五臓五腑になる入院記

手術室まで歩いていきましょうと看護師さんに従ってガラガラとIVスタンドを押して着いたところはガレージだった。
申し訳ない日本の外科医さんたち。おばちゃんはERやGrey’s Anatomyの白く明るい手術室を見すぎていたのである。

国立病院の手術室は天井が低くだだっ広くメディカル機器のある手術室というより車の修理工場に一番似ていた。車の代わりにおばちゃんが乗った手術台が中央に置かれるわけだ。

先に手前に置かれたベッドに寝ろと言われ深呼吸をさせられる。これから「全身麻酔の処置をします」と言われ、いきなりタンがからまったので言おうとしたらおばちゃんのスイッチが切れた。
ぷっつりブラックアウト。

徐々に視野が暗くなり走馬灯が飛んで、ああ、これから手術なのね。と納得しつつ眠りに落ちるはずだったのに!ただ、電源スイッチが切れただけ。これはずるい。ドラマがない。

次に井戸の上から「おなかの手術が終わりましたよ。わかります?」と声が降ってきて、いやいや目が覚めた。
ずっと寝かせていてくれればいいのに。全部治りましたよ~と回復するまで麻酔を効かせてくれていればいいのに。

当日と次の日は覚えておいてもしょうがない。術後に麻酔が切れて追加を頼んでも猫3匹が前足でおなかをひっかきまわしている夢を見た。
アメリカの知り合いは二人胆石で手術したが一人はアメリカ人の麻酔医がアメリカ人並みにたっぷり麻酔を入れてくれたので、48時間後に退院しても1週間ほどうつらうつらしていたそうだ。
日本の医者はきっちり仕事をしたので、おばちゃんは手術後きっちり目が覚めて痛かった。

腹腔鏡だったので体への浸襲は最低限だったはずだが、どてっぱらに穴が4つあいて五臓六腑の一腑がなくなったのだから、おばちゃんの体の中は結構慌てていたのだろう。
いろんな管がつながれていて痛みと消耗が半端でないので、ウオークインで手術後帰宅なんてありえないと分かった。日本人では無理だよね。

入院

手術は生まれて初めてだし日本の総合病院のシステムもまだよくわかってないから、会話には気を付けた、つもり。その検査は幾らになりますかと費用を聞かない。ドクターと呼ばず先生という。なるべく英語を使わないように言葉を探しながら話したつもりだが、手術の立ち会いに来たおじちゃんは看護師さんに「奥様は日本人ですか」と聞かれたそうだ。
日本の普通はもうわかんないのでしょうがないよね。

最初の総合病院も次の国立病院も胆石症と診断を付けた後「胆石です」
担当ドクターは「で? どうします?」と型にはまったようにまったく同じ質問をされた。

おばちゃんは即答で、できる限り早く切ってください。と答えると担当医は「へ?」と気の抜かれたような態度をとった。これも二人とも同じ。
考えるにきっと「手術を避けるにはどうしたらいいか?」とか「薬で溶かせませんか?」とかの返答が多いのだろうね。

胆石は1週間1か月でできるものでなし何年かかって畜養したものだから本人はいまいち危機感から遠いのだ。今すぐどうこうするよりまず当座の対症療法。食生活にかなりの制限をかけて、それでも発作が続くようなら、覚悟を決めて手術で切る方向に変える。だから手術は60代70代が一番多くなるのだろう。

手術を先伸ばしにして、食べたいものを食べられないならせっかく美食の国に帰ってきた甲斐がないではないか。

石は小さいほうが動きやすいという。
高脂肪コレステロール食物でいつ石が動くかわからないし、炎症を繰り返せば周囲の臓器と癒着ができる可能性が高くなり、待つほど手術のリスクは高まる。癒着のない若年齢で切除すればリスクは低く回復は比較的早かろう。

腹腔鏡なら切開でないので体への浸襲が低い。そういう条件を考えると胆嚢切除が一番リスクが低くてQOLがいい。ハードルを一つ飛べばあと十年は好きなものを食べられる。

痛みの数量化

ただ、ハードルを越えた先の地面がどれだけ深いか=痛いかは予想がつかなかった。病院経営の方々はこのハードルをできるだけ明解に患者に解説してくださるといいと思う。

手術室に曳かれる前に、若い手術看護師さんは術前講義として硬膜外麻酔の絵図と解説を一生懸命してくれたのだが、ごめんよ、おばちゃんは全身麻酔だから。彼女は自分がすべっていることに気が付いていなかったのでおとなしく話を伺っておいた。

おばちゃんの60年を超える人生の経験を思うと、術前に麻酔の方式を解説してくれても患者の不安はなくならない。手術の成否もあるが、痛みの度合いが推測できなくて不安。

手術の成否は別にして、せめて苦痛の「レベルと時間」があらかじめわかっていると、“終わりなき苦しみ“”越えるべきハードル“になる。苦しみの終わりの見当がつかないと、人生は苦しみの中で炒られることになってしまう。

つまり、いつ終わるかわからないからつらさが苦しみになる。ところが、このくらいのつらさで推定XX日で終わると具体的な見積もりを言われると、苦しみは超えるべきハードルに変わる。常に自分のゴールと目標を明確にしておく。期限を決める。そうすると耐えられる。

痛みのスタンダード化

例えば痛みの比較スタンダードを男女用いくつか用意する。スケール1から10まで作る。
女性用のスケールは出産の痛みを10として、男なら膀胱結石・痛風発作を10とする。
男女共通なら痔の発作とかぎっくり腰の痛みとか歯の歯根根幹治療が必要なかなりいかれた虫歯痛。外科内科皮膚科歯科などでコンフェランスでもやって、痛みの数値化していただきたい。

麻酔が切れた後の痛みの度合いを、腹腔鏡の穴三つの場合なら、出産痛 スケール5とか。
男性の腹部切開なら傷んだ虫歯の痛み10とか、
そして重要なのは耐えるべき「時間」よ。

手術覚醒後1日目 xxxスケール8 終日
術後2日目 xxxスケール6 半日
術後5日目 xxxスケール1 終日笑ってもOKとか。

そうか、xx手術なら大体、3日あの痛みXXXを耐えればいいのかとわかっていれば、手術を受ける不安と恐怖がずいぶん変わるとはず。

飛び越えるハードルの高さと辛さの時間の予想がつけば、じゃあひとつ飛んでみようかと希望の先を考えることができる。想像がつかない苦しみというより、具体的な苦痛のハードルがわかるほうがはるかにいい。

ちなみにおばちゃんは硬膜外麻酔の説明をしたほうでないベテラン看護師に、例えば胆石発作痛と今回の術後の痛みとどちらが強いですか?と聞いたのだが、彼女は困って「人によって痛みの度合いが違いますので」と答えた。
これも事実には間違いない。

ただ、痛みスケール・スタンダードを真剣に構築してくれると患者のためになるのだけどな。痛み経験の患者からアンケート方式で回答をとって統計化しケースを平均化すれば予想できる痛みと辛さがわかるではないか。まあ、こんなことを聞くから変な人と思われるのだろう。

ちなみに腹腔鏡穴4つ、胆嚢除去 術後の痛みのスケールは 手術当日はぎっくり腰9が終日つづき 2日目は根治治療必要虫歯痛なら スケール5が8時間くらい。 3日目は片頭痛2くらい。
同室の方はもっと大きな手術をなさっていて胆石なんかて~んで下っ端だったことを述べておく。

退院する

3日目の昼食にかぼちゃの煮物がでて煮汁にぷかぷか浮いていたので、退院することにした。かぼちゃが嫌いだったからではない。煮汁に泳いでいるかぼちゃは嫌いだ。

ドクターが患者に退院を許す状態は何だろう?と考えたとき、熱はあるかないか(感染がない)、患部・傷口に炎症があるか、食欲はでたか、どのくらい体力がもどったか(トイレはひとりで行けるか)。あたりだろう。

おばちゃんの自己チェックでは:熱はない。抗生物質の点滴は術後2か目で終わっている。傷口はきれい。トイレは自分で行けたし、売店でプリンとパウンドケーキとチョコレートを買って食べてる。食欲は戻った・病院食以外は。
次の日の回診に担当医にリクエストを言うだけだ。

次の日はまず、髪をとかして整えた。洗面用具になぜかアイラインだけあったからアイラインを引いた。眼鏡をかけて人間に見えるようにした。回診のドクターに
「熱がないです。」
「トイレに自分で行けます」
「ご飯は食べてます。(嘘)」
「痛みは体をよじった時くらい」
とどめに、パジャマをパッとめくって傷口を見せると、ドクターが「うん、傷口はきれいだね」というので
すかさず「明日退院していいですか?」というと、つられて「うん」とドクターが言った。
よかったうれしい。と喜ぶおばちゃん。

ここでもう一つ「ドクターの腕がいいから回復も早いわよね」と言える性格だったらビジネスで大成功してたろう。

手術後3日くらいで自分で運転して帰るつもりだったので、術後4日目なら順当ね。

蛇足


おばちゃんは確認することが一つあった。自宅に帰ってからおじちゃんに聞いてみた。
担当医は合併症があったか無いか手術について何と言っていたか?

驚くべきことに胆嚢の持ち主であった本人のおばちゃんに手術過程結果について何も解説がなかったから。

トロフィー

予想した通り、おじちゃんは私にへんてこな顔をして、実はドクターからお話がありますって呼びこまれて、ビンに入れた胆石を見せられて要りますか?って聞かれたらしい。
担当医曰く「結構大きく育ったのがあったんで」と。

おじちゃんはもちろん否定して、「うちのカミさんははたぶん興味がないから捨ててください」と言った。ドクターはちょっと残念そうだったと言っていた。

やっぱりね。父が脳腫瘍を摘出した時も、担当医は摘出した腫瘍を母や姉に見るかと聞いたから。

ドクターのトロフィーなんだから胆石をガロン瓶にコレクションすれればいいのに。削ったあごの骨を客寄せディスプレーみたいにしてる韓国の整形外科医みたいに。


真子様はすでに仕事を始めている???

