アメリカの年金をもらう-2

アメリカ大使館年金課の担当は有能であった。
多分英語で仕事をしても有能であろうと思われる人である。

病気などの場合は優先順位をプッシュするそうだが、申請書類がアメリカ側に回ってしまうとプッシュの効力がどのくらい効くかは不明だそうだ。やらないよりまし。

アメリカの年金も女性に関しては2重構造でちょっと解説が必要なのだが、実は“専業主婦?配偶者年金”というのがある、アメリカでも。
働いて年金を納めるわけだが働かない主婦=配偶者としての年金がある。資本主義先進国で一昔前の封建時代の名残のような機構だ。

アメリカの女性で働かず夫の配偶者として暮らす女性はほとんどいないと思われるが、年金を受給するときに自分の就労年金か“夫の就労年金の半分“かどちらか選ぶことができる。

出産や育児でどうしても女性は離職・休職・退職することがあるから年金を収める期間が減りそのハンディキャップを補うために残してある制度かもしれない。

おばちゃんはコンピューターを教えていた時期と起業しておじちゃんと自営をしていた期間があるので、就労年金と配偶者年金とどちらか好きな法の支給を選ぶことができる。摩訶不思議。

配偶者年金は配偶者の(おじちゃん)半分の額。こちらのほうがおばちゃんの就労年金より多い。日本の大使館で受け付けてアメリカのSSに送られてから実際の年金の振り込みがあるまで6か月ほどかかる可能性があるらしい。あいや~。

ところが就労期間10年にほんのちょっと満たなかったおばちゃんの就労年金は、早ければ来年から支給の可能性があるという。一旦就労年金で受給しておじちゃんの支給が始まると同時に配偶者年金に切り替えることが可能らしい。なんというフレキシブルな。
ほんとかいな。おばちゃんの頭にアリスの穴がチラチラする。アメリカの役所でそんなスムースに切り替えが行くかな?

一旦国外に住所を移した後は、その国の大使館年金課が窓口になるらしい。
何かトラブルが起こって、年金が停止されるような事態になった時に米国SS事務所に手紙を出してもどうにもならないらしい。大使館で処理することになるので何かの事態が起こった時のために身近の親近者に年金情報のコピーを渡しておいてくれと言われた。

おばちゃんたちはオンラインのMySSのアカウントを作ってあるのだが、担当者によると住所と電話番号が米国以外になったときに、日本からのアクセスが不能になる可能性が高いといわれた。DMV局はVPNソフトをかませせるとログインできるので、MySSもログインが可能かもしれないが、おじちゃんのアカウントはパスワードを忘れてロックされてしまっている。今更ロックを解除したところで意味はないので何かあれば大使館窓口に言ってくれと。

Medicareは申請資格があるそうだが、米国外でのサービスをカバーされないので無辞退する。グリーンカードは帰国2年後にExpireした。
Visa Weaverで入国すればいいので今後は米国に住むことはもうありませんと言った。これでAナンバーも失効するのだろう。

ああ、なんだかアメリカと繋がっていたドアがどんどん閉められていくようだ。

ただ、目標は明確になった。
目標!6か月後には配偶者年金を受け取る!

おばちゃんはコケにされた時など怒りで一番元気が湧いてくるタチである。
年金局がコケにしてくるわけではないが、コロナでめちゃくちゃになったお役所仕事が長引けば、おばちゃんは受給する前に死んでしまうかもしれん。それは腹が立つ!
6か月後だろうがとにかく受給するまで頑張る。もらわずに死ねるか。

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アメリカの年金の申請

やっとソーシャル・セキュリティが申請できる。
おじちゃんが今年満年齢に達したのだ。手続きに何か月かかるかわからない。英語の情報を探ると平均して2か月半かかると書いてあった。

そこで問題である。
2か月半かかるなら、満年齢の2か月半前に申請をしたらよいのか、。あるいは満年齢を過ぎてから申請すると待期期間の2か月半分の年金額はどこへいくのか?(後に分かったが申請日から支給までまとめてくれる)
満年齢より前に申請すると20%の減額になる。そんなことをされてはたまらない。

念のため満年齢をすぎてから今年の夏に地元の年金事務所に出向いた。
米国の年金手続きは、日本の年金局を通してアメリカ大使館年金課へ申請をするのである。
日米年金協定を結んでいるので、双方で取りこぼしがないようにしているのかもしれないが、おばちゃんはそれほどウブではないので日本の税務署が米国年金収入をがっちり把握するためだと思っている。

8月に地元の年金事務所のおっさんは、現在、大使館から連絡が来る待期期間がどのくらいかわからないと再三言う。大使館からいつ電話インタビューが行くかわかりません。2か月か3か月かかるかまったくわかりません。それはそうかもしれない。

去年はコロナ蔓延するなか北米行きの郵便事業がめちゃくちゃになっていて普通郵便が4か月、EMSが3か月かかってカリフォルニアに届いた。米国から日本へ届くのは普通より少し遅いくらいだったのだが。アメリカ国内で業務が滞っていたのだ。

日本側の米国大使館側の処理は普通でも、アメリカのソーシャル・セキュリティ・オフィスの業務がどの程度混乱しているかまったく予測がつかない。

帰国する前に民間の年金手続き代行会社があるのは確認していた。
日本の会計事務所だかがローカルのフリーマガジンに広告を出していて、「日本の年金を料金無料で調べます。帰国後に日本から米国年金を申請するときに代行いたします。最初に米国年金を受給するときに代行手数料を支払っていただきます」という代行会社だった。年金の追跡だけをやってもらった。

帰国してみれば年金事務所で年金の追跡は詳細にできて代行会社が把握していない記録も出てきた。年金申請の料金も必要ないので地元の年金事務所を通して申請をしたのだった。もしかして、民間の代行業者は別のSSアクセスルートを持っているのだろうか?

