。山の家は湿気る。ウチの家は足がタカイタカイしているので、まだマシのはずだが、夜服を脱いで床に放置すると朝起きた時にじんわり湿った感じがする。

山の自然というのはヒノキ、杉木、シダ・クマザサなど草木に囲まれていて、なおかつ呼吸する黒い大地の上に家が建っている。だから冬でも湿気はある。

山側に面する窓は一年を通して開けない。家の構造で外に近い押し入れは物がカビるので注意。
ホームセンターで売っている「湿気取り」なんて気休め。2.3Lの除湿機を入れて稼働させると一晩で水が満杯になる。

うちよりさらに標高の高い所に家を建てた人によると、皮製品は置き場所がどこであろうとすべてカビが生えたと言っていた。
革靴と皮のバッグが全滅。その家は富士山を独り占め!と真正面に見えるほど景観が良いのだが、標高が高いので下の里で晴れていても、家ではうっすらと霧が漂っていたりする。

平らな大地で基礎の上に建てられている。が、コンクリートの基礎を深く打っても湿気というのはコンクリートから
這い上がってくるらしい。夏でも空気は涼しいがカラッとしているわけではない。

おばちゃんの家は足がタカイタカイをしているので、湿気についてはまだましなのだがなんせ砂漠から来たイラン人と同じで湿気が気持ち悪いので真冬でも除湿器をかける。

山の向こうのミカ子さんチは、ダ~ンと駿河湾を見下ろせる崖に建ってるすごい家だ。すごいというのは豪奢という意味ではない。ベランダから身を乗り出しすぎると、相模湾に転げ落ちそうな崖に建っている。

玄関は道路に面してリビングに入れる。突き当りの窓からは濃紺の相模湾が見えて遮るものは何もない。ついでに床下も何もない。高所恐怖のおばちゃんは窓際に寄れない。こんな素晴らしい景色って見られて幸せとミカ子は気に入っている。

斜面に合わせて部屋があるのでお風呂とトイレは階段を下りる。日本に来れないときは家が湿気るので、ホームセンターに行ったら「水とり象さん」とか「湿気とり」を見つけてものすごく感心し、(だって、そんなもの30年前にはなかったから)
こんなすごいものが日本にあるんだ!と驚喜していくつか買い込んで押し入れにいれたから大丈夫と安心していた。

コロナ騒ぎでラスベガスから来れないので家じゅうカビちゃうから早く来たほうがいいよ、とおばちゃんが注意を促すと、「湿気取り」があるから大丈夫と言うので、そんなもん役に立つかい、一晩で1L以上水がたまるのにと念を押した。

おばちゃんは今日も押し入れの除湿器のスイッチを入れ、布団乾燥機のホースをベッドとマットレスの間に突っ込んで湿気を追い払っている。

12月についにミカ子は山の家を売ったとLineが来た。コロナでおいそれと日本にこれなくなって売りに出したらリモートワークで別荘地の物件が大人気でたった1週間で売れてしまったという。

アメリカで起業する

アメリカの移民はスモール・ビジネスが多い。
なんでか?
アメリカの企業が雇ってくれないからだ。英語に訛りがあって、米国の大学卒でもなく、正体も分からないからだ。だから、移住者は自分でビジネスを始める。
屋根屋、洗濯や、大工、電気屋、レストラン、ヘアサロン、不動産屋、会計士、弁護士。

客から考えた場合、
同じ日系人のビジネスなら騙されないという安心感がある。いい加減なことをすれば、狭い日系コミュニティですぐ噂が広がるし、多少高めでも行くのである。アメリカでスモールビジネスを起業すると、同胞は客として見込めるのだ。

