インドおばちゃん

お向かいの中野のおばちゃんとは、妙に馬が合っておばちゃんが中野に帰った後も、電話で長話をする。最初は、庭の垣根の向こうからお隣のおばちゃんが、こんにちはと声をかけてきた。

おばちゃんもこんにちわ、初めまして~。と言うと
中野のおばちゃんが、「どちらからいらしたの?」と聞くので、
「アメリカです」
「まあ、アメリカのどちら?」
「カリフォルニアです」
「カリフォルニアのどちら?」
「南ですLAとサンディエゴの間」
「そう?うちはニューヨークだったの。7年。姉がサンフランシスコ」

山のあいさつは、どちらからいらっしゃいました?なのだ。住人のたぶん9割は他県からの移住者である。

おしゃべりをするうちに、中野のおばちゃんは、現上皇后陛下が卒業なさった学校の出身だということ。クラスメートは、ちょうどその時代、上皇のお相手の年代の子女だったので当局からお声がかかりそうな人は卒業もやめて慌てて結婚したのよ。と言っていた。

仲のよい友達の一人は静かで控えめな人で、インドの貿易商と結婚したのだという。その親友が60年の時を経て、近くに引っ越してきた。

ご主人が現役の時代は、フィリピンやインドで暮らし、リタイアした後九州に住んでいたが、ご主人が先日亡くなって一人で広い家に住むのもむなしく、中野のおばちゃんの別荘にしばらく滞在していた。

一人娘はでっかいワンコたちと箱根の邸宅に住んでいるので、近場のこの山を気に入ってしまい、でも庭なんかいらないから、もっと暖ったかい便利な熱海に物件を買っておいて、。と中野のおばちゃんに買い物を頼んで自分は九州の家に帰った。

インドおばさん、お庭がお好きなんですか?
「この前うちにいた時は、あなたよくそんな汚い土に触れるわね?って言ってたわよ。九州やインドの館に庭があったけど、人にやらせていただけよ。虫なんか出てきてよく我慢できるわね、気持ち悪いですって」
あ~ら、まあ

それでも中野のおばちゃんは張り切って 物件を探しては写真を送るのだが、狭いとか、収納がないとか贅沢をいう。

「んまー、私も娘からわがままって言われますけど、彼女はお気に入りの家具が全部入る物件じゃないと嫌とか、看護婦のためにベッドルームがもう一つ欲しいとか、ホントに好き放題言うのよ。学生時代は控えめな人だったのに、結婚してからそりゃ変わったの。」

「静かな人だったに、んま~よくしゃべるわよ。そりゃ、インド人のご主人も人をもてなすのがうまくて、ずっとしゃべりっぱなしで愉快な人でしたけどね、。そのご主人そっくり。ホント言うとね、時々うるさい」

あ~、インド人のおしゃべりね。わかります。ほっとけば機関銃みたいにしゃべってますもんね。口を挟まなければずーっと相手の好きなように持ってかれますもん。自分の言いたいことやりたいことがあれば、対抗してしゃべらないと。
長年夫婦だったから、そりゃおしゃべりになりますわ。

「ほーんと、もうインド人になっちゃって、ご主人みたいにインドは世界で一番素晴らしい国だとか、インドのここが素晴らしいとか、彼女もインド人なんだから」


中野のおばちゃんが見つけた物件で納得したインドのおばちゃんは現金購入してクリスマス前に引っ越しが決まった。

中野のおばちゃんがエプロンをもって引っ越しに立ち会うと、あなたはどうせエプロンなんか用意してないから私が2人分持ってきたわよ。」


「エプロンって何よ、って言うのよ彼女。ひどいわよね?」
「エプロンですか?私も持ってないですけど。」
「あら、いやだ。ここにもおかしなのがいたわ。彼女はエプロンなんかつけやしなかったわよ。みんな人にやらせるんですもん。ついてきた看護婦さんにもあれを持って、ここに入れて、ここに運んで?てそりゃぁ人を使うのがうまいわよ。」
ほお?

その晩私も泊まってお風呂をいただいて上がったでしょ。そしたら彼女が、お風呂上りって昔そんなことをしていたわね。って言うの。ほら、浴室に小さいタオルを持って出るときに体をふくでしょ?

ちっちゃいタオル?えっ?何のためです?
何のためって体がビショビショだから水気をとるでしょ?彼女はバスタオルを直接体にまくのよ?
えっ?
ぇっ?はぁ?
バスタオルを直接巻いておかしいですか?浴室の中で体を拭くんですか?バスローブを着れば簡単でしょ?