9月に入っても家の電話の履歴には知らない番号はなく10月も何もなく過ぎてしまった。
実をいうとおばちゃんの満年齢は再来年なのだ。前倒しで申請すれば20%減額されるのは承知の上でおじちゃんと一緒に申請した。胆のうがんステージ2、5年生存率27%~60%だからさ。
取りはぐれてたまるかっていうの。

11月に入っても米大使館からは音沙汰がないの。
先に帰国していたK子ちゃんに聞いてみることにした。K子ちゃんはたしか2年前に66歳の誕生日祝いの動画を挙げていたから。

K子ちゃん、
え~?どのくらい待ったってか?忘れたころに電話が来たよ。
忘れた頃?っ~と6か月か7か月ってことかな。
そんなところかもしれない。

それは大変だ!あと4か月以上待たされてインタビューが来てさらに振り込みが数か月かかるとすると、おばちゃんの一番悪いガン予後シナリオなら死んじまっているかもしれない。
それは嫌だ。死ぬより嫌だ。リセッションでもその後の修羅場でもソーシャル・セキュリティを払ってきたのはもらうためである。アメリカ・ガバメントに寄付をするためではない。取りかえさないでいくか。

相手は年金局である。
大使館年金課の電話番号は確かに載っているが、電話で申請ステータスを聞いて“せかして”も“順番ですから“と言われるのがオチじゃないか。お急ぎでっか?ほなやりましょか?って誰がいうかいな。

米国大使館の年金局で働いているのは誰だろうか。申請書を日本語が併記してあったから書類の受付処理はまず日本人だろう。責任者はアメリカ人だろう。それなら手紙にしよう。
日本人が読んでそのままアメリカ人上司に渡されれば、国外で働くアメリカ人の“つぼ”にはまるかもしれない。

英語と日本語で手紙を書いた。
8月X日に米国年金を申請しましたが3か月も全く連絡がありません。(よくある手紙の出だしな)
私は妻ですが4月に胆のうがんと診断されました。予後の悪いがんです。黄疸が出てやしないかと毎朝目をチェックしております。主人は事務処理が苦手なので私が事務処理をしていますが、さらに何か月か受給手続きが伸びると、私は書類の記入ができるかどうかおぼつかなくなるかもしれません。主人を年金なしで残していくわけにいきません。お願いです。早く受付をしてください。で、診断書のコピーを付けた。

手紙を送って5日で大使館から電話が来た。
手紙は書いてみるもんである。おばちゃん、嘘は1ミリも書いてない。嘘やおまへ~ん。

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アリスの穴

Alice In Wonderland

アメリカにはアリスの穴というのがある。不思議の国の不思議の穴。
おばちゃんが勝手に名付けた。

不思議の国のアリスがおっこちた摩訶不思議なトラブルの穴である。
日常のそこここに開いており落っこちると大変な目にあう。どうしてこんなミスが起きるのか腹が立って抗議をしようとしても誰のミスかわからない。何故自分に起こるのかもわからない。何もしないと事態は悪化するし無垢の本人がなぜか時間と忍耐力と金を費やさないと解決しない。自分以外のミスが原因なのに誰も謝らない。

なんで私がこんなことをしないといけないの?抗議の声を上げても周りの人は、さりげなく視線を外すだけ。
ああ、あるよねこんなこと。とりあえず自分ではなくてよかった。他人はほっと胸をなでおろす。

●例えば、50万ドルが差出人不明で自分の銀行口座に振り込まれるが、振り込み人不明だから銀行に口座凍結をされて自分の預金さえ引き出しができなくなる。

●永住権を持っているのに移民局がデータベースの個人記録をビザからグリーンカードへ書き換えるのを忘れてビザが失効して身分がイリーガルになっちゃったとか。

●車のローン付き売買契約を銀行がやったのだが、所有者の書き換えを忘れて、たまたまポリスが車のプレートをスキャンをして盗難車扱いされてしまい目の前で車を持っていかれてしまうとか。

●家の手抜き工事を修復するはずなのにガレージの壁に穴をあけられてしまうとか。

●ガソリン車なのにガスステーションの従業員がフルサービスを申し出てディーゼル油を給油されて車が動かなくなってしまうとか。

●行ったこともない遠方の街での駐車違反の罰金請求が来るとか。

●病院の支払い請求書が前の住所に送られてしまい不払いで債権回収会社Collect Agencyに債権が回されてしまい取り立て絵の電話がくるとか。

とにかく何気ない日常でいつもの生活が続くはずなの突如ぽっかりと地面に穴が開いていて落っこちてしまう。

怒りのあまり憤然と電話をかけまくっても担当者が捕まらず、手紙を書いても返事が来なくて弁護士の力を借りないと解決しなくなるまでこじれる。まったく自分は悪くないのに。

郵便局の窓口で「いったいどうしてくれるんだお前らのせいだ。お前らがやったんだ」とお兄ちゃんが頭から湯気をだして怒っていたのを見たことがあるが、きっと大事な郵便がアリスの穴に落っこちてダメになったのかもしれない。

だからアメリカの郵便局なんか信用してはいけなくて大事な書類はFedex かUPSにすればよかったのだ。
窓口のおばちゃんは謝れと言われても自分のミスじゃないと思っているので謝らない。窓口でもめても待っている行列の迷惑になるばかりだしミスの犯人さえわからない。文書で追及しても返事が返ってくるのかさえもわからない。

I need to talk to your supervisor.と叫び続けないといけないのもこんな時である。責任者を呼びつけても何がどうして起こったかは分からないのである。誰も責任を取らず降りかかった災厄は何日か何週間かpain in the assとなってキリキリと痛むのである。これがアメリカ

アリスの穴がアメリカにはどこにでも開いている。便利なサービスにも便利でないサービスでも、超金持ちでも貧乏人でもシステムに開いた穴にすっぽりと落ちる時がある。

坂本龍一さんがニューヨークの病院で検査結果を伝えられていなくて治療が遅れたことを非常に憤慨なさっていた。もっともであると思う。

検査室かドクターかそれともチャートやメッセージを伝達を頼まれたナースがチャートを忘れたのかもしれない。えらいことを忘れるもんだ。でも起こるのである。
偉大なるアーティストの深刻な病の場合なのに穴に落っこちてつくづく運が悪かったとしか言いようがない。

おばちゃんが日本に帰国して5年たった。
アリスの穴には出くわしていない。一度だけクレジットカードの金額のケタを入力し間違えられた時に取り消しと再入力があったが、その場で訂正をしてくれて担当者は気の毒なほど憔悴していた。


かつて現役だったころおばちゃんは自分でもお客の金額を間違えてキャンセルしたことがあるので何とも思わない。People do mistakes, so don’t you? 
従業員が20ドル前後の売り上げを2万ドル(ぼ~っとしてて2回同じ数字を入力した)で切ってしまったときはヤバくてキャンセルが大変だった。

日本では山の家のエアコンの取り付けも作業員は予約時間に来てスムース に取り付けられたし、洗濯機の買い替えの場合もトラブルのカケラもなく済んだ。光ケーブルの設置も滞りなくインストールされた。夢のようだ。


この国のトラブル値はものすご~く低くて日常生活はストレスがなくて本当にスムースだ。修羅場がやってこない。一年に何度も修羅場やがけっぷちに立ったことがあるおばちゃんにしてみると平和すぎてボケそうだ。


突然のけたたましい電話で、
「ねぇ、聞いて。うちのキッチンのカウンタートップが壊されたの!」
「へぇ?またなんで?」という会話がなくなってしまって刺激がなくなりすぎたかな、と近頃思ったりする。

アリスの穴がない日本に乾杯!