永住権を取得していて技術があって資金があるなら、アメリカで起業をすることはさほど難しくない。一番簡単なのは、すでに稼働しているビジネスを買い取ることだ。

ショッピングモールを観察して洗濯屋でも、これ!といったビジネスが欲しければフラワーショップでもギフトショップでも、不動産屋が売買を仲介しいてくれる。

自分の手持ちの資金でビジネスの規模が決まる。
10万ドル、20万ドルの規模なら小売店のパパママで経営するビジネスの経営権が買えるだろう。
流れを書いてみるなら
まず、自分の資金で手が届くビジネスを見つけたとする。不動産エージェントに連絡し、相手オーナーに買いのオッファーを出す。相手からカウンターオッファーが返ってくる場合もある。
買い手売り手双方が金額に同意したとして、次のテージはモールの審査だ。

モールの管理会社が新テナント候補の審査をする。むろん審査を落とす場合もある。資金・資産不足、経験不足など。
インタビューの予約を取り、(審査予約で申請料を取るモールも多い)自分が経営することになるビジネスモデルを作成してインタビューでプレゼンテーションをする。

事務能力・スピーチ能力に自信のない人は会計事務所とか弁護士に代行を頼むこともできる。小売り・サービス業を開業しようという人間が事務能力とプレゼンテーションの能力がないとは、はなはだビジネスの将来が頼りないのであるが。

審査には資産状況、学歴、職歴の開示が必要なのは言うまでもない。アメリカでの逮捕歴や交通違反でもDUIなどの違反が出てきてしまうと、ビジネス・ライセンスが下りない場合がある。

モール側の審査が通れば不動産売買の仲介会社Escrow会社が間に立ち、売り手と買い手の双方に売買のアサイメントを指示してくる。

買い手はエスクローが支持してきた手続き:会社の設立、営業名称の登録、ビジネスライセンスの取得、銀行口座の開設などをこなしていく。

連邦は州のライセンスを取るのにさらに面接があったりするわけだが、必要フォームに記入して提出するだけのライセンスもあるし、辛抱強くこなしていけばライセンスは取れる。時間が多少かかるライセンスもある。

営業に必要なライセンスがすべて取れたら、次は実際営業をするテナント内部のリモデルの計画を遂行する。業者に必要な見積もりを出し業者の選定をし、営業開始日からさかのぼって施工の予約をる。

言語能力?そんなものはできるのが当たり前のこと。

言語能力だけあって実務能力がなくてもこれまた困るのだが。日本で生活している中国人、ベトナム人イラン人、が何ができて何ができないか?
他国で生きていくために何が第一に必要か彼らを見れば答えがわかると思う。

タックス・リターン

トオル君はその時まだ未成年で学生だったから、TaxReturn/税申告はお父さんとジョイントだったと思う。
バイトのペイロールからごっそりひかれていた税金が戻ってきたと喜んでいた。次の年、アニメ関係であぶく銭を稼いだけど、お父さんに扶養家族になれと言われて、またタックス・リターンでちびっと税金が戻ってきた。

”夏には日本のコミケ行くんすから。航空チケット代を稼がないと。”
アニメグッズでおいしい思いをしたので、2世仲間と会社を作って日本のアニメグッズを輸入して売ろうという夢を見始めた。

トオル「おばちゃん、会社を作るにはどうしたらいいんですか?」
おば「個人会社だと簡単だねぇ。Retail License を取って、ビジネスネームを登録する。銀行口座はそれでできるから
物を売るの? 
「ふ~ん」
おば「それから、タックス・リターンはセールの額で違うからね。」
トオル「タックス・リターン?」
怪訝な顔のトオル君を見て、おばちゃんぴ~んと来た。

おば「あんた、所得税のIncome Tax申告だと思ってるだろう?」
トオル「4月にガバメントから帰ってくるやつでしょ?」

おばちゃんはチッチッチッと顔の前で人差し指を振り
「Wroooong! あんたは2つの勘違いをしてる。第一にIncomeタックスではなくて、Salesタックス/消費税よ。小売業だと消費税が発生するから。

毎月か3か月に一回タックス・リターン。第二にタックスを返してくるのがガバメントだと思ってるでしょう?

