素人経営者の告白 ビジネスシュミレーター

21世紀が始まってすぐおじちゃんの会社が日本に撤収すると決まった。
おばちゃんは独立のためにビジネス・モデルを設計し始めた。何せおばちゃんは1つの店舗を経営したことは一度もないので。

ビジネスはロケーションそれは事実だが、いいロケーションは店舗もレントも目玉が飛び出る価格。おばちゃんたちには到底手が届かない。では、うちの資金で可能な手ごろな物件は一体どのへんなんだ?

エクセルをひっぱたきGoods of Sale 物品コスト、原価率、月のレント、人件費を変数にし予想セールの金額を変えて入力していく。逆にセールの額を一定にして、原価率、人件費を変えていく。客単価を5ドル刻みで変えて入力し、予想される一日の売り上げをシュミレートする。
税引き前利益NetIncomeがどれだけ残るか、損益分岐点Break Even Pointはどこか?

具体的な数字としておじちゃんの会社が仕入れていた当時のインボイスやバイト先のインボイスも経費の参考にした。テナントの広さによって冷房費Utilityはどのくらい変わるんだ?

今日はこのショッピングモールと決めて、空きテナントがあれば、モールの管理会社かリアルターに電話をして、レントとNNN(管理費トリプルネット)の数字を聞く。魅力のあるテナントは内検をさせてもらう。

内見したテナントもシュミレートしてみる。1年の間、ビジネス・モデルのシュミレーションを繰り返しおばちゃんはある方程式を発見してしまった。おったまげた。おばちゃんは日本の経営の本は一度も読んだことがないし、英語ならあるけど)

ビジネスのオーナーが損益分岐点について誰かが何かを言っていることも1度も聞いたことがなかった。が、おばちゃんが発見したのは月のレントと損益分岐点には明確な方程式が成り立つのだった。レント/月 × 7.5=売上額=損益分岐点

レントが相場より法外に高い/低い でない限り7.5倍が分岐点だった。
レントの7倍の売り上げでは経営はまず赤字になるのだった。

おばちゃんのビジネスは物品の小売りだから、おばちゃんが設計したシュミレーターは人件費が高いサービス業や、原価が高い小売には違う変数が必要だが、設定次第で別のビジネスにも応用が利くビジネス・シュミレーターなのだった。

おばちゃんはこの定理の発見をおじちゃんに勇んで話したのだが、はかばかしい反応がない。リアルターのタカコもそれで?って反応。ビジネスを始める前に、儲かるか赤字かわかるんだよ?すごいと思わない?
お前ら知的興奮って味わったことがないのか?こういう時、おばちゃんは深~い孤独を味わってしまう。

まあいいや、。とにかく原価が30%を超えたり、人件費が30%を超えたりすると、おばちゃんのビジネスでは趣味になってしまう。

おばちゃんたちに払えるレントもこれで分かった。客単価も目安がついた。日本人客のトラフィックが見込めるロケーションに物件捜索範囲を狭めてGoだ。

1年後、実際営業を始めてみると方程式は正しかった。仮定の客単価も売り上げもシュミレートに近かった。あたしって天才! おじちゃんからも褒めてもらったことがないので、おばちゃんは自分で褒めるしかない。

さらに、1枚目のシートにビジネスモデル、2枚目にはキャッシュフローをリンクさせる。
手持ちの資金(銀行預金)の数字を入力しておけば、月末の売り上げを入力すると、キャッシュフォローが表示され資金がどれだけ増えたか?あるいは赤字なら何か月後に資金が枯渇するか一目瞭然、カリフォルニアの陽の下に明らかになってしまうのであった。

静かな客

おばちゃんは小売業で、働いたことがなかったから、売り上げで出てくる数字がわかんなかった。開業前シュミレートした数字とだいたい額が同じなのだが、「意味」が分かんなかった。

どういうお客さんからこの数字は上がってきたのだろう?うちのお客さんはどういう人なのだろう?おばちゃんは分析することにした。

単純だけど原始的な方法で。お客さんを見る。
伝票にチェック項目を書く。人種、白人、アジア系、日本人、日系人、国際結婚かどうか支払い方法、現金かクレジットか伝票の売り上げ額、客の単価、客の利用頻度特に重要だったのは最後の2つだ。

あたりまえだけどお客に使用頻度は聞けない。おばちゃんがお客の顔を記憶して頻度を分別するのだ。週に1,10日に1,2週に1、3週に1,1月に1などと。

一日の伝票にチェック項目を書き込みスプレッドシートで分類集計していく。これを2か月続けた。そしてまた結果におったまげた。なんじゃぁこりゃ!

2か月の集計があらわしていたのは、週に1回買うお客さんが総売り上げの3分の1を占めていたのだ。へぇ~~?1番静かで文句を言わず、客単価は高くないけど毎日の売り上げを上げてくれるお客さん。
なるほど!Silent Majority

この分析のおかげで、おばちゃんは自分がどういう客層にどんなビジネスを展開すべきなのか、どの層のお客さんを大事にしなければいけないのか経営の方針が明確になった。

巷の話で聞く:テレビで紹介されたショップが大人気になって有頂天になり2か月後には閑古鳥が鳴くというパターン。
テレビにつられてきた客のリターン率は?元の客層は?
おばちゃんは確実に言えるが、年に一回来る客は、週一回の客より声がでかい。ホントに物理的に声が大きいのだ。比喩ではない。Silent Majorityは静かに来て静かに帰る。

もう一つ大きな発見は、クレジットカードの売り上げだ。クレジット・カードの売り上げは現金売上より必ず5%多い。現金を握って買う人は予算以上の商品は買わない。ところがクレジットカードの客は5%だけ気と予算が大きくなる。
ただし、C国人は別。
そして、単価が80ドルを超えるとほとんどクレジットカードになる。
ただし、C国人は別。

観光地の熱海でも現金取引のみという店舗があって、キャッシュを持たないおばちゃんはほんとに困ってしまった。手数料を取られるからいやだ?
手数料は一番高いAmexで3.5%だが、それでもクレジットにすれば売り上げが5%増えるので、引き算しても1.5%売り上げが増える。Amexみたいな傲慢な会社と付き合わなければ、普通2%-2.5%前後で済む。

ベテランの経営者は知識と経験で知っているのだろうが、経営素人のおばちゃんは自分で分析してこれらがやっとわかった。

言語の混線

アメリカで仕事をするということは基本複数言語で生活するということになる。客には英語、従業員にはスペイン語と日本語と英語。仕事中の言語は聞く、話す、書くというFunctionで3言語が入り混じることになり、この最中に混線が起きる。

客の注文は英語で聞き英語で答えてメモが必要なら英語か日本語でとる。
この時、英語でメモを取った方が後の作業に楽なものと日本語でメモを取った方がいいものと異なる場合ががある。英語で聞いて英語でメモを取るのが一番楽で間違いが少ない。