デイリー新潮
3/29(火) 6:00配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/dcb6b208f489d276c2abff5ab457ab51d5d72a64

眞子さんはすでに仕事を始めており、給与を得ていると聞いています」と話すのは、ある宮内庁関係者。

「具体的な仕事内容や、それがパートタイムなのか否かも含め、わかっていないことのほうが多いのですが、眞子さん自身、コミュニケーション能力をはじめとする力量は折り紙付きですし、元皇族という肩書きもお持ちです。引く手あまたとまでは言いませんが、結構な数のアプローチがあると聞いています。コロナ禍やウクライナの問題が落ち着き、日常が戻るにつれ、そういった声も高まって行くのではないでしょうか–引用終り

不法就労

”コミュニケーション能力”があろうがなかろうが、”就労ビザを持っているか”どうかでアメリカ国土で合法に働けるかどうかが決まる。

米国内で違法就労をすれば、元皇族だろうが移民法違反。元首相・犬養毅の孫の犬養道子が米国内で違法就労の結果、強制退去になっている。

小室真子さんは夫小室圭の妻として留学生ビザF2を取ったと思われている。F2は就労不可のビザ。それともF2ではなくて”Jビザ”でも取っていたのか?

就労ビザなのか学生ビザなのか、「PTSD」だったのに、実は就労可能なビザを取ってましたと言うなら、そういうインチキが国民の怒りを誘うのだ。

続報を待ちたい

Kinky Plum 変態梅

ホームセンターと、JAと、村の駅と園芸店を巡回する。

一昨日はコメリでペンステモン・ハスカーレッドが一株298円で売っていたので狂喜して3株とカンパニュラを3株買った。宿根草シリーズが一律298円である。

同じブランドの宿根草は自宅の里近くのホームセンターでは倍の598円だ。

田舎の園芸店では時々値段付けがおかしい店が見つかるので、園芸店の巡回は必須だ。昨日はスーパー隣の園芸店でネメシアが一枚2ダース24ポット)で1000円を見つけてクラクラした。むろん在庫の2シート全部買う。税込みの48株2000円!

重すぎて両手でやっと持ち上がる1ケース24株

耐寒性・多年草なので普通は1ポット400円から500円する。400円として4ダース19,200円のはずが2000円。超超お得!

チェーン店のホームセンターではこういう狂った値段付けは期待できない。

白だけが伸びすぎていたが切り詰めると5月まで咲く。
うちの庭の寒さでは宿根草でもすべて根付くわけではない。過去3年間、しつこく宿根ネメシアを植えて、ようやく4,5株付いたくらい。うちの子のネメシアはまだ2センチくらいで花が咲くにはあと1.5月はかかるのだ。

それまで荒野の大地に耐えられないのでインチキして中抜きネメシアを植えてしまう。うまくすると年越しして、来年買う必要がないかもしれない。

ネメシアはゴマノハグサ科なのだという。おばちゃんの頭の中で意味がゼロだったのだが、
キンギョソウを植えるときに何げなくラベルを見たら「ゴマノハグサ科」と書いてあり、
ジキタリスを植えるときに何げなくラベルを見たら「ゴマノハグサ科」と書いてあり、
愛しのダーラを植えるときに何げなくラベルを見たら「ゴマノハグサ科」と書いてあり
リナリアを植えるときに何げなくラベルを見たら「ゴマノハグサ科」と書いてあり
バコパを植えるときに何げなくラベルを見たら「ゴマノハグサ科」と書いてあり
ペンステモンを植えるときに何げなくラベルを見たら「ゴマノハグサ科」と書いてあって、

姿かたちがこれだけ違うお花がなぜ同じゴマノハグサ科なのか、好きなお花がゴマノハグサ科なのか、それとも選んだらゴマノハグサ科だったのか?おばちゃんは心底驚いて何か強い因縁を感じるのである。もしかしておばちゃんは前世はゴマノハグサ科の養子だったのではあるまいか?

ネメシアを48株植えたら3時間かかった。疲れたゾウ。
2000円でもなかなかいい仕事をしてくれた。

おじちゃんは球根に執着するタイプ。
チューリップ、ヒヤシンス、グラジオラスと球根・球根とうるさい。
ダリアの球根は水はけが悪い場所だったのか根腐れしてしまいユリはイノシシに掘られて食われたので、おじちゃんは毎年球根を植えたいのだ。

そこで里でチューリップやヒヤシンスが咲き始めたころに園芸店を回ると、売れ残りの球根がセールで見つかる。一つ50円!のカサブランカ、アマリリスの巨大な芋みたいな球根がなんと300円!

伊豆半島はぐるりと国道が取り巻いていて、あったかくなると関東ナンバーの行楽客がやって来る。135号線が渋滞で動かなくなると10分で行けるところが30分かかるようになる。
おばちゃんはコロナで出かけられないときに、山をぐるぐる回って、地図の中の糸のように細い国道を見つけたのである。

春と秋の山菜取りに地元の人が入る細い1本道。かなり昔に舗装はされたようだ。この木こり道は伊豆半島の中にいくつもあって地元の人が渋滞を避けて走る。

コメリに行くには木こり道を通って山を一つ下り、幹線道路を横切ってまた2つくらい山を超えると1時間ほどで着けるのだ。里に出るまでは信号は交差点の1か所だけ。

コメリの駐車場は軽トラと軽が主流だ。
道の駅にはオサレな4WDの別荘族が多いが、年に数回来るだけの別荘でガーデニングは出来ないからやっぱりコメリは近所の農家の御用達し。農耕器具や肥料がえっ?という値段で売っている。

引っ越してきたばかりのおばちゃんたちは免疫がなくてコメリで河津桜の苗を見つけて舞い上がってしまい興奮して庭に植えた。鼻の穴を膨らまして、家に桜!

庭木は吟味して植えたほうがいいね。心から忠告する。
河津桜は他の桜に先駆けて咲く。だから一刻も早く花見をしたいと思うのだが、河津桜は桃のようにピンクが濃くて小ぶりで枝にへばりつくように咲く。散り際には蕊が濃い赤褐色なのでちょっと見苦しいなと残念。
そんなことも知らずただ舞い上がって河津桜を植えてしまい5年で幹の太さは倍になったがまだ一度も咲いていない。

この梅も家に梅の木!っと興奮状態で買ってしまった梅の木。

あまりにも枝がくねくねしていて、剪定しても剪定してもクリクリ縮れた陰毛のような枝が出てくるので、おばちゃんは心の中でkinky plumと呼んでいる。

この梅も花がほとんど咲かない。一遍植えた木は断固として死守するおじちゃんがいるからこの先もkinky hairみたいな枝をさらすに違いない。

一昨年植えた姫こぶしが今年初めて咲いた。猫柳のようなポヤポヤしたつぼみが開くと赤んぼの手のひらくらいの可憐な花。あっ!だからコブシって言うのかな?

父が結婚を許した理由

ジャーナリスト篠原氏が「ご夫妻はお二人とも真子さまの結婚には反対でした。」と先日の放送で話していた。意外そうな口ぶりだった。
おばちゃんは何をいまさらと思うのだが、篠原氏は男親だからひょっとして本当に分からないのかもしれない。

何故父はダメな男と分かっていながら結婚を許したのか?
娘としてこの世に生まれた人なら、たぶん半分くらいの人は理由を身をもって知っているはず。

おばちゃんは生まれた家が嫌だった。
封建色が残る地方の田舎で長男の父。従順で父に逆らうことがなかった母。跡取りの男の子を生まず女の子だけ生んで肩身の狭い思いをしていた母。横並びで同じような思考の親戚にご近所。閉鎖的な社会。

ことわざで「隣の牛が死んだ時が一番うれしい」などという言い回しがある。
うちの地方なら、隣の家が田んぼを売った時が一番うれしい。と思うだろう。

先祖代々の土地をよそ者に売って家の改築や必要費用に充てないといけなかった家。うちはうまくやっている。同じような環境で同じような親がいて同じような生活ぶりで、もし何かに先ずれば、人から後ろ指刺される土地である。そういう土地で、隣はしくじったとわかると非常な満足があるのである。

子供心にまぁなんと閉鎖的な土地か。跡継ぎの男に生まれずに本当にラッキーだった。この土地と家に縛り付けられると思うと絶望感しかなかった。むろん口にしたことはなかったが。

娘が家を出る方法は2つある。一つは自立。もう一つは結婚。

大学はできるだけ遠い都会を選んだ。
4年間遊学して卒業が迫ってくるとおばちゃんは慌てた。院に進んで時間を稼ぐか、留学するか、就職するか。真剣に悩みすぎて胃に穴が開いて吐血したくらいだ。

母に極楽とんぼと言われたおばちゃんは、ふわふわした夢だけは持っていたが、夢を実行に移す根性と現実性に欠けていた。んで、進路が3つとも全滅したのである。
都会で自立自活するほどの根性も技能のなかったおばちゃんはシオシオを生まれた実家に帰った。

近所世間の目がうるさいので各種学校に通いバイトをし、その場しのぎにいろんな面接を受けてみる。貿易会社に採用されたが、会社にはまた型から生まれてきた親戚のようなおばちゃんや母と同じ思考の金太郎アメが働いていたのである。

