海外在住何十年の後、伊豆の山に惹かれて古い家を買ってしまい、 埋もれていた庭を掘り起こして、還暦の素人が庭を造りながら語る 60年の発酵した経験と人生。

洗濯ライフ

おもちゃを買ってしまった。
ミニ洗濯機

現役時代は仕事が終わった日曜日の夜に洗濯をした。日本でも週一に洗濯をするつもりで大型洗濯機を選んだのだったが、東芝ザブーンは11Kgまでの洗濯容量があって洗剤を入れてスイッチを押せば乾くまで何もしなくてよい。

ところが日本の夏は蒸し暑い。汗をかく。庭仕事でも着替えるので洗濯物がたまる。11キロ分たまるまでバスケットに置いておくと野良着がなくなってしまう。庭仕事用は上下3セットではとても1週間には足りない。こまめに洗わないといけない。毎日家にいるのでタオルや布巾類も毎夜に洗いたい。

ザブーンはいったん蓋を閉めてしまうと、タオルを追加したくても、乾燥まで時限付き金庫と同じ。すべてが終わった3時間後にタオルを2枚だけ新規で洗うとか水と電気がもったいないのではないか。

それでお風呂やキッチンカウンターに置いて洗濯をできるようなミニ洗濯機があるといいなと思っていた。リサイクルショップではほとんど見たことがない。この間、また洗濯機にタオルを入れ忘れて、やっぱ少量で洗える洗濯機だな。

で、メルカリで買ってしまった。
届いたら「ミニ」という言葉だけでスペックを見なかったおばちゃんの失態が明らかになってしまった。
おじちゃんが受け取ったのはちょうど大型扇風機が入る位の段ボール。
しまった、そういえばTシャツが6枚まで入るって書いてあった。キッチンカウンターには乗らないだろう。

事実を直視するのが嫌さにその晩は玄関先に段ボールを放置した。次の日の夕方、おじちゃんがしびれを切らして段ボールを開けリビングに洗濯機をぶら下げて(片手でぶら下げられるほど軽かった)持ってくると、若干小さく見えた。縦横35X35高さ50センチくらいか?

どうやって使うのだろう?マニュアルはついていなかった。本体には洗濯・すすぎと時間タイマーがある。付属のホースと内かごがついていた。
ホースというからには水道とつなぐに違いない。ところがキッチンの蛇口の口径と合わないので浴室で使うしかない。

浴室の水道につないで給水する。本体から排水のパイプが垂れていてそこから水がじゃあじゃあ出る。水が出てしまっては洗濯できない。

その光景がおばちゃんの頭脳のどこかを刺激した。
60年前くらいの洗濯機は確かこんな風にホースを倒して排水した。排水したくないときはホースを上向きに本体に引っ掛けるのである。するとサイフォンの原理で水は溜まる。

そこからは早かった。洗剤を入れタオルとおじちゃんのTシャツを入れてタイマーを15分に回すと、ゴンゴンと回り始めた。一丁前に洗濯機である。ミニ洗濯機。楽しい。
おじちゃんも面白がって覗いている。
15分経つと止まる。音もしない。

さて、次はすすぎである。昔のおばちゃんの実家は、井戸水と水道の両方があって井戸水につないだナショナルの洗濯機はホースを横倒しに排水したまま、井戸水からは水を流しっぱなしにしてすすぎをしていた気がする。


この山の水道代は高い。
渇水のカリフォルニアより水道代が高いのである。
昔山を開発するとき町が水道の施設費をうんと吹っ掛けたらしい。とっくに施設費の償却が終わっても水道代は高いままである。山に住みたいなら高い水道代を払えるんでしょ?というわけか。

資源と水道代を考えるとざあざあと水を流しながらすすぎをするべきではないな。脱水しすすぎを2回くらいしてから5分くらい水を流して手打ちとする。

次は脱水である。
60年前の洗濯機は脱水機能が付いていなくて婆ちゃん達は衣類を手で絞っていた。
その後圧縮ローラーが付け加えられた。ローラーはキッチン・ラップの芯より若干直径が太く長さは40センチくらい。そのローラーを2本並べて、隙間に洗濯槽から引っ張り出したおとうちゃんのステテコなんかの端を突っ込んで、ローラーについたハンドルを手でぐるぐる回すのである。
そうするとステテコがのしイカのようにペッタンコになってローラーの反対側から出てくるのであった。水切れが悪かったりすると、もう一度ローラーに突っ込んむのである。子供のころおばちゃんには面白かったが、ハンドルを回すのは力がいってなかなかの労働だった。

ミニ洗濯機は圧縮ローラーより発達した遠心分離機方式の脱水が採用されていた。洗濯槽から水を抜いた後、付属のかごに衣類を戻し洗濯槽にいれてまたスイッチを入れるとかごが回転して水けを切る、多少、ココロモチ、気休めに脱水。衣類はまだ重たい。どちらかといえばサラダの水切りにいいかもしれない。

ただ!このミニ洗濯機はゴンゴン動く。
浴室の洗い場は若干傾斜がついていて水平ではないので余計に踊る。跳ね回る本体を両手で抑える。餅つき機に転用できないか?

