ワクチン4回目

3回目も怒っていたが4回目もおばちゃん怒っている。
接種会場は町の文化会館である。

駐車場ではすでに2人シルバーセンターから雇ったと思しきジイジイが、おばちゃんが入り口に向かってくるのを見つけると、心なしか胸を張り、来もしない車を遮るために左手を挙げて、右手でオーライ横断歩道を渡れと合図する。総人口が2万ちょっとの町。
駐車場の反対の入り口にもう一人。

(1人) 文化センターの入り口を入ると、30歳にならない若いお兄ちゃんが「ワクチン接種の方ですか」と聞かんでもいいことを聞いておばちゃんを止める。
町の文化会館の日曜日にほかに予定は入っているもんか。それから壁に張ったポスターを指さして5条くらいあるワクチンの注意書きを読めという。もう4回目だ、ワクチンに批判があるなら来るもんか。
同意するなら受付にどうぞという。

(2人) 受け付けデスクは2人座っている。
接種券と免許証を出す。バインダーに挟んで番号札と一緒に返してくれる。それだけ。
(2人) 次のデスクでは免許証と接種券の照合をする。体温を記入する。次に行けという。
(1人) 次はシアターの入り口でおばさんが客席を指さして、中の案内人の指示に従ってという。
シアターは待合室になって座席の背にナンバーが貼ってある。
(1人) シアターの案内人は、番号の席を指さしてここに座ってという。
劇場は待合室になっていた。
(2人) 10分ほど待つと、ナンバーが3人分呼ばれまた玄関ホールにもどりチェックする。
(3人) ホールには椅子が並べられてまた待つ。案内人のカードをぶら下げたおばさん2人、接種者の問診表を見ながらチェックするナースは1人。

ナースはおばちゃんの問診表(ほとんど“いいえ”、病気は胆のうがん 経過観察中と書いた)のい”いえ”の欄を読み上げて確認する。おばちゃんはこの辺でイライラしてきた。
書いてあるものをもう一度読み上げるのは、おばちゃんの時間の無駄、人の無駄、金の無駄。

“いいえ”にチェックしてあるから答えは“いいえ”だ。 おまいさん書いたものを信用できないのか。

病気項目に目を止めて薬は飲んでますね?と聞く。
飲んでねぇよ。“いいえ”だ。(見りゃわかんだろ。切って経過観察だけだ。胆のうがんに効く薬はねぇ!“いいえ“は”いいえ“だこの野郎。この町の住人は幼児かそれとも魯鈍か。)

マスクをしててよかった。おばちゃん、相当ひどい顔をしていたと思う。
年の功をへて堪忍袋はずいぶん丈夫になってきたからぐっと我慢して次のホールに行く。

やっと白衣が見えた。
(6人) ホールを4つくらいに白い衝立で仕切ってそれぞれに白衣がいる。さらに突っ立っている案内人2人。スクリーンで区切る必要がどこにある。個人情報だってか。

おばちゃんの堪忍袋をさらに試すように、白衣は医者で問診票をさらにチェックするだけ。
(4人)次の部屋でやっと注射器をもったナースがいた。注射のあと、首に別のナンバーカードをぶら下げられて次のホールへ。
(4人)壁に取り付けられたモニターを見ながら自分のナンバーが「退去可」になったら出口のテーブルで首のカードと引き換えに接種証明書をもらう。

おばちゃんもうキィ~である。
入口から出口まで数えられる人数だけで20人ほとが接種のために会場にいる。控室で待機している看護師はいるはずだから全部で20人は絶対超える。無駄な案内人、無駄、無駄。

アホと違うか。1回目の接種から4回目まで、町の接種のための会場は全部で3つ。人口はただの2万人ちょっと。接種場の人の費用だけでかる~く1億は行くのではないか。

田舎の小さな町が負担するわけではなく、全部国からの給付だろう。つまり税金。この税金の“つけ“はあとできっちり町民・国民が払わされるのだ。信じられないかもしれないが、町も接種体制の要領がわかって1回目からかえって案内人が増えている。

町の住民はジジババが多くて耳は遠いが、幼児でもなければ痴呆でもないぞ。床に矢印でも貼ってところてん方式かカフェテリア方式で行列させて最後の待機所だけ椅子を並べて置きゃよかろう。

非効率的で、2重3重に人とチェックを配して仕事のための仕事をする。こ~んな非効率を商売でやっていたら時間と人件費を使うだけで利益がな~んにも残らんわ。
非営利事業だから非効率的で無駄が多くていいってことは絶対ない。

名残り紫陽花

雨が上がって庭に出られてうれしい。
今年のアジサイは花が終わっても不思議に色が残っている。茶色で縮まなかったのは梅雨が短かったからかしら。花びらがほんのりピンクで遠目でみればまだ生花と見える。

ドライフラワーにならんかな?とピンクが濃い花を枝ごと切って葉を落とした。
かさばるので束ねて通路の脇に置いて、エリゲロンの茂みをトリミングし、ギボウシは黄色い葉が出てきたので思い切って刈り取ってしまい、しつこい80円(トレニア)の芽をぬいて溜まった手箕の雑草を捨てようとテラスまで戻ってきたらアジサイがなかった。

おじちゃんにアジサイはどうしたと聞いたら、町内指定45リッターごみ袋を指さして、捨てたと言う。カップヌードルの空きカップも取っておくくせに。


一番のいい色はなくなってしまったので2番手の花を5本切る。
シャワーを浴びた後、アジサイを逆さにして浴室の天井からつるし真下に除湿器を置いて一晩除湿した。

次の日アジサイは見事にドライフラワーになっていたが、どうしたわけかピンクの色は飛んで水色と紫が残った。花弁が薄いものは枯れ葉色になってしまった。花瓶にさしてみてもアジサイだけでは色がさみしい。セリアに行ってゴールドのマニキュアを買ってきた。