しぶとい人たち

この前アイ子ちゃんが来た時に2年分のおしゃべりをした。
日系社会は狭いのでお互いの仕事・友人関係は重なり合うことが多い。アイ子ちゃんがよく行くビジネスのオーナーがうちのお客さんだったりした。

アイ子ちゃんは人のうわさ話をそれほどする人ではないが、そういえばXXXXさんってあの人はビジネスを売ったのよ。55億ですって!

え~~~!?もちろん円ではなくてドル。55 Million Dallars
あの人のビジネスで55ミリオンは高すぎやしない?と聞けば、全米の日系スーパーに納入するようになったからその値段になったんだと。

XXXXXさんは小さな小売店から始めた。25年ほど前か?
おじちゃんとおばちゃんもオープンしたと聞いてすぐ行った。ピンとこなかったからしょっちゅう行くことはなくて、でもうちの従業員の一人がXXXXさんの小売店と掛け持ちをしていたから内情をよく聞かされた。親近感がわくからたまには店舗に行ってみるのだが店舗は隣のテナントを買い取って大きさが倍になっていた。

休日だというのにオーナーは外壁に植えたゴーヤのカーテンを眺めていた。普通の目立たない日本人のおっさんであった。ゴーヤーを一ついかが?と頂いたが苦すぎて食べられなかった。早朝から仕事をはじめ一日中店舗にいて子供が生まれると店舗でランチを食べて子供もそこで大きくなったようなものだ。

商売は日本人だけではなくアジア系と地域の白人にもうけ、日曜などは行列ができて買うのが大変なので、xxxx掛け持ちの従業員に買ってもらったりしていた。

さらにうちのもう一人の従業員のご主人は、XXXXX業界の製造機械のメーカー営業でしょっちゅう彼のオーナーに新機械を売り込んで営業成績を上げていたのだ。営業に行けば一台数万ドルの機械も買ってもらえるのでうちの子のご主人は業績トップで確か会社からご褒美をもらったはずであった。

そのうち、売り込みはもっと大掛かりになり工場を建てるという話になった。リーマン・ショックの不況から数年後だったから工場を建ててそれほど需要があったっけ?とおばちゃんなんか疑問だったが。

おばちゃんたちはその後帰国してしまったが、工場は無事に稼働し始めたらしかった。
それが55Million
税金で半分取られても孫の代まで安泰だろう。すなおに敬意を払いたい。自分の時間と労働と努力をすべて注ぎ込んで作り上げたビジネスを55ミリオンという金額で評価されたというのは経営者として誇れるべきことだと思う。

自分の力で稼いだものでもない歳費をためた1億円の貯金とか、俺をYRHと呼べとか、自分たちの力で獲得するものがあってから言ってくれ。つくづく情けない夫婦である。

アメリカ人社会で日本人が活躍するのはよほどの才能か努力のたまものである。
アメリカで活躍する著名な日本人がテレビに映る時おこぼれのように映る日本人がいる。

アイ子ちゃんとそのおこぼれの方の彼を見ながら、彼はまだ頑張ってるね、。あの人はさんざん取り込んだからね。昔はあんなことやこんなことをやってため込んだから。

日本人社会は狭いので、どんなふうに成り上がってきたか絶対昔を忘れないのだ。
アイ子ちゃんも昔から知っているから、彼も相当変だよね。しぶといよね。xxxで損をして乗り越えて、リーマンショックも乗り越えて、コロナでもしぶとく生きていて、ずっと仕事をつづけて仕事中にぽっくり死ぬんじゃないかな?

そうね、しぶとくないとアメリカで生きていけないものね

Matrix Resurrection

Matrix 1-3編は偉大だった
素晴らしく独創的でユニークな世界観でおばちゃんを虜にした。
デスクトップをつけっぱなしにしてせっせと分割でファイルを落とし、霜降りの画面を見ながらDVD発売を1年も引っ張るアメリカの映画業界を呪ったものだった。

シリーズ3のResolutionで完結したはずのMatrixを復活させる目論見はなかなか困難であったと思う。

2時間15分のうち最初の1時間は前編の「なぞり」である。オレンジか青の錠剤を選ぶか、ネオが培養ポッドで目覚める過程。メイトリックスの中で格闘技の訓練など、ああそうよね。こんな風に始まったのよ、とここに新鮮な感動はない。回顧であった。

ネオの横顔があまりにも老けていて、時って残酷よねと悲しくなる。オラクル役の女優さんはこの間亡くなった。トリニティはResolutionですでに容色が限界だったから、Resurrectionでは恋人役はもう無理目だわと遠い目。ファミリー映画の回想シーンになってしまうではないか。

ストーリーの展開にわくわくするというより、年取ってしまったネオ様にムリをせんでくれ、とハラハラと心配。クリント・イーストウッドのUnforgivenをチラ見したとき、もうわかったから、もういいからお爺ちゃんヤメテ~!と労わりたくなったあの気分。
なんでまた続編なんか作り始めちゃったんだろう?と一番感じているのはキアヌ本人ではあるまいか。

ネオを見ると痛ましくなるので、わき役のBrian Smith, Max Remelt, Erendira Ibrraにうれしい驚き。3人そろっておばちゃんの好きなSense 8に出演している役者さんたち。Brian Smith はGossip Girl にも出ていたしおばちゃんの好きな顔だ。Gossip Girlの時から全く容貌が変わっていない。


セラピスト役のドクターはテレビシリーズのDoogie Howser, M.Dに出ていた子役Neil Harrisだわ。ひょろっとした子役だったのに。Uncoupledで50過ぎに恋人に逃げられたゲイ役を演じてて(実生活でもゲイだったのだが、あのドギーハウザーがゲイだったのか!と軽くショック)
なかなか芸ゲイ幅が広くて達者ないい役者さんになった。遥かに来たもんだわ。

~とここまでが1時間20分なんだが今夜は終わりまで見るエネルギーがない。去年の誕生日に膨らました風船が、クローゼットの中からフナフナになって出てきたのを見つけた気分。見なかったらよかったかしら。