とりあえず洗濯過程は終わったので、改めて東芝ザブーンに入れて脱水と乾燥をする。少量の乾燥でふわふわに仕上がったが、たたむときに気が付いた。おじちゃんのTシャツが白い。
ドラム式洗濯機には「汚れが落ちない」という書き込みがある。もしかして本当かもしれない。

結局、野良着のジーンズは大きすぎて入らない。下着とタオルの洗濯には使いやすいかも。水は意外と使うかも。洗濯という行為を純粋に楽しむことができる。それなりに大きいミニ洗濯機の仕舞い場所はどうするか。今のところ役にたつのか失敗なのか評価がつけられない。

追記、

今日は爽快な天気で涼やかな風があって汗もかかなかった。おじちゃんは玉ねぎの植え付けや大根の種まき、桜の木に毛虫がついたというって作業していて大汗をかいたよう。シャワーを浴びて着替えてもリビングにやってこない。どこにいるのか探したら洗面所からゴソゴソと音がする。
洗面所のドアを開けたら、ミニ洗濯機を両手で抑えているおじちゃんがいた。
水平な洗面所でもこの洗濯機は脱水で踊るようだ。

前略、越後製菓 様

もと日東製菓の「味千両」を販売してくださってありがとうございます。
なんというか、老舗の一家のお父ちゃんが放蕩して家業をつぶして一家離散のところを越後製菓が2代目の息子を引き取って養ってくれているようなありがたさというか、。

「味千両」は私の生まれ故郷に工場があり、子供のころから親しんできた大好きなあられです。
遡ること50年前、うちの中学校では夏休みにフィールドトリップとして山奥のキャンプ場で2泊3日のキャンプをする伝統がありました。ボーイスカウトの厳しいおっさんの罵倒と叱咤指導のもとにキャンプ設営が終わったころから、天気がおかしくなり夜半に入ると近づいてきた台風の暴風雨圏に入ったのか、大変な吹き降りでテントも吹き飛びそうになりました。

生徒は雨風と不安で眠れませんでしたがそれは教師も同じだったようです。深夜まで論議を重ねてキャンプは中止の結論を出したようで、翌朝に全員撤収の発表がありました。

キャンプ場はゴロタ石ばかりで眠ろうにも背中が痛く飯盒炊爨のご飯はひどい味。撤収が決まってうれしかったのですが、1年生230人の接収バスがありません。
帰宅予定は3日目の午後なのですから、一日早い撤収にバス会社も配車ができなかったようです。なんと徒歩で中学まで帰宅行軍ということになりました。

季節は夏なので八甲田山のように生徒がばったばったと死んじまうことはなかったのですが、何せ山奥で有名なキャンプ場なので里まで50Km以上はあったはずです。
クラス別に2列縦隊で山から徒歩で降りて来たのですが、急な撤退で飲み物食事も十分でなく前夜は暴風雨で生徒もほとんど寝てません。

朝からとぼとぼ歩き続けながら午後の3時ころにはみな疲労困憊していました。
教師がここで休憩、と指さす場所は工場敷地でした。川沿いの広い敷地に大きな岩が転がっていて、そこに生徒がてんでに座り込みました。きゃしゃで体力がなかった私はひざから下が熱をもって足がだるくてたまりません。工場には日東製菓の大きな看板が見えました。

ここがあの「味千両」と「サラダあられ」のちの「サラダ・セブン」を作っている工場なんだと思いあたりました。
もしかして、工場長が台風でキャンプを中止し徒歩で帰宅せねばならないかわいそうな生徒たちを気の毒に思い、元気づけに「味千両」あられでも配ばってくれるのではないかという私の「卑しい」希望はもちろん実現せず、230人を快く休憩させていただいただけで日東製菓さんに今でも感謝しています。

その後私は大学で横浜に出て東海圏から外れると「味千両」は関東のスーパーには売っていないのがショックでした。あられロスです。


ほろほろと崩れ程よい塩加減で袋を開けると止まらなくなる究極のあられが「味千両」。それがいきなり人生から消滅してしまって私は非常に絶望しましたが、割と好きな物に執着するタイプなので、その代わり「サラダあられ」があって救いになりました。

結婚してアパートにまぎこんできた野良猫の息子も、サラダあられの「醤油味」がお気に入りでした。平成になったばかりの頃、思い立って猫ともどもカリフォルニアに移住しました。

どんな日本食が手に入るかわかりませんでした。
まともな日本食がなくても、おばあちゃん自家製の紅ショウガか、ふりかけの「のりたま」があればとにかく食える。思い切って丸美屋食品に手紙を書いて、カリフォルニアでも「のりたま」が手に入るかどうか問い合わせたのですが、返事がきませんでした。
んで「のりたまふりかけ」と「サラダあられ」を引っ越し荷物として送りだしました。

心配したものの日系スーパーはありました。サラダあられもありました。ただし在庫が切れるといつ入ってくるかわかりませんでした。売り場にあったら買う。そこが勝負です。


日本から肉製品の輸入は禁止なので、好きだった日本のソーセージのシャウエッセンも食べられず、そのうちシャウエッセンの味も忘れてしまって、どうでもよくなった2010年前後、お菓子売り場に忘れもしない黄色とオレンジの袋「味千両」があるではないですか?

夢かと思って2袋買って帰って、奇跡の入庫なのにたった2袋を買って私は何をやっとるか?とまたスーパーに引き返して売り場の「味千両」を全部買い占めました。 次にいつ入荷するかわからないから。
それっきり2度と入荷しませんでしたが、。

買い占めた「味千両」がなくなると名残惜しくてパッケージの日東製菓の住所を切り取りました。次の日休憩時間に日東製菓のお客様相談室相手に、自分がいかに昔から「味千両」が好きで愛してきたかを切々としたため、航空郵便で日本に送ったのでした。返事は半年ほどたって忘れたころに来ました。

平成が終わるころ、帰国して静岡に落ち着きました。
「サラダあられ」あるいは「サラダ・セブン」はスーパーにあったりなかったり。オンラインでいろいろ調べてみるとなんと!日東製菓がなくなったと?!バブルで投資に失敗したらしい。オンラインで「サラダセブン」を買いあさりました。

ある日地元のスーパーでレジに並んでぼんやりしていると、レジ横に特設!越後製菓コーナーがありました。赤が特徴の越後製菓のラインの中に黄色とオレンジのデザインの「味千両」 があるではないですか?迷わず全部買い占めました。

袋の裏の製造会社を見てみると越後製菓となっていました。
越後製菓があの日東製菓の「味千両」を拾って保護していた!
捨てる神あれば拾う神あり。ありがたや。

私の勝手な想像ですが、こんなんではなかったでしょうか。
老舗の日東製菓さんはバブルの投資に失敗して、会社の清算という苦渋の決断を下した。が、その製品プロダクトラインすべてを閉鎖・廃版にするには社長はじめ工場長、事務員に至るまで身を切られるようにつらかったに違いない。


殿、せめて「サラダあられ」と「味千両」だけは生す手立てはないものでありましょうか?