枯葉色はマニュキュアをぺたぺた塗る。てっぺんから見るとところどころに金が光ってゴージャス。大きくしっかりと花弁が残っているものは根元にペタペタ塗る。マニュキュアが一瓶無くなった。仕上げに同じくセリアで買ったつぼみの人造花を挿して花瓶に生けた。
花瓶は実は海から揚がった古いタコツボ。メルカリで買った。渋くて好きだ。〆には金のおリボンを巻いてみた。
ばあさん、退屈しているのである。

草を刈る

また刺されてしまった。
刺し口があるのでブヨかもしれない。
5月は入院手術だったので、お隣の草取りまで手が回らなかったのだが、春に草取りをしなかったせいでお隣にある抜け道が草ぼうぼうになってしまった。

4日前から朝がた冷えるようになりタオルケットでは寒い。日中も30度を越さないので草取りがしやすい温度になったのである。
さて、やるかとオフハウスで買ったジーンズとワークマン製のマイナス3度すずしいというジャケットにネット付き帽子、オニヤンマのプリントが手の甲についたグローブ、長靴という防備で草取りに立ち向かった。湿気が多かったが気温は低かったし風があったので蚊取り線香もぶら下げなかった。
蚊は気温25度以上だと活動的になるのだ。


抜け道の3分の2くらい刈進んだとき右の足首が猛烈にかゆくなった。長靴の中に手を入れて掻く。靴下が短くてジーンズも女性用で短かったから脛が10センチほど肌が露出していて、その素肌を狙って刺されたらしい、長靴の中なのに!恐るべし山の虫。
血に飢えていて絶対刺すっと命を懸けていたんだろうな。

おばちゃんは装備の不備を突かれ小雨も降ってきたので退却した。その時は蚊だとおもってかゆみパッチを貼っただけだったがどうやらブヨだったみたいだ。
明け方からヒリヒリ痛み起きたら足首からくるぶしがはれ上がっていた。

また、皮膚科ですか。
おばちゃんの医療明細には皮膚科がずらりと並んでいてお薬手帳は塗り薬のリストになっている。皮膚科に行くと塗り薬と飲み薬をくれて何もしないよりは早く治るが。

くるぶしまではれ上がってじんじん痛む。痛みに気弱になって化膿とか、廃血症とか、単語がちらちら頭に浮かぶ。化膿止めにA子ちゃんから送ってもらった抗生物質入りの軟膏Neosporinを塗ろうとして、キャップを開けたらNeosporinが液体となってたらたらと流れでた。 今年の異常な暑さで軟膏がなんと液体になってしまった。冷蔵庫で冷やしたら元に戻るかしら?

A子さんが来月また日本に来るので、買っていくものがあったら教えてと言われたので持ってきてもらおう。ダイソンのバッテリーもお願いしようかと思ったが、A子さんからややこしいのは困ると却下されたのであきらめる。
A子さんがややこしい人なので出入国はなるべく引っ掛かりがないほうがいいのだ。

永住権や市民権を持っていても安心できない。
出入国では何が起こるかわからない。長い間アメリカに住んでなかったじゃないかとグリーンカードをハサミで切られた人。
チャイルド・アビュース歴で入国を拒否された人。(ご主人が一時日本に帰国して米国に帰ってこようとしたらやられた。主に奥さんがチャージされていたのだったが夫のレコードも残っていたらしい)
麻薬犬が寄ってきて荷物検査をされた人。(されて当然の理由があった)
テレビの“とかボーダー“番組では違法持ち込みが多いが物品が、絡まなくてももっとややこしい問題がいくらでもあるのだった。

今日も30度未満なのでおじちゃんは玄関先のリモデルをしている。おじちゃんがうるさいので草取り開始前に叢に殺虫剤を吹き付けた。今日は風がないので何度もスプレーを噴射すると、蚊が寄り付かなかった。科学のおかげ。
お隣の抜け道をすっきり刈り取った。すがすがしい。

永住権・グリーンカードいろいろ

手にしたグリーンカードはちっともグリーンじゃなかった。
カリフォルニアで発行された永住権カードはむしろホログラフが目立つピンクといっていい色合いだった。有効期限の10年が過ぎカードをニューアルすると今度はクリーム色になった。

知り合いの夫婦はたぶん70年代後半に中西部で取ったグリーンカードで、本来の由来のグリーンがかったデザインのものだと思うが、さらに彼らのカードには10年の期限がない。
そう、昔はカードの期限が記載されないグリーン・カードがあったのだ。
夫婦のグリーンカードにはリニュアルの通知が来ない。いいなぁ、と思ったのだが。

人生のほとんどをアメリカで過ごして、彼らはおばちゃんより3年早く日本に帰国した。
ご主人の故郷が九州なので両親はとっくにいないが彼は生まれた土地に帰った。助けてくれる家族も誰もいない中西部で自分の力だけで生き抜いてきた人たちなので、日本の知らない土地に移住を決めたとしても何も困らなかったと思うが。

奥様K子さんは東京生まれの東京育ちで日系二世と結婚して、いきなり中西部で広大な農地をトラクターを運転する農家の嫁になった。一子を設けたがその後数年で離婚した。子供を抱えたシングルマザーが、アメリカ中西部の農村地帯でどうやって生きていけたか。

雇ってくれたのはマクドナルドだけだったと言う。
トイレ掃除に窓や床磨き。ハンバーガーを焼き接客をし一人で店のクロージングまでやらされて、時給は$3.25。マネージャーはオーバータイムの残業代なんかつけてくれない。何度も抗議しても英語に訛りのあるアジア女が、移民の奴隷労働者が、として相手にされなかった。マックを辞めたらどこにも雇ってくれるところがないことはマネージャーに見すかされていたから。

