1993年からおばちゃんはMicrosoftに煮え湯を飲まされていた。
不安定なOSはしょっちゅうフリーズしクラッシュし、OSをアップデートすると周辺機器のドライバーは全滅した。
ソフトが使えなくなることは当たり前だった。誰も責任を取らない。
クラッシュしたOSの再インストールを、コンピューターショップに持ち込み再インストール作業完了したデスクトップを家に持ち帰って、NetscapeをインストールしたとたんにWidnowsは再クラッシュしてコンピューターショップに後戻りした。1998年のことであった。
その当時、おばちゃんはOSの再インストールが自分でできず、1回$150の再インストール料金を払うのは、ホントに悔しかった。
特に1日に$300ドルも払うとなると、恨みがたまってくる。おのれ、マイクロソフト。
コンピューターショップのFry’sやMicrocenterにはよれよれのTシャツを着た白人のおっさん達と若い細っこいベトナムと中国系のコンピューター・オタクが、CPUとマザーボードの周りで、ぼそぼそ話しながら溜まっていた。
おばちゃんの目標はコンピューターの自作とOSのインストールである。
それができるようになれば、コンピューターショップに修理代を泣く泣く払うことも無くなる。
日本語化されたWindows95-98と英語版は言語の問題もあって、英語のインストール・ディスクは役に立たなかった。日本語のインストールディスクが必要なのだが日系コンピューターショップの飯のタネであったから一般には手に入らない。
おばちゃんはDOSの参考書を日本から取り寄せて、自力でインストールディスクを作ろうとしていたが失敗した。
マイクロセンターのCPU売り場で、白人のコンピューターおたくのおっさんが、おばちゃんに話しかけてきた。
いつまで不安定なシステムを使うのかなぁ。
マイクロソフトに振り回される世は変わるんだろうか?
なぁ、マイクロソフトはいつも見切り発車して新OSを発売して、不具合が見つかった時にダメージ食らうのはユーザーなんだ。
アンタの国ではどうだ?と聞かれた。
WindowsはローカライズしてもWindowsよ、世界中のマイクロソフトは一緒。
けっ、と白人のおっさんは吐き捨てた。
あれはZIPドライブが使えなくなったときか、それともサービス・パックのせいでユティリティソフトがダメになった時か、おばちゃんは突如としてマイクロソフトを買うことにしたのである。
手にできる発券したマイクロソフトの株。One Share.com。
株券を購入手続きから発券まで手続きを全部代行して、株券を送ってくれる。アメリカでは生まれた子供や孫のために株券を贈る習慣があった。
自宅のオフィスの壁に届いた株券を掛けて、おばちゃんは「私は今日からマイクロソフトの株主だから!」
ちょっとだけ、イライラが収まりマイクロソフトはおばちゃんの中で独善の傲慢な企業から、やんちゃでオタクなお兄ちゃんに変貌を、、、あんまり遂げなかった。