同業他社の皆様、卒爾ながら情けをかけてはいただけぬか、
越後製菓、武士の情けじゃ。手を挙げてくだされ、弊社がお引き受けいたそうぞ。
かたじけない。しからば ここな「味千両」のレシピと工場長を新潟県に、、、、。
工場長、(涙、涙)われら日東の遺志をついでたもれ。
かしこまってござる、長として一生をかけ「味千両」を守りぬく所存。
恐惶敬白
~~みたいなことがあったのかもしれない。

それからは私はオンラインで「味千両」を12袋箱買いして非常に満足であります。再び巡り合った「味千両」は50年前と同じようにほろほろと口の中で砕け軽くて繊細なあられの傑作なのでした。
ただし、塩が昔と少し違う気がする。

越後製菓様、
「味千両」は「まま子」のような存在かもしれません。越後製菓コーナーに味千両が置いてあるのはまれ。あっても売切れればほとんど補充されません。生産量が少ないのかもしれません。よその子ですから。それでも老舗の粋を引いた直系の製品ですから末永く生産をつづけてやってください。
お願いです。

ワクチン4回目

3回目も怒っていたが4回目もおばちゃん怒っている。
接種会場は町の文化会館である。

駐車場ではすでに2人シルバーセンターから雇ったと思しきジイジイが、おばちゃんが入り口に向かってくるのを見つけると、心なしか胸を張り、来もしない車を遮るために左手を挙げて、右手でオーライ横断歩道を渡れと合図する。総人口が2万ちょっとの町。
駐車場の反対の入り口にもう一人。

(1人) 文化センターの入り口を入ると、30歳にならない若いお兄ちゃんが「ワクチン接種の方ですか」と聞かんでもいいことを聞いておばちゃんを止める。
町の文化会館の日曜日にほかに予定は入っているもんか。それから壁に張ったポスターを指さして5条くらいあるワクチンの注意書きを読めという。もう4回目だ、ワクチンに批判があるなら来るもんか。
同意するなら受付にどうぞという。

(2人) 受け付けデスクは2人座っている。
接種券と免許証を出す。バインダーに挟んで番号札と一緒に返してくれる。それだけ。
(2人) 次のデスクでは免許証と接種券の照合をする。体温を記入する。次に行けという。
(1人) 次はシアターの入り口でおばさんが客席を指さして、中の案内人の指示に従ってという。
シアターは待合室になって座席の背にナンバーが貼ってある。
(1人) シアターの案内人は、番号の席を指さしてここに座ってという。
劇場は待合室になっていた。
(2人) 10分ほど待つと、ナンバーが3人分呼ばれまた玄関ホールにもどりチェックする。
(3人) ホールには椅子が並べられてまた待つ。案内人のカードをぶら下げたおばさん2人、接種者の問診表を見ながらチェックするナースは1人。

ナースはおばちゃんの問診表(ほとんど“いいえ”、病気は胆のうがん 経過観察中と書いた)のい”いえ”の欄を読み上げて確認する。おばちゃんはこの辺でイライラしてきた。
書いてあるものをもう一度読み上げるのは、おばちゃんの時間の無駄、人の無駄、金の無駄。

“いいえ”にチェックしてあるから答えは“いいえ”だ。 おまいさん書いたものを信用できないのか。

病気項目に目を止めて薬は飲んでますね?と聞く。
飲んでねぇよ。“いいえ”だ。(見りゃわかんだろ。切って経過観察だけだ。胆のうがんに効く薬はねぇ!“いいえ“は”いいえ“だこの野郎。この町の住人は幼児かそれとも魯鈍か。)

マスクをしててよかった。おばちゃん、相当ひどい顔をしていたと思う。
年の功をへて堪忍袋はずいぶん丈夫になってきたからぐっと我慢して次のホールに行く。

やっと白衣が見えた。
(6人) ホールを4つくらいに白い衝立で仕切ってそれぞれに白衣がいる。さらに突っ立っている案内人2人。スクリーンで区切る必要がどこにある。個人情報だってか。

おばちゃんの堪忍袋をさらに試すように、白衣は医者で問診票をさらにチェックするだけ。
(4人)次の部屋でやっと注射器をもったナースがいた。注射のあと、首に別のナンバーカードをぶら下げられて次のホールへ。
(4人)壁に取り付けられたモニターを見ながら自分のナンバーが「退去可」になったら出口のテーブルで首のカードと引き換えに接種証明書をもらう。

おばちゃんもうキィ~である。
入口から出口まで数えられる人数だけで20人ほとが接種のために会場にいる。控室で待機している看護師はいるはずだから全部で20人は絶対超える。無駄な案内人、無駄、無駄。

アホと違うか。1回目の接種から4回目まで、町の接種のための会場は全部で3つ。人口はただの2万人ちょっと。接種場の人の費用だけでかる~く1億は行くのではないか。

田舎の小さな町が負担するわけではなく、全部国からの給付だろう。つまり税金。この税金の“つけ“はあとできっちり町民・国民が払わされるのだ。信じられないかもしれないが、町も接種体制の要領がわかって1回目からかえって案内人が増えている。

町の住民はジジババが多くて耳は遠いが、幼児でもなければ痴呆でもないぞ。床に矢印でも貼ってところてん方式かカフェテリア方式で行列させて最後の待機所だけ椅子を並べて置きゃよかろう。

非効率的で、2重3重に人とチェックを配して仕事のための仕事をする。こ~んな非効率を商売でやっていたら時間と人件費を使うだけで利益がな~んにも残らんわ。
非営利事業だから非効率的で無駄が多くていいってことは絶対ない。

名残り紫陽花

雨が上がって庭に出られてうれしい。
今年のアジサイは花が終わっても不思議に色が残っている。茶色で縮まなかったのは梅雨が短かったからかしら。花びらがほんのりピンクで遠目でみればまだ生花と見える。