7年奴隷労働をしたあと、他州に移る目途ができてマネージャーに辞めることを伝えたらマネージャーもいくばくかのうしろめたさがあったのかもしれない、コカ・コーラの株を何株か退職金替わりにくれたという。


80年代前後の株なので、現在なら一財産になっているはず。売らないのかと聞いたら、このコカコーラの株は私が奴隷のようにアメリカで働いた証し。私の体と時間をすりつぶしてもらった株なので生きているうちは絶対売らないと言っていた。

このK子さんはその後日本人のご主人と再婚してカリフォルニアに移った。
カリフォルニアでも長年接客の仕事をしていたが接客逸話の持ち主。一度来客した客は顔・名前・職業などわかるものはみんなメモをして覚える。次に来店した時のためにそのメモ帳を肌身離さず身に着けていたという。
他の同僚からすごいねと褒められると、何分もう年で脳みそが限られているからメモして覚えるほかないからと。

そのK子さんが60代半ばに脳出血を起こした。
莫大な医療費が飛んでいって、回復はしたが健康保険の保険料は倍になった。そこで夫妻は人生の大検算をしたのだね。1に1足して2を引くと幾ら残るか?
幸いアメリカ経済はリーマンショックから立ち直っていて、家は不況前より高く売れた。

K子さんの一人息子は中西部でアメリカ人として育ってしまった。一人で生活を支えるシングル・マザーが息子に日本語や日本の文化教育は到底不可能だったからだ。息子は早く巣立ちアメリカ人の女の子と結婚して孫が出来た。その孫も成年になっていたから日本に帰国を決めた時も、今更K子さんがアメリカに残って何かをし残したことはない。
それでご主人と日本に帰ってきた。

場所はご主人の出生地・九州の南部である。
東京生まれでアメリカで生活してきたK子さんにとっては故国というよりまた別の国であったかもしれない。地元の人の話す言葉がよく聞き取れないと言っていたし。

ご主人の同級生とか親戚の薄い縁はまだ残っていたとはいえ、K子さんは地元の人から見れば異邦人であったと思う。

ずっとあったかい土地で過ごしたから服は体を締め付けない薄いものが良いといってコットンのTシャツとレギンズだけ履いていた。スカートをはいているわけではない。ロングTシャツというわけでもない。
確かサウスウエストエアーだかのドレスコードに引っ掛かったのと同じような服装である。

九州南部の旧弊な地元の婦人方はさぞかしびっくりなさったのではないか。K子さんはきょとんとしてTシャツとレギンズのどこが変なのか理解していない。気にもしていない。長年培った接客術で今では地元の女子会のメンバーだという。たぶん九州南部だろうがアフガニスタンだろうがスマトラだろうが彼女は暮らすに場所に不自由しないと思う。

K子さん夫妻は緑のグリーン・カードを持って、毎年1回はアメリカに帰って孫の顔を見て友達を訪ねついでに税申告Tax Returnをしてゆく。
ところが何分期限がないグリーン・カードなもんで、毎回LAXの入管でちょっとこちらへと別室に呼ばれて毎回2時間の取り調べがあるのだと言う。
毎回?2時間?

コロナでアメリカに渡航できずに3年我慢していたらひ孫が生まれていた。
K子さん、もう大ショックである。一刻も早くひ孫が見たいのにコロナでいろんな制限が厳しくてアメリカに入国できなかった。


先月の7月にやっとアメリカに帰ってシカゴに飛び、シカゴからはレンタカーでインディアナポリスまでロングドライブである。たどり着いたらひ孫は二人目も生まれて3か月になっていた。グラン・グランマである。

1月たっぷりアメリカを満喫して日本に帰ってきた。
長く留守にしたので畑の野菜が枯れてしまったのが悲しいと残念がる。最初の結婚では広大な畑をトラクターで耕すような農業だったので、日本の家の片隅の畑に夫婦が食べられるだけ数種類の野菜を植えて育てるとやっと本当の農業!って気がするのだそうだ。

来月は函館に旅行に行くそうなので帰りに熱海に途中下車するので6年ぶりで再会である。楽しみ。

ロースト・ビーフ

胆のうを切除しちゃったから油ものを食べて七転八倒ということはもうない。ありがたい。
バターやクリーム、牛肉を我慢していたのでたまにはがっつり肉をたべたいと書いたのだが、日本の肉は高い!

薄切りではないです!って8ミリくらいの厚さのステーキ肉を売っているが、フライパンで上下を返したら確実にウエルダンになってしまう薄さ。これはステーキとは言いってはいけない。

近くの肉料理が人気のレストランがあるのだが、ランチにお勧めのロースト・ビーフ丼をオーダーしてみた。
日本の皆様には怒られるかもしれない。が、ご飯の上に上っていたのはロースト・ビーフではなくて“肉のたたき”であった。
直径7~8センチくらいの牛肉の周りを焼き付けて、薄切りにしたもの。火が通っているのは外輪せいぜい1,5センチで真ん中はほとんど生肉に近い。

いっそ自分で焼こうかと思ってもスーパーに塊の牛肉がない。
ロースト・ビーフとして焼こうと思ったら最低2キロ/4Lbはいる。スーパーの肉売り場でパックされているのはレストランよりさらに細い直径4~5センチの牛肉である。これではローストビーフは作れない。オーブンで焼いても中心はピンクにするには外は固くなりすぎ。だから肉のたたき風にするしかないのだろう。

アメリカではステーキ用肉と塊ばっかりで、すき焼きとしゃぶしゃぶ用の薄切りを探し回るという苦労があった。ならいっそ塊なら塊を料理するしかないじゃん。
というわけでサンクスギビングやクリスマスにはローストビーフを焼いていた。涼しい気候のほうがローストビーフは合うね。