間違い!
消費税はもともとガバメントの物なの
それをガバメントの代わりに小売業が消費者から徴収して、ガバメントに返すReturnするのがタックス・リターンとアンクル・サム(古いな)は考えている。
自分の物だと思ってるから、消費税を申告しない奴、返さない奴はどこまでも追っかけてくるよ」

トオル君、ワンコがスカンクの屁を嗅いだように憮然としていた。おおかた、片耳で聞いたいろんな控除を使えば税金なんかへいちゃらと考えていたに違いない。Wrooong!

文化のはざま

あなたは異文化をどこまで許容できるだろうか?或いは、自分の文化をどこまで守って、どこから先は移住国に合わせられるだろうか?

リセッションでガラガラになったショッピング・モールに入ってきたビジネスはいくつかあった。モールの管理会社にとっては、金を持ってさえいれば猿でもカバでもよかったのかもしれない。

新しくネイル・サロンが入った。ベトナム人経営のビジネスで、雇われている女の子は最低限の英語しか話せない。しかし、指先が器用で料金が一番安いので、ベトナムのネイル・サロンは割と人気なのだ。
客はほとんど白人だった。オーナーはおっさんで、店にいたことがないのでモールの誰もがほとんど知らなかった。

ここからは、ジャネットの情報だが、おっさんは一言も英語が分からないのだという。YesもNoも言えないのだという。

管理会社のローランドとフレッドがノーティスをだしたり、電話を掛けたりしてもおっさんは英語が分からないので、一切通じなくて困っていた。

唯一英語がわかるのは、おっさんのハイスクールに行っている娘だけ。ええ歳をしたローランドとフレッドが娘を捕まえようとするのだが昼間学校に行っているので、大変らしい、と。

ベトナム人が馬酔木を縁起の悪い木として嫌がってモールの馬酔木を枯らしてしまったことがあったが、おばちゃんはベトナム文化にいちゃもんつける気はなかったし、それはネイル・サロンの美観の問題であったのでスルーしていた。

ところが、困ったことが出てきた。
ある日おばちゃんが裏口をあけてリサイクル缶に空瓶を捨てた時、ベトナムの女の子たちが何かを地面に撒いているのを見てしまった。これが初めてではなく、何度か同じ光景を見た記憶があるが調べなかったのだ。

この時は、いったい何を撒いているのだろうとおばちゃんは見に行ってみた。むろん、女の子たちが全員引っ込んだ後で。

米だった。
おばちゃん、深田祐介も、近藤紘一も大好きだったから何をしていたかわかってしまった。彼女たちは野生の雀に餌をやっていたのだね。ベトナムなら放生すべきところ、放つ生き物もいなかったからせめて養うため/生かすために米を撒いていたのだと思う。

これは困る。
たぶん先進国ではみんな衛生基準に引っ掛かる。米はRodentsを呼び寄せるのだ。平たく言うとネズミ。ネズミが居つくとビジネスが困る。保健所がでてくる。おばちゃんは管理会社のフレッドも大嫌いだったけど、これはビジネスの存続に関係するので報告するしかなかった。

彼らにとっては生き物がスズメだろうが、ネズミだろうが、ゴキブリだろうが一視同仁。生きし衆生を慈しむのは仏教を生きることだったと思う。ベトナムならOKなんだろうけどね。

アメリカは自由の国だ。
それぞれの宗教信条は尊敬を払われるべきだったけど、この場合は衛生基準にさわらない方法にしないと。動物園とか、保護施設とかに金銭を寄付するとかね?