とにかくResurrectionというのは一辺死んだ人が復活することだから、でもあの髪型を真似すんのは止めてくんないかな。似合わないし。

前略、越後製菓 様

もと日東製菓の「味千両」を販売してくださってありがとうございます。
なんというか、老舗の一家のお父ちゃんが放蕩して家業をつぶして一家離散のところを越後製菓が2代目の息子を引き取って養ってくれているようなありがたさというか、。

「味千両」は私の生まれ故郷に工場があり、子供のころから親しんできた大好きなあられです。
遡ること50年前、うちの中学校では夏休みにフィールドトリップとして山奥のキャンプ場で2泊3日のキャンプをする伝統がありました。ボーイスカウトの厳しいおっさんの罵倒と叱咤指導のもとにキャンプ設営が終わったころから、天気がおかしくなり夜半に入ると近づいてきた台風の暴風雨圏に入ったのか、大変な吹き降りでテントも吹き飛びそうになりました。

生徒は雨風と不安で眠れませんでしたがそれは教師も同じだったようです。深夜まで論議を重ねてキャンプは中止の結論を出したようで、翌朝に全員撤収の発表がありました。

キャンプ場はゴロタ石ばかりで眠ろうにも背中が痛く飯盒炊爨のご飯はひどい味。撤収が決まってうれしかったのですが、1年生230人の接収バスがありません。
帰宅予定は3日目の午後なのですから、一日早い撤収にバス会社も配車ができなかったようです。なんと徒歩で中学まで帰宅行軍ということになりました。

季節は夏なので八甲田山のように生徒がばったばったと死んじまうことはなかったのですが、何せ山奥で有名なキャンプ場なので里まで50Km以上はあったはずです。
クラス別に2列縦隊で山から徒歩で降りて来たのですが、急な撤退で飲み物食事も十分でなく前夜は暴風雨で生徒もほとんど寝てません。

朝からとぼとぼ歩き続けながら午後の3時ころにはみな疲労困憊していました。
教師がここで休憩、と指さす場所は工場敷地でした。川沿いの広い敷地に大きな岩が転がっていて、そこに生徒がてんでに座り込みました。きゃしゃで体力がなかった私はひざから下が熱をもって足がだるくてたまりません。工場には日東製菓の大きな看板が見えました。

ここがあの「味千両」と「サラダあられ」のちの「サラダ・セブン」を作っている工場なんだと思いあたりました。
もしかして、工場長が台風でキャンプを中止し徒歩で帰宅せねばならないかわいそうな生徒たちを気の毒に思い、元気づけに「味千両」あられでも配ばってくれるのではないかという私の「卑しい」希望はもちろん実現せず、230人を快く休憩させていただいただけで日東製菓さんに今でも感謝しています。

その後私は大学で横浜に出て東海圏から外れると「味千両」は関東のスーパーには売っていないのがショックでした。あられロスです。


ほろほろと崩れ程よい塩加減で袋を開けると止まらなくなる究極のあられが「味千両」。それがいきなり人生から消滅してしまって私は非常に絶望しましたが、割と好きな物に執着するタイプなので、その代わり「サラダあられ」があって救いになりました。

結婚してアパートにまぎこんできた野良猫の息子も、サラダあられの「醤油味」がお気に入りでした。平成になったばかりの頃、思い立って猫ともどもカリフォルニアに移住しました。

どんな日本食が手に入るかわかりませんでした。
まともな日本食がなくても、おばあちゃん自家製の紅ショウガか、ふりかけの「のりたま」があればとにかく食える。思い切って丸美屋食品に手紙を書いて、カリフォルニアでも「のりたま」が手に入るかどうか問い合わせたのですが、返事がきませんでした。
んで「のりたまふりかけ」と「サラダあられ」を引っ越し荷物として送りだしました。

心配したものの日系スーパーはありました。サラダあられもありました。ただし在庫が切れるといつ入ってくるかわかりませんでした。売り場にあったら買う。そこが勝負です。


日本から肉製品の輸入は禁止なので、好きだった日本のソーセージのシャウエッセンも食べられず、そのうちシャウエッセンの味も忘れてしまって、どうでもよくなった2010年前後、お菓子売り場に忘れもしない黄色とオレンジの袋「味千両」があるではないですか?

夢かと思って2袋買って帰って、奇跡の入庫なのにたった2袋を買って私は何をやっとるか?とまたスーパーに引き返して売り場の「味千両」を全部買い占めました。 次にいつ入荷するかわからないから。
それっきり2度と入荷しませんでしたが、。

買い占めた「味千両」がなくなると名残惜しくてパッケージの日東製菓の住所を切り取りました。次の日休憩時間に日東製菓のお客様相談室相手に、自分がいかに昔から「味千両」が好きで愛してきたかを切々としたため、航空郵便で日本に送ったのでした。返事は半年ほどたって忘れたころに来ました。

平成が終わるころ、帰国して静岡に落ち着きました。
「サラダあられ」あるいは「サラダ・セブン」はスーパーにあったりなかったり。オンラインでいろいろ調べてみるとなんと!日東製菓がなくなったと?!バブルで投資に失敗したらしい。オンラインで「サラダセブン」を買いあさりました。

ある日地元のスーパーでレジに並んでぼんやりしていると、レジ横に特設!越後製菓コーナーがありました。赤が特徴の越後製菓のラインの中に黄色とオレンジのデザインの「味千両」 があるではないですか?迷わず全部買い占めました。

袋の裏の製造会社を見てみると越後製菓となっていました。
越後製菓があの日東製菓の「味千両」を拾って保護していた!
捨てる神あれば拾う神あり。ありがたや。

私の勝手な想像ですが、こんなんではなかったでしょうか。
老舗の日東製菓さんはバブルの投資に失敗して、会社の清算という苦渋の決断を下した。が、その製品プロダクトラインすべてを閉鎖・廃版にするには社長はじめ工場長、事務員に至るまで身を切られるようにつらかったに違いない。


殿、せめて「サラダあられ」と「味千両」だけは生す手立てはないものでありましょうか?