英語で聞いて日本語でメモを取る時にバグが出やすい。頭ん中の言語線がなんだか英語をひょいと間違った日本語で「書く」。自分は間違った自覚がない。
もう一つは日本語でも英語でも聞いてそれを復唱する時に間違った単語を「しゃべる」手は別の単語を「書いている」

いつだか従業員のマー君が、「おばちゃん、おばちゃん、違いますって!」と私を制するので何かと思ったら、おばちゃんは英語単語をしゃべりながら全く別の日本語を「書いて」いたという。おばちゃんは全然自覚がなかった。

本人は釈然としないのよ。自分では正しい単語をしゃべっている/書いていると思っているので。

この言語の混線は従業員の誰でもたまにあるので、もし、本人が間違った自覚が無くても2人以上の証人がいる場合は「言語の混線間違い」と認定することにした。認定したところで混線が減るわけではないが、誰の混線が原因かを明らかにするだけで、職場全体のストレスが多少減る。

もう一つは、ちょっと違う種類の混線だが、おばちゃんが英語の「Government」 を日本語に翻訳しようとするとGoverment=幕府で変換してしまうのでおばちゃんはいつもバ・バ・幕府でどもってしまうのだった。
何故Government=幕府なのか理由は分からない。海外生活で「政府」という日本語は一番不要な単語だったからかもしれない。

追記:どういうことか考えてみたのだけど、
30年近くアメリカに住んでいると、日本政府の政策やニュースや政府自体がどう成り代わっても、海外生活者にはほとんど何の影響も与えない。日本語で「政府」と発音する必要さえないので、不要になってしまったと思われる。

おばちゃん役所で暴れる

売買エスクローがオープンしてから、おばちゃんは会社の登録に忙しかったエスクローの必須事項をクリアしていくためにスケジュールをたて必要なライセンスの取得、物品の購入、テナント内の改装、業者の選定と契約などすべてをビジネスがオープンする日に向けて収斂させていかねばならない。

一番面倒くさいのは、ビジネスに必要なXYライセンスだったがこのXYだけは申請・登記して済むものではなく2~4か月かかるややこしい手続きがあった。

アメリカ人は大概フレンドリーで嫌な奴もたまにはいたが、役所の奴は違う。一番不快で下劣な奴がそろっているのが移民局で次が税務署。

市役所はややましだったライセンスの役所は電話をかけても待ち時間が長く、今どんな課程にあるの質問してももうちょっととか、いつ頃かと聞く前に電話が切れてしまうのだった。

ビジネスをオープンさせる日を決めるにはエスクローがクローズするのか知らねばならない。エスクローがいつクローズするかは、ライセンスがいつ登録完了するのかにかかっている。

そのライセンスがどうなっているのか、エージェントのタカコに聞いても”え~と?”と頼りない。
エスクロー会社に役所から何か通知があるか聞いても分からない、と。
おばちゃんは胃がキリキリとして役所に申請課程を確かめに行くしかないのであった。

お役所は古いガバメントのビルの5階にあり窓口にはすでに長い行列ができていた。窓口は4つあるのに、稼働しているのは2つだけで窓口から見える中のオフィスでは、職員のおばさんが何かぐだぐだとしゃべって笑っているのだった。

おばちゃんが申請書の受付ナンバーを言ってライセンスのステータスを聞くのだが、黒人のおばちゃん職員は早口で、今プロセスが何たらでこうたらするとどうなる、ネ~クスト、とおばちゃんの次を呼んだ。

おばちゃんはかッとして、そんなに早口で言われても分からない。
もう一度言って!と頼んだ。
黒人のおばちゃんは、明らかに揶揄する感じで何たらがどうなのよ、は~ん。早口で繰り返した。

おばちゃんこれが勘所のライセンスなのも、ここが役所なのも忘れた。
「あなたは毎日同じ仕事をしてて、自明のことだろうけど
 私はこれが初めてだから。わかりやすいように説明してよ」

窓口のおばちゃんも唇を突き出して、
ふん、だからさっきから言ってるじゃない。おばちゃんは窓口のカウンターを両手でバンバンたたき叫んだ。あんたの言うことは分かんないわよ。
黒人のおばちゃんも引けなくなって、
窓口で2人の女が怒鳴りあう事態になった。

おばちゃんは気が付かなかったが、いつの間にか管理職らしい上役が後ろにおり、ちょっとこっちへと白人おばさんのオフィスに導かれた。

窓口の黒人職員も同罪とみなされ一緒に連れてこられたもし、おばちゃん一人だけ連行されたのだったら、おばちゃんはもっとぐれて、ライセンスは取れずにビジネスはぱ~だったかもしれない。

この時の管理職の白人おばちゃんはわりと公平で冷静に何があったのか二人に尋ね、お互いの謝罪を促した。おばちゃんはライセンスが取れなかったらどうしようと氷点下まで冷えていたので、職員に謝罪した。こういう時、外国語は便利である。決まり言葉をつるつる言えばいいし。

その後もお役所仕事はのたくらと進んでいくのであった。

アメックスがアメリカを所有している

おばちゃんはマーチャントサービスのアメックスとは3か月でケンカして切った。

銀行経由でビザ、マスター、アメックスと契約していたけれどアメックスの売り上げはいつ入金されるのかさっぱり分からない。

同じグリーンのアメックスでもポイントが付くのか、タイプが違うのか、3日目か6日目か1週間後か、売上伝票をそろえていてもどれが入金されたか分からない。おまけに手数料が3.5%だった。

ビザ・マスターは高いものでも2.5%くらいで収まり次の日に銀行に入金があるのである。同じマーチャントサービスで同じ仕事もできないくせに手数料だけは高く取る。

それが3か月目におばちゃんに電話をしてきたのである。アメックスだがビジネス・オーナーはいるか?私だというと、おう、ちゃんとビジネスやってっか?天下のアメックスがお前のビジネスのサポートをしてやってるんだせいぜいがんばれよ。
えらそうなしゃべり方をする奴だった。さらに驚いたことにはなぁ、あんたは外国人だから知らないようだが、アメックスが世界のビジネスを支えてるんだ。それからな、大事なことを教えてやろう。アメックスはクレジットカードじゃない。

おば:えっ?カードじゃなかったら何なんだよ。

アメ:アメックスはな信用を売っているんだ。 American Express owns America.と言いやがったんである。
Don’t be so cookie.おばちゃんはむかむかして電話を切った。

アメックスと契約していて何かメリットはあるか?何もない。デメリットだけ。入金は遅い、手数料は高い、セールスは傲慢。クレジットカード決済の銀行に電話してアメックスの契約を切った。

アメックスの引き受け店はどんどん減っているのである。
Costcoがグリーンの年間タダ・アメックスと提携していたせいでアメリカ人のほとんどがアメックスをもっていたかもしれないが、引き受ける中小ビジネスのマーチャントはどんどん減っていたから、もし、アメックスカードだけを持って生活しようとしたら困ること間違いないのだ。

