ゴールデンウイークのお庭

5月の庭は一年で一番美しい。
春のお庭は力が入るし自慢しやすいお庭でもある。見てみてほらっ、こんなに満開のお花。

3年前はうちのお庭だけでは力あまり、草取りに熱中していたらお隣の庭もピカピカになった。

この山では敷地に塀を立ててはいけない規則があるのである。田園調布みたいだ。
うちの生け垣の下の雑草をせっせと抜いていたらいつの間にかお隣の家の敷地に入り込んでいた。地続きだから!

雑草取りになると目の前の雑草だけしか見えなくなるおばちゃんは、数年以上放置されていた荒れ放題の庭に芝生トリマーを持ち出して地上1センチにまでなるまで雑草をチキチキに刈り込んだ。超すっきりした。

真っ黒ななべ底をピカピカにしたときとか、窓ガラスを曇り一点もなくなるまで磨いた時の満足感といえばわかってくださるだろうか?

で、伸び放題だったつつじは数週間前に枝を払っていたので、その年のゴールデンウイーク、お隣は白・ピンク・赤のつつじが咲き乱れてしまった。持ち主放置の草ボーボー庭がなんということでしょう、きちんと手入れをされたお庭に生まれ変わってしまいました、持ち主の知らない間に~~。
地続きのお隣の庭の話である。

私ってなんて有能!自己満足に浸っていたらお隣の駐車場に車が止まった。
しまった~~~!今はゴールデンウイークだった。
別荘にはゴールデンウイークと夏休みには持ち主が来るのである。おばちゃんはコロッとそれを忘れていた。

ヤバい!おばちゃんはサービス業の女将さんを十何年もイヤイヤ務めた人である。やっと客商売をやめられて日本で隠れ家に隠棲のつもりで帰ってきたのである。知らない人と顔を合わせたくない。人見知りの女将さんだったから、、嘘です。

アメリカなら隣の敷地には足のつま先たりとも持ち主の許可を得ず侵入しない。雑草といえども他人の財産に指を一本も触れない。触れるそぶりもやばい。

それをわかっていながら草取りの楽しさについ負けて、他人の財産に手を付けてしまった。訴訟になるだろうか?小町で聞いてみたらよいだろうか?

「隣の家の庭が草ボーボーだったので、持ち主に断らず草取りをしてしまいました。持ち主が来ました。どうしたらよいでしょう?」
ベストに選ばれた答え。「隣の持ち主と話をするべきです。」

おかみさんであったころからおばちゃんの一番の苦手の人種は「おほほの奥様」であった。仕事を辞めた後も、おほほ奥様とおほほ話をするのは苦手だ。だから逃げた。
おじちゃんは如才ない人である。純朴な人柄がでるので大抵の人は安心する。ところがおばちゃんがいる場合は面倒くさいので絶対交渉の場に出てこない。

おじちゃんがお隣のオーナー夫妻とおしゃべりをしていて空気が和んだころ(そら半年ぶりに来たら驚くわ!手入れをしてないのに、ツルツルだわツツジは咲いてるわ)おばちゃんはなるべく身を小さくしてお夫妻の前に現れた。
「すいません、すいません、すいません、草取りをしていたら気が付いてたらお宅の庭まで来てしまいました。」

お隣さんは訴訟をする気はないようであった。その代わりに立派な詰め合わせ銘菓が届いた。

それ以来あまり大げさでなくひっそりと地続きのお隣の敷地まで出張し、あまり大げさではなく草取りをしてる。

おばちゃんはアジュガが好きで紫の董立ちびっしり咲いているとなんとまあゴージャスだなと思う。だからうちの敷地の端っこまでアジュガを植えた。
アジュガの性質上こいつは匍匐前進して増えるのだがそれはおばちゃんのせいではない。

おばちゃんはアジュガにがんばれと声援をするだけである。

エンドレスの草取り

おばちゃんは山菜取りに誘われても断ろうと思う。何故ならきっと遭するからだ。目の前の山菜しか見えなくなって、一本摘んだら次の一本を探し、さらに前の木の茂みに進む。

気がついたら山の奥深~くに迷い込んで、帰り道も分からず詰め込みすぎた背負子の重みにヘタって、弱弱しく助けを求めるのだ。助けて~。

一般に学業とか、ビジネスとか、スポーツとかは結果が出るものは時間がかかるものだ。
ところが、山菜取りも草取りも結果はすぐ出る。ターゲットは明らかで目的ははっきりしている。次から次へ現れるトロフィーが麻薬のように人を誘うのだ。