こんなはずではなかった。帰宅する駅の自動販売機でビールを買ってプシュっと飲まないとどこかに頭をぶつけそうだった。そこから煮詰まっていったのである。

隣に住んでいた従妹のむっちゃんは欲しいおもちゃがあるとテコでも動かなくなり、買ってくれないとその場で一枚づつ服を脱いでいった。慌てたおじちゃんの妻は不承不承に買うか、むっちゃんを横抱きに連れて帰るかしかなかった。

おばちゃんは生まれつき可愛げがなく、2番目の姉がいかにも娘らしくし父にねだるのを横目で見ながら、買って買ってと連呼して却下されるとふてくされて口を利かなくなるとか、戦略としては稚拙であった。

この土地で就職をしてもはやっぱり自分に合わない。再度都会に行くというおばちゃんと父は真っ向からぶつかり、おばちゃんは口を聞かなくなり部屋に閉じこもってカギを取り付けた。

何日か籠城すると、父はバールのようなものでドアをぶち破ってきた。おばちゃんは無抵抗主義に変更して、ひたすら虚無と絶望感を演出し、何か月かの冷たい攻防の結果、バイクで実家を脱出しておじちゃんのアパートに転げ込んだ。

父というものは娘を許すものである。それは娘として生まれてきたらわかる。例外はいるだろうが、うちの父は不承不承に最後は根負けするか、あきらめて好きにしろと言うかする人だとわかっていた。

世のなかには駄々をこねたことがない、駄々をこねる必要がなかった家庭もあるだろう。
こうなさるべき、。こうあるべき。必要なものはすべて最高の吟味されたものが用意されている家庭。駄々をこねる必要がなかった生活。

生まれてきた家は選べないが、先祖代々の重たい息が詰まる家が嫌いだったか?日本一古くて閉鎖的な家が嫌いという感情は止めようがない。嫌いなものは嫌い。それはしょうがないな。
娘が家を出るには結婚か自立である。どうやって家を出るか、何年も妹と考えたに違いない。

考えた結果はやはり結婚だった。
ところが見込んだ男はボロが出てきて最初は賛成だった両親も難色をしめし、反対しはじめ、苛ついて激高する父親。

生まれて初めての反抗とガンとして意見を変えない”駄々こね娘”に両親はびっくりっしたのではないか?やんごとない両親としては駄々をこねられた経験もない“駄々こねられ素人”であった。どうしてよいか途方にくれたに違いない。

ええ加減にせいやと横抱きにして連れて帰り、欲しかったら自分で働いて買ってみ!とたしなめ世の成り立ちを教えることもできない。親からして世間知らずの親だった。

初めての駄々こね娘と、駄々こねられ両親が真っ向からぶつかって両親があきらめたのである。
おおよそ推測はつく。娘は口を利かなくなる。食事を食べなくなる。自室にこもる。痩せる。

親に顔を見せるときはなるべくあらぬ空を見るとよいね。ため息をつきながら、どうでもいいわと言う。会話に参加せず興味を示さずひたすら空を見つめる。のろのろと動き、時々ぼーっと動かなくなる。日に日に消耗する娘を演じる。

どうせ、私なんか、と言い捨てて自室に駆け込む。こんな家に閉じ込められるなら死んだほうがましと号泣する。
父親がバールでドアをぶち破ってくるなら娘の勝ちである。

おばちゃんの場合は、実家の跡取り長女の婿殿が結婚式で「もう帰ってくんな」と柔らかい言葉で言ったので、これはもう帰れんなと思った、帰る気はなかったが。もちろん父の援助などは何もなかったので自立するしかなかった。

絶対に結婚させたくはなかった男だが、娘が駄々をこねてしょうがなく結婚はさせた。
おばちゃんが思うに、援助するなら、人を使うな。組織を使うな。自分でやってくれと思う。反対されたのだから、娘だって実家を当てにするな。

何のことはない、我々国民は国家を巻き込んだ家庭ドラマを見せられているのである。迷惑!

移住5年目の春

Photoshopはおばちゃんのお気に入りのソフトなので、チラシもポスターもこれでデザインしていた。キャンバスのどこに何を配置してレタリングをどこに持ってくるか、何色がふさわしいか。タテ・ヨコの話

それがお庭の園芸になると、タテとヨコに奥行きと高さが入ってくるわけ。背の低いお花は手前に背が高いのは奥に。ど素人もこのくらいは分かった。

ところが、園芸はさらに時間を考えないといけないのよ。
3か月後に手前のお花と後ろのお花がどう育ってるか想像しないといけない。この手前のダーラは15センチくらいでこじんまりおさまるはずだったのに、意外と横に這っちゃうとか、シロタエギクが大きくなりすぎて一番後ろのデルフィニウムが隠れちゃうとか、そこんとこをよく考えて春植えないといけない。ああ、複雑!

そしてさらに日当たりと温度と土壌
陽が当たっていい植物と枯れちゃう植物がある。園芸店で売っている苗のラベルには日陰、半日蔭、陽なた、って書いてあるからそれを参考にする。でもうちの日影がどのくらい日陰なのかわかんない。西日ってのはどうすんのさ。植えてみるしかわかんないじゃない?

そのうえ、温度
これは苗を買う時の温度じゃないから。
宿根草だとして、真夏の一番暑い温度と、真冬の寒さ。うちの庭の真夏の暑さに耐えられるのかしら?半日陰に植えたら真夏も大丈夫?

気温5度というのは冬越しできるかどうかの境目らしい。うちの庭は冬は霜が降りるし、たまに5度以下にもなる。根だけで生きていけるのか。それとも株を掘り上げて軒下で春まで活けたほうがいいのか。種を落として次の春にまた出てきてくればいいのだけど。

それから大事なのは、
NHKの園芸王子も言ってたわ。風通しが大事って。
あまり込み入ったところに植えると、風が通りにくくて雨が続くとカビが生えちゃってダメになることがある。ムレちゃうと腐るのよ。ブルーデイジーが好きなのに、うちの庭じゃどうしても育たないのよ。だから風通しは大事。

この風通しは、植えるときの風通しじゃなくてその苗と周囲の苗が育った後でも風が通るかを考えないといけない。
あ”~預言者にならないといけない。

お花のも大事。
うちの日陰だと緑が濃くてお花の色が深い色だと沈んでしまうのよ。日陰には斑入りの明るくしてくれる植物が欲しいわ。

おばちゃん、土壌をわすれただろうって?
土壌?素人上がりのおばちゃんはまだ土壌まで頭が回らないのよ。どのお花にはどういう肥料がいいのかって、そこまで覚えきれないわよ。しらん。

台所の生ごみを発酵させて作った自家製肥料をやってみたり、秋の落ち葉を集めて腐葉土を作ってみたり。どれがどこにいいか正直わかんない。窒素?リン?カリュウム?
知らない、わからない、ほっといて。

発酵牛糞とかその時ある肥料を一律全部庭に施しちゃうから。お花から好き嫌い言われても困るじゃない。
一応、栄養なんだからさ。これは嫌いとか、窒素が多すぎとか。贅沢は言わないで。おばちゃん、もう全員の都合は考えきれないから。

ウチんちのムスカリはみんな葉っぱが細ネギみたいに長いのよ。
スパゲッティみたいに地面を這ってる。なぜかは知らない。

表に植えたムスカリも裏に植えたムスカリも、買ってきて植えたらみんな葉っぱがネギになるのよ。花は咲くわよ、ちゃ~んとムスカリ。これはやっぱり肥料の成果かしらん。何かが多すぎるのね。

3か月先の縦・横・高さ・奥行き・時間・日当たり・温度・風を考えながら、今3月の枯れ枝の散らばる荒野みたいな地面に苗を植えるのよねぇ。異常に雨が降る8月とかさ。カンカン照りつづきとかさ。
当たるも八卦、当たらぬも八卦。とりあえず植えてみるしかないじゃない!


引っ越してきた時はお隣の別荘は草ぼうぼう!
ススキやカヤや不気味な黒いサルビアが茂り放題で怖かった。蚊がひどいし。うちの庭をせっせと草とりをしていたら地つづきだからお隣まで行てっちゃったのよ。しょうがないじゃない地続きだから。

ススキも抜いて一年め花壇が更地になって、さんさんと陽を浴びたのね。
2年目にお隣さんがは~るか昔に気まぐれで植えたらしいチューリップの葉が一枚だけ出てきた。3株。

おばちゃんは、あら~と思ったのね。それで手が滑って肥料も捲いてしまった。
次の年3年目に葉っぱが2枚になった。ほっとくと雑草だらけになるから、せっせと草取りをするの。また手が滑って肥料をまいてしまった。

4年目に葉っぱが3枚になったら花が咲いたのよ。ぽっかり。まあ、かわいらしいわ。
そして今年、びっくりしたわ。お隣さんは結構数を植えてたのね。今年は7株も葉っぱが出てきた。何把咲くか楽しみ。

ちゃ~んとお隣さんには話してあるわよ。
地続きなんで草取りをしてたら気が付かないうちにお宅の草も抜いてしまいました。って。そしたらあら、すいませんってゼリーの詰め合わせをもらいました。年に1回か2回くらいしかおいでにならないのでどうしても手が回らないのね。うちとどうしても地つづきだからついでってことがあるしね。

お隣りのチューリップ

たまに、手が滑ってエリゲロンの苗が飛んでったり、トレニアやアノマテカの種が飛んでったりするだけよ。

アジュガはうちの境目に植えただけよ。お隣まで這って行ったのは植物だからしょうがないわ。お花が薄紫でとてもかわいいの。ススキよりましじゃない?


