情緒に走る人と、理智を第一に考える人- 小室疑惑 リトマス試験紙

文春オンライン 3/22 林真理子 二つのニュースに感じたこと。

それぞれの障害の中で精いっぱい、ただただひたすら努力している人達の祭典である。その正しさと美しさ。現実社会ではいまだなしえていない正しさ(フェアネス)がここにはありますーーーパラリンピックを見た友人Lineから

私も同意見である。--林真理子
この夏、オリパラがなかったら、私たちの生活はどれほど味気なく、つらいものだったか。この「眞子さま」問題も、オリンピックと並んでリトマス紙のようなものかもしれない。情緒に走る人間と、理知を第一に考える人間。こんなにギスギスし始めたのはネットの発達ゆえか。


https://news.yahoo.co.jp/articles/fa2c03a79d36ba0f5b95d591916980b0de3b0c0a?page=1

林真理子氏は週刊文春に長くコラムを書いていて読んだことがある。ミーハーを自任していた人だったと思う。

体育系の上下関係がおばちゃんの性格と全く相いれないので、スポーツ競技は興味がない。スポーツは見るものではなく自分でやるものだと思っている。さらに勝ち負けをつけるのも嫌いだ。

オリンピックの利権がらみの構造が批判されて久しいが、開催の結果として報道されたゲームが素晴らしいから利権と無理押しの政治は忘れてオリンピックを称賛するべき!という意見には賛同しない。
選手一人ひとりの努力は美しい。が、それなら「喜び組」のショーも美しいのか。

ラスベガスのレビューもショーグン様の「喜び組」も人を楽しませるためのエンターテイメント。存在理由はどうであれ「見て美しかったわよ」と感激する人は「理知を第一に考える人」なのか、「情緒に走る人」なのか?

オリパラを見て感激した人は「理知を第一に考えたから」感激したのか?違うだろう。
論理が逆だ。

努力している選手の「映像」を美しいと「感じた」から「正しさと美しさ」に感動した情緒の人ではあるまいか?
選手一人一人は美しい。が、利権がらみでスキャンダルも噴出するオリンピック組織もひっくるめて賞賛すべきかは別の話だ。


小室圭と真子さんの結婚を喜べるかどうかも、「情緒の人」と「理知の人」を分けるリトマス紙だそうだ。ずいぶん乱暴なリトマス試験紙だ。

おばちゃんが帰国した時に二人について持っていた情報はゼロだった。ところが、小室圭の母の金銭疑惑が報道されて、別に興味はなかったが記事で事実だけは読んだ。

ジャッジ・ジュディでも小口の金銭トラブルはよく取り上げられるケースだったね。しかし、400万円以上の援助を見返りなしに他人にやるというのはどの国でもまずありえない。貸したほうが自分のローンが払えず家を無くす。おかしい。

「貸して」「見せ金にするだけ」と人から金を引っ張るのはよくある詐欺師の手口だ。入れ替わりに小室圭はニューヨークに行ってしまったが、彼の学歴経歴は頭をひねることが多すぎた。行き当たりばったりで終始一貫していない。彼の経歴をどう判断したらよいのか?

自分に適齢期の娘がいて愛し合っているから小室圭と結婚させるのが「理知的」な親なのか?おかしいと思った自分の危機感を信じて、興信所で調べて結果をみてちょっと待てという親がいればその方が「理知的」ではないか。

おばちゃんは別の国で平成の間を生き抜いてきた危機管理の塊である。怪しいと感じたら関係をしない。取引をしない。だまされるのは間抜け。人を疑うことが卑しいかしらとか思っているかもしれないが、「卑しい人」「詐欺師」は現実にいるので、目を背けてはいけない。

小室圭の疑惑記事を読んで頭の中で「警報」が鳴り響いたのである。
おかしい。婚約者という名の同じマンションの独身者に金をたかって、もらったものだと言い張る。母親もおかしい。引っ張った金を留学の資金にしてシレっとしている小室圭本人もおかしい。

おかしなことだらけ。
記事の事実だけをつなぎ合わせてみると、どうしてこの人物が皇族のお相手なのかと疑問ばかりが残る。
そしてSNSの情報があった。彼についてどのような情報が発信されているか。

林真理子氏はSNSのせいで世の中がぎすぎすしているのではないか?と書くが、SNSはネガティブな情報だけが共有されるのではない。ポジティブな情報も同時に共有されているのだ。
彼についてのポジティブな情報は「英語が堪能」であること「海の王子」と呼ばれていたこと。一見華やかに見える「無試験の学歴」それこそ情緒的な感想が多い。

通常こういう慶事の場合、ご学友友人関係が寿いていかに本人が素晴らしい人柄であったかなどが記事になるものだが、。彼の場合、学友・友達からの発信もない。

世がぎすぎすしていると感じるのは、小室圭夫妻に対してあまりにも反対意見ばかりが目に付くからだろう。
誹謗中傷、罵詈雑言、非難のコメントは確かに目をふさぎたくなるほど多い。感情だけの書き込みは便所の落書きと同じなので読む価値はない。