ドライフラワーにならんかな?とピンクが濃い花を枝ごと切って葉を落とした。
かさばるので束ねて通路の脇に置いて、エリゲロンの茂みをトリミングし、ギボウシは黄色い葉が出てきたので思い切って刈り取ってしまい、しつこい80円(トレニア)の芽をぬいて溜まった手箕の雑草を捨てようとテラスまで戻ってきたらアジサイがなかった。

おじちゃんにアジサイはどうしたと聞いたら、町内指定45リッターごみ袋を指さして、捨てたと言う。カップヌードルの空きカップも取っておくくせに。


一番のいい色はなくなってしまったので2番手の花を5本切る。
シャワーを浴びた後、アジサイを逆さにして浴室の天井からつるし真下に除湿器を置いて一晩除湿した。

次の日アジサイは見事にドライフラワーになっていたが、どうしたわけかピンクの色は飛んで水色と紫が残った。花弁が薄いものは枯れ葉色になってしまった。花瓶にさしてみてもアジサイだけでは色がさみしい。セリアに行ってゴールドのマニキュアを買ってきた。

枯葉色はマニュキュアをぺたぺた塗る。てっぺんから見るとところどころに金が光ってゴージャス。大きくしっかりと花弁が残っているものは根元にペタペタ塗る。マニュキュアが一瓶無くなった。仕上げに同じくセリアで買ったつぼみの人造花を挿して花瓶に生けた。
花瓶は実は海から揚がった古いタコツボ。メルカリで買った。渋くて好きだ。〆には金のおリボンを巻いてみた。
ばあさん、退屈しているのである。

アメリカ人の平均寿命、過去2年で2.7年縮む 

9/1(木) 14:14 BBC Japan
やっぱりなぁ、パンデミックであれだけ亡くなれば平均寿命が短くなるはずだわ。
パンデミック以前でも日本の平均寿命と比べると10年近く短かったから。

人種別のデータだとネイティブ・アメリカン(インデアン)とアラスカ・ネイティブ(イヌイット)が低く、ミシシッピ州でも平均寿命は期待できない。はっきり言えば経済レベルが低い層がおおい人種では平均寿命が低い。ミシシッピは貧困州だから低い。

アメリカ人の所得層と平均年齢をグラフにすると、富裕層の平均寿命は相関するはずだ。
ジャンクフードばっかり食べているデブは収入がいまいちで、富裕層になればスレンダー。ランチはサラダとミネラルウオーター。貧困層にビーガンはいない。貧乏人にビーガンは贅沢すぎて手が出ない。――というのがおばちゃんの実感だった。

アメリカで齢70というと人生の終盤に備える年だ。ちょっと老けたかな?と思うとポキっと亡くなる方がいる。日本より人生のステージが10年早い感じ。

ただし、富裕層は別で、夏はテニス、スカッシュ冬はスキー。
アイ子ちゃんがいうには、レーシックに豊胸、フェイスリフトして、夏の終わりはシミ取りレーザーをする70歳-80歳は現役。
マンモスのスキー場ではリフトの割引は90歳から。テニスクラブのメンバーはみんな日にやけ、太ももなんてスイカくらいの太さがあるという。ヘルス・チェックも欠かさず、ガンになったって飛び切りの医者に行くから死なない。

それに比べて中流から下にかけては65歳のメディケアの年になるのがまず目標。
知り合いの保険ブローカーのお嬢さんは早く65歳になりたいと嘆いていた。メディケアの年になるからだ。
彼女は両親が興した保険ブローカー業を引き継いだのだが、子供のころは健康だったので親(保険屋のくせに!)が健康保険を子供に入れなかったのだ。長じても健康だった子供本人は皆が保険料を払うその金で人生をエンジョイしていて大いに満足だったのだが、結婚した後ご主人が交通事故にあい息子さんが病気を患い、保険がなかったために莫大な医療費を払う羽目になり、本人自身も病気の治療が遅かったために足に後遺症が残った。
だから早く65歳でメディケアに加入できる年になりたいと嘆いていた。

アメリカの健康保険はカバーが大きくていい医療機関をネットワークに取り込んだ保険ほど保険料が高い。当たり前だが。
いい健康保険を持ち、予防のための健康チェックを欠かさず、食事も節制してスポーツに励めば長寿に決まっているようなものだ。アメリカでは金持ちほど長生きする。

歴史を紐解けば「アメリカ人は小さな政府を望む」
広く国民全員にいきわたるような巨大な組織をつくれば莫大なコストがかかりそれは国民から吸い上げた税金で賄われることになる。政府の権限も肥大し規制とコントロールする対象も大きくなる。アメリカ人はこの「大きな政府」を嫌った。

先進国の中でも平均寿命が低いのは、政府が組織する健康保険制度がなかったせいだ。医療費自体も高すぎるのである。
国民皆健康保険制度はヒラリーの目標だったが、クリントン政権ではどうしても実現できなかった。日本の人には想像が難しいかもしれないが、アメリカ人の中では常に皆保険制度に反対する階層がいたのだ。
裕福層の支払う保険料は間違いなく“保険料があまり払えない層”と制度を維持するために使われるに決まっている。自分が稼いで支払う税金をどうして他人のために使われなければならないのか?
自分の使うものは自分で払う。受益者負担。アメリカでは皆保険に常に反対者がいた。

オバマになってから皆保険が実現した。
なんと、無保険者は罰金を支払わねばならなペナルティ付きだったのである。無保険者だった者全員が喜んで加入すると思いきや、それでも「健康だから保険料を払うのがもったいない」あるいは「保険は入りたいが払うと生活できない」などの層がいたのである。

オバマの健康保険はスタートした。
政府が補助して健康保険料が割引になった金額は保険者の「収入」として所得税の対象になるのだった。国民は保険に加入できるようになったが、コロナに罹患して莫大な医療費を請求された事例もニュースで報道されることになった。医療費のコントロールはまだアメリカの課題なのだった。