アメックスを持ってる客はビザとマスターも確実に持っているんである。アメックスが使えないと分かったら、ビザかマスターが出てくるだけで、おばちゃんは全く困らない。カードメンバーから年会費をとり、マーチャントから手数料を取りCostcoからは近年ついに提携を解消された。傲慢な商売の結果だと思う。

アメックスカードがステータスだと思っているあなた、マーチャントから見たら売り上げから3.5%持ってかれる客が嬉しい訳がない。
プライベート・ジェットか自分のヨットかロールスロイスを買うときにプラチナでもブラックでも出したらよろしい。
それ以外では喜ばれていない。

ポンコツ従業員

Don’t scream at me!
とマネージャーは言ったけど、これが叫ばずにいられるかって。客のオーダー表を無くしたのは一体誰なんじゃい。日本では考えられないことが起こるんである。

おばちゃんはビジネスのオープンに向けて発注した機器の納期を何か所かに順番コンファームしていたのである。
ベトナム系や中国系の場合、返事は軽いが仕事はいい加減なので直前でまた確認を取らないと納期に配達されるか確証がない。

アメリカ系の大手チェーン店はまだ仕事がしっかりしていたが、命令系統の中に仕事ができない奴が入っているとどうなるかわからない。カタログを見て機械を決め店舗に現在在庫はないけれどオーダー表にモデルナンバーと連絡先を書けば取り寄せると店員は言ったのである。

おばちゃんはバインダーに挟まれたスペシャル・オーダー表に記入した。ぺら一枚の紙だったがそれまでに20以上のオーダーがすでに書き込まれていたそれがひと月前。

なのに店舗に確認の電話をしたら、スペシャルオーダー?それなんのこと?知らない。聞いてない。分からない。だったので、おばちゃんは激怒して
”マネージャーを出せ”と叫んだのであった。マネージャーが出ると、オーダー表を誰が管理してたのさ。私のオーダーは1週間後に必要なんだから。

そしたらマネージャーが
”私が無くしたんじゃないのよ。怒鳴らないでよ。”
あなたがマネージャーなんだから責任を取ってよ!
分かったわよ、マネージャーの声が裏返っていた。

おばちゃんだって怒鳴りたくは無い。店員を問い詰めても金輪際解決しないし、マネージャーに変わった時点で不満(怒鳴る)を表明しておかないと、後回しにされる。
なんたって私の他に同じ事情の客が20人はいるのだから。修羅場の時には静かな客ほど対応は後回しだ時と場合によって怒鳴るというのは解決の一番の早道だったりして。

アメリカの会社と言うのは問題の塊だったりする。従業員の能力に差がありすぎるのである。一握りの有能な人材が、無能と普通を引っ張って会社が成り立ってる。信じられないかもしれないが郵便局で簡単な掛け算・暗算ができないのが窓口にいるから。
数学のテストでは電卓持ち込みOKで九九を覚えていないアメリカ人はごろごろいるから。

人材会社?のスキル判定のためにいろいろなテストがあるがこんなテストもある。
・アルファベット順にファイリングをします。
・次の5つの名前のファイルをABC順に並べてください。
な~んてね。アルファベットの順番が分からないという人がいるわけ信じられないかもしれないが。

アメリカ人の自己評価だけはすごく高い。スペイン語とフランス語の挨拶くらいしか知らないのに語学できますと平気で言っちゃう。仕事ができるだろうと思っていると、とんでもないポンコツが混じっているの。

で、マネージャーは次の日に電話をかけてきて機械は探したのでXXの店舗あったから。行ってピックアップして。どうやら彼女は有能の方だったようだ。当たり前だけど、ごめんなさいとか申し訳ないとか謝罪は一切ない。
やればできるじゃん。

おばちゃん危機一髪!

もし、ウエスト・コート・シリーズが映画化されるとしたら、おばちゃんは吉田羊でおじちゃんは伊原剛志がいいかな。NHKの「ふたりっ子」はKTVで放送されたので、芸能音痴のおばちゃんも見ていた。伊原剛志のファンよ。ウフフ、還暦過ぎおばちゃんの妄想。

さて、店舗を経営しているあいだ、修羅場というのはいくつもあった。その中でも最大級がガス事件

ビルが倒壊する!?

土曜日の午後、仕入れが終わってフリーウエイを下っているとおばちゃんの携帯が鳴った。管理会社のフレッドだった運転中だし10分ほどでモールに着くからおばちゃんは電話を取らなかった。ウエスト・コートに着くとまず隣のパン屋にコーヒーを買いに行った。

ジャネットはいなくて、クリスが神妙な顔をしておう、来たか。フレッドからもう話は聞いた?と言うので何が?というと大変だよ。ガス漏れ!お宅からガス漏れだって。

おばちゃんはぽか~んとしてガス漏れ?!実は、その朝の7時クリスがパン屋をオープンした時にはクリスには分からなかったけど、ペストリーを買いに来る客が、店に入るとガスくさいガスくさいと言うんだって。それでクリスがガス会社に電話をして、エマージェンシー班が派遣された。

クリスのユニットからももちろん臭ったが、検知器で調べると漏れ箇所はどうもパン屋ではないらしい。ウチのユニットから漏れているらしい、と。ガス会社はとりあえずウチのガスの元栓を閉めて、クリスは管理会社のフレッドに電話をしたというわけだった。

はぁ、事件はだいたい金曜か土曜に起こるのだ。ガス漏れなら今夜の営業は無理でたぶん日曜日も修理が来ないから週末はこれで終わった!と絶望した。

ウチのユニットに戻ってガス会社に電話をし緊急班はやってきた。ウチのガス管はユニットの裏から建物に引き込まれ天井裏を通って玄関先まで施設されている。ガス会社のおっさんは元栓を開けて、ピカピカする検知器を手に裏口から入ってきた。

そして天井を向いてこの辺が怪しいとスト―レージで言った。この辺?
そうだ、この検知器の数値だとかなりの量が漏れてる。
ガスの元栓はもう一度締めるのでプラマーを呼んで修理してね。

ちょっと待って!ガス管の修理もしてくれるんじゃないの?ガス管なのになんでプラマー(水道屋)なのよ!!!えぇ?
アメリカでは水道屋がガス管の修理をするんだよ。

Shit!こんな土曜日の午後にどこの水道屋が働くかよ。マークだって来ないかもしれない。

マークは管理会社のフレッドがウエスト・コートのテナント御用達しとして新しく選んだプラマーだった。珍しく誠実で料金もぼったくりではなかった。ただ、土曜日の2時に来てくれるかどうか。ところが奇跡のようにマークは捕まったしすぐ来てくれた。

ガス屋はこの辺だって言うの。おばちゃんはスト―レージの天井を指さして、マークは見てみよう。脚立に上って天井のパネルをずらした。フラッシュライトを取り出して、くらい天井裏を照らした。

マークがうわぁ~と叫んで脚立ががたついた。どうしたの?
俺は嫌だ、こんな怖ろしいこと。脚立を転げるように降りると、
俺は帰る!いつクラッシュするか、怖ろしい。こんなことできるか、、、。
と逃げかかるマークをおばちゃんは必死両手で押しとどめて。
まって、待ってどうしたの?落ち着いて!なんなの一体?