小室圭がICUに入学した理由

小室圭の弱点は日本語と日本語学力である。

小室圭は東京品川のカナディアン・インター・ナショナルスクール(1条校)中学高校と6年通ったといわれている。(学校教育法の第1条に掲げられている日本政府が認めた教育施設 高校卒業資格がある)

彼が日本の教育を受けたのはわずかに小学校6年間である。インターと同時に日本の補習校に通ったという情報は出てこないので、彼がICUに入学した理由は明らかである。帰国子女枠

海外の駐在員の奥様は日本の帰国子女枠が可能な学校のリストを傍らに置き、週末は日本語の補習校に子供を通わせている。補習校だけでは足りないので、自分で国語や社会を教える。

小室圭の日本語力/学力:国語、古文、漢文、日本史、世界史など、小学校だけの日本語能力では高卒として日本の大学の一般入試は不可能であった。
帰国子女・インターナショナル卒業生の“あるある“である。

日本在住の日本人だがインターナショナルスクールを卒業する日本人はわずかだがいる。
「柴漬け食べたい」の女優がそうだった。横浜のインター・ナショナルスクールを卒業した人で、女優は仕事の台本の漢字に平仮名を振っていたという。


日本でインターナショナルに入れる親というのはいろいろあって、どちらかが外国人の場合や、親が外国と頻繁に行き来するなどのビジネス上の必要があったりする場合。その他の場合。

インターナショナル卒業生は、日本語読み書き能力が低いか無い
そもそも海外の大学に進学するのを想定してインターナショナルに入れているので日本語ができなくてもよかった。

カリフォルニアで知り合ったロイは母は日本人、父は日系アメリカ人。
横浜に生まれたが、両親が離婚して父はアメリカに帰った。兄と二人横浜のインターナショナルを卒業して、大学はカリフォルニア。

ロイは人種としては100%の日本人。日本人の顔で日本語をペラペラ話すので、彼が日本語が読めないというのはいつも忘れてしまう。
18年間日本で暮らすのに不自由はなかったのかと聞くと、日本の駅は英語が併記されていて、困ったのはレストランの日本語だがガールフレンドにメニューを読んでもらっていた。と言う。

彼はこぼしていたが、カリフォルニアでもインター卒業仲間というのは何となくわかり、つるむのだという。
生まれた母国の言葉が読めない。書けない。家庭内文化は母国か父国か。家庭内言語は母国か父国か?ロイはカリフォルニアの大学に入った後、アメリカ人として欠けたものがあるのを自覚したという。

家庭内でアメリカ人としての文化や主張や論理が父から教え込まれていないので自分は自我が弱いとロイは言う。英語は喋るし、教育教養は学校で学んだものだが100%アメリカ人でもなく日本人でもない。どっちつかずの蝙蝠。

小室圭の母親は英語にコンプレックスを持っている典型的な日本人の例である。英語さえ話せればカッコいい。
日本のインターナショナルは莫大な費用が掛かるのでやりたくても普通はできないが、彼女は、彼女の夢「英語を話す私の王子」を人から金をたかっても実現させた不屈の人である。

インター・ナショナルスクールの大方の卒業生は外国で大学教育を受ける。その地で就職しその地で人生を送るほうが多いかもしれない。
小室圭がUCLAに留学してどうしてそのまま卒業しなかったのか、なぜ日本の大学で卒業したのか?

一つの理由は、アメリカ社会は「英語を話すからと言って誰もチヤホヤしてくれない
アメリカで女の子にモテるのはフットボールとかバスケットの花形選手や、背が高くてかっこいい子、親が裕福で有名な家庭の子、フレンドリーで愉快な子。彼にはアメリカでモテる要素がない。

もう一つは、UCLAの学費の高さ。
英語を話すというだけでチヤホヤしてくれる日本は圧倒的に彼に好ましかったのだ。

その後彼がICUで受けた教養学部の教育で「中高学校の欠けていた日本語能力:読み書きと日本語の素養」は追いついたのだろうか?帰国子女を持つ駐在員の奥様に聞いてみたいところである。一橋大学のビジネス・ローの授業にはついていけたのであろうか?

さらに彼の職歴は三菱銀行と法律事務所のパラリーガルであった。
よりにもよって経済専門用語と法律専門用語を駆使する職場である。

周りの誰もが、日本人の顔をして日本語をペラペラ話す小室圭が、漢字に弱いことをうっかり失念し、バリバリ専門用語漢字まみれの職場を世話していて笑う。

特にパラリーガルは文章能力が必要と言われている。中学高校の日本語の授業をすっ飛ばした小室圭に高度な日本語作文能力はあるであろうか?
三菱銀行や弁護士事務所での仕事ぶりは壊滅的であったと。さもあろう。

母の婚約者とのスキャンダルについて例の弁明書は日本の弁護士の作文という人もいる。フォーダム在学中に応募した論文は、最初に彼が日本語で書いて英語に翻訳したのは支援団の弁護士T・Rだったと推察するブロガーもいる。高校生程度と評されるのも仕方がない。

日本で英語教育を受けました、というだけで正常な人物評価ができなくなるのは日本に根づく英語コンプレックスのせいである。
自分の見栄とコンプレックスで半端な言語教育を子供に施し飾り付けようとすると、半端な人間に育つという実例である。教訓としよう。


移住4年目

先代のおばちゃんから受け継いだ庭は、何が出てくるか分からない。
おばちゃんは野草が好きだったようで、いろんな山野草がひょっこり生えてくる。

blue pam

この青い花・たぶんキク科も庭を発掘し日が当たるようになって、2年目にひょっこり生えてきた。葉っぱは雑草かもしれないが、なんか由緒ありげ。自己主張をする葉っぱの場合、素人のおばちゃんはなんとなく、気おされて抜きにくい。

育つままにほっておいたら花が咲いた。夏には悪くない花である。丈夫で虫に食われず、水やりも必要ない。生粋の野育ち。

緑の勢いがとても盛んになった。
おばちゃんの努力は3年かかって、やっとそれなりの形になりそう。シロタエギクが花を咲かせたのはこれが初めて。

カンパニュラも4年目で、今年初めて2巡目の花が咲いた。去年は下まで咲いたら花穂を切って、シーズン終了だった。
アスチルベ、白もあったはずだったが、溶けてしまったか。かぶさっているのは、畑の主人のキクイモである。境界をまたいで来たら、引っこ抜くからと言い渡してある。

植えた覚えのないオキザリス咲かせるつもりで寄せ植えに植えても、一向に花を咲かせず、ひょんなところから生えてきた。
おばちゃんは絶対に植えていない。おばちゃんとは相性が悪いなと思っていたら、オキザリスはカタバミ科なんだという。花は可愛いけど。

山の庭でもユリが咲き始めた。イノシシに要注意である。イノシシは鼻がよく、ユリの匂いを探し当てて、
ユリ根を掘るのだ。明日咲くという夜に掘られると、おばちゃん、大ショックである。

ダンナが1っ個150円のカサブランカを見つけて植えたものだ。150円に見えない立派な花が咲きそうだわ。ホタルブクロと競演する。ホタルブクロは地下茎でどんどん増える。

夕べの激しい雨は明け方にはすっかり上がった。今朝の庭は爽やかな初夏みたい。ヒュペリカムの実がホントに宝石みたい。シダもしずくを乗せてしっとりいい感じです。

蚊を退治する


おばちゃんは、すぐ蚊に刺される体質だから庭に出る装備はだんだん大変になった。夏は脱水症状を起こしやすいので、薄くて体感マイナス3度というワークマンのシャツを買い上に虫除けネットをずぼっとかぶる。

手袋からシャツ迄の間も狙われるから、同じくワークマンで手脚絆?を買った。虫よけネットにもパンツのお尻にもミントオイルをシュッシュする。虫よけシールを服に貼ったこともあったけど、山の蚊やブヨはパッチ程度ではめげなかったのだ。

蚊は花や雑草の陰にいるから庭の雑草は抜いて風遠しをよくする。花は太陽と水だけでなく、風通しも大事だと園芸王子も言っていたね。風通しが悪いと蚊も潜伏しやすいからね。

おばちゃんの庭はなるべくエコを目指したい。生ごみから”ぼかし”で作った堆肥をやり、貯めた雨水で真夏は水やりをする。
雨水タンクは専用が売っているが、お財布にもエコがいいわ。先代のおばちゃんは、どういうわけか床下に大きなポリバケツをいくつも残していったので、ダンナは雨どいにパイプを継ぎ足して雨水タンクが3つできた。

ところが、ふたがきっちり閉まらないのでこのタンクにボウフラが涌くのだ。
このぼうふらをどうしたらよいか。カナダの園芸ブログを読んむと天然自然素材でできたボウフラ防止パッドみたいなものがあるんだそうだ。水場に沈めるとボウフラが涌かないという。

おばちゃん同じようなものを探したが、ホームセンターや園芸センターであるのは殺虫剤である。水は野菜や花にやるので、殺虫剤は困る。

ふと、思いついて蚊取り線香を5cmほどパキパキ折って水に放り込んだ。蚊取り線香は除虫菊から作られていたはずで、天然の除虫菊なら野菜も害はないのではないか?

比較対象として、ボウフラ駆除用の銅メタルを別のタンクに放り込んだ。どちらも今のところ、ボウフラが涌いていない。

雨水タンクにほおり込んだ蚊取り線香と銅メタルはどうなっているか?夕べが激しい雨だったのでバケツのふちまで水がたまった。

あふれてはいないので除虫菊成分は多少薄まった程度だと思う。昨日の昼間はよく晴れてフタを開けたままだった。早ければボウフラは1日か2日で孵るそうだから金曜日ころにははっきりした結果がでそう。

青のバケツは蚊取り線香入り。ばらけて黒く沈殿している。

黄色いバケツは銅メタル。ボウフラはいない。銅メタルの緑青成分でボウフラを駆逐するのだろうか?野菜にはやらずにお花専用かな?