帰国して日本の70歳は「終盤」ではなく老齢の「序盤」だとわかった。アメリカと比べてまだ日本の人生の終末はさらに10年先にあるのか?というのがおばちゃんの感想。

寝たきりで何年も歳を重ねていく病人などあまりアメリカで見聞きしなかった。病人本人の意思が尊重されるから延命だけの治療をせずにカタがついていくのだと思う。

カタを付けられない日本社会では寝たきりでも長生きして平均余命は世界一。
年金生活の老齢者への医療費は現役世代の支払う健康保険料がつぎ込まれている。

ところが今年前半の出生児の総数は40万人に満たなかった。とうとう出生率・年80万人を下回るのかもしれない。
日本の人口ピラミッドは逆さ富士だ。
ベビーブーマーが後期高齢に入る。医療費の窓口負担が1割(10月から一部3割負担)でもゼイゼイあえいでいる現役世代が払う保険料をじゃぶじゃぶ使うことになる。

人口比率といい、高額医療制度といい、どう考えても保険制度が持つはずがない。健康で裕福で高額な保険料を払わせられる層がなぜ不満の声を上げないのか?
おばちゃんは日本の健康保険制度がいつまでもつのか、なぜ現役世代が批判の声を上げないのか不思議でたまらない。

宮内庁がSNSを始める

うふふ
宮内庁がSNSで発信することを検討しているのだそうである。

宮内庁がSNS開設を検討 皇室情報の発信強化へ
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6437168

具体的な媒体については決まっていないらしいが“宮内庁や皇室から正しい情報を積極的に発信し、「より正しい姿を国民のみなさまにお伝えする必要がある”からだそうだ。

“ここ数年週刊誌などで皇室に関するさまざな情報が出ていて、中には間違った内容もある”
ことから正しい情報の発信をしたい意思はわからなくもないが、。

いま宮内庁のページhttps://www.kunaicho.go.jp/を見てみたところ内容は正しくあるべき情報しか載っていない。
宮内庁が国民に知らせたい公式情報である。つまらない。国民が知りたい情報は載っていない。

●国民が知りたいのはニューヨークの負債夫妻をどのように始末するのか、
●天皇の一人娘にはティアラ予算が見送り決定なのに、ゴージャスにも金が使われ放題の秋篠宮家の新邸はどのように予算がつぎ込まれたのか、
●秋篠宮家の二女さんの歯医者の縁談の話はガセなのか、信ぴょう性があるのか?
●秋篠宮キコさまは気に食わないとお車の運転手の背を蹴っ飛ばすとか本当なのか?
●御用牧場から野菜や果物を強奪のように奪い取っていくとは本当なのか?

宮内庁はいったいどのような情報を誤っていると判断しどのように訂正したいのだろう?
訂正しない情報は正しいと考えてよいのだろうか?

考えてみれば宮内庁が実際SNSを開始したところで、清く正しく美しい情報の発信に決まっているが?
そしてその発信にどのようなコメントがつくか、ふふふ。楽しみだわ。

草を刈る

また刺されてしまった。
刺し口があるのでブヨかもしれない。
5月は入院手術だったので、お隣の草取りまで手が回らなかったのだが、春に草取りをしなかったせいでお隣にある抜け道が草ぼうぼうになってしまった。

4日前から朝がた冷えるようになりタオルケットでは寒い。日中も30度を越さないので草取りがしやすい温度になったのである。
さて、やるかとオフハウスで買ったジーンズとワークマン製のマイナス3度すずしいというジャケットにネット付き帽子、オニヤンマのプリントが手の甲についたグローブ、長靴という防備で草取りに立ち向かった。湿気が多かったが気温は低かったし風があったので蚊取り線香もぶら下げなかった。
蚊は気温25度以上だと活動的になるのだ。


抜け道の3分の2くらい刈進んだとき右の足首が猛烈にかゆくなった。長靴の中に手を入れて掻く。靴下が短くてジーンズも女性用で短かったから脛が10センチほど肌が露出していて、その素肌を狙って刺されたらしい、長靴の中なのに!恐るべし山の虫。
血に飢えていて絶対刺すっと命を懸けていたんだろうな。

おばちゃんは装備の不備を突かれ小雨も降ってきたので退却した。その時は蚊だとおもってかゆみパッチを貼っただけだったがどうやらブヨだったみたいだ。
明け方からヒリヒリ痛み起きたら足首からくるぶしがはれ上がっていた。

また、皮膚科ですか。
おばちゃんの医療明細には皮膚科がずらりと並んでいてお薬手帳は塗り薬のリストになっている。皮膚科に行くと塗り薬と飲み薬をくれて何もしないよりは早く治るが。

くるぶしまではれ上がってじんじん痛む。痛みに気弱になって化膿とか、廃血症とか、単語がちらちら頭に浮かぶ。化膿止めにA子ちゃんから送ってもらった抗生物質入りの軟膏Neosporinを塗ろうとして、キャップを開けたらNeosporinが液体となってたらたらと流れでた。 今年の異常な暑さで軟膏がなんと液体になってしまった。冷蔵庫で冷やしたら元に戻るかしら?