ローストビーフを作るためには3日かかる。
まず2キロ以上の柔らかそうな牛肉を買う。
塩とガーリックパウダーと黒コショウをまんべんなくまぶす。
ペティナイフであっちこっち突き刺して、スライスした生のガーリックを差し込む。
特大のジップバッグに入れてオリーブオイルをたらたらと流し込む。
ついでに“美味しくなぁれ!”と両手で袋ごともみもみする。ジップバッグの空気を抜いて閉じて
そのまま冷蔵庫で一晩寝かす。

次の日に冷蔵庫から肉を取り出し室温になるまでカウンターに置いておく。
高温で焼くのと低温で焼くのと2通りあるのだが、おばちゃんはいつも高温だった。
手をかけるならフライパンで肉を転がして焼き目を付けてからオーブンに入れてもいいが
そのままオーブンの中段に入れてもさほど結果は変わらない気がした。

焼く時間は1パウンドにつき20分。これはきっちり守った方がいい。
オーブンによっては上火がきつかったりするからその時は白菜かキャベツの葉っぱを一枚のせる。2キロなら1時間20分でオーブンから出す。
粗熱が取れるまでキッチンカウンターに置いて触らない。

焼いた晩に切っちゃったら美味しくない。
ロースト・ビーフは一晩寝かさないとうまさが出ないのだ。
その日に肉を食べるならステーキを焼いたほうがいいよ。
カウンターの塊の肉を見ながらぐっと我慢する。
そして、できれば肉の周りをアルミ箔でぐるりとくるんでキッチンカウンターに置いておく。冷蔵庫は脂が固まり冷えすぎるからよくない。だから涼しい季節に作る方がいいのだね。

3日目の昼か夜はいよいよローストビーフを食べるとき。
オーブンから出したときに肉から出た肉汁は取っておいて、トマトペーストを入れたりしょうゆを足したりしてグレービーを作っておく。

分厚くスライスするより薄切りにして口の中で肉がほどけ、肉のうまみとミルクの味を楽しむのが好き。
肉を一晩おくことで初めて肉のうまみが出てくるのだ。焼いたその日は切っちゃダメ。

おじちゃんは罰当たりで、一応口をつけるが次の日のサンドイッチの方がよく食べる。
シーザース・パレスのブッフェは何度もお代わりするので、Ralphsで買ったランクなしもも肉と私の料理では今一ということかい?

ただ、ブキャナンは7~8キロありそうなA5ランクの飛び切りの肉をローストしているのだが、ホリデーシーズンであまりに客が多すぎると、一晩おいた肉なんかあっという間になくなってしまい、オーブンから出した熱いローストをスライスして出すことがあ。もったいないなと思う。
これだけの肉なんだから一晩寝かせればどれだけ美味しいか、と言いつつ完食したりして。

競輪選手の太ももくらいある適度に脂がのった柔らかいロースト。
ディナー皿より大きそうなスライスは周りはこげ茶で中心にいくにしたがってバラ色のピンク。Ralphsと違ってどこにも筋がないお肉はふわ~と口の中でとろけていく。

この辺地方ならお肉屋にロースト用特注ということになるのかしら。一体いくらかかるのさ。でなければCostcoまで高速で飛ばして1時間40分。肉が買えてもうちのアイリスオーヤマのオーブンは小さすぎる。丸のチキンで2時間かかったりするから。

日本は何でも美味しいけど、”塊の料理”は海外のほうが得意だ。

夏はまだまだ

ラップトップで使っていたヘッドセットが壊れたので沼津まで買いに行ったら、ダッシュボードの温度計が40度を示した。

おおぉ!
外に出ればラスベガスほどの凶悪な暑さではないが、全身の毛穴が塞がれるような湿った空気。

山はたしかに気温がもっと低いがスープのような湿度があるので、外にでて庭を見回るだけでずぶぬれになる。
おじちゃんなんか、午前中で汗まみれ。午後でまた汗まみれで野良着をすっぽり変えるので洗濯物がたまってしょうがない。
お隣は誰も来ないので草がぼうぼうになりかけているが、気候にうんざりしてしかもだるいのでおばちゃんはここ1週間ほとんど外に出なかった。

その代わりGossip Girlにずっぷしはまって、アイスクリームと柿の種を交互に食べながら、寝そべって体を動かさなかったので2キロ太ってしまった。現役時代のパンツがきつくなって困る。

日本製のパンツは短くてほとんどツルテンになってしまう。
昔、日本のくしゅくしゅパンツが可愛くてわざわざ楽天―転送―経由で取り寄せたらウエストは大丈夫だったが、短いのでくしゅくしゅを伸ばしたらくしゅくしゅがなくなってしまった。アメリカだとパンツ丈の苦労がなかったのに、帰国したら日本のパンツはますます短くトールサイズのお店も少なくなってしまった。

理由は簡単で日本の女の子の平均身長はダイエットのせいで2000年代より低くなっているのだそうだ。世界的に平均身長が低くなってきたのは北朝鮮と日本くらいではあるまいか。

衣料はAliExpressで欧米向けのデザインを探すとパンツ丈があったのだが、ここ2~3年でAliExpressに出店の衣料はアジア系が多くなってサイズは細身で短くなった。Lサイズパンツを買ったのに、届く商品は長さが足りない。

庭仕事で着る野良着は膝とおしりが破けやすく消耗が激しい。中古の電化製品を探していた時に、OffHouseに古着がたくさんあった。それまで古着は一度も買ったことがない。気持ち悪いし。

アメリカで近所にThrifty Shopができて好奇心で入ったら、匂いがしてまいった。あれはアメリカ人の体臭と油の匂いだと思う。靴も売っていたし。商品には触れなかったのに、くしゃみが止まらなくなって早々に退散した。