オンライン・ショッピング

携帯自体も出始めでIphoneどころか、BlackberryやNokiaがぽつぽつと使われ始めたころ社会はまだ携帯文化に慣れていなかった。他人と一緒の時に携帯電話をいじるのは、人を無視した無礼なマナーという合意があったような時代。

人は一人でやってきてアメリカ人がでっかい指先でBlackberryをポチポチさわる。よそから電話を受けて他人に耳障りな会話を平気でする。おばちゃん、そういう客が目障りでどうしたもんかなぁと悩んでいた。繰り返すが携帯電が珍しかった時代。

おばちゃんは勤務時間が長く碌に買い物に行けなかったから、オンラインショップを多用するようになっていた。EbayでInstantBuyかアマゾン。どうしてもアメリカにないものは日本で買って転送で送らせていた。

携帯電話の迷惑を何か防げるグッズがないか、検索していたおばちゃんは見つけてしまったのですね。
邪魔ー。携帯電話の電波を邪魔ー。

おばちゃんはふと黒い心がムクムクもたげ色々調べてしまった。当時携帯の電波の状況は安定していなくて、しょっちゅうつながらないとかトラブルがあるようだった。

もし、ウチでつながらなくてもそれはよくある話よね?その会社はイスラエルにあり、邪魔―の他にも怪しげなグッズがいろいろあった。

ただ、アメリカ国土で邪魔ーは許されていない。もし、所持していたら連邦犯罪になるのかも。

邪魔―がOKなのはオーストラリアと日本だった。おばちゃんは会社にメールをして、日本に送れる?と聞いたらば、日本は禁止国じゃないから大丈夫よ。と返事が来た。

そうか、理論上イスラエルで物を買い、日本の転送住所に送って、転送からアメリカに来るよね。おばちゃんは無害のコンピューターパーツを買ってみたら日本経由で普通に届いた。むろんイケナイものは何も買っていない。

ある時はラップトップの調子がおかしいので、予備のハードディスクを買っておこうかと、近場で一つポチる。セラーから送ったよ~、通関があるから、。とメールが来てえっ?通関?何故?同じ州内で、どうして通関?

ハード・ディスクは3日も4日も届かず、1週間以上も経ってからやっと届いた。カナダから。EbayのアイテムのロケーションはCAだった。CAはCaliforniaだろう普通?!カナダの会社ならCANADAって書けよ。

ある時はEbayでエスニック風のパンツ(タイ産)が気に入って、ただ値段がGBPと書いてあったので、Sellerに問い合わせたらブリティッシュ・ポンドだという。アイテムのロケーションはオーストラリアである。変だなぁと思いながらも欲しかったので買ったらなんとドイツから届いた。
ネットには魑魅魍魎が巣食っている。

生き延びる

アッコちゃんが窓の外を見ながら、ぽつんと言った。
「ああ、あのアスファルトを均している人だって、資格や技能を持ってて仕事をしてるんだよね」

外の駐車場はアスファルトの敷直し最中でローラー車両に乗ったメキシカンが熱いアスファルトを均しているのだった。駐車場が半分使用不可能なので、客は来ず暇だった。

おばちゃんは、アッコちゃんが言うことが痛いほどわかった。好きな国で生きていくためには、何か技能がいるのである。

好きな仕事か、やりがいがあるのとか、そうでないのとか、、そんなこと以前に、ちゃんと雇われてお金がもらえる仕事が必要なのである。雇ってもらえる技能、仕事がもらえる技能。安定して暮らしていける仕事。

アッコちゃんは多磨美の卒業だったから、フォトショップもイラストレーターも扱えるのである。デザイン関係ならどうなのよ。と何時か聞いたことがある。
「私くらいの才能はその辺にいくらでもいるんです」

アッコちゃんはその後ウチをやめ、サポートしてくれる会社を見つけて、グリーンカードを取った。アメリカのビジネスの新陳代謝はとても早い。時流に遅れてた会社、時流を見ていない会社は消え新しいビジネスは生まれるが、いつまで持つか誰も知らない。

親方日の丸にすり寄っても、本家の長い不況のために営業所を縮小したり、いつ完全撤収してもおかしくない。ヤマハも人を減らし、リコーは突然アトランタに移転をした。家を売ってついてこれない従業員は首。