A子さんが来月また日本に来るので、買っていくものがあったら教えてと言われたので持ってきてもらおう。ダイソンのバッテリーもお願いしようかと思ったが、A子さんからややこしいのは困ると却下されたのであきらめる。
A子さんがややこしい人なので出入国はなるべく引っ掛かりがないほうがいいのだ。

永住権や市民権を持っていても安心できない。
出入国では何が起こるかわからない。長い間アメリカに住んでなかったじゃないかとグリーンカードをハサミで切られた人。
チャイルド・アビュース歴で入国を拒否された人。(ご主人が一時日本に帰国して米国に帰ってこようとしたらやられた。主に奥さんがチャージされていたのだったが夫のレコードも残っていたらしい)
麻薬犬が寄ってきて荷物検査をされた人。(されて当然の理由があった)
テレビの“とかボーダー“番組では違法持ち込みが多いが物品が、絡まなくてももっとややこしい問題がいくらでもあるのだった。

今日も30度未満なのでおじちゃんは玄関先のリモデルをしている。おじちゃんがうるさいので草取り開始前に叢に殺虫剤を吹き付けた。今日は風がないので何度もスプレーを噴射すると、蚊が寄り付かなかった。科学のおかげ。
お隣の抜け道をすっきり刈り取った。すがすがしい。

永住権・グリーンカードいろいろ

手にしたグリーンカードはちっともグリーンじゃなかった。
カリフォルニアで発行された永住権カードはむしろホログラフが目立つピンクといっていい色合いだった。有効期限の10年が過ぎカードをニューアルすると今度はクリーム色になった。

知り合いの夫婦はたぶん70年代後半に中西部で取ったグリーンカードで、本来の由来のグリーンがかったデザインのものだと思うが、さらに彼らのカードには10年の期限がない。
そう、昔はカードの期限が記載されないグリーン・カードがあったのだ。
夫婦のグリーンカードにはリニュアルの通知が来ない。いいなぁ、と思ったのだが。

人生のほとんどをアメリカで過ごして、彼らはおばちゃんより3年早く日本に帰国した。
ご主人の故郷が九州なので両親はとっくにいないが彼は生まれた土地に帰った。助けてくれる家族も誰もいない中西部で自分の力だけで生き抜いてきた人たちなので、日本の知らない土地に移住を決めたとしても何も困らなかったと思うが。

奥様K子さんは東京生まれの東京育ちで日系二世と結婚して、いきなり中西部で広大な農地をトラクターを運転する農家の嫁になった。一子を設けたがその後数年で離婚した。子供を抱えたシングルマザーが、アメリカ中西部の農村地帯でどうやって生きていけたか。

雇ってくれたのはマクドナルドだけだったと言う。
トイレ掃除に窓や床磨き。ハンバーガーを焼き接客をし一人で店のクロージングまでやらされて、時給は$3.25。マネージャーはオーバータイムの残業代なんかつけてくれない。何度も抗議しても英語に訛りのあるアジア女が、移民の奴隷労働者が、として相手にされなかった。マックを辞めたらどこにも雇ってくれるところがないことはマネージャーに見すかされていたから。

7年奴隷労働をしたあと、他州に移る目途ができてマネージャーに辞めることを伝えたらマネージャーもいくばくかのうしろめたさがあったのかもしれない、コカ・コーラの株を何株か退職金替わりにくれたという。


80年代前後の株なので、現在なら一財産になっているはず。売らないのかと聞いたら、このコカコーラの株は私が奴隷のようにアメリカで働いた証し。私の体と時間をすりつぶしてもらった株なので生きているうちは絶対売らないと言っていた。

このK子さんはその後日本人のご主人と再婚してカリフォルニアに移った。
カリフォルニアでも長年接客の仕事をしていたが接客逸話の持ち主。一度来客した客は顔・名前・職業などわかるものはみんなメモをして覚える。次に来店した時のためにそのメモ帳を肌身離さず身に着けていたという。
他の同僚からすごいねと褒められると、何分もう年で脳みそが限られているからメモして覚えるほかないからと。

そのK子さんが60代半ばに脳出血を起こした。
莫大な医療費が飛んでいって、回復はしたが健康保険の保険料は倍になった。そこで夫妻は人生の大検算をしたのだね。1に1足して2を引くと幾ら残るか?
幸いアメリカ経済はリーマンショックから立ち直っていて、家は不況前より高く売れた。

K子さんの一人息子は中西部でアメリカ人として育ってしまった。一人で生活を支えるシングル・マザーが息子に日本語や日本の文化教育は到底不可能だったからだ。息子は早く巣立ちアメリカ人の女の子と結婚して孫が出来た。その孫も成年になっていたから日本に帰国を決めた時も、今更K子さんがアメリカに残って何かをし残したことはない。
それでご主人と日本に帰ってきた。

場所はご主人の出生地・九州の南部である。
東京生まれでアメリカで生活してきたK子さんにとっては故国というよりまた別の国であったかもしれない。地元の人の話す言葉がよく聞き取れないと言っていたし。

ご主人の同級生とか親戚の薄い縁はまだ残っていたとはいえ、K子さんは地元の人から見れば異邦人であったと思う。

ずっとあったかい土地で過ごしたから服は体を締め付けない薄いものが良いといってコットンのTシャツとレギンズだけ履いていた。スカートをはいているわけではない。ロングTシャツというわけでもない。
確かサウスウエストエアーだかのドレスコードに引っ掛かったのと同じような服装である。

九州南部の旧弊な地元の婦人方はさぞかしびっくりなさったのではないか。K子さんはきょとんとしてTシャツとレギンズのどこが変なのか理解していない。気にもしていない。長年培った接客術で今では地元の女子会のメンバーだという。たぶん九州南部だろうがアフガニスタンだろうがスマトラだろうが彼女は暮らすに場所に不自由しないと思う。

K子さん夫妻は緑のグリーン・カードを持って、毎年1回はアメリカに帰って孫の顔を見て友達を訪ねついでに税申告Tax Returnをしてゆく。
ところが何分期限がないグリーン・カードなもんで、毎回LAXの入管でちょっとこちらへと別室に呼ばれて毎回2時間の取り調べがあるのだと言う。
毎回?2時間?

コロナでアメリカに渡航できずに3年我慢していたらひ孫が生まれていた。
K子さん、もう大ショックである。一刻も早くひ孫が見たいのにコロナでいろんな制限が厳しくてアメリカに入国できなかった。


先月の7月にやっとアメリカに帰ってシカゴに飛び、シカゴからはレンタカーでインディアナポリスまでロングドライブである。たどり着いたらひ孫は二人目も生まれて3か月になっていた。グラン・グランマである。

1月たっぷりアメリカを満喫して日本に帰ってきた。
長く留守にしたので畑の野菜が枯れてしまったのが悲しいと残念がる。最初の結婚では広大な畑をトラクターで耕すような農業だったので、日本の家の片隅の畑に夫婦が食べられるだけ数種類の野菜を植えて育てるとやっと本当の農業!って気がするのだそうだ。

来月は函館に旅行に行くそうなので帰りに熱海に途中下車するので6年ぶりで再会である。楽しみ。

ロースト・ビーフ

胆のうを切除しちゃったから油ものを食べて七転八倒ということはもうない。ありがたい。
バターやクリーム、牛肉を我慢していたのでたまにはがっつり肉をたべたいと書いたのだが、日本の肉は高い!