Off Houseではくしゃみも出ないし倒産在庫セールのような新古雑貨の隣には衣料が沢山あったが臭いもしない。ジーンズも短いのだが、庭仕事なら長靴をはくのだから関係ないからと古着を買った。初めての経験。ただ、ジーンズはほとんど水をくぐった様子がない新品のように見えた。

それからOff Houseによるたびに衣料も見るようになり、何気なく手に取ったジーンズとパンツが長さもぴったりだった!何故?それは男物だった。

これはうれしや。そうか、男物を買えばよいのだ。
2本男物のパンツを買い、帰り道に運転しながらそういえばジーンズでも男物と女物の違いはあるのだろうかと疑問に思い、おじちゃんにアンタのジーンズの前開きは右か左かどっちが上?と聞いたらば、「左」というので男女の違いはやっぱり違いはないのか。

おばちゃんはおしりが小さくて昔から少年のお尻と言われていたから男物でちょうどフィットするのだ。
まっ、いいか。

で、帰宅してラップトップを開けてふとウインドース・ボタンに触ってしまいソリティアのアイコンが目についた。
あっら~~~トランプ・ゲームのフリーセルはまだ生きてたんかい?
Windows95の時代に暇つぶしにやったものだ。27年前だ!
あまりのなつかしさにふとフリーセルを起動させてしまい、おばちゃんはそれから4日間フリーセルにはまった。

携帯&コンピューター・ゲームにはまる人たちを馬鹿にしていたが、やっぱりゲームは人間のセロトニンを誘発する要素があるのだわ。
4日間ぶっとうしでランクを40熟練者クラスくらいに上げたら、老眼の目がかすれて右手の腱鞘炎がひどくなってきた。疲れてしまってどうやめていいか、やめ方がいがわからない。お~いおい(泣き)。

思いついてフリーセルのランキングを検索してみた。
見なきゃよかったというか、見てよかったというか。
初心者の1から、上級者、熟練者、チャンピオン、レジェンド、マスター。レベル100のグランドマスターまである。
どっと力が抜けた。
レベル100のグランドマスターまで、道のりの半分も来ていないのか!
アホくさ。

一番の疲れる理由はレベル50に近づいたら途端に難しくなって、もう5手先が読めない。キングとクイーンが前面に何枚も固まっている。エースは一番奥とか。

めくれるものならめくってみろという挑戦的な配置が多くなってきた。一ゲームクリアするのに10分から20分以上かかる。疲労のあまりセロトニンの分泌も悪くなったに違いない。きちんと並べられないと達成感や爽快感が味わえないのに。

ゲームのおかげでボケかけた脳にちびっと血流量が増えたかもしれない。しかし使う脳細胞は同じ個所に決まっているだろうから、ボケをどれだけ防止できるかわからない。

というわけでまたGossip Girlに戻った。
すげ~なこのドラマの衣装代。同じドレスは2度と使われない。Chuck Bassの芝居はどうしてあんなにクサイいんだ?!ホテルのペントハウス直通のエレベーターってセキュリティ上どうなんだろう?
とか思ったりする。

まだまだ暑い夏ですねぇ。XOXO

追伸
一日フリーセルを休んだ。次の日からはカードの置き換えパターンを学習したみたいでレベル60名人をクリアし今日はレベル70の天才だそうだ。

おばちゃんは親やおじちゃんからほめてもらったことがないので、フリーセルでも天才といわれるとうれしい。パカパカのカードのダンスや音楽はいいから「」よっ、大統領!」とか「天才!」とか掛け声をかけてくれるようにプログラムしなおしてくれないものか。掛け声を聞きたさにリプレイしてしまいそうだ。
ところで、爺婆しか覚えていないと思うが、オリジナルのフリーセルとは若干ルールが変わっているようだ。昔は色と数字が続きならスペースがあろうと無かろうとくっ付いた。さらに一度並べ終わった札もつなぎとしてもう一度使えたと思う。ただし、やり直しの制限があって一度スタックすると回復ができなくてすぐ嫌気がさしたものだ。やり直し機能を無制限にしたのでユーザーが飽きずに続けられるようになったのか。現在のルールのほうはレベルアップしやすいかな。
で、ただいまマスター・レベル75

8・28 レベル91
目を使いすぎて頭が痛い。

雨雲レーダー

テレビのニュースは何をやっとるか?
と、伊豆在住のおばちゃんは夕べ思った。

この季節になると毎年ドキドキしながら台風ニュースと雨雲レーダーをチェックする。

中心勢力が強いか、進路は東北か、雨か、風か?


九州方面を襲わず、南の海上から東北に向かって北上し日本上陸する台風のほとんどが静岡県を通過してゆくのである。嫌ぁ~~。

2019年の逆回り台風では、山の家が一軒がけ下に落ちた。家が接置している道路が崩落したのである。一昨年は山のいくつかの個所でがけが崩れて水道が止まり、町から給水車がやってきた。去年の6月の雨台風では熱海の土石流が起きた。

まったく、カリフォルニアに着陸したら、毎日パトカーのサイレンが鳴りまくってこれは大変な国に来てしまったと不安になったが、日本に帰国したら地震でしょっちゅう家が揺れるわ、(そうだ、伊豆は群発地震の巣だった!)
地球の温暖化のせいで台風は凶悪化して、毎年この時期は家が持つか、大地が踏みこたえられるか、サバイバルゲームみたいである。

犯罪か自然災害か、どっちが怖いか?

基本、目が覚めたらラップトップはつけっぱなしなので、台風情報のために「雨雲レーダー」を立てておく。台風が発生するとほとんど10分おきくらいで情報が更新されているので役に立つ。


カリフォルニアは毎日、お天気なのでお天気ニュースは必要がなかった。起きたら晴れだ。雨雲レーダーなんかあっても雨雲がないから無駄だろうな、といらんことを思う。

日本の雨雲レーダーはすばらしく優秀である。
一体どうやって全国の雨雲の情報をリアルタイムで取っているのだろう?