林真理子氏はジャーナリストであるから、便所の落書き以外のコメントを探して読んでいるはずである。この読む手間を省いては公正な判断ができない。

さらにネットの意見を分析すれば、結婚に好意的な賛成者は
「二人が愛し合っているから」「皇族を降りても反対されても結婚を貫かれる真子様」「妬みに負けないで」「ニューヨークで弁護士として生活なさる方なら」「一時金を辞退してまで圭さんと結婚したい真子様を応援したい」

反対者は借金疑惑、高校時代の交際エピソード、勤務した会社の評判、留学資格の疑惑などの具体的な「事実」を挙げて反対する。

便所の落書きは嫌なものだ。
おばちゃんは嫉妬や妬みとかとの感情で批判するのではない。感情があるとすれば小室圭という人物に対する危機感、気持ちの悪さ。嫌悪感が一番大きい。

このような感情は事実を知ったから生まれたもので「事実を検証」した結果の「情緒」である。具体的に根拠は言えないがこの人はダメだとセンサーが働く人だっているだろう。この直観も馬鹿にはできない。

林真理子はどちらが「理知的」でどちらが「情緒的」だと判断したのか。
リトマス試験紙であぶりだしたのは、事実・人物を見て危機感を覚えた人と、「結婚という慶事」だから人物の疑惑に目をつぶってお祝いすべきという情緒の人と。

おばちゃんの意見では危機センサーがついているか、ついていないかの人の違いをあぶりだしたように思う

小室問題を「情緒に走る人」か「理智を第一に考える」というカテゴリで分けること自体も間違っている。林真理子は昔からハンサムな人、きらびやかな話、セレブの生活にあこがれるミーハーな人だった。


mikie@izu について

海外在住何十年の後、伊豆の山に惹かれて古い家を買ってしまい、 埋もれていた庭を掘り起こして、還暦の素人が庭を造りながら語る 60年の発酵した経験と人生。
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1件のコメント

  1. 本当に仰る通りです。記事を読みましたが、はあ?何言ってんの?と言う感じです。そもそも、彼の元彼女の事をエッセイでばらしたんでしたよね。そのお嬢様にとっては大変迷惑だったはずです。そして、林さんは前には反対であるような意見も書いていたと思うんですが、今回の記事では、「小室青年には言いたいことはいっぱいあるが」と言う一言だけで、後は、ヤフ-にコメントする人たちの意見は感情的で理知を第一に考えない人と決めつけているようです。私はヤフ-は会員ではないのでコメントはしないで、よく見てはいて、赤ぽちぐらいはしていますが、それ程酷い書き方の人はいないように思います。林さんと同じように、私たちも彼には言いたいことはいっぱいあるだけなんですよ。

    大体、文春はKM関係は皇室側の記事ばかりのように思います。以前、文春でK氏のF大のキャンパスの授業写真が出てから、多分そうなんだろうなとは思っていましたが。。文春の発行部数は50万もあり、新潮の30万部を大きく離しているようです。そのように影響力が大きいので、971庁の御用達のメディアとして利用しているのではないでしょうか。そこでエッセイを出す林さんも、編集長の意向に左右される可能性もありますね。

  2. キャラメル

    文春はどうしてKK問題については文春砲を封印するのでしょうね。

    林真理子の言ってることはもうめちゃくちゃですね。

    彼女は初期の作品こそ彼女流の妬み嫉みに共感できる部分が多かったし、切り口も面白かったので割と好きでした。アグネス・チャンに物申したときは応援してました。でもある時から完全に体制べったりになってしまいましたね。

    彼女の大家然として書く小説は実につまらない。林さんの場合、モテないで過ごした人が入れないと思っていた「階級」になりあがったことで、今まで持っていた庶民感覚を捨て去ったのはいいけど、なんか自分で自分を居心地悪くしてる感じがしますね。

  3. キャラメルさん、
    作家として、あるレベル以上の生活を長年キ-プするのは大変なのかもしれませんね。賞を取って大家になってからは、エルメスバッグのコレクションとか、着物も物凄く高そうなのを着ていたり、エステも凝っているのかお綺麗になりましたよね。私は辻仁也さんのTwitterやブログをよく見ているんですが、ペン一本で食べていくのは大変なんだろうなと言う感じがします。

  4. りんどう

    記事のアップありがとうございます。オリ・パラ開催はは国際公約です。何としても開催を阻止したい方々もおられたでしょうし、メディアも不安を煽ることに懸命でしたから世論が傾いたのもやむなしかとおもいますが、パンデミック下でのオリパラ開催のknow-howは北京冬季がそうであったように、今後の手本として世界に共有されていくのだと思います。林真理子氏のコラム、面白いですね。圭氏にまつわるさまざまは、理屈でも、理知でも、情緒でも、感情でも、感性でも、人を分けるリトマスにはなり得ないと思いますし、客観的に提示される真実を持って多くの批判がなされていると私は思います。それぞれの受け止めや思いはさまざまでしょうが。単純に色分けや分類ができるような事象でもないのではと思います。

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