薄切りではないです!って8ミリくらいの厚さのステーキ肉を売っているが、フライパンで上下を返したら確実にウエルダンになってしまう薄さ。これはステーキとは言いってはいけない。

近くの肉料理が人気のレストランがあるのだが、ランチにお勧めのロースト・ビーフ丼をオーダーしてみた。
日本の皆様には怒られるかもしれない。が、ご飯の上に上っていたのはロースト・ビーフではなくて“肉のたたき”であった。
直径7~8センチくらいの牛肉の周りを焼き付けて、薄切りにしたもの。火が通っているのは外輪せいぜい1,5センチで真ん中はほとんど生肉に近い。

いっそ自分で焼こうかと思ってもスーパーに塊の牛肉がない。
ロースト・ビーフとして焼こうと思ったら最低2キロ/4Lbはいる。スーパーの肉売り場でパックされているのはレストランよりさらに細い直径4~5センチの牛肉である。これではローストビーフは作れない。オーブンで焼いても中心はピンクにするには外は固くなりすぎ。だから肉のたたき風にするしかないのだろう。

アメリカではステーキ用肉と塊ばっかりで、すき焼きとしゃぶしゃぶ用の薄切りを探し回るという苦労があった。ならいっそ塊なら塊を料理するしかないじゃん。
というわけでサンクスギビングやクリスマスにはローストビーフを焼いていた。涼しい気候のほうがローストビーフは合うね。

ローストビーフを作るためには3日かかる。
まず2キロ以上の柔らかそうな牛肉を買う。
塩とガーリックパウダーと黒コショウをまんべんなくまぶす。
ペティナイフであっちこっち突き刺して、スライスした生のガーリックを差し込む。
特大のジップバッグに入れてオリーブオイルをたらたらと流し込む。
ついでに“美味しくなぁれ!”と両手で袋ごともみもみする。ジップバッグの空気を抜いて閉じて
そのまま冷蔵庫で一晩寝かす。

次の日に冷蔵庫から肉を取り出し室温になるまでカウンターに置いておく。
高温で焼くのと低温で焼くのと2通りあるのだが、おばちゃんはいつも高温だった。
手をかけるならフライパンで肉を転がして焼き目を付けてからオーブンに入れてもいいが
そのままオーブンの中段に入れてもさほど結果は変わらない気がした。

焼く時間は1パウンドにつき20分。これはきっちり守った方がいい。
オーブンによっては上火がきつかったりするからその時は白菜かキャベツの葉っぱを一枚のせる。2キロなら1時間20分でオーブンから出す。
粗熱が取れるまでキッチンカウンターに置いて触らない。

焼いた晩に切っちゃったら美味しくない。
ロースト・ビーフは一晩寝かさないとうまさが出ないのだ。
その日に肉を食べるならステーキを焼いたほうがいいよ。
カウンターの塊の肉を見ながらぐっと我慢する。
そして、できれば肉の周りをアルミ箔でぐるりとくるんでキッチンカウンターに置いておく。冷蔵庫は脂が固まり冷えすぎるからよくない。だから涼しい季節に作る方がいいのだね。

3日目の昼か夜はいよいよローストビーフを食べるとき。
オーブンから出したときに肉から出た肉汁は取っておいて、トマトペーストを入れたりしょうゆを足したりしてグレービーを作っておく。

分厚くスライスするより薄切りにして口の中で肉がほどけ、肉のうまみとミルクの味を楽しむのが好き。
肉を一晩おくことで初めて肉のうまみが出てくるのだ。焼いたその日は切っちゃダメ。

おじちゃんは罰当たりで、一応口をつけるが次の日のサンドイッチの方がよく食べる。
シーザース・パレスのブッフェは何度もお代わりするので、Ralphsで買ったランクなしもも肉と私の料理では今一ということかい?

ただ、ブキャナンは7~8キロありそうなA5ランクの飛び切りの肉をローストしているのだが、ホリデーシーズンであまりに客が多すぎると、一晩おいた肉なんかあっという間になくなってしまい、オーブンから出した熱いローストをスライスして出すことがあ。もったいないなと思う。
これだけの肉なんだから一晩寝かせればどれだけ美味しいか、と言いつつ完食したりして。

競輪選手の太ももくらいある適度に脂がのった柔らかいロースト。
ディナー皿より大きそうなスライスは周りはこげ茶で中心にいくにしたがってバラ色のピンク。Ralphsと違ってどこにも筋がないお肉はふわ~と口の中でとろけていく。

この辺地方ならお肉屋にロースト用特注ということになるのかしら。一体いくらかかるのさ。でなければCostcoまで高速で飛ばして1時間40分。肉が買えてもうちのアイリスオーヤマのオーブンは小さすぎる。丸のチキンで2時間かかったりするから。

日本は何でも美味しいけど、”塊の料理”は海外のほうが得意だ。

夏はまだまだ

ラップトップで使っていたヘッドセットが壊れたので沼津まで買いに行ったら、ダッシュボードの温度計が40度を示した。

おおぉ!
外に出ればラスベガスほどの凶悪な暑さではないが、全身の毛穴が塞がれるような湿った空気。

山はたしかに気温がもっと低いがスープのような湿度があるので、外にでて庭を見回るだけでずぶぬれになる。
おじちゃんなんか、午前中で汗まみれ。午後でまた汗まみれで野良着をすっぽり変えるので洗濯物がたまってしょうがない。
お隣は誰も来ないので草がぼうぼうになりかけているが、気候にうんざりしてしかもだるいのでおばちゃんはここ1週間ほとんど外に出なかった。