台風が接近してくると、おばちゃんの住んでいる山の上空に、雨をどばどば降らせる真っ赤っかな七味唐辛子の粉みたいな雲が凝縮していて、家の窓からは見えるのは雨足で真っ白になった山と、水しぶきを立てる用水路である。深さ40~50センチある用水路から水が溢れるようになったら要注意。

雨雲レーダーは6時間先までの予想ができる。
地図をズームアウトして伊豆半島の雨雲の濃さを観察し、早回しでPLAYをクリックすれば6時間先まで雨雲の流れがわかる。雲はたいてい太平洋上空から伊豆半島に流れてきて、富士山の南東へ向かうか、小田原方面に流れていくのである。

高校時代の友達が2県となりに住んでいる。
一昨年の雨台風の時も静岡県に台風が上陸して、おばちゃんがLineで「降ってきた」と報告すると、2県となりの友達はこっちはまだそんなではないと返事が来る。

2年前は風も吹いた。
山は地形とヒノキの林のせいで風が巻く。
南西から吹き上げてきたと思ったら、北から吹き下ろしてきてアッと思ったら東から切り込んでくる。

台風時の山のお天気ニュースは:風は全方向。北北西の風、北東からの風、南西と北からの突風。風力は3から6、たまに10。雨は横殴り、がけ地は吹上る風に要注意。と、こうなるだろう。

雨雲レーダーは真っ赤と紫色ばっかりになり、4時間ばかり耐えていると雲の色が緑になって、ところどころ切れ目が見えてくる。台風と雲は日本列島の内陸方面に流れていったのだ。

2県となりが防風雨圏に入り友達に「そっちに行ったよ~」とLineで伝えると「あ~、雨がひどくなってきた」と返事が来る。なかなか便利な世になったものだ。――2年前。

昨日の伊豆で雨が一番ひどかったのは午後2時くらい。それも断続的だった。突然降っては30分で止まりまた降って止まる。
雨雲レーダーも真っ赤な雲はほとんどなくて、水色か黄緑。たまに赤の七味みたいのが通りすぎるときに雨足が強くなる。すごい勢いで雲が東北に流れて、4時過ぎると降っていないほうが多くなった。

台風?雨雲レーダーの地図をズームアウトしても台風の渦雲が見当たらない。変ねぇ。逆向き台風なんて、分厚い渦が見られたのに。

                             
テレビの台風ニュースが静岡県に上陸する見こみです、っとか言っている。
雨がひどいのは静岡県でも西部の浜松から静岡市にかけてである。土砂災害の警報が出ているのもそちらの地方である。
5時半になると、台風ニュースが伊豆半島に上陸しました!と言った。

ピン!とLineがなって、伊豆半島に上陸したって大丈夫? と友達。
ここは雨が降ってないよ。雨雲レーダーは1時間も前から伊豆のうちの上空には雨雲がないのを映してる。変ねぇ?

テレビのニュースの地図は浜松と静岡市の中間にバッテンが書いてある。台風が上陸したのはここじゃねぇ? おじちゃんが、伊豆半島には台風の目が上陸したから雨が降ってないのかも。と言う。


違うね。台風の目なら目の周囲の雲が映るはずなのに、雲そのものがもうないのよ。熱帯低気圧に変わっているんじゃない?そうよ。
まったく納得がいかない。

あかすりタオル1号 2号

時折断捨離がしたくなる。
母や猫が亡くなった後、
雨続きでうっとうしい時、
テレビで家のビフォアー・アフター番組を見たとき。
使わないものが多すぎると感じた時。
汚部屋を掃除する番組などを見たときは一番いけない。いたたまれなくなる、ウチも捨てなくちゃと町内指定ゴミ袋を取り出す。

おとといも何かの拍子にむらむらと捨て捨てスイッチが入ってしまった。
物を捨てたくないおじちゃんは、警戒心いっぱいでおばちゃんの手元とごみ袋を見張っている。不用品がたまるのは、リビングのテレビ台の引き出しとキッチンと洗面所だ。6月に不要な洋服を3袋出したので、今回はクローゼットから捨てるものはない。

AliExpressで買った中華製バリバリの骨伝導コードレスヘッドセットは役に立たなかった。音が駄々洩れで、病院のインターンから怒られたから捨てる。機種乗り換えした新しいIphoneの空き箱も捨てる。何につなぐのか忘れてしまった充電ケーブルも捨てる。
匂いがきつすぎて吐きそうになる髪のカラーワックス、捨てる。
同じくAliExpressで買った髪のエクステンション。届いたら色が明るすぎたので、マジックペンで色を塗ってみたものの気に入らないので、捨てる。

CDラックからあふれていたアメリカンポップも聞き飽きたので捨てる。アリアナ・グランデも捨ててやろうかと思ったがおじちゃんがフアンなので我慢する。
たまっていた町内会報とコロナで中止になった去年おととしの特別健康診断表捨てる。

綿のシャツが乾燥の時しわになりにくいように入れるテニスボールみたいなボール:乾燥モードになった時、いったん洗濯機を止めて入れないといけないので面倒。入れてもさほどしわの出来に変化がなかった。洗面所がかさばるばかり。捨てる。