同業他社の皆様、卒爾ながら情けをかけてはいただけぬか、
越後製菓、武士の情けじゃ。手を挙げてくだされ、弊社がお引き受けいたそうぞ。
かたじけない。しからば ここな「味千両」のレシピと工場長を新潟県に、、、、。
工場長、(涙、涙)われら日東の遺志をついでたもれ。
かしこまってござる、長として一生をかけ「味千両」を守りぬく所存。
恐惶敬白
~~みたいなことがあったのかもしれない。

それからは私はオンラインで「味千両」を12袋箱買いして非常に満足であります。再び巡り合った「味千両」は50年前と同じようにほろほろと口の中で砕け軽くて繊細なあられの傑作なのでした。
ただし、塩が昔と少し違う気がする。

越後製菓様、
「味千両」は「まま子」のような存在かもしれません。越後製菓コーナーに味千両が置いてあるのはまれ。あっても売切れればほとんど補充されません。生産量が少ないのかもしれません。よその子ですから。それでも老舗の粋を引いた直系の製品ですから末永く生産をつづけてやってください。
お願いです。

アメリカ人の平均寿命、過去2年で2.7年縮む 

9/1(木) 14:14 BBC Japan
やっぱりなぁ、パンデミックであれだけ亡くなれば平均寿命が短くなるはずだわ。
パンデミック以前でも日本の平均寿命と比べると10年近く短かったから。

人種別のデータだとネイティブ・アメリカン(インデアン)とアラスカ・ネイティブ(イヌイット)が低く、ミシシッピ州でも平均寿命は期待できない。はっきり言えば経済レベルが低い層がおおい人種では平均寿命が低い。ミシシッピは貧困州だから低い。

アメリカ人の所得層と平均年齢をグラフにすると、富裕層の平均寿命は相関するはずだ。
ジャンクフードばっかり食べているデブは収入がいまいちで、富裕層になればスレンダー。ランチはサラダとミネラルウオーター。貧困層にビーガンはいない。貧乏人にビーガンは贅沢すぎて手が出ない。――というのがおばちゃんの実感だった。

アメリカで齢70というと人生の終盤に備える年だ。ちょっと老けたかな?と思うとポキっと亡くなる方がいる。日本より人生のステージが10年早い感じ。

ただし、富裕層は別で、夏はテニス、スカッシュ冬はスキー。
アイ子ちゃんがいうには、レーシックに豊胸、フェイスリフトして、夏の終わりはシミ取りレーザーをする70歳-80歳は現役。
マンモスのスキー場ではリフトの割引は90歳から。テニスクラブのメンバーはみんな日にやけ、太ももなんてスイカくらいの太さがあるという。ヘルス・チェックも欠かさず、ガンになったって飛び切りの医者に行くから死なない。

それに比べて中流から下にかけては65歳のメディケアの年になるのがまず目標。
知り合いの保険ブローカーのお嬢さんは早く65歳になりたいと嘆いていた。メディケアの年になるからだ。
彼女は両親が興した保険ブローカー業を引き継いだのだが、子供のころは健康だったので親(保険屋のくせに!)が健康保険を子供に入れなかったのだ。長じても健康だった子供本人は皆が保険料を払うその金で人生をエンジョイしていて大いに満足だったのだが、結婚した後ご主人が交通事故にあい息子さんが病気を患い、保険がなかったために莫大な医療費を払う羽目になり、本人自身も病気の治療が遅かったために足に後遺症が残った。
だから早く65歳でメディケアに加入できる年になりたいと嘆いていた。

アメリカの健康保険はカバーが大きくていい医療機関をネットワークに取り込んだ保険ほど保険料が高い。当たり前だが。
いい健康保険を持ち、予防のための健康チェックを欠かさず、食事も節制してスポーツに励めば長寿に決まっているようなものだ。アメリカでは金持ちほど長生きする。

歴史を紐解けば「アメリカ人は小さな政府を望む」
広く国民全員にいきわたるような巨大な組織をつくれば莫大なコストがかかりそれは国民から吸い上げた税金で賄われることになる。政府の権限も肥大し規制とコントロールする対象も大きくなる。アメリカ人はこの「大きな政府」を嫌った。

先進国の中でも平均寿命が低いのは、政府が組織する健康保険制度がなかったせいだ。医療費自体も高すぎるのである。
国民皆健康保険制度はヒラリーの目標だったが、クリントン政権ではどうしても実現できなかった。日本の人には想像が難しいかもしれないが、アメリカ人の中では常に皆保険制度に反対する階層がいたのだ。
裕福層の支払う保険料は間違いなく“保険料があまり払えない層”と制度を維持するために使われるに決まっている。自分が稼いで支払う税金をどうして他人のために使われなければならないのか?
自分の使うものは自分で払う。受益者負担。アメリカでは皆保険に常に反対者がいた。

オバマになってから皆保険が実現した。
なんと、無保険者は罰金を支払わねばならなペナルティ付きだったのである。無保険者だった者全員が喜んで加入すると思いきや、それでも「健康だから保険料を払うのがもったいない」あるいは「保険は入りたいが払うと生活できない」などの層がいたのである。

オバマの健康保険はスタートした。
政府が補助して健康保険料が割引になった金額は保険者の「収入」として所得税の対象になるのだった。国民は保険に加入できるようになったが、コロナに罹患して莫大な医療費を請求された事例もニュースで報道されることになった。医療費のコントロールはまだアメリカの課題なのだった。

帰国して日本の70歳は「終盤」ではなく老齢の「序盤」だとわかった。アメリカと比べてまだ日本の人生の終末はさらに10年先にあるのか?というのがおばちゃんの感想。

寝たきりで何年も歳を重ねていく病人などあまりアメリカで見聞きしなかった。病人本人の意思が尊重されるから延命だけの治療をせずにカタがついていくのだと思う。

カタを付けられない日本社会では寝たきりでも長生きして平均余命は世界一。
年金生活の老齢者への医療費は現役世代の支払う健康保険料がつぎ込まれている。

ところが今年前半の出生児の総数は40万人に満たなかった。とうとう出生率・年80万人を下回るのかもしれない。
日本の人口ピラミッドは逆さ富士だ。
ベビーブーマーが後期高齢に入る。医療費の窓口負担が1割(10月から一部3割負担)でもゼイゼイあえいでいる現役世代が払う保険料をじゃぶじゃぶ使うことになる。

人口比率といい、高額医療制度といい、どう考えても保険制度が持つはずがない。健康で裕福で高額な保険料を払わせられる層がなぜ不満の声を上げないのか?
おばちゃんは日本の健康保険制度がいつまでもつのか、なぜ現役世代が批判の声を上げないのか不思議でたまらない。

永住権・グリーンカードいろいろ

手にしたグリーンカードはちっともグリーンじゃなかった。
カリフォルニアで発行された永住権カードはむしろホログラフが目立つピンクといっていい色合いだった。有効期限の10年が過ぎカードをニューアルすると今度はクリーム色になった。

知り合いの夫婦はたぶん70年代後半に中西部で取ったグリーンカードで、本来の由来のグリーンがかったデザインのものだと思うが、さらに彼らのカードには10年の期限がない。
そう、昔はカードの期限が記載されないグリーン・カードがあったのだ。
夫婦のグリーンカードにはリニュアルの通知が来ない。いいなぁ、と思ったのだが。

