クリスマス・ペイント

12月に入るとウエスト・コートにペイントの染みだらけのTシャツを着た白人のおっさんが現れる。

ヘイ!今年もシーズンだね?アンタのドアはいつがいい?
ヘラルドは毎年、時だけやってきてテナントの正面のガラスにクリスマス用のアクリル絵を書いて金を稼ぐのだった。

アクリル絵の具は赤・緑・白の3色だけ。山、モミの木、サンタ、鈴、雪など決まりきった単純な絵を書く。ある年はウチの子が、おばちゃんこの絵にいくら払ったんですか?$20ドル。
え~、私ならタダでもっとうまく書いてあげるのに?アンタ、クリスマスシーズンは忙しくて、ウチに来ないじゃん?

ヘラルドは、いつも間口の大きなテナントから書いてゆき、夕方はウチが最後になる。終わるとしばらく世間話をして帰ってゆく。
いつの年だったかは、隣のモールのテーラーに絵を書いたとき、現金の代わりにカスタム・オーダーのスーツを一着もらったんだと。すごいだろうと自慢をしていた。

が、おばちゃんはジャネットから件のテーラーの噂を聞いていた。
なんでも隣のモールのオーナーがショッピングモールの全面改装を計画し、駐車場を広げるためにテーラーの建物(モールの敷地に飛び地で一軒だけ建っていた)を取り壊す予定だったのだが、このテーラーがガンとして出ていかず家賃を供託して頑張っていた。

おっさんがもらったスーツは確かにカスタム・オーダーだったが、オーダー主が取りに来なかった何年も前のヤツだ。

おばちゃんが飲み物を出すと、ヘラルドは腰を落ち着けて今度結婚したんだ。例のチャイニーズの女の子だっけ?そう、その彼女と中国からインポート・ビジネスも始めたんだ。

俺はナイトスクールでナンとかの学位を取ったから、上海の大学に呼ばれてるとか、50近くのおっさんの妄想だか夢だかわからん話を語るのだった。ソーダを飲み干すと、古いぼこぼこのシボレーに乗って帰って行った。

うちのウェスト・コートがリモデルした後は、管理会社のフレッドからクリスマス・ペイントを禁止するレターが来て、その年からおっさんの仕事は無くなった。

おばちゃんは、ヘラルドには悪いけど、ほっとした。
クリスマスの飾りはすぐ外すと寂しいので、だいたい年内いっぱいはそのままにする。そして新年の休みが明けて、最初の仕事がこのペイントはがしだから。

このアクリルペイントというやつは、溶剤で落とすのも時間がかかるのだ。
おばちゃんが溶剤で溶かしてこすったら、色が混じった汚い絵の具がガラスに広がってしまい、全部落とすのに溶剤の瓶が一本使うし、空ぶきまですると軽く2時間はかかってしまう。

新年初めに、2時間早出して絵の具落としなんてうんざりするのだ。
せっせとタオルで落としていると、パン屋のクリスが”何やってるんだ。アクリル絵の具はスクレーパーでこすり落とした方がいいよ”と。

クリスマスの25日の夕方から正月の7日過ぎまで、毎年長い休暇を取るクリスも、新年初営業の時には早めに来て、絵の具を落とす。溶剤ではなく、スクレーパーでカリカリと削り落とすと早いという。

おばちゃんもスクレーパーを買ってきて削り落とすのだが、ヘラルドが落とすところまでやってくれるならもう20ドル支払っていいのにと、いつも同じことを思ってた。

ヘラルドには気の毒だが、中国相手の輸出入りで、尻毛抜かれずに儲かるならこんなクリスマス・ペイントみたいな出稼ぎにもならない仕事をするよりましだろうから、頑張ってほしい。

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