乾燥ハンガーはバスローブをかけてスイッチを入れると、パリパリに渇いて気に入ってる。靴を干すために付け替えのノズルはいらない。

ダイソン掃除機の付け替えヘッド。ダイソンで使うのは小さい回転ブラシヘッドと細いノズルだけ。そのほかは一切必要ないので捨てる。

さて、この辺からおじちゃんの監視の目が厳しくなってきた。
基地外と言う。なんでもかんでも捨てやがって、と言う。

キッチンはゴミがたまりやすい。引き出しを開けてカトラリーが見えなくなるくらい詰まったセブンのおしぼりとスプーンと割りばしを捨てる。

おじちゃんはセブンで必ずお絞りと箸・スプーンをもらうくせに、使わなくて宝物のようにため込む。袋入りの麺類やお惣菜についてくるちっちゃなコショウ、ゴマ、七味、からし、調味オイルは嫌いなので使わない。使わないから捨てたいのだがおじちゃんが宝物のようにとっておく。ウチのコショウが切れたときに使えるかと思って。辛い七味は二人とも苦手なのに、おじちゃんは取っておく。たまにうどんに入れる時があるかもしれない。

おじちゃんはオーガナイザーが好きである。いろんな形や大きさの箱を買って、工具やら釘やら画びょうやらを入れておくと整理した気になるらしい。
ところが、箱の中に入れた途端、おじちゃんの記憶からその物が消えるらしい。どこに入れたかも同時に忘れるらしい。

それで百均に行って同じ釘やらフックやらを大量に買ってきて、その辺にぶんまくわけにいかないので、オーガナイザーを買ってきてその中にしまう。そして存在を忘れるので、探すより百均に行って、、、。


最近、おじちゃんは自分の問題をようやくわかったようで、ベランダの一角のおじちゃんの工作室は見える収納にかわりかけている。工具がフックでつるしてある。釘はつるすわけにいかないので、相変わらず箱。それで、クッキーやナッツの空き缶にやたら執着するのだ。
百均の箱よりは上等に見えるモロゾフのクッキーの空き缶が捨てられない。ナッツの空き缶が捨てられない。捨ててはもったいない資源と思うらしい。いつか使うから。

おばちゃんがキッチンで見つけてしまったのは、マルちゃん天ぷら蕎麦の空カップだ。こんなものがどうして?猫の避妊手術の時に新たに小さいサイズを買ったので、マルちゃんは捨てたはず?2個あったのでゴミ袋に捨てた。

油断はできない。なぜならおじちゃんはごみ袋からこっそり取り出してまたしまうか戻すからだ。引っ越し当時にとりあえず百均で洗面器と風呂の手桶を買い、ちゃんとしたのを買った後にゴミとして捨てたはずが、庭の水道に鎮座してたから。雨水をためたポリ桶から水をくむには確かに手桶が便利だ。おじちゃんの目を盗んで物を捨てるのは難しいのである。


おじちゃんが拾いそうなブツはごみ袋に入れた後、紙系のかさばる物で覆い隠すのが基本。
昨日、庭の水やりに出たら水道栓にペンキ容器に使われたマルちゃんのカップがあった。これは許そう。

夫婦と猫が必要なものだけ。客用の寝具は一切なし。客用の椅子もなし。家具はこれ以上絶対増やさない。

アメリカで家を売った時に大きな家具は始末した。
カリフォルニア・クイーンサイズのベッドなんて、日本の寝室に入るわけがない。持って帰ったところで寝具類も売っていない。帰国の時に家具と生活用品は大部分処分をして最終的に引っ越し便に積み込まれたものは、最低限の家電と本と服と身の回りの物だけであった。

2世の引っ越し屋さんが最後に移り住んだアパートに来て、何を日本に送り出すか指示をくれという。アメリカ生活の清算と日本の帰国の手配で疲れすぎていたおばちゃんは、キッチンとリビング、寝室、クローゼットの中身などを見せ、大雑把にこっからここまで指示した。

それからよろよろとリビングに座ったあと眠り込んでしまい、ベッドルームとバスルームの梱包作業が終わってから目が覚めた。

その結果、日本のスーパーで買った日本製の入浴用のあかすりタオル使用中:水色とピンクのくたびれたやつとか、アメリカの百均で見つけたヘアブラシにかぶせて使うネットとか、しょ~もないゴミがプロの手できっちり梱包されコンテナに詰め込まれ船便に載せられて横浜めがけて出港していったらしい。

日本には2月に帰国したが、船便は予定より3週間ぐらい到着が遅れた。冬用のコートもセーターもなくて震えていたおばちゃんたちの仮住まいの実家のもとに引っ越し荷物は3月過ぎにやっと届けられた。
梱包は開けず山の家にさらに送って5月にやっと引っ越し荷物をほどき始めたら、ウム~とうなった。さすがプロの引っ越し屋である。
アメリカのバスルームの中身がそっくり出てくる。資生堂のシャンプーとリンスですか?とくにあかすりタオルには脱力した。こんなものがコンテナで船便で帰国してきましたか!

日本で製造されアメリカに輸出さおばちゃんが買って使用して、帰国便でまた日本に帰ってきた。こんな単価の安い雑貨にしては太平洋を2度渡るという大移動をしてきた。あかすりタオルとして生まれたなかでかなり珍しい運命だと思う。

このあかすりタオルはまだ活躍している。よれているが長い旅をしてきた子を捨てる気にはなれない。

自家製スローライフ

麓の気温は37度だった。
山の登り口は両側から木がおおいかぶさっているので日さしが和らぐ。100M標高登ると1度近く気温が下がる。


今日はこの夏最高気温らしいから管理事務所あたりまで登ったら、アスファルトの照り返しが熱いのか、ゆらゆら陽炎が昇る。

前にいるグレーメタリックの車は品川ナンバーで夏休みでやってきたのかもしれない。止りたいのか出たいのか、メインストリートに出るまえにしばし悩んでいる。道を忘れてしまったのかもしれない。

おばちゃんは急いではいないので、のったり後についているだけ。前がやっと登りに出ればおばちゃんもついて出る。
グレーの品川はゆっくりメインストリートを走りだし、脇道に出会う度に停止寸前までスピードを落とす。どうやら本当に家を忘れてしまったようだ。