するとマークは、ガス管は切断されてるんだ。それも建物の「梁」が落ちてきて切断した。建物の横の一番長い梁が落ちて、建物の壁と縦の柱の間は繋がってなくて、すき間から外が見えると!

クラッシュする!となおも逃げようとするマークを押しとどめて、待って、マークそんな大変な事は報告しなきゃいけない。私がフレッドに説明するよりもあなたが説明して!私じゃムリ。ね、あなたが電話したほうがいいのよ。

マークは少し落ち着いて、分かった。俺が電話を掛ける。おばちゃんは店舗の電話を持ってきてマークに差しだした。マークは管理会社のフレッドに自分が見たものを説明した。電話の向こう側のフレッドも報告に凍ったよううだった。フレッドはすぐ来るって。サンディエゴからなら最短でも50分はかかる。2時半過ぎだった。

マークはフレッドが到着するまでどこかに避難し(当たり前だ)フレッドは4時に到着した。マークから報告を受けると自分でも脚立に上り、懐中電灯で落ちた梁と歪んで外が見える壁と構造を見て、よく日に焼けた白人が白っぽくなって裏路地に出た。アーキテクトを呼ばないと。


建築家は6時に来た。

おばちゃんたちとマークは、フレッドが建築家に避難命令を出さなくてもいいのか?と聞くのを息をひそめて聞いていた。

それはそうだ。土曜日の夕方で本屋も美容院もエクササイズも客がいて営業しているのだ。建物がクラッシュして死人怪我人がでたら、間違いなくモールのオーナーと管理会社は告訴される。何十となく。

地獄の窯のふたが開いてごうごう燃える火が見える。建築家は顔をこわばらせて大丈夫だと言った。本当か?本当に避難(Evacuate)させなくていいんだな? 建築家は、ただ、緊急に応急処置が必要だと言った。
大工がいる、それもすぐに。

建築家とフレッドがまた電話をかけ始め土曜日の夕方だというのに、大工のクルーが一そろい集まった。7時だった。

緊急招集

アメリカ人がたった4時間で緊急事態に集合するなんて想像もつかなかった。それも土曜日の夜7時に。

フレッドと建築家と同じく大工の監督?が梁が落ちてしまった築40年の木造2階建て商業ビルをどのように応急処置を施すのか、おばちゃんとおじちゃんは目立たないように隅で息をひそめていた。

だって、ウチの運命はどうなるのよ!ウチが突っ込んだ開業資金は潰れっちゃったら回収できないじゃない。

建築家はジャッキ・アップだとフレッドに言っていた。ジャッキ・アップ?!
この一階に12もテナントが入ったビルの柱をジャッキアップ?
男たちの集団は薄あかるい裏路地で動き始めた。おばちゃんもおじちゃんも昼過ぎに到着してから何もたべていない。でも空腹も喉の渇きも何も感じなかった。

一時間後に資材が集められ緊張した男たちは口を利かずに動いていた。8時過ぎにはフレッドは帰ったようだった。

おばちゃんたちは帰る決心も付かず、裏口を開けっ放しで作業しているのだから、ほっといて帰ることもできないし。崩壊しそうだったビルの戸締りをして意味があるのか考えると頭がおかしくなりそうだった。

11時にも12時にも作業は終わらなかった。1時過ぎにもう今夜出来ることは全部終わらせたと建築家が言って、疲れ切った男たちは口を利かずに引き上げた。緊張と疲れで無感覚になっておばちゃんたちもウチに帰った。

現場にいたというのに何をどのように処置したのか全く分からなかった。避難命令を出さず、建築家も大工も応急修理が終わったというなら、ウチの営業はできるのだろうか?

いま天井裏に起こっているDisasterは、天井板を閉めて目をつぶれば、一部の人間しか知らず天井板から下は日常が広がっているのだ。おばちゃんは日常の端に立っていいるのか、地獄の窯のフタの上にいるのか見当がつかなかった。

営業再開

怖いのでおばちゃんは日常の端に戻ることにした。マークは切断されたガス管の修理をしていない。明日は日曜日で誰も仕事をするはずがない。と言うことは明日は営業中止。火曜日にマークを呼んでガス管を直して、ガス会社に元栓を開けてもらって、フレッドと協議して果たしてビジネスを再開できるか?

月曜日に顔を出して隣のクリスに大雑把に事情を説明した。クリスはいつも夕方4時過ぎには自宅に帰り、夜は何回もパンだねのガス抜きと仕込みをするのに戻って来るから土曜日の夜の作業は知っていたと思う。

うちとパン屋は壁をシェアしているので、本格修理となればクリスにも当然管理会社から連絡があるはずだ。


フレッドは必要な情報も出し惜しみするタイプだ。おばちゃんなどの言葉に訛りがあるような移民を内心ではバカにしているので、まかり間違っても自分からテナントの心配を解消してやろうなんて親ごころは無かった。いつも命令を上から下すだけだった。

火曜日の午後にマークに来てもらって、折れたガス管をつないでもらった。マークが言うにはガス管の切断原因は建物の梁なので、大家の所有物だから、マークの修理代は大家から出るとフレッドから言われたという。

ふん、当然よね。フレッドは本格修理はプラニング中なのでまだ発表できないという。どのくらい待つのか聞いたら、2週間待てと。

傾いて崩壊するかもしれなかったビルの一階で、応急修理のジャッキアップをして本当に安全なのだろうか?人を入れて営業してよいのだろうか?
考えると危機感でしびれたようになり、思考が停止してしまうのだ。恐怖心を押さえつけて日常の端にしがみついていることにした。

水曜日に出勤してガス屋を呼んでガスの元栓を開けてもらった。午後からやっと営業が再開できた。土曜・日曜と火曜に水曜の午前中。この間が営業不能だった。事業保険を使って休業補償を申請するのだ。

保険屋と戦う

原因は明らかだからおばちゃんは強気だった。保険の査定人はいつも人を詐欺師のように扱う。何にも仕事をしない代理店のジェフを切って、日系の保険屋に変えたにも関わらず、保険屋は保険屋だった。

申請フォームを送るからそれに記入して返送しろと。返送すると、休業補償の算定をするために過去3か月の売り上げとタックスリターンのコピーを送れと言ってきた。おばちゃんはメールに添付してすぐ送った。

補償額が決定したので知らせると査定人エミリーから返事が来た。
少ない!土曜日・日曜日が入っているのに少ない。計算してみると週末も平日も平均して査定しているのが分かった。なめられているね。

すぐエミリーにメールを書いた。アンタの査定に納得できない。ウチのビジネスはエンターテインメントである。週末の売り上げは平日の倍か3倍だ。土・日は土・日の平均で平日は平日の平均で支払うべき。例えば、あなたがテロリストの爆弾で吹っ飛ばされたとして、指を失ったら、親指と小指を同じ金額で査定するのか?