「はぁ、ここにもおかしなのがいたわ。ええっとね、家族が沢山いるとバスマットもびしょびしょになるから、浴室でちっちゃいタオルでまず水気をとるのよ」


お~、なるほどわかりました。

「やれやれ、あっちこっちに日本人じゃないのがいるから。うちの娘だって小学生の時は学校でちゃんときれいなお辞儀をしつけてもらったのに、ニューヨークで7年いる間にお辞儀のマナーを忘れちゃったのよ。ホントにねぇ」

今まで人にやらせていたので自分ひとりで生活できるかどうかわからないから、近くにもう一人昔からのお友達がいて熱海は長いから、インドおばさんの面倒を見てくれるように頼むわ。時々クルーズに出かけて日本からいなくなっちゃうけど。今はコロナだから多分ずっといると思うし。

それから「白洋舎」があるかどうか探してくれないかしら?
「白洋舎」ですか?
そう、彼女は絨毯をクリーニングに出したいんですって。
白洋舎じゃないとだめですか?材質と大きさはわかります?
「あれは、ペルシャじゃないと思う。パキスタンかベルギーかしら。ウールと何かの混紡?絹のペルシャならすぐわかるから」中野おばちゃんはニューヨークの後に、エジプト駐在でペルシャ絨毯を買って帰国したのだ。

それで、夕べ中野のおばちゃんから電話がかかってきて、
ねぇ、インドおばちゃんは熱海クルーズおばさんからパン屋さんだとか、美容院だとかいろいろ教わっているみたい。ところがこの間やってくれてね。

熱海クルーズおばさんが言うには、
「一番いい針治療のクリニック施術者を紹介してください」っていきなり言われたそうよ。電話番号を教えたら自分で行ったみたい。

「一番いい針治療」って聞くのはどう思う?
それでまだ先があって、先方の針治療の先生?が言うには、インドおばちゃんは施術者がガーゼのマスクをしているの見て、不織布のマスクをしてください。って言ったらしいの。

ねぇ、どう思う?インドおばちゃん、ぶしつけで失礼じゃない?

はあ、インドおばちゃんですもんね。Self centralの人ですから、自分のリクエストははっきりしてるので、そのまま言ったまでですよね。リクエストをして相手が不織布してくれたら要求が通って満足ですから、言ったもん勝ち。

相手は客商売だから、よほどの非常識なリクエストでない限り要望はある程度聞くと思いますが。日本人の客商売の人って、気は優しいですよね。

そうお?言ったもん勝ち?
でもねぇ。“一番いいの“を紹介しろって、。不織布のマスクをしろって、上皇后陛下の母校の奥ゆかしいはずの生徒がインド人になっちゃって。

インド、パキスタン、中近東――あの辺の人は、人間のカテゴリが少ないですよ?
なに、人間のカテゴリって?

つまり、一番大事なのが自分の“血“がつながった家族、それから親族、友達、商売相手、仲間なんかが、対等に付き合う人間。それ以外は使用人か敵。相手のサービスに金を払うなら、使用人カテゴリでしょうね。

もし、インドおばさんを紹介してハリ治療の先生とか親しい美容師の気を悪くしたくなかったら、あらかじめ根回しをしといたほうがいいかもしれませんね。インドおばさんは悪気はないんだって、。習慣と文化が違っちゃっただけって。

おばちゃんも、役場だとか銀行だとか質問をしているだけなのに、クレームとか受けているみたいに、相手の顔が引きつっていたり、引いていたりするのにたま~に気が付くので、人のことを批判する資格はないかもしれない。

疑惑のガソリン

ジョイスがあそこのガス・ステーションは何かおかしいという。ジョイスはそのころ早朝のエクササイズのクラスをとっていて朝5時半にメインストリートを通るのだという。すると茶色一色で車体にロゴが入っていないボロッボロのタンクローリーがガソリンのサプライをしている場面に出くわすのだという。

帰国してぶつかる逆カルチャーショック

逆カルチャーショックの定義とは

ホスト国の文化や生活習慣に慣れた後に自分の国へ戻ると、その現実に溶け込むことが大変だと感じる。ホスト国にいる間に、留学生の多くは、自分の文化的アイデンティティーを再度模索したりする。

★逆カルチャーショックとは、海外生活を終えて自分の慣れ親しんだ環境(文化圏や国)に戻ってきた者が経験する、自分の文化への再適応に伴い感じてしまう驚きや戸惑いのこと
逆カルチャーショックの起きる原因は、自分の帰る場所が『HOME』ではないから

――――な~んだって。
留学生や駐在員が経験する逆カルチャーショックなのだそうだ。

おばちゃんとおじちゃんは社会人として、日本で暮らしたよりアメリカでの社会人経験のほうが長かった。生まれた故郷を捨て海を渡りアメリカのどこで死んでも結構、散骨してOK。

ただ、余生を暮らすにしてはカリフォルニアは高すぎ、オレゴンやシアトルの気候は素晴らしいとも思えないし、アーカーンソーで凍えて暮らすのはまっぴら、そうだ!老後を暮らすなら「日本」という州もあったな?!というケースである。

慣れ親しんだ環境?Home?
おじちゃんの同僚のテリーさんは不法滞在の挙句、ベトナム戦争中に市民権プログラムに参加してアメリカ市民になった人だった。日本人の文化とか常識とか習慣はとっくに捨てちゃって、日本人とかの定義もどうでもよくなっている人

自分が日本人であるということがどうでもよくなっている場合、どこで暮らそうが日本人かどうかとか文化とかは関係なくて、どこが暮らしやすいかどこで暮らしたいか?という問題ではないだろうか?