人生のほとんどをアメリカで過ごして、彼らはおばちゃんより3年早く日本に帰国した。
ご主人の故郷が九州なので両親はとっくにいないが彼は生まれた土地に帰った。助けてくれる家族も誰もいない中西部で自分の力だけで生き抜いてきた人たちなので、日本の知らない土地に移住を決めたとしても何も困らなかったと思うが。

奥様K子さんは東京生まれの東京育ちで日系二世と結婚して、いきなり中西部で広大な農地をトラクターを運転する農家の嫁になった。一子を設けたがその後数年で離婚した。子供を抱えたシングルマザーが、アメリカ中西部の農村地帯でどうやって生きていけたか。

雇ってくれたのはマクドナルドだけだったと言う。
トイレ掃除に窓や床磨き。ハンバーガーを焼き接客をし一人で店のクロージングまでやらされて、時給は$3.25。マネージャーはオーバータイムの残業代なんかつけてくれない。何度も抗議しても英語に訛りのあるアジア女が、移民の奴隷労働者が、として相手にされなかった。マックを辞めたらどこにも雇ってくれるところがないことはマネージャーに見すかされていたから。

7年奴隷労働をしたあと、他州に移る目途ができてマネージャーに辞めることを伝えたらマネージャーもいくばくかのうしろめたさがあったのかもしれない、コカ・コーラの株を何株か退職金替わりにくれたという。


80年代前後の株なので、現在なら一財産になっているはず。売らないのかと聞いたら、このコカコーラの株は私が奴隷のようにアメリカで働いた証し。私の体と時間をすりつぶしてもらった株なので生きているうちは絶対売らないと言っていた。

このK子さんはその後日本人のご主人と再婚してカリフォルニアに移った。
カリフォルニアでも長年接客の仕事をしていたが接客逸話の持ち主。一度来客した客は顔・名前・職業などわかるものはみんなメモをして覚える。次に来店した時のためにそのメモ帳を肌身離さず身に着けていたという。
他の同僚からすごいねと褒められると、何分もう年で脳みそが限られているからメモして覚えるほかないからと。

そのK子さんが60代半ばに脳出血を起こした。
莫大な医療費が飛んでいって、回復はしたが健康保険の保険料は倍になった。そこで夫妻は人生の大検算をしたのだね。1に1足して2を引くと幾ら残るか?
幸いアメリカ経済はリーマンショックから立ち直っていて、家は不況前より高く売れた。

K子さんの一人息子は中西部でアメリカ人として育ってしまった。一人で生活を支えるシングル・マザーが息子に日本語や日本の文化教育は到底不可能だったからだ。息子は早く巣立ちアメリカ人の女の子と結婚して孫が出来た。その孫も成年になっていたから日本に帰国を決めた時も、今更K子さんがアメリカに残って何かをし残したことはない。
それでご主人と日本に帰ってきた。

場所はご主人の出生地・九州の南部である。
東京生まれでアメリカで生活してきたK子さんにとっては故国というよりまた別の国であったかもしれない。地元の人の話す言葉がよく聞き取れないと言っていたし。

ご主人の同級生とか親戚の薄い縁はまだ残っていたとはいえ、K子さんは地元の人から見れば異邦人であったと思う。

ずっとあったかい土地で過ごしたから服は体を締め付けない薄いものが良いといってコットンのTシャツとレギンズだけ履いていた。スカートをはいているわけではない。ロングTシャツというわけでもない。
確かサウスウエストエアーだかのドレスコードに引っ掛かったのと同じような服装である。

九州南部の旧弊な地元の婦人方はさぞかしびっくりなさったのではないか。K子さんはきょとんとしてTシャツとレギンズのどこが変なのか理解していない。気にもしていない。長年培った接客術で今では地元の女子会のメンバーだという。たぶん九州南部だろうがアフガニスタンだろうがスマトラだろうが彼女は暮らすに場所に不自由しないと思う。

K子さん夫妻は緑のグリーン・カードを持って、毎年1回はアメリカに帰って孫の顔を見て友達を訪ねついでに税申告Tax Returnをしてゆく。
ところが何分期限がないグリーン・カードなもんで、毎回LAXの入管でちょっとこちらへと別室に呼ばれて毎回2時間の取り調べがあるのだと言う。
毎回?2時間?

コロナでアメリカに渡航できずに3年我慢していたらひ孫が生まれていた。
K子さん、もう大ショックである。一刻も早くひ孫が見たいのにコロナでいろんな制限が厳しくてアメリカに入国できなかった。


先月の7月にやっとアメリカに帰ってシカゴに飛び、シカゴからはレンタカーでインディアナポリスまでロングドライブである。たどり着いたらひ孫は二人目も生まれて3か月になっていた。グラン・グランマである。

1月たっぷりアメリカを満喫して日本に帰ってきた。
長く留守にしたので畑の野菜が枯れてしまったのが悲しいと残念がる。最初の結婚では広大な畑をトラクターで耕すような農業だったので、日本の家の片隅の畑に夫婦が食べられるだけ数種類の野菜を植えて育てるとやっと本当の農業!って気がするのだそうだ。

来月は函館に旅行に行くそうなので帰りに熱海に途中下車するので6年ぶりで再会である。楽しみ。

ロースト・ビーフ

胆のうを切除しちゃったから油ものを食べて七転八倒ということはもうない。ありがたい。
バターやクリーム、牛肉を我慢していたのでたまにはがっつり肉をたべたいと書いたのだが、日本の肉は高い!

薄切りではないです!って8ミリくらいの厚さのステーキ肉を売っているが、フライパンで上下を返したら確実にウエルダンになってしまう薄さ。これはステーキとは言いってはいけない。

近くの肉料理が人気のレストランがあるのだが、ランチにお勧めのロースト・ビーフ丼をオーダーしてみた。
日本の皆様には怒られるかもしれない。が、ご飯の上に上っていたのはロースト・ビーフではなくて“肉のたたき”であった。
直径7~8センチくらいの牛肉の周りを焼き付けて、薄切りにしたもの。火が通っているのは外輪せいぜい1,5センチで真ん中はほとんど生肉に近い。

いっそ自分で焼こうかと思ってもスーパーに塊の牛肉がない。
ロースト・ビーフとして焼こうと思ったら最低2キロ/4Lbはいる。スーパーの肉売り場でパックされているのはレストランよりさらに細い直径4~5センチの牛肉である。これではローストビーフは作れない。オーブンで焼いても中心はピンクにするには外は固くなりすぎ。だから肉のたたき風にするしかないのだろう。