エミリーは不承不承あんたの主張を認める。査定はやり直して金額はまた通知する。ただ、二度と下品が例えはしないように。一体どこが下品かしら、ねぇ。


また工事現場だよ。
大規模修復でモール全体が工事が終わったと思ったら今度はおばちゃんのユニットと隣のパン屋が工事現場になる。二つのユニット共有の壁を裏口に近いところで3メーターほどぶっ壊し、本格工事の作業用のワークスペースとなる。邪魔になる器具はすべて撤去せよと命令が来た。

撤去する器具がおばちゃんのビジネスに必要なのかそんなことはフレッドと管理会社にはどうでもいいのであった。営業ができないのであれば、それはそのビジネスの都合であって、事業保険などに請求すれば?管理会社としては大家の財産であるビルを守るために必要な処置を取るだけ。

疑惑の保険エージェント

朝出勤すると、ジャケットをスト―レージに仕舞い、ちょっと身を乗り出すとぶち抜いて丸見えになったパン屋の奥スペースが見える。パティシエのベルギー人がいるのでハイとあいさつをして、クロワッサンはまだある?一日中ベーカリーの甘い匂いがウチのユニットにも漂うのだった。

不自由で腹立たしい4週間が終わって修復が済んだ。どうやら地獄のフタは開くことがなく日常が続くようだ。フレッドではなく管理会社の社長のローランドが一人の男を連れてやってきた。

おう、元気か!これは俺の兄弟で保険屋だ。修理が終わったビルの査定に来た。なに、写真を何枚か撮るだけだから。

ふう~ん。
自分の兄弟が火災保険の引き受けをし、損害の査定もできれば、さぞかし便利だろうね。

おばちゃんはスタートアップの時、ユニットの営業許可を取るためシティの建築部に行って、構造のリモデルはしないことでユニットの使用許可を申請した。

ペイントくらい塗り替えるかもと口を滑らせたら窓口のお兄ちゃんが「壁のペイントの厚さはXXミリまでだったっけ?」と、なん十冊もある規格ブックの一つを開こうとしたので、慌てて止めた。

いや、ペイントは塗り替えないし。全然変えずにやります、と。隣にはブループリントを持って並んでいる申請者の列があった。建築物の構造を1ミリでも変更する場合は、窓口に申請書を出して規格に合った変更かどうかしらみつぶしに調べられ、ダメ出しをされればブループリントを書き直し。

大規模工事なら、中途でシティのインスペクションが入り、パスした場合に次の工事過程に進める。梁の修復工事が始まってからシティのインスペクターは一度でも来ただろうか?

おばちゃんたちは9時半に出勤するので、もしインスペクターが朝に来た場合は分からない。隣のクリスなら5時からパンを焼き始めるから絶対見逃すはずがない。

ローランド達が帰ってから、隣のクリスに声をかけてねぇ、この修理ってシティに申請しなくてもいいのかしら?シティのインスペクターって来た?

インスペクター?一度も見てないよ。ふぅ~ん。おかしい。
おばちゃんたちは情報から遮断されていたから何をどうするということもできず日常が戻ってきて忙殺された。

しばらくたったある夜、自宅に帰った時にドアに名刺が挟まっていた。California Insurance Fraud Investigator裏を返すと手書きで”JohnSmmith帰ったら電話をくれ。

”そそっかしいガバメントのエージェントが番地も確認せずドアに挟んでいったものだろう。ウチはJohnSmmithじゃないし。おばちゃんは貴重な名刺の端を爪で挟んで大事に仕舞った。to be continued

トリスタンとミコ

うちのビジネスにはトリスタンというメキシカンがいて、物静かでよく働いてくれた。

ビジネスを始めたあと、思ったより忙しく手が足りなくなったのでスペイン語と英語で求人広告を書いて、メキシカンが多く住むアパートの近くに張ったりした。問い合わせがあるのだが、どうも採用までたどり着かない。
おじちゃんもおばちゃんも休みが取れず疲れ切ってしまって、
どうしてもフルタイムがもう一人必要だった。

するとトリスタンのほうから飛び込んできた。いきなりドアを開けて「仕事無いけぇ~?」おばちゃんは、これは神のお導き!と気づき
「ようおこし。まぁ、こっちゃへどうぞ」とトリスタンを導き入れ捕まえた。
「いつから働ける?」
「週末だけなら」
「さよか、ほな来週待ってるでぇ!」

平日は他のビジネスで働いているので、週末だけ働くという。しばらく働きを観察していて、おじちゃんに使えるかどうか聞くと、何とかなるだろうとの返事。頃をみて、
「なぁ、トリスタン。あんた別のところでいくらもらってるねん?」
「2000/月で毎年$50ドルずつ昇給する約束アルヨ」
「ほう、さよか。ほなうちもおんなじだけ給料をあげるし、+αでフルタイムで週末まで、どや?」
「シ、セニーョラ、ムチャスグラシアス Si señora. Muchísimas gracias!」契約成立である。

トリスタンは無口なメキシカンだった。どういうことかというと泣かない赤んぼくらい珍しい存在なのだ。メキシカンといえばヒバリかスズメかというくらいにぎやかで囀りまくりあっという間に中国語も韓国語も覚えてしまい、謝謝とかXXハセヨとか黙れと言っても喋りまくる語学の達人か!くらいな人たちだったのに、ウチのトリスタンは静かだった。

「あー、マーム俺、シンコデマヨは来れないである。LAでデモあるヨ」
当時の大統領スモール・ブッシュが移民政策を強化して、怒ったメキシカンがLAでデモを計画していたから。
「さよか。シ、Ok」てな感じで日本語は無理でも英語は覚えるだろうと思っていたら、無口なぶん語学は苦手なのか5センテンス以上の英語は何年たってもなかなかしゃべれないのだった。

トリスタンも自分の語学下手を知っているのか、仕事場にスペイン語/英語辞書を持ち込んでいて暇なときに勉強をしていた。ある時、昼休みに休憩に行っていいよとというとトリスタンは辞書を忘れていった。

おばちゃんは何気なく辞書を見てみると、ペンが挟んであった。
何を勉強していたのかしらん?とペンのあるページをパタリと開くと下線を引いた単語が目に入った。
[rise]
おばちゃん、おう!思いましたね。
給料を上げてほしいんかい?
おばちゃんは、辞書をそっと閉じた。

ミコちゃん

ウチにはミコちゃんという子もいてこのミコちゃんもまた逸話の持ち主だった。面接のときにハキハキと返事をするので採用した。最初のシフトで自らメモ用紙を取り出し、おばちゃんのいうことをせっせとメモを取るので、これは仕事が期待できるな、と勘違いしたのだった。

