カリフォルニア園芸事情または水事情

南カリフォルニアに園芸文化があったかというと、あったのかもしれんが、公でも私でもあまり素晴らしい庭を見た記憶がない。

雨が降るのは冬の12月か1月で1週間くらい。ランチスタイルの一軒家でフロントヤードとバックヤードがあっても芝刈りが面倒くさいとブロックを張ってしまう家もある。

植物があれば、スプリングクラ―や水の供給パイプを張り巡らさないと、カリフォルニアの庭の植物は間違いなく枯れ死する。

庭づくりイコール水やりに必要な水道代を考えるとする。
ウチの水道の請求書はどうであったかというと、2枚つづりの詳細には、ウチの水道使用量・今年1月からの使用量・棒グラフ ”近所の隣人の使用量”の棒グラフが並んでいて、さらに”水道会社が予想する”ウチの使用量”が同じく
棒グラフで予想されている。

ウチが予想量を越して使うとペナルティをくらうんである ー罰金。
さらに、アメリカの罰金システムというのは懲罰的であって、反省がなければ倍になる。つまり、罰金を払っても使用量を減らさなければ、罰金はだんだん倍になるよ?システムである。賢く教育的である。

一軒家にメキシコ系のご一家が暮らしていたりすると弟夫婦も、おじさん夫婦も、ヘタすると従妹とか大人数で暮らしていることがある。シャワーだけでも水を使いすぎて、とても庭に撒く余裕がない。

すると、左右お向かいのお家の芝生は緑色でイキイキ、当大家族のお家の芝生だけがまっ黄色でハゲちょろ、という景観が出現する。

地区のアソシエーションは黙っていない”見苦しい、通りの美観を損ねる・家の価値を落とす”などのワーニング・レターをもらってしまう。
 
ここまでが水事情。

土の事情というと、たしかPearlBuck が書いた

「Good Earth」の2章に中国を脱出した2世代目中国人が、サンフランシスコの地に渡って、
つぶやくシーンがあった。「故郷の黒い土地と違ってこの土地は、 まだ人がそんなに埋まっていない土地」

その当時はこのフレーズが何を言っているのかさっぱり分からなかった。
今ならわかる。

中国の黒い大地は、数え切れぬ中国人が生まれ死んで、それらの体が大地に埋葬され土に返って人間の体の有機物が大地を豊かに黒くしてきた。

カリフォルニアの大地は、新しく発見された土地で準砂漠のガサガサで砂利交じり、ちょっと掘ると粘土質の大地。白っちゃけて有機物が少ない。人間が肥やさず、人間が埋まってこなかった土地なのだ。

カリフォルニア南部の乾燥地帯は、水がなくても耐えられるヤシの木やユーカリ、ジャカランダ、ブーゲンビリアやハイビスカスの生垣がよく見られた。

有名記念館や公園もやせた土地の芝生を緑にしていくのがまず大変。
ローズガーデンと名前をつけても、まばらな葉っぱのバラの木がスカスカに照り返しを浴びているというがっかりな光景が見られるのであった。

その中で、唯一元気であったのは、Desert Parkだ。おばちゃんはどうしても好きになれなかった。
とげのあるサボテン、毛のあるサボテントゲも毛もないサボテン。根っこのなさそうな干物みたいなエアプランツ。日陰のないカンカン照りの埃っぽい庭園?!
サボテンは今でも嫌いだ。

mikie@izu について

海外在住何十年の後、伊豆の山に惹かれて古い家を買ってしまい、 埋もれていた庭を掘り起こして、還暦の素人が庭を造りながら語る 60年の発酵した経験と人生。
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