そしてまさか、世界のトヨタがテキサスにヘッドクオーターを移転するなどとカリフォルニアの従業員は誰も想像もつかなかった。日系社会は動転した。家を売ってテキサスに引っ越すか、やめるか。外地の将来はいつも真っ暗。先は読めない。

グリーンカードは取れたけど、アッコちゃんは結局接客業を選んだ。
人が好きなのだ。コロナのパンデミックの中、死んだほうがまし!くらいの苦境に立たされたことは想像できる。できれば逞しく生き延びていて欲しいと思う。

税金は滞納するな

税金は滞納しないほうがいい、
何故なら後でしっぺ返しを食らうからだ。これはウチのベストのお客さんだったボブと孫ヒューイの話である。

ボブはニューヨークの生まれだった。離婚した後カリフォルニアに移って、AT&Tを長く勤めてリタイアした。いい歳だったんだろうけど、肌はしわもなく頬はピンクで元金髪だった白髪がふさふさしていた。一人暮らだが、娘が近くに住んでいたのでカレッジを卒業した孫ヒューイがよく一緒に来た。

ボブはいつもヒューイに説教していた。カレッジを卒業しただけで、大学に行かないことを嘆いていた。
若くて怖いもの知らずのヒューイはまだ25で、ボブの言うことをてんで相手にしていなかった。

美人のガールフレンドはいるし、高級取りだったから。ガテン系の仕事なのだが、高所作業する職だそうで大学出の資格でもなかなか稼げない金を稼いでいたのだ。

しかし稼いだ金は遊びに使ってしまい、納税時期になると所得税も州税も払えなくて未納金に利子が付き、督促に追われていた、ボブにも泣きついていたようだった。

そんな時にメキシコ湾原油流出事故が起こった。ヒューイは税金未納のトラブルをほっておいて(税金を払えば済むはなしなのだが)テキサス州メキシコ湾に逃げた。
とりあえずカリフォルニア州にいなければ、未納金も追っかけてこないと思ったのだろう。多分、普通はあまり追っかけてこないと思う。

流出した石油の処理にメキシコ湾にはリグが建てられ、高所作業できる技術者が高い給料で募集されていたのだ。ヒューイとしては、テキサスでうんと稼いでカリフォルニアの税金を払えばいいと思っていたのだと思う。

ところが、カリフォルニア州はヒューイの上手をいった。ヒューイの給料が全額抑えられたのだ。裁判も経ずにいきなり給与を抑えられるはずないのだが?

実はテキサス州がヒューイに払うはずの給料は、カリフォルニア州から債券をテキサスが借りて支払うことになっていたのだ。

カリフォルニア州はテキサスの事故処理ペイロールにヒューイを発見して、さぞかし喜んだろう。
ヒューイ君、愕然。あてにしていた収入が全く入らず、文無しでカリフォルニアにシオシオ戻ってきた。

ボブのおじいちゃんは、激怒である。だから、言ったろ。税金問題を片づけておけって。弁護士費用なら出してやるって言ったろ?ばーかたれ。

ヒューイはストレスのあまりドカ食いしたのか、見分けがつかないほど真ん丸なデブになっていた。
教訓 税金の滞納はやめよう

アーノルド

モールの前の管理会社のマネージャーはアーノルドと言った。汚らしい歯をした痩せたジジイで、スクルージはこいつがモデルだったのだと思う。

土曜日・日曜日になるとモールの裏を後手にひょこひょこ歩いていた。ジャネットによると土日はよくモールを見張りに来るという。ビジネスの中にはめったに入ってこない。

おばちゃんがビジネスを買うときに、モールの面接をしたのがこのアーノルドだった。
おばちゃんは面接用に作ったビジネスモデルのコピーを一部アーノルドに渡し、経営ポイントの3つの数字を説明していったが、アーノルドはろくに数字を見もせず興味が無さそうに傍らにうっちゃった。

