液体ムヒ

おばちゃんは液体ムヒをもって、家じゅうのケーブルに塗りまくっている。気がふれたのか?そんなようなものだ。

おばちゃんの弱点は猫である。
紫音もストレス・マックスだったし、おばちゃんたちも限界だった。3月からおばちゃんたちがバイトに出れば、紫音は一人でお留守番の時が長くなる。

猫の鳴き声に頭がかき乱されると、おばちゃんはアホになる。理性的にものが考えられなくなるナァ~オと鳴かれると、その瞬間何を考えていたかわかんなくなる。おじちゃんが何かを話していても聞こえない。

ーーねぇ、アンタ、
もしも、いま道ばたで子猫が落っこちていたら拾う?
寒空を見上げて、う~ん、拾うね。ーーそうだよね、拾うよね。

おばちゃんは心神喪失状態のまま月齢の低い子を探してしまった、、。テンの命日に生まれた子はすでにもらわれたようだった。今の季節に子猫は多くない。ちっちゃな男の子がいた。テンはお腹にバカボンの渦巻きがあったのだが、。渦巻はない。目がつぶらで大きい。

正月明けにシャンプーをしましたと、相手から写真が入った。2か月の子猫をシャンプー?おかしくないか?それでも新幹線のチケットを取って、あと何日寝ると、“お迎え“ 詩音はX日でお姉ちゃん。カレンダーを消していった。

引き取りの2日前にラインが入った。
くしゃくしゃの子猫の前足が青く光っている写真。ごめんなさい、この子は真菌症でお引き渡しができません。

たたき落された気分であった。
真菌症?先代の猫が持っていたので消毒薬やブラックライトもある。相手が治療をするというので涙を呑んで待つことにした。子猫の写真を獣医さんに見せたら、もしかして治りかけかも、と。

2週間待ったら動画が送られてきた。
子猫が猫じゃらしで遊ぶ動画であったが、猫の顔が涙目のくちゃくちゃであった。

何かがおかしい。胸に禿げた跡があるし、顔まで真菌症が進んでいるようであればうちでは面倒が見きれないかも。そう言うと、相手は、顔にはありません。胸は治った跡ですという。
それでもおばちゃんたちは疑惑がぬぐい切れない。


胸にハゲ跡が?前足だけのはずだったのでは?
2か月の体力のない子猫をシャンプーしたのは言語道断だったが、あれは真菌治療の抗菌シャンプーだったのだろう。むろん相手方はきれいにするためでしたと言った。そんなわけあるか。

テンJr.と名前まで付けてしまっておじちゃんたちはもう「うちの子」の心持なのである。さらにまた1週間待って、辛抱がたまらなくなってどうでもいいから迎えに行くことにした。うちの子を引き取りに。

お迎えしたその足で獣医に行きたかったが予約が一杯で次の日。
獣医はむつかしい顔をして、ブラックライトを子猫の全身にかざすと、前足、後ろ足、しっぽ、背中、耳、鼻粘膜全体に真菌反応があります。つまり、全身。 

全身?!おじちゃんとおばちゃんは絶句して、確かに動画で見たより実際は小さくて弱弱しかったがまさか全身に真菌とは。獣医はさらに「ヒネた子です。」と言った。

「ヒネた」とはどういう意味か分からなかったので、聞けば、
「健康な子猫でも元気でもありません。まともに育つかどうかは半々です。」

真菌の治療には内服薬が効果的だが、なにぶん600gあるかどうかというガリガリ。処方量を最低でとりあえずやってみましょう。紫音ちゃんへの隔離はきっちりやってくださいと言われた。

真菌症の正体はカビである。人畜共通の皮膚疾患で汚染された毛がつくと感染する可能性がある。抗菌シャンプーと消毒薬はすでに用意してあったが隔離ゲージの消毒が大変だ!

前日の長距離移動で、テン・ジュニアの食欲はあまりなく弱弱しい。無事に育つかわかんないんだね、意気消沈していると、おじちゃんが、俺が元気で丈夫な子猫に育ててやる。

おじちゃんはお掃除おじさんと、洗濯おじさんに変身した。
朝晩ふたりで使い捨て手袋をはめ、おじちゃんは専用エプロンをしてジュニアに消毒薬を塗る。すぐに離すと、消毒薬を舐めてしまうので最低5分消毒薬がしみこむまでジュニアと猫じゃらしで遊ぶ。


その間に、ケージに敷いた冬用マットとペットシーツを取り換える。真菌はアルコールでは死滅しないので、1リットル当たり5ccの濃度に薄めたハイターでケージの網や床を拭き掃除する。猫砂は2日に一回取り換えた。マットはまず熱湯に漬けて消毒し、そのあとハイターをいれて洗濯である。マットも毛布も色が抜けてボロボロになってしまった。
水道、ガス代、電気代が恐怖!