おばちゃんたちは、テリーさんほどアメリカ人ではないが、リタイアのために「日本州」に引っ越してきた。血縁地縁もまったくない電車で降りたこともない地方カウンティ。

自分たち半外国人に住みやすそうなポイントを考えて州を選んだ。違う州なんで習慣や考え方が違っているだろうとは予想できるので、なるべく地元の人の迷惑にならないようにカウンティ地元でもよそ者が住む場所に家を買った。

最初に移住したときに違う国の常識にぶつかってびっくりした経験則と対処法はしっかり蓄積されている。日本州の考え方が違うのは当たり前だと思っている。帰国者が「ホーム」に帰ってきたと思うから、違和感のあまり適応障害で鬱になったりするのだろう。

CA州では簡単だったのにね。とか日本州ではここが不便ねとか、そんなことは山ほどある。しかし、違う州なので州の常識があるのだ。
日本州のいいところは取り入れる。
コタツというのは秀逸な暖房器具・家具だわ。おばちゃんと猫は惚れ込んで二度と手放せない。食べ物もおいしいわ。食に関してアメリカは後進国よ。

アメリカでは日本語放送のCMで「あなたの中の日本が不足していませんか」とか言われると、ああ、日本の温泉というものにもう一度は入って見たいなぁ、とずっとあこがれていて、帰国して何十年ぶりに町営の温泉大浴場に入ったときは冷汗が流れるほど困惑した。

何をどうして、どこから始めてよいか全くわからなかった。そこはそこ、アメリカで修羅場にあったことはいくらでもあるので、まず人の観察をする。
なるほど、まずロッカーを確保するのか、次は脱いでロッカーに入れる。裸で大浴場に入ると、。
そこは、学生時代に行ったことのある、銭湯だった!

ピンク色のトドやオットセイが湯舟の波打ち際に乗り上げて、憩っている。温泉は1度で充分であった。温泉を娯楽と思う感性はおばちゃんにとっくに失われてしまっていたのだ。

地方の自治体の手続きというのもなかなかスリリングだった。こちらが専門用語・日本語がわからないので、窓口も困惑しているのだが、何せ手続き文書の日本語が日本語なのに意味不明という説明不能な状態なので聞くしかない。

申請書に申請理由を書いてください。と言われても日本語はもう手で書けないし、コンピューターのキーボードがなければ無理よ。それでも紙に書けと?わずか2行の理由を何分かかけてちびちびとひらがなが多い申請用紙が完成した。

いろいろ疑問に思うことがあるが日本州地方カウンティに怒ったりしない。

地方自治体のシステムにチャレンジすること自体が賢いとは思えない。相手が何を要求しているのか、相手のルールに従って、要件を満たすことが生きていくことの一番の早道。

よその国のシステムが不満なら自分の国に帰る。世界で共通するポリシーだね。

脱線するけど、移住したのに子供に兵役につかせるのは嫌!って理屈は通らないよね。ブラジルにすればよかった。

おばちゃんが知り合ったブラジル人留学生は、若いのに兵役はいかなくていいの?って聞いたら徴兵リストから外れたからいいんだって。ラテン系のお国がらで、毎年徴兵を募るとき、姓名のAからとっていくので、アルファベットの後ろの姓は定員が埋まって、永遠に徴兵が来ないんだと!いい国だろう!って笑ってた。

本題に戻る。

外国人が他所の国に好きで来て、生活が苦しいから生活を保護してくださいって、世界中で受け入れにくいでしょう?迷惑じゃない。自分の国でまず保護しないといけない弱者がいるときに、外国人まで面倒みられません、とりあえず自国に帰ってみては?と言うのは当たり前だと思う。

日本州の地方カウンティ人というのは、話すときにまず相手が男性か女性かが重要な要素らしいというのは驚いた。だいたい、車関係とか建築関係に多い。

やたらぺこぺこ頭を下げるのはおばちゃんたちには少し無理かも。
頭を下げるときは後頭部にかけて防御が困難になるから、人様にはなるべく晒したくない。

おばちゃんの長い経験をいかせるなら、地方カウンティのお役に立ちたいと思いボランティア活動に応募したことがあった。

CAでは警察にボランティア登録制度があって、英語がよくわからない同国人のために通訳サポートをするシステムがあった。登録をしておくと、警察から拘束されている同国人の通訳などをするボランティアがあったのだ。

おばちゃんは、この地方カウンティの国際交流ボランティア例会に出席してみたら、そこではどこかの短大の講師が「外国人と一緒に暮らすとはどういうことか」とかの講義があって、グループに分かれてディスカッションをしましょうと。

例会の最後には町で暮らしているベトナム人の女の子に「日本人にいかにお世話になったか、私の幸せな日本体験」の作文を読ませた。
むろん、出席者全員であったかい拍手をするのである。

おばちゃんは、英語でサポートが必要な外国人のためにお役に立てるようボランティアにお応募するつもりだったのに、外国人が少なくサポートの需要もまだないのだった。



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