おばちゃんはひときわ溺れやすい性格である。
だから山菜は取らず、庭の雑草取りに専念しようと思う。毎朝、起きると花ばさみをもって、花がらを切って庭を一巡回する。

今日のガウラの咲き加減はどうかとか、バコパは暑さにやられていないとか、そろそろ80円の芽が出てきたとか。どの段段庭コーナーに雑草の気配があるか、しかと目にとどめておく。

早めの昼ご飯を食べたら、庭に出陣である。
ドクダミは庭の恥だ。カタバミは敵だ。根を残すと将来に禍根を残す。ほじって根っこが完全に抜けたときの爽快感は、ニキビをつぶした満足感に通じる。

ヒメジョオンは双葉のころは、勿忘草とそっくりだ。若すぎると区別がつかない。2~3日経ってヒメジョオンだと分かったら、躊躇なく抜く。

外来者は軟弱なので、意外と踏ん張らずに抜ける。母子草は白っぽくぽやぽやと花は卵餡のような黄色。温情を掛けると、次の年は母子草の群生が出現する。

庭に出れば、おばちゃんは下を向いている。
鵜の目、鷹の目というが、おばちゃんの目は雑草を探す草取りの目だ。柵ごしにお向かいのおばちゃんと園芸話をしていてもおばちゃんの目は雑草取りモードになっているので、お向かいさんの顔を見るより、ついつい足元や背後の地面に気が行ってしまう。

おっ、お向かいさんの足元にドクダミ発見。背後にはスギナが!もう、抜きたくてしょうがない。

こんなに夢中になれるしかも金がかからない楽しみはそんなにないね。庭を2周くらい草取りをして、四時まえには撤収するのだが、その時はじめて庭を見ていないなかったことに気が付く。見てたのは地面と雑草!服を着替えて、ベランダから庭を鑑賞する。至福を味わう。

お向かいのおばちゃんによると、先代の家主のおばちゃんも同じだったそうだ。ベランダから庭を見る時が一番幸せ。と

ウチの庭には骨がある

ウチの庭にはトリ手羽と魚のカマが落ちている。
庭から生えたわけではなく、我々が食べた後の骨。カリフォルニアの友人が当時、EM(effective microorganisms)菌を利用して、ガーデニングをやっていて、私も何回か招かれたことがある。

米のとぎ汁にEM菌の溶液と糖蜜を入れて発酵させ、液肥として使ったり、生ごみをEM菌で発酵させて肥料として野菜や花つくりをしていた。

山の古家に落ち着いたらEMのぼかしとコンテナを買って生ごみを肥料にする計画だった。

友人はちょっと臭いと言っていたけど、生ごみはEM菌で発酵させると、卵の腐ったような臭い。それでも生ごみを捨てずに活用できるから、エコなんだけど。お茶ッ葉、残した魚の骨と皮、チキンウイング、野菜の皮。まんべんなくぼかしをまぶす。

コンテナが一杯になったら、先代のおばちゃんが残してくれていた大きなバケツに移す。
底に、ためておいた落ち葉、庭の土、発酵生ごみ、でまた落ち葉とバケツをミルフィーユ状態にする。

季節によっても違うけど、2か月くらいたったらちっちゃめのスコップで上下ひっくり返してみる。自然を大切にするグリーンファーマーになったような気がする。

EMで発酵すると、何でも分解されるのかと思っていたが大間違いだった。ぼかしの時点では、卵の殻もブリのカマもチキンウイングも原型をとどめている。アジの小骨は所在が分からなくなるけど、大根の皮も健在だ。この大根の皮はずいぶん長く形が残るね。

バケツのミルフィーユが6か月も経つと、腐葉土と生ごみはだいぶ馴染んで、土と溶けきらない手羽やカマまじり状態になる。

EMのコンテナは2つあるので、ミルフィーユバケツも2つできる。1年くらい寝かして、これから春!っていうときに庭に施す。
結果、ウチの庭は春先すこし臭く、チキンウイングやブリカマが散在する。お向かいのおばちゃんと話をするときに、ツツジの根元にチキンウイングが見えたりすると、そっと足で押しやる。

ブリカマは人に見られても正体は分からない。一度発酵して、太陽光線にあたった方が分解が早く進むようだ。

EMのぼかしが切れてしまったとき里のガーデンセンターのぼかしを代用したら、匂いが随分ましだった。発酵した漬物のような匂い。沢庵みたい! なので、それからは高いEMは使っていない。毎晩、生ごみの始末をするのが、面倒くさいかな。コンテナの蛇口が壊れて、ハエが入り込むので、ちょっとお休み中

長~い海外生活から帰国

平成が始まるころ夫婦で米国に移住し平成が終わるころ日本に帰国した。

漢字も書けなくなるほど海外生活は長い間堪能した。還暦を前に日本に帰国するのにさて、どこに住もうかしら?