朝には雨が上がっていた。梅雨本番?お隣のアジサイも元気だこれは庭をさまよったヒューケラ。垣根の根元に落ちついて葉が増えた。

一番最初に菊を植えた百日紅の根元には”キクスイ虫”がいるらしくて花が咲くころ皆しおれてしまった。山のサークルで知り合った大学の農学の先生だった方に聞いたら薬も効かないらしく、土壌を消毒するか別な場所に菊を植えるしかないのだという。

菊はお引越しだ。

この多肉に似た葉っぱの花が「3時草」。園芸店のご主人によると、毎日3時に咲くから3時草子供が喜ぶよ、と言っていた。おばちゃんも喜ぶ。

この草、時間には正確だ。子供に持たせるといいかもしれない。この花が咲いたらウチに帰るのよ。って。

中伊豆のリサイクルショップで見つけた染付。苔玉を乗せるといいよね。
おばちゃんの管轄はお花で、野菜はさわらせてもらえない。今年おじちゃんが植えたトウモロコシは実が付き始めたころに、動物に食べられて今は実が一個しかついていない。この一本も食べられるまで育つだろうか?

ほうれん草とレタスは安定して採れるようになった。トマトとキュウリはおじちゃんがプランターを作りまくって植えたので、サラダに重宝している。

豪雨


一昨日からうんざりするほど雨。台風並みの豪雨が断続的に降ります。豪雨の時は、うるさくてテレビも聞こえにくいほど。
山には水路がいくつもあってそこに流れ落ちる水流も轟音がすごい。

熱海の伊豆山で土石流が家を押し流したというニュースが入ってきた。

長いなが~い雨の間に庭はひどいことになってる。花ガラが切れなかったので、花びらが溶けてしまってへばりついているのは哀れ。一本だけ咲き遅れていたサツキ?ツツジ?が満開。

3日前から急に気温だけは上がって、25度近くになっていたので2本あるむくげの1本が咲いた。去年9月に表玄関から段々に移って心配だったが、咲いてくれた。ちょっと花は小さいかもしれない。

4年前植えたトレニア80円は、ひと夏で段々庭・玄関庭を征服して、隣とお向かいさんにも飛んでしまった。ここはお向かいさんのインペイシェントが咲くはずだったのだが80円に押されている。でも、右の写真のどこかにインペイシェントがいるはず。インペイシェントを探せ!

サントリーのラトゥールはまた花を咲かせた。背丈は期待したほど伸びていないけど。成長が早いはずじゃなかったか、。この雨だからしょうがないのかな。

この間の長雨でペチュニアと日日草が溶けてしまい夏の庭は花が少なくて寂しい。むくげはなかなか頑張っているかも。やはり雨と気温のせいでコリウスも小さいわ。

コキアは初めて植えたのでわかんないけど、秋口?に真っ赤になってくれそうだから楽しみ。岩ヒバは元気になった。

ハツユキカズラ

初雪カズラは園芸店にある時は楚々としてすごく可愛いのに、地植えにして3年も経つと逞しく緑が勝ちはびこってくるので、おばちゃんみたいにふてぶてしいというか。春先にかなり切ったんだけどね。

満天星ツツジの下に(しまった!)植えたクレマチス満天星の花が終わった後に剪定をしようとするとクレマティスのつるが!
ギボウシが勝手に生えてきちゃって今んとこまだ大きさが脅威ではない雨のせいでみんな飛んでもない方向に倒れてんの。
長雨の後に猛暑が来て30分で頭がくらくらするから日中は3時ごろまで草取りはむり、4時からは蚊が出勤してくる。どこもかしこも伸びすぎか、枯れるかひどいことになってきた。いいとこだけ今年最後のカラーかな。

昨日の日向の体感温度はやっぱり30度越えで、ワークマンー3度シャツが重くなるほど汗をかいた。ミントオイルのスプレーを背中にかけてもらっていたので、風が吹くと体感温度がひゅっと下がるね。

おじちゃんの米ナスと空心菜(2回目)とトマトの畑。
空心菜は割と柔らかくいただいた。

2度目の梅雨かしらね。日日草も溶けてしまった。ガウラは倒れてもう終わりそう。色があるのはカラーリーフくらいよ今日つ雨が降るか分からないの。花は溶けて雑草が元気で木はみんな伸びすぎ。なんとかしなくちゃ。

伊豆のジャカランダ

ガーデンセンターでジャカランダを見たときは、おじちゃんと二人飛び上がって驚いた。苗木は30センチほどで安かったから3本買った。

ウチの山の庭は冬になると一番寒い時がマイナス5度まで下がったから庭の日当たりがいい石垣の手前に植えた。夏には葉を茂らし順調に1メートルを超すまでに育った。11月になった時、ねむの木そっくりの葉は黄色くなってパラパラと落ち、ジャカランダは丸裸になった。地面は刈り取ったススキとカヤで覆いそのまま年を越した。生きてるのかしら?

翌年の春、おじっちゃんはジャカランダを3本とも掘り起こし大き目の鉢に植え替えた。4月には裸だった木に葉が出てき茂った。生きていてくれてホッとしたけれど、花が咲くまであと何年かかるのかしら?

1メートル30ー40センチの高さでは真夏になってもつぼみの気配もなく、また11月が来て葉がすっぱり落ちた。おばちゃんは寒さを避けるために鉢をベランダにあげ、エアシートで覆ってぐるぐる巻きにした。

次の春に朝日が当たるように玄関先に移動させたけど幹は一向に太らず葉の付き方も少なくなった。1本は天辺から30センチほどで枯れたのでおじちゃんが枯れた部分を切り取った。なんだか、地植えにしていた時より細くなったようだ。
10月に早くも葉が全部落ちてしまい、おじちゃんが鉢から抜き出して段々庭のベランダの下に植えた。随分小さくなったようだ。
ジャカランダは高さ3m~4mにはなるし、幹の太さも20センチ以上になる。おじちゃんは3本とも同じ場所に植えたが、幹の間隔は20センチほどしかない。今年の冬越しはどう乗り切ったらよいのだろう?

青年イノシシの襲撃

4~5日前にイノシシがやってきてユリを掘っていった。同じところに植えたグラジオラスとダリアもついでに
めちゃくちゃになり、息悄然のおばちゃんたちは、とりあえずみんな掘り上げたわ。今年のお庭は5月の黄金の時期がたった2週間しかなく、梅雨入りしてしまって、雨が降り続いてペチュニアも続いて植えた日日草も撫子も花が雨で溶けて、雨がやんだと思ったらカンカン照りと猛暑がやってきて雨で弱ったお花のとどめを刺した。

先日のイノシシはちらっと影を見たお向かいさんによるとまだ小さいイノシシらしかった。大人のイノシシならもっとエグく土を掘られるから、青年のイノシシにウチのユリを食われたと思うとおばちゃんは、悲しい。

お隣さんの庭は青年イノシシのミミズ掘り場になってどんどん赤向けになった。ヤブランは元気だが、その向こうのアメリカンブルーは花が咲いてないの。
今朝の明け方は寒くて、おじちゃんはもう毛布と冬のカーペットを出せというのよ。この山は秋がとっても短いの。あっという間に秋よ。

イノシシの再突撃
明け方猫が怯えたんだって。おじちゃんがイノシシがまた来たんじゃないかと庭を
見たら、またやられた。ユリを全部移動させた後に、またほじくったよ。おかげで楽しみしていたコキアが全部掘られた。花が少なくなる秋のために植えたのに!おばちゃんはホント悲しい。おじちゃんは今朝からせっせと柵を倍の高さにしている。
多分お向かいさんとお隣さんの境目から侵入していると思われるので、柵を高くして網を張っている。おばちゃんはこの時のために育てた唐辛子をせっせと刻んで土に蒔いた。

おじちゃんはこの前大鍋に収穫した唐辛子をほり込んで唐辛子水を作りいま発酵させている最中だ。この程度で撃退できるかどうかは分からないけど、とりあえずやってみる。

雨が多すぎるのよ

雨が多すぎたから、花はダメになったのにシダと苔は元気。随分トリミングしたけどそれでもこんなんよ!

コケ庭を目指しているつもりはないんだけど。コケの上に飛び出しているのがコガネシダかクラマシダ。

調べたけど二つともよく似ているのでわかんないのよ。今年はそのシダばっかり伸びて、苔が見えなくなったのでトリミングをしてこの状態。おじちゃんが伐採した天然木の枝で作ってくれたベンチ。何もしない天然木だと3年くらいしか持たないのね。

伸びているのが一昨年山で見つけて植えたアケビのつる春に花は咲かなかったからアケビは実らないわ。

前のおばちゃんが大切にしていた岩ヒバ高いんですって。家が売りに出されていた間に随分盗まれたらしいわ。これだけ大きくなるのにたぶん10年以上かかっていると思うの。お花で元気なのはヤブラン

100円で買ったアジュガは元気よ。
コケだろうがシダだろうがとにかく伸びてるわ手前の右が岩ヒバで左のピンク初雪カヅラよ。初雪はほっといたらみんな緑になっちゃったから、トリミングしまくったら白とピンクが出てきたわ。

前のおばちゃんは斑入りが好きで、雪の下も斑入りが多いのよこのコケは生やそうとして生やしたんじゃないの。
生えてきちゃったの。カサブタみたいに一年草のこぼれ種なんか負けちゃうの。
雑草もほとんど生えないの。どうしたらいいのかしら。雨が多すぎたのよね。