薬を飲ませて4日目にジュニアが動かなくなった。弱弱しくぐったりと寝ている。涙目でますます顔が野良猫のようだ。
3か月未満の子猫はあっけなく死んでしまうので、無理やり診察を入れてもらった。やはり薬が強かったのかもしれない。いったん服薬を中止し、点滴と抗生物質を注射して様子を見ましょう。


点滴を刺されるとジュニアはキャ~と鳴き叫び、初めて子猫の声を聞いた気がする。
翌日もまだ弱弱しいく同じ処置を繰り返した。

つぎの日、驚くべきことにジュニアはシャッキ~ンと、イケナイお薬を入れた人のように、食欲と元気が回復してケージをガシガシとよじ登るようになった。体重が700gを超えた。

紫音はケージの前でちっちゃい声でシーというが、最初の遭遇の時の敵意とは打って変わって、むしろ心配でジュニアの様子をうかがっている。峠を越したのかもしれない。
薬は一日おきにして、ご飯を食べさせて遊ばせて体力をつける。抵抗力がつけば真菌は薬がなくても治るのだ。

夜、8時にいきなり紫音が吐いた。そのあと、すごい下痢。
おじちゃんが、食べさせすぎたのかもと言う。テンに手をかけすぎて、いじけた紫音をなだめるために、紫音の好きな缶を好きなだけ食べさせたから。

ジュニアがまだ全快といかないのに紫音が調子を崩した。
空えずきをする。チュールは少し食べたがその分また下痢。ふらふらと歩いて、床にぱったり横たわる。何かを誤飲したか誤食したか、異常事態なので次の日に診察を入れた。紫音はヒモが大好物である。遊ぶだけではなく、ゴム紐は食べるのも好き。室内には、マスクも絶対置かないようにしてあるのだが、何か誤食をしたのかもしれない。

獣医さんによれば、腹部の触診も異常ないが腸炎を治めるために点滴と下痢止めを入れた。次の日は定休日なので、心配な状態なら懇意のクリニックを教えてもらった。
次の日も、空えずきはやまず水を飲んでも下痢をする。紹介されたクリニックでもやはり見立ては異食は考えにくく、下痢を止めるために点滴と注射をした。

次の日紫音は8分どおり復活。テンは最後の服薬も終わって、体重は900gを超えた。再診で問題なければケージから出す。

獣医さんはテンを診察して、あれ?顔が変わりましたね?
猫を飼って40余年、無職のおじ+おばが全力で子猫のケアをしたのだから顔もまともになった。ブラックライトの検査では残念なことに、肛門9時の方向に2ミリくらいの真菌が残っていた。ただ全身状態はいいですから、ケージの外に出してもいいでしょう。と許可が出た。

おじちゃん特製の”平屋建て増し次の間付きの暖房完備のゴージャス・ケージ”を開けると、テンがおそるおそる出ると見せかけ、実は超スピードでリビングを縦横無尽に走り始めた。ジイさん婆さん猫用においてあったスポンジの猫階段を初めて正しい使い方をしてくれた。

こたつもよじ登る。ラップ・トップのキーボードも走りぬけていく。おかげでおばちゃんは、Microsoftの知らないオプション・ウインドウを初めて見た。

しっぽの中ほどは真菌で剥げて、すかすかのススキのようなしっぽには節があるように見えるのだが、そのしっぽを最大限に膨らませて、紫音の後を追う。キッチンの猫柵を上る。冷蔵庫の隙間に入る。テレビ台の裏に入る。おばちゃんはリビングのじゅうたんの上で3か月ぶりに泣いてしまった。

そして、テンはあらゆる電気コードをガシガシかじろうとする。子猫の時代とはほんの数か月しかないので、おばちゃんは子猫のいたずらがどうだったか忘れてしまうのだ。

それでおばちゃんは液体ムヒを手に持ち、テンの後をついていってテンがかじりつく電気コードにムヒをちょんちょん塗っているのである。

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