ミコちゃんは生れた時から2本ぐらいネジがついてなくて、母親からはうるさいほど「お前は不注意」だからといわれて育ったという。新しいことを3つ聞くと最初の1つを忘れるので、メモ用紙は彼女の人生に必須なのだった。

くるくる動くのだが何故か空回りしていることが多い。黙って立ってろというと、頭の中の音楽を聴いているように膝や足が何かのリズムをとっていて、突然雀が飛び立つように動く。

メモ用紙や電卓やペンも頻繁に落とす。客からの預かり物を落として割る。掃除機を引っ張りすぎて壊す。製品を間違える。キャッシャーを打ち間違える。金額も間違える。釣銭も間違える。ありとあらゆる間違いをして、おばちゃんはこんな間違い方もあったのか?という目も覚める奇想天外な間違いを起こしてくれるので、そのしりぬぐいをする。

再び失敗をすることがないように操作マニュアルと業務システムを修正(ミコちゃん仕様)する。とにかくミコちゃんが直感的にすんなり業務ができたら、それは誰でも使える優秀なシステムで普通の新人なら楽勝だった。

ミコちゃんが意図してやっているのではないということはわかっているし、人手が少なかったからすぐ首にはできなかった。ガチャンと音がするとスイマセン!という謝罪が聞こえてミコちゃんなのだった。

ある日、ミコちゃんがシフトでないのに通りすがりで子供を連れて寄ってくれた。子供は5歳でミコちゃんよりしっかりしているように見えた。
ミコちゃんは横浜で高校を卒業して日本人の男性と結婚・離婚して、同じく離婚したお母さんと一緒にアメリカに来た。どういうことかというと、アメリカ人と結婚した知り合いの中国人が、日本にいたお母さんの写真を見せたらアメリカ男が乗り気になって呼び寄せ結婚したという。

中国人のお母さんはと結婚相手とは結婚するまであったことがなく(戦前ではないです21世紀の話)写真結婚みたいなの。そこにミコちゃんと娘がオマケでくっついてきた。

ミコちゃんの色彩センス/美的センスは割とよくて、キレイ目の色の服をスリムな体に合わせて着ていた。ある時は、レギンズとヘソ見せのホルターだけだったので、ミコちゃんこれからジムでも行くの?と聞いたら
いいえ、これは私の普段着です。

中国人の母の血のせいか、ミコちゃんの足はすんなりと伸びてまっすぐだ。
脂肪も全くついていないので、シャムネコのようにしなやかでエキゾチックである。この姿であちこち歩いたら男がよく釣れるだろう。中国人の母はそれを期待しててそのままにしているのかな?

ネイルなどの綺麗な作業は好き!といっていたから、美容系の仕事についたら才能が発揮できたかもしれない。本人はハーバードに入学してジャーナリストになりたいとか、保母さんになりたいとか言っていたが、、、。
ハーバードがどんな大学か知っているとは思えないので論外として、
娘が5歳まで生き延びられたのは、
①娘が丈夫、で
②ミコちゃんの娘で耐性があった、からだと思えるので、
生き物を預かる系とか病院系はやめてほしい。

そんなミコちゃんはトリスタンとシフトが被ることが多かった。

トリスタンを雇ってすぐにトリスタンの最初の子供が生まれて、洗礼とお祝いで一日休みが欲しいというので、おばちゃんは隣のパン屋にケーキをオーダーしてトリスタンに贈った。
その時はたしか25・6歳だと思ったが、その後カトリックのトリスタンは順調に子供を増やし、3人くらいになっていたかもしれない。

トリスタンは文句も言わず、相変わらず真面目に働いていたが、おばちゃんとおじちゃんの目の届かないところでは、他の従業員に割と偉そうな口をきいていたかもしれない。自分がナンバー3だと思っていた節がある。


おばちゃんとしては、よく働いてくれるし感謝していたのだが、ある日ミコちゃんから話があるといわれた。
ミコちゃんは、何度も何度も同じ仕事を繰り返すと、やっと仕事のパターンが体にしみこむようで、一旦そうなると決められたことはこなせるようになっていた。せっかく使えるようになったというのに、
ああ、嫌よこのパターン。辞めるの?

ミコちゃんから聞かされたのは思いもかけない話だった。私、トリスタンからストーカーされているんです。
はぁ!?
トリスタンが好きだって言ってきてスト―レージで抱きしめられてキスされそうになったんです?はぁ!? ウチのスト―レージでか?

それにうちの母と義理のお父さんと一緒に日曜の朝に教会に行くと、出てきたところでトリスタンが待ってるんです。おばちゃん、いったいどうしたらいいですか?

う~んう~ん。
色恋の話はおばちゃんに一番縁遠い話だ。正直、知らんがな。と言いたいが何か事故が起こっても困る。

ミコちゃんは独身だけど、トリスタンはカミさんがいて子供も3人いるし、オペラのような悲劇は起こりそうでもないが。とりあえず、ミコちゃん来週のシフトはお休みして。その間に考える。

考えたところで、
トリスタンの色恋を覚ます方法はおばちゃん知らんし、シャムネコみたいなミコちゃんに風呂敷をかぶしておくわけにいかんし。知り合いのビジネスオーナーに話して、そっちでミコちゃんのシフトを増やしてもらい、
うちはエマージェンシー以外入れないことにした。

ず~っと後になってそのオーナーから聞けば、ミコちゃんはそっちでもなんかやったらしい。何も着ていないようなしなやかな肢体を見せびらかして、誰かがへっついてきたみたい。
どうやらミコちゃんは、メキシカン・ホイホイだったようだ

ブスのターニャ

ターニャはすっごいブスだった。
前の女の子が別の業種に移るので、代わりに仕事ができる子だと紹介してくれたのだった。

紹介者からブスだと聞いていて、ホントにブスだったので笑ってしまった。鼻が思いっきり平たく胡坐をかき鼻の穴も大きかった。一重の目は腫れぼったく細く口も大きくて、ただ色は白かった。

中国系のタイ人なのだという。大柄なのに動きはしなやかで、今まで一番仕事が早かった。素早く動いているように見えないのに、気が付くと仕事が終わっているのだった。

このターニャは妙に客受けが良かった。ブスなんだが愛嬌があって、客から好かれた。接客を見ていると、いかにも客が好きそうなことをいう。適当な調子がいいことを言う。

しばらくいると、化けの皮がすこ~しはがれ始めた。出勤時間が守れない。雨が降ると来るかどうかわからない。これは頭を抱えた。水曜日9時45分に(私がすでに出勤している時間だと知っているので)電話をしてきて、遅れる/風邪を引いた/だの

風邪なら這ってでも来い!と言ったら、前の晩からサンタモニカの家だから、そっち出勤するには、2時間かかると言われれば諦めるしかない。来れば仕事はできるから、首にする決心はつかなかった。

タイ人はもう一人いて、ターニャとも知り合いだったから、ピンに、そもそもなんであいつの家がそんなに遠いサンタ・モニカなんだと聞いた。結婚したアメリカ人のダンナが住んでいる家で、ターニャはシフトがない月曜から火曜にサンタ・モニカに帰るのだという。

OCの他の店でもシフトが入っているのに、なんだか変だ。もうすぐサンクスギビングだけどターニャはどうすんだ、とピンに聞いたら、OCの友達と遊ぶんだと言っていたよ。

私がサンクスギビングにサンタモニカにも帰らないんだって?そうしたら、ピンがやけに慌てて、早口で、夫婦だけど友達とも仲がいいから。
「へ~ぇ、サンクスギビングに夫婦一緒に過ごさず、別行動ね?」

次にターニャが働いているときにサンクスギビングはダンナと一緒じゃないんだって?ダンナとはどこで知り合ったの? どういう人?ターニャは落ち着いて、
「アメリカに来てからの長い友達。ネイティブアメリカンなの。」
”長~い、知り合い”で 結婚したと?!ダンナはもともとサンタモニカに家があったと、、、!ふ~ん。
それでグリーンカードは取れたのか?
「もうすぐ取れる」いくら払ったんだろ?