おばちゃんは、アジアンタムが好きで鉢植えで何度も買ったことがあるのだが、みんな枯れてしまった。
この家にはアジアンタムが自生していたので、小躍りして買った。結構茂る。トリミングしないともじゃもじゃになってしまうので
適当に刈りこむ。中伊豆のリサイクルショップで買った石膏か石かわかんないけど1500円。

秋海棠 は夏の終わりのお知らせ

秋海棠は今がさかり。
絡んでる葉っぱはチェリーセージ。今年最後のガウラ。おばちゃん家は11月過ぎるとガウラも地上が枯れてしまうの。これは、日日草と秋海棠とアジュガとアスターがケンカをしている。

カラミンサ後ろの葉っぱはアカンサス。今年の春植えて再来年の開花を狙っている。アカンサスのために土を入れ替えてふかふかにしたんだけどなぁ

高校時代の親友ひとみちゃんによると、もう稲刈りが済んだんですって。秋じゃないの!夕べも小雨が降って、今更秋のお花を植える気になれないわ。山の11月にはお花が全部終わるので、今から植えても後ひと月半よ。
寂しいわね。

おじちゃんはもう来年のチューリップを買い始めてるの。チューリップの花が終わったら掘り上げて秋まで保存!
って、いろんな本に書いてあるけど掘り上げた後60~80球をしまっておく場所が無くて、日陰に置いておいたら
梅雨で腐っちゃったのよ。

だからおじちゃんは去年の球根は無視して、また植えるのよ。去年咲いて痩せてしまった球根は2~3年ほっておくとまた太ってひょいと茎が出てくるから。地面はちょっと込み合うけど、毎年植えて行けばチューリップも毎年にぎやかに咲くじゃないこれは終わりかけたガウラよ。
ジェラニュウムも細々と生き残ったわ。

このタコつぼみたいなテラコッタは対で買ったの。
3株の風知草がだいぶ増えたわ。前の住人が植えたスズランと同じ場所に植えちゃった。今さらどうしようもないの。
スズランが咲くころは、風知草の葉が無いので頑張って共生して欲しい。

これはグレコマ、ちょっといい匂いがするの。どこでも伸びるけど11月はやっぱり枯れて、春先に紫の小さな花が咲くわ。

山は鳥獣保護区

おじちゃんが夏が終わってしまったのが悲しいのか、藤だなに風鈴をぶら下げたのよ。あれ、?もしかしてイノシシ対策なのか?

この山は鳥獣保護区なので駆除ができないのよ。イノシシ用のワナ檻で捕まえてもズドンとすることが出来ないのでやらず飢え死にさせるしかないんですって。もちろんそんなひどいことは誰もやりたくないので、捕獲用オリは管理事務所の前に飾ってあるの。

イノシシがそれを見て嫌がって逃げるかも!って。
ウソだけど。

玄関の寄せ植え。園芸店で売っているお花があまりにも少ないので、寄せ植え担当のおじちゃんも相当困っている。
今年一年、お花屋さんはすごく品ぞろえが減った。

クリスマスローズは来年用に新葉が出てきたわ。今年のお庭はあと少し

木犀 秋の香

昨日からかすかに香っていた木犀が今日はもっとはっきり匂い出しているの。玄関の木犀は春に咲いちゃってバカ木犀。お隣の大木はなんと7~8メートルある大木よ。庭全体にいい匂いが充満しているの。

幻の白の彼岸花も咲いたわ。前の住人のおばちゃんが植えた物で、去年は咲かなかったの。一本だけ、清楚ね。

初雪カズラは元気。
おばちゃんがそこら中に植えちゃったから。ヤ今年の春植えた宿根草のペンステモン・モーリー
4株植えたんだけど、これが一番日当たりがよかった。ブランもお花は宝石みたい。これも宿根草のペンステモンか何だっけ?
ベロニカ?

朝の気温が20を切って爽やかな天気になってきたわ。台風の影響が来る束の間かもしれないけど。今年最初のホトトギスが咲いたの。お花を見るとよくできてるわね、と思うの。でも、お庭のあちこちにとんでもなく出てき過ぎるのよ。一本だけ白のホトトギスもあるの。

チューリップ好きのおじちゃんが第一陣を植えちゃった。私はピンクのチューリップが好きなのだが、おじちゃんの好みは深紅や黒だったり。フランネルフラワーが一株弱ってたから、おじちゃんに捨てられたわ昨日スーパーの駐車場の端っこでカラミンサが生えているのを見つけたわ。
側の家の人が植えたのかしら。ウチのカラミンサはだいぶ増えたほ~ら、秋よ。

夕べから断続的に雨


気温は20度あって外に出るとむっとする。雨が降っているときはイノシシも出てこないらしいのね。おじちゃんが柵を高くしてから再襲撃は無いけど。畑に残っているのは唐辛子とピーマンとオクラ。ミョウガの茎は一昨日全部切っちゃった。これから菊イモの花が咲くの。樹齢40年を超すヒノキの林。山のそこら中がこんなん。日本では建築木材不足らしいけど、山のヒノキは

なかなか切り手がいないの。日当たりが悪いし枝が電話線を邪魔したり、オーナーが依頼すると一本切るのに3万かかるのよ。材木が必要な業者が買い取りに来てくれればいいのに。

苔庭

Leaves & Mossになっちゃった庭。華やかな色がないわ。ちょっとシブすぎる葉っぱ&葉っぱをご紹介。

コケも今年は雨が多かったのでコンナンなりましたが、雑草が間から生えたら抜いてカンカン照りの場所では
まっ黄色で枯れてしまいます。

ワイアープランツも葉っぱが丸くて可愛いので、植えましたが3年で正体がわかりました。これはほっとくとジャングルになりますわ。

伸びた茎の先が地についてそこから根を生やすんでうっかりすると間に手も入らないほど茂りますんです。
おばちゃんだって秋の紫のお花をいっぱい載せたいのだけど、山は涼しいから桔梗はみんな終わっちゃって、リンドウはまだだし、紫式部は肥料をやり過ぎたら葉っぱばっかり大きくなってトリミングしたら花が咲かなかったのよ。

これは瓦よ。
おばちゃんの庭に転がっている石は溶岩石が多くて、瓦の上に2年ほど置いといたら苔が生えたわ。
売ろうかしら?

このシュッとした奴の名前が分からない。知らない間に10センチくらいに育ってて姿が可愛いから
放置したらこんなに立派になんなすって。おばちゃん、嬉しい。おばちゃん家の”岩”についているコガネシダだかクラマシダ。もう少し寒くなると、全部黄色になるの。年々、株がでっかくなるわ。

おばちゃんだって秋の紫のお花をいっぱい載せたいのだけど、山は涼しいから桔梗はみんな終わっちゃって、リンドウはまだだし、紫式部は肥料をやり過ぎたら葉っぱばっかり大きくなってトリミングしたら花が咲かなかったのよ。

アフリカオクラね。みなさんと同じく畑はオクラとピーマンとが元気。秋キュウリもトマトも終わったの。このラトゥールはどんどん伸びてますが、耐寒性はあるのかな。1月の山は―5度まで下るんだけど。
台風が過ぎて爽やかな朝ですわ。

秋海棠


毎年8月に突如として表れてずんずん増えていく。花が終わってギボウシと同じように地上が枯れてすっぱり消える。風知草も穂が出ちゃったわ。あと2月もすると全部黄色になっちゃって、黄色の枯葉が風に風知草5月から思うようにお庭ができなかったわ。

宿根草を植えまくったのに育ってくれず、モグラは暴れまわって植えたばっかりの高い宿根草がやられてしまった。

一年草は溶けてしまってがっかりよ。日が短くなって雑草の伸び方が鈍ったわ。
なんだかおばちゃんは迷ってる。
インスタなどを見ると、ポール・スミザー並みのさやさやと風になびくナチュラルガーデンのお写真がわんさと出てきて、おばちゃんは打ちのめされてしまうのよ。皆さん、かっちょいい素敵なナチュラルガーデンをお作りに
なってるのね。

ととのったシュッとしたカヤだとか、一面のベロニカだのどうやったら育つの?悩んでしまうわ。皆さん緑の親指をお持ちなのかしら。写真もすご~く素敵。

おばちゃんは決まりきった型にはまったお庭より、ナチュラルガーデンの方に惹かれるのだけど、おばちゃんの庭は柵から外は”天然のナチュラルよ”カヤも野イバラもススキも全部天然で生えてるわよ。100%ナチュラルさ。

柵から内側に技巧を凝らした自然に見えるナチュラルガーデンを作る?って私バカじゃん。
だからおばちゃんは色々悩んでいる。

伊豆の自然の山の中でどんなお庭が合うのかしら。このお庭はこじゃれた木の車輪やら鳥かごだのは似合わないの。
でも石の灯篭なんか置いた瞬間、和風でカタにはまるのが嫌なのね。

日当たりの悪い庭の半分は岩と苔でシブい庭も悪くはないけど。な~んかパンチがないわよね。いったいどうしたらいいのかしら。

とりあえず来年用の球根類をさがして園芸店を回るわ。秋は紫の花がよく似合う。
ついでに言えば、春は黄色とピンク夏は白と青が素敵。

今年一番の爽やかな天気かもしれない。新たに雑草が生えてこなくなったし、枯れた枝を始末して春用のフリージアも植えた。苔だって秋色になった気がする。

コタツ開き

朝の気温は20度を切ってる昨日から猫たちが人さまの毛布のひざ掛けの下に入りたがるので、
意を決してコタツを入れた。人間様も足が冷えて寒かったのでコタツはホッとする。これから来年の4月までコタツ生活だ。

田舎暮らしにコタツは必需品よ。山に薪ストーブをつけている家は多い。売っている枯らした薪は一束300~から500円ほどする。真冬のひと月で5万円分の薪を焚いたという知り合いがいる。一人暮らしで自分で薪を割れないので買うしかないという。