人間が作る美しい芸術は大都会にある。
たまには美しい物を味わえるように首都圏から1時間半のエリアで家探し。

できれば庭がついていて、畑が作れるところ。不動産屋さんに物件を案内された時に思わず「この物件を知ってる」と言ってしまったの。

アメリカでネットの物件を検索していた時に、手ごろな物件だと思ったのだけど、写真が魅力的でなく忘れていた家だったわ。

家の内見の後こちらが庭だと思います、と不動産屋さんに従って降りたところは、自分の足も見えないカヤとススキが肩まで生い茂った斜面だったわよ。

不動産屋さんがこっちこっちっと言いながらぐるりと歩いたのに、見えるものは雑草と枯れかかった木立だけ。

でもなぜか直感でこれは素敵な庭になるのではないかと感じたの。おばちゃんはビビっときたの。庭なんかいじったことがないのに。

段段庭ができるまで

引っ越しは5月15日。春は爛熟して山は藤やツツジが咲き乱れていた。
家の中の片づけが大体終わって次は庭よ。日本で一番素晴らしい季節なのに、庭?らしき荒地にはただの一輪も花が咲いていなかった。雑草すら花が咲いていなかったのは不思議。

ススキ、カヤ、シダ、ドクダミ、クズやヘクソカズラ、落ち葉。茶色と緑だけ。おじちゃんと二人で長靴を履いて帽子をかぶり手袋をして、さて、まずススキとカヤを刈らなきゃ。

抜けない雑草はカマで刈って、ススキは切った切り株に除草剤をハケでペタペタ塗った。むか~し、TVチャンピオンのDVDを借りた時にミントの駆除にそんなことをしてたのを覚えていたの。

ススキは除草剤にも負けず、若芽を生やしてくるからそこをまたハサミでチョキチョキ切って除草剤を塗る。しばらくすると、また青い芽が、、、で3回くらい除草剤を塗るとまっ黄色になって根まで死ぬ。

力を入れずに株がぱさっと抜けるの。午前中に3時間、午後に3時間夫婦で刈り、落ち葉をかき掃き、3週間後!45リッターのゴミ袋に80袋の枯れ枝落ち葉を処理して、庭のコンクリートデッキが出てきたわ。

izu garden
my hidden garden 2017

先代おばちゃんが段々庭の境目にツツジとサツキを植えていた。おばちゃんが亡くなって草を取る人も居なくなって、庭はススキに埋もれてしまってツツジが咲くことも何年もなかったんでしょう。

枝が伸びすぎだったから、素人がめちゃくちゃな剪定をしてみて、気がついたらツツジが一斉に咲きだしていたのね。

素人のDIY

あこがれていた藤棚を作って?とおじちゃんに頼んだら、伐採してためておいた雑木で作ってくれた。素人で枯らしちゃったら嫌だから藤を4本それぞれの支柱分植えて、お向かいさんから笑われたわ。

藤は一本でも十分なんですって。4本も植えたら棚が重さで持たないわよって。
おばちゃんたちは知らなかったけど、伐採した天然木はそのまま使うとすぐに傷んで朽ちてしまう。

最初に作った藤棚は3年で痛んで、製材した材木を使って作りかえたの。1本の藤は玄関先に移して、あとの3本のつるを外してまた絡ませるのが大変だったわ。まだ3本は生きていいて、おじちゃんが切るのを可哀そうだと言うから。

同じく生木で作ったラティースもまず皮がはがれ、腐って2年でおじちゃんが作り替えた。伐採した生木を使うなら、まず枯らして皮を剥いでそれからペイントをしないと耐久力が無いみたい。

太い切り株は二股のところを加工して、おじちゃんがスツールを作ってくれた。

引っ越して1週間目にイノシシが家の床下に入り込んで、猫がおびえたから家の足をラティースで囲い敷地もフェンスでぐるりと囲んだ。多分山の生き物は人間より野生の人口が多いわよ。

おじちゃんは物を作るのが好きで、昔から自分で野菜を育てて自給自足したいねと言っていたの。最初の年に葉物を植えたら山中の虫が寄ってきて食べられちゃったわ。

レタスなんかは地植えはムリみたい。白菜やキャベツなんか超難しいわよ!