聞き間違い

世の中には聞き間違いで堂々巡りをしたりすることがある。ブスのターニャは雨が降ると出勤して来るか分からなくて非常に困った。

朝9時半にその日のシフトをキャンセルされてもおばちゃんが代りを探すのは非常に難しい。(それはブスのターニャも分かっていた)なのでウエブを見れば同僚のアクセスも分かるようにしておき、おばちゃんに電話を掛けるより、先に同僚にシフトの代わりを頼めと徹底させた。

ターニャはタイ系中国人だ。中国人はGの発音が弱くてGoが濁音無しの「コ」に聞こえることがある。それで9時45分に電話をかけてきて、今日は具合が悪い。仕事に行けない
ー:I’m not comming today.
  Are you going? Are you comming?と言うので
おば:Yeah I’m here already. もう仕事に来てっから。
ー:No, Are you going?
おば:I’m here. だから、来てっから。この堂々巡りを3分ぐらい続けて、

このバカ・ターニャ何を言っとるのか?とおばちゃんがキレかかった時ふいに分かった。ウチにはアユ子ちゃん(Ayuko)という子がいて、ターニャは
Ayuko is going.
と言っていたのだ。あゆ子ちゃんはターニャから電話を受けいて代りにシフトに入った。

これは聞き間違いと言うより、2世代にまたがっ伝え間違いの話。日本食レストランで昼ご飯をいただいていた時、斜め向かいに2世らしきおばさんが2人で席に着いた。おばさんは英語でチキンの照り焼きとサーモンのおにぎりを頼んだ。

おにぎりに関しては日本語だった。オニ・ギ~リって感じ。サーバーがオーダーの品をテーブルに置くと、おばさんはちょっと切れた。何よこれ、私はサーモンのオニ・ギーリを頼んだのよ。これはオム・スービじゃない。

サーバーの女の子は日本人で困惑して目を白黒させていた。おばちゃんと友達はブフォっと吹き出してしまい他人にたしなめることもできず笑いをこらえた。多分1世のお母さんから、丁寧に言う時は「お」を付けるのよと教わったに違いない。だから「にぎり」には「お」をつけたのだ。

1世のお母さんは「おにぎり」は「おむすび」と言う家庭だったのだね

プラマーの子

アメリカの水回りは要注意だった。
新築だって油断はできない。ウチの風呂の蛇口は赤いラベルが水で青から熱湯がでた。代々の持ち主は気にしていなかったが。

友達の家はコンドで隣の住人の部屋から水がしみ出てきた。さあ大変である。どこの水道菅が悪いのか。コンドの共有スペースの菅か、個人の所有権のある部分の水道菅か?
壁の中なので壁を壊すしかないのだが、水道や(プラマー)を呼ぶ費用、壊す費用をだれが持つか?誰も払いたくないので、誰もプラマーに電話してないのである。
結局、全員でミーティングしてプラマーを呼ぶ費用は壁を接するオーナーで負担して、修理箇所のオーナーが修理費を持つと決まった。

電話帳にはプラマーのナンバーがずらずらある。
おばちゃんもいろんなプラマーに来てもらった。おっさんが一人で人の家を訪れるとしたら、それはプラマーである。

「お前はプラマーの子」というアメリカのジョークがあったりする。アメリカの家は新築は少なくて、代々家に手を入れて売買するのが普通であったからどの家も、密かに爆弾を抱えているのだった。バケーションから帰ってきたら、リビングがプールになっていたという話もよく聞いた。

ジャネットはリビングの床下の水道菅が怪しくて掘り返さないといけなくて憂鬱そうだった。

ショッピングモールはジャネットの家より古いからもっと大変だった。リセッションで空いてしまったテナントを2か月無料にするとかあの手この手のプロモーションで広告した結果、大手のエクササイズ会社が2つぶち抜きで借りることが決まった。内装はほとんど終わりシャワールームとトイレの設置が残っている。

エクササイズ会社のマークは壁の中を走っているサビだらけの水道管を見て、危機感を覚えたに違いない。管理会社のフレッドにこのユニットの水道管は古くて信用できないと文句をいったのだろう、フレッドは安請け合いしてもしだめなら大家が修理費用を持つと言ったらしい。

新しいシャワールームとトイレの配管が完了して、蛇口をひねったら、壁から盛大に水が噴き出したそうだ。
もう一人のフレッド(同じ名前が多すぎ!)はプラマーでパン屋がたまに使っていてた。

このフレッドが恐るべきことに、このショッピングモール建設当時に水道管を設置した本人だった。ジャネットが聞き出したところ、ビルの建設当時から水道管の配管はヘンテコリンで、あっちこっちにつながっていない?行きどまりの?配管があるのだという

。二つばかりパーキングロットまで伸びてそこで盲菅なのだそうだ。ウチのユニットからも建物の外にでる菅があるそうだ。40年前の盲菅が地面の下でどうなっているかただ怖ろしいことである。

さらには、代々のテナントが水道管を継ぎ足し、合流させ、カットし、はては二つのテナントをぶち抜いた後に、また分割したりすると2つのテナントにまたがった管があるわけで隣のビジネスが水を流すと、こっちの水道管から下水に行くとか長年この建物の水道管を扱ってきたフレッドももう何が何やら分からんのだそうだ。

2年後、3つ隣りの本屋のブランドンのトイレが爆発し、ブランドンは新トイレと配管に2万ドルをつぎ込んだのであった。

ジャネット広報局

隣のベーカリーのジャネットおばちゃんは、ここのショッピングモールの私設・広報局だった。先代のベーカリーが、現オーナーのクルスに売る時、ジャネットも付いていた。先代からの勤めなので、テナントの歴代のオーナーも管理会社の従業員もすべて知っていた。

アメリカ人には珍しく、愛嬌があって親しみやすくモールのみんなから愛されていた。管理会社の前のマネージャー:ごうつくばりのアーノルドもジャネットには強く当たらなかった。ただし、おばちゃんはゴシップがチョコレートと同じくらい好きだった。