引っ越すときにおばちゃんたちには薪ストーブは無理だと思った。70歳を過ぎて薪を切ったり割ったりは体力的にシンドイ。
家には90リッターの灯油タンクがついたファンヒーターがあって、一年の7か月は稼働する。田舎暮らしは光熱費が高いよ~。

おばちゃんは真冬になると雨戸もカーテンも閉めてひたすら防寒に徹する。丸まったハリネズミみたい。
山の秋はものすごく短いの。

草取りはもうそれほど必要なくて、降ってくる落ち葉の始末が大変。一昨年まで毎日庭にドングリが降ってきて3Lのバケツにすぐ一杯になった。ドングリの木が腐ったのでもう心配はないわ。

ホトトギスはいろんなところから生えすぎるので、随分抜いちゃったわ。花びらの斑点が一瞬昆虫に見えるときがあるわよね。

葉っぱの紅葉が始まったのエリゲロン。一回り花が小さいわ。
チェリーセージは横に枝が張るから剪定して、その枝を差し芽にするとよく増えるの。

庭と家の周りにぐるりと植えようと野望をめぐらしたけど、おばちゃんはあんまり茂るのでもういいやと飽きたのにおじちゃんはあちこち挿し芽をしまくる。

チェリーセージが取られたわ

家の前の道沿いに花が咲くチェリーセージを2本植えたはずなのに、いつの間にか抜かれていたらしい。イノシシはチェリーセージだけを抜かない

イノシシにいっぺん掘られてスカスカに弱ったコキア植えて3年目のアンデスの乙女アンデスの乙女って夏から秋が開花じきだっけ?春咲きと間違えてた。

去年の秋にホームセンターでホダ木、JAでシイタケ菌を買った。おじちゃんが菌を打ち込んで日陰に立てかけ、真夏はDaisoのすだれで覆い、時々水をかけてほったらかしにしておいた。

この前、すだれをめくったら野良猫が子猫を生むようにポコッとシイタケが出来ていた山持ちの同級生に出来たよ~と知らせると、シイタケは雷などの衝撃音を聞くと育ちがいいのだそうだ。先週と先々週は雷がよく鳴っていたから育ったのかも。

人生初のシイタケで嬉しいが、いつ収穫したらいいのかわからない。おじちゃんはいつももったいながって、イチゴだって
トウモロコシだって大きくさせようと待つから、カビが生えちゃったり、動物に取られたりする。

頃合いを見て、一緒に収穫をしよう。バンザーイ。

後記:
おじちゃんが勝手に収穫した!一緒に取りたかったのに。シイタケにエビ新庄のタネを詰めて揚げた。真っ二つに切って、おじちゃんと食べたのだが、、、。香りが薄い。
二人で傾げながら、香りが薄い。スーパーのシイタケのほうがおいしい。農業は難しいね。


海外から猫を連れて帰国する

IDチップ

アメリカからペットの猫を日本に連れて帰るにはかなりシンドイ手続きがいる。ポイントはIDチップとワクチンと時間だ。
猫を連れて日本に帰国することを考えておられる方がいたら参考に手順を書いてみたいと思う。

ナナちゃんと八助は生後6週間でAVIDのマイクロチップをうめこんであった。定期検診やワクチンの証明書など
生まれてからのすべての診療記録も保存してあった。追加の狂犬病のワクチンは一度だけ、時間についてはかなり順当に連れて帰れたと思う。

帰国を思い立ってもIDチップも狂犬病ワクチンの証明書もなければ最低8か月の準備期間をみておかないと時間が足らず連れて行くのが難しい。ふと帰国を思い立って連れて帰れるものではないので米国でペットを飼っている人に警告しておきたい。

日本語でも英語でもペットを日本に連れて帰るための手引き書があるの。どちらでも内容は同じだが、最新版の日本語版は用語が日本語化されているので英語版と突き合わせて読むと理解が深まる。

第一段階 IDチップ/マイクロチップ


手引書にもあるがまずIDチップの埋め込み。IDチップを打ちこんで初めて固有ペットの特定ができる。例えあなたの猫が毎年3年ごとの狂犬病のワクチンを打っていてもIDチップが入っていなけれそれまでのワクチンは無効である。

IDチップを打ってからワクチンの2回接種がいる。IDチップの打ち込みと同時に最初の1回めのワクチンを打つことは
認められている。

成田の検疫で要求されるIDチップはISO規格である。もし、これからIDチップを打つならISO規格かどうか確認し、
そうでないならISO規格のIDチップを打つVETを探す。

検疫にはIDチップを読み込むスキャナーがあるがISO規格だけではなく米国内で使用されているメジャーなIDチップはカバーしている。成田検疫のスキャナーのモデル/種類は検疫でリストが公開されている。

しかし、2000年の初めのころにウチのナナちゃんと八助に打ったIDチップはISOではなく当時アメリカのメジャーではあったが成田のスキャナーで読めるかどうかは100%の確認が取れなかった。最後の1年は日系の獣医に変え、彼女のスキャナーではウチの子2人ともスキャンできたので、成田でもたぶん大丈夫だろうと言うことだった。

IDチップがISO規格でなくて成田のスキャナーで読み込み可能でない場合、読めるスキャナーを自分で持参し成田に携帯することが可能だった。

もし、すでに埋め込んでいるIDチップの規格がISOでなく、成田の検疫のスキャナーが読み取り可能かどうか確信が無くかつ、読み取り可能なスキャナーを米国内で手に入れることができない場合新たにISO規格のチップを埋め込むことは可能だが、その埋め込みから2回のワクチンを打たねばならぬことを理解されたい。

つまり過去に打ったワクチンはカウントされない。あくまでもIDチップにひもつけられたワクチンが2回接種が必要なのだ。

おばちゃんは念には念を入れてスキャナーを持参しようと思い調べたが、二人に打ち込まれたIDチップの会社は
新規スキャナーの製造をすでに中止していた。
だからEbayで昔の規格のスキャナーを2回購入したのだが、どちらもナナちゃんたちのIDは読めなかった。

日系獣医はまず大丈夫だというのだが、もし成田のスキャナーがIDを読めなかった場合は、読めるスキャナーを手に入れるまで検疫に収監されるか、あるいはすでになくなったアメリカの家に送り返されることになる。
そんなことになった、らおばちゃんは成田検疫の軒先を借りて首をくくるつもりだった。

ワクチン

IDチップの規格をクリアしたら次は狂犬病のワクチンである。狂犬病のワクチンにも規定がある。過去の射ったワクチンのCertificateを確認してみよう。そこには
ワクチンの種類
ワクチンの製造会社
製造ロット番号などが記載されているはず。

この中で一番重要なのはワクチンの種類である。日本国が受け入れるのは、
inactivated / killed virus vaccine あるいは
recombinant / modified vaccine のみ。

Certificate上のワクチンや製造会社によっては種類の表記が違うことがあるのでVetにワクチンがActiveかInactiveか確認を取ろう。もし、Activeワクチンを受けていたら日本では入国が許可されないので帰国を遅らせInactiveワクチンを射ちなおす。

定期的にヘルスチェックとワクチンを受けている場合なら1年-2年前のワクチンを一回目とカウントし、帰国年に2回目のワクチンを射つ。そして狂犬病の抗体検査を行う。

最新の入国手引きによると、2回目のワクチンと同日同時に抗体検査のための採血が可能になった。抗体検査は日本が認める米国内の機関(私の時はカンサスだった)でないと認められない。この機関リストも手引書にリンクがある。Vetのクリニックが日系であれば、間違えることは無い。

抗体検査の結果、抗体値が0.5IU以上あれば条件をクリアである。抗体検査のため血液を採取した日を0日として
180日の待期期間が始まる。180日以降に出国日を設定せねばならない。

警告


本来狂犬病のワクチンは3年に一度くらいの間隔で接種しているはず。Vetには最低1年の間隔を空けるように接種を推奨されていると思う。
何故なら1年以内に複数回の狂犬病のワクチンを射つとワクチン性の癌が発生する危険がある。

隣のジャネットは猫のスーキーに定期的にワクチン射っていたがCertificateをちゃんと管理していなかった。
猫の具合が悪くなり、行きつけのVetはあいにく夏休みで別のクリニックに連れて行った。
そこでは、狂犬病のワクチンの接種済みを証明するか今この場でもう一度接種するかしなければ診療をしないと言われ、
仕方なくもう一度ワクチンを注射した。しばらくたって、猫のスーキ―の注射の患部は癌化し手術した。

繰り返すが、日本国の規格に合った2回のワクチン接種が証明されねばならない。Vetに接種された2回の内1回がActiveであったら日本入国はできない。

Inactiveのワクチンを2回接種して入国条件がクリアできる。1年未満の間にワクチンを複数回射ち直すことになる場合は、猫の健康に高いリスクがあることを認識されたい。

前項のIDチップでも、IDチップのスキャナーが手に入らずISO規格のチップを入れ直すことを考えておられる場合、
ISOチップにひもつけて短い時間で2回のワクチンを接種する場合もまた高いリスクがある。

この上記のトラブルと健康リスクを回避ためには、最低帰国時期を1年遅らせ帰国計画を仕切り直すことも考えに入れたほうがよい。

猫を連れて日本に帰国する時は、思い立ってチケットを購入して連れて帰ることは不可能であると思われたい。

少なくとも1年以上前から計画し日ごろから猫の診療記録Certificateなどを管理をしておくこと。
そして帰国年にはもし可能なら日系のVetに転院してワクチン注射、抗体検査と最後の健康診断を依頼すると安心度が増す。