面接をするだけでこちらは$200ドル支払っているのに。

面接の結果は2週間から3週間で知らせるから。とアーノルドとの会見は終わった。経済は好調でビジネス売買も盛んだったが、モール側のマネージャーがNoと言えば、売り手と買い手が売買に合意していてもテナントの売買は成立しない。

2週間たってもアーノルドからは連絡がなく、不動産エージェントにもコンタクトがない。向こうがもったいをつけているのは分かっていたが、売買を進めるにはこちらから連絡するしかなかった。

売り手も私もエージェントも3人そろってたまたま女で、売り手のオーナーがアーノルドに電話を掛けた。
「ヘイ、アーノルド。面接の結果はどうなの。私?私はテナントのミカコ(仮名)よ。3年間商売してるじゃない。忘れたの?」
するとアーノルドは新しい看板のイメージを今度はオフィスにもってこいと言うのだった。

管理会社のオフィスはすぐ近くだったのでアポを取って訪れると、くすんだオフイスの外には真っ赤なイタリア車が止まっていた。オフィスに一歩入ると、秘書とアシスタントがいるのにシンとして物音一つしない。

アーノルドとアポがあるのだがというと、秘書は怯えた目をしアシスタントはごくっと息をのんで、ボスは今グッドムードじゃないから。と奥を指さした。

アーノルドは一番奥のデスクにひっくり返り、なんとデスクに足を乗せていた。デスクの正面に来客用のいすがあるので、おばちゃんは椅子の背を引き寄せ座ろうとした。

するとジジイは「座るな!」と言ったのである。
来いと言ったのはアーノルドだ。私は聞き間違えたのかと思ってもう一度椅子に座ろうとしたら、ホームレスを追い払うかのように、座るな、看板のイメージを置いて出てけ。とシッと手で追い払われたのだった。

おばちゃんは憤然として出口に向かったが、秘書は知らんぷりアシスタントは下を向いたまま「アーノルドに逆らっちゃダメなんだよ」とささやいた。

この時の秘書はマリアとか言ったが、売買エスクローが開始した後に辞め、以後オフィスに電話を掛けるたびに違う名前の秘書が答えるのだった

アーノルドがさんざんもったいをつけてOkを出したときにはすでに7月に入っており、面接から2か月半たっていた。エスクローはオープンして、おばちゃんは会社の設立などで忙しかったが、突然アーノルドから電話がきて、テナントの補償金を上げると通告された。

理由としては、おばちゃんたちにビジネス経験がないことだと。エージェントだってエスクローがすでにオープンした後に、補償金を吊り上げるなんて、聞いたことない、と言う。

エスクローは売買金額で合意があり頭金もすでに支払われているから、ここで売買をキャンセルしても、おばちゃんの頭金は戻ってこない。絶対逃げられなくなってから、補償金を吊り上げてきたのは汚いやり方だった。

むろん、エスクロー会社だってそんな追加条件は聞かされていない。エスクロー書類は全部作成し直しになる。

アーノルドはEmailに答えないので、ファックスで秘書と何度もやり取りして追加の支払金額と支払方法を確認して、小切手で支払った。

その時までおばちゃんはパン屋のクリスがアーノルドにどれだけ嫌がらせをされたか、全く知らなかったのだった。

エスクローがクローズするまで、売り手のミカコとエージェントのタカコ(仮名)とおばちゃんの3人女はあれこれと連絡を取り合うことになる。

ボブは25歳だった

ボブのおじいちゃんは2012年に亡くなった。
ウチのオープンからの守護天使みたいなお客さんだった。最初は前立腺がんが発覚し最新レーザーで手術した。治療のすばらしい成功例として、病院のプロモーションビデオに撮られたんだ、と自慢していた。

その1年後のフォローアップで胃癌が見つかった。転移ではなく単発の胃癌だった。頬っぺたはつやつやとピンクでとてもガンを抱えているように見えず、たまたま居合わせた外科医もあの人なら助かるよ、と断言するくらい元気に見えた。