その代わりGossip Girlにずっぷしはまって、アイスクリームと柿の種を交互に食べながら、寝そべって体を動かさなかったので2キロ太ってしまった。現役時代のパンツがきつくなって困る。

日本製のパンツは短くてほとんどツルテンになってしまう。
昔、日本のくしゅくしゅパンツが可愛くてわざわざ楽天―転送―経由で取り寄せたらウエストは大丈夫だったが、短いのでくしゅくしゅを伸ばしたらくしゅくしゅがなくなってしまった。アメリカだとパンツ丈の苦労がなかったのに、帰国したら日本のパンツはますます短くトールサイズのお店も少なくなってしまった。

理由は簡単で日本の女の子の平均身長はダイエットのせいで2000年代より低くなっているのだそうだ。世界的に平均身長が低くなってきたのは北朝鮮と日本くらいではあるまいか。

衣料はAliExpressで欧米向けのデザインを探すとパンツ丈があったのだが、ここ2~3年でAliExpressに出店の衣料はアジア系が多くなってサイズは細身で短くなった。Lサイズパンツを買ったのに、届く商品は長さが足りない。

庭仕事で着る野良着は膝とおしりが破けやすく消耗が激しい。中古の電化製品を探していた時に、OffHouseに古着がたくさんあった。それまで古着は一度も買ったことがない。気持ち悪いし。

アメリカで近所にThrifty Shopができて好奇心で入ったら、匂いがしてまいった。あれはアメリカ人の体臭と油の匂いだと思う。靴も売っていたし。商品には触れなかったのに、くしゃみが止まらなくなって早々に退散した。

Off Houseではくしゃみも出ないし倒産在庫セールのような新古雑貨の隣には衣料が沢山あったが臭いもしない。ジーンズも短いのだが、庭仕事なら長靴をはくのだから関係ないからと古着を買った。初めての経験。ただ、ジーンズはほとんど水をくぐった様子がない新品のように見えた。

それからOff Houseによるたびに衣料も見るようになり、何気なく手に取ったジーンズとパンツが長さもぴったりだった!何故?それは男物だった。

これはうれしや。そうか、男物を買えばよいのだ。
2本男物のパンツを買い、帰り道に運転しながらそういえばジーンズでも男物と女物の違いはあるのだろうかと疑問に思い、おじちゃんにアンタのジーンズの前開きは右か左かどっちが上?と聞いたらば、「左」というので男女の違いはやっぱり違いはないのか。

おばちゃんはおしりが小さくて昔から少年のお尻と言われていたから男物でちょうどフィットするのだ。
まっ、いいか。

で、帰宅してラップトップを開けてふとウインドース・ボタンに触ってしまいソリティアのアイコンが目についた。
あっら~~~トランプ・ゲームのフリーセルはまだ生きてたんかい?
Windows95の時代に暇つぶしにやったものだ。27年前だ!
あまりのなつかしさにふとフリーセルを起動させてしまい、おばちゃんはそれから4日間フリーセルにはまった。

携帯&コンピューター・ゲームにはまる人たちを馬鹿にしていたが、やっぱりゲームは人間のセロトニンを誘発する要素があるのだわ。
4日間ぶっとうしでランクを40熟練者クラスくらいに上げたら、老眼の目がかすれて右手の腱鞘炎がひどくなってきた。疲れてしまってどうやめていいか、やめ方がいがわからない。お~いおい(泣き)。

思いついてフリーセルのランキングを検索してみた。
見なきゃよかったというか、見てよかったというか。
初心者の1から、上級者、熟練者、チャンピオン、レジェンド、マスター。レベル100のグランドマスターまである。
どっと力が抜けた。
レベル100のグランドマスターまで、道のりの半分も来ていないのか!
アホくさ。

一番の疲れる理由はレベル50に近づいたら途端に難しくなって、もう5手先が読めない。キングとクイーンが前面に何枚も固まっている。エースは一番奥とか。

めくれるものならめくってみろという挑戦的な配置が多くなってきた。一ゲームクリアするのに10分から20分以上かかる。疲労のあまりセロトニンの分泌も悪くなったに違いない。きちんと並べられないと達成感や爽快感が味わえないのに。

ゲームのおかげでボケかけた脳にちびっと血流量が増えたかもしれない。しかし使う脳細胞は同じ個所に決まっているだろうから、ボケをどれだけ防止できるかわからない。

というわけでまたGossip Girlに戻った。
すげ~なこのドラマの衣装代。同じドレスは2度と使われない。Chuck Bassの芝居はどうしてあんなにクサイいんだ?!ホテルのペントハウス直通のエレベーターってセキュリティ上どうなんだろう?
とか思ったりする。

まだまだ暑い夏ですねぇ。XOXO

追伸
一日フリーセルを休んだ。次の日からはカードの置き換えパターンを学習したみたいでレベル60名人をクリアし今日はレベル70の天才だそうだ。

おばちゃんは親やおじちゃんからほめてもらったことがないので、フリーセルでも天才といわれるとうれしい。パカパカのカードのダンスや音楽はいいから「」よっ、大統領!」とか「天才!」とか掛け声をかけてくれるようにプログラムしなおしてくれないものか。掛け声を聞きたさにリプレイしてしまいそうだ。
ところで、爺婆しか覚えていないと思うが、オリジナルのフリーセルとは若干ルールが変わっているようだ。昔は色と数字が続きならスペースがあろうと無かろうとくっ付いた。さらに一度並べ終わった札もつなぎとしてもう一度使えたと思う。ただし、やり直しの制限があって一度スタックすると回復ができなくてすぐ嫌気がさしたものだ。やり直し機能を無制限にしたのでユーザーが飽きずに続けられるようになったのか。現在のルールのほうはレベルアップしやすいかな。
で、ただいまマスター・レベル75

8・28 レベル91
目を使いすぎて頭が痛い。

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