おばちゃんはアメリカで2回死にかかった。
一回目はメタボリック・アシドーシスになった時。2回目はタバコで。
1回目の時、事件の遠い原因だったアルコールはすっぱりやめた。外国でシラフで生きていくのも大変なのに、酔っぱらいながら生き延びられない。だからやめた。
2回目のタバコはちょっと違う。おばちゃんはニコチン中毒という状態に倦んでいた。体も部屋も臭くなり、歯はシミがついて汚い。タバコを切らすのが不安。切れないように在庫を確保しておく。
そういう状態自体がなんかストレス。タバコを止められるなら、やめてみたい。そんな時ニコチンパッチが保険適用になった。
おばちゃんはその時のかかりつけのドクターに行って、ニコチンパッチの処方を頼んだ。
ドクターは処方量を決めるために、おばちゃんにどのくらいタバコを吸うのか聞いた。正直に2箱吸います、と申告した。
夫婦二人で吸うので、おばちゃんたちはスオッチ時計を男女用それぞれ。マルボロの電源付きキャンプ用クーラーボックス大。マルボロの寝袋3袋、おじちゃん用のマルボロキャップ。マルボロのリバーシブルジャケット男用。セブンスターの目覚まし時計など、2人のタバコの空き箱で様々なグッズが
集まってしまうのだった。
ほう?一日2箱も?それは量が多いですね。
XXXミリのパッチかな。
おばちゃんは薬局でニコチンパッチを受け取るとずっしり重かった。サロンパスを円形にして1.3倍くらいの大きさにしたものと思ってくりゃい。うゎー婆さんの膏薬かい。見えないように貼ろう。
寝る前に最後の一服を吸い、灰皿とライターを処分して休んだ。朝起きると枕もとのタバコの代わりに置いたニコチンパッチの最初の一枚を取り、肩に貼った。頑張ってくれよ~と肩をモミモミした。
おじちゃんを仕事場に送り届けてアパートに帰る途中。突然、尾底骨から何かが脊椎を駆け上がり脳で爆発した!同時に心拍が160くらいになり、視野が外側から欠け始めて
中心の30センチくらいしか見えなくなった。後は真っ暗である。
道路は幹線道路で3車線あるうちの真ん中レーンを60マイルで走っていて、前後左右側には同じく車が走っている。息が苦しくて前がよく見えない。ハンドル操作を間違えればどこかにぶつかる。
不運なことに一番右端のレーンはフリーウエイの登り口で右脇道に入れない。
フリーウエイの入口が過ぎたら車線を右に変更して交通量の少ない脇道へ入ろう。
ニコチンパッチのせいだと直感で分かった。貼ったままにしておけば心不全で死ぬか道路で爆死するだろう。ハンドルにへばりついた右手を離して、シャツの首から手を突っ込み
左肩からパッチをむしり取った。もし腰に貼っていたらおばちゃんは間違いなく死んでいた。
運転席に座った状態でぴったりしたジーンズの下に手を入れるのは難しい。
パッチを捨てても視野は戻らなかった。心拍も早すぎて呼吸が難しい。その状態で右レーンに移り
次の信号で右に曲がった。アパートまではとても持たない。手前のショッピングモールに入りパーキングで止めた。目が見えずハンドルに突っ伏した。
時間はわからない。ようやく視野が戻ってきて目の前には公衆電話があった。25セントを探してよろよろ車を降り、エマージェンシーだとドクターに電話をした。
ドクターにどうしたらよいでしょうと聞くと、ドクターも動転している。クリニックに来てください、というが、そんなことは無理だ。救急車を呼んだ方がいいですか?
ドクターは嬉しくないようだ。タクシーは呼べませんか?
いまこの状態でタクシー会社を調べ電話してこの場所を説明するのはムリだ。もうしばらく休んでアパートに辿り着き、ドクターに電話をかけてもらってアパートにタクシーを派遣してもらった。
どう考えてもニコチンのオーバードースだった。
おばちゃんは診療ベッドに横たわって点滴を射たれながら、赤んぼがタバコを1本食べれば死ぬし、
成人のニコチンの致死量ってどんだけなんだろうか?膏薬みたいなパッチは一体何グラムのニコチンが含まれているのか、とかこの治療費は払えないか、とか つれづれに考えた。
おば:ドクターにどうしたんでしょうね?
ニコチンが多すぎたように思いますが。
医者:でも、あなたは1日2箱吸うヘビースモーカーですよね?
最強のパッチを処方しました。
おば:はぁ、確かに2箱吸いますが、
マルボロはマルボロでも「ライト」を吸ってます。
医者:「ライト」って何ですか?知りません。
僕タバコを吸わないですから。」語尾が裏返っていた。
おばちゃんは、もう消耗しすぎて「どっひぁ~ん!」とも言えなかった。