アメリカではステーキ用肉と塊ばっかりで、すき焼きとしゃぶしゃぶ用の薄切りを探し回るという苦労があった。ならいっそ塊なら塊を料理するしかないじゃん。
というわけでサンクスギビングやクリスマスにはローストビーフを焼いていた。涼しい気候のほうがローストビーフは合うね。

ローストビーフを作るためには3日かかる。
まず2キロ以上の柔らかそうな牛肉を買う。
塩とガーリックパウダーと黒コショウをまんべんなくまぶす。
ペティナイフであっちこっち突き刺して、スライスした生のガーリックを差し込む。
特大のジップバッグに入れてオリーブオイルをたらたらと流し込む。
ついでに“美味しくなぁれ!”と両手で袋ごともみもみする。ジップバッグの空気を抜いて閉じて
そのまま冷蔵庫で一晩寝かす。

次の日に冷蔵庫から肉を取り出し室温になるまでカウンターに置いておく。
高温で焼くのと低温で焼くのと2通りあるのだが、おばちゃんはいつも高温だった。
手をかけるならフライパンで肉を転がして焼き目を付けてからオーブンに入れてもいいが
そのままオーブンの中段に入れてもさほど結果は変わらない気がした。

焼く時間は1パウンドにつき20分。これはきっちり守った方がいい。
オーブンによっては上火がきつかったりするからその時は白菜かキャベツの葉っぱを一枚のせる。2キロなら1時間20分でオーブンから出す。
粗熱が取れるまでキッチンカウンターに置いて触らない。

焼いた晩に切っちゃったら美味しくない。
ロースト・ビーフは一晩寝かさないとうまさが出ないのだ。
その日に肉を食べるならステーキを焼いたほうがいいよ。
カウンターの塊の肉を見ながらぐっと我慢する。
そして、できれば肉の周りをアルミ箔でぐるりとくるんでキッチンカウンターに置いておく。冷蔵庫は脂が固まり冷えすぎるからよくない。だから涼しい季節に作る方がいいのだね。

3日目の昼か夜はいよいよローストビーフを食べるとき。
オーブンから出したときに肉から出た肉汁は取っておいて、トマトペーストを入れたりしょうゆを足したりしてグレービーを作っておく。

分厚くスライスするより薄切りにして口の中で肉がほどけ、肉のうまみとミルクの味を楽しむのが好き。
肉を一晩おくことで初めて肉のうまみが出てくるのだ。焼いたその日は切っちゃダメ。

おじちゃんは罰当たりで、一応口をつけるが次の日のサンドイッチの方がよく食べる。
シーザース・パレスのブッフェは何度もお代わりするので、Ralphsで買ったランクなしもも肉と私の料理では今一ということかい?

ただ、ブキャナンは7~8キロありそうなA5ランクの飛び切りの肉をローストしているのだが、ホリデーシーズンであまりに客が多すぎると、一晩おいた肉なんかあっという間になくなってしまい、オーブンから出した熱いローストをスライスして出すことがあ。もったいないなと思う。
これだけの肉なんだから一晩寝かせればどれだけ美味しいか、と言いつつ完食したりして。

競輪選手の太ももくらいある適度に脂がのった柔らかいロースト。
ディナー皿より大きそうなスライスは周りはこげ茶で中心にいくにしたがってバラ色のピンク。Ralphsと違ってどこにも筋がないお肉はふわ~と口の中でとろけていく。

この辺地方ならお肉屋にロースト用特注ということになるのかしら。一体いくらかかるのさ。でなければCostcoまで高速で飛ばして1時間40分。肉が買えてもうちのアイリスオーヤマのオーブンは小さすぎる。丸のチキンで2時間かかったりするから。

日本は何でも美味しいけど、”塊の料理”は海外のほうが得意だ。

日本の消費税

絶対におかしい消費税! 
税金の基本は「富める者」から徴収して「貧しき者」に分配すること。赤字の零細企業に支払いを義務付けているのに、輸出大企業には莫大な還付金が!
元静岡大学教授で税理士の湖東京至

https://news.yahoo.co.jp/articles/a7efeb23f91f12ed688563e5d2c7f1bc3200db5e

引用ーー

なぜ「消費税」が悪法なのか?
湖東ー 消費税は、「輸出企業への優遇税制」なんです。

税の基本概念とは「富める者から、苦しんでいる者への分配」です。
消費税の本質は「輸出企業のための超優遇政策」だった

湖東―― 消費税は、赤字の会社からも「無理やり税金を徴収」するものです。そして輸出企業には、史上最高の売り上げと言われた年にも「還付金」を支払っています。

消費税の本質は、「輸出企業のための超優遇政策」です。赤字企業は税金を納めるのに、輸出企業は「海外で売った分だけ、消費税の還付」を受けます。

そのため、トヨタ自動車のある豊田税務署は、トヨタに支払う莫大な還付金のために赤字で喘いでいます。税の基本概念は「富める者から、苦しんでいる者への分配」のはずなのに、今は逆に「苦しんでいる者の税金を、富める者に差し出す」という状況が続いています。――引用
                 ――――
おばちゃんは、この記事を読んで目を疑い自分の頭を疑ってひょっとして自分はパラレル社会主義国・日本に帰国したのかと思った。日本の常識がずっぽり抜けているので、この元静岡教授の意見が日本の常識として通るのかそれすらわからない。一体頭がおかしいのは元静岡教授なのかおばちゃんなのか。

まず、おばちゃんの理解としては、国が組織として国の経営をするためには金=税金が要る。そこで所得税や固定資産税や相続税や贈与税をとって国民に必要な行政サービスや福祉や保険制度を経営しているわけだ。足りなければ増税して帳尻を合わせる。昭和の末に税源として目を付けたのが消費税。

だから租税を納めるのは、貧しいものを助けるためではなく国が国として成立するために必要な税制度だ。違うだろうか?

湖東先生の解釈――税の基本概念とは「富める者から、苦しんでいる者への分配」ですーーは日本人全体の解釈なのか?まるで社会主義の税原理みたいだが?

さらに湖東先生が言うところの消費税の本質はーー「輸出企業のための超優遇政策」ですーー
そうなのか?おかしくないか?