ヘア・サロンのサラの息子がスピード違反でポリスに追いかけられて、ショッピングモールに逃げ込んできて、サラのヘアサロンの目の前で逮捕された時は、一部始終をかぶり付きで見ていた。

サパー・タイムという食品ビジネスはオープン当時から不振で1年持たずある日曜日にトラックをテナントに横付けして、備品を運び出している現場にトコトコと見聞に出かけ、あの人たちSneakOut (夜逃げ)するんですって、と他のテナントに言いふらした。

金髪でブルーグレーの瞳に、いつも寝ぐせが突っ立っているくせ毛のショートヘアで、ポチャッと小柄だった。

ある土曜の昼下がり、帳簿をつけていた私。ウチは角地で窓の外は駐車場だ。その駐車場に、するっとパトカーが2台止まった。続いて覆面が一台止まった。車から制服が5~6人と私服が2人ほど降りてモールの正面に回った。おかしい。

私はフロントのドアを開けると、ポリスの後姿を観察した。ポリスたちは、ビル中ほどのテナントのドアを開け入っていった。1,2,3、4、、6番目のドアは鍼灸師のマイクのところだ。

私は隣のベーカリーに飛び込んで、ねぇジャネット、ポリスが鍼灸師のマイクのところへ行ったわよ。何だろう?
ジャネットは目を輝かせて、私に任せて!と鍼灸クリニックに偵察に出かけた。私は帳簿に戻ったが、ジャネットが戻ってきた。マイクが逮捕されたの!ハラスメントですって!はぁ?

外へ出てみると、モールのパーキングはエライことになっていた。クリニックの前にピカピカを光らせた救急車が止まり、クリニックから誰かがストレッチャーに載せられて運び出されてきた。

施術中の患者?はハリを突っ立てたままで、バスタオルをかけられていた。マイクは開けたまんまのドア元にしゃがみこんで、手は後ろに回されている。

うつむいた顔が歪んでいた。泣いていたようだ。ジャネットのおばちゃんは我慢できず、ずんずん歩いて泣いているマイクに話しかけ同情するようにハグした。そしてポリスとも2,3言話すと、また戻ってきた。
ポリスは逮捕したっていうの。でもマイクは何もやってないって言ってるの。それで私、マイクに聞いたの。ねぇ今どんな気持ちって?

逮捕されて泣いている本人に、今どんな気持ち?って聞くあんたの料簡が分からない。

次の朝、コーヒーを買いに行くとカウンターにはCounty Register。おばちゃんは頬っぺたをますますピンクにして夕べの7時のchannel 7ニュースでもやってたわよ。見た?長話をするわけにもいかないので、新聞を借りた。

マイクの鍼灸クリニックは、何回かポリスに不必要な肉体接触があったと患者から通報されていたのだという。リポートの回数もあったので、ポリスがオトリを送り込んでそのオトリがセクシャル・アサルトあり!とポリスに報告して突入となったのだそうだ。

運び出された患者がオトリで、刺したままの針は医師か鍼灸師しか抜いてはいけないんだそうだ。新聞にはマイクの妻の証言が載っていて、あの人は良き夫でありよき父なんです。セクシャル・アサルトなんてなにか患者さんの勘違い何だと思います。

ジャネットのおばちゃんは開店するビジネスに挨拶に行き、閉めるビジネスには寂しくなるわとハグしコロコロとよく笑いながら、ゴシップを話し
コーヒーを売るのであった。

馬酔木

伊豆の山の家の隣の地所には2mを超える馬酔木がある。
ほんのりピンクのベル型の花が、春に見事な花をつける。花穂を切ってかんざし代わりにしたのは遥か昔少女の頃だ。
馬酔木には毒があるので、素手でさわってはいかん。いたずらをせぬように表庭には植えず、裏庭に植えるのだ。と父から教わった。

サブプライムから始まったリセッションからようやくアメリカが回復し始めたころ、主人と私がやっているショッピングモールが、外観のリノベーションを決めた。こういう場合、アメリカのビジネスは休まない。
All businesses are open during construction というでっかいサインやバーナーをだして、顧客に知らせる。
経済が回復期にあるからこそ、ショッピングモールもリモデルをし競争相手に劣るまいと、改修工事があちこちで見られたものだ。

半年ほどで建物も駐車場も改装が終わったが、駐車場に植える木で大家が拒否権を発動した。若いオリーブを駐車場に1ダースくらい。店子の前に何本かStrawberry Treeを植える計画だったのだが、オリーブは大家には十分Fancyではなかったそうで、マグノリアに取り換えられた。

あの、風と共に去りぬのMagnoliaマグノリアか。多少ワクワクしながら待つと、何のことはないビワのような葉をした地味~な木だった。

店子には飛び切り大きいStrawberry Treeを選んだのだと言っていた。
植えられて初めて、Strawberry Treeが馬酔木だと分かった。日本と寸断かわらない馬酔木がアメリカにもあると知ったのが驚きだった。

さてその馬酔木だが、ベトナム人経営のネイルサロンの前の馬酔木は元気がない。気候が合わないのかと私はさして気に留めなかったが、。

ところで、ウチと隣のベーカリーは仲が良かった。毎朝、私はコーヒーと朝ごはんのペストリーを買って、ジャネットからモールのゴシップを聞く。ベーカリーは玄関が全面ガラス張りで、駐車場がすべて見渡せるので
モールで起こる事件はジャネットがすべて知っている。

お向かいのイタリアンが強盗に会ったときとか、タコ屋が元従業員に金庫の現金を盗まれたとか、ヘアサロンの従業員が駐車場のポールにぶつかって、ポールがギギギーバタンと倒れた場所が、ヘアサロンのオーナーのサラの車だったとか、、。

20年も同じベーカリーで働いているので、店子のオーナー達をすべて知っているのだ。そして、毎朝コーヒーを買いに来る店子のオーナーや従業員から新しいゴシップを仕入れる。

そのジャネットがヒヒっと笑って言うにはネイルサロンの前の馬酔木が元気がないのは原因があるのだという。

毎朝、ネイルサロンのベトナム人の女の子達がカップに入れた何かを木にかけているのだという。ジャネットおばちゃんは気になって、コーヒーを買いに来たネイルサロンの女の子に何をかけているのか聞いたらしい。

熱い湯だった。
なんでもベトナムでは馬酔木は縁起が良くない木なんだそうだ。イケナイ木が玄関にあるのが困るので、皆で湯をかけて枯らそうとしているらしい。

ケ・ケ・ケと思った。
私が知るころには他の店子のオーナーもほとんど事情を知っていたはずだが、誰一人として管理会社や地主には知らせなかった。モールのどのビジネスも、全面改装の工事の間は売り上げを減らした。

どんなに不自由や減収を訴えようが、家賃をビタ・1セント負けなかったのでみんな大家と管理会社を恨んでいたのだった。馬酔木はとうとう枯れた。

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