当時注目されていた免疫を高めるという評判の海藻のサプルメントを買って、ボブに飲むように渡した。ウチの子が一人ボブの家に間借りをしてボブの一番のお気に入りだったが、胃がんが発覚した頃にはすでに卒業して日本に帰国してしまっていた。

ボブは代わりにカンボジアの留学生に部屋を貸したが、今度の子はヒトミほどフレンドリィーじゃないよ。ほとんど部屋から出てこなくて、話もしない。ヒトミはいい子だった、今どうしてる?と私に聞くのだった。

ボブは抗がん剤を始め、食欲が落ちた。
病院の抗がん剤治療って、すごいんだよ。患者がずらずら~と並んで、あんたはこのカクテルこの人はこのカクテルって、流れ作業みたいに射つんだ。ボブ、サプルメントを忘れずに飲んでね。

ボブは年のせいで膝も痛めてウチまでドライブしてきても、車からでるだけで3分もかかるようになった。この役立たずの膝め。とうとうボブはドライブをあきらめ、車を寄付してしまった。

ボブ大丈夫?生活に不自由はない?
すると、近くに住んでいる娘が、出勤前に寄ってスープだとかキャセロールだか置いてって、夕方また寄るんだ。看護婦の訪問もあるしな。

ただ寒くなってきてリビングにいても足が冷えて傷むんだ。私は使っていない電気毛布をボブに持って行った。

ある日、ボブの好物をもって家を訪れると、ボブは友達らしい男の人と話していた。やぁ、これは古い友達。俺はロングタイムケアホームにトライしてみることにしたから。

娘がな、ロングタイムホームがあるから行ってみないかと言うんで。ずっと行きっぱなしじゃなくて、ちょっと試しに1週間とかな。

たぶんボブはその時、もう自宅に戻ってくることはないと覚悟があったのかもしれない。友達ともお別れのつもりだったのかも。

ボブはもともとニューヨークの出身だった。結婚もニューヨークにいる時。ウチのカミさんがcheatして離婚したんだ。息子と2人の娘がいて、娘二人はカリフォルニアの近くに住んでいる。孫のヒューイは娘の子だ。

息子はどうしたのと聞くと、妻と別れた時に妻側と暮らしていたが、どう掛け違ったのかボブにいろんなトラブルを持ち込んでしりぬぐいさせるのだった。

重い口調で、息子は飛行機が好きで免許を取って飛行機に乗るが趣味だが、中古のセスナを買って払いきれずにボブにボブに泣きついてきた。離婚の時に見捨てられ親としてしてくれることもなかったのにセスナの残金くらい出せと。一度きりじゃなくて、ローンが払いきれずに最後はボブに押し付けてくる。

息子の話題が出たのは一度きりで、それ以降は娘の話や孫のでき。テキサスに行ってしまったヒューイの話をぽつぽつとした。

次の週から、ボブにメールを送っても返事が来なくなった。前は、頻繁に面白画像だの面白記事だのメールでやり取りしていたのにパタッと返事が止まった。

ボブはラップトップはもっていなかったから、娘がデスクトップをホームにもっていけるのだろうか?返事がないまま夏に入り、ある夜の明け方。夢を見た。

金髪で若いがっしりした体格の青年が両手を肩で広げて(ボブは肩幅は広くない、むしろ華奢)
Hi, M  I’m 25 now. Who am I? とおどけて言った。
ボブだ!すぐわかったよ。と目が覚めた。
ああ、ボブは死んだんだ。

しばらくしてボブの孫のヒューイが友達とやってきた。一時期風船みたいに太っていたが、もとのサイズに戻っていた。ボブは亡くなったのね?
ヒューイはうなずいて、夏に亡くなった。やっぱり。
おばちゃんは夢の事を話すと、ボブらしいや。きっとボブならやるね。

家は売りに出されていてZillowで家の中の写真を見ることが出来た。家具は処分されてもう何もなかった。返事は来ないけど、たまにボブにメールを書いた。
RIP

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