おばちゃんたちは人生の第三コーナーを回っちゃったから、おじちゃんはキュウリやトマトを作って、おばちゃんはお花をうえて家が朽ちるのが先か、おばちゃんたちの体が衰えるのが先か、出来れば先代のおばちゃんのように、ある日この地で倒れて旅立ちたいわ。

山の家には四季があった

何がびっくりしたかというと、山に雨が降る。

それはもう、雨が降らない月がない!
湿った草の匂い!滴る水滴!トンボが飛んでる。

30年ぶりに見たトンボかも。南カリフォルニアの家では植木鉢に花を植えあった。青いロベリアで、咲いてはこぼれ咲いてはこぼれ。

花は一年中咲くものじゃない?違うの?この庭がどんな庭になるか、草取りをしたこともなかったおばちゃんには分からない。

移住してから知ったけど、静岡県は年間降雨量が日本5位だそうだ。

雨が降ると檜の森に靄がかかる。早朝などは音もせず霧が流れる。

檜に絡みつくツタは、ノウゼンカズラで先代の持ち主のおばちゃんが植えたという。

茂みは6月になるとミョウガの林になる。夢みたいだ。カリフォルニアで宝石のように珍重した一本1-2ドルのミョウガがタダで取り放題!

庭に転がっていた岩を寄せ、コンクリート管を立ててみた。溶岩石を積んでみた。

一年草も多年草もどう違うか分からないので、とりあえずホームセンターで売っているよさげな花を植えてみた。

花の名前はカタカナなので、悲しいかな年のせいで覚えられない。80円だったので、80円と呼ぶ。この80円はよく茂ってよく増えた。困ったくらい増えた。

雨が大地を潤し、黒い芳醇な大地が形成されていく。
土は湿った匂いがする。雨上がりは草いきれがする。もと砂漠のようなぱっさぱっさで白っちゃけて石っころだらけの南カリフォルニアに黒い芳醇な大地はなかった。

雨が大地を作る。静謐と山の自然が大好き

毎日季節が動いていく。
駿河湾から雲が流れてくると、天気は下り坂になり気温が下がる。

秋はものすごく短い。紅葉が見られるかどうか、3週間もたつと初冬に突入していく。

11月に入ると散歩の際にふと木が燃える臭いが漂う。

山の住人が薪ストーブを焚き始めるのだ。

家の軒下には乾燥させるために薪が積んである。脹脛くらいの太さの薪がぎっしりと棚に積まれている。

移住して初めての冬には雪が10センチ積もった。気温は零下に3度まで下がり、おばちゃんの車のワイパーはフロント・シールドに張り付いて凍った。

冬は車のワイパーを立てるのだという。1月も2月も寒くて庭は眠っている。

2月の終わりになると、そろそろ土が呼吸をし始める。日なたは霜がつかなくなって、ムスカリが青い芽がのぞかせる。急がないといけない。急いで枯れ枝を払って園芸用の土を追加して肥料をあげないと。春が来る!

四季?そんなものがあったのをすっかり忘れてたわ。

春にもクーラーを使い、焼け付く夏と熱い秋と涼しい冬があって、3月のアカデミー賞の頃には空は明るくまた春・夏になってクーラーを使う。

一年中スーパーにはスイカとトウモロコシがあった。帰国したら、毎日お天気が変わり、季節は毎日進んで日本の自然はこんなに美しかったのかとおばちゃんは感動した。

別荘を建てる時は

別荘を建てるというと、日本人はテンションが2目盛りほど上がってしまうらしい。この伊豆の山でも、夢と妄想が爆発した家が散見されるわ。

定番のログハウス。 丸太を割って張り付けログ風など段階様々。メルヘン調 丸いとんがり屋根とか。

メキシコ風のパブかレストランのような洋風。レンガ造りの洋館~ 程度さまざま。

山は里と比べ物にならないくらい湿気が多く、本物の丸太は湿気を吸うし朽ちやすい。

下駄箱の革靴は白くカビを吹く。立ち木からの落ち葉が、雨どいやバルコニーの排水溝をふさぎ屋上がプールになったあと、天井がおちるらしい。だから山の家には雨どいがない。

山で家を建てるときは究極の選択をしなくてはならない。おじちゃんと二人で挙げるポイントは、景観と立地。もし、眺めを優先したら、そこは崖地。

安定の地盤を優先したら眺望がない。

隣の家が見えるか檜に埋もれているか。

眺望がよく安定した平らな区画はとっくの昔に売れて豪奢な別荘が立っている。

眺望がいいお家は確かに素晴らしい眺めで富士山も絶景もウチの!と言いたくなるが、台風と豪雨の時は真剣に怖い。2019年の台風で家が一軒がけ下に落ちた。

朝起きてカーテンを開ける時が幸せ。

アデルのRolling In The Deepを聴きながら庭で草取りをしたって、ご近所には聞こえない。日が暮れて檜の林が黒々と沈んでいくと明日は何をしようかと思う。

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