届けい出書


180日の待期期間以降に出国のフライトを決める。
フライトの40日前になったら帰国予定の空港の検疫所に届け出書を提出する。
コンタクト方法は:NACCS、ネット、Faxどれでも可。入国予定の空港の検疫のコンタクトリストも掲載されていて提出書類のリストは同サイトからダウンロードできる。
提出書類は:届け出書 抗体検査証明書 ワクチン接種Certificates FormAC

この項のポイントは3つ
1)検疫にまず届け出書を提出しケースオープンするので 要求される書類を提出し
 (数回の送信返信があると想定されたい)
  最終的に届け出受理書を受け取ること。届け出受理書は飛行機のチェックインで見せて初めてペット搭乗が可能。

2)フライト予定日10日前からフライトの前までにUSDA Certifiedの獣医師で最後の健康診断を受けること。Vetのサインを忘れると無効

3)健康診断書と上記すべての書類を揃えてフライトまでにUSDAで 輸出書類の裏書スタンプを取得すること。スタンプが無ければ 書類は無効である。

それぞれのポイントを解説します
1)ダウンロードした届け出書に記入して到着予定の空港の検疫に提出するが、ペットが複数なら1匹につき1セットの書類を提出する。届け出書を提出した後、検疫から返信してケースがオープンする。検疫はワクチンの証明書、自分で記入するFormAなどを送るように言ってくるので書類を送信する。

FormCは最終の健康診断書だが、これはUSDA Certifiedの獣医である必要があった。かかりつけの獣医は資格があるかどうか確認してね。
現在、最終健康診断はフライトの10日前以内に行う。ケースオープンしていろんな書類を送った。何故か検疫からFormCを送れ!と言われた。

FormC/は最後の健康診断である。スケジュール的に30日も先。当然まだ診断は行われていない。
診察をしないペットに30日の先付け日付で診断書/FormCを出す獣医は米国(もしかすると日本にも)にいないが、
そこは日系の獣医に変えた利点で、同じ日系として説得した。

曰く、これは日本国検疫の予行演習であるので、形だけエンピツで記入していただいてサインはしなくてもいいです、と。
日本の検疫には:診察がまだなのでFormCにサインはできないそうですが、FormCはとりあえず項目に記入してもらって送ります、と送信した。

書類はアプルーブされ届け出受理書が送られてくる。届け出受理書はペットごとに受理ナンバーが振られ帰国予定の空港の検疫は、いつどのフライトでどんな猫が検疫に到着するのかすべての情報を持っている
ことになる。

フライト予定の10日以内に最終健康診断を受け、受理書とすべての書類をもってUSDAに書類の裏書スタンプ
をもらう。

フライト当日:チェックインで輸出許可と受理書を見せて搭乗。入国空港検疫は、届け出書にある猫の個体識別を
スキャナーで確認すれば、拘留期間なしで入国ができる。

念のためすべてのオリジナル書類とCertificatesはコピーを取り2セットのうちコピーは機内預けのスーツケースの中に。
オリジナルは手持ちで成田まで持参した。

USDAも日本検疫も役所であって国家の規則ルールで動いている。融通や例外は一切期待できない。USDAの裏書スタンプで失敗が無いように私たちはスケジュールを練った。

南加州のUSDAの窓口時間は月曜日から金曜日時間は7時半から11時まで 午前中のみ 予約不可
もし書類に不備が発見されても2-3日後に再度提出できるように
・週の初めにUSDAに行く
・週の初めにUSDAに行けるように、最終健康診断は木曜日から週の末に行う
受け付けは午前中のみなので、トラフィックで遅れたり迷ったりしないように前の週にEl Segundoオフィスまで下見に行った。

USDAの窓口の悲劇

USDAの受付で待っているときに私たちは恐ろしいものを見た。一番多い間違いはIDチップとワクチン接種期間を理解しておらずマイクロチップが入っていない時期のワクチンも2回にカウントしていたオーナーが多かったこと。

少なくとも3~4人は書類をチェックされた時点で返された。マイクロチップを入れてから2回のワクチンが必須だ。
マイクロチップの埋め込み=個体の特定特定の個体にワクチンを2回接種すべし。

健康診断をした獣医がFormCににサインをしていなくて申請書を突っ返された人、
玄関先で必死にVetに電話を掛けていたがVetが捕まらなかった。フライトが1日-2日後に迫っているのは他人にもよくわかった。
電話口でVetはもう帰った!と絶望的な返事を聞いたらしい。11時までにサインをもらってここ窓口に帰ってこられなければ、フライトをキャンセルするしかないのかも。

気の毒だったのはスウェーデンに出国予定の男性。届け出書に不備があってUSDA窓口の黒人のおっさんから
何度も突っ返されていた。
聞くともなしに聞いていると、これは可哀そう。窓口のおっさんに言わせるとスウェーデンの輸出届け出書が古い形式なのだという。最新版をダウンロードして書き直せと言っている。

スウェーデン人?はスウェーデンの検疫サイトでダウンロードできる書類をダウンロードしているので、そのほかに公開されている最新版フォームは無いんだ!最新版なんてどこにあるんだ!
と泣きつかんばかりに抗議していた。黒人のおっさんは国家の公式表明をするだけである。

窓口の書類チェックで何人も返されている申請者たちを見ると、皆必死だった。2017年当時、健康診断がフライトの1週間前で時間的余裕がほとんどなかった。
フライトが金曜午後か土日なら健康診断とUSDAの裏書とを実質の平日5日間内に収めねばならない。

もし、フライトを木曜日に取ったなら健康診断とUSDAは月火水の3日間で済ませねばならぬ。健康診断とUSDAのどちらか一つに不備があれ木曜のフライト/出国はアウトだった。
窓口に11時過ぎにやってきてすごすごと帰った申請者も多分多いだろう。
金曜の11時5分に窓口にやってきてフライトが週末ならアウト。

ペットを連れて出国するのは、ワクチンの接種間隔も待期期間も健康診断もUSDAも常に時間と
スケジューリングが大問題だった。

猫のキャリアー


航空会社のページにはペットを連れて旅行する場合の情報ページがある。

私の場合はフライトはJALで、JALの場合はペットのキャリアーは航空輸送用で飛行機マークがついていて、
キャリアーの中でペットが自由に態勢を変えられる大きさのキャリアーを要求していた。上記の規格のキャリアーを新規購入し、上下四隅を結索バンドで固定する。

航空会社にフライト予約を取った後、ペット輸送に関する誓約書に記入し送付する。キャリアーのサイズ縦・横・高さとペットの重量を連絡する。

当時JALではペットは客席内に持ち込むことは出来なかった。現在はコロナ禍なのでガラガラの機内にもしかすると
同乗できるかもしれない。ただ、緊張と不安で鳴くペットはほかの乗客の迷惑を考えると難しい。

90年代初め私が日本から連れてきた先代の猫は当時3歳で神経質な猫のために安定剤を飲ませていた。
航空会社の規則も緩くかったのだ。しかし現在は航空輸送するペットに安定剤を飲ませることは多くの航空会社で推奨されていない。窒息のリスクが高いので。

航空会社によりペットの輸送にかかわるルールは違うと思う。帰国予定の航空会社のページを参考にされたい。

費用
大雑把な帰国にかかる費用として2017年当時
一匹当たり
マイクロチップ埋め込み
+読み込みスキャナー(もし必要な場合$110-$130)
+ワクチン1回-2回分
+抗体検査料$350
+健康診断料
+USDA$121
+JAL$400
+AirFlight用キャリアー$26

帰国直後

母猫のナナと息子の八助はフライトの間お互い相手の声が聞こえるよう側に置くようにリクエストをした。
成田の検疫ではスキャナーも無事パスしてすぐ入国ができた。キャリアーの中にセットした飲み水は残念ながらこぼれていて輸送中に水分が取れたかどうかは不明。もし、日本の地方にさらに乗り換えで帰る方はトランジットの空港で
水が飲ませられる器具を持参すると良いと思う。

猫トイレは日本には持ち込んでこなかった。米国から楽天で猫用トイレと砂を購入して、一時落ち着く予定の
家に時間指定配達にしておいたので帰国してすぐ使えた。猫砂は日本製の方が臭いが少なくて優秀だと思う。

キャット・フードは帰国荷物で持ち帰ってきた。封を切らないカリカリ大袋と缶詰にオヤツを数袋。
届け出書を検疫でやり取りする間に封を切らない状態でキャットフードを持ち込むのはOK
と返事をもらっていたから。日本で販売されているキャットフードはほとんどがシーフード。チキンは数種類でターキーはほとんどないので要注意。持ち帰るなら大目に。

気をつけないといけないのは日本の気候/気温。我々は日本の大寒に帰国してしまった。
日本の家の暖房器具は灯油ストーブと炬燵だけであったので、カリフォルニア生まれ育ちの猫は寒さに震えあがった。
人間もだが。

もし、猫の健康を考えるなら日本の3月過ぎから9月ごろに帰国を計画することをお勧めする。特にショート・コートの猫は要注意。ナナちゃんは下毛がほとんどなかったので、寒さが応えるらしくコタツに潜ったまま出られず、トイレも我慢したので
膀胱炎になってしまった。低気圧と雨が降り湿度が高くなると体調を崩すようだ。

その後伊豆に住まいを定め、2年目くらいまでは、室内温度は20度を切らぬように温度管理が重要だった。
雨で気温が20度を切り、湿気で猫たちはてきめんにお腹を壊しナナちゃんは膀胱炎を発症した。

3年後にはナナちゃんのショートコートに下毛が増えた。とにかく日本の冬は寒い。5か月続く。
年齢が高い猫は大事にしてね。
あなたの猫も無事に入国できますように。2017年

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