物品の売買で消費税をとるのは世界の税制としても普通。なぜなら、経済活動で企業からまんべんなくとれる税で取りはぐれがない。国が一番かっぱぎやすい税であるから。
湖東先生の解釈では“消費税”は赤字で苦しんでいる企業からも容赦なく取り上げられるまるで“所得税“のような扱いではないか?それは違う。

おばちゃんは十何年、アメリカで消費税を支払う立場だった。
毎月、売り上げと消費税を州に報告し消費税を“払う”。SalesTax Returnという。


なぜ税を「Return」と言うかというと、消費税=Sales Taxはそもそもマーチャント、商人・企業のものではないからだ。消費税は商品サービスに州の税を乗せて消費者から受け取る。税は発生した時から州のもので、マーチャントは単に消費者から税を一時預かり、州に”返す“一時預かり”の役割をしているだけ。だからReturn=返す。

この一時預かりの税をマーチャント・企業の収入と考えるなら、それがおかしい。
一時預かりの税を州に「返さず」自分の懐に入れてしまえば盗人だ。州は自分の税を盗んだ盗人は許してくれないからどこまでも追っかけてくる。アメリカで企業をやっていた人間ならだれでも知っている。
客から預かった消費税は自分のものではない。

ところが湖東先生はまるで消費税が企業の売り上げ・収入のようなみなし方をしている。正気か?と問いたい。企業が赤字だろうがなんだろうがそれがどうした。預かった消費税と自分の売り上げは別に考えねばならない。“消費税の支払いを義務付けている“のは当たり前じゃないか。

さらに州外、国外に売るものは消費税の対象外だ。
これは日本でも同じだろう。中国人観光客がデューティ・フリーで買い、あるいはレシートをもって税の還元を受けるのも例外だからだ。

もし、トヨタ自動車が海外輸出車に対して日本の税務署に消費税を支払っているなら、そもそもそれがおかしい。それでも日本の制度上一応、輸出用の消費税を払って、それから払った管轄税務署から消費税の還付をしてもらうなら理屈にあう。輸出用車に日本の消費税支払いを適用するほうがおかしいのだ。

それを湖東先生はーートヨタ自動車のある豊田税務署は、トヨタに支払う莫大な還付金のために赤字で喘いでいます。-と書く。おっさん大丈夫か?
日本では税務署が赤字であえぐのか?

おばちゃんはさっぱりわからない。
貧乏人=正義、消費税を払えない企業=正義って変!
どこの国でも消費税はマーチャント・企業の収入ではないぞ。
絶対におかしい!のは先生の頭かもしれない。

さらに記事を読むと、驚愕の事実が書いてあった。
日本の企業で消費税を支払うのは年に一回で、その額は

―引用「1年間の総売上高×10%」から「1年間に仕入れた額×10%を引く」。そこには、物品の仕入れだけではありません。工場の建設費とか、クルマを買ったとか、社員のユニホームを買ったとか、家賃を払ったとかいろんなものをみんな引けるんです。それが1年間に納める消費税額になる。――引用

えっ!!!!
である。なんでそこで経費を引く?!

引用――さらに例えば、お店を新築するときに工務店にたくさん払ったとすると、「払った分は引ける」わけですから、その年は「消費税を国に納めなくてもいい」ということも起こるわけです。我々が払ったものは、そっくり税務署・国にはいかないのです。「消費税」は、「消費者とは無関係」の税金なんです。

それを裁判所に訴えた人がいますが、その判決に「消費者が払っていると思っているのは錯覚ですよ。あれは“消費税”という税金ではありません。あれは“物価の一部”です」と言う内容が書いてあります。
つまり、値引き販売ならぬ「値増し販売」なんです。–引用

これは「消費税」の看板に偽り。
政府が導入したときからこの「消費税」はただの「カサまし」だったのか、政府はいったい何がやりたかったのか?設備投資などができる企業が有利なら、何も控除できない小企業は不利。

引用 湖東―― いろいろ勉強させてもらって、消費税っていうのは、ものすごく悪い税金。こんなに悪い税金が世の中にあってはいけないということ。今、世界では広まっている税金なんです。ところがたった1カ国、アメリカだけがやっていない。アメリカは、確信的にこの税金が悪いと指摘しているんです。―引用

またまた えっ!である。
アメリカが消費税を導入してない。何度読んでもそう書いてある。おばちゃんが毎月州に支払っていたSales Taxはありゃなんだったのか?
うん?湖東先生は「アメリカ」はって書いてあるな。国Federalとしての消費税Sales Taxは確かにない。ただ、州ごとに消費税はあるぞ。ない州もあるが少ない。
そして消費者に売る段階の小売り消費税だ。

現在の日本の消費税は製造業の製造過程から消費税を適応していて、出荷時に支払わねばならない。相手は最終的な消費者個人ではないのに。この消費税を導入する際に法人税を下げて、控除ができる大企業がさらに有利になったと。

―引用―日本では、社会保険料などは負担金の上限が設けられています。高額所得者は所得全体から差し引かれる割合がドンドン減り、逆に社会の中間層や平均賃金以下の人の社会保険料や税負担は増えていく。所得の低い人が、非常に重い税負担に喘ぎ苦しんでいますー引用

消費税は高所得者でも貧乏人でも同じ金額だけ取られるので、格差が広がるというのは確か。ただね、日本では企業が内部保留をたっぷりため込んでいるかもしれないが、大企業の従業員が軒並み高給取りというわけでもない。

裕福層には社会保険料の上限があるといえ、例えばおばちゃんの町の健康保険料の上限は65万円だ。おばちゃんは目を疑って、「年額」だろうと思ったが「月額」だった。自営業で高額所得者は毎月65万円 年額780万円までは保険料を払わせてあげようというありがたい町の制度。住民税も同じく半端なく高額。

老後を豊かに暮らそうとせっせと働き年金受給を70歳まで遅らせて、悠々自適に生活できるはずが、年金収入が多くて520万/年 住民税・健康保険料が超高額、さらに医療窓口負担3割で毎月どばどば社会保険料が出てゆくドツボにはまった引退老人の記事を読んでしまった。
75歳男性の「老後の暮らし」を“崩壊”させた、年金「繰り下げ受給」の落とし穴――
https://news.yahoo.co.jp/articles/9db7106176686d0dfbc2df3c19f3b927b3e153b9

コロナと病気入院治療で気が付いてしまったが、日本で本当に有利なのは資産を持って、しかも収入が最低限の人だ。これが一番悠々暮らせる。老人になったらもうそんなに物を買わないのだ。

湖東先生が言うように消費税は廃止して、税の基本概念に基づいた税法に戻すべきかもしれないが、実際の下々の暮らしにはあまり影響がなさそうだ。中途半端に稼ぐのが一番税金を取られる。

ちょっとぐずぐずになってしまったが、結論は:日本の消費税はまともではない。

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