グレーメタリックの品川をぼんやり見ながら、なんかなじみのないモデルだなと思った。
レクサスのようでもあり日産のようでもありキツネみたいなT字ぽいエンブレムを眺めながらどこのモデルだろうとおじちゃんに聞いた。さあ?
と、家に帰って気が付いた。テスラじゃねぇ?テスラだわ、意外と地味だった。

毎朝おじちゃんが畑に出て野菜の収穫をする。
キュウリ、キュウリ、ナス、ズッキーニ、トマト、オクラ。
キュウリはサラダにして、酢の物、ぬか漬け、たたきキュウリの素は意外とうまい、手軽だし。
もう毎日キュウリ。

インゲンは茹でてたらこマヨネーズを付けてポリポリ。

ナスは麻婆ナスに揚げびたし、焼きナス、天ぷら。
富士山のふもとで水がいいので、豆腐もおいしい。野菜全部入りのトマトスープを大量に仕込んでおいて小口で解凍して食べる。おじちゃんの血糖値は毎食こんな自家製野菜を食べていると調子がいいんだと。
私はたまには肉が食べたい。薄切りやひき肉でなくて。

老キャプテンのところでご馳走になったお茶があまりにもおいしくて、売っているところを聞いた。早速買いに行ったらなんと!入り口で茶の木を売っていた。高さは50センチある。すでに葉っぱは沢山つけているので、うちの畑に植えれば来年はささやかな茶葉が取れるかも。うれしくて茶の木を抱えて店内に入る。
おじちゃんはアメリカでアイスティーに毒されてしまったので緑茶を入れて飲むのはおばちゃんだけ。

おととし山の散歩で拾ったお茶の実をいくつか植えたら1本だけ育った。まだ葉が3枚で高さが10センチだからいつお茶にできるかわからない。だからこのお茶の木に出会えて移住してからの夢だった自家製緑茶の夢がとうとうかなう。なのにおじちゃんの体温はあくまでも低い。
どうせ素人が育てて素人が作ったお茶なんてうまくないに決まってる、と。

それはそうだ。おばちゃんは煎茶のおいしさは売店で求める。自家製お茶を飲むというぜいたくは別物なのさ。


庭で七輪にヤカン(黄色っぽいヤカンね)をかけておいて、5月に庭の草取りをしてついでにお茶の緑の葉をちょいとつまんで両手でモミモミ。ヤカンのふたを開けて放り込んで即席のお茶を入れて一服。仙人のような暮らしをしてみたいのよ。分かってくれないかなこのロマン。

老キャプテン

コンピューター・サークルを覗きに行った結果、どうなったかというと長老さん81歳と知り合いになった。もと船長さんなのでキャプテンと呼ぶ。
メールの問い合わせの返事に書いてあった通り、サークルのメンバーは後期高齢者で占められていた。

同じく初参加の見学者のキャプテンは身軽にテーブルやイスをセットしていて僕もここは今日が初めてなんですとおっしゃった。見学者はサークルの去年の課題の成果、絵入り暑中見舞いはがきを拝見した。なかなかよくできていた。

どんなソフトを使ったんでしょうね?筆まめかな?と独り言をつぶやくと、隣のキャプテンが筆まめではなく筆ナントカらしいですよ。僕はあまりフォントを持っていなくて、(作品の毛筆などを見ながら)こんなフォントはどこで手に入るんですかね?とおっしゃる。

筆まめやらこういうソフトはフォントがおまけでついてくるので楽ちんですよ、と答えるとほ~う、そうですか、僕はブログを書くのも明朝か教科書体くらい。
ブログはどこのサーバーで書いておられます?と聞くと、ずいぶん昔に借りた有料サーバーでとおっしゃりURLが載った名刺をいただいた。ドメインを自分で取られたようなので、長老さんはここのサークルのレベルよりはずっと上と判断。

サークルメンバーはざっと14・15人。
うち4人くらいが同じ白いラップトップを取り出し、おおっと、これはおばちゃんの出番ではないなと思った。サークル主催が電気屋さんなので生徒さんにラップトップをお世話したのだろう。横からおばちゃんが手出しをしたらサークルの主催者の邪魔になってしまう。

サークルメンバーもお互い古い知り合い同士のようにも見える。やっぱりおばちゃん、お邪魔虫かも。
キャプテンとは話があうかもしれない。買い物の途中でおじちゃんを隣の部屋で待たせてサークルを覗いてみたので、キャプテンのブログを拝見してメール差し上げることを約束してサークルからは失礼した。
忘れていたが、サークルに参加して勉強するのは有料なのであった。

帰宅してキャプテンのブログを拝見するとずいぶん昔から書いておられる。しっかりした文章だ。好感をもって、メールを差し上げると次の日から毎日お返事が入ってくる。

おいでおいでとおっしゃるのでお伺いした。
近くの別荘地であった。30年前に移住してきてヨットにのり、今は引退して100坪の畑を借りて野菜を作っていらっしゃる。
お子さんたちが独立する前は200坪の畑だったそうだ。ちっちゃなトラクターまである。

うちの庭には最近ニョロニョロが出没して対処法をお聞きしたら、ニコチンがよく効くという。タバコの吸い殻をいただく。最近は電子タバコが多くて、山の休憩所の前の灰皿にも吸い殻がないのでありがたい。

100坪の畑というと軽くテニスコートくらい。
それがキュウリ、インゲンの畝がいくつも、トマトが温室で作られている。最近奥様を亡くされて、トマトの苗が荒れているのは手を入れる暇がなかったのだろう。

また次の週お伺いするとこと約束して失礼した。ヨットも農業もコンピューターもたくさん引き出しがあるキャプテンであった。

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